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この街は今日も語る  作者: 紫芋
笠辺沙耶は語らない

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9/15

二人は夜の街を繰り出す

ゴールデンウィークなので次回の投稿遅れます。よろしくお願いします。



「ひぃぃぃ!」


 じゅんは現在、全力疾走である女性に追われている。


 黒と白の縞模様の肩出しセーターに赤のスカートにニーソックスにブーツという、どう考えても走る用の服装では無いその女性・笠辺かさべ沙耶さやは軽い悲鳴を上げる桐江きりえじゅんを決して逃すまいと、マラソン選手と同様の綺麗なフォームで追い掛けていた。


「逃がさない」


 そう言った沙耶は、近くの街灯に飛び移り、一気に距離を詰めた。


「止めて!こんなに嬉しくないパンチラはやだぁぁぁぁぁー!!っあぐぅ!」


 そして、逃走から僅か四秒で幕を閉じるのであった。


「どうして、逃げるの?」


「家に行く気満々過ぎるからでしょ?!怖いよおぉ」


 そう、沙耶はあろう事か必要に准の自宅に行こうとして、そして、それを止めさせようと何度も話したが、結局分かって貰えず、ならばと走ったのだが。


 結果はこの有様である。


 馬乗りとなり、両腕を抑えて抵抗を意に返さない圧倒的なまでの俊敏な捕獲。


 准は地面にすっ転び、背中に乗られた軽い体重を必死に上げようとするものの、沙耶が拘束している手の握る強さがそれすら容赦なく阻止する。


「大丈夫。私は、貴方を、守れる、筈」


「腕離しなっ!」


「あの光は、何があるか、分からない。行っても良いって、言うまで、止めない」


「ちょっと僕に対する好感度高くない?!初対面から僅か一時間程度ですよね?!」


「大丈夫。私は、空気を、読める。彼女さんの邪魔は、しない」


「質問にも答えてくれないぃぃ。ぅぅ。⋯⋯わかった!わかった!家に連れてきますよ!」


「うん。その言葉を、待ってた」


 こうして、准は出会って一時間で高校の先輩を御自宅にご案内するのであった。


 着いた頃には十八時半を過ぎており、暗がりの道路には点々と明かりが灯されていた。


「君の家、案外、綺麗に、してる、ね?」


「すいませんね。ご期待に添えずに⋯⋯」


『中に入れてしまった』とそう思った准なのだが、どんなに説得しても、どんなに討論しても、引く様子の無い准は鬼ごっこの末に根負けした。


 けれど、光る粒による身体の影響。


 未だ起きていない事が後に何かしらの事態を呼び込む要因となるのが准を不安の一途へと辿らせて、根負けさせたのかもしれない。


 そう思わなければ、いくら先輩とはいえ、僅か四秒で追い付かれたという屈辱は晴らせそうになかったからだ。


「私、ご飯、食べたい」


「遠慮が無さすぎません?」


「私、君の頭と、ゴッチンコ、した」


「いや、僕は地面ともですよ?」


「責任、取って」


「な、なんて色気のない言い方なんだ⋯⋯」


 淡白かつ愛想なし。


 淡々と口にした言葉は本来ならば男性を良い意味でも悪い意味でも鼓動を早めるものというのに、それらが全く起こらないのが、不思議なほどであった。


 玄関前で唖然としていた准。


 そして、ブーツを脱いで、颯爽と部屋を見回し始める沙耶。


「待っててください。なにかは作りますよ⋯⋯。というか、ご両親に連絡されなくていいんですか?」


「うん、大丈夫。私、かなり、自由、許されてる、から」


「さいですか⋯⋯」


 しかし、准は知らなかったのだ。


 冷蔵庫の中身がほぼ全滅しているという事を。


 そう、最後に買い物をしたのは特売があった木曜日。ではなく、時間を戻した影響で火曜日に買い物をしたっきりなのだ。


 そして、その後は事故に遭い、特売はおろか、スーパーにすら寄っていない。


 だから、「あ」と呟いてしまった准は呆然と冷蔵庫の中身を覗いては閉めて、また開いて覗くを繰り返して現実逃避を図ろうとしているのであった。


「先輩⋯⋯」


「なに?」


「買い物、行きますか⋯⋯」


「うん、財布は、ある。だから、買お」


「⋯⋯あざっす!」


 深々と下げた頭は舎弟のようであった。


 こうして、二十時に閉まるスーパーへと駆け込み、二人並んで流れるようにカゴに商品を置いていくのだが⋯⋯。


「先輩?なんで魚持ってるの?」


「ホイル焼き、する」


「先輩が作ってくれるんですか?」


「うん。そのくらいの、事は、したい」


「楽しみだなぁ〜」


 嘘である。


 満面の笑みで放った言葉。さながら、彼女に料理を作って貰える彼氏のようなワクワク感すら窺えてしまえるその表情の裏は黒かった。


 この少年。割と冗談抜きで信じていない。


 これほど無愛想で機械的な話し方をする女性と自分のこれまでなんやかんやで培った料理の腕。


 一体どちらを信じるのか、という観点の結果。


 准は自身を信じたのであった。


 しかし、仮に不味く作ってくれても食べ切る自信には満ち溢れていた准は、味付け兼誤魔化し用にレモンエキスたっぷりの調味料をカゴに放り込み、静かに頷く。


(さぁ、かかって来い!)


 そして、自宅に戻り、早速と言わんばかりにキッチンに立った沙耶とダイニングでひたすらに待つだけの准。


 この時には、確信すらある。


 猫背で包丁を震わせながら握り、調味料を計量カップに放り込む際の手つきを見て、『あ、料理した事あんましない人だ〜』と思い、救急箱をテーブルに置いて準備万端。


「さぁ、来い」


 小さく呟いた少年は上から目線で仮にも先輩である女性の料理現場を我が物顔で腕と脚を組んで、待っていた。


 悪代官張りの顔付きでニマニマとしながら待つ馬鹿な少年は、およそ数十分後に驚嘆する事になる。


「う、上手いし、美味い⋯⋯だと?!」


 アルミホイルに乗った鮭。そして、盛り付けられたようにえのきとしめじはポン酢が程良く味わえて、鮭は切れ目を僅かに入れて、解しやすく、バターの調整で舌鼓。


 そして、カゴに放り込んでいた大根は、おろしとして使われており、口に含ませる。


 顔は蕩けきった。


「負げだぁぁぁ!⋯⋯うめぇぇぇ」


 少年には鮭のアルミ焼きに大根おろしと隠し味のように使ったバターに完膚なきまでに負けた。


「ブイ。得意、料理。教えて、貰った、から」


 意図を読んだのか、はたまた知らずにやったのか。


 それは彼女のみ知っている事ではあるが、無表情でピースサインを突き出して勝利に酔ったのであった。


 救急箱は当然、使われる事は無かった。


 そして、皿洗いを終えた准はソファで座りながらスマホの画面を眺めている沙耶。


「ちゃんとスマホあったんだ⋯⋯」


 沙耶が公園でスマホを使っていなかった所を見ていた准。


「機械音痴かな?」


 そう判断した准は食洗機のボタンを押して、彼女を呆然と見ていた。


 聞かなければならない。『何故、刀を持ち歩いていたのか』を。


 何かを見ていた沙耶も飽きたのか、終わったのか、スマホの電源を切って、ソファから准を見つめる。


 相変わらず無表情で、ただ呆然としているだけの綺麗なだけの先輩。


 どんな事を思い、どんな事を普段しているのか。


 それすら准は何も知らない。


 知らないから、ソファに座っている彼女の隣に座って聞いた。


「先輩。探し物の刀は何に使うものですか?戦うってなんですか?」


「言葉、通り。『不可思議な存在』を、断ち斬る為に、私は、刀を、持ってる」


「代々って言ってましたけど、昔から、その⋯⋯。お父さんとかお祖父さんとかも?」


「うん。先代は、お父様。その前はお祖母様。私達、笠辺かさべ家は、『魔』や『邪』を、祓う為の、一族だから。それを、知ってる、人は、『除者じょしゃ』って、言ってる」


「へぇ〜、変わってますね?」


「そう、だね。自覚は、ある」


「大変じゃないですか?その『除者』っての」


「大変、だよ?でも、苦じゃ、ない」


 その沙耶は表情こそ変わらないが、何処か声色は優しいものであった。


 耳に伝わる確かな音色は、ほんの少し、准を微笑ませる。


「じゃあ、やっぱり探さなきゃ行けませんね」


「君は、此処に、居て」


 お互いにテレビがある前方に顔を向けていたが、沙耶は隣に居る准に視線を送る。


 その気圧されそうにもなる静かで透き通った闘志が籠った瞳は准を穿っていく。


「気持ちは、嬉しい。本当に。でも、事態は、変わった」


「と、言いますと?」


「あの、光の粒。何か、分からない。私は、耐性が、あっても、君は、違う」


「⋯⋯そうかもですけど」


「私、これでも、強いよ?」


「それ、見てないんで分かりません」


「今は、弱い、けど」


「どっちなんですか?」


 呆れたような物言いを放つ准。


 少しだけ目を細めて、体育座りをした沙耶は華奢な脚に顔を埋めて、チラッと覗き込むようにして准を見た。


「刀が、あれば、強い。無かったら、そこそこ」


「おかしいな。俺の記憶じゃあ街灯に乗ってたような⋯⋯」


 あれをそこそことは言わない。


 どう考えても埒外だ。


 一般人で街頭に登れる人間は居ても、跳躍力一つで街灯のてっぺんに登る者も登れる者も居ない。


「お風呂、入りたい」


「急ですね」


「耐えられない。この、空気に」


「良いですけど、着替えは?」


「大丈夫、君のを、借りる」


「え?!」


 思わず立ち上がった准。


 以前も小さな小さな、おチビちゃんと化したミニ藍莉に服を貸した事自体はある。


 けれど、あれは妹の舞喜まきの物で、『小学生の女児に貸してあげた』という観点がある。


 けれど、今回は違う。


 見た目も大人、妹の衣服では恐らく、丈が足りないというのは見ただけで分かる。


 身長差という残酷な現実が選択として迫られていた。


「うぅ、まぁ、ジャージなら?」


「決まり。じゃあ、入って、来る。覗いても、良いけど、責任、取ってね?」


「覗きません。覗かなくても、僕の想像力は天地を揺るがす程なので」


「そう、うん──」


 何かを不意に呟いた。そう気付いた時には、彼女は既に洗面所へと向かい、着替えであるジャージは既に彼女の手元へと。


(何?!何時から手に?!あれ?僕場所教えてないよね?)


 そして、淡々と教えてもいない洗面所へと駆け足気味で入った音が聞こえた准は頭を抱えた。


「というかさっき、『変わらないね』って言った?⋯⋯会った事があるのか?僕とあの人」


 少年の記憶では、幼なじみも居なければ、将来を誓い合った仲の人も居ない。


 あれほど抑揚の無いロボットのような話し方をする彼女はかなり印象強く残るものだ。


 思い返すが、一向に思い出せない。


「う〜ん⋯⋯」


 考え込んで居る准。そんな沈黙にも近い空間に居る准はふと、フラついて、ソファに倒れ込んだ。


 急激な倦怠感。吐き気も無く、目眩が起こり始める。


(なんだ?!これ⋯⋯急に?!⋯⋯毒?あの人が盛った?いや、違う。あの光の粒だ⋯⋯。だとしたら)


 彼女も同様の事が起きている。


 倒れた彼女を想像してしまい、フラついて仕方ない身体を強引に立ち上がらせて、前にある机に脚をぶつけながら、壁まで寄り掛かった。


 ボヤけた視界は、映る景色の輪郭を二重にしていき、ダイニングの隣にある扉を開けて、更に前へと。


 身体の奥底から一気に何かが込み上げるような感覚が押し寄せて、倒れ込んでしまう。


「うぅ、がぁ⋯⋯ううがぁ」


 熱で焼かれたように熱く、手脚の先は氷で直接冷やされているように冷たく、それでいて、頭痛に追いやられていき、徐々に感覚は遠くへと行くように、消失した。


 身体の感覚が完全に消えてしまい、必死に腕を藻掻くようにしてフローリングに着けて、這いつくばって足掻いて、洗面所の扉を伸ばした腕で開けようとする。


 その扉は一気に開かれた。開けたのは准では無く、沙耶であった。


 一瞬、前に踏み出そうとした脚は止まり、すぐに真下に倒れ込む准を見つけると、しゃがみ込んで背中を擦る沙耶。


「大丈夫?安心して、私は、無事、だから」


「な、なんてぇ⋯⋯?」


 耳鳴りの酷さが目の前に駆け寄ってくれている沙耶の声は何一つとして理解出来ずにいる。


 金切り声にも近い耳鳴りは嫌に耳にこびり付きそうで、肺から送られる筈の呼吸は、口にも鼻にも渡らず、涎が漏れていた。


「借りる、ね」


 そう言った彼女は急いでタオルとテレビのリモコンを取り、冷蔵庫にあったケチャップと床に転がった准のスマホを倒れ込んだ准の傍に置いて、ケチャップを左右の壁にぶち撒けて、指で魔法陣を描いていく。


「後は、傘と⋯⋯シャワー、かな?」


 浴室にあるシャワーベッドを迅速に回して、ホースから外した後、垂れた水を数滴ほど、准の身体に振り掛けて、ダイニングの扉を閉め、傘を広げて廊下の進行を塞ぐように置く。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫。必ず、必ず⋯⋯」


 タオルで壁から垂れていくケチャップを拭いて、リモコンの電池二つとスマホ准を三角形で囲むように置き、最後に左手首を噛んで、垂れた血を准の上へと散らばらした。


 その血液は落下する事は無く、宙に漂い、鮮血の光を纏って徐々に光は回転を起こして、准の上空を駆け回り出す。


「助ける、から」


 その光は青と緑に染まると、沙耶は右手を前に翳し、唱えた。


「【笠辺沙耶の名の下に告ぐ。このは我が祈りの地。禁足を仇なす者に絶対の裁きを下すと知れ。──来たれ。静脈を宿る青。輪脈を促す緑。まじれ。携え、促せ。生命いのちに恩恵を授く。我が生命を糧にて、御業届けよ。──寛解かんかい癒霊ゆれい】」


 准の真上に青と緑の光は交差して螺旋となり、未だ尚、眩い光を照らす廊下は青と緑の双奏を謳い、准の身体へと入り込んだ。


 壁に塗りたくられた赤色のケチャップは緑色の蛍光ペンのように変色を遂げて、徐々に焼ける。


 三角形に囲むようにして置いた電池とスマホは消えて、後に残ったのは、沙耶が自ら自傷によって傷付けた左手首の噛み傷とそれによって垂れた血のみ。


 ポタポタと滴り落ちる事を厭わずに、呼吸と意識を明確に安定させていく准をそのまま抱き締めた。


「ちゃんと、助けれた。うん、良かった。⋯⋯良かった」


 意識が徐々に回復させて、輪郭がハッキリしだした准は何故、裸の彼女に抱き締められているのか、全くもって分からずにいるのであった。


  ━ ━ ━


 三味線を鳴らす音が好きだった。


 私はきっと、お母様のあの優雅さに憧れたんだと今でも思う。


 けど、私は『才』があった。


 お父様は喜んで、私の身体を掴んで嬉しそうな顔をして高く持ち上げる。


 喜んでくれるなら、私はやってみようと思った。


 姉に当たる人が言った。


「出来るのかい?」と。


「出来る。やりたい!やってみたい!だって、お父様もお母様も喜んでくれるんだもん」


 私はその時の姉の顔を決して忘れない。


 可哀想な者を見る、哀れんだ表情と抱擁を一度。


 そして、次の日、姉は勘当された。


 見送る事も出来ず、何故そうなったか、私には分からない。


 次の日、私の皮膚は抉れた。


 斬られて、斬られて、着られた。


 手拭いが口に。手首を手錠で。足首を縄で。


 体温の抜ける感覚と意識の放出。


 視界は紅に染まり、臨界に達した精神は悲痛さを表そうと喉から口へ、口から外へと。


 けれど、誰も、何も、言わない。


 淡々と私は身体を抉られた。


 それは四週間と四日と四時間続いて、ようやく終わりを告げられる。


 父が言う。


「身体は器。心は刀に宿して一流の除者となれるんだ」


 母は言う。


「お前はこれから生涯私達ではなく、この世の理に向き合わなければなりません。いいですね?」


 頷いた私。八歳の私。身体を痛め付けられた私。


 こわされそうな私。


 刀は何処?


 刀が無いと戦えない。


 刀が無いとえない。


 奴らの生命は紫色に揺らめく怨霊の如き存在。


 彼らが持つ意志は鈍く照らす終幕の一助。


 お前の精神こころは息吹く刀に籠められる。


 私の余生は全てこの世の為。


 私の明日は未来の他人ひとの為。


 私の生涯は次の世代へと継がせる為の袋。


 血濡れて、染まって、微睡みは与えない。


 視界に居る貴方は私のお陰で今日を生きていられる。


 視界に居る貴女は私の人生を費やして笑っていられる。


 当─は私に言う。


「才能しかない凡夫」と。


 お父─は言う。


「出来損ないに不出来を掛け合わせた最悪手の欠陥品」


 お─様は言う。


「自覚を持ち、心に線を張って、生命を宿しなさい」


 握る刀は何も言わない。


 納めた刀は震えない。


 この街に越すにあたって、役目を与えられた。


『街に巣食う『魔』を一つでも祓い、笠辺家の名を知らしめる一助になれ』


 両─の言葉だ。


 私は果たしたい。


 自由になりたい。


「なれば良いじゃないですか」


 ある日言われた有数の光。


「なれない、よ?」


「僕はもう手遅れですけど、笠辺先輩は違うでしょ?まだ、言える相手が居て、ぶつける理由もある。それで充分ですよ」


「充分、なの?」


「はい。充分です」


 砕け散った未来と終わった世の中で君は、何時も笑ってるね。


 それが虚勢だって知ってる。


 それでも、誰かの為に、繰り返さないように、嘲笑われないように。


 その日を生きているんだね。


 だから、頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。


 頑張った視界に赤が一杯。


 グラスから零れたにしては多く、大きい。


 臨界に達した精神は、虚しさと怒りと悔しさで叫声を上げた。


 抱き締めた体温は冷たくて、濡れ落ちた雨が邪魔で仕方ない。


 あぁ、そうだよ。私は君の未来を見てみたかったんだ。


 私は砕ける。


 私の今日は終わりを迎えた。


 良かった。──様と──様の思い通りにならずに済む。


  ━ ━ ━


 准が目覚めた第一声は簡易的なものであった。


「なんですとぉぉ──ゴホッ、ゴホッ!」


 素っ裸に濡れた身体は密着状態。


 理解不能の事態と状況を、如何に早く整理整頓出来るかが、少年の次に課された使命であった。


「君は、死んだら、駄目。良い?」


「⋯⋯あ、はい。あの、服⋯⋯」


「身体は、器、だから」


「僕が困るんですよ」


「わかった、離れる⋯⋯。離れるよ?⋯⋯良いの?」


(クドいなこの人⋯⋯)


 密着した身体は離れて、本日二度目のびしょ濡れを味わいながら、准の視線は遠くへと送られながら、着替えを身に包んで、ドアを開ける。


 そして、改めてソファに座った彼女は手でポンポンと隣を叩き、准を座らせるように誘導を掛けた。


「僕のあれ、なんだったんですか?どうして、僕、助かってるんですか?」


「原因は、光の粒、だよ。助かった、のは、私の、術で、君の身体を、癒した、から」


「ありがとうごさいます」


 頭を下げた准。


 命の恩人でもある彼女は「いいよ」と淡々と口にして、頭を上げさせる。


「⋯⋯先輩、普通でしたね。助けに行こうとしたの割と意味なかった⋯⋯」


「私には、耐性が、ある、から⋯⋯。君には、無いもの、ね」


『除者』は『魔』と『邪』を払う存在。


 ならばこそ、なのだろう。


 防御力が皆無な状態で挑むというのは普通有り得ない。


 相当のマゾでもない限りは。


 耐性があるのがステータスであり、絶対なのだ。


 一方の准はそんな『除者』ではなく、ただの高校生であり、訓練も受けてなければ、刀すら握った試しもない。


 しかし、それが本来の普通なのだ。


「でも、何故でしょう。身体がまだ熱いんですよね⋯⋯」


 身体をペタペタと触り、熱を掌で確かめる。


 それが偽りではないと自身で確定させるように。


「あくまでも、抑えてる、だけ。だから、身体自体には、まだ、巣食ってる」


「え?!治ったんじゃないんですか?」


 首を横に振り、じっと准を見る沙耶。


 決して安心できる状態ではないのだと、その瞳は訴え掛けているように、准には映っており、緊張が背筋を走らせた。


「治って、ない。あくまでも、動けるように、した、だけ」


「じゃあ、僕はどうすれば!」


「⋯⋯刀で、斬る。そうすれば、一発で、終わる」


 持っていない為に、架空の刀を握った体でそれを准目掛けて振るう動作をする沙耶。


 それに呼応するように、「あぁぁ」と嘘臭い演技をした准はソファに凭れ掛かって、チラッと沙耶を見た。


 無表情で嬉しいのか、楽しいのか、哀れんでいるのか、嘲たいのか、准には分からなかった。


「あの、その。⋯⋯痛いですか?」


「痛く、ない⋯⋯⋯⋯⋯筈」


 随分と待った間と僅かに逸らした視線が一気に恐怖心と疑心感を募らせていく。


「ちょっと?!」


「でも、仕方、無い。⋯⋯だから、これから、行く」


 ソファから勢いよく立ち上がった沙耶はそのままリビングから離れて、准が先程倒れた廊下へと脚を運ぼうとその方向へと身体の向きを変え始める。


「何処にですか?」


 暗に『刀のある場所は知っているのか?』と問う准。


「刀、探しに。もう、悠長に、出来ない」


 けれど、意図は伝わらない。


「⋯⋯まぁ、そうだよな。因みにですけど、僕、このまま放置だとどうなります?」


「私が、発動、した、術は、多分、七時間、ぐらいで、効力が、切れる」


 現在時刻、二十一時四十分。


 早朝頃に准は再び苦しむ事になるという事である。


「えぇと、つまり⋯⋯。僕、七時間後に」


「⋯⋯察して」


「察するって言うか、もう!言ってるようなもんでしょ!?⋯⋯ヤバい、どうしよう!二人じゃ手掛かり無しの探し物なんて。せめて人手があれば〜」


 背けられた身体がその後の事態を全て察してしまった准。


 けれど、准の言葉に背けられた身体は再び准の方へと向けて、人差し指を准の額へと突くようにしてぶつけられた。


「君、お留守番、だよ?」


「え?冗談でしょ?僕のせいで怪我までさせたのに、その人がまた僕の為に動いて貰うんですよ?どう考えても手伝いますよ?」


「⋯⋯駄目」


 立ち上がろうした准の肩を無理矢理掴み、座っていたソファへと戻そうする沙耶。


 それに抵抗するように横に身体をズラして、立ち上がる事に成功する准は腰に手を当てた。


「行きます。落し物なら、一人よりも、最低人数二人でしょ」


「でも」


「そうと決まれば行きましょう。落し物なら、アイツも呼んで⋯⋯。あれ?スマホは?」


 ポケットに入れていた筈のスマホが無い事にこの時気付き、焦るようにして探し出す。


 机の下や洗面所付近を探すべく、歩き出そうとした時、腕をグッと掴まれてしまい、思わず振り返ると、俯いている沙耶が視界に映った。


「⋯⋯ごめん。君を、助ける為に、消した」


 何も言えなくなった。


 言い方を変えれば、スマホ一つで命が助かったという事になる。


 准は割り切る以外の思考は一切シャットダウンさせようと心に決めた。


 何せ、助けてくれた本人が、本当に申し訳なさそうに俯いている。


 これだけでもう『仕方ない』と思わざるを得ないのだ。


「⋯⋯まぁ、仕方ないか。命には変えられないし」


「ごめん、ね」


「謝らないでください。僕のせいですから」


「⋯⋯ごめん」


「⋯⋯行きますよ」


「本当に、良いの?」


 准の「はい」という一言により、夜の街へと繰り出す事となった二人。


 暗闇となっている街で落し物探しは再開される事となり、最初に准が向かったのは、沙耶と出会った公園。


 ではなく、その公園近くにある友人の自宅である。


 スマホがあれば、連絡を取れるのだが、命と引替えに消え去ってしまった為、連絡手段は直接会う事のみと制限が掛かってしまった。


 睦生むつき嶺二れいじ


 准の唯一の友人であり、良き理解者(仮)である。


 そんな彼の一軒家のインターホンを連打した准。


「君、夜、だよ?」


「コイツはこれでいいです」


「いや、ご家族、が⋯⋯」


 そう言っていると、「はーい」と元気な声で扉を開けた嶺二が全身鼠色のスウェットで二人の前に現れたのだ。


「あれ?准?何⋯⋯、どったの?」


「手伝え、れい⋯⋯ムッくん」


「え?!何をさ?」


「彼女の落し物探しだよ」


「⋯⋯まぁ、良いけどさぁ。明日学校だぜ?」


「大丈夫だ、僕とお前。二人いれば何とかなるだろ?」


「はぁ〜。分かったよ。ちょっと待ってろよ?」


 そう言って、嶺二は玄関の戸を閉めた。


 その様子に沙耶は驚いた様子で准を見る。


 彼女の言いたい事なんてお見通しだとばかりに凝視された視線に応えるように彼女を見て、ニッコリと微笑んだ准。


 こうして、三人となった落し物捜索は開幕へと向かった。

三人称視点と一人称視点のパートを合間合間に入れるのが好きな紫芋です。


ご閲覧頂きありがとうございます。


今の所、話の齟齬は噛み合ったままですが、お調子者の私はいつかヘマをします。


そして、古文や古語といったものをもっと真剣に習っておけば良かったと後悔しています。


いいもの届けたいじゃないですか。⋯⋯まぁ、素人なんであんまし皆様も気にしていらっしゃらないと思いますが。


では、また次回お会いしましょう!

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