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4. YUNー1

 オレは、親の顔を知らない。

 孤児院の前に棄てられた赤ん坊。それがオレで、まだ孤児院まで連れて来て貰えただけ、あんたの親には愛があったと、そんな慰めをいつだったか貰った。

 この、災害の多い国じゃ、どこだって孤児があふれてる。それでもまだ、ネーデルヴァルト領なだけマシなんだよ、と言うのも、聞き飽きるほど聞かされた慰めだ。

 なるほど、屋根があって服があって、毎日メシが出る。暴力を振るわれたり、奴隷として売り払われたりしない。それだけでも、孤児の扱いとしちゃ上等なもんなんだろう。

 それでも、育ち盛りにゃもの足りない食事で、常に腹を空かせていて。

 歩き回れるようになるまで育ってからは、食料探しに山を登るのが、日課になっていた。

 大勢とおんなじように不幸なオレに、大勢より幸運なところがあったとすればソレ。

 なにがきっかけかなんてわからないが、オレは山でばったり土の高位精霊に出くわして、なんでだか知らないが気に入られて、加護を貰えた。しかも、なんの気まぐれかその精霊は、ご丁寧に魔法の使い方を教えてくれて。

 知られたら搾取されるのは目に見えていたから、オレは加護のことも魔法のことも隠して、山でこっそり植物を育てた。薬草を育てて、収穫し、売って金に変えたのだ。孤児院のやつらには、地道に探して採取しているんだなんて、嘘を吐いて。

 自然に繁殖したように育てたから、便乗しようと孤児院のやつらがやって来ても、バレはしない。この山は薬草がよく生えるのだと勘違いするだけだ。

 そんな風に、ちょっとだけズルをして生きるオレは、その日もいつも通り、山へと分け入った。

 薬草を収穫し、次の収穫のために土魔法を使う。その繰り返し。

 オレがもっと賢ければ、もっと良い魔法の使い方も考えられたのかもしれないし、高位精霊の加護を持っていると言えば、上等な教育だって受けられたのかもしれない。でも、誰かに利用されるなんてまっぴらだし、オレは腹が減らないくらいの稼ぎがあればそれで良い。そう、思っていた。

 いつも通りのことをやって、そろそろ帰るかと考えたとき。

 どこからか、悲鳴が聞こえた気がした。

「?」

 木の実を採りにでも来た村娘が、野獣に襲われでもしてるのか?

 だが、どうにも声は、上から聞こえる気がする。

 そして、今度は上からはっきり、バキバキと枝の折れる音。

 なにか大きな鳥が、狩りでもしているのか。

「なんの音、って、はぁ!?」

 見上げた目に映ったのは、信じられないものだった。

「なんで空から女の子が!」

 目が合った女の子が、焦った顔で叫ぶ。

「どっ、どいてどいてどいてぇっ!!」

 オレを心配してる場合かよ。

「いや退いたらあんた死ぬ、ったくもう!」

 自分の命が危ないのに、他人を心配して見せる女の子に毒気を抜かれ、気付けば助けようと動いていた。

 魔法の使い方は、土の高位精霊直々に習ったのだ。

「巧く行かなくても恨むなよ、{耕作}っと」

 型にはまった使い方しかしていないから、望んだ結果になる自信はなかったけれど。

 土を耕すための魔法を暴発させて、弾ける土で女の子を受け止める。オレも彼女も土まみれになったが、落下音は小さかった。たぶん衝撃も、やわらげられたのではないだろうか。

「どう?無事?」

 起き上がったその子は、土にまみれてこそいたが、明らかにオレなんかとは階級が違う人間で、しかも、天使のような美少女だった。

「あ、無事です。ありがとうございます」

 だと言うのに、当然のように、お礼を口にする。みすぼらしい身なりのオレに、顔をしかめもしない。

 貴族相手の喋り方なんて知らないぞ。

 オレが言葉に迷うあいだに、女の子は立ち上がり、

「あなた方も、ありがとうございます。助かりました。枝を折って、申し訳ありません」

 明後日の方向に礼を述べた。

 大丈夫か?と思う間もなく、女の子は、ふらりと倒れかけ、

「ちょ、大丈夫?やっぱりどっか、不調が」

「いえ、その、まりょく、けつぼう、で、」

 慌てて抱き留めたオレの腕のなかで、力なく目を閉じて。

{オリヴィアちゃん!!}

 閉じたと思った瞬間には、腕からかっさらわれていた。

 声しかわからないが、強烈な水の気配が、女の子を取り巻いている。

{ああ、きみたち、良い働きでしたね。ありがとうございます}

 と思えば、これは、木の精霊の気配か?

{なるほど、彼が救ってくれたのですか。感心な子供ですね}

{へぇ、んん?あの子、眷族の気配がするな}

 さらにこれは。

{ねぇ、オリーちゃんのこと、助けてくれたんだね。ありがとね}

 不意に目の前に現れた美女に、ぎょっとする。

「つっ、土の、精霊王、さま……」

{あー、いやいや、そんな畏まんないでよ。あっし、そう言うの苦手だし、普通で大丈夫。普通で}

{いや、精霊王相手の態度ならば、その小童の態度で正解であろうが。小娘がおかしいのだ。小娘が}

 土の精霊王の横に、風の気配。口振りから言って、おそらく、土の精霊王に、並ぶ地位の。

 オレは、なにに、巻き込まれてるんだ!?

{心配しなくとも大丈夫ですよ。僕らはあなたに、感謝を伝えたいだけですから}

 突然現れた男が、にこやかに語る。それで、はいそうですかと納得出来るとでも?

{ちょっと魔法を試して貰うつもりが、彼女は予想外に適性があったようで。全員不意を突かれて置いてけ堀を食らうていたらくでして、あなたが助けて下さらなければ、どうなっていたか}

「魔法を試して、それで、空から?」

{ええ。落ちてしまって}

「あんな小さい子に、そんな、無茶を」

 思わず苦言が出た。子供は無茶をするもので、魔法を教えるなら、何重にも安全対策をして学ばせなければいけない。オレに加護をくれた土の高位精霊は、そうして教えてくれたのに。

{おっしゃる通りです。反省しています。まさか、ネーデルヴァルト城からレンダル山脈まで、一気に飛ぼうとするなんて思いもせず}

 ネーデルヴァルト城?

「ええ?な、えええ??」

 ネーデルヴァルト公爵領は、広いと言うか、長い、らしい。ここ、レンダル山脈はその北端で、対する領都はほぼ南端。そんな領都にあるネーデルヴァルト城からレンダル山脈は、馬車で八日はかかる距離だと聞いた。それを、魔法で、飛ぶ?現実的な話じゃない。

 と言うか、待って欲しい。

「ネーデルヴァルト城から来たって、もしかして」

 宙に浮かぶ女の子を見上げる。オレなんか見たこともないような、上等な服だ。髪の毛だって、おんなじ生き物だと思えないくらい、ツヤッツヤでサラッサラ。

「こ、公爵、令嬢、さま……?」

 違うと言って欲しい。たとえ、貴族のお嬢様だとしても、せめて公爵家に仕える騎士の子とかであって。

 ああでも、言われてみれば、最近聞いた覚えがある。

 公爵家の末の娘が、たった三歳で水の精霊王の加護を得て、近々聖女認定を受けるらしいと。

{んー?あっし、ヒトの子の地位には詳しくないからなぁ}

{ネーデルヴァルト公爵の娘ですよ、オリヴィアさんは}

{へぇ}

 土の精霊王は、興味無さそうに、にこやかな男に相槌を打つ。

 と言うか、たぶん、この男も、なにがしかの、精霊王、では。

 どうしよう。今日が命日かもしれない。

{ねぇ、オリヴィアちゃんが起きない}

{おそらく魔力欠乏ですから、しばらく起きませんよ。枯渇はしていないので、慌てる必要はないでしょう。どうやら怪我もない様子ですし、安静にしていればそのうち起きますよ}

 迷って、迷って、口を開く。

「あの」

{なぁに}

「この山の麓に、孤児院があります。粗末なものですが寝台もあるので、お嬢様を休ませるなら、案内しますが」

{本当?助かる。ありがとね。だってさ、水の。あっしらまで行くと騒ぎになりそうだし、水のとオリーちゃんで行きなよ}

{少年、僕らのことは、どうぞ内密にお願いします}

 土の精霊王が公爵令嬢様の方へ声を掛けるあいだに、にこやかな男がオレに言う。

「でも、それじゃ、どうしてお嬢様がここにいるか」

{風の精霊に協力を得たと言えば大丈夫ですよ。それが事実ですし、水の精霊王であればそれくらい出来ます}

 確かに、風の精霊王も風の精霊であることは確かだ。嘘ではない。

「わかりました」

{聞き分けが良くて大変よろしい}

 笑みを深めた男が、オレの頭をなでる。

{お礼に、この山の実りを増やしておきましょう}

 そんなことが出来るのは、土か木の精霊くらいだろう。つまりおそらく、彼は木の精霊王。

「ありがとうございます」

 オレが礼を口にすると、お嬢様を抱いた水の精霊王以外の精霊王は、立ち去ってくれたようだった。ヒラヒラと手を振る土の精霊王を、頭を下げて見送り、ひそかに息を吐く。

 精霊王なんて、普通なら一生に一度だって会うことはない相手なのに、複数の精霊王に囲まれて、正直、生きた心地がしなかった。

 まだ水の精霊王はいるけれど、一柱だけならずっとマシだ。

 姿を見せない水の精霊王を見上げて(お嬢様を抱いているので、見えなくてもどこにいるかはおよそわかる)、告げた。

「じゃあ、孤児院まで案内します、けど」

 オレは魔力がそこそこ高いらしく、見えなくてもなんとなく精霊の気配がわかるが、孤児院や村の人間は、精霊の気配なんてわからない。だから、端から見ると水の精霊王に抱かれたお嬢様は、気を失ったまま宙に浮く異様な存在だ。

「その、お許し頂けるなら、ですが」

 怒りを買わないと良いなと思いつつ、提案する。

「お嬢様は、オレが背負って運びますよ。その方がまだ、騒がれないと思うので」

{……そうだね。お願い出来る?}

 怒った様子もなく返った答えに胸を撫で下ろしつつ頷く。

{あ、でも、その前に、汚れ落とすね}

「はい。……はい?」

 オレの周りを水の気配が取り巻き、土で汚れたところはおろか、昨日からの汚れや汗まで綺麗になった(孤児院の風呂と洗濯は三日に一度だ)。

「あ、ありがとうございます」

{うん。遅くなったけど、オリヴィアちゃんのこと、助けてくれてありがとね。休める場所も、教えてくれて助かった}

 どうやら水の精霊王は、土の精霊王並みに気さくらしい。

「……その方が、ネーデルヴァルト公爵家の方なら、恩義がありますから、手助けするのは当然です」

{恩義?}

「よその領地に比べて、ネーデルヴァルト公爵領の孤児院は待遇が良いらしいんです。オレは、孤児院で育ったから、ネーデルヴァルト公爵家の方々の行政に、救われてるんです」

{うーん。オリヴィアちゃんは、それはあくまで母や祖父母の手柄であって、自分には関係ないって言うと思うよ。親は親、子供は子供だって}

 話しながら、差し出されたお嬢様を背負う。

{大丈夫?重たくない?}

「これくらいなら大丈夫です」

 背中にお嬢様をおぶって、前に収穫した薬草を抱える。これくらいの負荷なら慣れている。子守り当番のときは、赤子を三人背負って、小さい子の面倒を見たりするのだ。

{そっか、強いね}

 さすがは、水の精霊王だろうか。その声は揺蕩う水のように優しく、相手は精霊王だと言うのに、恐怖や畏怖よりも思慕や憧憬を感じさせる。

「このくらい、普通ですよ」

 強くなければ、力がなければ、生き残れない。

 ああ、でも。

 背負った子供の、日焼けも苦労も知らなそうな手を見て思う。

 誰からも守られるこのお姫様なら、力仕事なんてしたことはないのかもしれない。

「守ってくれる地位も家族もない孤児のガキは、役に立たなきゃ生きてけないですから」

{そうなの?}

 皮肉混じりの言葉に、純粋な声を返されて詰まる。

{オリヴィアちゃんは孤児じゃないけど、おんなじようなこと言ってるよ}

「え?」

{あたしが加護なんてあげちゃったから}

 オレの背負う女の子をなでたのだろう。水の気配が濃厚に感じられた。

{領主の娘だから、帝姉の娘だから、そして、聖女だからって、オリヴィアちゃんはいつも他人のことばっかり。守らないと、助けないとって、ずっと考えてる}

 もしや水の精霊王は、加護を与えたことを悔いているのだろうか。

{あたしはオリヴィアちゃんが好きだから加護をあげただけで、役に立って欲しいとか、ひとを救って欲しいとかは、別に頼んでいないのにね}

「それなら」

 特別な役目を求めていないなら。

「なんであなたはこの子を選んだの」

 オレは、恵まれてる。

 親に捨てられてもこの歳まで、殴られたり蹴られたりしないで、屋根の下で生きられてる上に、土の高位精霊の加護まで貰えた。

 口減らしに殺されたり売られたりする子供がいること。屋根も食事も得られない人間がたくさんいること。世界は暴力であふれていること。全部知ってるから、オレはそんなやつらより、ずっと恵まれてるんだ。

 でも。

 この子はそんなオレなんかより、比べるのも馬鹿らしいくらいに恵まれてる。

 金持ちの親がいて。愛されて。大人に世話されてかしずかれて。苦労も飢えも寒さも感じずに生きてるんだ。

 その上、精霊王にまで加護を受けるなんて。

 ずるい。

「オレたちと、この子と、なにが違うの」

 そんなこと、訊いたって仕方ないってわかってる。

 この子は選ばれた人間で、オレたちみたいな選ばれなかった人間とは違うんだ。

 そんなの、わかって、

{そんなに違いはないんじゃない?}

「え?」

{あたしがオリヴィアちゃんを選んだのはね、歌が良かったからだよ}

 たぶん笑ってるんだろうな。そう感じる声で水の精霊王は言った。

「うた?」

{そう。水の低位精霊にね、加護を貰って、助けて貰ったからって、お礼に歌ってたの。その歌が、気に入ったから}

 ああ、そうか、貴族の娘だから、音楽も一流の教師が、

{ふふっ、あのね、オリヴィアちゃんって、すっごく歌が下手なの}

「は?」

{歌うのは好きらしいんだけど、下手だからって人前ではまず歌わないんだけど、お礼はなにが良いかって水の子に訊いたら、歌って言われてね}

 ころころと、水の精霊王は楽しげに笑う。

{下手だからお礼にならないし、他のにしない?って必死に説得してたけど、水の子が譲らなくてね。仕方ないからって、誰もいないとこで歌ってあげてたの。水の子の手助けなんて些細なことだし、魔力だけでお礼なんて十分なのにね}

 そもそも普通の人間は、低位精霊の加護なんてありがたがりもしないでしょ?

 水の精霊王の言葉に、返す言葉をなくす。

 その通りだ。この世界の人間は、大なり小なり精霊の加護を得て生きていて。大抵は低位精霊が、加護を与えてくれてて。

 でも、そんな些細でささやかな加護に、いちいち感謝したりしない。

{オリヴィアちゃんは誰にでも、なんにでも、お礼を言うんだよね。長雨で周りがうんざりしてるときすら、恵みの雨だって、蛙があんなに嬉しそうだって、笑うの。だからあたしはオリヴィアちゃんが好き}

 そんなの、

{そう言ったら、そんなの生活に余裕があるからだって言われたけどね}

 まるで思考をそのまま読み取られたかのような言葉に、目を見開いた。

{生きるのに必死だったら誰かに感謝する余裕もなくなるし、しっかりした大地と家がなければ降り続く雨なんて命取りだから、あたしの好きなオリヴィアちゃんは、苦労を知らない甘ったれの子供だからそう見えるだけで、本当はちっともそんな人間じゃないんだってさ}

「……甘ったれの子供から出るとは、思えない言葉ですね」

{そうだよね。ほんと、変わった子}

 水の精霊王はお嬢様の頭をなでたようだった。

{貴族が民から税を得て、余裕のある暮らしが出来るのは、その余裕で先を見据えて、民により良い暮らしを還元するためらしいよ。みんながみんな生きるのに必死だったら、大局を見据えられなくて災害や不作に備えられないから、自分たち王侯貴族は、必死に生きる民たちに代わって、先を見据えなければならないんだって。言ってる意味、わかる?}

「……なんとなくは」

 まるでオレを、揶揄するような言葉だ。

 せっかく高位精霊の加護を得ながら、その日暮らしの糧を得ることにしか使っていないオレの愚かさが、突き付けられたようだ。

{えっ、そうなの!?あたし全然意味わかんなかったよ。きみ、賢いんだね}

「い、や、オレは、そんな、賢くなんて」

 むしろオレよりずっと幼いのに、そんなこと口に出来るこのお嬢様こそ、子供らしからぬ賢さじゃないか。

「この子って、まだ、四、五歳とか、ですよね?」

{オリヴィアちゃん?えーっと、会ったとき今日が三歳の誕生日って言ってて、そっからまだ半年も経ってないから、今は三歳じゃないかな!}

 ああそうか。栄養状態が良いから、オレが知る子供より成長が早いのか。

 いやいやいやいや。いくら成長が早くて教育もしっかりされているからって、三歳は三歳だ。大人びるにも限度があるだろう。

「どんな生き方したら、三歳でそんな悟れんの?てか、魔法の失敗?にしても、なんでまたこんな辺境に」

 動揺のあまり、元々ボロボロだった敬語も忘れて問い掛ける。

 レンダル山脈はただただ山々が連なっているだけの土地だ。平地が少なく畑が作りにくいから、穀物は常に足りていない。毛織り布や木材を売って買った穀物と、山の恵みでどうにか糊口を凌いでいる、貧しい土地だ。観光するような場所もなくて、よそから来るのは行商人くらいだ。

 貴族のお嬢様が、わざわざ来るような場所じゃない。

{んー?なんかね、水害対策のために、ネシアナ大河とその周辺地域を見て回りたいんだって}

「水害対策。こんな子供がなんで?」

 確かに災害のなかでも取り分け多い水害は、この国の持つ大きな問題ではあるが。

{領主の娘として、救える民は救いたいんだって}

 それはなんともご立派な。

「こんな子供になにが出来るわけ」

{オリヴィアちゃんひとりじゃ、大したことは出来ないと思うよ}

 思いの外冷たい言葉だった。なんとなくこの精霊はもっと、甘い言葉を吐くのではないかと思っていた。

{でも、もしオリヴィアちゃんの母親が動くなら、ネーデルヴァルト領全体が動くことになるから。オリヴィアちゃんとしては母親が動くに足る説得材料を作りたいんじゃないかな}

 ふふふと、水の精霊王は笑う。よく笑う精霊だ。

{あたしや土の精霊王の前で、氾濫しにくくなるように川筋や地形を変えるって言うんだ。それであたしや土の精霊王が怒って、加護を失うどころか、呪いを受ける可能性もあるって理解した上で}

「それは」

{自分が呪われるだけで済むならそれで良いってさ。自分の百年足らずの人生より、治水工事を成功させる方が大事だって。そうすれば、二百年、三百年、ひとを救うことが出来るからって}

 これが、貴族の考え方、在り方だって、言うんだろうか。

「貴族ってみんなそうなの」

{いやー、そんなことないね。見据えても数年で、十年二十年先を考えてたら賢い方じゃないかな。自分の富や栄誉が民より大事な貴族だってうじゃうじゃいるしね}

 だとしたら。

「なにものなの、この子は」

{さあ。なにものなんだろうね}

 ずるいと羨む気も失せて、息を吐く。

「あんまり、頭は良くないんじゃない?」

 せっかく恵まれた生まれなんだ。数百年先なんか関係ないと、今を見据えて生きた方が幸せだろうに。

{そうかもね。初めて使う風魔法で、風の精霊王がぎょっとするようなとんでもない魔法使っちゃうし。それで死にかけるし}

「そこは、ちゃんと見ててあげなよ」

{そうは言うけどさ}

 気付けばすっかり敬語の抜けたオレを気にすることもなく、水の精霊王は気楽に言う。

{オリヴィアちゃんってたぶん、地図や本でしかここのこと知らないんだよ。それで魔法でひとっとびしようとすると思う?と言うか、出来ると思う?魔法ってそんな便利なものじゃないよ?}

「そう、な、んですか?」

 見えない話し相手が雲上人であると思い出して、ようやく敬語を戻して問う。

{楽な話し方で良いよ?風魔法は詳しくないかな?えっとね、見える場所に飛ぶなら簡単なんだよ。方向がはっきりしてるから。だから、常に見える場所を目指して飛ぶなら難しくない。例えばここから見えてる、いちばん高い山のてっぺんを目指すとかね。でも、オリヴィアちゃんがやったのはそう言うのじゃなかった。それで説明がつく高度と速度じゃなかったの。それはたぶん、風の精霊王でも難しい魔法なんだよね}

「風の精霊王でも?」

{起点から終点を正確に指定して、最短距離を最速で飛ぼうとした、と言うか、飛んだんだよ、オリヴィアちゃんは。それは、終点を正確に指定しないと発動不可能だ}

 ……つまり。

「来たことないレンダル山脈を、この子は正確に終点として指定出来た、ってこと?」

{うん。呪文も自作だったし、まさか成功するとはみんな思ってなかったよ。風の精霊王が血相変えてやっと、まずい状況って気付いたくらい}

「なにものなの、この子」

 同じ言葉が口を突く。

{ほんとにね}

 精霊ですらお手上げの才だと言うのならば、そんなのは人間とは思えない。

「そんな子とオレたちが違いないとか、言わないで欲しいんだけど」

{そうだね。ごめん。でも、あたしにとっては、ごく普通の可愛い子だからさ}

 声だけでも人や良さがにじむ水の精霊王にそんなことを言われると、否定するのも躊躇ってしまう。

「まあ、すごい可愛い顔の子だとは思うよ。あ、もうすぐ着くよ」

{顔だけじゃなく可愛いんだよ。変に騒がれても良くないし、黙ってるね、あたし。なんか訊いときたいことあったら、着く前に訊いて}

「ええと、その、状況説明としては、お嬢様が魔法の練習中に誤ってここまで飛んで、魔力欠乏で倒れてしまった、と言うことで良い、ですよね?」

 それなら口裏合わせをしっかりしておきたいと、問い掛ける。

{うん。それで大丈夫。よろしくね}

「わか、りました。あとはお嬢様が倒れて聞けなかった、と言うことに、しますから」

{ありがとう。あとはオリヴィアちゃんが巧いこと辻褄合わせると思うから}

 ぶん投げるのか。三歳児に。

 それはどうなのかと思わないこともなかったが、そもそもこの三歳児がすべての元凶だ。水の精霊王の話を聞くに、精神年齢が本当に三歳なのかも怪しい気がする。ならば、自業自得と言うことで良いだろう。

 黙って頷き、残りわずかな孤児院への道を歩く。

 言葉通り、水の精霊王は口をつぐみ、さらに少し離れたようだった。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
お歌を歌うオリビアちゃんに撃ち抜かれました。これは、可愛い。 ユンくんの警戒心は当然のもので、人知れず豊穣の山を作り出し、孤児院の子たちも恩恵を受けているならそれでいいじゃないですか。 そんなに卑屈…
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