2. OLIVIAー2
とは言え現時点で出来ることは限られる。なにせまだ三歳の幼女だ。
しかし時間がない。
三年後、わたしが皇都にいるためには、雨が続いても災害が起こらないように、公爵領と周辺地域を整備して、聖女がいなくても大丈夫なようにしなくてはいけない。その上で出来ることならば、国内の他地域の水害対策も進めておければなお良い。
実現のために、なにが必要か。
治水と砂防だ。どちらも、大規模に行うならば一朝一夕で出来ることではない。三年あっても、間に合うかどうか。
それでもやらなければならない。
だが、治水となるとそれはもう政治の分野だ。幼女ひとりじゃどうにも出来ない。
「母……母を……説得しないと」
公爵領の政治を動かしているのは、領主夫人である母だ。補佐官の手を借りながらも、宰相として国政に忙しい父に代わって、領主の仕事をこなしている。
降嫁したとは言えその発言力は強く、母の一声があれば周辺領地も動かせるはずだ。母から父に話が行って、国を挙げて水害対策に打ち込めるなら最高だ。
そのためには。
{オリヴィアちゃん?どこに行くの?}
「書斎に」
{本を読むの?}
「本と言うか、記録と地図を」
過去の歴史を洗って、治水工事の必要な箇所を見極める。被害額と施工費を算出し、施工費が被害額を下回るなら、治水工事の有用性の証明になるはず。
「あとは砂防……現地の様子も見たいな」
{オリヴィアちゃん、遠くへ行きたいの?}
「そうですね。いろいろなところに。それから、木を植えて育てたいです。森を作りたい」
深くまで根をはる木を植える。原始的だが、たぶんいちばん有効な土砂崩れ対策だ。水害の対策にもなって、一石二鳥。
{ふぅん。そっか。ねぇ、ちょっと出掛けて来るね}
「はい。いってらっしゃい」
{うん。じゃあ、いってきます}
どこかへ旅立つマイムたんを見送る。書斎で過去のデータを洗うのを眺めていてもつまらないだろうから、丁度良いだろう。そもそも、わたしが精霊王の行動を縛って良いわけもないし。
ひとりになったのを良いことに、書斎で徹底的に過去データを洗う。我が家が歴史ある公爵家で、ずっとこの地を治め続けて来たこと、そして、初代が記録魔で、次代にもその習慣を義務付けたことが幸いして、数百年分の情報が蓄積されていた。
「表計算ソフトと情報分析AIが欲しい。つか、データベース化してCSVにしてくれい……」
とは言えすべて紙で、書式や記録内容も統一されていない。ぶつくさ文句を言いながらも、どこが弱点でどんな災害が起きて来たのか、それに対して、どんな対策を取って来たのか、対策の効果はどれくらいあったのかを読み取りまとめる。
「多少、は、対策を取ってるし効果も出てるのか。まあ数百年治めてて、なんの対策も取ってなかったら阿呆過ぎるよな」
それにしたって、現代の知識を持つわたしからすれば、お粗末な対策ではあったが。
「こんなに、蛇行してるから余計氾濫するんだよね。川筋を変えることで不満はたぶん出るけど、用水路を作れば水の供給は出来る。それに、蛇行をなくして水を抜けば、湿地がいくつか畑や宅地に変えられるはず」
呟いて、でも、と深く息を吐く。
「環境破壊、だなあ。マイムたんに嫌われちゃうかなあ」
環境破壊は良くないし、マイムたんに嫌われるのは嫌だ。嫌だけれど、でも。
「わたしは人間だし、人命には、代えられないなあ」
治水工事を行えば、環境が変わる。そのせいできっと、多くの生き物が死ぬだろう。だとしても、ヒトを救うために、わたしはその決断をする。
「加護、なくなっちゃうかな。でも、仕方ないよね。そうしないと、たくさんヒトが死んじゃうし」
両親も兄姉も末の娘に甘いとは言え、馬鹿ではない。説得するには、頷かせるだけの根拠がなければいけない。
わたしは書庫の記録をひっくり返して、徹底的に情報を洗った。それでも、体系立てて包括的に集めた情報でないから、策を詰めるには不足だった。
「んん〜、地図の精度が低過ぎる。これじゃ高低差がちっともわからない。やっぱり、現地に行かないと厳しいか」
誰もいないのを良いことに、床に座り込んで本を読んでいた。誰もいないのを良いことに、そのまま後ろへ倒れ込む。
「もう、つっかれた……目が痛い……」
{んー?オリヴィアちゃん、目を痛めたん?どれ}
白魚のようなひんやりした手が、わたしの目元を覆う。
「あれ、マイムたん?おかえりなさい」
{ただいまー。ねえ、オリヴィアちゃん、外のひとたち心配してたよ?あたし、たぶん数日くらい出掛けてたけど、もしかしてずっとここに籠ってたん?}
「え、いえ、食事や睡眠は、取っていましたよ」
中身はどうあれ身体は幼女だ。食事と休息は欠かせない。ちゃんと、三食おやつに昼寝付きの生活をしていた。
聖女になると決まった時点で、わたしの人生は道が決まった。普通の令嬢のようには生きられない。だから、兄姉のようにみっちりと家庭教師を付けることはされていない。いずれ、教会に囚われることになる。それまでは、せめて自由にさせてあげたいと言うのが、両親の考えらしい。
{そうなん?でも、心配そうだったよ?}
「あーまあ、外出はしていなかったので、そのせいですかね?」
マイムたんは自然豊かな場所、特に水辺が好きなので、わたしも散歩が日課だった。だが、このところはマイムたんがいないこともあって、散歩もせず家にこもっていた。
なるほど毎日のように外に出ていた野生児が、突然ぱたりと外出しなくなったら、心配もされるだろう。
{外出したら良いん?}
「じゃないかと、思います、けれど」
ちょうど、行き詰まったところだった。マイムたんも戻って来たし、気分転換に散歩に行くのも良いだろう。だが。
「できれば、遠くに行きたい、んですよね。許可が下りるかどうか」
{ん!ぴったりだね!}
「え?」
にっこにこのマイムたんが、自分の横を見る。
{ちょうどね、アヴィルを連れて来たから、どこでも好きなとこに行けるよ!オリヴィアちゃん」
「アヴィル……?」
誰だろう、と呟くと、マイムたんの視線の先の空間が揺らぎ、どこか不機嫌そうな顔の超絶美男が現れた。サラサラストレートな長髪を揺らす、どこか神経質そうな顔立ちの美男だ。ぎょっとして、飛び起きる。
浮いている。しかも、透けている。肌の色も、人間とは異なる。これは。
「風の、精霊……?」
それも、かなり高位の。
{そなたが、どーしても、と言うから来てみれば。ちんちくりんではないか。これの、どこが良いのだ。相変わらず、趣味の悪い}
「まだ三歳なんだから、ちんちくりんで当然じゃないですか。幼児に、なに求めてるんだか。あほらし」
{は?}
おっと、つい思ったことが口から。子供の身体は素直でいけないね。
「ごめんなさい。あなたに言ったわけじゃ、ないんです。まだ子供なので、思ったことが全部、口から出てしまって」
{謝罪が謝罪になっておらぬが}
「あら、見るからに高位の、精霊さまであらせられるのに、随分と狭量でいらっしゃる」
{くはっ}{ふふっ}
「え?」
わたしでも、マイムたんでも風の精霊でもない、第四者五者の声に、わたしは目を見開く。
{いいねいいねぇ、精霊王相手に、その不遜な態度。あっしは気に入ったよ、この子}
{ええ。悪くない、どころか、とても良いです。幼い子供など道理も理解せず、ただうるさいものと思っていましたが、なかなかどうして、この子は頭が回るようですね}
「精霊、王?」
高位どころか、王だと?
いや、気安いから忘れがちだが、麗しのマイムたんは水の精霊王だ。精霊王のお友達がいても、なんら不思議はない。
そして、風の精霊が精霊王だとしたら、精霊王相手にこんな無礼なことが言える、追加で現れたこの美男美女も。
「え、マイムたん、戦争でも起こすんですか?」
{えー?なんでなんで?起こさないよー?}
一国くらい余裕で滅ぼせるだろう戦力を用意しておきながら、マイムたんは朗らかに笑っている。
{オリヴィアちゃん、遠くに行って、森を作りたいんでしょ?だから、役立つの連れて来た!}
わたしの精霊王が優し過ぎて涙が出そう。
「わたしの、ために、そんな」
{オリヴィアちゃんのためじゃないでしょ?}
マイムたんはにこにこして、わたしの顔を覗き込む。
{だってオリヴィアちゃんが頑張るのは、いつだって誰かのためだもん。そんなオリヴィアちゃんだから、あたしは手助けすんの}
「ありがとうございます。それじゃあ、マイムたんと出掛けるって、母に伝えて来ますね」
精霊王に誘われたと言えば、否とは言われない。精霊王の隣なんて、この上なく安全な場所だし。
あっさり母から許可を得て、わたしは精霊王御一行の末席に滑り込んだ。
{まずどこ行く?}
飛び始めてから訊くことかな?と思いつつ、行きたいところを考える。風の精霊王のお陰で、揺れもなく快適な飛行だ。
「そうですね。とりあえずは、ネシアナ大河を源流から、俯瞰で見てみたいです」
{む?なぜそのようなものを見たがる}
どうやらアヴィルと言う名らしい風の精霊王に問われて、答える。
精霊は嘘が嫌いだ。下手に隠し立てするくらいなら、言えないことは言えないとはっきり告げた方が良いし、言えることなら素直に答えた方が良い。普通の人間が精霊王に会う機会なんてまずないので、情報が漏れる危険も少ないし。
「水害の、ハザードマップを、作りたいんです」
{はざーどまっぷ?なんだそれは}
「水害に遭う危険性を、場所ごとに記した、地図です。河川湖沼からの、距離や高低差を基に、増水による、被害地域や規模を予測し、どこが危険か、警戒や避難が、必要かを割り出して、水害に備えるために、作ります」
あとは実際問題、川筋を変えられるか、変えるとしたらどう変えるかも、実地で見た方がより良い計画が立てられるだろう。ダムや地下貯水地が造れる土地があるかも検討したい。
{お前}
アヴィルさんの表情が険しくなる。
{水の精霊王から加護を受けながら、水を害と言うのか}
「水の王に、加護を頂いている、からこそです」
ただ、ありがたがるだけならば、誰だって出来る。選ばれたからには、正しく敬わねば、わたしを選んでくれたマイムたんまで貶めることになってしまう。
「水は、大いなる恵みであると同時に、途方もない力でもあります。我々人間では、水の力に、太刀打ち出来ません。力及ばぬ脅威のことを、ヒトは天から与えられた災害、天災と呼びます。ゆえに水によって起こる天災を、水の災害、水害と呼ぶのです」
水そのものを、害と見なしているわけではありません。
首を振り、告げる。
「人間は弱く、水なしでは生きられません。それでありながら、水は簡単に人間を傷付け、命を奪う。ゆえに水は時に、人間に不利益をもたらします。だからヒトは、水を敬いながらも、畏れているのです」
洪水、津波、雪崩、土石流、鉄砲水。豪雪に豪雨、雹。あれだけ科学が発達した前世ですら、水は脅威であり続けたのだ。
そしてこの世界でも。三年後の長雨で、多くの人間が犠牲になる。このままでは、確実に。
「わたくしが水を御せるなどと、大それたことは申しません。ただ、領主の娘として、救える民は救いたい」
それで、水の加護を、失うことになろうとも。
{ふぅん}
目を細めた精霊、気配と見た目からして、土の精霊だろう。我が麗しのマイムたんが傾国系の超絶美女だとすれば、こちらは建国系の超絶美女だ。姉御肌で男女共に心酔させるタイプ。が、目を細めてわたしの顔を覗き込む。
{でも、地図がどうして、救うことになるんだい?}
「雨量から、川の増水量は、予測出来ますから、水害が起こる前に、被害地域を予測して、避難の指示を出せます。どこに逃げれば、安全なのかも、予測出来ますし」
{ほかには?}
「ほかには」
ちらりと、マイムたんをうかがってから答える。
「より危険な箇所は、堤防を築いたり、川筋を変えるなどで、水害の起こりにくい地形に、変えることも、可能です。どこから手を付けるべきか、どこを変えるべきかの、指針になります」
土の精霊はくすくすと嗤った。
{へぇ?あっしの前で、地形を変えるとか言っちゃうんだぁ?}
「人間が、手を加えずとも、日々地形は、変わっています。土砂崩れや、木々の根、風化、火災、水流、噴火、地震、プレート移動。地形変動の要因なんて、いくらでもあります。そこに人間が多少、手を加えたとて、瑣末なものでしょう」
{それを、判断するのは、あなたじゃないよねぇ?}
そうだけれど。
言う通りだけれど。
「それでもこの肩に、領民の命が乗っている以上、わたくしは最善を、尽くさねばなりません」
{それで、あっしや水のの、怒りを買ったとしても?}
{シェファ、なにを}
「わたくしが、嫌われるだけで済むなら、安いものです」
{オリヴィアちゃん!?}
驚いた顔のマイムたんに、笑みを返す。わたしは、ちゃんと笑えているだろうか。
「わたくしは、長く生きたとて、高々百年足らずでしょう。わたくしが加護を受けても、呪いを受けても、それは百年にも、満たないあいだだけの話。ですが、治水工事に、成功すれば、そして、その知識と技術を、次代へと、受け継ぐことが出来れば、二百年後、三百年後も、ひとを救う力となります」
そう。だから、マイムたんに嫌われたくないなんて、子供みたいなことを言ってはいられないのだ。
「末永くこの地を、守る礎になれるならば、わたくしは、」
{嫌いになんて、ならないって!!}
気付けば冷たい腕に、囲われていた。たわわなお胸に顔が埋もれる。
{オリヴィアちゃんが必要だと思うなら、やりたいようにやれば良いよ!あたしは、川がどう流れてるとか拘らないし、オリヴィアちゃんの味方だよ!!}
ぎゅうぎゅうと、締め付けられて、苦しい。
{だから、だからさ}
ぐりぐりと、頭に頬擦りされた。
{そんな、泣きそうになんないでよ。あたしは、オリヴィアちゃん、大好きなんだからさ}
「マイムたん……でも」
わたしのやろうとしていることは、間違いなく環境破壊なのだ。救われるのは人間ばかりで、植物も、動物も、犠牲になる。
{マイムの言っていることは事実ですよ。コレは気まぐれに天候に手を出すくせに、水の影響なんて少しも考えていません。考えなしに雨を降らせたり、高波を起こしたり。その尻拭いで、僕やシェファがどれだけ迷惑を被ったことか}
{あはは、そうだねぇ。川の流れを変える!かぁ。水のの聖女らしくて良いんじゃない?}
え。
ぷはっとマイムたんのお胸から顔を救出して、振り向く。土の精霊も、もうひとり、おそらく木の精霊であろう方も、どこか優しい目でわたしを見ていた。
「……怒らない、んですか?」
{あなた、水害を減らしたいのでしょう?ならばむしろ、僕としてはありがたいくらいですよ。鉄砲水やら川の氾濫やら洪水やら津波やらで、毎年どれだけの草木が犠牲になっていると思います?}
「でも、川の流れが変われば、植生にも影響が」
可能ならばダムだって作ろうと考えているのだ。水に沈んだ土地の陸生植物は、全滅することになる。
{自分の行いの、影響を理解している}
木の精霊の手が、わたしの頭をなでた。
例によってとんでもない美男、それも、正統派王子様タイプの優しげな顔立ちなので、そんなことをされるとソワソワしてしまう。
{それだけで、マイムやアヴィルよりよほど好感が待てますよ。なにせ、大雨だ嵐だと、散っ々、迷惑を掛けられているものでね}
{それなぁ。かと思えば、乾燥からの強風で山火事!とかねぇ。ほんと、勘弁して欲しい}
{いやいや、自然現象はあたしだけのせいじゃないよー?}
マイムたんが、押されてたじたじになっている。珍しい。
{意地悪言ってごめんよぉ。適当に、考えなしに言ってるんだったら困るなって、思っただけだったんだぁ。協力するから、許してねぇ?}
「あ、いえ、そんな。不躾なことを、言っているのは、わたくしの方、ですから」
{地形変えるならあっし得意だし、頼みたいことあるならじゃんじゃん言ってね!}
それは真剣に助かる。それに。
「あの、もし、可能なら、お願いしたいことがあって」
この世界の地図には、高低差の概念がまだなかった。
「こう言う地図を、作りたいのです」
水で簡単な地形の模型を作り、それを地図に起こす。
{どれどれ?}
地図を覗き込んだ土の精霊が、地図と模型を見比べて目をまたたく。
{へぇぇ、面白いねぇ。これ、線で高低差を表してるんだ}
「はい。こうすることで、より正確な地形を、平面に落とし込むことが、可能なのですが、そのためには、正確な測量が必要で、厳密に地図起こしを、しようとするならば、莫大な手間と時間が……」
掛かるので、可能なら、魔法でパパッとマッピング出来たら良いなって。
{あっはっはっは!良いよ良いよ。多分出来るし、やってあげるよぉ。どっからどこまでの地図が欲しいの?}
「出来れば、帝国全土、の」
ぽかん、としたあとで、また大笑いされた。
{いやぁ、嫌いじゃない。好きだよ、その図々しさ!大事にしてこ!あ、名乗ってなかったね。あっしはシェファ。土の精霊王さ!}
「オリヴィアです。水の王の加護を、頂いています」
{よろしくぅ!あー、オリーちゃん気に入ったし、あっしも加護あげたいとこなんだけど、水と土って相性あんま良くないんだよねぇ。下手に加護すると相殺しちゃいそうだし、あげらんないや。ごめんねぇ?}
「そんな、手助けして頂けるだけで、この上なくありがたいです」
{木のだったら、行けるんじゃない?重ね掛け}
なんてことを。
{そうですね。オリヴィアさん、僕は木の精霊王。名前はエジムと言います}
にこやかに微笑んだエジムさんの、とんでもなく整ったお顔が、至近距離に、
ちゅ
{今後とも、よろしくお願いしますね}
呆然と、額に手を当てる。
いま、なに、を。
{ふふ。大丈夫。精霊王とは言え、木の精霊は水より弱いですからね。マイムの加護に隠れて僕の加護なんて気付かれませんよ}
「かご……」
木の精霊王は、人間の事情に理解があるんだな。
じゃなくて、え、
「加護!?」
{そう。オリヴィアさんに僕の加護を授けました}
くすくすと愉快そうに、木の精霊王エジムさんは笑う。
「え、あ、そ、あの、ありがとう、ございます。光栄です」
混乱しつつも、言うべきことは言わなくてはと、なんとかお礼を口にする。
エジムさんは、まるでファンタジー映画の王子様みたいな、神々しい笑みを浮かべた。
{礼儀正しくてよろしい。まあ、水ほど役立つ加護では、}
「そんなことありませんよ!」
エジムさんの麗しさに怯んでいたことも忘れ、勢い込んで言う。
だってわたしはこれから、木を植えまくる所存なのだ。
「木の中位精霊でも、加護を頂ければ、農地で引っ張り凧に、なるんですよ!?それを、高位精霊も飛び越えて、精霊王さまに加護を頂ける、なんて。光魔法では、徒長するだけで、使いものにならない、成長促進が、木魔法で使えば、しっかり密な樹木に、育つんです!それが、どれだけ、ありがたいか」
本来、十年や百年単位で計画を立てなければならない森作りが、下手したら数日で可能になるかもしれないのだ。奇跡の御業である。
「素晴らしい力です。こんな、簡単に、頂いて、許されるのか」
{僕があげると言ったのですから、お気になさらず}
言ってエジムさんが、もう一度、わたしの額に唇を寄せる。
{役立つ力だと言うなら、存分に役立てて下さい}
さっきより長く、額に唇が当てられる。温かい。ふわりと良い匂いまでする。
{エジムまで。そのちんちくりんのどこが良いと言うのか}
アヴィルさんの悪態に、むしろほっとしてしまう。
最初から嫌われているなら、その方がやりやすい。好意を向けられると、失うのが怖くなるから。
わたしから唇を離したエジムさんが、目を細めてアヴィルさんを振り向いた。
{光魔法を使いものにならないと言い切るところですね。光がなければ植物が生きられないのは否定しませんが、それはそれとして偉ぶってて嫌いなんですよアイツら}
使いものにならないとまでは……言ったなはっきり。
「よ、用途の問題で、わたくしにとっては、木魔法が必要で重要でありがたい、と言うだけなので、光魔法が役立たずと、思っているわけでは、ないのですが」
{ふふ。素直でよろしい}
なぜかますます笑みを深めたエジムさんが、わたしをなで、その手をマイムたんが、退ける。
{あ、あたしのオリヴィアちゃんだもん。エジムには渡さないもん}
おぅふ。我が麗しのマイムたんが可愛過ぎて生きるのが辛い。
{ええ。それで構いませんよ。複数の王の加護持ちの聖女なんて、知られればオリヴィアさんが生きにくくなるでしょうから。僕の加護は単なる添えもの。オリヴィアさんはあくまで、水の王の聖女です。そもそも、木の王の聖女なんて有史以来存在しませんし}
{人間に繋がれんの嫌いだもんねぇ、木のは}
{知っていて重ね掛けを言い出す辺り、良い性格ですよね、シェファ}
{まさか乗って来るとは思わなかったんだよ}
ケラケラとシェファさんは笑い飛ばすが、こっちは笑いごとじゃない。エジムさんの良識に、ただただ全力感謝だ。
{水との重ね掛けなら、風のでも相性は良いだろうけど、風のはその辺力加減下手だもんねぇ。木のみたいな繊細な重ね掛けは無理でしょ}
{あ゛?}
軽いノリでシェファさんが口にした言葉に、アヴィルさんが眉尻を跳ね上げる。
{このちんちくりんに加護を与える価値がないだけで、我とて加護の重ね掛け程度造作もないが?愚弄するな}
{うんうん。やらないだけで、出来ないわけじゃないんだよねぇ。わかってるわかってる。やらないだけだよねぇ。うんうん。くははっ}
{信じておらぬではないか!!}
ぐわりと噛み付くように怒鳴るアヴィルさんから、マイムたんとエジムさんがさりげなくわたしを庇う。あんなに怒っても揺れはない。アヴィルさんにとっては、空の旅など呼吸と同じなのだろう。
{いやぁ?あっしも、水のの加護に重ね掛けは無理だし、恥じることじゃないよ?}
{出来ると言っておろうが!おぬしと一緒にするな!}
怒鳴ったアヴィルさんが、風魔法でマイムたんからわたしを奪う。
{来い小娘}
「ひゃ、い、っ、痛い痛い痛い、いったぁーいっ」
ガリッとうなじに噛み付かれて、思わず悲鳴を上げる。痕が付く程度の手加減なんてない。絶対に血が出ている。なんなら噛み千切られたかもしれない。
いたいけな幼女に、なんてことをするんだ!
{アヴィル!!}
珍しくも憤怒の表情で、マイムたんがわたしを取り返す。
{大丈夫?オリヴィアちゃん、すぐ治すからね}
言葉通り、痛みは直ちに消えたが、うなじに違和感が残る。
{アヴィル、女性の身体、それもこんな目立つ位置に、痕を残すのは感心出来ませんよ}
{ふん。その位置なら隠しようもあろう。ちんちくりんに我の加護をやったのだ。その程度の不利益は甘んじて受けろ}
誰が加護をくれと言ったと、言い返しても良い場面だとは思うが。
「はい。その、助かります。ありがとうございます」
実際、どの程度の痕が残ったのかは見てみないといけないが、うなじの真ん中なのでチョーカーやホルターネックで隠せるだろう。その程度の不都合で、めちゃくちゃ便利な移動手段を与えて貰えるなら、安いものだ。
と、思っての発言、だったのだが。
{……まあ、風魔法は応用の幅も広いですからね}
{それにしたってオリーちゃん、女の子なんだから、もうちょっと自分を大事にしてね?}
{オリヴィアちゃん!いくら便利な移動手段が嬉しいからって、そんなあっさり受け入れちゃ駄目だから!!}
うーん、マイムたんの、わたし解像度が高い。そこまで長い付き合いではないのだけれど。
{便利な}{移動手段}
エジムさんとシェファさんが、ええ?と言う顔で見て来る。
{いやいや、風魔法と言えば、魔法のなかでもとりわけ速度と威力に秀でた、攻撃魔法適正の高い魔法ですよ?切断特化ではありますが、単体攻撃から極大範囲攻撃まで応用可能です。風の王の加護を得たならば、鍛え方によってはひとりで戦況を動かせます。悔しいですが、僕の加護よりよほど価値のある加護ですよ}
{そうそう。オリーちゃん、わかってる?やろうと思えば一国滅ぼせちゃう加護だからね?それは、確かに移動手段としても有用だけども、それっぽっちじゃなくてね?}
「戦争は、今のところ起こすつもりはないですね。滅ぼしたい国もありませんし。ああでも」
水魔法でも攻撃は出来る。圧縮した水はコンクリートだって切れるし、単純に水そのものが鈍器にも壁にもなる。生き物なら単純に、溺死させれば死ぬし。
けれど確かに、速度は風が勝るだろう。
「水魔法より、苦しませずに殺せそう、いや、それなら凍らせて殺せば、良い話だ。体組織の、六割が水なんだから、やり方はいくらでもある。そんなことより、風媒花や虫媒花の、受粉が効率好く、出来そうですね!確かにとっても、便利です!」
{受粉、ですか。それはまあ、確かに人間にとってありがたい効果でしょうね}
「はい!木魔法で育てて、風魔法で実らせる。完璧な流れです!」
ヒトの手で虫媒や風媒の代行をするとなると、どうしても手間が掛かる。風魔法で一気に終わらせられるなら、素晴らしく効率的だ。
{木魔法も風魔法も、どちらも役立つものだと}
「そうですね?」
おかしなことを、言っているだろうか。
「人間は、大気から炭水化物も、アミノ酸も作れません。植物や動物を食べて、栄養素を摂取しなければ、生きられないんです。もちろん、水だって、飲まなければ死にます。植物を育む、水も風も土壌も、植物自体も、等しく我々人間にとって、なくてはならない、大切なものです」
{そうですか。なるほど。マイムが気に入るわけです}
褒められているのか、貶されているのか、判断に迷う言い方だ。
{良く言えば真っ直ぐ育った善人、悪く言えば、平和ボケした脳みそお花畑、でしょうかね}
うん。褒められていないね!
{褒めていますよ。好ましい、と、言っています}
嘘だあ。
{本当ですよ。その、顔に良く出るところも、わかりやすくてよろしい}
{うっはは。べた褒めじゃん、木のが、珍しい}
{いえ?考えてみれば、水と木以上に、水と風の精霊王二柱に加護を受けた人間なんて危険です。知られないのに越したことはありませんから、移動と受粉に使うくらいで丁度好いでしょう}
うんうんと頷いて、さあ、とエジムさんがわたしを促す。
{せっかくですから、使ってみてはどうですか?今なら、僕もマイムもシェファも補佐出来ますから、練習には良い機会ですよ}
確かに。
複数の精霊王に見守られて魔法の練習なんて、この上なく贅沢な機会だ。
「はい。やってみます」
頭に地図を思い浮かべる。ここ数日、にらめっこしていた相手だ。自分の顔より明確に思い浮かべられる。その地図から、今いる地点を割り出し、目指す地点までを線で繋ぐ。
ここから、そこまで、ひとっとび。
{大空に、我を遮るものはなし。いざ進め、風路!}
{おい、たわけ、}
アヴィルさんの叱責が聞こえる前に、わたしの身体は吹っ飛ばされていた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
ちびっこの能力インフレはロマン
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