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この街は今日も語る  作者: 紫芋
Spring hour 桐江准は普通でありたい

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春の一節

准くんの態度、性格は仕様です。その為苛つく描写がこの章に限り、かなり多いですよ。


それでは、全部のきっかけの話をどうぞー。

『空弩街』──関東方面にある日本だと三番目にデカイ街で、世界基準だとカスみたいな面積な街だ。


 よく人は『日本は小さな国』と称するが、比べている中国だったり、ロシアだったりが広大過ぎるだけで、日本はコレでもヨーロッパと肩を並べられる程の大きさはあるし、世界基準だと中間ぐらいの大きさの国である。


 そんな日本産まれ、日本育ちの僕はこの春から高校一年生になった。


 母親が散々勧めてきた等区高校と呼ばれる『空弩街』の中央地区に位置するお坊ちゃん、お嬢様高校という進路を半ば無理矢理蹴っ飛ばして、僕は平凡な高校に入学することを選択。


 だって、普通が一番でしょ?


 僕は一流とか、上流階級とか、そう言うのは好まない。


 住む部屋は五畳半くらいの小さな空間に手狭ながら手が届く範囲で欲しい物がある、そんな感じのが良いと思えるし、美人さんと付き合いとか夢自体はあるが、現実的では無いだろう。


 この父親似の気怠げな顔に母親似の目付き、平凡な格好に、平凡な体格。


 それで美人な彼女が欲しいとか、友人が出来てそれを伝たとしても鼻で笑われるのは必須だ。


 だから、僕は普通で良い。


 ⋯⋯⋯『普通』が良い。


 バスに乗り始めてから既に二十分。


 既に同じ学校の生徒がバスの中にもチラホラと居る中、窓の外にもチャリで通学なり、徒歩での通学なりで忙しない様子を見せる生徒で溢れている。


 何気なしに窓を見飽きて、何気なしにスマホの画面で時間を確認。


『八時十分』──全然間に合う。


 後少しで着くだろうし、今日は入学式というのもあり、早めでも悪くはない。


 明日から徐々に到着時間が遅れて行くのだろうけど、間に合えばそれでいい。


「あの⋯⋯席、代わり、ますよ?」


 そんな善行の様子が目の前で繰り広げられた。


 バスの乗車口からすぐの椅子、座っていた女子高生がおばあちゃんに席を譲るべく席を立った。


「あぁ、ごめんね?ありがとう」


「い、いえいえ」


 大袈裟に手を振って律儀に会釈までしたその女子生徒は現在バスの中での人気者。


 視線がチラホラと彼女の方へと誘導されたように進んでいく。


 席を譲るなんて行為、僕はした事がない。


 いや、する機会が無かったというのが適切だろう。


 バスだって一人で乗ったのは十歳ぐらいの時が最後だ。


 今ならば、おばあちゃんが奥までやって来て僕相手に、代わってくれ、と面と向かって言ってくれれば代わるだろうが、多分そんな機会は訪れない。


 吊り革に手を掛けて、一人本を読み始める女子高生。


 読書家、と呼ばれる者だろう。


(遅れてるな⋯⋯)


 現代では紙媒体で読むよりも、スマホやタブレットで読む電子書籍の方が手短な感じがするし、荷物もかさばらないという優れもの。


 なのに、敢えて紙媒体で読むなんて⋯⋯。


 電子書籍化されていない本だったりするのだろうか。


 そんなにマニアックな本なのか?!


 僕はあぁはならないようにしよう。


『普通』と言うものに『マニアック』なんてものはいらない。


 求めるのは平凡で、普通で、当たり前。


 それ以外は浮いてしまうだけだ。


 そうこう考えているうちに、気が付けばバスが停車して、人が降り始めていた。


 目的地の学校前のバス停に着いたっぽい。


 バスに乗車していたおよそ九割方が僕と同じ高校の学生。


 残りは先程席を譲られたお婆ちゃんと最前席で座っている若い男性ぐらいのもの。


 運転手の横にある精算機のようなものに小銭を入れてバス停に降りると、既に乗っていた皆は学校へ向けて歩き出していた。


 僕も立ち往生なんてしていられない。


 向かわなければならない、そう思って脚を踏み出した時、バス停に設置されている背もたれのない茶色の椅子の下に空色というか薄い青色というか、薄い生地で出来てそうなハンカチ落ちていた。


「⋯⋯?」


 落し物、なんて言うのはすぐ分かる。


 辺りを少し見回しても誰も何かを探す素振りを見せていない。


 つまり、この時間帯に落とした物では無いという事になる。


「⋯⋯⋯⋯スルーだな」


 鼻で一蹴して、その場を過ぎて行く。


 僕にとっては重要じゃないし、誰の物かも分からない物に適当に触るのも、衛生的に勘弁したかった。


 普通はそうだろう。


 皆、危機的な事からは逃げたいし、関わらなくても良いと思っているならそれは避けたい。


 当たり前の事。


 だから、僕はそのまま歩道を歩いた。


 バス停から学校までは徒歩十分圏内。


 桜の木が車道側にポツポツと並んでいるのに、どうしてか綺麗に見えない。


 空は生憎の曇り模様。


 そのせいか?とも思ったが、元々桜含めて木々なんてどれも同じに見えるし、どうでも良い。


 一本バッサリ切られていても、多分僕は気付かないで一生を過ごす自信がある。


 その程度の認識で、その程度の価値観。


 少し斜面が上向きの坂をいい加減な歩幅で歩いていく。


 反対ならどれほどいい事か⋯⋯。


 早く下校時間にならないかな。


 車も比較的に通らず、信号や交差点の類いが少ないこの道は歩行者に優しくないのかもしれない。


 何せ、反対車線に行く為の信号があまりにも遠いからだ。


 とはいえ、出店や施設のようなものも少ないのは確かで、今通っている歩道も右側を見れば、家、家、家と住宅街三昧。


 角を曲がり、ようやく高校の敷地内が見え始めた頃に、初めて信号があり、行き遅れた者は待つ羽目になり、一足先に歩いていた者は反対側の歩道を歩き、学校の校門を目指す。


 肩に掛けた鞄を担ぎ直して、信号が青になるのを待つ。


「あれ?どこ行ったんだろ?」


 僕と一人の男子生徒がガサゴソと鞄を物色しながら小さく呟き声を出した女子生徒の方を見る。


(あの子、さっき席を譲ってた子だ)


 読書家の女の子。


 見るからに本好きなのが分かる見た目というか、二つ結びでお下げの髪型、丸眼鏡の内側に見える目付き、弱腰だと主張するように曲がった腰は、私は頼りないからね、と言いたげな程に覇気を感じさせない。


 信号待ちの中、僕の前で立っている男子生徒は、そのすぐ横に居る女子生徒に勇敢にも声を掛けた。


「なにか、探し物?」


「え?あ、あの⋯⋯⋯⋯、ハンカチ⋯⋯を。お、落として」


「ハンカチ?どんなの?」


「薄い青色で、その、端に⋯⋯⋯⋯蝶の刺繍がされて、ます」


 僕は溜め息を吐きそうになって、口元を抑えて、欠伸をしたフリをする。


(それ、さっきのバス停にあったやつじゃないか?色は同じだったけど、刺繍なんかあったか?)


 折り畳まれた状態で落ちていたその布切れ。


 もしかしたら、刺繍がある部分が丁度隠れたのだろう。


 脚元を付近から少し離れた場所を遠巻きで確認していく男子生徒は懸命であり、女子生徒の方は何処か覚束無い様子でキョロキョロと辺りを見回していく。


 すると僕と目が合い──すぐに視線が切れた。


「ここには無いね。もしかしたら、歩いてる時に落としたのかも」


「あ、バスの中⋯⋯とか?」


「ん、かもね。じゃあ、バス会社に確認して貰わないと」


 トントン拍子に話が進む。


 どの道、ハンカチなんて盗む馬鹿なんて居ない。


 落ちているハンカチにどれ程の価値があるってんだ、という話だ。


 僕が拾わなくても、どうせこの子の手元に返ってくるのは間違いない。


 だってバス停に落ちてるんだから、嫌でも見つけられる。


「そのハンカチ、大事なものだったりするの?」


「亡くなったお婆ちゃんから、その⋯⋯貰ったもので、はい」


 僕は絶句してしまう。


 そんなに大事な物だったのかと、思わず引き攣った顔をしてしまう。


「そっか、見つかるといいね」


「はい!」


 そう言い慰める言葉を掛けた男子生徒は朗らかな笑みを浮かべてみせた。


 ⋯⋯いや、大事なもんなら一回引き返せよ。


 学校は毎日あっても、それは一個しかねぇだろ。


 急ぎスマホで時刻を確認して見ると『八時二十五分』と表示されており、登校時間は後十分で終わる。


 今引き返しても完全に遅れるのは目に見えていた。


 ましてやこの二人に声掛けて、バス停にあったよー、なんて言っても、色しか合っていないハンカチの為に十分前後掛かる道を戻らせるのってどうなんだ?


 既に信号は青色で二人は進行を渡って前を進んでいる。


 僕だけがまだ⋯⋯⋯⋯立ち止まっていた。


「まぁ、見つけてその時拾わなかった僕の落ち度だな⋯⋯」


 二人が遅れるか、一人が遅れるか。


 天秤に掛けるまでもない。


 気付けば、僕は踵を返して走っていた。


 前を歩いていた二人は傍目から見えていたのか、不思議そうに僕を見ているが、そんな事はどうでもいい。


 鞄が邪魔で走り辛い。


 でも、持っていないとそれはそれで変な訳で、嫌な悪態を付きそうになる。


 曲がり角を通ろうとすると、数人の生徒とぶつかりそうになった。


 特に茶髪で、ぼさついてんのか、寝癖なのか、セットしてんのか、イマイチよく分かんない女子生徒とぶつかりそうになった。


 顔は大して見ていない。


 けど、文句を言いたそうな口元だけが見えていたが、構っていられない。


「すまん」


 そう振り返らずに言った僕は再度全速力で走って行く。


 疾走と言うには遅く、迅速と言うには生ぬるい判断の遅さに嫌気がさす。


「あーー!電子書籍買えよなぁぁぁぁぁ!」


 後で絶対、同じ文句を言ってやる。


 そう心に決めて、僕はバス停まで脚を止めずに走り抜いた。


  ━ ━ ━


 昇降口前の扉にデカデカと張り出されたクラス分けの表を急ぎ確認した僕は下駄箱に靴を入れ、上履きに履き替えると猛ダッシュ。


 既に脚は疲れが見え隠れしていて、上げる度に重く感じる中、『一年一組』の教室の扉をそっと左手開けた。


 一斉にコチラに向かって来る視線は僕を少したじろがせて、入学初日から遅れてしまったという恥ずかしさを誤魔化すように顔は下を向けてしまう。


「来たな?入学初日から遅れるなんて。やりやがるな」


「あ、あはは、どうも」


 睨みを利かせるように真っ直と視線が向けられた。


 そのスーツ姿の男性教師は徐ろに廊下側にポツンと空いている席へ指を差す。


「お前の席はそこの空いてるやつだ。荷物をロッカーの中に入れて座りなさい」


「は、はい」


 まぁ、教師としてここで怒らなきゃならない、というのは真っ当だし、理由等が聞かれなかったのは少し物悲しさのようなものもあったが、それでもいい。


 人目が気になる中、急ぎ空いたロッカーに鞄を放り込んで、指定された席へと腰掛けた。


 話もそこそこに僕達は前に立つ担任の『府川先生』に誘導される形で廊下に移動。


 何処かワクワクする感覚が胸中を騒めかせながら、そのまま列を作って体育館へと脚を運んでいく。


 多少、話し声にも似たヒソヒソ声が聞こえる。


 中学の友人でも居たのか、教室に入ってすぐ打ち解けたのか、仲良さげな声が耳に入っていく。


(完全に僕は逃したな⋯⋯⋯⋯)


 まぁ、友人がなんて自然と出来ていくだろう。


 そう投げやりな感じにも近い感覚でいた僕は声のする方向へと振り返る。


「?!」


 信号前でハンカチ探しをしていた男子生徒とそのハンカチの主である女子生徒が話し込んでいた。


 まさか同じクラスなのか。


 ⋯⋯⋯⋯奇跡にも近い確率引いたんじゃないか。


 いや、無いな。


 奇跡なんてものがあるなら、僕の親が突然死にでも遭って欲しいぐらいだ。


 けどそんな事、叶う訳がない。


 願うだけじゃ駄目で、取り繕うだけじゃどうしようもない、それが人生だ。


 親の事はもう、諦めてる。


 蟻の行列のように隊列を乱す事なく階段を下りていく。


 統率性の取れた理想的な軍隊かのように。


 向かう場所は体育館。


 新入生を歓迎しようと飾り付けが成されたその空間には、既に二年生、三年生が集まっていて、合図と共に一組から三組までの一年生が順々に体育館に脚を運んで行く。


 僅かに籠った空間の熱は熱狂と言うには生温い。


 しかし、歓声にピッタリな拍手の嵐が耳を劈く。


 登壇した校長先生の有り難い話を長々と聞く僕達。


 マトモに聞いている人間は居るには居るだろう。


 しかし、数日もすれば忘れるのも事実で、つまらなさそうにする者が居ないだけマシに思えた。


 ようやく校長先生の話が終わり、在校生代表の生徒が登壇し話を始める。


 紙を広げて、マイクを立てている傍でそれを読み上げる声には活発性が見受けられ、読み終える頃には欠伸をしてしまっていた。


「続きまして。答辞。新入生代表挨拶、幸坂浩太郎くん」


「はい」


 新入生代表と言えば、入試とか面接とかで優秀な人間に任される事があると聞く。


 つまり、呼ばれた幸坂と言う男が今年の一年でナンバーワンを勝ち取ったという事に他ならない。


(よ!日本一ッ!)


 なーんて心で鼓舞してみるも、実際のところどうでもいい。


 ガタンッと音を微かに響かせながら登壇する男子生徒。


 眼鏡をかけて、小柄な身長と体格も合わさって、如何にもガリ勉野郎な感じがする。


 あぁはなりたくないかな。


 勉強以外になにか零れ落としてそう。


 瞼を閉じて、もうすぐ終わる入学式を聞き流ししていた。


 この後、HRを済ませて帰るだけ。


 友人ゼロ、知り合いゼロ⋯⋯ではないが、それでも居ないのとさほど変わらない。


 式の為だけ学校に行くという行為が無駄にすら感じるものの、じゃあオンラインで済ませたいか、そう問われると首を傾げてしまいたくなる、そんな行事は幕を閉じた。


 教室に戻るや否や自己紹介が行われ、出席番号順とか言う親の都合と教師が裏で定めた基準により構成されたガチャ要素に詰まったクソ仕様によって、僕は八番目に立たなければならなくなった。


 正直、自己紹介なんてマトモに聞いてる奴がいる筈がない。


 仮に居たとしてもそんなの暇潰し程度のもの。


 言い換えたら、お前の存在って私にとっては暇潰しだから〜、と言われているようなものだ。


 体調不良で逃げたい⋯⋯。


 語れる内容も無いし、名前言って出身中学でも言えれば満足だろうに、担任はあろう事か「趣味と嫌いな物を言え」と損も得もしない条件を出しやがった。


 出会ったばっかの人間の自己紹介を聞いて、趣味合う〜、とかなるか?


 あぁ、あと一人だ⋯⋯。


 皆が赤裸々に語っているのかも分からない現状、コチラも嘘を吐いて適当に済ませるしかない。


「はい、次」


 来てしまった⋯⋯⋯⋯。


 嫌気もある。どうせなら逃げてやりたい。


 けど、この中で一人何も言わずに去るのはあまりにも異端が過ぎる。


 徐ろに立ち上がり、ゆっくりと背を伸ばしていく。


「えぇと、桐江准です。出身中学は第三です。趣味は⋯⋯⋯⋯」


 ──見つからない。


(趣味?趣味ってなに?真面目になんだ?)


 思えば、僕って何してきたんだろう。


 ゲーム?いや、どっちかと言えばやってるは舞喜であって僕の方じゃない。


 自転車乗るのは嫌いじゃないし、サイクリングとでも言っておくか?


 いや、気取ってるとか思われたらどうしよう⋯⋯。


 つか、ママチャリだからロードバイクでもマウンテンでもない。


 僕の人生、なんなんだろう⋯⋯。


「──趣味は人助けだろ?」


「は?」


 何をとち狂った事を言いやがるんだと、僕は声のする方へ向くと──。


 信号前で女の子相手に探し物をしていた健気な男子高校生がニヤニヤとしていた。


 席的にはかなり後半の苗字なのは分かる。


 だが、僕はソイツの名前を知らない。


「誰が人助けだって?女っ垂らし」


「えぇ〜!ひでぇぇ!」


 クラス内に微かながらの笑みが立っていく。


 和んだ、と言うよりも⋯⋯揶揄われたな、これ。


 結局、趣味は『人助け』で嫌いな物は『虫全般』で纏まって、僕の出番は終わりを迎えた。


 そして、紹介の順番は回っていき、落し物したお下げの眼鏡っ娘生徒へと巡っていく。


 両手を掴んで、前の方で萎縮するように立ち上がったその子は左右に視線を送り、怯えたようにゆっくりと口を開ける。


「た、祟良把《たたらば》杏《あん》です。祟るに良いと手へんに巴と書いて、祟良把です。えぇと──」


 すんごい苗字だな。


 皆も変わった苗字だと思ったのだろう。


 ちょっと笑いが出てしまう者や感心するような素振りをみせる者が大半であり、無反応の者なんて居なかった。


「趣味は読書⋯⋯。嫌いな物は⋯⋯⋯あ、ありません」


 恥ずかしそうに席に着いた祟良把。


 座ると共に俯いてしまい、何処かオドオドとした様子が目立つ中、更に順番は回っていく。


 そして、僕を『人助けの申し子』のように駆り立てやがって奴の出番が回ると、担任が合図をする前に立ち上がり、声を張った。


「睦生嶺二、奉上中出身──て言っても分かんないよね。まぁ心機改めてって言うか、最近越して来た新参者です。趣味は『女垂らし』らしいです。嫌いな物は無し!以上です!」


 僕は睦生の方へ怪訝な視線を向けると、ソイツもコチラへ視線が通い、歯茎が見える程の満面の笑みで返された。


(コイツ、無敵かよ⋯⋯⋯⋯)


 僕は決めた。


 コイツとは馴れ合わないと⋯⋯。


 そう心に深く刻み込むようにグッと噛み締めるようにして、決めたのだ。


「なぁなぁ、准。部活どうする?リストみたいなのにさ書いてない部活作るのも良くない?」


 その筈だったのだが⋯⋯。


 帰りたい気持ちが燻る中、僕は一つの懸念点がある為に教室で少しゆったりしようとしていた時、見境なく僕の座っていた机へ一直線にやって来たこの癖っ毛野郎は知り合って二、三時間かそこら辺で僕に馴れ馴れしく関わろうとして来る。


 勿論、名前呼びも勝手にしてる事で僕は許可してない。


「お前なぁ。誘うのは僕じゃなくても良いだろ?なんで僕なのさ」


「何となく、かな?」


 部活⋯⋯。


 僕だって興味はある。


 サッカー部とか剣道部とかバスケ部とか楽しそうな印象もあるし、文化部でのんびり、なんてのも良い。


 何より、家に帰らなくても良いという口実がこの上ないチャンスにも感じた。


 配られたプリントには部活の総数二十程の名前がずらーっと並んでおり、悩ましいのは事実だ。


 けど、コイツと一緒というのは何故か遠慮したいから、どうぞお先に選んでくれ。


「そう言えば、渡さないの?」


鞄を肩に掛けて話し掛けてくる睦生を顰め面で見つめていると時だった。


まるで知っているとばかりに口にした言葉に僕は少し呆然としてしまう。


「────何を?」


 僕は内心、分かっていながら口にしてしまう。


 既に鞄の中に放り込んでいる為、今からでも渡す事自体は出来る物。


「ハンカチ。落ちてた場所知ってたから、准は走ってったんだろ?」


「睦生、お前──」


「固いなぁ。友人一号として、嶺(・)二(・)って呼べよ〜」


「厚かましいぞ?睦生」


「グハァッ!」


 わざとらしい演技で痛む素振りをする奴を放っておいて、僕は一つ隣の前側の席にいる女子生徒を見た。


 綺麗な姿勢で一人読書にかまけている女の子。


 皆が帰り支度を済ませていく中、ロッカーに一度向かってっきり、机と固定でもされたのかと思う程、立ち上がらないその女子生徒──祟良把杏はチラチラと辺りの様子を窺いながら読書をしているフリをしていた。


「行ったら?見つけたんじゃないの?」


「見つけるには、見つけたけど⋯⋯」


「やっぱりな」


 そう、見つけるにはちゃんと見つけたんだ。


 問題は状態にある。


 口頭で説明するよりも実物を見せた方が早いと思い、僕は鞄からそれを取り出して睦生へ見せようとした。


 登校時、引き返してバス停まで走り終えて到着したまでは良かった。


 問題があったとすれば、その時間帯に犬の散歩していたお爺さんにある。


 あの爺《ジジイ》、犬がハンカチを加えてむしゃむしゃと食べてる事に気付かずに黙々と道を歩いていたし、馬鹿そうなブルドッグも本当に馬鹿な事に、我の物だ!とばかりに一生懸命に涎を垂らしながら噛み付いていた。


 飼い主の爺も難聴なのか全く会話が進まず、ブルドッグの首根っこを掴んで見せ付けた事でようやく飼い主の爺《ジジイ》は驚き、犬の口元からハンカチを奪取する事に成功。


 そう、成功したのだが⋯⋯。


「こんなバッチイもん食わせるなんて、若い奴ってのは⋯⋯なぁっとらん!」


 と、どういう訳かお説教開始。


 ダラダラと過去の武勇伝と生活環境について聞いてもない事をアレやコレやと熱弁し続けて、遂に面倒臭くなった僕は逃げるようにその場を去って学校へ向かった訳なのだ。


 そう、蝶の刺繍がされた空色の淡いハンカチは敗れてしまっていた。


 これを届けるべきかどうか、僕は悩んでいる。


 届けて悲しまれるのも忍びなくて、でも渡さないと何時までも見つからない。


 バス停に敢えてまた置き直すなんて行為をする勇気もなくて、結局持ってきてしまった次第だ。


 渡すなら早い方がいい。


 けど、渡し方としてどういった風にするべきか、僕の懸念点はそこにあった。


 ⋯⋯⋯⋯なんだけど。


「祟良把さん!准が祟良把さんの探してたハンカチ見つけてくれたってさ。良かったね!」


「おい!」


 僕の懸念点や心配など露知らずの睦生が堂々と口走りやがった。


 更に、読んでいる本と辺りをチラチラと堂々巡りのように走っていた祟良把の視線は、顔の向きと共に後方に居た睦生の方へ一気に流れていき、次に僕の方へと向ける。


 物凄い期待に満ち溢れた瞳がコチラに通いだす。


 表情も何処か億劫そうでありながらもオドオドとしていたものから羨望足り得るものに早変わり。


「あぁ⋯⋯⋯⋯」


 行くしか選択肢がない。


 というか、やってやったぞ!感出してんじゃねぇよッ!


 ゆっくりと椅子から腰を離した僕は鞄ごと持って行き、祟良把のちかくにある机に置いて、中に入っているハンカチを掴む。


 所々穴が空いていて、引き千切られたようにも見受けられるその布生地を不安に見つめた僕は、硬直したまま。


「どうしたんだ?あったんだろ?」


「あ、あぁ。まぁ⋯⋯」


「き、桐江くん?だっけ⋯⋯。何処にあったの?」


「バス停、なんだけど⋯⋯⋯その、えぇと」


「良いから渡してあげなよ?」


 僕の様子のおかしさに気付いている祟良把は先程見せた期待の視線、羨望の表情は消え失せて、不安と危惧に怯えたようになってしまい、交互に僕と睦生を見ている。


 意を決して、鞄の中からボロボロのハンカチを取り出した僕はゆっくりとそのボロボロになったそれを手渡した。


「⋯⋯⋯」


 言葉なんてなかった。


 別に感謝されたいとか、お礼を受けて満足するような癖はない。


 それでも、その布切れを手に取った祟良把は反応に酷く困ったのは僕達にも理解出来て、どう言葉にしたら良いのか⋯⋯分からなかった。


 亡くなった祖母からの贈り物がたった数時間で土と犬の口臭の匂いに侵された酷く醜い物に変わっているという現実の受け止め方を、この教室に居る人達は皆知らない。


「み、見つけてく、くれて⋯⋯⋯⋯ありがとう」


 ぎこちない言葉には何処か遣る瀬無さのようなものが見え隠れしている。


 睦生が呆然とコチラを窺うように見てくるものの言葉はない。


 そんなつもりはなかった⋯⋯、そんな事は分かっているし、僕じゃなくて別の奴が戻ってもきっと結末は変わらないのは目に見えていた。


 強いて挙げるなら⋯⋯僕がバス停に降りたあの時、拾ってやれば良かった。


 遅すぎる後悔は時間でも戻らないとどうにもならない。


 机に置かれていたカバーがされた読書用の本を鞄に入れて、立ち上がった祟良把。


 最悪の初登校日となった彼女に声を掛ける気概はなくて、僕はそっと机へ戻ろうとした。


「あ、あのね、えぇと。桐江くん。⋯⋯⋯それと睦生くん。何か奢らせて。見つけて貰ったお礼⋯⋯しなくちゃ、だし」


「⋯⋯いや、でも」


「確かにボロボロになっちゃったのはそうだけど。落としたのは私だし⋯⋯。そ、それに⋯⋯大事なのは変わらないから」


 鞄をギュッと胸元に当てるようにしていた。


 鼓動でも聞かれたくないと仕草が物語っているように。


 恥ずかしさや勇気を持って誘った言動だと悟られたくないと言いたげに俯いた祟良把の頬は僅かに赤かった。


「良いじゃん、行こうよ!なぁ!准」


「⋯⋯⋯⋯奢る、か。じゃあ、缶コーヒー奢ってくれ」


「うん!」


 最悪の初登校日。


 学生にとっての春の始まりで、迎えた新しい環境の季節。


 僕は二人の友人を得た。


 温かさが染み渡る新学期の春、僕は祟良把と睦生の三人で学校に設置された自販機の裏手にあるスロープを見つけて、そこで話し込んだ。


 僕自身は帰る気が起きず、祟良把と睦生も話に没頭する形で時間は過ぎていく。


「あ、そろそろ帰らないと」


 時刻は十四時半を回った頃。


「あ、俺も妹が腹空かせて待ってるから帰んねぇと」


 スマホの画面を見ていた睦生もそう口にして、各々のペースで立ち上がり、合わせるように僕も立った。


「そう言えば、二人ってバスなんでしょ?良いなぁ、バス通学⋯⋯ちょっと羨ましいや」


「え?お前バスで来たんじゃないのか?」


「いんや。俺は自転車だよ?」


 何言ってんの?コイツ。


 自転車なんて初顔合わせの時、漕いでなければ、据え置きのように横に並んでなかったろ。


「でも、睦生くん⋯⋯自転車、何処に?」


 祟良把も同じ疑問は浮かんでいたようで、訝しんだようにそう訪ねた。


「あ〜、妹に急かされて早く学校着いちゃってさ。暇潰しにブラブラと学校出て散歩してたんだよ」


「⋯⋯⋯⋯お前もかなり自由人だな」


「だから、祟良把さんと准が信号で待ってた時さ。俺、内心焦ってたんだ。間に合わないかもって」


「もう〜」


「あはは、呆れられちゃった」


「なんで嬉しそうなんだよ」


 歩くペースは自由で、自転車を停めている駐輪場に誰も意識せず自然な流れのまま向かう僕達は、睦生が自転車の鍵を開けて、サドルの上に跨る。


 僕達に合わせるように超低スピードで横を並走するその無駄な労力に呆れてしまうものの、口にはしない。


 校門前までやって来た僕達。


 僕達と違って反対方向に自転車を向け、停車した睦生は振り返り手を振った。


「じゃあな!また明日!」


「またね」


 颯爽と平らな道を自転車の軽快な音が耳を透き通り、後ろ姿は徐々見えなくなっていく。


 春風は暖かな空気を運び、祟良把と僕の衣服を少し靡かせてる。


 踵を返し祟良把に着いていくように僕も歩みを始めた。


「睦生くん、いい人そうだった、よね?」


「⋯⋯そうだな。無遠慮なのを除けばアイツは良い奴だと思う」


「そっか、桐江くん、早速名前呼びだったもんね」


「⋯⋯⋯」


 既にオドオドとした様子も態度もなく、平然と話が出来るぐらいに打ち解けている。


 たった一時間ちょっと。


 下校前の少しの雑談。


 睦生がサッカー部に入りたいという事や、友達百人目指すとか息巻いていたように。


 祟良把も何かしらの部活に入りたい事、読書として読んでいる本はよく分からないオカルト的な本である事等を知った。


 けど、僕はそれを聞くだけで、自分の事を大して話していない。


 部活に関しても、豪語出来る内容も趣味も、何も。


「あ、あのね、ハンカチありがとね」


「⋯⋯でも」


「でも?」


 あの時、拾ってれば。


 そう口にしても良いものか、悩んだ。


 自分には関係ないとか『普通』という事に固執していた僕はあの時拾う事を躊躇して道を進む事を選択。


 結果的にその道を戻って、後悔している。


「あの、ね。気にしなくていいよ?別に桐江くんのせいじゃないんだし⋯⋯さ?」


「まぁ、うん」


「このハンカチさ、確かにボロボロだけどさ。でも、返ってきただけで、その⋯⋯良かったって言うか。だから、その」


 小走り気味になり、僕の前に進む祟良把は勢いよく振り返り、朗らかに微笑んだ。


 ────春風はまた吹く。


「⋯⋯⋯⋯ありがとう」


 まるで、風が彼女の頬を赤みを打ち消そうと街全体が支えるように、微風は身体全体を包み込む。


 僕の友達は自分が思っている以上に健気なようだ。


 お下げの髪が垂れ下げた肩から離れていき、靡かれる。


「⋯⋯⋯わかった。もう気にしない」


「うん!─────今度、この街の『七不思議』教えてあげるから元気だして」


「いや、それはいい」


 僕をオカルトに引き込もうとする祟良把は少し変わり者である。


 少しムスッとした表情を浮かべるものの、後ろを歩く僕を待つように止まった脚は、何処か上機嫌な脚取りだったのを忘れない。


 僕の初登校日はどうやら、最悪という訳でもなかったようだ。



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