11. OLIVIAー5
ひとくちに治癒魔法と言っても、実は種類が存在する。対象は怪我なのか、病気なのか、疲労なのか、心的なものなのか。それによって、適する治癒魔法は異なるし、適する治癒魔法を選択しなければ、救えるものも救えなくなる。
それでも光の聖女の治癒と来れば、ほぼ万能とも言うべきものなのだが。
残念ながら万能ではなく、いくつか治せないものがある。死者と部位欠損、壊死、それから、失血。
大量出血による瀕死者は、光の治癒では治せない。浄化と自己治癒能力の爆発的な上昇で治癒を行う光の治癒では、失った血を補えないからだ。
自己治癒能力でどうにかなる程度の失血であれば、光の治癒魔法でも治療可能だ。だが、輸血が必要な大量出血となると、光の治癒魔法で救える可能性は格段に低くなる。輸血を併用すれば補えるだろうが、この世界にはまだ、輸血の概念がない。技術も足りていない。
前作ヒロインの死因はおそらく、転倒により本来の出産時期より早く胎盤が剥離したことによる失血。大量出血の前に治癒魔法をかけられれば助かるかもしれないが、処置が遅れれば、光の治癒魔法では助からなくなる。
だからわたしが行かねばならないのだ。
水の治癒魔法であれば、出血により失われた血を、補うことができるから。
「おい、着いたぜ姫さん」
ユンの声で、意識が浮上する。
記憶を思い出してから、たびたび身体を虐め続けた甲斐があって、魔力は多少ながら回復していた。治癒一回程度なら、まあ、なんとかなるはずだ。
「オレじゃ城には入れねぇから、姫さんが話通して」
「聖人認定されたら入れるわよ」
「べつに入りたくねぇし」
うん。わたしとしても、ユンを教会に横盗りされるのは困る。
「ありがとう。もう歩けるわ」
礼を言って、地面に降り立つ。聖女の認定証を掲げて、門兵に声を掛けた。
「急な来訪申し訳ありません。水の王の聖女、オリヴィア・ネーデルヴァルトです。皇后陛下の治癒のために、馳せ参じました。至急、皇后陛下の許へと案内して下さい」
「水の、聖女様……!」
「おい、水の聖女様がいらっしゃった!誰かすぐ、皇后陛下のところへお連れしろ!」
思った以上に話が早い。つまり、それだけ、逼迫した状況と言うこと。
「僕が行きます。聖女さま、大変失礼ですが、背負わせて頂いてもよろしいですか?」
「構いません。ユン、頑張って走ってね」
「はぁい」
うげ、と言う顔をしたものの、ユンは頷いた。わたしを背負い、兵士が走り出す。名乗りを上げるだけあって、俊足の兵士だった。
皇城内を走り抜け、最奥部、皇族の住まう場所へ向かう。進むごとに空気は緊迫し、只事ではない状況が肌に伝わって来た。
間に合って。どうか。どうか。
「お母様、お母様っ!!」
「大丈夫、聖女様がいるのよ」
子供の泣き声。慌ただしく動く大人たち。診察台の横に控える聖女の顔色は、悪い。
だが、まだ皇后は生きている。間に合った!
降ろして貰う間すら惜しく、兵士の背から飛び降りる。
「エリシア様、代わります!」
「オリヴィア様!?なぜ、ここに」
「ここでわたくしが、必要とされていたからです」
診察台の上に横たわる女は、紙のように血の気のない顔をしていた。
血が足りていない。これでは厳しい。光の治癒での生存は、絶望的だ。水の治癒ですら、厳しいほど。
だが。
「第一皇女殿下、こちらへお越し頂けますか?」
「わたくし……?」
「ええ。皇后陛下をお救いするために、力をお貸し頂きたいのです」
ここには、患者の血縁がいる。最も血が近いのは、第一皇女だった。
子供から輸血など、本来であれば推奨されることではない。小さな身体では、取って良い血も少ない。
けれどわたしは水の王の聖女だ。たとえ少ない血だとしても、最大に活かすことが出来る。そして今、その少しの血ですら足りていない人間が、目の前にいるのだ。
「わたくしが、お母様のお役に立てるの?」
「はい。わたくしを信じて、お手を貸して下さいまし」
光の聖女エリシアが握っていた皇后の手を、片手で預かり、もう片方の手を第一皇女へ伸ばす。
「わたくしは、水の王の聖女。水により、すべてを繋ぐ者。皇女殿下、皇后陛下にはいま、血が足りていないのです。だからこそ、皇后陛下の血を継ぐあなたの血が、必要なのです」
「血、が」
「わたくしが繋ぎます。痛みも苦しみもありません。ただ、信じて、手を取って下さい」
第一皇女は齢七つ。六歳のわたしより、歳上だ。地位的にも下の歳下にこんなことを言われて、信じてくれるかは賭けだった。
「それで、お母様は助かるの?」
「水の精霊王に誓って、救って見せます」
己を加護する精霊王への誓い。もし誓いに違えたならば加護を失うこととなる。聖女や聖人にとっては、神に誓う以上に重みを持つ誓いだ。
時間がない。こうして会話している時間も惜しい。だがそれでも、第一皇女の協力が得られるか否かで成功率が変わるのだ。
「……わかった。信じるわ。だから、必ずお母様を、救って」
「ありがとうございます。そのお心、承りました」
ここ数年、働き通しで皮膚の丈夫になったわたしの手とは違う、白くて柔くて美しい手が、差し出した手に乗った。
手札は揃った。あとは賭けに勝つだけだ。
{救い待つ者、癒しを望む者、救われることを望まれる者へ、命の雫を。血潮を繋ぎ、命を繋ぎ、癒しを与えよ。上級治癒}
傷は塞いだ。血も足した。あとは本人次第だ。
「生きなさい。生きて、約束を果たしなさい。ずっと、一緒にいるって、約束したのでしょう。生きるのよ。生きて、皇后としての役目を果たしなさい。あなたは生きるのよ、ディアナ・ロクシア・フラウブルグ!!」
握った手が、握り返された。紙のようだった白い頬に、赤みがさす。
繋いだ──!
安堵で遠退きかけた意識を、気力で踏み留まらせる。まだ、もう少しだけ。
繋いでいた両手を離し、診察台の横、弱りきって泣くことも出来ていない赤子を抱き上げる。六歳の手には、重たい。確かな、命の重みだ。
{生まれ落ちた新たな命、愛されるべき者に、祝福を。回復}
まるでいま生まれたように、赤子が泣き声を上げる。
甲高い声で泣く赤子を、第一皇女へ差し出した。
「殿下のお陰で、皇后陛下と皇子殿下の命が繋がりました。どうぞ、抱いて差し上げて下さい」
「え、あ、はい」
第一皇女の手を支え、小さな命を、その腕に抱かせる。
「あたたかい、わ」
「殿下が守った命です」
「わたくしが、守った」
「ええ。どうか、慈しみ、愛して差し上げて下さい」
赤子を抱く第一皇女の腕に、力がこもった。
今度こそ、もう、大丈夫だ。
「エリシア様」
「は、い」
「傷は完全に塞ぎました。血も、命を保つ分には問題ない量まで戻しました。あとは、頼めますか?」
無理だと言われても、わたしの方がもう無理なのだが。
「はい。もちろんです。お力添え、感謝致します、オリヴィア様」
「いえ、体力が戻れば、自然に目覚めるとは思いますが、免疫力は落ちているはずですから、注意、を」
払って。
最後まで言えずに、わたしは意識を飛ばした。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
オリヴィアちゃん、ミッションクリア!
次話はユンくん視点に戻ります
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