空弩街攻防戦(1)
影が蠢いている。そう気付いたのは五人の除者が忽然と消えてからであった。
街に居る除者の数は三十名。
その内の七名は救護へ当たっている為、身動きが取れずにいる。
残り二十三名という数で街に突如として現れた『怪異』へ対処しなければならない中、更に五組に人を分けて行動させる事となった。
『空弩街』は五つの区間に別れている。
東地区、西地区、南地区、北地区、中央地区の合計五つ。
五人もの除者が消えたのは西地区。
西地区同様、姿を消す人達が続出している南地区。
突如として樹木が生えてきた箇所は北地区。
赤い瞳をギラつかせた生物が飛んでいる箇所が東地区。
巨大な鷲のような形状をした鳥が雷を落とし、人を黒焦げにしている箇所が中央地区。
既に戦いは始まっている。
街は混乱の渦に包まれている中、除者達は戦う。
「⋯⋯⋯⋯呆気ねぇな」
ドレッドヘアの髪型、黒のタンクトップとミリタリー色のズボンと黒のブーツを履いているバラストは車道を堂々と歩く。
道を妨げていた除者はたった今、全て喰われた。
それを誇らしげな様子で見守っていたが、飽きのようなものが身体を襲い、大きな欠伸をしてしまう。
見上げた空、中央地区を飛行している巨大な鷲を興味深そうに見つめた。
「ワノルの奴、張り切ってんな⋯⋯。まぁ、アッチは良いか。行くなら、南地区だな。アカールの奴、馬鹿やってねぇとい────あァ?」
一人の少女が歩いてくる。黒い筒を白い紐で括り付け、それを肩に掛けていた。
問題なのは、格好だった。
(コイツ、なんで衣服が汚れてねぇんだ?)
バラストが見たこの街の人物は騒動が起きてからそれなりの被害に遭い、煤で汚れたり、破けたり、何処か血を流していたりと様々であった。
だが、目の前からやってくる紺色の髪色をした肩より下にまで伸びたボブヘアの少女にはそれがない。
何よりも──。
「なんだ、あの着にくそうな服は⋯⋯」
白衣に緋袴、小石を蹴る草履。
明らかに異様だったのはバラストにも理解出来た。
「あんな薄そうな服、襲ってくれって言ってるようなもんじゃねぇか───ぁあ?!」
ゆっくりと黒い筒に括られた白い紐を解き、中身を取り出していく。
その動作一つ一つに魅了されてしまっていたバラストが中身の正体に気付くまで少し時間を有してしまい、気付いた頃には──。
肉薄する距離にまでいた。
「⋯⋯⋯っ!!?なんだとッッ!!」
大刀『祝魄』が刀身を露わにしたかと思えば、鋭い目付きで薙ぎ払われた。
「───っ?!何かいる?」
「ウワァァァァァァァァァァ!!腕がァァァァァァーーーーー!!!」
のたうち回るバラストの右腕は身体と離れ、血吹雪を流していた。
落とした血液は地面に水溜まりを作り、欠損してしまった箇所を触る勇気も持てないバラストは左手を無造作に動かし続ける。
一方、巫女服姿の少女は刀が横に払われた際、軌道が大きくズレた事に違和感を覚え、訝しむ。
「あなた、敵だよね?『魔法士』なのに、どうして『除者』を殺したの?」
『除者』とは日本での呼び名であり、正式には『魔法士』と呼称される。
つまり本来は戦う理由はなく、同じ立場にある。
だと言うのに、事を起こしたのは『魔法士』だった。
憤りを覚えた沙耶は男が上げる悲鳴で言葉が掻き消えたと判断して、もう一度口を開く。
「もう一度言うね。どうして襲ったの?本来、私達は啀み合う理由がない筈だよ」
「〜〜〜〜ッ!ァァァァァァ〜〜〜〜!」
「まぁ、良いか。殺すね」
刀を両手で構え、首目掛けて振り下ろそうとする。
しかし、バラストは掠れた視界で沙耶の動きを見ると身体を大きく地面に転がり、振り下ろされる刀による斬首を回避した。
急ぎ、膝を着きつつ沙耶の居る方向へと身体を向けて、苦い顔をさせながら立ち上がる。
「はぁ、はぁはぁ⋯⋯『除者』だったのか。クソ!なんて格好した女だ!」
「これ巫女服⋯⋯なんだけど?そんなに変?」
「なに訳のわからない事言ってんだ!──殺れ!」
地面に伸びる沙耶の影が蠢く。
小さな波が立つ音が聞こえた沙耶は警戒して左右の確認をする。
(いない?⋯⋯⋯ううん、この街に居る限り、海の音は聞こえない⋯⋯。上でもない、左右でも、背後にいる感じはしない⋯⋯⋯⋯⋯て事は)
泡立つ音がし、水場から何か飛び出す音が聞こえた。
急ぎ、力一杯に跳んだ沙耶は目を見開く。
「⋯⋯⋯⋯コレって⋯⋯⋯」
「チッ。クソ!外した!」
舌を鳴らし悔しがるバラストは苦い顔をして、着地する沙耶を睨んだ。
現在、沙耶とバラストの居る場所は【悪魔の王】の出現により燃え盛っていた炎の痕跡は見受けられて、一部炎により倒壊してしまった建物が並んでいる。
しかし、水場となる場所は存在していない。
それでも確かに水が跳ねる音と何かが飛び出した音が発生した。
その正体は───。
「【鰐】?⋯⋯⋯⋯ちょっと可愛いかも」
酷い悪臭を漂わせながら出現したのは、全長四メートル越え、口先は丸みがあり、褐色の鱗を持った大型ワニだった。
【下水道のワニ】という1920年代から1930年代に掛けてアメリカで一時期流行った都市伝説から生まれた『怪異』である。
沙耶は鼻をつまみながらも、そのアメリカアリゲーターのフォルムを興味深そうに見つめた。
(影から出てきたこの子⋯⋯口が丸い⋯⋯。あ、クロコダイル科のアメリカワニ!?⋯⋯流石私、詳しい⋯⋯)
とんでもない勘違いをしてしまっている彼女は何処かドヤ顔で誇らしげに自身の影から現れたワニへ向けて頷く。
「ふふふ、終わりだぜ!コイツは無限に呼べる!⋯⋯呼べちまうんだからなァァァァァ!とっととその気色悪い顔を喰っちまえ!」
震え始めた身体を精一杯に動かし、沙耶へと指差す。
さて問題。
低姿勢、短足、四足歩行。そんなワニは走ると愛くるしく見えるだろうか。
答えは───。
沙耶はドン引いた、だ。
カバをトロいと思っている人が直でカバに迫られた時と同じ顔をした沙耶は傍から見れば滑稽だったろう。
目は見開き、想像の倍以上にドタドタと接近する鰐を沙耶は両手で刀を構え、一歩踏み締めた。
意識化でスイッチの切り替えをして戦闘モードへ。
「っっ!!!」
大きく開けたワニの口元には大量の血が付着しているのを確認した沙耶にもはや油断や驕りはなかった。
右後ろ足を内側から斬り付け、大きく滑り込むように鰐の尾の方へ。
大きく後方へ跳んだ彼女はそのまま伸びた口元に向かって刀を突き立て、地面にヒビを入れる。
彼女の足元には口を開けられないように体重を掛けられた鰐の顔があり、刀が突き刺さっていた。
「一匹」
刀はワニの口元から尾へ向かい、縦に斬り裂くように背中を走りながら、振り上げられる。
彼女の刀は『怪異退治』に特化した刀。
現実の鰐の鱗がいくら頑丈であっても、目の前に現れた鰐は何処までいっても『怪異』であり、刀の餌食でしかない。
豆腐でも斬るように背中の鱗には切れ目が付けられていき、パックリと内部が見えてしまう。
声を上げる事もなく、短い手足をジタバタとさせながら、最後には茶色い灰となって鰐の身体は消え去った。
鰐に乗っていた沙耶の身体が少し浮き、着地したと共にバラストの顔を窺うようにしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「打ち止め?」
刀を前に突き出し、切っ先はバラストの方へと向けられた。
バラストにとって、予定外の事態だった。
鱗は非常に強固である事はとうの昔から知っていた事。
それを高が日本製のブレード程度で砕ける訳もなければ、突き刺すなんて愚行を果たせる訳がない。
バラストは僅か五秒前まではそう思っていた。
だが、実際には呼び出した【下水道のワニ】は灰にさせられてしまい、唖然としてしまう。
(なんだこの女⋯⋯?その剣に秘密があるのか?⋯⋯⋯⋯なんなんだ?)
固まった表情で呆然自失にも似た表情を浮かべたバラストを乾いた瞳で見つめる沙耶は口を開く。
「どうしたの?もしかして⋯⋯⋯⋯おじさん、弱いの?」
明らかな挑発だった。
沙耶とバラストの距離は十数メートル程度。
沙耶とバラストの身体能力から鑑みても、どちらが先に動いたとしても沙耶が優位を取れる距離に居た。
だが、沙耶は敢えて待った。
挑発をして地面に映り込むバラストの影を見つめる。
「⋯⋯ッッ!望むところダァァァァァァ!!!」
倒壊した街の影から次々と呼び出される鰐達。
周囲からザバザバと音を鳴らしながら、這い上がって来るようにして現れた鰐相手に大きく後退し、囲まれないように距離を開けた沙耶は顔を引き攣らせた。
「⋯⋯⋯ちょっと、多い」
その数、三十匹。
曲がったガードレールをヨチヨチと登る鰐、車道へ蟻の隊列のように集まった爬虫類達。
半目の鰐も居れば、気になるメスをジロジロと見るオス鰐やバラストを餌と勘違いしそうになり、アタフタとする鰐も居た。
「呼べっつったのはテメェだ。ははは、もう終わりだなァァ!」
(うぅ、酷い匂い⋯⋯。幻滅しちゃう)
ペンギンは可愛いから会ってみたい、そんな感覚で鰐を可愛いと感じていた沙耶の心は少し沈んでしまうものの、気を取り直したように上半身を右へ反らして刀を構えた。
その表情には一切の淀みはなく、バラストは息を呑む。
既に出血量から鑑みても助からないと自覚しているバラストに苦渋の選択が迫りつつあった中、沙耶は呟いた。
「⋯⋯行くよ」
踏み込んだ一歩は決して大袈裟にではなく、ジョギング程度の歩幅であった。
太陽の日差しによって鮮明に沙耶の持つ刀が鈍く光る。
眉間に皺を寄せながら、バラストはたった一つの命令を鰐達に与えた。
「行けぇぇぇぇ!殺しちまえーーーッ!」
バラストの雄叫びによって車道は騒然とする。
埋め尽くされたアスファルト、白線をなぞるように沙耶は真っ直ぐと、大股になって鰐相手に突撃していく。
時を同じくして、南地区。
【悪魔の王】や【紅蓮の龍】が中央区で暴れている最中に一般市民が消えてしまうというタレコミを関係者から聞き届いていた『除者の三人』は人気が皆無と化した南地区の商店街に脚を踏み入れていた。
その内の一人、端正な顔付きに茶髪で後ろ髪をポニーテールにしている穀塔世中は、後方に居る残り二人相手の脚を停止させるべく左腕を横にする。
三メートルもあるデカイ長剣を肩に乗せている無精髭を生やした真田翔越は世中の動きに気付き、涙目で俯いてしまっている為に気付かないまま歩き続けようとするパッツンボブの骸魅笑撫の腕を掴んで、無理矢理動きを停止させた。
「⋯⋯僕達の相手はアレだ」
そう確信を持った世中は緑色とピンク色の看板がトレードマークの服屋を指差す。
『空弩街』の住人ならば一度ぐらい見た事のあるそのマークとその店舗を扱っている店主の顔を思い浮かべた翔越は苦い顔をしてながら世中の顔を窺った。
「服が『怪異』っつーんじゃないよな?」
「⋯⋯それは分からない。けど⋯⋯!移動した?」
「なに?!何処だ!」
長剣を肩から離して、前に構える体勢を取った。
臨戦態勢は既に出来上がっている二人。
ただ一人を除き、世中の視線を追うように翔越が顔を左右に動かしていく。
そして世中の指差す方向が──止まった。
「⋯⋯⋯アソコだ」
示された場所は服屋から更に五十メートルも先にある精肉屋。
ケースの中に並べられた肉はそのままに、店主は姿を消しており、店番の人間は一人たりとも居ない。
この商店街には今居る三人を除き、誰一人として声を発する事もなければ、足音、衣擦れの音すらない完全虚空の空間と化していた。
世中も翔越も違和感はあった。
服屋の店主は几帳面面な性格で度々知られている。
人当たりは良いがマナーやルールだけでなく、鍵の置き場所から店を閉める時間までキッチリと管理している人間。
だが、店の中を覗いた二人のレジ奥にある灰皿の中にはキーホルダーが付けられた店の鍵が消えており、レジの中も開きっぱなしとなっていた。
慌てていた、その結果に齎された事と言われればそれまでだが、それで解決するには二人とも少しの違和感があった。
長さ一キロにも及ぶ商店街に走る緊張感。
「随分距離空いてんじゃないかよ。⋯⋯⋯罠、という事もあるか?」
互いに目配せして、ゆっくりと前へと歩き出す。
「さぁね。罠だったら、君は帰るのかい?」
「それは冗談か?それとも何時ものカマかけか?」
知的らしさを出そうとして度々、世中の問答に困らされる翔越は怪訝な顔でそう発破を掛けた。
「二つ、言っとくよ。一つ、僕は冗談が嫌いだ。二つ、帰るか否か、ちゃんと答えたまえ」
「帰らない!」
即答だった。既に異様な街の雰囲気に呑まれ掛かろうとしていた翔越は世中の言葉で長剣を力強く握る。
「うん、知っているよ。君はそう言うだろう事もね」
世中はそんな彼の言葉に深く頷き、口角を少し上げた。
「大変、嬉しゅうごさんすよ⋯⋯。それで、どうすんだ?」
「恐らくだが、移動の速さを鑑みて、光か、鏡か、それか予め店の中になにか仕込んだか⋯⋯。なんだと思う?」
世中は二人に問い掛けた。
すぐ前に居る翔越、そして後方で思い詰めた顔をしている笑撫に対して。
「いや、分からんが?」
翔越の解答に期待など初めからしていなかったように世中はすぐに背後を向く。
一向に会話に入らない彼女は妹をつい先程喪ったばかり。
世中にはその胸中に膨れ上がる感情が何か理解出来た。
それでも彼は言わなければならない。
「⋯⋯⋯⋯笑撫、君はいい加減に立ち直ってくれないか?」
「⋯⋯⋯分かっとるッ!⋯⋯ウジウジしてられんのは、分かっとる」
唇を歯で噛む笑撫の苦しそうな顔を翔越はチラッと一瞥だけし、前を向く。
世中は真っ直ぐと向き合い、両手を肩に乗せた。
呼び掛けるように、訴え掛けるように。
「⋯⋯ここは戦場だよ。そして、僕達がスリーマンセルを組んでいる理由を明確に思い出して欲しい」
一人一人の強さは大したものではない。
知識と観察眼のみが取り柄の世中。
長剣を持てる程の筋力と運動神経がピカイチの翔越。
非力で『怪異』の性質を剥がすしか出来ない笑撫。
どれも一人一人が従えている『怪異』の能力はピンキリである。
だが、三人が揃えば⋯⋯それは化学反応の如く、無敵のチームと化す。
「⋯⋯⋯そうやな。すまんかった」
「いや、良いよ」
笑撫の前に居る二人の男が頷く。
スリーマンセルである理由、そこに立っている必要性、それを呑み込んだように鋭い目付きを前へと向けた笑撫に今度こそ精肉店の方へと身体を向けた世中。
翔越はそんな彼の近付く足音が聞こえ始めたのを皮切りに口にする。
「よし、なら俺がいつも通り前に出て、何とかするってか」
「君はそれしか取り柄がないだろ?頑張ってくれたまえ」
「お前なぁ⋯⋯」
「ふっ、期待しているよ。僕が視つけて──」
二人の間に立ち、頭脳兼視覚として働く世中は中心に位置付く。
「俺が足止めして───」
一歩、前に移動した翔越が世中の言葉に続いて口にした。
「⋯⋯⋯ウチが剥がす、やろ?分かっとる」
笑撫も流れるように口にする。
ポケットにある手袋を装着して引っ張る仕草をして感覚を確かめた。
「あぁ、じゃあ警戒は怠らずに⋯⋯行くよ」
真っ直ぐ、警戒心は怠らず進め出した三人。
その方向の先には怯えた様子で座り込むぽっちゃり体型のアメリカ人が一人⋯⋯確かに居た。
「⋯⋯⋯な、なんで僕の場所が分かるの?」
姿を見られた訳でもないと言うのに、まるで狙いを定めたように彼の元へと向かってくる三人に酷く動揺したアカールは手に持った手鏡を掴む。
震えた手でゆっくりとケースの裏から手鏡を前に出す。
「⋯⋯⋯⋯⋯【新しい住人だ】⋯⋯行け!」
鏡の中に三人が映りこんだ。
「なっ⋯⋯。五時方向!」
「笑撫!俺の後ろに!」
最終的な要は笑撫である。
彼女が『怪異』と『人』を明確に断つ事が出来る為、彼女を失う訳にはいかないと翔越が庇うように声を掛けた。
大人しく笑撫が翔越の元へ走ろうとする。
後ろが詰まれば前は動かざるを得ない。
だと言うのに、一向に翔越という壁に向かって進もうとしない者が居た。
「おい世中っ!俺の後ろに──」
焦燥感を走らせながら、世中の言われた五時方向へ長剣を向けて構える翔越は叫ぶ。
だが、それを世中が遮る。
「無駄だよ。まるで囲まれたみたいに『邪気』が素早く動いてる。なのに、目視で確認出来ない⋯⋯。君の後ろで君を盾に使っても背後からザクリ⋯⋯がオチさ」
世中の視点からは、高速で自身達を取り囲むようにグルグルと商店街に並んだ店舗を行き来しているようであった。
しかし姿が見えず、何が動いているのか、確認が付かない。
「なら、どうすりゃいいって言うんだ?指咥えてお終いか!えぇ?!」
世中は上を見上げた。
暗雲立ち込めた空は晴れたり曇ったり、また晴れたりを繰り返す街の上空を睨むように見つめる。
(天窓の日差しから漏れ出る光の屈折⋯⋯という訳では無さそうだね。特定の物⋯⋯水、衣服?それとも⋯⋯鏡。だとしたら厄介だ。このご時世に鏡が無い店なんてない。窓もショーケースも対象だからこれ程早く動けるのか⋯⋯。だが、どうして床に散らばったガラスを使わないんだ?───!そうか、この『怪異』は⋯⋯⋯⋯)
一つの結論に辿り着いた世中は正面を見て伝えようと口を開く。
「世中!後ろや!」
だが、突如として何処からか伸びた黒い手に身体を掴まれた世中。
身体は締め付けられたように身動きの取れなくなった世中はそのまま引き攣り込まれるように地面に身体を擦りながら近くにあった薬局屋に向かって行った。
「うわぁぁッ!」
「何!?やらせん!」
間に合う、そう確信して長剣を黒い手に目掛けて向かわせた。
だが、危険を察知したように急激に速度を上げた手は世中を引き摺りながら窓ガラスへと一直線。
「速ぇ!」
背中から窓ガラスの中に入る。
波紋のようなものがガラスの表面に浮かび出し、翔越と笑撫は唖然とした。
窓ガラスの縁を掴み、ギリギリの所で止まった世中の身体は既に顔と首以外がガラスの中に浸かったようになりながらも口を開く。
翔越が手を伸ばし、笑撫が駆け寄ろうとする中、世中は首に巻き付かれた黒い手により、掠れさせられた声で目一杯に叫ぶ。
「翔越、笑撫、正体は【鏡】だ!場所は反射角で───」
水滴が水面に滴り落ちたような音が響き渡り、波紋だけを残して世中は消えた。
ガラス窓に手を当てた翔越。
普通の窓ガラスの感触、波紋も水面の音なんて鳴りそうにもない変哲のない感触に拳を握る。
「っ!最後まで言えよ!」
「⋯⋯⋯反射角言うてたな。つまり、二枚以上のガラス無いと効果発揮出来んっちゅう事やな」
辺りを警戒しながら、翔越を世中が取り込まれたガラスから離すように腕を引く。
思わず落とした武器を拾い直した翔越は、無精髭を手で擦りながら笑撫の前に位置着いて、警戒を始めた。
「なんでそれが『怪異』になれるんだよ⋯⋯」
「鏡同士を向かい合わせにしたら、異世界行くとか言うやろ?世中の言いよった反射角ってのを計算に入れて探さなあかんな」
この商店街はそれぞれ真正面を向くように店が並んでいる。
多少のばらつきこそあるものの、ジグザグに鏡越しで何処でも見れる仕様。
翔越はその商店街の中から一箇所、ガラスが締め切っている店を見つめ、その一個前にある電化製品を取り扱っている小店を見つめる。
「⋯⋯⋯なら、叩き壊すのみだ!」
意気込んだ翔越は長剣を構える。
「待たんかい!」
「なんだ!」
荒立てた声を発して背後から制止の声を掛けた笑撫を睨む。
世中が鏡の中に取り込まれた、これは戦力的な喪失もさることながら、翔越に動揺を与えていた。
見知った人間が目の前で消えた。
翔越にとっては衝撃的な事であり、何時もの調子のままでいる笑撫に懐疑的にすらなっている。
しかし、笑撫とて容認し難い事であるのに変わりない。
「メッチャ簡単な方法、あんで?」
ポケットの中から取り出した物を翔越へと見せた笑撫は不敵に笑う。
「それは⋯⋯⋯⋯正気か?」
疑心感が募り出した翔越は思わず口にする。
鏡に対しての対抗策が今は誰でも持っているものに委ねるというのだから、引き攣った顔にもなるだろう。
「何言うてんねん。⋯⋯⋯妹死んだ直後やで?正気な訳ないやろが、ダボ」
威圧感増し増しで口にした笑撫はそのままポケットから取り出した物を前に構えた。
反撃は──ここから始まる。
━ ━ ━
各々が各自に『魔法士』と対抗し、拮抗⋯⋯している訳では無い。
対策のしようが殆どない『怪異』とて存在する。
北地区では突如、黒い斑点がある細くて長い木々が増殖を始め、半径五キロを埋め尽くしていた。
そして、人の悲鳴は尚も連鎖的に響き渡る。
「がァァァァァァァ」
「なんだ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
取り込まれ、人の形を失った『除者』は新たな【パンド】として蘇り、聳え立つ。
まだ三メートル程度の短い木々ではあるものの、既に喋る事も自立して動く事も叶わない彼らを呆然と見つめるだけのウィリアムは煙草を胸ポケットから取り出して、煙を吹かす。
「だから言ったんだ、日本人。⋯⋯⋯⋯俺達には敵わねぇってな」
最も大きな大木、全長二十八メートルもの長さを誇るその木に背を凭れさせながら、徐々に養分を吸うように空へ向けて大きく、長くなっていく『人だった木々』の成長を見守る。
日本の環境下では育たない、世界最古の単一生命体であり、アメリカにて広大な面積を埋め尽くす『パンド』と呼ばれる木の『怪異』は今も『空弩街』で成長を続けている。
そして、東地区では静かな羽音を鳴らしながら、赤い瞳が宙を飛び回っていた。
その数──たった一匹。だと言うのに、死体の数は最多であり、街の住民は百を超える数で地面に寝ている。
皆が死に絶えていた。
トラックに轢かれてしまったり、落ちてきた瓦礫に潰されたり、渡ろうとしていた道路に急な亀裂が走り、真っ逆さま。
真紅の瞳、黒い体毛と蛾のような翼を生やし、ネズミにも似たか細く高い高音を口元から鳴らしながら今尚上空を滑空しながら街に居る人々を殺しに回っている。
「ええい!厄介な⋯⋯⋯」
杖を大きく地面に叩き付け、二メートルもあるその『化け物』を見上げた笠辺刀臣は顰め面を浮かべて口にした。
現在『笠辺家当主』の笠辺刀臣も戦地へ赴き、交戦しようとしていたのだが⋯⋯連れていた部下数名は突然起きた事故のようにガードレールが地面から外れて突風に流された先にある頭部をに直撃して死亡。
トラックが引火し、近くにあったテナントビルの窓ガラスが砕け散り顔面や上半身に突き刺さってしまい戦闘不能となったりと、散々であった。
刀臣には宙で赤い瞳を輝かせて飛んでいる存在が原因であると判断し、急ぎ近くの建物に身を潜ませ視覚から外れた訳だが⋯⋯勝つ為の手立ては一切無い、それが刀臣の現状である。
「ご当主ッ。如何様に?」
残り二人となった部下は未だ健在。
彼らは身も心も全て『笠辺家当主』に捧げている身。
それを理解し、納得しているからこそ刀臣は様々な考えが過ぎった。
「ここでお主らを犠牲⋯⋯と言いたいが、数限りがある命⋯⋯⋯。幸い、あの微かに聞こえる羽音を聞く分には問題は無いと見た。じゃが⋯⋯」
杖を強く握り、曲がった腰に鞭打つように、手で少し叩く。
「沙耶様から刀を返上なされれば宜しいのでは?さすれば、ご当主でもあの悪霊百鬼の輩を倒せます」
「その沙耶が単身で向かってしまったのじゃ、居所も知れぬ。あやつの事じゃ『怪異』と遭遇して戦っておるじゃろうが⋯⋯。こちらはよもや、不運を呼ぶか⋯⋯」
実力勝負という名目において『除者』が負ける可能性は低いのだろう。
だが、相手は『怪異』であり、様々な多種多様な性質や能力を持つ。
その中でも手立てを立てる前に見られるだけで不運を呼び込まれてしまい対処する前に駆除されてしまう現状に打つ手がないと歯を噛み締めた刀臣は倒壊しかかった建物の中から出てきた男を睨んだ。
「どうした?来ないのか?」
黒人男性でサングラス外したブリークだった。
『キュルルルルルルルルル』
「いい子だ。このまま被害を拡大させて、トップ記事に飾るまで頑張り続けろ」
男の目的も不明瞭であり、敵の弱点も看破出来ない。
刀臣は叫んだ。
「ええい!」
杖を少し捻り、取っ手を引く。
取り出したのは細い剣身をした剣であり、恨めしく隠し刀と呼ばれる物を睨んだ。
武器はこれのみ。身は老体となり関節が痛む事この上ない。
しかし、やるしかなかった。やらなければ殺られるのは自身である。
──逃げる事は意地が許さずにいた。
「斬れ味は大いに落ちるが致し方な──っ!」
隠れていた建物の壁が突然、音を立てて崩れ始めた。
刀臣が目を見開き動揺しつつも、大きく身体を横に転がりながら剣を振りながらも距離を取る。
だが、回避行動を取れたのは刀臣のみ。
「ご当───」
「───ほわぁぁぁぁッ!」
部下として連れていた最後の二人は崩れ始めた建物の壁に押し潰されてしまい姿が見えなくなってしまっていた。
「ぅうう、なんという事じゃ⋯⋯」
茶色と灰色の煙が立ち込める建物の上空には赤い瞳を一心不乱に左右に振りながら呻き声を上げる『化け物』が一匹。
『ギュュュュルルルルルル』
「チッ、爺め。【モスマン】の羽を⋯⋯」
『化け物』の大きな翼は一枚、確かに欠けており、体毛には傷が付いていた。
それに憤りを覚えたブリークは回避行動を取ったばかりの老人を睨む。
「俺の【モスマン】に⋯⋯⋯⋯⋯クソがァァァ」
【モスマン】──蛾のような形状をした翼と腕のない黒い体毛に覆われた身体をしたUMA的存在。
1966年でアメリカで目撃情報が出始めてから度々目撃されている存在であり、今尚、似た情報が舞い込んでいる。
赤い瞳に見つめられると不幸が訪れる。
そう言われ続けた『モスマン』は可愛い見た目のものからゴツイ体格をしたものまでゲームや漫画にも登場し、多種多様。
だが、この街に居る【モスマン】はあくまでも『怪異』であり、本物とは少し異なる。
特徴も人から言い伝えられたものであり、能力も同様。
ただ追い掛け、赤い瞳で睨みを利かせて命を奪う存在である。
「爺⋯⋯。俺直々に殺してやるッ!」
「やらせんよ。若造」
杖の柄を強く握り締めた刀臣は黒人男性のブリークへ大きく前進して剣を構える。
【モスマン】は今現在、怯んでいると判断し攻めに転じたまでの事。
だが───。
「っ!?」
テナントビルの屋上に掛かっていた看板がなんの前触れもなく突然外れ、刀臣目掛けて落下しようとする。
それを回避し、ブリークへと身体を向けた時には既にブリーク本人は目の前に迫っており、強く握られた拳は刀臣の肺を圧迫した。
「っのののぉぉぉぉ!!」
「くたばれ、爺!俺は隠居しねぇ出しゃばりが死ぬ程嫌いだ!」
激しい一撃は老骨に響く。
大きく打ち付けられた拳は直撃し、後方にある曲がったガードレールに背を叩き付けられてしまい、既に横たわった人の上に乗るように倒れ込む。
「ッ!⋯⋯⋯これだから、街を荒らす者は好かんのじゃ⋯⋯⋯。ッッ!」
立ち上がった刀臣。その細い腕と脚は筋肉が悲鳴を上げて僅かに震えている。
だが、ブリークは何処か圧倒された。
皺が顔を覆い、髪はなく、羽織った薄緑色の和服は血で濡れている。
昔の自分ならば負ける事は無かった、そう言い聞かせるようになって既に十数年。
腰を痛め、老眼となり、歯も数本抜けて、常に脚を痛めている中、刀臣は立ち上がり一言。
「⋯⋯⋯⋯地獄を見せようか、小童ァァ」
隠し刀を地面に突き立て、真っ直ぐとブリークを睨むその姿はまさに修羅の如き立ち振る舞い。
ブリークは後退りしつつ、頼みの綱である【モスマン】を見つめる。
冷や汗は絶えず流れた。老人の一挙手一投足に思考が巡らせる状況下に落ちたブリークは息を呑む。
その一方、中央地区は最も静かな場所と化していた。
電波塔では今、マイヤが帰還して婚姻の儀式が執り行われている真っ最中。
唇を重ね合わせ、空間は祝福の鐘が鳴り止まず。
曇天の雲は徐々に陽射しを齎していき、次への伏線を貼っていく。
淡い光が風穴が空けられた電波塔から漏れ出ている。
誰もそれに気を留めない。
何故か?────誰も居なくなってしまったからだ。
放たれた雷により、逃げ惑う人々は黒く焼かれ、啄まれた臓器は肉体から垂れ下がり、中には鉄骨が突き刺さった状態の者すら居る惨状である。
プルトンはそんな惨状を、理想郷を築く為の生贄、そう口にして嘲笑い、マイヤは擬装のウェディングドレスを身に纏いながら唇を噛む。
投げ落とされたブーケ。本来儀式に必要の無い物であるが、プルトンがマイヤが昔言っていた要望に答えて買ってきていた。
それを曇り空が大いに広がる上空から地上へと、放物線を描くように投げ落としたマイヤの目からは涙が零れていた事をプルトンは気付かない。
そして、その二人の邪魔をされないようにと、警護を頼まれているワノルは渋々承諾して、中央地区の真ん中に佇んでいた。
「支柱を守る意味、あるのかね⋯⋯。正直もう意味なんて無さそうだが⋯⋯」
既に辺りでドンパチしている音は鳴り響き渡っていた。
自身も加勢に行った方が今回の作戦は大いに成功確率が跳ね上がると信じているワノルは欠伸をしながら、地面に突き刺さっている黒い釘状の物を見つめる。
大きく溜め息を吐き、つまらなそうに転がった遺体を脚でつつきながら辺りを見渡す。
「ん?⋯⋯⋯子供?」
黒い髪の先端が赤色の小学生かそこらの女児が佇んでいた。
黒の可愛らしい洋服を見に纏い、白いサンダルを履いている女の子の視線は上空にいるワノルが呼び出した鳥類へ向かっている。
「⋯⋯⋯⋯俺達に子供が居たら、あのぐらいだったのかな⋯⋯」
将来を誓い合った女性は薬に溺れて、自分とは違う男の子供を身篭ったまま自殺した女性を思い返してしまい、少し寂しそうに佇む子供を見つめた。
皆、誰しも不幸になりたい訳ではない。
皆、誰しも幸せが欲しくて、ワノルは自分の預かり知らぬ間に愛しの存在諸共地獄に叩き落とされてしまっていた。
腕には女が暴れた際に付けられた刃物の傷が今でも残っている。
捲ったジャケットの袖はそれを隠す為の物。
(子供に⋯⋯罪はねぇよな)
たとえ国籍が違えど子供という存在に変わりはなく、上空を滑空しながら旋回して、警戒を怠らない鳥類も子供だけは殺さないように銘じてあった。
一種の自己満足であり、どこまでも理解されないと分かっていながら、ワノルは佇む少女の方へと歩き出し声を掛けた。
「⋯⋯おい、お嬢ちゃん、ここは危険だぞ」
「⋯⋯あなたね。あの怪鳥の主は」
「え?」
心臓をギュッと掴まれた感覚がワノルを襲う。
冷や汗が流れ始めた。
鋭い目尻、凍り付かされると錯覚しそうになる程の凍てつく視線はワノルへ向いた。
その子供は子供と言うには何処か大人びていて、声一つで身体は硬直させられてしまい、ワノルは一歩、身を引く。
「悪い事は言わない。今すぐ手を引いて」
捨て台詞を吐き、何処かへ向かおうとする少女。
「おい、お嬢ちゃん!⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんだ⋯⋯あの子⋯⋯」
伸ばした手は震えている。
顔は強ばり、とても子供相手に話し掛けるような表情をしていなかったワノルは唖然としたまま、佇む。
「⋯⋯⋯いけねぇ。ボーッとしちまってた」
ハッと我に返るワノルは急ぎトランシーバーを取り出して、口を開く。
作戦はまだ続いている。突然【悪魔の王】が消え去ろうとも、【紅蓮の龍】が飛翔して行方を眩ませてしまおうとも、ワノル達の理想までの道のりは続いていた。
それを完全にする為の提案。それを述べた。
「プルトン、中央に人は居ない。加勢に向かう」
静かに述べたその意見、提案の答えを聞くよりも早く右手を翳して手首を前後に振る。
これが合図であり、唯一の命令。
大きく翔かせた巨大な翼は落ちていた瓦礫を訳なく吹き飛ばしていく程の風を齎して、ワノルの前で屈む。
背に跨り、目指す位置を指差す。
たったこれだけで『契約』している巨大な鷲は全て理解して、屈強な脚をバネのように用いて宙を翔かせていく。
━ ━ ━
「舞喜ぃぃぃぃ!何処だぁぁぁぁぁぁ!!」
叫声を上げながら、僕は呼んだ。
まだ今日一日、姿を全く見ていない妹の名前を必死になって。
辺りは火事の後のように黒く焼けていて、街の象徴となっている電波塔を目印にしか現在地を判断出来ないぐらいに街並みは崩れ去っていた。
「舞喜ぃぃぃぃぃ!返事をしてくれェェェェェ!居るなら、返信をっ!ゴホッ、ゴホッ!」
咳き込んでしまう僕は大きく息を吸い、吐く。
肩から息をする僕は膝を着いてしまい、俯き、地面目掛けて手を叩き付けた。
「クソっ!クソっ!クソぉぉぉぉ!なんだよ、なんなんだよッ!!」
何も出来ない。もし、舞喜がなにかに巻き込まれてしまって、死んでいたら⋯⋯⋯⋯すぐ前で倒れてしまっている人達のようになってしまったら。
考えるだけ無駄なのは分かっていて、何故か思考が止まらない。
「ぁぁぁぁぁ〜〜。何が起きてんだよ。何があったらこんな事になるんだよぉぉぉ⋯⋯⋯」
「────准!!だいじょぉぉぉぶかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕を呼ぶ声がした。思わず、その左方向から聞こえる声に従い顔を向けた。
二人のシルエットが見える。
一人は大きく手を振って、こちらに呼び掛けるような奴。
もう一人は走りすぎてフラフラになっている奴。
その二人が煤に汚れながら、膝に血を流しながら、僕の所まで来てくれた。
「大丈夫?!桐江くん!?」
「睦生、祟良把。なんで?⋯⋯いや、生きてて」
僕は正直、こんな惨状下で生きてる事の方が奇跡に誓いと思っていた。
僕は二人の元へ這うように近付くと脚にしがみつく。
「当たり前だろ。勝手に殺すなよ」
「学校抜け出して探しに来たの、せ、正解だったね」
今日は平日。学校の登校日があって、僕のような奴以外は基本的に朝から学校の校舎に居なければならない。
けど、二人はわざわざ抜け出して探しに来てくれたようだった。
それがまた少し嬉しくて、涙が出そうになる。
「⋯⋯⋯准、六華を知らない?昨日から帰ってねぇんだよ」
けど、睦生の言葉によって涙は引っ込んだ。
僕は見ている。六華が口から何かを吐いて、攻撃した様子も異様なぐらいの笑みで敵なのか味方なのか分からない男の人の元へ向かって行った様子も、何もかも。
完全に姿を消して、何処に行ってしまったか分からずにいる中、一つの疑念が残った。
『睦生六華』はあの男に殺されてしまう、というものだ。
あの黒い巨大怪獣を難なく倒す姿から、何故か負けるイメージが付かなかった。
圧倒的で余裕の笑みすら浮かべていたあの男と六華が相手になるか⋯⋯⋯⋯正直、不安もある。
「⋯⋯⋯⋯知らない」
仮に六華が死んでしまったら、睦生が悲しむ。
だから、僕は知らないフリをした。
逃げるように言葉を濁しながら、そう告げた。
「そうか⋯⋯⋯⋯いや、今はいい。お前が無事が良かったよ。電話出ろよな?」
「え?⋯⋯⋯⋯あ、悪い」
「いいよ、いいよ。それより、お前も誰か探してるのか?」
「⋯⋯⋯妹だ。何処にも居ないんだぁ。⋯⋯⋯昨日の夜、喧嘩したっきり、帰ってきてないんだ⋯⋯」
何時もの街なら警察に一声掛けて、連絡を貰えば駆け付ける事も出来たろうが、もうそんな事は言ってられない。
皆が皆、生きている人は混乱の中に居て、僕の為だけに何処にいるか分からない妹を探してくれる筈もなくて⋯⋯。
ハッキリ言えば、もう諦めてしまおうとも考えていた。
朝から探し始めてから随分経つ。
身体は疲れ切ってるし、地面に打ち付けられた身体は悲鳴を上げてる。
もう、終わってもいい気がした。
「⋯⋯⋯なら、探そ?私達も、が、頑張るから」
けど、祟良把の一言で僕は顔を上げて、二人を見る。
「学校は基本的に避難所になる。妹さんって、中学生か?」
「あ、あぁ」
この二人は僕という迷子を探した実績がある。
だから、心にゆとりのようなものがあって、きっとそれは心地の良いものなのだろう。
「なら、急ごうぜ、何処の中学だ?」
「東地区の外れにある、学校だ⋯⋯」
「オッケー!じゃあ目指そう」
僕を立ち上がらせた睦生は僕以上にやる気になって、祟良把が僕の身体を見つめて、服に付いた汚れを払ってくれる。
「怪我は?」
「大丈夫、ありがとう。二人共⋯⋯」
「良いよ別に。とりま、探すから急ごうぜ!あ、六華の事も頼んだぞ?」
「⋯⋯⋯⋯あぁ。分かった、分かってる」
六華も生きてて、舞喜も無事だと、そう思い込む事にした。
高望みで、何処か他人事にしたくて堪らないこの感覚をグッと抑え込んだ僕は瓦礫の山となっている道とは別の道に進む。
東地区の郊外付近にある妹が通っている学校までは、まだ距離はあるし、自転車も何処かへ飛んで行ってしまった中、信号も機能していない街を僕達三人は駆け出す。
すると、身体を大きく震わせる程の振動が鳴り響く。
思わず、身を屈んだ僕達は徐々に静まってはまた鳴り響くその音に恐怖心が鳴り止まずにいた。
「⋯⋯⋯!凄い音したよ?!」
「バカでかい、太鼓みたいな音だったな⋯⋯⋯⋯。何が起きてんだよ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯上だ」
僕がそう呟き、二人が上空へ顔を上げた。
見上げた先には本当に小さくてなにか居る程度の認識しか出来ないものが二つ分、宙で激しく接近したり、一方が飛ばされて、もう一方が追い打ちでも掛けるように急接近したりしている。
「なんか、小さいのが居るな?アレが?まぁ、こんな状況だから、何起きても不思議じゃねぇけど⋯⋯」
「なんだか、奇跡のような世界みたい⋯⋯⋯」
「⋯⋯急ごうぜ!」
「⋯⋯あ、あぁ」
僕達は上を見上げるのを止めて、中学校へ向かった。
二人の後方に居る僕は上空で激しくぶつかりあってるその様子に不安が止まらなかった。
やられているのは六華である。そう、何処かで結論付けていたからだ。
人を殺して、荒々しく、人のそれとは全く違う攻撃手段を持った赤い髪の女の子。
前方で一緒に妹を探してくれている男の妹で『龍』の女の子。
上空で行われている二人の戦いに目が離せずにいた。




