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この街は今日も語る  作者: 紫芋
夏休みシリーズ 大洲藍莉と夏を謳歌したい

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前段階

 目を覚ますと、痛みは完全に引いていた。


 不思議なぐらいに体が軽くて、何故か起きたばかりだと言うのに目が冴えている。


「⋯⋯⋯不思議な夢だったな⋯⋯」


 記憶もある夢とは危険だと言われた事があるけど、それが何を持って危険だったのか覚えていない。


 けど、伝えなきゃいけない事がちゃんとある。


 舞喜にも、藍莉にも、骸魅《むくろみ》笑撫《えな》さんにも。


 起き上がろうと身体を動かしてベッドしたのフローリングへ脚裏を着けようとした時、僕はその脚元付近に居た人物に驚いた。


「⋯⋯舞喜?あ〜看病してくれたのか。てか、なんで病院じゃないんだ?」


 重傷レベルの怪我を負ったと自覚していた。


 そんな時こそ、僕達の頼れるお医者様の出番の筈。


 現状、怪我は嘘のように引いているけど、本来ならば病院一直線が通例。


 という事は──。


「⋯⋯⋯⋯面倒な事になってるのかも⋯⋯」


 舞喜を起こさないように立ち上がった僕はそのまま自室を出た。


 何が起きているのか、舞喜がしっかりと生きているのなら、藍莉だって居ても不思議ではない。


 僕は情報収集の意味も兼ねて藍莉の顔を見ようとお隣さんの藍莉の自宅へと向かおうと景気のよい足取りを運ばそうとしていた。


「⋯⋯っ!桐江准っ!?お前、起き上がって平気なのか⋯⋯?」


 ダイニングの椅子でポツンと一人、険しい表情をしながら呆然としていた牧原が僕を見るなり驚きの表情へと変わっていく。


「え?牧原⋯⋯。そうか、お前が助けてくれたのか」


 その驚き様は中々見られるものではなく、普段の彼女並びに龍として威厳を示す時の彼女、双方でもお目にかかれない程に素っ頓狂で何処か間の抜けた顔をしていた。


「現地からここまで送ったのは確かに私だが、怪我は治していない。そんな力も無いからな」


「じゃあ、誰が?」


「⋯⋯少し見せてみろ」


「あ、あぁ」


 上着を脱ぎ、背中に負っていた筈の傷をじっくりと観察するように凝視していく牧原。


 けどその手つきは妙にくすぐったくて、ぺたぺたと触れる小さな手はほんの少しの温かさがあり、なぞるように触れる指先は優しかった。


「おい!ビクビクするな!男だろ!?」


「女なんだから、ちゃんと男を労れよ?」


「なんだ、意見するのか?背骨を折るぞ?」


「ひぃ!」


 とんでもない脅迫に屈した僕はされるがまま耐えて、ようやく終わった頃には、律儀に衣服を頭から着させてくれる牧原は最後に背中を平手で叩き、僕は軽く悲鳴が上がる。


「よし!無事だな。完全に完治している。憎たらしい程にな」


「⋯⋯うぅ、お前。⋯⋯最後のいります?」


「喚くな。これに耐えれずに日常生活が送れるものか」


(『龍』基準でものを語られても困るんだよなぁ)


 そんな言っても仕方ないがない事を心の中だけに留めて、僕は問い掛けた。


「んで、何が原因だと思う?」


 なぜ身体が治癒したのか、その理由を主語なしで口にするものの、意図を読んだ牧原はすぐさま切り返す。


「分かる訳無いだろ?──いや、名無しとやらが治したという可能性もあるのか」


「名無し?来てたのか?」


 灰色の髪、冷ややかなビー玉にも似た透明色な瞳と思わず凍りそうな声色をした後輩で歳上の女性を思い浮かべた僕は辺りを見渡した。


「あぁ、既に帰ってしまったがな」


「じゃあ、お前がいる理由ってなんだ?」


「藍莉にお前の護衛を頼まれた。舞喜も居るからな。都合が良い」


「藍莉は?」


「⋯⋯そこに居る」


 顔の向きがソファの方へと向けられた。


 立ち上がった僕はソファの方へ近付くと、横たわって眠りに着いている藍莉を発見する。


「本当だ。気付かなかった⋯⋯」


 相当の疲れがあったのだろう。


 深い眠りについていて、頬を少し触っても起きる気配は微塵もなかった。


 優しい寝息とは裏腹に少し眉が顰まっていて、苦しそうな印象が見られるその寝顔には、阿呆な僕でも心配になる。


「かなり心配していたぞ?慰めてやれ」


「⋯⋯それは後かな。今はあの人を骸魅笑撫さんを止めないと」


「⋯⋯名前を知ってるのか?」


「あぁ〜うん。朝倉さんから聞いてた」


 まぁ、聞いたと言っても夢の中。


 決して現実で知った訳では無いし、どうして僕はあの人の名前を知っていたのか、それすら疑問はあったけど、今はそれどころじゃない。


 問題は、骸魅笑撫という女性から贈られる凶拳を藍莉と舞喜の二人に渡さない事。


 その為の交渉と接触。


「あの女と真正面からやり合う、そうは言うまいな?」


「真正面からぶつかっても死ぬに決まってるだろ。背後取って不意打ちしても躱されたぐらいなんだから。⋯⋯無茶と無謀の差ぐらいは分かるつもりだ」


 実際に僕の拳は軽々と躱されて、拳を振り切った事で生じた隙を突かれて、あっという間にノックアウト。


 力の差は歴然で敵うビジョンは存在しなかった。


 だが何故か、朝倉さんを間近で見た弊害か、比べてしまって弱くも感じるという矛盾もある。


 あの人のせいで僕の判断基準と感覚はボロボロだ⋯⋯。


「なら、どうすると?」


 怪訝な表情で問い掛けた牧原の視線は鋭くて、僕は僅かに萎縮してしまう。


 だけど、力ずくだけで簡単に勝たせてくれるとも思えないし、まだ隙を突いて話し合いに持ち込んだ方が幾分かは、状況を収める事が可能と判断した。


 だから、僕は口にする。


「話し合う」


「正気とは思えん。あの暴力女がマトモに話を聞くとは思えんな」


「それでも、行くしかないだろ。このまま手を拱いて、殺されるのを待てって?冗談じゃない!僕はそこまで辛抱強くない」


 僕にとって二人は掛け替えのない存在で、以上も以下も無い。


 舞喜が眠りに着いてしまうまで僕を看病をしてくれたように、藍莉が心配で家に帰らずソファで待機してくれようとしてくれたように、誰にだって譲れないものがあって、その譲れないものが僕にとっては二人だ。


 だから、必ず欠けさせずに終わらせなくちゃいけない。


「本気なんだな?」


「あぁ。お前が止めようとしても行く」


 考え込むように瞼を閉じて下を向いた牧原はしばらくの間、沈黙を貫いた。


「分かった」


 その言葉と共に開かれた瞼。


 真っ直ぐ見つめられた牧原の瞳には、何か強い意志のようなものを感じた。


 そして、力強いその頷きに応えるように僕も頷いた。


「なら、二人の護衛は私がやるわよ」


 丁度、僕達の横──視界に入っておかしくないその位置に名無しが立っていて、堂々と名乗りを上げた。


「っ!名無し!貴様、帰ったのではないのか?」


「⋯⋯上の階なのよ?何時でもお邪魔出来るに決まってるでしょ」


「いや、その理屈はおかしい」


 思わず突っ込んでしまう僕だが、真正面に居る牧原は心底信じられないと言った様子で名無しを睨んでいる。


 口元に手を添えて、狼狽しているようにも見える彼女の顔からは汗が滲んで出ているのが見えた。


「⋯⋯鍵と、チェーンは掛けた筈だが?⋯⋯どうやって入った?」


(マジどうやって入りやがった⋯⋯)


『時間の掌握』が可能と言っても、透明人間になれる訳では無いし、物をすり抜ける能力である筈がない。


 それとも、備わったのか?そういう風にも考えたが、足音すらしなかった事に説明が付かなくなる。


 僕と牧原は名無しからの回答を待つ⋯⋯。


 口元の前に人差し指を立てて、一言。


「秘密」


 これだけだった。


 名無しの事はまだ何一つとして解明出来ないようだ⋯⋯。


 そんな僕の中で究明対象となりつつある名無しが僕の方へと顔を向けて言葉を紡ぐ。?


「先輩、私が二人を護る⋯⋯。それでいいでしょう?」


「⋯⋯頼んだ」


 理想としては名無しがコチラ側に来て援護をしてくれる⋯⋯これがベストだったのかもしれない。


 けど、夏休みが始まって一週間後に起きた事件の時のように、名無しが深く関われない事案という場合もある。


 それを詮索するよりも今はやる事があった。


「⋯⋯後は『サナ』が居れば完璧だな」


「『幽霊少女』を?なぜだ?」


『龍』でも視えない『幽霊』という存在にフォーカスを当てた俺に対して、訝しんだ牧原は問い掛けた。


「『除者』だからって『幽霊』が視えるとはな限らないからだ。『龍』が視えないように、あの人だって視えない可能性に賭けたい」


「『幽霊少女』を使ってどうするんだ?」


「⋯⋯足止めだな」


『保険』──そう例えてもいい。


 視えないというのはそれだけのアドバンテージがあって有効活用の仕方によってはどんな強敵にだって渡り合える。


 僕はその可能性に賭ける事にした。


  ━ ━ ━


 万全となった身体を早速酷使するように『軽井宅』へ向かう準備を進める僕は舞喜が起きないように押し入れにある衣服入れとして使っている横長の棚から着替えを取り出して、着替えを始めていた。


 制限時間や条件のようなものは無い今回の出来事だが、急いだ方が良い事には変わらない⋯⋯そう思い至った僕の手早さはこの時だけはギネス級だったろう。


 白い半袖パーカー、黒のスウェットを着て準備は整った。


 財布も要らない、携帯は未所持、帰りは牧原を使うと勝手ながら決めている僕に敵はいない。


 意気込みだけならあらゆるアスリート選手にだって匹敵出来る。


 今回の交渉は言葉一つで命がトぶ。


 でも、何故か不安は無い。


 どうしたか⋯⋯⋯。


 きっと、僕が生きている事そのものが理由なんだ。


 短針が八の数字へ差し掛かろうとする夏の夜。


 背伸びをして僕は部屋を後にしようとする。


「お、にぃちゃん?」


 瞼をパチパチと数度、僕に向かって瞬きして、確認するような身振りをする舞喜は身体を起こそうとして、倒れ込んでしまう。


 どうやら脚が痺れてしまってるらしい。


 ベッド凭れ掛かるようにして寝ていたのがここに来て効いてきてるという事なんだろう。


「⋯⋯⋯⋯舞喜。ごめん、起こしたか」


 脚が痺れて動けない。なら、どうするか?


 舞喜は這ってコチラにやって来た。


「な、なに動いてるの!?け、怪我してるんだよ?あ、藍莉さん、藍莉さーーん!」


「待て待て!藍莉も寝てるから、起こしてやるなって」


 同じ目線の高さに合わせるようにしゃがみこんだ僕は舞喜の肩を掴んで静止させる。


 けど、どういう訳か、舞喜は慌てた様子だったのが、絶句したような態度に早変わりして口を開いたままとなってしまった。


「舞喜?」


「また薬盛ったの!?」


「盛ってねぇよ!」


 いや、夏休み前に盛ったのは事実なんだが。


 眠らせたと勘違いしている愚妹候補筆頭の舞喜を落ち着かせるのに、しばしの時間を有したのは言うまでもなかった。


 そして、僕の格好が外行き用だという事にいち早く気が付いた舞喜は何処か申し訳なさそうな顔色を浮かべながら言葉をゆっくりと紡ぐ。


「⋯⋯⋯⋯お兄ちゃん、その、何処行く、の?」


「散歩だ」


「そんな訳ある筈無いじゃん!」


 バレない、とは思ってなかった。


 あくまでもほんの僅かでも騙されてくれればそれで良い、そのぐらいの感覚で口にした言葉は怒声で掻き消える。


 僕の両腕に舞喜の手がしがみ付くみたいに掴まれて離そうとしなくなった。


 身体は僅かに前後に揺れて、見上げるように舞喜は僕の顔を窺いながら、口にする。


「アタシのせいだよね!アタシが駄目な子だから!だから、お兄ちゃんにも藍莉さんにも迷惑掛けちゃって⋯⋯。藍莉さんにも酷い事言っちゃったし⋯⋯。アタシ、アタシ!」


「なら、僕の方がより駄目な奴になればいい。現在進行形でその道辿ってる自覚あるしな」


「そんな、慰め要らない!アタシ、要らないよ⋯⋯」


 前提的の話が一つ。


 僕はこの目の前に居る舞喜の兄としては既に失格なのだ。


 不意に、本心か偽心か、それすら分からず始末なまま吐き捨てた言葉が舞喜を傷付けた過去がある。


 アレである意味、一度僕の兄として落第したようなもの。


 親がどうとか、家庭環境がなんだとか、言い訳になんてならない程の言葉。


 それが巡り巡って舞喜を傷付けて【ヨハネの四騎士(あてうま)】に憑かれる結果となった。


 僕は償わなければならない。


 僕は永久にある種の理想の兄を演じなければならない。


 それがせめて残った家族に贈れる手向けなような気がしたから⋯⋯。


 それが駄目な道なのは知っている。


 そんな事で家族になり得る訳がない。


 偽りで塗り固めたヒビだらけの兄妹──そうドラゴンハンターの男にも言われた事がある。


『刃龍《りっか》』に至っては憐憫の眼差しを向けられたし、常盤美羽には酷く同情された。


 それでも、僕は隣にコイツが居ないと成り立たない。


 人生で最も重い罪と罰を引き受けると決めたあの日から、愚者になるって決めている。


 その為なら、外れた獣道だろうと、炎の道だろうと、底なし沼のある道だろうと、敢えて歩くと決めた。


「あ、アタシ⋯⋯。アタシ、明日も明後日、頑張ろうって思ってて、でも⋯⋯⋯⋯でも!」


 俯いた顔からは表情が読み取れなくなった。


 寝かせたままで居させようと部屋は暗がりのままだった事も相まって尚のこと。


 けど、僕の腕を掴んでいる舞喜の手の震えと上擦っていくその声でおおよその理由と心境は察せた。


「アタシのせいで⋯⋯アタシのせいで、台無しになっちゃったぁぁぁぁぁぁ」


 癇癪でも起こしたようにわんわんと泣き始めた舞喜の大粒の涙を流しながら、顔を上げた。


 元々、失敗や失態の類いを母親から叱責される形で出来る限り踏ん張っていた舞喜。


 本人に自覚があるかは知らないが、かなり無理をしてでも認めて貰おうとする傾向はあった。


 それを無理矢理掠め取る形で出来る限り負担の無いようにしてきたつもりだったが、今回ばかりはそうはいかない。


 言い出したのも舞喜で、骸魅笑撫に襲われる要因となったのも藍莉、舞喜の二人というのは明白だった。


「台無しも何も無いだろ?まだ始まっても無いんだぞ。それに夏休みじゃなくても外には遊びに行ける。違うか?」


「でも!でもぉぉ!アタシがもっと、もっとちゃんとしてれば⋯⋯⋯⋯お兄ちゃん、ごめんなさい」


 舞喜の顔が胸元に来る。


 僅かに乗ったその重さは痛感するぐらいに重く、前のめりになって姿勢を維持していく。


「駄目な子でごめんなさい。ごめんなさい。もっとちゃんとするから、ちゃんと上手くやるから。出来るようにするからーー!」


 ポタポタと何かが滴る音が泣き声と混じって聞こえる。


 部屋の暗さが仇となって何が滴ったか分からない。


 けど、舞喜が発生源であるのは確かで、顔を上げさせるように頬を両手で挟み込んだ。


「⋯⋯⋯⋯血?⋯⋯いや、コレ」


 何となく、何となくだが、血じゃないと感じた。


 匂い?それとも直感なのか、嫌な感じがするその黒く見えるその液体は目や鼻、口から垂れていて、ホラーゲームさながらの状態になっている舞喜を凝視する。


 涙が一滴も流れていない──そう気付いたのはそんな時だった。


(藍莉が言ってた⋯⋯⋯⋯)


 この床に落ちた水滴は黒色のもの。


 僕はそれを去年の春頃に見た事がある。


 細心の注意──普通なら払わなきゃならないのは確かで、間違った手段じゃないのかもしれない。


 けど、僕が今しなければならないのは舞喜にこの【当て馬】を克服して貰う事にある。


 今までみたいなやり方では停滞や現状維持は出来ても進みはしない。


 そっと息を吸い⋯⋯吐いた僕は語り掛ける。


「舞喜、辛いよな?今、身体は痛んだりするか?」


「ずっと痛い⋯⋯。痛いよぉ」


「そうか⋯⋯⋯⋯」


【憑いた奴ら】を祓うには二つの手立てがある。


 一つは武力的交渉による消滅。


 もう一つは『憑いた根本的理由』の克服、または消失にある。


 前者は朝倉さんや『除者』が得意とする部類。


 後者は、気持ち次第で状況はコロコロと変わる危険性はあるものの一般人でも出来て、ある意味では一番理想的な流れだ。


『憑く』という事は何も『憑こうとする現象』だけの意思で憑かれる事はない。


 問題なのは、その『憑かれた人間の気持ちと同調』した事にある。


 言い換えれば、『同調』する隙を与えなければ、それで済む話だ。


 今回の場合、舞喜の隙というのが何か、僕は知っている。


 それは『承認欲求』と『自立性』から齎された家族の分断、並びにその『根幹にある自身の存在そのもの』が理由だ。


 去年の春もそれでギクシャクして、結果として隙を与えてしまい、こんな事になってしまった。


 あの時の記憶も全部、舞喜は覚えている。


 なら、僕は───。


 理想的な言葉は毒で、疑心感を抱かせるかもしれない。


 もっと現実的で、自分なりの言葉で口にしなくちゃ、意味がない。


(上手く、いってくれ⋯⋯⋯)


 不安もある。最悪の場合【当て馬】四騎士共にこの部屋を突き破ってご慧眼なさる羽目になる。


 そうなったら、被害ゼロで止められるのは朝倉さんぐらいのもんだ。


 それに、舞喜を犯罪者に仕立て上げる訳には決していかない。


 大きく息を吸って、手早く吐いた僕は意を決した。


「舞喜、確かに僕はお前の事を駄目な奴とは思ってる」


「うぅ、ごめ──」


「でも、それはそんな事で悩んでるお前を見てるからだ」


「ふぇ?」


 素っ頓狂な表情が浮かび上がった。


 僕自身、説教や説得は正直得意分野では無い。


 けど、コイツにとっての兄は僕で、僕にとっての妹はコイツだけだ。


 多少、苦手な事だからといって、気が引けると言って、逃げる訳にはいかない。


「いつ僕が謝って欲しいなんて言った?いつ僕が無理をして何かやれなんて言った?お前が駄目な奴なら、傍に居てお前にそんな顔をさせた僕はどうなる?お前以上に屑の人間だって事を言ってくれてるもんだぞ」


「ごめんなさい、でも、違くて。あの⋯⋯⋯⋯」


「僕は屑で構わない。お前がそう言うなら、きっとそんなんだ。でも、お前はそうなるな。誰がどんな叱責や謗りやいびりを言ってきても下にいる僕が言い切ってやる」


 真っ直ぐ目を見て、『伝われ』──そう、心に訴え掛けるように僕は断言する。


「────お前は最高の妹だ」


「でも、アタシ⋯⋯⋯」


 言い淀んだ言葉の先は僕も知っている。


 舞喜が産まれてからの付き合いなんだ。


 藍莉や牧原、トッキー以上に桐江舞喜を知っている僕は微笑んで先を語ってみせる。


「自分の承認欲求の為に僕達を使おうとした?それがなんだ。そんなのどんな人間だって似たり寄ったりの事はしてる。恥ずかしがらなくていいんだ。怖がらなくていい。お前が恐れるもんなんて、皆誰かしらは経験してる。それの大小の違いはあっても、そこは変わらない」


「じ、じゃあ⋯⋯⋯⋯。アタシ、馬鹿みたいじゃん」


「あぁ、お前は駄目なんじゃない。ちょっと馬鹿なだけだ。馬鹿な兄貴見て、それに倣ってしまったってだけだ。けど、まだ戻れるだろ?お前は僕とは違う。僕がお前と違うように、お前らしさであればいい」


 子供が親の背中を見て育つ──そんな言葉を聞いた事がある。


 それが見習うべき事か、反面教師的な側面で見習うべきかは子供次第。


 少なくてもあの親を見て、僕と舞喜は反面教師として見習った。


 僕は独自にそこから在り方、やり方を学んでいったが、舞喜はどうだったか?


 恐らく、僕を見て倣い始めたんだと思う。


 だから、その分はしっかり正さなきゃいけない。


 僕のせいで歪めた価値観とか存在意義とか在り方も全部取っ払って、舞喜が本当の意味で当たり前の女の子に戻る為に奮闘する。


 それが兄貴としての『役目』だ。


「アタシ、らしさ?」


 分かっていない、そんな顔をする舞喜の表情は先程に比べても幾分かマシに見えた。


 泣き顔は変わらず、けど、悲壮感やただならぬ自罰性のようなものは薄れているように感じる。


「そうだ。頭が良くなくてもいい。友達なんて一人二人居ればいい。百人なんて夢物語、凡人のお前や僕が出来る訳ないだろ?間違ってもいい。失敗なんて人殺しに直結しなければ何度でもしろ。落ち込んで、躊躇って、迷って、悔やんで、それでも⋯⋯お前らしくあってくれれば良い」


 とはいえ、僕もコイツらしさというのが見当たらない。


 間違いなく歪めた側である僕達家族がそれを知らないなんて滑稽にも程があるのは重々承知してる。


 歪めた自覚はあって、戻し方も手探りな中、僕は続けた。


「僕はそんなありのままのお前が見たい。んで、ちゃんと一緒に居たいよ」


「⋯⋯⋯⋯アタシらしさ。そんなの分からんないよ!アタシだって、これがずっとアタシだって思ってた⋯⋯。そうだって、ずっと────」


 脱力したみたいに舞喜の手はフローリングに落ちる。


 寂寥感あるその顔は何処か今までの舞喜とは違う、そんな風に僕の視界は捉えて、目を見開いた。


「嫌わない?嫌にならない?」


 胸元にそっと添えた両手は小さく握られて、物言いも込みで何処かあどけなく思えた。


「分かんない。嫌なら嫌って言うし、駄目なら駄目って言う」


「ちゃんと叱ってくれる?怒ってくれる?笑ってくれる?」


「あぁ、お兄ちゃんは喜怒哀楽においては妥協しない。僕を誰だと思ってるんだ?お前の兄ちゃんだぞ?」


「そっか⋯⋯⋯⋯。うん。アタシ、探してみる。本当の自分っていうの」


 初めて見せた表情だった。


 今までの落ち着きのない妹とは少し違う、哀愁漂うその表情は疲れ果てた母親とよく似ていた。


(やっぱり、母娘《おやこ》だな⋯⋯)


 僕は手を舞喜の頭へと添えるように置いて、身体に近付ける。


「───あぁ」


 ピクリと動いた肩。


 しかしその後すぐに僕の背中に腕は回って、締め付けるぐらいに力を込められていく。


「アタシね、お兄ちゃんの妹で良かった⋯⋯」


 なんともまぁロマンチックな物言いをしてくれるようになって、お兄ちゃんは感激だ⋯⋯。


 ────けど、背中が痛くなってきた⋯⋯。


(どど、どうしよう。離してなんて言える雰囲気じゃない⋯⋯)


 汗をダラダラと流し始める僕は左肩にある舞喜の頭を軽く叩き、話すように促すものの、何故か力が強まっていく。


「ちょ、ちょっと!⋯⋯舞喜さん?!僕、お兄ちゃんだよ!絞め殺す気ですかぁぁぁ?!?」


「いや!まだ離れない!もうちょっとだけ!」


「いや、あの!甘えに来るのはウェルカムなんだけど、このままじゃあ、ホーム飛び越えてアウェイに行っちゃうっ!」


 本当に背骨がヒシヒシ鳴ってる。


 あれ?これマズイ?!


「その時は藍莉さんと一緒に行ってあげるから」


「お前!さては自分らしさの出し方、知ってるなぁッ!?返せ!僕の涙あり、必見物の説得を!」


「正直、薄ら寒くも感じたよ?」


「この子、酷い⋯⋯」


 素の舞喜はどうやら、やさぐれてるようであった。


 上手く付き合えるか、不安になってきた⋯⋯。


  ━ ━ ━


「サナを貸してくださいィィィィ!!」


「や、止めてください!恥ずかしいんですよォ!」


 現在、二十時四十分。


 一軒家住まいの『軽井宅』の玄関前で僕は『土下座』をしていた。


 後輩に土下座する事は恥か、否か。


 答えは簡単だ。全く、恥とも思わない!


 なんだったら下手くそなバク転やら側転した後の土下座、自称『土下座シリーズ四』『土下座シリーズ二』を見せても苦とも思わないのが僕だ。


「お願いしますぅぅ!サナの力が必要なんですぅぅ」


「⋯⋯⋯⋯私、怒ってますからね?前の事」


「はい!重々承知です!」


 軽井椎奈、僕の後輩で夏休み開始から一週間後の事件にて、最後のトリを飾る役目として死体(偽装)を見せて、挙句の果てにスタンガンで気絶させられた女子高生。


 流石の軽井もその件ばかりは頭にきたらしく、プンスカ!といった様子で藍莉から事情説明を受けた際には噴火一歩手前のような表情だったらしい。


「お前の怒りも最もだ。後で僕に当たるだけ当たったらいい。けど、今はサナの力が無いと駄目かもしれないんだ⋯⋯」


「⋯⋯⋯サナちゃんがですか?」


「はい」


 あくまでも可能性で保険のようなもの。


『除者』相手に切れるカードは可能な限り切っておきたい。


 欲を言えば、田科、笠辺先輩、名無し、牧原、朝倉さんという戦闘要員をフル活用した即時開戦からの即時決着が望ましいが⋯⋯。


 そもそも『除者』同士の戦闘というのが、どれ程の規模の被害になるか計り知れないし、夢の中に出てきた朝倉さんが伝えてくれた骸魅姉妹の居所的にもあの場所は出来る限り残しておきたい。


「⋯⋯⋯⋯また変な利用方法じゃないですよね?」


「違います、断じて!」


「⋯⋯⋯⋯⋯分かりました。呼んできます」


「あ、ありがとうございます!椎奈様!」


「だ、だから止めてくださいって!もう⋯⋯」


 僕は土下座は継続中のまま。


 前方から足音が遠退く音と、僕の後方からゆっくりと近付いて来る足音が一つ。


「お前、恥ずかしくないのか?自転車で通った人が笑っていたんだぞ?」


「土下座中だ。話しかけるな、牧原⋯⋯」


 ここに手早く来れたのには牧原という『龍』あっての事。


 僕の自宅から徒歩にして一時間以上という距離もあるこの軽井家まで龍パワー(笑)で屋根をポンポン飛び越えての大幅ショートカットの末、短期間で辿り着けたという経緯がある。


 だからこそ、牧原も一緒に居るのは必然だった訳だが、まさかここに来ての開口一番がそれなんて⋯⋯。


「サナという『幽霊』を使うにしても、どういった風に活用するんだ?」


 頭を上げて、牧原の方へと向く。


 すると、軽く鼻で笑った彼女を見て、僕は訝しんだ。


「なんだよ?」


「頭、土が付いてるぞ」


「え、嘘───ホントじゃん⋯⋯」


 頭に付いた土を手で払い、地面に落としていると、玄関ドアがゆっくりと音を鳴らしながら開かれた。


「先輩、呼んできました──。牧原先輩も一緒だったんですね」


 何処か不審そうな視線を牧原に送った軽井はそう、トゲのある口調で『牽制』とでも言うのか、何処か当たりが強い印象に感じた。


「あぁ」


「⋯⋯⋯そうですか。サナちゃん」


「お兄さん、こんばんわ。サナに用事あるの?」


 何時もの白のフリル付きの黒のドレス──ではなく、淡いピンク色の上下お揃いの寝間着で現れたサナは微笑みながら僕達の方へと歩いて来た。


 微妙に舌っ足らずなその言葉は眠気のようなものがあるのだと感じたが、それでも頼まなければいけない。


 あの人に対して効くかどうかは別として、やっぱり交渉までの手段は多い方が良いと感じる。


「サナ。悪いんだけど一緒に来てくれないか?助けて欲しいんだ」


「え!?う、うん。分かった」


 少々の驚きを見せるサナだったけど、すぐに眠気なんて吹っ飛んだように頷きを見せる。


 その表情に光明のようなものが見えた気もして、僕も頷き返す。


「先輩、どういう事ですか?事情、聞かせて貰えませんか?」


「むしろ、何故聞かなかったんだ?軽井」


「牧原先輩は黙っててください」


 牧原の言葉は軽井の睨みが利いた瞳によって返された。


 流石の牧原も怪訝な表情になるものの、すぐに和らいでいき、僕の方へと目を向けて少し悲しそうにする。


「私、何かしたか?」


「したからだろ?」


「えぇ⋯⋯」


 これに関しては牧原はとばっちりなのだが⋯⋯。


 藍莉と仲が良い=事情を知っていた。


 そう解釈したのだろう。


 そもそも軽井を巻き込もうと言い出したのは僕と藍莉、その巻き込み方に痰を発したのはトッキーと僕だった。


(あれ?⋯⋯⋯⋯滅茶苦茶僕悪くないか?)


 苦い顔をする僕は再度軽井を見上げる。


「────何か?」


 威圧感たっぷりな軽井の視線は僕が向くよりも早く向けられていて、どうしようもない居た堪れなさに耐えかねた僕は、再度頭を下げた。


「⋯⋯⋯⋯先輩、私が怒ってる理由⋯⋯分かりますか?」


「っ!えぇと⋯⋯何も言わずに騙すような形で家に向かわせたのに、偽物の遺体を見せてテンパってるところに追い打ちを掛けるようにスタンガンで気絶させたから⋯⋯ですかね?」


「勿論、それもあります!」


 腹に据えかねたものを吐き出すように怒りの感情が身体全身を突き刺ささる。


 嫌な汗は流れるし、小さな女の子には不思議そうに見られながら頭を撫で撫でられて慰められるし、後方の奴は煩い始末だった。


「お前、生粋の屑か?」


「はい、屑です。弁明の余地もありません」


 何も知らなかった牧原も最近藍莉経由で知った事らしいのだが、軽井の件に関しては詳しく知らなかったのだろう。


 すごい蔑みのような瞳が前と後ろからやって来て、土下座じゃなくても頭を上げられない。


「お兄さん、椎奈お姉ちゃんをイジめたの?」


「あ、あの⋯⋯⋯⋯はい」


「さいてーだよ?」


「ごもっともです」


 何故だろう、サナの言葉が一番効く。


 純粋無垢とは無縁で舌っ足らずで『幽霊』で、小さな女の子のサナという存在による一言は、他の誰よりも重くのしかかって、正直辛い。


 けど、主犯格は間違いなく僕とトッキーで、言い訳のしようもないのもまた事実。


 だから、頭は下げたまま、瞼をグッと閉じていた。


「先輩、私が怒ってるのは私にされた事も──勿論あるんです!でも一番怒ってるのは、頼ってくれなかった事です!」


「え?」


 思わず顔が上がってしまった。


 軽井の表情は不貞腐れた子供のように頬を膨らませながら、僕の方へと近付き、しゃがみこむ。


「ただでさえ先輩は私の家に勝手に入り込んでパソコンを無断で使ってる前科もあるんですよ?!怒りたくもなりますよ!」


「あ、あぁぁ──そういえば、そうだった」


『常盤美羽消失事件』の際、僕はサナの提案もあって軽井家には一度行った。


 まぁ、順路なんて大して覚えてなかったからアテにはならなかったし、ここに来たのも牧原のお陰というのが大きい。


 そんな殆ど記憶の片隅に追いやられていた軽井家へのご訪問事情を軽井本人はバッチリと覚えていた。


 サナの方へと目をやると、軽く引き攣ったような顔をしていて、僕に目線を合わせようとしない。


 あの後、怒られるような事があったのだろうか。


「先輩、聞いてますか?」


「あ、はい!聞いて、ます」


 怪訝な顔をする軽井へ目を合わせられない僕は逃げるように視線が横へ逸れていく。


 すると、隣まで歩いていた牧原と目が合う。


「ふっ」


 鼻で笑われた⋯⋯⋯。


 なにコイツ、殴ってやりたい。


「先輩やっぱり聞いてませんね?」


「え?───わっ!お前、近いぞ!」


 距離感がバグったぐらいに近かった。


 五センチ程の間を残して、僕の前で顔を近づけた軽井。


 怪訝だったのが、遂に激昂へとジョブチェンジでもするのかと身構えた僕だったが、軽井はそんな僕を見ては溜め息を吐いて、立ち上がった。


「良いですか?私だって、頼られれば嬉しいんです。あの時もお手伝いぐらいしました。なのに、なんで誘ってくれなかったんですか!?」


「仲間外れって訳じゃないだろ?⋯⋯現に呼んだんだし」


「えぇ、そうですとも!そうなんですよ!そこなんですゥ!!」


 時間帯的には不相応な程に気迫のある大きな声を上げた軽井は僕にそう言い詰め寄って行く。


 僕は隣に居たサナを身代わりにするように抱き抱えて守りに入る。


「お兄さん?!サナはサナです!盾じゃないです!」


 慌てた様子で抱き抱えられるサナをガッシリと逃がすまいと抱いていた。


 けれど、何時までもこうはいかない。


 幸い、こういった時の対処法は蒼太から学んでいる。


 ありがとう、蒼太。


 耳元まで顔を近付けた僕はサナへ囁き掛けた。


「サナ!僕を守ってくれたら、お菓子買ってやるッ!」


 ピタリとジタバタする動きは止んで、僕の方へ顔を向けたサナの瞳はキラキラと輝いていた。


 なんで純粋な子なんだ⋯⋯。


 それに比べて僕って奴は。


「⋯⋯⋯⋯じゃあ『道旗屋のチョコケーキ』三個で」


「あ、あぁ、良いとも。⋯⋯⋯⋯え、それ何?」


 聞いた事がない名前が出てきた。


 想定では駄菓子とかアイスクリームとか、そう言ったものをイメージしていたのだが、店の名前まで出てくると、ちょっと反応に困ってしまう。


 だが、既にサナの中ではその『道旗屋』という店の名前は既知の為か、親しんだように口を走らせていく。


「お兄さん知らないんですか?テレビでやってた一個三千円するケーキです」


(一個、三千(・)円?⋯⋯⋯⋯。え?)


 思考が一瞬止まった。


 十個で三千円か、それとも箱一つで三千円かとも思ったが、元々の要求は三個で、テレビでの紹介とも言ってたから⋯⋯つまり───。


「はあぁぁ!?一個、さ、ささ、三千?!三百じゃなくて?!」


「はい、千の方です」


 信じられんボッタクリだ。


 だったら僕が作った方が絶対にコスパが良いまである。


 湯煎も面倒だし、チョコ砕くのもしんどいし、冷え切るまで時間掛かるけどその方が絶対に得だ。


(その『道旗《さぎ》屋』⋯⋯名前、覚えたかんな)


 そんな時、軽井が僕とサナの方へ近寄り、警戒した僕はサナを前に差し出すように盾にした。


「サナちゃん。私の方に味方に来てくれれば、桐江お兄ちゃんが買ってくれるよ?」


「おい、軽井テメェ!」


「はい?」


「────なんでもないです」


「わーい!サナ、あれ食べてみたかったの!」


「あ───」


 いとも簡単に軽井に抱き抱えられに行ったサナは大喜びの渦の中。


 それはもう、満面の笑みと期待に胸を膨らませて、羨望とでも言うのか、僕の方へ視線を向けた。


 流石にアレに対してケチは付けられない。


 ならばと、僕は隣まで来ていた人物の方へと顔を向けた。


「こうなりゃヤケだ。牧原──ってアレ!?アイツどこ行ったッ!」


「私も一個三千円食べたいなぁ〜」


 声のする方向を見ると、軽井の背に隠れるようにして、わざとらしくピースサインをしている牧原が既に位置変更をし終えていた。


 そのイタズラ心が芽生えたガキみたいな笑みにイラッときた僕は立ち上がる。


「何ちゃっかりそっちにいるんだよ!こっちに来いよ!お前、僕の仲間だろ!?」


「私は藍莉と契りを結んだだけだ。お前じゃない」


「ばっか!将来的に僕もアイツと契り結ぶんだから、お前も自動的にコッチだろうが!」


「きっしょ⋯⋯。なんだこいつ」


 牧原は酷く軽蔑したような視線を向けて、顔を引き攣らせる。


「先輩、流石に早すぎかと⋯⋯」


 引いてしまった軽井も慰めにも近い物言いで僕の肩に手を置く。


 その手と軽井を交互に見ていると、今度はサナが僕の頭に手を置いて、撫でてくる。


「早ーい」


「⋯⋯⋯⋯⋯なんも言えねぇ⋯⋯」


 僕だって、結婚願望の一つや二つ、願ったっていいじゃないか。


 夢見る高校生だぞ?


 なのにコイツらときたら⋯⋯酷いじゃねぇか。


 不貞腐れた僕は胡座で地面に座り込む。


 そんな僕の顔を見た軽井は苦笑したように笑い、サナを地面に下ろすと、僕の方へ再度目線の高さを合わせるように座り込む。


「先輩、私も連れてってください」


「⋯⋯⋯お前本気で言ってるのか?」


「はい。サナちゃんだけっていうのも変な話ですから」


 僕は軽井の言葉ではなく、顔を見て気が付いた。


「⋯⋯怖いのか?」


 何処か落ち着かないと言った様子であって、それでも僕の方へと視線を向ける軽井の顔には恐れがあって、拭い切れない恐怖心があった。


 足元へ目をやると、手は少し震えていて、次第に肩までそれが伝播したように身体は小刻みに震え始めた軽井はゆっくりと口を開く。


「⋯⋯⋯⋯はい。だって、偽物の死体を用意したって言っても、あれが本当にあったから、そうしたんですよね?」


「そうだ」


「って事は、先輩も藍莉先輩も常盤さんも舞喜ちゃんも⋯⋯知らない所で死んでた。そう言う事で良いんですよね?」


「⋯⋯⋯⋯あぁ」


「なら、やっぱり行きます。何も知らないで知ってる人が死ぬなんて、嫌です」


 僕が彼女を見て思ったのは『幽霊騒動』の際に亡くなった軽井の友人二人だった。


 軽井にとって、誰かが亡くなるという事柄が同学年の人間達と比べても比較的に近い気がする。


 彼女は隣を歩いてくれる人物が亡くなる怖さを知っていて、それが恐ろしい事だっていうのに気付いてる側の人間だ。


 僕も大きな声で説教垂れる気はないが、本来ならこんな事に巻き込むのはお門違いで、今でも部屋なりリビングなりでゴロゴロと自適に過ごしていても罰は当たらない。


 けど、軽井は敢えて『行く』と言った。


 相手が誰かも知らないのに⋯⋯。


「言っとくけど、交渉しに行くんだ。戦いに行く訳じゃないんだぞ?」


「そうなんですか?」


「うん。それと、相手は人だ。『現象』じゃない」


「なら、どうしてサナちゃんを?」


 僕は牧原を見た。


 僕以上にあの人達の事を知っているのは現状、彼女のみ。


 既に軽蔑の眼差しは無くなっていて、僕を見て頷いた牧原は軽井に話し始めた。


 今日の事を、本人が知っている限りの事を⋯⋯。


「⋯⋯っ!じゃあ、その人って人の癖にショッピングモールの床を叩き割ったって事ですか?あのニュース、本当だったんだ⋯⋯」


 驚きは最もだと普通は思うんだけど⋯⋯僕も麻痺ってるんだろう。


 朝倉さんのせいでアレでも弱いと感じてしまう。


 あの人の場合、空間叩き割ってたり、衝撃で自転がズレた地球を支えてたりと、かなり意味不明な事をしていた。


 ショッピングモールの床を叩き割るという危なっかしい奴ランキング堂々の一位を取れそうな部類に居るあの人が必然的に可愛く見えてしまえる。


「大洲先輩は無事なんですよね?」


「心配ない。今もスヤスヤだ」


「舞喜ちゃんは?」


「無事だっての。さっきもわんわん泣きながら、僕の背骨をへし折ろうとしてた⋯⋯」


「え?なんですか、その手のつけられない無邪気なモンスターみたいな言い方⋯⋯酷くないですか?」


 言いたい事も分かるけど、僕は被害者で、アッチは加害者なんだが?


 どうして僕の言い方が悪いみたいに言われなきゃならないの。


 背骨をレントゲンとかCTとかで診て貰いたいものだ。


 絶対にどっか悲鳴上げてる、今も⋯⋯。


「でも、そうなるとサナちゃんっていりますか?言っちゃなんですけど、この子戦えませんし、交渉と言うには少し⋯⋯」


「あ〜、そういうので呼ぶんじゃないんだ。足止めのような役で欲しいって事だ」


「足止め?」


「あの人ってとんでもない怪力だけど、怪力だけで、速さで言えば多分僕達と変わらない気がする。だから───」


 サナを呼ぼうとした最大の理由、それは。


「脚を引っ掛けて貰う役だ」


 全員が静まり返った。


 何言ってんだ、そう言いたげな瞳は僕の方へ一斉に向いて、なかなか離れてくれない。


「いや、本当に有効だって!だって、攻撃の基盤って脚だろ?!だから、脚引っ掛けて貰えれば、転倒して話し合いにも───」


「先輩馬鹿ですか?」


 軽井が冷たく一蹴。


「貴様、阿呆過ぎないか?」


 軽蔑の視線が再びやって来た。


「サナ、怖いです」


 軽井の腕にしがみ付いてるサナも怯えたように口にする。


「えぇ⋯⋯」


 僕は思わず声が漏れてしまった⋯⋯。


舞喜の一人称、何時も忘れてる紫芋です。


ほんと、なんで忘れんだろ。


もう少しで夏休み編終わるよ。

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