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この街は今日も語る  作者: 紫芋
Spring hour 桐江准は普通でありたい

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『刃龍』と『超越者』

今回は朝倉拓也すげーよりも、【刃龍】は頑張ったね、という回です。


勝ち確の男なんて応援するな!

 激しい衝撃が地球に響く。


 ユーラシア大陸を跨ぎ、ヨーロッパ大陸方面に突き進んだ。


 ただひたすら弄ばれるように攻撃をいなされ、鋭い爪はいとも容易く弾かれてしまい、痛みよりも先に映る大陸横断に『刃龍』の心は騒然とする。


 アイルランドを抜け、北極へと向かった朝倉拓也と睦生六華。


「この程度か?あんなに口先は達者だったってのに、俺にはマトモにダメージを与えられていないなんて、悲しくなるなぁ〜」


「っぐぅぅ。ナメるなァァァァァァァ」


 赤黒い一閃は白い稲妻を纏わせながら口元から発射された。


 怒りを籠めて圧倒的な力量差を補う為の一撃は朝倉拓也へ向かっていく。


「フッ。軽い」


 光よりも速く、発射と同時に着弾という初見殺しにも近いその閃光は右手で弾かれた。


 北極大陸は大きく揺れ、熱によって焼き焦げる。


 白銀の大陸と深く染まった青い海を赤く焼いていく。


 瞬時に溶け始めた氷はドボドボと水飛沫を上げながら氷塊が深まった海へ落ちた。


「⋯⋯⋯⋯え?あ、あぁ」


『刃龍』は間違いなく強い。


 誰よりも強靭かつ凶暴。圧倒的な暴力性に負け知らずの一撃必殺を用いて敵を屠って来た。


 だが、朝倉拓也はそれを凌いでいた、それだけの事。


 埒外の戦い方、予測不能の戦闘力と圧倒的なまでの余力の差が表れだす。


「終わりか?」


「⋯⋯⋯⋯っ!フフッ。最高ね、最高よ。こんなにもナメられたのは久しいわァ。⋯⋯⋯⋯でもね、アンタはまだ知らない。私の本気をね?その本気を見せた時、アンタは死ぬわよ?」


「お前優しんだな」


「え?」


「こっから先、お前はただ一方的に地獄を見るってのに、俺の心配をしてくれてんだからな。優しさの塊みたいな奴なんだなぁ?」


「っ────潰す!」


 大陸を割った。氷点下を下回ったこの北極大陸の海域は激しく震動して止む気配を見せない。


 波は立ち、激しく渦を巻いた。


 打ち付けられる赤黒い一閃は天変地異にも等しい熱量であり、北極大陸を溶かしながらも嫌味のように包み込む。


「はぁぁぁ!」


 白く鋭い爪によって空間は引き裂かれる。


 五つに色濃く残る赤い線を本能的に危険と感じ取った生物は逃げ惑う。


 餌が傍に近付いた事もあったろう。捕食者として、自然に生きる生物としては格好の餌であり、これ以上にないチャンスだった。


 だが生存本能という抗い切れない意思に負けてしまい、クマもアザラシもイルカもクジラも小魚も全て逃走を開始する。


 上空に居るのは頂点であり、勝ち目のない怪物だったのだ。


 そんな頂点が慌てふためいた様子で辺りを見回している。


「何処に行ったの?!何処!」


 確かに狙いを定めて、明確に引き裂くつもりで右腕を動かした。


 だと言うのに肉片一つ残っていない事に六華は焦りを感じ出し、急ぎ朝倉拓也を目視で確認しようとする。


「ここだ!」


 純粋な膂力による暴力が六華を襲う。


 声の鳴る方向を見上げるよりも速く頭頂部を激しく肘打ちを食らった六華は氷が揺蕩う海へと突き落とされて水花火を花開かせた。


 体温は急激に奪われて、視界は濁った氷海に覆われた。


 アザラシは餌と勘違いして六華を見る。


 その勘違いアザラシをギロッと睨むとアザラシは本能に負けて急ぎ去ってしまう。


 危機感という本能は備わってなければ弱肉強食の世界では生き残れはしない。


 アザラシは何も間違っていない。


『刃龍』と呼ばれる存在は『怪異』であると同時に生物界のトップに君臨する立ち位置に居る。


 本来は氷海の中を漂う存在では決してない。


 間違っているとするならば、上空で何時までも余裕の表情を崩さない朝倉拓也の方にある。


「っ!」


 音よりも速く海が二分割した。


 モーセもビックリの海割りを指二本で海をなぞるようにして行った朝倉拓也は沈んで行く筈の六華の身体が急に海底の陸地へと真っ逆さまに落ちる様を黙って見下ろす。


「この距離なら!───うぐぅぅッ!」


 不規則性のある身体は上空へ向き『龍の息吹(ドラゴン・ブレス)』を放とうとした。


 だが、顔を向ければ目の前に朝倉拓也は肉薄しており、顎を目掛けて拳が振るわれてしまう。


 放とうとしていた赤黒い閃光は勢い余り、上空へ花火のように駆け昇るのみ。


 瞬間的に意識を手放した六華に追い打ちを掛けるように、姿勢を低くしつつ身体を回して踵で蹴り飛ばす。


 滑ったように真横になった六華の全身、その腰へ目掛けて朝倉拓也はすぐさま膝で蹴りを叩き込み、呻きも叫びも上空へ向かい遠退いていく。


「ウワァァァ!!─────ガハッ!ガハッ!」


 咳き込む六華は膝で打ち付けられた腰元に手を当てて、顔を滲ませる。


 氷海の波が元に戻ろうと左右から迫るよりも疾く翔けた朝倉拓也は水飛沫一つ付着せずに蹴り飛ばした六華を追尾。


 それに対して身構える六華はタイミングを合わせたように鋭利な爪を突き出して振るう。


 左腕を右肩付近に寄せた朝倉拓也は構わず接近。


 それに対して、ここぞとばかりに利き手の右腕を突き出す。


 だが六華の右腕の外側を減速も無しに朝倉拓也の左手は掴み取ると、身体を大きく反りつつ少女の背中側に移動。


 焦燥感は一気に身体へ走り、背後へ振り向く。


 既に攻撃の準備は終わらせている朝倉拓也は右手を強く握り締めていた。


 防ごうと左手を前に持っていこうとするよりも速く、朝倉拓也の拳が六華の鼻っ柱に直撃。


「ッッッ〜〜!!」


 時間差で鼻から血を流し、口元に流れ込む。


 化粧要らずの彼女にとって、他者の手を借りて初めて塗られたリップは自分の血であった。


「ぁぁぁ⋯⋯⋯⋯うぅ⋯⋯」


 今度は吹き飛ばされず、朝倉拓也の不敵な顔が鼻についた六華は奥歯を噛み締める。


 それでもダメージは蓄積していた。


 開戦してから受け続けたダメージと途切れ途切れとなる意識と気持ちの悪い視界に耐え切れず。


 遂に六華の身体は脱力してしまい、海へと落下していく。


 そんな彼女の脱力した脚を掴み、朝倉拓也の口元は笑っていた。


 嘲笑の表れであり、絶対者としての自信である。


「この程度か?随分とまぁ⋯⋯⋯⋯。止めてくれよ?弱い者イジメだと思われたら、最悪だ。⋯⋯だからまぁ、もっと本気でやれよ。強いんだろ?お前?啖呵を切ったのはお前からだぜ?」


 男は本気では戦えない。戦えば、あっという間に世界は崩れ去りとんでもない大量殺人犯として名が挙がる事となる。


 ──全力の約半分。これが男が出せるフルスペックとなっていた。


 そして、今の出力は僅か一割未満。


 男は確かに強い。だが、不殺主義を謳っている男が始めから全力で戦闘をする事は決してなかった。


 あくまでも六華と同程度の力の調整と自身が携え、習得し、身に着けた技量による押し合い。


 手脚が向かってくれば、受け流し。


『龍の息吹(ドラゴン・ブレス)』が飛んでくれば受け止めると同時に手首を使って回転を掛けて軌道をズラす。


 視線を読んで死角を狙い、隙があれば突く。


 当たり前の事しかしていない。


 大胆な動きは殆どフェイクであり、揺さぶりと動揺を与えて動きを単調的にさせる為の動作でしかなかった。


 その全てを真に受けたように六華は引っ掛かり、攻撃を全て食らってしまった結果──。


「う、ぅぁぁ⋯⋯⋯⋯」


 ほぼ体力を使い果たしてしまい、傷だらけとなっていた。


 垂れ下がった身体は脚を手離した朝倉拓也によって落とされる。


 瞬時に落下する六華よりも下へと『転移移動』すると大きく身体を捻った。


 そして、真横に落ちてくるタイミングを見計らうと六華を蹴り飛ばす。


「ガハァァァッ。ァァ」


 波は際立つ。水飛沫よりも先に六華の身体は激しく吹き飛ばされていき、海面を掻き分ける。


 更に追い打ちを掛けるように飛ばされた六華の後方に着いた朝倉拓也は拳を握り、タイミングを測る。


「後ろだ!次はどうする?」


「こんな、こんな⋯⋯⋯⋯⋯。させるかァァァァ!」


 大きく身体を翻し、殴られるタイミングを僅かでもズラしていく。


 ヒールは海の水面に飛沫を与えながら、身体は朝倉拓也へ向く。


「死ねぇェェ!」


 朝倉拓也の魔力が海を大きく跳ね上げさせると、一気に急接近し、驚きを見せる六華の口元へと手を当てる。


「ッ!!」


「同じ手しかないのか?」


 赤い光は薄青い光によって口内に留まり続ける。


 放とうにも前に向かわず、一向に攻撃が出来ない。


 焦り始める六華は遂に口を押さえ付けた朝倉拓也の腕を掴み抗うものの、一向に剥がれず。


「ん〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」


 そして遂に────臨界点を迎えた。


 朝倉拓也は爆発の瞬間に『転移移動』し回避。


 六華は自身の攻撃によって自爆。


 余波は凄まじく、海面は文字通りの大波を起こし、荒れ果てた大海原すら彷彿とさせる程のもの。


 海中に済む魚は軒並みその余波に当てられてしまい、プカプカと海面に浮かんでいく中、踝辺りまで浸かってしまっている六華は煙を口の中から上げながら、か細い呻き声を上げていた。


「あぁぁぁ⋯⋯⋯」


 グラつく視界、焼け焦げる口内。沈み行く身体と意識。


 急激に冷え込む感覚が六華の全身を襲い、意識は混濁していく。


 赤い髪は揺れ、赤と黒のドレスはボロボロ。


(な、なんで⋯⋯⋯私、強いのに⋯⋯⋯⋯ドラゴンなのに⋯⋯⋯)


 焼き焦げた口内は海が洗い流していく。


 ボサボサになった赤い髪と傷を負った全身は徐々に陽の光が見えなくなっていく代わりに濯がれる。


 鱗で作られたドレスは重くなり、左右不揃いな長さをしたソックスは見る影もない程にボロボロ。


(負けたく、ない⋯⋯⋯⋯。私は『刃龍』──。この世界で一番強くなくちゃならないのよ。私の存在意義。私の在り方、価値観もその基準も何もかも、私が一番だから成し得れるもの⋯⋯⋯⋯⋯。負けられないッ!)


 泡が口元から溢れ出す。


 肺が圧迫される感覚よりも敗北という二文字の重みが何よりも痛い事を知った少女は拳を握った。


 負けられない。負ける訳にはいかない。


 最強であり、何時までも永劫の勝利を勝ち取る愉悦と幸福を身に収める為に六華は瞼を開く。


「何処だァァァァァァァァ!────ッ!」


 海面が震えた。水中が木霊して、深海が呻きを上げる。


 沸騰した湯のように水面は泡が発生して、海域に生息する生物全てが北極圏から脱しようと動き出す。


 その少女の上げた雄叫びが一つの合図だと言わざるを得なかった。


 急速な拳による打撃は六華の背を大きく叩き付けられ、衝撃が大量の飛沫を上げながら一人の少女は海中から脱する。


 氷点下を下回った海面は荒波に呑まれていき、互いに弾きあっていく。


「っぅぅ。あ、ぁぁあ」


 身体の向きを変えて、海面を見る。


「⋯⋯⋯⋯っ!」


 朝倉拓也が不敵に笑いながら、身体を上昇させて宙へ浮かぶ。


「さて、そろそろ戻るか⋯⋯⋯⋯。ん?ローシャ?⋯⋯⋯飽きたってなんだよ」


「何、言ってんのよォォォォォォォ!」


 ただの暇潰し感覚で相手されている程度のじゃれ合いでしかない。


 六華は慟哭した。激しく喚き、赤い一閃を齎して放たれた。


 海は蒸発し、細い一線が陸を垣間見えさせる。


 泡立つ海面、浮かぶ魚の死体は焼け焦げ、肉片が浮かび上がっていく。


「っ!⋯⋯⋯⋯無傷?」


「さぁてと、行くか」


 両手を合わせ、掌を衝く。


「え?」


 鼻腔を擽る匂いが一気に変わる。景色も落ちる角度と体勢も変わっていた事に深く動揺し、六華は辺りを見る。


「『空弩街』?!な、どういう───」


「おぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!」


「っ!」


 一点突破の超打撃。たった一発の拳が齎した一撃は上空を浮いていた六華の腹部へ直撃して、街へと勢いよく落下し、街に衝撃を走らせた。


 大地は揺れ、激しく上下に震えた街並み。


 打ち付けられた頭部は地面に激突し、情けなく倒れ込んだ六華の手指は震えた。


「⋯⋯⋯はぁ、はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯。うぅ、うぅぅぅ⋯⋯⋯⋯なんで、どうして⋯⋯」


 産まれたての小鹿のように脚を震わせながら、起き上がろうとする少女は腹部に発生した強烈な痛みによって、思わず手で押え込んでしまう。


 立ち上がるよりも先に激痛が身体を支配していき、脱力を選ぼうとする生存本能が六華には堪らなく邪魔だった。


 出来上がったばかりのクレーターの縁に立ち、眺めていた朝倉拓也は大きな声で呼び掛けた。


「諦めるか?良いんだぞ〜?大人しくしてくれればそれでな⋯⋯」


「⋯⋯ふ、ふざけんじゃないわよ。私は『刃龍』なのよ。この世界で最も強い生命体。私は誰よりも血に濡れて、誰よりも凶悪で、誰よりも強くなくちゃならないのよォォォォ!!」


「⋯⋯⋯都合良く自分の血で濡れてるじゃねぇか?良かったな、お望みが一個叶ってるぞ」


「黙れェェェ!」


 大きく跳び、朝倉拓也に急接近。ヒビ割れた鱗は痛みを齎し、白く鋭い爪は欠けていた。


 その状態で尚、大振りで引き裂こうとする六華の攻撃を軽々しく避けた朝倉拓也は余裕のまま。


「なんで当たらないのよ!」


「⋯⋯⋯当たらないからだ」


 迫る右手を掴まれた六華は続けて第二撃の左手を突くようにして朝倉拓也に攻撃する。


 それを軽く手で空中に向かって弾かれると、口元から『龍の息吹(ドラゴン・ブレス)』を即射した。


 灼き尽くす程の一閃は朝倉拓也の顔に直撃し、更に勢いを高めていく。


(死になさい!最後に笑うのはやっぱり私なの!それ以外は許さない!私の存在意義、私の価値!それはアンタを倒して証明する!)


 一つの慟哭が心に響く。


 天涯孤独の最強の冠は産まれた瞬間から決定付けられていた。


 怪物《はりゅう》は恐ろしく狡猾で悍ましく、油断と余裕を持って害を与えて、理解はなく、理解もしない。


 睦生六華は『怪異』で【刃龍《かいぶつ》】の権化。


 運命付けられた赤と黒の鱗を持った最強の先駆者。


 それが彼女の価値であり、彼女の全て。


 今、彼女の全てがたった一人の男によって喪失しようとしていた。


 許す事は叶わない。


 願う訳にはいかない。


 覚えた快楽に身を委ねる心地良さを手放してしまっては何も残らないのだから⋯⋯。


「っ!」


 軽い悲鳴が六華の喉奥から零れる。


 赤黒い『龍の息吹(ドラゴン・ブレス)』から朝倉拓也の顔が出てきた。


 そして流れるまま強烈な頭突きが六華の頭に衝撃を与え、無意識に距離を空けようと後退していく。


 だが、六華の腕は既に朝倉拓也によって掴まれていた。


「離しなさいよッ!ぅぅ!あーーー!離せェェェ!!」


「分かった、断《た》ったらな?」


 身体を浮かせた朝倉拓也は脚を六華の胸元に突き、それを足場のようにしながら六華の腕を引っ張っていく。


「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!痛い!痛い!痛イィィィィィ〜〜!!」


「丁度いい。引き千切ってやるよ」


 ブチブチと腕の血管が切れていく。


 感覚は鈍化を始めた。強烈に流れる腕の痛みは全力で脳に伝わって、悲鳴を更に膨らませる。


 一向に掴んだ腕を離さない手からは、朝倉拓也の宣言通りに力を強めていくばかり。


 皮膚は徐々に色を変えて、絶叫を上げると共に膝は伸びていく。


「アアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 絶叫は木霊し、既に蘇生が終わった【夢龍】の耳にも入っていた。


 少年の耳にも、当主の御老公にも、電波塔で婚姻式を挙げている二人の男女の耳にも⋯⋯。


 悲痛な絶叫はブチッと途絶えて、再演した。


 血吹雪が両腕から噴き出す。


「なァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッッ!!!」


 少女は背中から倒れ、男は一回転し着地した。


 大きく身体を捻れさせる。激痛に涙は滴り落ちて、血溜まりを大きく作っていき、地面は血の付着した分だけ溶け出していく。


「へぇ、変わった血液だな」


「⋯⋯⋯ぅぅぅ、ぁぁぁぁぁぁ。痛いぃぃぃ」


「だろうな、知ってる」


 両腕を投げ捨てた朝倉拓也は右手を軽く動かす。


 直後、何処からともなく六華の全身は赤い鮮血の刃が突き刺さり、歪んだ表情は自身の上半身へと向かった。


(⋯⋯⋯⋯⋯⋯何?何を、したの⋯⋯⋯)


 理解に苦しんだ六華は上半身に刺さった赤い鮮血の刃に触れた。


「⋯⋯⋯えぇ、私の血?」


「お前の血液を操作した。魔力があれば、これぐらい造作もない」


 か細く嗄れた息で引き千切られた腕を見る。


 萎んだような腕には血の気が無く呆然とした。


「なに?⋯⋯⋯⋯魔力って何?」


「もう死んじまうな。流石に可哀想か⋯⋯。これじゃあ本当に弱いもの虐めだな」


 朝倉拓也は腕の方へ身体を向け、手を動かす。


 浮き上がった両腕は六華の欠損部へ向かう。


 指を鳴らすと、赤い刃は固形化から液体化となり、六華の体内に戻っていく。


 それは温かく、血の気が戻っていく肌は生気を取り戻し、引き千切られた腕は欠損した部分と結合。


 そして、まるで何事も無かった状態へと戻った。


 戻ったのはあくまでも欠損部分の結合という点のみであり、体力も邪気も殆ど使ってしまっているという所に変化はない。


 脱力したように倒れる六華を一瞥し、朝倉拓也は【パンド】が侵食している北地区へと向かおうと脚を動かし始めた。


「ま、待ちなさいよぉぉぉ⋯⋯⋯⋯。誰が負けたって?」


 負けず嫌いの『刃龍』が掠れた声で制止を促す。


 執念が満ち溢れたその声に対して、辟易とした様子すら見せた朝倉拓也は振り返る事すらしなかった。


「あ?まだやるのか?もう良いだろ。遊んでやったんだから」


「私は⋯⋯⋯⋯真剣に戦ってんのよ。私の存在価値の、生き甲斐を⋯⋯本能を───」


 ゆらりと起き上がる。


 身体は元に戻ったものの、ダメージは未だに肉体に引き継がれている。


 意識は朦朧としつつも、戦闘本能と自身に刻まれた意思表示を見せ付ける為に立ち上がった六華の瞳には陰りがあった。


 群青色の瞳に焚き付けられたか細い炎。


 誰よりも闘争心に飢え、そして誰よりも重責を持った彼女に与えられた『龍達』の宿業。


 その果てを垣間見た朝倉拓也は溜め息を零した。


「馬鹿にするなァァァァァァァ!!」


 無理矢理滾らせていくその意思に応じて、雄叫びを上げた。


「⋯⋯⋯⋯お前、何時までも嘯くつもりだ?」


「⋯⋯?」


「俺は『千里眼』が使える。だから、一個人から世界単位での過去、現在、未来を視認出来るんだ」


「⋯⋯⋯⋯アンタ、ズルしてたのね!」


「はっ。阿呆め⋯⋯。『千里眼』でお前の動きなんて見なくったって、あんな素人丸出しの攻撃なんざ避けられるさ。一々戦闘の一挙手一投足を『千里眼《め》』で見る暇があるなら、占いでもやった方が楽だ」


 朝倉拓也は『千里眼』を用いて戦闘を行う時は確かにある。


 だが、それは更に存在する強敵の時のみであり、決して『刃龍』を相手取る際には使っていない。


 使ったのは、彼女の生き様を知る為だった。


「お前さ、一族の事を嫌ってる癖に⋯⋯⋯⋯なんで言われた事に従ってんだ?」


「っ!」


 顔を引き攣らせる六華はゆっくりと表情を見られないように俯き始める。


「『怪物は血に染まってこそ怪物だ』とか、なんかそう言った事を言われたんだろ?俺はハッキリ言わせて貰うが⋯⋯似合ってないぞ?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 拳を握る。平常心が乱れていく。


 荒れていた風が一気に穏やかになっていく。


 築き上げてきた自分という存在が崩れていく音が耳元から聞こえ始める六華は耳を両手で塞ぎだした。


「ダセェんだよ。お前⋯⋯。本能に抗う事を無理矢理諦めてるようにも見える。そんなじゃあお前が真に求める幸せは永久にやってこないぞ?」


「───黙れ」


 二千年のも間、保ってきた何かに軋む音が鳴り出す。


「お前が求めてるのは、戦いじゃないんだろ?」


「───煩い」


 ヒビが入り、形や色が変化を始めた。


 自分という存在価値《パーパス》、独自性《アイデンティティ》、人生方針《ビジョン》や客観的立場《スタンス》が歪まされていく。


「お前が飢えてるのは血でもなければ死体でもない。お前が求めてるのは───」


「止めろォォォォォォォォォォォォォォ!」


 言わせる訳にはいかない。その最後の一言は決して他人には口にされてはならなかった。


 激しく雄叫びを上げた六華は肩から息をする。


「⋯⋯⋯⋯⋯」


 朝倉拓也は驚かない。他種族間での葛藤やそれぞれの理念や意思表示の仕方に自身も随分苦労させられた側だからこそ、男が動揺する訳にはいかない。


 男は妖精族《エルフ》の迷いと諦めを聞いた。


 男は人間族同士の争いに身を投じてみせた。


 男は龍種の忘れ形見を引き受けた。


 男は穴掘族《ドワーフ》の積年の恨みと辛みと向き合った。


 男は最後の精霊族の末裔の最後を見届けた。


 男は天界族の葛藤と信念を止められなかった。


 たった二年半。その二年半で起きた男の人生に巻き起こった様々な意思が理想が今の男を形作った。


 だから、男は耳を傾ける。


 敵であろうとなかろうと⋯⋯。


「何が分かるのよ!何を知った気になってるのよ!『超越者』ならば、何を言って良いの?!信じられない!こんな奴に!こんなァァァァァァ!」


 真理を突かれた気がした六華の憤りは激しくなる。


 髪をワシャワシャと掻き乱していく。


 群青色の瞳は男を興味や趣味嗜好等の類いではなく、明確な敵として睨んだ。


「お前が求める物は最近手に入れたんだろ?なら、その為に力を振るえよ。何が悲しくて、理想や意思が本能に負けるなんて決め付けてんだか⋯⋯」


「ッッッ〜〜!殺す、絶対に殺してあげる!死になさい!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!今すぐ死ねェェェ!」


「ふっ。乙女の秘密を暴いちまったかな⋯⋯⋯失敬失敬。でも、お前も悪いんだぜ?」


「はぁ、はぁ、は?」


「二千年も生きてるクセに自分の本心を誰一人として見せないなんて、お前も悪い所があるだろって事だ。いい加減、素直になれよ。じゃじゃ馬め」


「──────もう良い。確実に殺すわ。あァ〜。まさか、人相手に見せるなんてね⋯⋯⋯⋯滑稽よ。惨め以外の何物でもない⋯⋯⋯⋯。恐怖の準備は終わったかしら!」


 赤い閃光が身体を包み込む。暗転した身体は黒く、世界を白色へ誘う。


「アァァァァァァァァァ〜〜〜!!」


 シルエットは大きくなっていく。


 骨格は音を鳴らして変化し、翼は背中から生えていき、地面に着いた手脚は肥大化し、体格はみるみると成長の一言では片付けられない程に変化を遂げた。


 それをひたすら観覧するように見上げていく朝倉拓也の影は六華の影に呑み込まれていく。


「おぉ、六十メートルぐらいか⋯⋯⋯⋯。俺もうクレーターから出た方が良いかな」


 大きく後方へと跳び、クレーターの縁へと移動。


 それでも見上げてしまえる程の巨大な龍。


 黒い手脚には特徴的な白い爪。


 胴体に進むごとに鮮血のような赤い鱗が顕著に見え始め、鱗は太陽によって煌びやかに輝くルビーのような色合い。


 後方に向かって伸びた翼は長尺の黒鋼が何枚も折り重なったようにも、超巨大な黒い剣身で翼を形造っているようにも見えた。


 全長六十メートルのその龍は全身から紅の粉塵を撒き散らしながら顕現。


「へぇ〜。カッチョいいじゃん。帰ったらゴンにも教えよっかな」


『アンタは殺す。この【刃龍】の名を賭けてね』


 六華の本来の姿──【刃龍】が落ち着いた声色でそう口にした。


 だが、朝倉拓也はそれを一蹴したように笑う。


「止めとけ。アニオリで名探偵の孫もそう言って究明出来てない事件があるぐらいだ。名前や称号はそう易々と賭けるもんじゃねぇぞ?」


 小石を蹴っ飛ばし、クレーター内に落とした朝倉拓也は含みのある笑みを浮かべながら続けた。


「それに⋯⋯⋯⋯、お前じゃ俺には届かない」


 左眼の銀色と右眼の群青色のオッドアイは朝倉拓也に向き、深紅の粉塵は折り畳まれた翼に集約していく。


 直後、翼は上下に展開されて【刃龍】はトップギアで空へ向かって飛翔。


 街へ降り落ちる粉塵は【刃龍】の辿る轍のようであり、破滅の前触れのように降り注がれていく。


「ロボットみたいな翼だな。⋯⋯⋯⋯カッチョいいなやっぱ⋯⋯」


 ゆっくりと身体は宙に浮き始めた朝倉拓也は閃光も等しい速度で駆け昇った龍の後を追うべく、魔力を解き放ち上空へと飛翔した。


  ━ ━ ━


 血にも似た赤い鱗を身に纏う【刃龍】。


 赤い粉塵を解き放ちつつ、尚も加速を続けていき、大気圏外まで辿り着くと凶悪な口元を大きく広げた。


【刃龍】の十八番。『初見殺し(ドラゴン・ブレス)』が放たれようとした時、日本から飛翔して大気圏外へやって来た朝倉拓也を捕捉する。


『死ね!』


「っ!速い!」


 光よりも速く、目の前は紅の波に呑まれた。


 躱さずともダメージが大してなかった『龍の息吹(ドラゴン・ブレス)』は打って代わり、広範囲かつ高威力として朝倉拓也の身体を一気に焼き払う。


 人間態との最大の違い。


 それは流れる力の濃度と圧縮力にある。


『普通の龍』は力を溜める圧縮力にラグがあり、充分な威力に至るまでには時間が掛かってしまう。


『刃龍』はその力を溜める圧縮力がほぼ無く、ノーモーションに限りなく近い形で高威力を放てる。


『龍形態』となった今、そのノーモーションに近い圧縮力は更に上昇し、高威力は文字通り必殺の域に達した。


 濃度も人間態では抑えられていた分を解放出来る仕様となっている。


 人間という地球を大々的に文明を拡大してきた種族を滅ぼす為の地球が求めた殺戮生物の真髄。


 一発で齎される被害は大陸一つでは済まない。


 既に朝倉拓也が明確にダメージを受けてしまっているのがそれを物語っている。


 防御として纏った魔力は臨界点を超えてしまい、補強する間もなく爆発。


 地球すら揺らぐ威力と化してしまった。


(アンタのお陰。アンタが今まで私がした事の無い溜めるという行為を学ばせてくれたから、ここまでに至った。人の姿とこの姿⋯⋯⋯⋯⋯今までとは比較になんてならないんだから)


 空間を削る程の一撃を体感で知った六華。


 初めての実践に確かな感覚は新天地へと至った者のみが味わえる極上の美酒のよう。


 それは身体に染み渡り、脳だけに留まらず身体が明確に覚えていた。


 微調整を加え、空間が削れないギリギリの感覚で放った一閃は間違えなく過去最高峰の出来栄えと豪語出来た事だろう。


「危ねぇ⋯⋯⋯⋯。貰いもんのジャケットが破れる所だった」


「っ?!」


 だが相手は────朝倉拓也。


 空間など平然と割る、自他含めて輪廻転生は自由自在であり、その気なれば世界そのものをあっという間に終わらせる事の出来てしまう存在《かいぶつ》。


 彼女の放った一撃は確かに直撃こそしたが、深手にはなっていなかった。


「危ねぇなお前。俺が居なかったら地球の自転と公転がズレて大変な事になってたぞ?もう少し大事にしろよ、住処《ほし》を⋯⋯」


 右手はグッと握り締められており、徐々に力を離していく。


 そして、真下に見える地球へと目を向けてホッと息を吐いた。


『き、傷がない?』


「いやいや、ダメージは受けてるぞ?ちょびっとな⋯⋯。けどそうか、調整したのか。空間削れないように⋯⋯偉いじゃねぇか」


『黙れ!滅ぼしてやるわ!その減らず口諸共、アンタの存在をね』


「その鱗粉みたいな奴、危なそうだなぁ」


 目付きが変わった。先程まで余裕綽々で、敵意はおろか、遊び相手程度の認識を向けられていた視線は鋭くなって【刃龍】へと向けられる。


『っ!───うごァァァァァァ!』


 目を離した訳で決してなかった。


 ただ、男が急激な速度で【刃龍】が反応するよりも速く、接近して腹部に強烈な一撃を叩き込んだだけに過ぎない。


 腹から背中を突き抜かれたような激痛はあっという間に身体へ駆け巡り、口元から唾液が零れた。


 だが、【刃龍】もその程度でノックアウトする程ヤワでない。


 すぐさま攻撃に転じようと人など簡単に潰せてしまう程の大きさをした前脚を用いて、引き裂こうと動きを見せた。


『ぬゥゥゥゥゥ!!!』


 虚空を引き裂く。当たった感覚は訪れず、目を見開いた【刃龍】の背中に移動していた朝倉拓也。


「ふん!」


 そんな彼から繰り出された強力な拳による一撃はクリーンヒットしたように背中に打ち付けられた事により、地球へと直通する【刃龍】は大きく身体を反りながら、大気圏外から同じく降りて来る朝倉拓也を睨み付ける。


(なら、地雷のように漂わせれば!)


 朝倉拓也が見た【刃龍】の攻撃は熱光線と光球の二種類。


 元々溜め動作が少ない『刃龍』相手に回避行動という選択肢はほぼ皆無に等しい。


 だが、攻撃する側である『刃龍』には幾らでも選択肢が浮かばされる。


 焼き尽くすか、爆発させるか。


 更に直近では、質量で押し潰すという選択肢も生まれた。


 その中でも【刃龍】は爆発させるという選択肢を選び、急ぎ口元を開く。


 そして準備を進めようとしていると、違和感に気付いてしまった。


(ッ!?何その動き!?)


 刃龍に向かって突き進む朝倉拓也は消えたり、出現したりを繰り返しながら接近してくる。


 まるで、次に起こす攻撃を悟られているように⋯⋯。


「撃ってみろよ?⋯⋯⋯⋯ご自慢の形態なんだろ?ちょっとぐらい良い所、見せてくれ」


『ぅぅ。シャシャるな!』


 先の攻撃では避けられてしまうと判断し、パターンを変えた【刃龍】は赤い熱線を放ちながら首を大きく動かしていく。


 薙ぎ払うように扇状に一閃。


 攻撃範囲を大きくさせた巨大サイズの熱光線は朝倉拓也に直撃はした──が、両手で受け止められてしまう。


 そのまま腰を捻らせて、勢いよく日本列島目掛けて投げるようにして攻撃を回避。


【刃龍】は思わず自分の放った赤い光線を見下ろした。


『なっ!『空弩街』に!アンタ何を!』


「力ってのは、利用してなんぼって事だ」


 右手を日本列島に落下しようとする赤い熱線の方へと向けて、中指と人差し指だけを前に突き出し、一回転させる。


 扇状に進んだ一閃は朝倉拓也の手により、曲線を描く。


 狙いは一つ。『空弩街』で増殖を重ねる木々のみ。


 煙草を吸いながら、一切の敵が存在しないウィリアムは悠々自適であった。


 そんな彼に予想外の事態が目の前に迫る。


 赤い熱線は渦を巻いたように回転をしながら、地面を抉りつつ木々を薙ぎ倒していく。


 ただでさえ、細い木々。人が五、六人分にまでに至る極太の熱光線はチェンソーでひたすら一本一本切り倒すよりも容易に【パラド】を吹き飛ばしていく。


 地面に根付いたその木は人間を養分とする『怪樹』であり、取り込まれたが最後、生命《いのち》は無い。


 数百という数が消し飛ばされていた頃、地面を削る不気味で不穏な音と木々が払い除けられていく不愉快な音に気付いたウィリアムはその方向へと顔を向け、訝しむ。


 そして、目撃した──赤い螺旋を描く熱光線を⋯⋯。


「な、なんだと?【パラド】が!何者だ!───え?」


 思わず落とした火のついた煙草。


 その熱光線の余波は凄まじく、まだ距離としては一キロも先だと言うのにウィリアムは呆気なく身体を吹き飛ばされてしまい、【パラド】の枝にしがみ付く。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!止めろォォォ!俺の、俺達の木を─────」


 言葉は遮られた。激しい衝撃が辺りに生えた【パラド】を吹き飛ばしていき入り乱れていく。


 彼の視界に映り込んだ最後の光景は自身の生やした【パラド】が目前まで迫る───その瞬間であった。


 そして【モスマン】とその『怪異』を使役するブリーク、対峙する笠辺刀臣は爆発的に街が騒がしくなったその様子に違和感を覚え、辺りを見渡していく。


(コヤツにとっても異常事態と言う事か⋯⋯⋯!)


 自分の影がどんどん陰りを見せ始めた。


 視界は薄暗くなり、薄い曇天空が一面に広がったような色合いに思わず目を細めた刀臣は上空を見上げて、絶句する。


「な、なんじゃアレは?!」


「あ?───な、えッ!『刃龍』だと?!アレは誰だ!」


 高度は既に八百メートルを切った段階。


 巨大な龍と一人の男が交戦している様子を⋯⋯ただひたすらに見つめるばかりの二人。


 ブリークは目を疑い、刀臣は慄いた。


 ブリークは【刃龍】と呼ばれる存在を口頭でしか知らず、刀臣は代々言い聞かされてきた違いが表情として表れる。


「ば、馬鹿な!【刃龍】が何故⋯⋯⋯⋯。いかん!こちらに来る!」


 赤黒い熱光線を放つ【刃龍】の攻撃を避けつつ、距離を空けていく朝倉拓也。


 その様子はまさに油断と慢心が窺えていた。


 少なくても、【刃龍】にはそう映り込んでいた。


『ちょこざいな!私の『息吹《ブレス》』を使って雑草刈りなんて!』


「有難う、芝刈りご苦労ッ!」


『巫山戯るなァァァァァァァァ』


 赤い粉塵が翼に纏わり付く。


 赤い輪っかが翼の後ろから構築されると、赤い閃光が朝倉拓也を襲う。


 人智を超えた速度は思わず上空に吹いた竜巻に巻き込まれたように流されそうになっていく男に含みのある笑みを浮かばせた。


「おっと!────俊敏性も増したんだな。流石、龍らしくなってきたか」


 男は笑った。この世界に来て『龍』と呼ばれる存在を改めて目撃した彼にとって、『龍』とは元の世界を懐かしめる象徴のようなもの。


 人間が常に居る世界ばかりを旅している訳ではない彼にとって、『人間』が居て『龍』も居るというこの世界は中々に考え深いもの。


 思わず笑みが零れてしまい程には歓喜していた。


 だがそれは朝倉拓也に限った話であり、目の前で攻撃を躱されながらニヤける様子を見せられれば【刃龍】は当然憤りを覚える。


 人相手に『龍形態』へと戻る様子まで見せる事にまでなり、挙句コケにされたような態度を取られ続ければ必然の事だった。


『ッ!これ程舐め腐った奴は初めてだ!』


「ナメられる実力しか持ってねぇからだ」


『あぁ言えばこう言う!だから私はアンタが嫌いだァァァァ────』


 ニヤけた顔付きをした朝倉拓也が消えた。


 思わず背後を確認するべく、長い首を後ろへ向かわせるも⋯⋯⋯。


 男は上空に浮遊しており、急降下からの胴体回し蹴りのように踵落としを頭頂部に浴びせ、【刃龍】は飛行体勢を大きく崩していき、不安定な状態のまま街へと真っ逆さまに落下。


『うぅぅぅッ!』


 だが【刃龍】はその程度ではくたばらない。


 乱回転したように落ちていく龍の身体は翼を大きく縦軸に広げて、右肩上がりのグラフのように曲線を描いて街との直接衝突を阻止。


 自由落下に身を任せている朝倉拓也は腕を組み、待ち構えていた。


 それに更なる苛立ちを覚えた【刃龍】は口元に力を溜め込むと即時発射。


 だが、放たれた形は一線でもなければ薙ぎ払うような曲がった線でもなかった。


 数は四十を下らない赤黒い弾の乱反射。


 巨大な一つの弾が拡散したように弾けていき、小さくなる代わりに数を倍増させた逃げ場のない地雷源の山々。


「良いねぇ。レパートリー増やしてくなんて。威力も据え置きか⋯⋯⋯。上等!」


 腕組みを解除し、縫い目を潜って行くように身体を反らしながら赤黒い光弾を躱していく朝倉拓也の表情は依然余裕であった。


 自由落下に身を任せていた彼の飛行技能は卓越していた。


 左右から迫り来る弾はサマーソルトでもする勢いで後転して自爆を狙い、正面から追加とばかりに口から放たれた赤い一閃は身体を反らしてギリギリの位置で回避。


 それに追い討ちを掛けるように後方と真上と真下から迫る光弾。


 それに対して朝倉拓也は掌に魔力を溜めて強固にすると、先に放たれた一閃を手で激しく下方に叩き付けるようにして飛び越えて包囲された攻撃を躱していく。


 男は完全に遊んでいた。否、見定めていた⋯⋯。


 どうすれば瀕死程度に終わらせられるか。


 どう言った言葉を投げ掛ければこの戦闘を収める事が可能なのかを。


 四十強もの光弾はやがて全て無くなり、赤い斑点が浮かび上がったようにも見えた空は晴天へと戻る。


 雲も僅かに垣間見える事の出来る気持ちの良い朝十時過ぎ、【刃龍】は慄くと共に絶句した。


『全て躱すなんて!』


「ふふ、どうも───ん?アレは使えるかな?」


 高度が二百メートルを切った段階で街を窺う朝倉拓也は密かに笑う。


 それは『不幸を撒き散らし』、『人の不運を嘲笑う』者であり、居座られても厄介な存在でしか無いと結論付けた彼は【刃龍】の目の前から姿を消した。


『ん!何処に行ったの?!逃げた?!⋯⋯⋯⋯いや、あそこかァァァッ!!』


 両翼に再度赤い輪っかが形成されて出力を上昇させていく。


 見下ろす先は赤い瞳、黒い体毛に腕の無い『怪異』であり、甲高い奇声を上げる存在の丁度真後ろ。


『キュルルルルルルルル!!』


 それは慄いた。自身よりも格上の存在が急激な速度で迫ってくる事に、潜在的に植え付けられた本能が疼くように後退りをしていた。


 だが、その背後には朝倉拓也が既に居た。


「ちゃーっす!───首貰い」


 蛾の羽のような形状をした翼を持つ『怪異』の背中に何かぶつかった、そう思わず振り返ろうとした時には首は剥ぎ取られてしまう。


「なっ!【モスマン】!!」


 一瞬の出来事にブリークが叫ぶ。刀臣は不快そうに突如やって来た男を睨みつける。


【モスマン】の赤い瞳で見つめられた者、そして見た者は不運な事故に遭うという都市伝説上で有名となった化け物。


 UMAとも言われる事もあれば、何かの動物と勘違いされた可能性もあるとされ、アメリカではかなり有名な部類の『怪異』。


 見つめられるだけで事実上の死が待っているという強力な『怪異』がいとも容易く絶命させられた。


 超越者の気紛れのような行い一つで。


「邪魔になる。退け!爺、テロリスト」


 朝倉拓也が発した言葉の一秒未満も後、赤い閃光は地面に大きな傷跡を残すように放たれた。


「ノォォォォォォォ!」


「な、なんじゃあぁぁぁぁ!」


 刀臣の身体に衝撃が迫る。近くにある倒壊した建物を当たり前のように吹き飛ばし、直撃した箇所はレーザーのようにスパッと切り裂かれて赤黒い線が刻まれると同時に崩れ去っていく。


 直撃したブリークは右半身を焼き焦がされてしまい、左半身のみ風で流された。


 直撃しそうになる朝倉拓也は先程掠め取った【モスマン】の頭部に魔力を加えて、盾のような扱いをしながら攻撃を防ぐ。


 盾として使った【モスマン】の頭部と【刃龍】の放つ『龍の息吹(ドラゴン・ブレス)』は衝突し合う。


 乱反射する赤い光は辺りにある公道もテナントビルも近くにある小さな公園も何もかもに赤い斑点が付着。


 直後、赤い斑点は溶けていきマグマにでも浸かったように地面も構造物も液体のように溶け出し、灼熱の気温へと東地区を誘う。


『────ハッ!』


 急加速を加えた【刃龍】の黒い手脚から伸びる鋭利な白い爪は朝倉拓也に迫る。


 既に【モスマン】の首は朝倉拓也が籠めた魔力が原因で砂のように形を失ってしまい、守る盾は喪失していた。


「ッ!いい所にある!」


 落ちていた物が一つ。


 それを急ぎ蹴り飛ばして【刃龍】の爪目掛けてシュート。


 いとも簡単に引き裂かれて、尚も朝倉拓也目掛けて爪は接近中。


「ありゃ、やっぱり蛾人間の身体じゃ足止めにもならないか」


 蹴り飛ばした【モスマン】の胴体は役たたずのまま幕を終えた。


 仕方ないと、朝倉拓也も【刃龍】に急接近し、迫り来る右手な爪と爪の間を持ち、前方左向きに背負い投げをお見舞いする。


 ただでさえ重心は前を向いていた。


 前に向かって少し力を加えてやれば【刃龍】は背中から地面に打ち付ける構図が出来上がったのだ。


 激しく背を打った【刃龍】は損傷した翼に舌打ちしつつも急ぎ起き上がり、向かい合う。


『ウゥッ!速くなってきている』


「お前が速いからだ」


『だが、『息吹《ブレス》』だけだと思わない事よ!』


「ん?」


 翼が縦に広がるように展開され、飛翔をするのかと、目を細めていた朝倉拓也は驚愕した。


 両翼の黒い刃のような形状をした翼のパーツは宙へと赤い粉塵を纏わせながら勢いよく浮かび上がる。


 そして、一つ一つが『赤い刃』のように発光し始めて合計十二本もの刃物は流星群の如く、朝倉拓也目掛けて襲い掛かってきた。


「何そのファンネル!?聞いてないぞ!」


 急ぎ宙へ急上昇し回避運動を取るものの、『赤い刃』の速度は【刃龍】と同程度のものであり、空へと逃げた朝倉拓也を追い掛けるべく、地面スレスレから角度を変えて急上昇していく。


 ある程度の高度へ辿り着くと縦横無尽に朝倉拓也の身体を穿とうと接近。


「ちょっと予想外だな!コレはッ!」


 魔力を掌に溜めて、直線上から来る『赤い刃』へガトリングの要領で攻撃し撃ち落とそうとするものの威力が足りず⋯⋯。


 朝倉拓也の身体へ『赤い刃』は突き刺さっていく。


『私もこれを使わされるなんて、生涯の恥だ!』


 生涯に『赤い刃』を使った回数は一度のみ。


 短くなった翼により加速力は据え置きながら機動力を失うものの、攻撃の手数が大きく増えるというメリットもある。


 そんな『赤い刃』に於ける最大の懸念点があった。


【刃龍】はそれを、見た目が悪くなる、と言う。


 自らも出さないようにする程の忌避感で『赤い刃』を目撃される事を拒び続けた。


 この『赤い刃』を発生させると、赤色の長い首から繋がる巨大な胴体、赤を濃くしていき黒へと変色していく太くて強靭な四本の脚は据え置き。


 だが、翼だけが小っちゃい。


 黒鋼のような鈍く太陽すらも反射する鈍い翼は五メートル程度にまで縮小してしまっており、まるで飛べない龍のようだった。


 進化の過程で翼要らずと言うならまだしも、【刃龍】はその状態でも一応は飛べてしまう。


 同族との争いもこの翼が理由で起きたものであり、龍の価値観を人間に合わせるならば、髭を生やした五十代の人間がコスプレや何かの撮影という訳でもないのにも拘わらず、幼稚園児が所持している黄色い帽子を被り、幼さが醸し出される衣服を率先して着るようなもの。


 つまり、醜態である。


「なら、抱えて生きるか?恥を」


『転移移動』して、『赤い刃』から辛くも逃れた朝倉拓也は【刃龍】の眼前に接近。


『黙れ!』


 その売られた煽り言葉を買う【刃龍】は大きく身体を一回転。


 そのまま長い尻尾を用いて薙ぎ払おうとするものの、既に崩れ去った瓦礫を吹き飛ばしていくのみ。


 再び急接近し始める『赤い刃』は纏わり付いた赤い粉塵を一気に圧縮されていき、細い光線を放ち朝倉拓也を攻撃する。


 だが『転移移動』しつつ飛行技術を駆使する朝倉拓也にはギリギリのところで躱されていく。


 苛つきは止まず怒りの感情はフツフツと沸騰していき、それに呼応するように赤い粉塵は更に増加。


 光線の横幅も威力も上昇していく中、朝倉拓也は叫ぶ。


「何時まで意固地になってるつもりだ!その翼とその力、お前の持つ元来の気質を棄てるまでしやがって!どうしてもっと自分の心に従わない!」


『アンタに分かられてたまるかァァァァァァ!!』


 怒りの沸点が頂点に達した。


『赤い刃』合計十二本。それらが地上に聳える【刃龍】の前方に集まる。


 刃の先端が尖った部分を内側に突き立てられて、六本で一つの輪を形成。


 それが二門分の発射口となり、【刃龍】は口を開けた。


 朝倉拓也は回避する体勢を取るものの、すぐ後方にある抉れた道路の方向から複数人の声が聞こえた。


「誰かいるのか?!」


 眼前に敵が居る最中、思わず振り返る。


 余裕ぶった態度が僅かに綻んだのを見た事による愉悦の心は構わず放とうと意気込ませた。


「やべ、ガキ共が!」


 中学校を目指して駆け出していた准、嶺二、杏の三人が視界に捉えた。


 朝倉拓也は知っている。【刃龍】にとっても三人組で走っている一人の少年がいずれ目の前に居る【刃龍】と協力し手を取り合う未来がある事を。


 食い止めなければならなかった。


【刃龍】の放つ攻撃一つで建物が吹き飛ぶ程の威力があるというのに、今からコチラの状況も知らずに横断しようと公道を走る三人組が巻き込まれない訳がない。


(頼むから、耐えてくれよ⋯⋯⋯⋯ガキ共)


 三人組が建物の奥から姿を表し出す。


 前方に居た嶺二、准が思わず停止し、後方に居た杏が嶺二の背中に鼻をぶつける。


「な、なんだよアレ!?」


 嶺二の脚が震えだし倒れそうになる。


「ど、どうしよう!に、逃げなきゃ!」


 前方で倒れそうになる嶺二と准の腕を掴み、後退させようと引っ張る杏は悲鳴にも近い形で叫ぶ。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯アレは」


 杏に引っ張られている事に意識が向かわず、黒いジャケット姿の男とその前方に居る巨大な赤い鱗と黒い鱗の脚をした龍を凝視した。


(⋯⋯⋯⋯まさか、アレって⋯⋯⋯)


 准には思い当たる節があった────。


 赤い鱗は髪の色と酷似して、腕に生えた黒い鱗に白い爪。


 群青色の瞳と夕焼け空が綺麗に彩っていた右眼に宿った銀の煌めきは今でも鮮明に思い出せてしまい、目が離せなくなっていた。


『死になさい!朝倉拓也ァァァァァァァァァァァァ! 』


 勇んだ叫声は轟く。放たれた赤黒い一閃は合計十二の刃で形成された二門の輪を通る。


 一門目で赤黒い熱光線は白い稲妻を纏わせながら、更に煌めく。


 二門目に突入すると、その熱光線は拡大されていき、横幅は公道など簡単に丸呑みにする程の超弩級の極太レーザーと化した。


 高範囲、高威力、更に追尾性もあり、触れれば塵と化すのは確定。


 上空から真下へ向かって放たれれば地球という水の惑星は瞬く間に消滅する程の代物となった最高火力が朝倉拓也に向かって初速から光の速さに到達したトップスピードと駄目押しのように加速が齎された上で襲い掛かる。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


 回避行動は被害拡大を呼ぶと判断し雄叫びを上げる。


『刻印開放』を発動した朝倉拓也の髪は血のように赤い色となって、身体に魔力を大きく放出。


 右手に魔術の【魂の砲撃(ソウル・ブラスト)】を溜め込むと、右手を強く握って拳を作る。


「だりゃぁッ!!」


 朝倉拓也、十八番の魔術【魂の砲撃(ソウル・ブラスト)】を凝縮し、『放つ事』よりも『打つ事』に重点を置いた魔術【魂の衝撃(ソウル・インパクト)】が【刃龍の終焉光赫(ドラゴン・レクイエム)】に炸裂した。


 衝撃が『空弩街』を包み込む。激しいぶつかり合いが甲高い音として耳に伝わり、朝倉拓也の後方に居た准、嶺二、杏の三人は建物で衝撃から逃れようとするものの、吹き飛ばされていく。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「睦生ーーッ!祟良把ーーッ!うわぁぁッ!!」


 目紛しく襲い掛かる強風は竜巻のそれとは比較にならず、当然のように瓦解していく建物は【刃龍】の方へと向かう。


『ま、まさか!⋯⋯⋯⋯!?』


 朝倉拓也も決して馬鹿ではない。このまま弾き飛ばしてしまえば、その余波だけで日本列島は壊滅的被害が齎されるのは目に見えていた。


 だから、【刃龍】の【刃龍の終焉光赫(ドラゴン・レクイエム)】から伝わる火力とそこから伝わる衝撃諸共を中和させていき、【刃龍】の顔スレスレの上空へと受け流していた。


「ふっ!─────いけたな!」


 確信があった。朝倉拓也には街の被害を限りなくゼロに済ませつつ、地球にも影響が出ない箇所に【刃龍】の攻撃を吹き飛ばせられる目算が確かにあった。


 街に訪れた何度目かの激しい衝撃音と身体に伝わる激しい衝撃を最後に【刃龍】の放った一撃は【刃龍】の後方へと流れていく。


 上空へと打ち上げられて、威力が中和にされて質量も軽くなった赤い一閃は地球を大きく離れていくと共に、宇宙空間で大爆発を起こす。


 太陽は僅かに揺らめき、月は逃げるように欠けていき、地球は震える。


 朝倉拓也は不敵に笑い、【刃龍】は慄く。


『弾き返したッ?!⋯⋯⋯⋯私の最高打点が!』


 赤く揺らめく魔力を帯びた朝倉拓也は真っ直ぐ【刃龍】を睨む。


「終わったか?アレがお前の持ちうる全部なんだろ?⋯⋯⋯危うく自分で自分の未来を壊すとこだったぞ」


 血のような真っ赤な魔力が線を帯びて【刃龍】に向かって肉薄した。


 意識的感覚では【刃龍】でも避けられる、そう思い『赤い刃』を翼に戻して回避運動を取ろうとした───だが、肉体的には遅すぎた。


 空が衝かれ、地球が揺れる。龍に齎された一撃は強烈かつ俊敏性の高すぎる腹部へ目掛けた一発のブロー。


『ッッッ〜〜〜〜!!』


「ふんッ!」


 吐瀉物にも似た白い唾を口から流れる【刃龍】に構わず、俯いたように下を向いた【刃龍】の顎へと朝倉拓也は左拳でアッパーカットをお見舞いする。


『ッッッッ〜〜〜!!』


 言葉にもならず、意識を手放しそうになる強烈な二撃は龍を地面に転がせた。


「もう、終わりか?」


 長く伸びた尾を両手で掴み、大きくスイング。


 ハンマー投げの要領で【刃龍】を上空へと投げ飛ばすと、『転移移動』で投げ飛ばした上空へ一足先に辿り着くと、大きく身体を反らしながら無抵抗に投げられた龍の胴体を強く蹴り飛ばす。


 吹き抜けていく。空気摩擦によって発生した音は凄まじく、一匹の龍によって『空弩街』を騒然とさせた。


 流れるように巨大な体躯をした赤い龍は地面を大きく抉りながら、東地区の外れにある小さな造林地帯で完全に停止。


 浮遊した男はゆっくりと空から着地し、項垂れるように倒れ込む刃龍の顔面に近付く。


「あんまし、強くなかったな。お前⋯⋯⋯⋯。で?どうする?まだ実力を証明したいってんなら、場所を変える羽目になる訳だが⋯⋯⋯。ふっ、時間の無駄か」


『っ!アンタは殺す⋯⋯ッ。絶対に⋯⋯』


「無理だ。お前が仮に万全で俺が絶不調だったとしても脚裏にすら届かない。隔絶した差ってのを身をもって味わったろ?なんで分からない」


『黙れ!!』


 不意を突いた一射。既に満身創痍に近い状態から放たれた最後っ屁。


 射程距離、威力は減衰してしまっているものの、人を一人焼く程度ならば困らない程度の火力。


 しかし、眼前で自ら放った『息吹《ブレス》』が弾かれているようにも見えた【刃龍】は徐々に『息吹《ブレス》』の勢いを落としていく。


「⋯⋯⋯⋯ふっ。駄目だな」


 全くもって無傷。超至近距離からの一撃はただの無駄として終わり、唖然とさせられる。


『ぁぁあ、⋯⋯⋯⋯なんで?!』


「仮にこの『刻印開放』状態よりもお前が強かったとしても、俺はその上位互換の変身を三回残してる。今お前が挑んでんのは、まだ下地段階って訳だ。諦めて負けを認めろ。少なくてもあの白い蛇みたいな龍は諦めてるぞ?」


 三枚おろしとなった【夢龍】は悟ってしまった。


 隔絶された差というものを⋯⋯。男の表情、態度、動き──そういった一つ一つの所作から導き出された思考は完全敗北であり、潔く⋯⋯と言うには随分と悔しい思いを胸に残しながら身体にある違和感を感じつつ、遠くで【刃龍】と朝倉拓也の戦闘を見守っている。


『私は⋯⋯最強なんだ⋯⋯⋯。だから⋯⋯』


「────しゃあねぇな⋯⋯⋯⋯。じゃあ、負けを認めるまでお前の爪を剥ぐとしよう」


『刻印開放』を解除し、前脚に向かった朝倉拓也。


 そのまま爪を掴み、黒い鱗に脚を着けると、勢いよく引っ張り────引き抜いた。


『え?────ぐぎゃァァァァァァァァァ!!!』


 造林に居る動物達は逃げ惑う。咆哮にも似た悲鳴は東地区の疎外から北地区にまで轟き、人々を恐怖に突き落とす。


 穴がぽっかりと空いた中指。血がダラダラと流れてジタバタとする龍を拳で打ち、黙らせながら、二本目に向けて手を伸ばした。


「何本耐えたら、諦めてくれる?言ってくれたらその分だけ抜いてやるよ」


『嫌だ⋯⋯⋯私はさいきょアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!!』


「数は?」


 投げ捨てられた白い爪人差し指に位置する部分もの。


 地面に強く突き刺さり、首を大きく左右にジタバタするように動かしていく。


 高らかな悲鳴は劈く程ではあるものの、男の視線は爪にしか行かない。


「先に言っとくんだがな、お前を殺しても俺は即甦らせる。そして、何度でも剥ぐ。何十でも、何百でもだ⋯⋯。街の危機的状況は最悪、時間でも停止して、お前の爪にご執心してやる。安心して諦めてくれ」


 男が旅をしている際、守っているポリシーは幾つかある。


 その中でも、特に重視しているのは生死に関わる事だった。


 男が旅で訪れた世界で自分が原因で死なせた生命体が居た場合、必要ならば生き返らせる事を行っている。


 勿論、力の消費だってタダではない。


 常にリスクもあれば強敵だって現れた際、人を生き返らせ過ぎて戦えません、なんて間抜けな事にならないように注意を払っている。


 少なくても、この世界においてこの【刃龍】は『必要』だからこそ生かしているに過ぎない。


 自分の為──でもあるのだろう。自己満足にも近く、本来は必要とされない赤い龍にたった一言の言葉を言わせる為に⋯⋯。


『ァァァァァァ。痛い、痛い⋯⋯⋯⋯なんで、なんでこんな⋯⋯』


「茶々入れすぎたんだよ、お前。好奇心が牙を向いたんだ。自業自得でもある。だから言ったんだ、『大人しくしろ』ってな」


『アンタ、許さない⋯⋯⋯⋯絶対に私はアンタに屈服なんてしない⋯⋯。思い通りになんか、なってやらないんだから!』


「ふっ。そうかい⋯⋯。──気丈なのは結構だが、お前どうすんの?」


『え?』


「もうすぐで来ちまうぞ?お前の大好きな人間が⋯⋯」


 男の後方、造林の奥から一人分の影。


 落ちた枝を踏み鳴らし、踝まで付近まで伸びた草っ原を蹴りながら一人の子供がやって来た。


『⋯⋯⋯⋯⋯⋯!嘘、でしょ?』


 龍の眼は捉えた。


「⋯⋯⋯⋯何か用かな?少(・)年(・)?」


 振り返り、わざとらしく笑った男は息が荒れて大きく上下に身体を揺らす少年──桐江准の方向へと向いた。


「アンタ、その龍から離れてくれないか?」


 大きく息を荒らしながら、ゆっくりと近付いてくる少年はそう口を開いて言葉にする。


「なんでだ?」


 小突くように龍の脚を蹴る朝倉拓也に露骨な怒りを見せる准は大股となって接近。


「離れてくれって言ってるんだッ!」


 右手を握り締め、男の顔目掛けて殴り掛かろうとするものの、軽々と左手で受け止められた。


【刃龍】は震え、朝倉拓也は笑い、准は顰め面をする。


(止めろ、駄目だ⋯⋯⋯⋯。殺される⋯⋯)


 動揺が見えた。僅かに揺れた赤い胴体は満身創痍。


 黒い脚に伸びた白い爪は数本抉り抜かれて、痛みはズキズキと地面を踏み締める度に発生していた。


「目上の人間に対する礼儀がなってないな。俺はお前よりも歳下なのか?」


「生憎様だ!そんな教育、僕は親から受けてねぇんだよ!」


「奇遇だな、俺もだ。だから、周りを見て覚えた。お前は親が居ないとなんにも覚えられないんだな」


「なんだとッ!」


 親に頼る事は一つの汚点として納得している准にとっての地雷を踏み抜いた朝倉拓也の表情は未だに余裕のままである。


 だが、背後で倒れ込んだ【刃龍】が起き上がろうとすると即座に切り替わり、【刃龍】に背を見せたまま、ノーモーションで脚裏で蹴り飛ばしてみせた。


 悲鳴すらなく、巨体な六十メートルもある龍は後方へと吹き飛ばされていく。


「あ!⋯⋯⋯⋯お前っ!」


「なんだよ、文句でもあるのか?」


 ギロリと睨まれただけで強烈な寒気が准の身体に襲い掛かる。


 唇が震えて、視線が知らぬ間に下を向いた。


 無意識下に起こした逃避行動を朝倉拓也は見つめ続けるのみ。


(僕は⋯⋯。っ!僕は⋯⋯)


 前方から百メートル以上も離れた所に倒れ込んでしまった満身創痍の【刃龍】を恐怖と不安な眼差しが向かった。


 血がダラダラと流れて、このまま一生動かないと思わせる程に微動だにしなくなった巨大な龍。


 長い首は地面にピッタリ着き、翼は力無く萎れたように背に凭れ掛かっていた。


 僅かに開かれた龍の瞼、その奥に映る群青色の眼《まなこ》は准の瞳を確かに見つめた。


「⋯⋯⋯⋯あ、ある!あるんだよ!僕にはな!」


「ふーん。で?お前、どうしたんだ?」


「え?⋯⋯⋯⋯どういう事だ?」


「あの阿呆を助けたいのか、俺に殺されたいのか?それとも大人しく逃げるか⋯⋯⋯⋯どっちだ?」


 龍を親指で差した後、自身の胸元に手を添えて、最後に准の後方を指差した。


 准は知っている。【悪魔の王】と【七人の天使】と【夢龍】と【刃龍】を打ち倒したのは少なくても目の前に居る男だと言う事を。


 准ならば薙ぎ払われる所かデコピン一発で死ぬような相手と連戦して今尚、余裕綽々の男に挑む⋯⋯そんな愚行は普段ならば起こさなかった。


 けれど、目の前に居るのは男だけではない。


 意気消沈して多大なダメージを負ってしまった龍がそこには居る。


 僅かに映る黒い脚と地面に突き刺さった白い爪は昨日の夜に准は確かな見ていた。


 長くて腰まである赤い髪に後ろはハーフアップで纏めあげて、学生服をボロボロにさせながら手には黒い鱗と白い爪が垣間見えた、あの時──。


 そして、四車線もある広い公道で発生した激突の最中に目撃し、今目の前に居る龍の特徴は非常に酷似していた。


 妹を探さなければならないのは准だって理解していた。


 けれど、目の前で死に掛けている知り合いを見殺しにも出来ないという行ったり来たりの半端者は追い掛けるように来てしまい、今ここに居る。


 俯いた顔に勝機は浮かばれず⋯⋯それでも、准は口を開く。


「⋯⋯⋯⋯助けたいし、殺されたくないし⋯⋯⋯逃げる!」


「我儘だなぁ〜。いいぜ、そんなに言うなら、俺を倒してからにしろ」


 見上げた准は見た。


 何処か満足そうにも見える不敵な笑みを浮かべた男は准の手を離し、少し距離を空けるように准の後方へと歩き出す。


 十歩程歩いて腰に手を当てると、真っ直ぐに准へと視線を通わせて手でチョイチョイと人差し指で誘う。


 開戦の合図はそれ一つ。


 ゴングもなければ、火が噴かれた訳でもない。


 たった一動作で准は下手くそに構えた右手を握り締める。

刃龍の技みたいな奴、アレ5秒で考えました。


スターバーストストリームも多分、こんな感じで生まれたのかな?って思いました。



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