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この街は今日も語る  作者: 紫芋
笠辺沙耶は語らない

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8/16

お人好しは巻き込まれる

新章です。


キツイ話ばかりはあれなので軽めの話です。

 今回語るべき主役は【やまい】である。


 人間に問わず、様々な生物がその身に、心に患うものの総称。


 怪我から発症したものもあれば、精神的疾患や先天的に持っている者までおり、白い毛に赤い瞳と有名なアルビノもまた、遺伝子性疾患と呼ばれたれっきとした病であり、個性である。


 さて、そんな【病】に向き合う事が常日頃の、ある街のある病院で『大変な事が起きてしまった』のだと、気が付いたのは何処の誰だろうか。


 切っ掛けは単純である。


「治りが早いねぇ。若いからかなー」


 そう言って頂ける有難い眼鏡をかけたお医者様だ。


 しかし、そんな医者が部屋から立ち去って退院の手続きが着々と進んでいく中、本人に言うでも無く、たった一人の個室で、腹の底から声を出した者が居る。


「⋯⋯三日で骨、くっ付いてる?⋯⋯。さてはあの医者、ヤブか!」


 その少年の回復能力が異様に早かったのだ。


 それはもう信じられないぐらいに。


 だが、悲しい事にこの少年・桐江きりえじゅんは全くもって普通の人間である。


 実は古武術を習っていたとか、神様にすら敬愛されて加護を持っていますや、触れただけで何でもかんでも壊せる異能持ちという訳でも無い。


 本当に平凡な少年であり、交通事故で生きていたのも偶然の産物と結果によるものが大きい。


 だが、現実として少年の身体は交通事故でバッキバキのボッロボロであり、脚の骨に至っては粉砕骨折で腕の骨は僅かに筋肉が突き刺さり、治療も困難を極めており、頭からも大量出血で肋骨も突然砕けて、臓器も萎み切った梅干し状態。


 それでも入院生活から早三日、准は既にラジオ体操からスクワット、なんならジョギング程度ならば問題ない所まで回復していたのだ。


「⋯⋯一体誰が治したんだ⋯⋯。はっ!まさか!神様が日頃の行いが有頂天の絶頂に位置している僕に微笑みかけて⋯⋯。いや、無いな。神様基本、糞だし。なんだったら呪いかけてくるまである」


 テンションはまさに乱高下。


 ジェットコースター張りの昂りと急激な覚めは准をベッドへと寝かせていくのであった。


 少年は考える。


『どうすれば、テストを受けずに済むのか』を。


 馬鹿な事に加えて、逃げられない筈の学生の宿命は、負った怪我へと託そうとしていた准だったのだが、怪我は既に完治寸前。


「仕方ない、明日。考えよ〜」


 そうして、締め切った窓と涼しい冷風の風に当てられて、少年は眠りに着いた。


 明日はやって来る。


 やって来てしまったのだ。


「君、もう退院出来るよ?」


「はぇぇ〜」


 そして、現在。


 家に居るのだった。


「あれ、おかしいなぁ⋯⋯。僕は病院に二時間前には居たはずなんだ⋯⋯。あれぇ?」


 待ち惚けを食らって数時間経った情けない男のように、准も今、玄関で立ち竦んで、靴を脱ぐ。


「どうしよう⋯⋯やる事無いんだよなぁ」


 そんな事を呟いて、嶺二れいじに持ってきて貰った服を脱ぎ、ソファに座り込んでテレビを付けて時間を潰す事にした准。


「あ!」


 忘れていた事を思い出した。


 本来ならば、木曜日の段階でやっていなければならない事であり、大切な事を。


 急いで外行き用の服に着替え直した准は、急いである場所へと向かうのであった。


 アパートを出て、通学路の途中にある細く狭い小道へと脚を動かし、更にそこから雑木林を進んでいく准。


 強い日差しは木漏れ日として少年の身体を当てていき、風も無く、静寂が流れる道を足音は、嫌なぐらいに耳に通り抜け、やって来た。


 そこは雑木林がもうすぐ終わろうかという箇所にある。


 それは敢えて雑木林の林方面へと横断して、一メートル程の石造りの段差を数箇所降りてから、道半ばから石造りで舗道された人一人分の道を歩く事十分。


 神鏡と三方が人が三人分乗れる程の石に置かれ、紙垂しでが括り付けられた注連縄しめなわとその中心にある『祠』が存在する場所へと少年はやって来た。


 街の住人は此処を『象願林そうがんばやし』と呼び、大洲おおしま藍莉あいりが見えなくなった日の朝もこの『祠』に来ていたのだが、准がそこに通うのには理由があり、それは簡単な話。


 この御札が貼られた『祠』の中身は酷く寂しがり屋なのだ。


 中に眠っている『翡翠色にも似た象』はゴールデンウィークに偶然にも准の命を救い、褒美として見聞きした事を定期的に話すという約束をしているのである。


 そして、律儀に准が付き合うのにもちゃんと理由があるのだ。


『祠』の封印は解こうと思えば何時でも解けるらしく、解けたが最後、恐らくこの街は終わるのだと准は確信している。


 だから、少年は手を合わせて、瞼を閉じて祈るのだ。


『出てくるなよ』と。


 日曜の空気はヤケに暑く、目を閉じている間、准の身体をまとわり付くように熱気が点っていた。


 それが、急にスンッ!と冷気が籠りだして、目を開ける。


虚象きょぞう。待たせてすまないな」


『遅すぎる⋯⋯。遅いプォォォォォン』


 鼻から水飛沫を吹き出して、金色の瞳と胴体に彫られた数文字の白く光るエチオピア文字と緑の体色。


 これが、『翡翠色に光る象』であり、寂しがり屋の象なのだ。


『して、何用で遅れた?』


 何処までも一片の余地も無いほどの白一色の世界。


 それでも地面は僅かな冷気があり、一人と一匹の影は距離を詰めていく。


「感情の緩急どうなってんだ。酷いぞ?」


『酷いとはなんだァ!最後に来たのは一週間前。今日までどれほど待ったものか⋯⋯』


「虚象くんさぁ、付き合って拗れ始めた彼女じゃないんだからさぁ〜。ちょっとは余裕もてよ?」


『おい!貴様、無礼だぞ?』


「⋯⋯」


『私はメスだプォォォォォン』


「⋯⋯え?!お前!え?!女だったの?!」


『そうだ。だから、『私』と自身をそう呼んでおるだろ?分からなかったのか?』


「分かるかぁぁ!!世の中にゃ『私』を使って普通に働いてる社会人だって居るんだよ!」


『私は人間では無いから知らん。⋯⋯して、准坊よ、話を聞かせてくれないか?』


「んん⋯⋯。まぁ良いけど」


 こうして、『翡翠色に光る象』こと『虚象』のビックリドッキリな新事実を知った准は、彼と思われていた彼女に話をした。


 大洲おおしま藍莉あいりの事。


 時間を戻って解決した為、遅れた事。


 そして、彼女が出来た事を。


 虚象は准を自身の胴体に凭れ掛からせながら、その話をただひたすらに聞いていた。


 なんの相槌もなく、ひたすらに。


 そして、語り終えると同時に彼女は顔を上げる。


『大事ないようで何よりだな。流石に契約者と言っておこう』


「それはどうも。まぁ、僕としては、 お前の存在を維持するだけの仮初の契約だから、あんまし誇大して、言えるもんでもないけどな?」


『それが助かっておると言っている』


 鼻を頭に乗せる虚象。


 以前の准ならばそれを怖がっていた行動も慣れ始めた事で素直にそれを受け取っている。


 象と少年だけの空間。


 そんな虚象に多少の同情もある准は鼻を手で擦りながら虚象の顔を見た。


「あのさ、こんな事言うのもなんだけど、朝倉あさくらさん辺りに虚象の居場所とか作って貰うように言ってもいいんじゃないのか?寂しがり屋なんだからさ、もうちょっと──」


『駄目だ!少なくてもあの男には手を借りない!』


「なんで?」


『あの男、あろう事か私の鼻をジャイアントスイングで投げ飛ばして、綺麗で麗しい私の腹に拳を叩き付けて、風穴を開けた前歴がある!あんな奴に頼むぐらいなら准坊と心中する!』


「やめろおぉ!!折角、僕にも彼女が出来たばっかなのに、死ぬのなんてゴメンだ!」


『准坊こそ、男を見せろ!これでも神の系譜の者との心中。悪くない提案だと思うが?』


 准が本人、否。本象に聞いた限りでは、虚象は神の血が混ぜ込まれたれっきとした神なのだとか。


 祭り上げられた訳でも、仕立てあげられた訳でもない。


 れっきとした由緒正しい神であり、下界に残った最後にして、寂しがり屋の神。


「生きた時代の違いだな。昔は兎も角、今の時代、そんな事で『はい、喜んでーー!』ってならないんだよ」


『世知辛い世の中だ⋯⋯』


「虚象?お前、神様の近類なら人に化けるなりして生活しろよ?そっちの方が楽しいぞ?」


『私は人には化けれない。人を化かす事は出来るがな』


「なんだよ?世の中には、馬や戦艦、刀に細胞や国すら擬人化してるハイブリットな世の中なんだぜ?」


『待て、あの矮小な馬が⋯⋯?駆ける事と馬刺しにした活用されないあの馬が?』


「よく馬刺し知ってんな⋯⋯」


『しかし、出来んものは出来ん。何せ、私は人より知能が高いからプォォォォォン』


 噴き出された水飛沫は准の全身に降り掛かり、ずぶ濡れにしていく。


 髪は濡れて、服も当然濡れる。


 それに、少し不機嫌になった准は怪訝そうに虚象を見た。


「水飛沫飛ばすなよ⋯⋯。お前。いつか、脱水症状で死ぬぞ?」


『この空間は精神世界と現実の狭間に近い。脱水症状なぞになるか』


「僕がこの冷えた空間と暑苦しい空間の合間合間で風邪を引いても良いってのかよ」


『馬鹿は風を引かんと言う。つまり、准坊は風邪を引かないという事だ』


「なんだよ?夏頃に気付くってか?僕はそれほど鈍感じゃない」


『ん?何を言っておる?『馬鹿は風邪を引かない』ということわざは文字通りの意味なのではないのか?』


「違う。『冬に引いた風邪が鈍感のせいで夏頃になって気付く』って事だ。まぁ、春から秋でもなんでもいい。つまり、遅れて気付くって事だ」


『な、なんだプォォォォォン』


「飛ばすなぁぁぁ!」


 白一面の世界に少年の叫びは鳴り響く。


 象の鳴き声よりも高く、長く。


  ━ ━ ━


 日曜日に雨模様は無い。


 天気予報のお天気お姉さんすらそう言っていた事を准は病室に備え付けられていたテレビで見ていた。


 そんな、贅沢バンザイな准は現在、ずぶ濡れである。


『祠』と向き合うようにして立っている准。


 あくまでも『精神だけが飛んで会いに行く』と説明されていたにも拘わらず、結果は服までびしょ濡れのままであり、遣る瀬無い気持ちをグッと堪えて、帰る事とした。


「アイツ、覚えてろよ⋯⋯」


 悪態をつくように膝辺りまで伸びた草っ原を掻き分けて行き、歩道にまで横断するようにして戻って来た准は、ふとした気持ちで、近くにある公園を見た。


 その公園は、ミニ藍莉が精神的に幼くなってしまった際に嶺二れいじに存在を確かめた公園でもあり、約束をした場所でもあった。


「⋯⋯結局、遠出は出来なかったな」


 ちょっとした後の祭りを今更悔いている少年は、懐かしさすら感じるベンチを眺めていると、そのベンチをキョロキョロと紺色の髪をした女性が見回しだした。


 流石にここで、長々と見ているのもおかしいのでその場を後にしようとする准なのだが、何故か足音と共に、手をガッシリと掴まれてしまう。


 おかしい。そう思わざるを得ない准は苦い顔をして、その腕を掴んだであろう人物を一瞥して、また前を向き直り、抵抗と抗戦の末、無理矢理ベンチに座らされたのだった。


「君、私の後輩、だよね?」


「いえ、貴女のような先輩を持った覚えがないです」


 先程ベンチでキョロキョロとしていた女性だった。


 黒と白の肩が出ている縞模様のセーターに赤のスカートに黒のニーソックスに黒のブーツ。


 まつ毛が長く、綺麗な顔立ちをしているのに、何処か無機質にも見える表情は、本能的に准の身体を引かせていく。


「探し物、して?」


「嫌です。帰らせてください」


「ありがとう。貴方はこっち、私は、ここを探す」


「ちょっと!聞いてくれませんかね?!マジで貴女、誰ぇ?!」


「私?私は、私だよ?」


「おかしいな。会話のキャッチボールにナックルは要らないんだよな⋯⋯」


 直球、良くてもカーブがスライダー辺りが『ナイスピッチ』と言える範囲内の准には、未知の軌道をするナックルは対応外なのだ。


「ナックル?⋯⋯あ!アシタカの相棒の?」


「それ、ヤックル」


「掃除した後に、するベトベト」


「ワックス」


「海外の、斧」


「アックスゥ〜」


「思いっきり、パンチ」


「それ、殴る⋯⋯。因みにゴーグルでもない」


「⋯⋯君、エスパー?!」


 すると、目を見開いて、驚いたような仕草をして身じろぐ女性。


 しかし、表情にあまり変化が無く、女性が果たして本当に驚愕したのか、していないのか、准には全く見当が付かずにいる。


「⋯⋯どうしよう。本当にやばい人に捕まったかも」


「私は、やばいって、名前じゃない。笠辺かさべ沙耶さや。それが私」


「僕は桐江きりえじゅん。後輩って僕に言ってたって事は⋯⋯」


「そう、私と、同じ高校に、君が居る。噂は、聞いてるよ?」


 腕を後ろに組んで、何やらグラビアの撮影のようなポージングをしているが、依然。表情は変わっていない。


「噂?」


「頭が、悪いって、噂」


 思い切り指を差して一言。


 呼応するように差された段階からして『ろくな事は言わないのだろう』と察して身構えていたが、一つの決断を下した。


「帰ります」


 それは帰宅だ。


 ただでさえ、象にずぶ濡れにされた挙句、出会って間もない先輩から罵倒されれば、帰りたくもなる。


 何よりも少年は、一刻も早く濡れた服を乾かしたいのだ。


 けれど、女性は逃げようとする、否。帰ろうとする准の腕を再度引っ張り出して、公園に引き留めようと、踵を地面に滑らせながら、准に引き摺られるようにして抵抗を始めるのであった。


「事実を認める事も、一つの、成長ぅぅ」


 ようやく見せた顔色の変化は不安げなものであった。


 しかし、今更喜怒哀楽を見せたところで事態はもう終わった事のように迅速に腕を離させようと、掴んだ腕を更に掴んで引き剥がそうとする。


「すみません。その事実はとうに分かりきってる決定事項なものでして!てかなんで普通に力強いの、この人ぉぉぉぉ!」


「お願いっ、探して、お願い」


「僕じゃなくても良いでしょ?」


「そこに、居たから、探して欲しい」


「無茶苦茶だっ!パシるならもっとマトモな理由作ってください!」


 別段何かしらの期待を寄せていた訳では決してない。


 けれど、自分にしか出来ない事だと、多少なりとも思ってしまうのも自然な事であり、しがみ付くようにして要求する沙耶の意図が准にはやはり分からないのだ。


「駄目?お礼も、するよ?」


「いえ、結構です」


 だから、当然のコレも期待しない。


 沙耶は身体を引っ付けて、胸を腕に押し当てていたにも拘わらず、それを邪険にする准。


 ドギマギの一つでも、本来ならばするのだが、それらは今回起こらなかった。


 少年からすれば、人生で初の経験でもある。


「私、アレが無いと、帰れない。だから⋯⋯あ」


「⋯⋯頑張ってください」


 執拗いぐらいにしがみ付いていた腕は離れて、僅かに当たった体温は遠くへと。


 その場を逃げるように去る少年の背中は小さく、それを呆然としたかと思えば、しょんぼりとした表情で眺めるに留まった沙耶の表情を見た准は振り返る。


「⋯⋯」


 しかし、速歩きで立ち去るようにようにして公園を後にした准は、もう振り返らない事を意識して脚を動かした。


 絶対に、頑なな意識と意志を持って、脚を止めず、前をひたすらに向かせて。


「迷惑掛けられそうになったのは、こっちだし、別に僕は悪くない」


 事実として、少年は一切悪くない。


 本当に押し付けのように腕を引っ張られて勝手にベンチで座らされて、寒いコントをさせられたに過ぎないのだ。


「僕は悪くないんだよな⋯⋯」


 そう言えば、そうだと思い込める。


 ゆっくりなっていく脚の速度は、さながら考える猶予を自ら与えたようであり、立ち止まってしまう事を敢えて否定した。


「帰れないって言ってたけど、まさかな⋯⋯」


 目が泳ぎ始めていく。


 このご時世に親が子供を締め出しっぱなしなんて事がある筈が無いと思うと同時に、悲しそうな表情が蘇る。


 そう思うも、ベクトルは違えど、行き過ぎた親の前例を既に知っている准は、また逃亡するかのように走る速度を早めた。


「⋯⋯⋯⋯。ここまで来て。もうアパートも真ん前で、ここからリターンする理由も、⋯⋯無いし⋯⋯なぁ⋯⋯」


 回れ右は必要ないのだ。


 彼女の問題は少年には何一つとして関係がなく、今日知ったばかりの先輩の為にわざわざ戻る理由もない。


 けれど、俯いて。止まった脚は玄関前。


 伸ばした腕はドアノブには触れずにいる。


「⋯⋯」


 准は決めた。


 将来で生まれ変わりがあるとしても、『今のような』人間性にはならないようにしようと。


 そう、心の奥底で誓ったのだった。


  ━ ━ ━


 走る事はしなかった。走る事よりも怪我をせず、余裕を持って来たのだと知らしめたいという、ちょっとの願望。


 それを持って、少年は逃げるように去った公園へと脚を動かして、帰って来た。


「⋯⋯、居た」


 時刻的にも既に暗がりになり始めており、懐中電灯やスマホを持っていない溜め息か、光源になるものを所持せずに、黒色とも、紫色とも、橙色とも受け取れる夕暮れ時の中、一人寂しく公園のベンチから滑り台、ブランコの奥にある茂み等を探している。


 意を決して、沙耶の元へと行くと、最初は気付いていなかったようで、目をくれずに散策をしていたが、気が付いたと同時に呆然としたのか、何も言わずに探す動きは取り止められて、駆け付けた准を凝視していた。


「⋯⋯」


「手伝います」


「良いの?嫌、だったんでしょ?」


「嫌ですよ」


「なら、無理強いは、しない」


「嫌だけど、一緒に探してあげない自分も嫌っていうか⋯⋯なんと言うか」


「⋯⋯お礼、何が、いい?」


「いえ、要りません。それで何を探してるんですか?」


「良いの?」


「はい」


「⋯⋯このぉぉぉっっ、ぐらいの、長さの黒い筒、それと、白い紐が、括られてる、物だよ」


 両腕を精一杯に伸ばして、長さをアピールするものの、沙耶の腕の長さが足りていないのか、それとも本当にそのぐらいなのか。


 グゥゥゥッと伸ばす素振りをして、探し物の特徴を口にした。


 それでもやはり、表情は変わらない。


 気張る表情も、瞼を閉じるわけでもない。


 それを一瞥した准は、スマホの電源ボタンを押して、流れるように明かりを灯した。


「公園で落としたんですよね?」


「うん、そう」


「家に帰れないって言うのは、なんですか?親御さんから貰った物、とかですか?」


「ううん、違う。私の、所有物。代々、受け継いでる、だけ」


「受け継いでる?」


 白く光るスマホは沙耶の方へと向かう。


 彼女は准を見ずに、地面を覗き込むように屈んでいるのだが。


「⋯⋯あ」


 スカートの中が見えてしまった。


 そう思ったと同時に、スマホの明かりは身体の正面へと向かい、無かった事にして言葉を待つ。


「⋯⋯⋯⋯」


「私は代々、それを継いで、戦ってる」


「⋯⋯え?戦っ⋯⋯え?」


(戦ってる?何と?厨二病と?おいおい良してくれよ。厨二病は一人居れば十二分だぞ?)


 沙耶の言葉には確かに臆面もなければ、恥も外聞も気にしない物言いであり、真剣そのもの。


 しかし、表情筋が硬すぎるのか、言い慣れている故に表情を変える必要性を感じないのか。


 どちらにしても、少し怖くも感じる准なのだ。


「そう、私は、斬れない物を、斬る。その為に、ここに、越してきた」


「越してきたって何時です?」


「去年の、四月」


「去年か」


 納得が言ったのだ。


 比較的に学校の噂は学年問わずに流れてくる。


 しかし、准は『先輩が新たに一人増えた』という情報を耳にした事が無い。


 サッカー部でなんでも情報を引っ張り出してくる嶺二や、直接話さなくても聞こえるほどのお喋りな逸花いちか等が居るクラス内で、情報というのは嫌でも入る。


 けれど、まだ准達が進学したての新入生と同時期に学校に来たのならば話は変わってくる。


 部活に入ったとしても先輩から、わざわざ『俺のクラスに転入生来たんだけど〜』と話のネタにする理由が無い。


 ましてや入部ホヤホヤの後輩相手には言わないのだ。


「去年の、春前に、持ち出されたの、嫌なものが」


「嫌なもの、ですか?」


「うん。小さな箱の中に詰まった、黙示の、水」


「ん?」


「君は、知らないくて、大丈夫、だから」


 そう言われれば気になってしまう。


 准とて、去年には痛い目に物理的にあっている。


 そう、舞喜まき関連でだ。


「それに、しても、無い⋯⋯。なんで?」


「本当にここで落としたんですか?」


「落し、たよ?」


「なんで疑問形?」


「⋯⋯多分」


「え?!多分って⋯⋯」


「実は、ある奴と、戦おうと、して、落としたの」


「⋯⋯」


 突っ込んでやるべきか、否か。


 どう考えても浮世離れしているのだ。


 准とて危険な目や、不可思議な現象には遭遇こそしているが、戦っている訳ではない。


 あくまでも『対処』や『解決』をしているだけで、戦闘らしい戦闘はした事がないのだ。


 せいぜい取っ組み合いの喧嘩程度のもの。


 だからこそ、今目の前で探し物をしている沙耶の『探し物』がマジモノの危ない物だった場合。


 最初、准はゴルフクラブでも落としたのかと思っていたのだ。


 しかし、『受け継ぐ』と『戦う』のワードと流行りもの好きな傾向から導き出された『探し物』に准は口を開く。


「まさかと思いますけど、探し物って⋯⋯『刀』とかじゃないですよね?」


「凄い。なんで、わかるの?」


「⋯⋯⋯⋯やべぇ人だった」


 手に持っていたスマホの明かりは地面に揺らして、唖然とした様子で沙耶を見る。


「はぁ〜」と露骨な溜め息を吐いて、『別の場所を探し、見つけて、明日から他人のフリを決め込もう』と心に誓った時だった。


 揺れるスマホのライトは何かを照らした。


 公園の入口前、佇む黒い影。


 帽子を被り、杖を持った、シルエットのみでは老人のようにも思わせるその人物は准たちを眺めていた。


 傍から見れば怪しいのは准達であり、探し物もかなり危険である。


 様子見として、一度離れた方が良いかもしれないと判断した准は沙耶の方へと歩こうとした。


 それは、光る粒。


 緑にも見え、白にも見え、黄色にも見えて、青にも思えるその粒が公園入口前に居る人物の身体を溶かすように分解していき、准達に迫った。


「⋯⋯っ!」


『何か』が起きた。そう判断して、沙耶の方へと駆け寄ろうとすると、既に沙耶も似た動作を取っており、思い切り准と沙耶は頭をぶつけて、その粒は二人を包んだ。


 視界いっぱいに広がる鮮明な配色達。


 身体を透き通って行き、触れている感触はあっても嫌な感覚が全くしないのだ。


 波のように流される感覚があるのに、落としたスマホと位置が一ミリも変わらない。


 音もなく、純粋に流れるままに身体をすり抜けていく粒達は空へと昇って、消えてしまったのだ。


「⋯⋯なんだったんだ?」


「⋯⋯今の、なに?」


 何も起こらない。


 ジッと見つめる手脚に異変は感じず、身体を弄っても変化があるようには思えず、入口前に居た老人は既に影も形も無くなった。


「⋯⋯君、大丈夫?」


「え、えぇ。僕はなんとも⋯⋯」


「⋯⋯」


 准は今日、初めて見たのだ。


 沙耶の不安の表情を。


 とはいえ、本来不安の表情を促してさせるものではないのだが、喜怒哀楽の要素が欠如したかのような彼女が見せる表情は少し、子供っぽくもあり、瞳を僅かに潤ませている。


 否、違うのかもしれない。


 その意図はすぐに彼女の口から伝わった。


「君、今日は、私の、傍に、居て。危ないかも、しれない」


「え?!いや、そういう訳にはいかないでしょ?」


「⋯⋯分かった」


「⋯⋯なんだ意外に物分り──」


「私が、君の、家に、行く」


「⋯⋯⋯⋯え?」


 夜の公園、二人『何かが』起きた。


 それを体感するのは、もう少し後になってからだと言う事は、この時の准には分からない。

『馬鹿は風邪を引かない』の本来の使い方のように、日本語は時代と共に使い方や言い回しの変化が如実に変わる言語だと私は中学生の時に知りました。


そして、思い知りました。


『日本語って鬼畜じゃね?』ってね。


かつての日本人は、中華圏からやってきた漢字を日本でも取り入れた訳ですが、後の人間の苦労も考えて欲しいものと悪態を吐いていたのが私です。


『行く』『逝く』『良く』『往く』『去く』⋯⋯多いわ!

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