9. YUNー6
次の日の昼、ユンくんに騙されたとぶすくれる姫さんと共に屋敷を発った。
「……なんで馬車?」
急ぎなら、魔法で飛んだ方が速いのに。
魔力の温存かと予測したオレに姫さんが返したのは、ほとほと呆れる言葉。
「空を飛んでいたら、助けを求める声が聞こえないでしょう?」
ほんとに。このひとは。
「道々で、人助けして歩くつもりなの?」
そんなの、その地の領主や担当の聖女や聖人の役目だろうに。
「それが聖女の役目で、教会からの指示だもの」
「聖女って損じゃない?」
「大きな力を持つ者は」
御者台に並んで揺られながら、手綱を握る姫さんが言う。
「その力に見合った役目をこなす義務がある、らしいわよ」
「ナニソレ」
どこの世界に、自ら馬車の手綱を握る公爵令嬢がいるのだろう。ひとに気安い割に、そばにひとを置きたがらない姫さんだ。
「オレに対する厭味?」
「まさか」
姫さんは笑って首を振る。
「それならわたしも同罪だわ。教会に教えず、ユンくんを独占しているもの」
「あっそ。てか、馬車移動なら姫さんは中で休んでなよ。これから馬車馬のように働くんだろ」
「御者台の方が、周囲の状況を見渡せるでしょう?」
「なら」
後ろに聳え立つ馬車の幌を見やって目をすがめる。
「こんなでかい馬車でなくて良かったろ。なにこのやたら目立つ馬車」
二頭立ての幌馬車は、幌布が派手な空色に染め上げられていて、さらにエーデルヴァルト公爵家と教会の紋章が、両側面に大きく描かれている。エーデルヴァルト公爵家で教会と深く関係があるのは姫さんだけなので、水の精霊を連想する地色も含めて、これが水の王の聖女である姫さんの馬車だと喧伝することになっている。
「目標代わりだからねぇ」
「なんでそんな仕事増やすようなことすんの」
とにかく近年の功績が目覚ましい姫さんなのだ。困っている人間がいれば、我先にと助けを求めて来るだろう。
急ぐ旅のはずなのに、そんなことをしていて良いのか。
「助かる命を見逃すよりもいいでしょう?」
「馬鹿じゃないの。ほんと馬鹿。ばーか」
「三回も馬鹿って言った!?」
驚愕の表情の姫さんから、馬車の手綱を奪う。公爵家の人間は誰も彼も姫さんを溺愛していて。その、姫さんを手助けする立場のオレに協力的、と言うか。
……ありとあらゆる場面で姫さんの役に立てと、なんでもかんでも教え込んで来る。自分の代わりにと、技を仕込む圧が強い。
だから、オレだって馬車の手綱くらい握れる。
「手綱はオレが握るから、あんたは周り見るのに集中してなよ。馬鹿なんだから。疲れたら寝たって良いし。馬鹿なんだから」
「馬鹿って言う方が馬鹿だもん……」
馬車の旅は、飛ぶよりずっと時間が掛かる。各地で助けを求められて、足留めされれば余計だ。
{たわけか、お前は}
急ぐあまり、徹夜で馬車を走らせようとした姫さんのことは、風の精霊王がオレに代わって罵ってくれた。
{人間は寝なければ死ぬ。ただでさえ、お前は魔力を酷使しておるのに、寝て回復しないでどうする。たわけが}
いつも通りに姫さんに悪態を吐いて、オレもろともに幌馬車のなかへと追い立てる。
{どこへ向かっておるのだ}
「え?」
{とこかへ急いでいるのであろう。夜のうちは我が馬車を走らせておいてやる。さっさと行き先を言わんか}
{走っている道は、皇都経由の商業路ですね。馬車で一晩ですと、ここからならば、明日朝には隣領の領都に着いているのが理想かと}
風に運ばれた姫さんを受け止め、姫さんの代わりに風の精霊王へ答えたのは、御伽噺の王子さまみたいな美青年。木の精霊王だ。
まさか風の精霊王だけでなく、木の精霊王までもとは。
いつのまにか幌馬車の床には柔らかそうな草や花びらが盛られていて、木の精霊王がそこに姫さんを寝かせる。
{子供は寝る時間ですよ。それに、馬にも休憩が必要です。さ、お休みなさい、オリヴィアさん}
木の精霊王が姫さんの目許に手を当てれば、ふ、と姫さんが弛緩して、すぐに寝息が聞こえて来た。誘眠効果のある花の香りでも嗅がせたのだろう。
{ユンさんも休みなさい。あなただって、まだまだよく寝て成長する時期なのですから}
姫さんと違って、オレに精霊王へ反発する度胸などない。
「その、ありがとうございます。なにからなにまで」
{マイムに頼まれていますから。それに、僕の聖女がこんなことで死ぬのは、嫌ですからね}
水の精霊王は、いま姫さんのそばにいない。土の精霊王もだ。どこかの海底火山で火の精霊王が暴れて、溶岩の大量流出が起きているとかで、その対応に行っているのだ。
心配症の水の精霊王は、それで姫さんのところに風と木の精霊王を寄越したのだろう。なんとも、贅沢な代理精霊だ。
{さすがに昼間や街中では、聡い人間に気付かれても困るので離れますが、夜間であれば補佐します。夜に休養出来ていれば、多少なりとも身体の負担が抑えられるでしょう?}
「はい。助かります。ありがとうございます。風の精霊王さまも、本当に、ありがとうございます」
{どういたしまして}
{ふん}
風の精霊王と木の精霊王とオレと、二柱とひとりがかりで姫さんを強制的に休ませながら、皇都向けて馬車を走らせる。
道中、救難要請と言う邪魔ばかり入って、遅々として進まないながらも、じわじわと皇都へ近付いて行って。
夜は寝かし付けられているのに、姫さんは日々焦燥を募らせ、日に日に窶れて行く。
{オリヴィアさん}
{小娘}
「姫さん」
そんな変化に、気付かないオレたちではないのに、肝心の姫さんが、オレたちの心配の声を受け入れない。
ならばせめて急ぎ目的地にと思うも、やはり度々の足留めで思うように進まず。
「やばい、時間ない。駄目だ」
旅程が一ヶ月を優に越えたある日、姫さんがそう呟いた。
「ごめんユンくん、ちょっと飛ばすから、中入って掴まっていて」
「飛ばすって」
「上空から一気に確認して一気に対処する。ちょっともう、地道にやっている時間がないのよ」
いやそんなことしたら、どんだけ魔力がいるんだよ。
オレの反論を待たずに、姫さんはオレを幌馬車に押し込んで。
頼みの綱の精霊王たちは、昼間だからと離れている。
飛んだ馬車に風の精霊王が気付いて駆け付けたときには、馬車はいろいろすっ飛ばして皇都から馬車で二時間ほどの辺りに着陸したところだった。
「ごめんユンくん、ちょっと寝る。皇都に着いたら起こして」
土気色に青ざめた姫さんは、駆け付けた風の精霊王にも気付かず、ふらりと幌馬車に入ると気絶するように眠りに落ちて。
魔力欠乏で気絶なんて、この旅ではなかったのに。
少なくともこの旅においては、姫さんがちゃんと魔力を温存していたことに、今更ながら気付く。そして、その温存を止めるほどに、なにかが切迫しているであろうことにも。
{小僧}
不機嫌を絵に描いたような表情で、風の精霊王が言う。
{この小娘は救いようのないたわけなのか?何度倒れれば覚える?なぜ、学ばんのだ}
敷布もクッションもない板張りの馬車床に身体を投げ出し、血の気のない顔ですやすやと寝息を立てている姫さんを、風の精霊王は睨み付けていた。
{そもそも人間だけであるぞ。己の限界を理解せず、魔力欠乏なぞ引き起こすのは。ほかの生きものはみな、己の領分をわきまえている}
オレに訊いているようで、その実、答えなど求めてはいないのだろう。オレの返答など待たず、風の精霊王は言葉を連ねる。
{この、我が、加護を与えておるのだぞ?あの人間嫌いからも加護を貰っておる。なによりマイムから、これだけ強い加護を与えられておいて}
幌馬車の御者台に移り、馬を走らせ始めながら、オレは風の精霊王の言葉を聞く。
無礼ではあるが、歩みを止めている時間はない。姫さんが、無茶をしてまで縮めた時間なのだ。
{なぜ、我らを頼らぬのだ。なぜ、周りに助力を求めぬのだ。脆弱な人間の分際で、なぜ、独りで総てをこなそうとするのだ}
それはオレこそ、ずっと問い詰めたかったこと。
けれど深い眠りに落ちた姫さんが、問いに答えることはない。いや。オレが何度尋ねたって、水の精霊王が何度もっと頼って良いと言ったって、姫さんは十分頼らせて貰っているとはぐらかして来たのだ。起きていたところで、欲しい答えをくれはしないだろう。
{生意気な小娘め。否、こやつが生意気なのは、出会ったそのときから変わらずか。ふん、忌々しいことよ}
途切れた言葉に振り向いた先で、風の精霊王が姫さんに口付けをしていた。
ぎょっとしたオレに、顔を上げた風の精霊王が気付く。
{皇都に向かうのだろう。あそこは、聡い人間も多いゆえ、我は共に行かぬ。代わりに我の魔力をこの小娘に与えた。与え過ぎるとマイムの加護を喰いかねぬゆえ、気休め程度ではあるが……まあ、普通の人間よりは、死ににくくなったであろう}
とんでもないことを、さらりと告げ、最後に忌々しそうに付け足す。
{どうせ皇都に着いたのちも、こやつはヒトの身に余る無茶をしでかすのであろう。鼻持ちならぬ小娘だろうが、我が加護を与えた者が簡単に死ぬなど許さぬ}
飛び上がった風の精霊王の手が、わずかにオレへと触れる。この気難しい精霊から、触れられたのは初めてだった。
{あとは頼むぞ、小僧}
「は、い、わかりました。ありがとうございます」
{ふん}
風に紛れて、精霊王の姿が消える。
いつも、姫さんに悪態ばかり吐いている精霊だが。
ちらりと、眠る姫さんを見る。倒れたばかりのときに比べて、随分と顔色が良い。欠乏していた魔力を与えられて、回復したのだろう。馬車吹っ飛ばした姫さんに気付いて、駆け付けてもくれたわけで。
あれで意外と、姫さんのこと気に入って、気にかけているのだろうな。
まだ近くにいて聞かれると怒られそうなので、口にはしなかったが思う。
オレに加護をくれている土の精霊王だって、姫さんを加護出来ないからオレに加護をくれたのだし。
つまり、四柱の精霊王に愛されている聖女なのだ、姫さんは。
本人はいまひとつ、その価値を理解していない様子だが。
「自分を、大事にしてくれよ、姫さん」
複数の精霊王から愛されるなんて稀有なこと、二度とは起こらないかもしれないのだ。教会に知られれば、祭り上げられ歴史に名を刻むはずだ。
視線を前に戻し、まだ見えない皇都を思う。
姫さんが、無理を押してまで急いだ理由は、いったいなんなのか。
どうか、姫さんが命を削るようなことには、ならないで欲しい。
その、願いは。
燃え盛る建物と、響き渡る悲鳴と怒号で、届かなかったと思い知らされた。
「嘘、だろ」
「っ、けほっ、なに?けむり?……火事!!」
煙で咳き込んで目覚めた姫さんが、飛び起きて幌馬車から外を覗き、顔を顰める。
「下流階級の居住区は、過密な上に木造家屋が多いから、火災と火災時の延焼の対策をすべきだって、あれほどっ」
絶望的な光景だと言うのに、これは姫さんが焦っていた理由とは異なるらしい。
「水なら氾濫するほどあるでしょうに!どうして消火が進んでいないの!!」
不手際に怒りながらも、姫さんが幌馬車から飛び降りる。
また、無理をするつもりなのか。
「姫さんの今の役目は、長雨の対応だろ?火事は、皇都の騎士にでも任せておけば」
駄目元で、服を掴んで止めてみる。
姫さんは笑って、首を振った。
「そこに助けを待つひとがいるなら、手を差し伸べるのが聖女の役目よ」
もう。ほんとに、もう!
「この混乱で馬車を走らせたら轢くから、歩いて行くわ。ユンはここで馬車番を、」
馬車も走らせられない混乱のなか、六歳児をひとりで歩かせられるわけがないだろうに。
「オレも行く。水の王の聖女の馬車に、悪戯する馬鹿はいないだろ」
「それはそうでしょうけれど」
その言葉を了承と受け取り、姫さんの手を取った。
「それで?どこに向かうの」
姫さんが数秒目を閉じてから、開く。
「こっち」
オレの手を引いて走り出した姫さんに、なにを根拠になんて、馬鹿な質問はしない。これまでも、よくあることだったから。
姫さんは迷いなく混乱の坩堝を駆け抜け、燃え盛る炎と対峙した。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
次は主人公視点に戻ります!
続きも読んで頂けると嬉しいです




