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この街は今日も語る  作者: 紫芋
夏休みシリーズ 大洲藍莉と夏を謳歌したい

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気付かない

 傷を負った。


 それは決して致命傷と言えなくても、痛みであり、損傷であり、忌忌しき事態に変わりなかった。


 桐江家に駆け込む形で帰宅を果たした准達。


 病院へ向かうのが通例で本来あるべき対処なのは指示した逸花も理解している。


 だが問題はショッピングモール二階フロアを一部倒壊させた女の『連(・)れ(・)』の方であった。


「逸花、どうしてあそこにいたの?」


 藍莉は質問を投げ掛けた。


 逸花には明日、蒼太と舞喜の世話を頼んでいたが、前日となる今日、買い物へ行くとは口にしていない。


 しかし、偶然と言うには些か都合の良すぎる登場に藍莉は疑問視していたのだ。


「あの女は『除者』だ。そして、連れがいる。その女の方を追っていたんだが、その途中で嫌な邪気を感じて向かったら、あぁなっていたんだ」


 逸花の向けられた視線は、眠りに着いている准の近くで心配そうに兄を見つめている舞喜である。


 何故、舞喜へ視線が向けられたのか、藍莉には皆目見当が付かないが、それでも助けて貰ったという事実は覆らない。


 感謝の言葉を手短に述べて、少しでも緊張を解そうと、椅子に座り込んだ。


「⋯⋯⋯⋯病院が駄目なの?」


「その連れの女は近くに居たんだが、感知が得意なんだ。その感知出来る範囲内には病院もある。だから避けたかった。仮に病院で暴れられれば、あの建物の二の舞では済まなくなる」


「⋯⋯⋯分かった」


 不安はある、それでも取り乱しては元も子もないと妙に冷静な思考が落ち着けと、投げ掛ける。


 蒼太の傷は浅いものであり、幸い今はぐっすりと眠っていた。


 問題があるのは准の方だった。


「准のこの傷、治せないの?」


「私にはそんな能力は無い。笠辺家の者や朝倉拓也なら未だしも⋯⋯すまない」


「そんな⋯⋯」


 背中には大量のガラス片が突き刺さり、内蔵は掻き乱されたように痛みが発生し、気絶している故に叫んでこそいないが、起き上がったが最後、激痛と混濁が一気に押し寄せる。


 タオル十数枚と救急箱にあった包帯を使い、拙いながらも止血に似た応急処置は済ませていた。


 だが、血は濃く斑点のように背中からじんわりと浮かび上がり悲壮さを齎すばかり。


「⋯⋯あの人はなんなの?なんで私を⋯⋯舞喜ちゃんを⋯⋯」


「⋯⋯藍莉は分からない。けど、お前は分かるぞ、桐江舞喜」


 逸花の視線がベッド横へと移り、釣られるように藍莉が舞喜を見る。


 兄を心配して俯きがちになってしまっている舞喜は視線に対して特に何もする様子はなく、ひたすら前を向いていた。


「お前の中にある【それ】が、世界全体に影響を受ける【四騎士】の⋯⋯邪気を女《アレ》は感じてしまったんだ。だから、排除に動いた⋯⋯。おおよそはそうだろう」


 あくまで推測、そう自信のなさが逸花に表れる。


 それは一種の優しさであった事は藍莉には伝わった。


 真っ先に狙われた藍莉よりも深く根深い憎悪を持って舞喜の方を見た女の視線を藍莉は目視で確認している。


 殺される順番が結果的に遅れた⋯⋯故に今、藍莉は生きている。


 言い換えれば、舞喜がいなければ死んでいた。


 そう捉える事すら出来る。


「わ、アタシのせい?アタシのせいで⋯⋯お兄ちゃんが?」


 しかし、舞喜にとってはそれどころではない。


 自身の存在が兄に傷を負わせてしまった事に繋がり、自身の制御出来ない何かが苦しめた。


 その結果に罪悪感が募り積もるばかり。


「お前とはせいとは言っていない。そもそもの話、お前は朝倉拓也が元に戻した筈だ、恨むなら奴を恨め」


「彼、この子を戻してないわよ?」


 准の自室に備え付けられている出入口の扉をノックし、冷えた声色が空気を凍りつける。


 藍莉、逸花は焦燥感と条件反射によって振り返り、藍莉は少し安堵した顔色を浮かべ、逸花は顔を強張らせた。


「────なんだ、貴様ッ!そ、その面妖な気配は?!」


 逸花が慄いた、その事実に隣で椅子に腰掛けていた藍莉は酷く動揺した。


 学生を送っている時と違って、現在の逸花は『龍』という事を隠す素振りもなく、淡々と冷静に状況を把握していこうと普段とは全く違う雰囲気、態度、仕草や言動が目立つ中で見せた、純粋な怯え。


 それを客観視出来てしまえた藍莉は息を呑んで名無しの方へと視線を向けた。


「その割には背後を取られても気が付かない辺り、やっぱり弱体化してると言うのは本当だったのね」


「っ!喧しい!貴様はなんだ?!」


「名無し。今はそう呼んで」


 酷く動揺する藍莉、逸花に何時ものペースを崩さず、口にする名無しはベッド近くに居る舞喜の頭を優しく撫でた。


「な、名無しさん。アタシ、治って無いんですか?」


 名無しの方へと顔を向けた。


 罪悪感に苛まれて酷い顔付きとなっている舞喜を顔色一つ変えずに見つめる名無しはありのまま告げる。


「治ってない。彼、初めから治すって考えがなかったらしいから。ずっと貴女の中に【それ】はいるのよ」


「そ、そんな⋯⋯⋯⋯じゃあ、じゃあッ!!」


 何処かで違うのだと、口にして欲しかった。


 何処かで慰めと優しさに逃げられる道が与えられると信じていた。


 だが、現実として舞喜、並びに藍莉の存在が起因により准が傷を負ったという事実は変えられない。


「やっぱり⋯⋯⋯⋯アタシのせいじゃないですか」


 だが、何処までも優しい龍は小さな身体を立ち上がらせて、吠えた。


「貴様、話を聞いてたか?」


「だって!今まで何ともなかったんですよ?!って事は⋯⋯アタシの、私の在り方次第って事じゃないですか!」


 藍莉は訝しんだ。『在り方』──そんな言葉を舞喜が普段から使うとは思えず、妙な違和感に至って、しばし考え込み、気付く。


(朝倉さん(あの人)⋯⋯もしかして)


 大州藍莉は朝倉拓也を嫌っている。


 だが、その理由には全て見透かしたような言動と中途半端に関わって、中途半端に匙を投げるような行動が目立っている為だ。


 そんな朝倉拓也が去年から面倒を見ていた舞喜の中にいる『現象』の対処、解決策が思い浮かばなかったとは、藍莉には考えられずにいる。


 そして、何よりもそれを准に伝えていないとも考えられなかったのだ。


(もしかして⋯⋯今まで舞喜に『現象』が起きなかったのって⋯⋯)


 藍莉もいい加減に慣れた頃だった。


『現象』という名の理不尽さ。


『怪異』という不条理さとそれ起点に起こる悲劇を。


『現象』は人の都合で現れず、人を惑わし、誑かして、苦しめる。


 その続きを藍莉は自己解釈して呑み込んだ。


「舞喜ちゃん、落ち着いて?何も責めてる訳じゃ──」


「やめてください!慰めなんて!藍莉さんには分からないんですよ!」


「⋯⋯⋯⋯舞喜ちゃん」


 しかし、問題は舞喜本人が投げやりになっている事にある。


 これは藍莉には解決出来ない、そう諦めたように顔を俯かせてリビングへと舞喜と准の二人にするべく戻った。


  ━ ━ ━


 湖が目の前に広がっていた。


『小さな救済』をしてくれた際に居た場所で、あの人との最初の思い出の地。


 匂いも空気も肌に染み付く風も全てが同じあの場所へ孤独に佇む准は俯いていた。


 まだ『現象』の事なんて信じてもいなければ、理解しようともしていなかった一年前の自分が我武者羅《がむしゃら》になって逃げるようにして訪れた場所は夢の中と言えど、心の中は懐かしさに包まれている。


 けれど、現実で起きた事も記憶している為、その懐かしさを押し退けるように不安感と絶体絶命である危機感が身を震わせていた。


 そんな時、後方から泥濘んだ足場を景気よく踏む足音が突如として近付いてきて、顔は僅かに上がる。


「少年、なに不貞腐れてんだ?」


 准の背後、聞き慣れたその声色は何処かおどけていて、小生意気な風にも聞こえる二十歳の男性の声。


「っ!」


 准は振り返り、その姿を確認すると目を見開いて俯いた。


「アンタが居るって事は、夢か⋯⋯」


 朝倉拓也は既に居ない。


 次の目的地へ向かうべく旅を継続した為、准の居る世界からは去った後。


 姿が確認出来るというのが不自然な話なのだ。


「⋯⋯⋯⋯まぁ、それでいいか」


 しばらく間を置いて肯定する朝倉拓也に何処か落ち込む様子を見せた准。


 それが気に入らないとばかりに僅かに顔を顰めた朝倉拓也だったが、准はその男の表情を見ず、斜め下へと視線を落としていく。


「なんだよ?嬉しくないのか?お前の偉大なる隣人だぞ?」


「僕は蜘蛛男なんて、求めてない。求めてるのは本物のアンタだ」


「⋯⋯叱責でもして欲しかったのか?」


 図星だった。


 顔は何処か苦しそうな表情を浮かべて、俯いた顔を正面に向けてみせる。


 こうすれば叱られる、責めてアドバイスが貰える。


 魂胆自体はあり、解決の為の糸口を模索するまでの足掻き。


「お前、夢に出てきた都合の良い奴に頼るのかよ?結局、自分の思考基準を元に生まれてんだから、俺に縋ってもしょうがなくね?」


「⋯⋯⋯⋯あ」


 失念していた事実に今度は膝をがっくしと落として、泥濘《ぬかる》んだ地面に泥を跳ねさせながら脚を汚す。


 そんな少年に苦笑して見ていた朝倉拓也は傍まで歩いて、手を伸ばした。


「聞かせろ。何があった?」


 差し伸ばされたその手を掴んだ准は立ち上がり、准の後へ着いて行くように道通りに下っていく。


 その道中、准は話した。


 今回起きた事、何故そうなったのか不明瞭だとする発言も込みで、夢の中、朝倉拓也と自身の心境も混ぜて語った。


「なるほど⋯⋯。で、今の少年はボロ雑巾同然と?」


 背を追い掛けつつも語り終えた准へ向けての最初の一言はへらへらとした笑いが含まれたものだった。


「言い方は酷いけど⋯⋯そう」


「なら、傷を治すところからだ。舞喜についてはその傷を治してからゆっくり話し合え」


 辿り着いたのは広大に透き通った海と砂浜が広がる観光地。


 少なくても『空弩街』には存在しないスポットであり、前を歩く朝倉拓也は道の端に設置された案内板を指で軽く叩き、場所を示す。


「『穿沢浜《うがさわはま》公園』?何処だ?僕の夢にしては知らない場所だな⋯⋯」


 辺りを見渡した准は更に神妙な面持ちへと変わっていく。


 森を抜けて数十分。たったこれだけの時間と徒歩で歩ける距離に海があるという異様さ。


 夢ならではあるが、それにしても海から届く潮の香りと漣の音に妙な現実味を感じた准は瞳を閉じて、静けさが止む様子のない空気を身体で感じる。


「ほら、行くぞ?」


「え?⋯⋯⋯⋯あ、あぁ」


 石造りの地面から砂浜が広がる場所へと歩みを進めていく二人。


 長く伸びたその道の先にある日陰を目指して歩き出していた朝倉拓也とその後を追う准。


 そんな朝倉拓也は、ふと思い出したように振り返り口を開いた。


「大洲藍莉と舞喜は生きてる。蒼太の坊ちゃんもな。良かったな」


「分かるのか?⋯⋯僕自身がどうなったかすらあやふやなのに⋯⋯⋯⋯」


「俺を誰だって思ってんだ?」


 自慢げに口にする朝倉拓也に多少なりともイラッときた准は口にする。


「夢の住人」


「ハッハ!殴るぞお前〜」


 高音で笑いながらそう呟いてじゃれていると、目的地が見えてきた。


 近くにある屋根がある木製の円形状の机とそれを囲むように設置された木製の椅子に導かれるように座っていき、朝倉拓也を見つめる。


 男は肘を机に着けて手に顎を乗せて、大きく欠伸した。


 人気は依然として無し。波の音が辺りを包み込む中、朝倉拓也は口を開いた。


「少年、大州藍莉と舞喜が狙われた理由、分かるか?」


「いや、分からない」


 しばらく、考え込んだ末の結論。


 突然の奇襲と明確な痛みは思い返せるが、その理由は終ぞ分からず始末で夢に没頭中の少年へ半笑いを浮かべた朝倉拓也は脚を組みながら、背後に亜空間を形成させて、飲み物を取り出す。


 ペットボトルキャップを外して、水を喉へと流し込む。


(なんか、普段とあんまし変わらないな⋯⋯。夢だからもうちょっとトンチキな事、するって思ってたんだけど⋯⋯)


 訝しんだ視線を向かわせて、人気が無い砂浜で二人の空間は静かに波音だけを立てていく。


 全て飲み干した朝倉拓也はゴミと化した空のペットボトルを亜空間に放り込み、准を見た。


「単刀直入に言うと⋯⋯アイツは『現象』を狩る存在だ」


「藍莉と舞喜は人だろう。⋯⋯いや、まさか」


 眉が思わず下がる准は俯き、事実確認を取るべく恐る恐ると口にしていく。


 口にする事を憚っているように慎重に。


 事実無根だと同情でも誘うようにゆっくりとした口調、震え始める唇。


「⋯⋯舞喜は違うだろ⋯⋯⋯?」


 それを平然とした様子で窺っていた朝倉拓也は再度顎を手に乗せて口にする。


「舞喜の中にある【ヨハネの四騎士】はまだ中にあるぞ?」


「!?⋯⋯⋯⋯なんで?なんで祓ってくれなかったんだッ!」


「祓う必要性が無かったからだ」


「あっただろ!?今回も!前回も田科が殺しそうになった!必要な事だった筈だ!」


 勢いよく立ち上がった准は詰め寄ろうと地面に固定されてベンチを跨り、真正面に居る朝倉拓也へと憤怒の念混じりに脚を動かして行く。


 殴り掛かろうとすれば届く距離にまで近付いた准の顔を一瞥だけしてつまらなそうな表情を浮かべながら口にした。


「結果オーライというんなら、田科と合流するのにあの子は使えたろ?」


「ッ〜〜!アンタなーッ!」


 白のインナーに手が伸びた。


 引っ張られる身体。


 怒りと困惑で震え出した腕は指先までその震えを起こしていて、動揺と怒りでしっちゃかめっちゃかな感情を武器に朝倉拓也に対して敵意を向ける。


 しかし、依然として朝倉拓也は詰まらなさそうに、半開きとなった瞼とその奥にある薄く青い瞳で准を見るだけであり、それ以上の事は何もしなかった。


「あの子の気持ち次第で幾らでも抑制出来るんだよ。アレ」


「⋯⋯え?」


「アレは本物の【ヨハネの四騎士】じゃない。何処までいこうと馬鹿が造ったレプリカで劣化品で模造品だ。だからお前らが出会った瞬間には殺されるような事はなかったし、【奴ら】も憑く事に特化していた」


 去年の春、桐江舞喜と他多数の者達に様々な影響を齎した『現象』は決して本物ではない。


 人を超えたモノを人は生み出せない故に起こった模造品《にせもの》。


 何処までいっても本物とは一線を画す馬鹿馬鹿しいまでの嘘。


 それが去年の春に持ち出された。


 全ての始まり。


 切っ掛けと序章。


「確かに⋯⋯そう言ってたけど。でも!危ない事には変わりないだろ?!」


 白のインナーから雑に手が離されて、浮きそうになっていた身体は自然と定位置のベンチへ戻される。


 少年によって作られたシワを手で伸ばしていく朝倉拓也は下を向いたまま。


 准も倣うように自分の座っていた位置へ戻ろうとしていた時、朝倉拓也の視線は准へと向いた。


「お前、俺が頼まれればなんでもする都合の良い奴って思ってないか?」


 その言葉に威圧感は存在せず、怒りや殺意なんてものは決してなかった。


 けれど、それでも⋯⋯准は驚いたように振り返り、冷徹と感じられる瞳はただ真っ直ぐ、逃がさないとばかりに向けられてしまい、思わず准は息を呑んだ。


「俺は『助ける』なんて言ってない。『手を貸す』とは言ったがな」


「詐欺の常套句みたいなのはやめろ!どうしたら祓えるんだ!」


「死んだら祓える」


 淡々と口にするその言葉は准の顔を引き攣らせる。


 想像力とは酷いもので、言葉一つで駆り立てられるように意識を向けてしまう。


 准はそれを何とか掻い潜るようにして抜け出そうと言葉にする。


「⋯⋯⋯⋯他には⋯⋯?」


「殺されても祓えるな」


「一緒なんだよ!そうじゃなくて!生きてる間に完全に舞喜の身体から【アレ】を祓える手段や方法はあるのかって言ってんだ!」


 言い逃げされないように、しっかりと条件を立てて口にする准。


 怪訝な表情で朝倉拓也を睨む准と相反したように遠慮でもしたみたいに視線は横へと逸れていく。


「あるにはあるが⋯⋯。あの子のメンタルが持たないぞ?精神力をやたらと使う筈だったし、現状の傲慢なお兄ちゃん大好きっ子かつヒステリックのおんぶに抱っこな凭れっぱなしの小娘の状態じゃあ、多分⋯⋯死ぬ」


「アンタなら可能な筈だ!違うかッ?!」


「可能だな。あんなゴミ、すぐにポイ出来る。相性も良いしな」


 准は去年の春にその光景を見ている。


 舞喜相手にこそしなかったが他多数の人間相手にいとも簡単に【化け物】を消滅させていた男の後ろ姿は准にとっては、つい最近のように思い馳せる事が出来た。


 だからこそ、何故舞喜相手にはそれをしなかったのか甚だ疑問は尽きず、声を荒らげて口にする。


「だったら、責任持って帰って来てくれよ!」


「じゃあ、【アレ】に憑け込まれる要因となったお前の責任は何処に行くんだ?」


「っ!」


 准の視線は下へと向き始めた。


 入れ替わるように少年へ向けた視線には多少の呆れと怒りが混じっており、向けられた視線に耐えかねて身体は自然と萎縮していく。


「言ったろ。お前が生涯、兄としてしっかりと妹を見る覚悟と意思があるなら『手を貸す』ってな。お前はそれをたった一年で、もう果たせた気になっているのか?驕るのも大概だぞ」


「⋯⋯それは⋯⋯」


 切っ掛けは些細な兄妹喧嘩。


 珍しいぐらいに荒立った舞喜に我慢ならずに口にした言葉が全ての始まり。


 飛び出した舞喜を最後に、事態が進行した事も知らずに部屋に篭って苛つきが抑えられない少年が次に妹を見たのは、血塗れのリビングだった。


 小さな切っ掛け一つで人生が大きく変わる事を知った一年前。


 あれ以来、家族とは何か、兄妹とは何か。


 その考えに支配されたような感覚になって、気付けば一年と少しが過ぎてしまった。


「そもそも、お前から俺に何かお願いをするって前提が烏滸がましいんだ、理解しろ。命だって何度も救った。家賃も払って、月々の生活費も払ってる。その上でアレやれコレしろと口を挟むのはどうなんだ?」


「っ!⋯⋯⋯⋯」


 最も痛手な言葉を口にされた准は遂に唇を引き結んで、奥歯を噛み締める。


 屈辱感は無かった。だが、自分という存在が酷く弱く感じて、今尚目の前に居る男におんぶにだっこな状況が酷いぐらいに痛感させられてしまう。


「まぁ、いいさ。とにかくお前は妹のメンタルケアと独立を促せ。孤独じゃなくて独立だ。一人でもやっていける為の精神的支えになれ。手ばかり貸すのが家族じゃないんだ。やってやれ」


「分かった⋯⋯」


「お前、独立ってのがなんなのか知ってるのか?」


「⋯⋯⋯⋯いや、知らない」


 ふんわりとした事柄と単語。


 会社経営を自身で行うという意味での独立と言うならば、准はそれに当てはまらないというのは分かる。


 問題はどういう行動、やるべき事を成せば独立というのが達成されるのか、准には皆目見当がつかない事にあった。


 子供が未来の大人となった自身を想像するように、曖昧で何処か浮いたような感覚が付き纏う。


 それが今の准の未来構図。


「人に頼らない事じゃないぞ?むしろ、頼っていいし、愚痴っても良い」


 朝倉拓也の言葉がその少年の不安定で骨組みすら成されていない未来構図をどのような影響があるかは、朝倉拓也自身も測ることをしない。


 男は優しさで口にしている訳ではなく、純粋にしなければならない事を口にしているだけなのだ。


「必要なのは、自身にとって大事な局面でしっかりと責任を負える事だ」


「それが⋯⋯独立?」


「まさか。それだけで独立なら簡単だ。大事なのは自分って言う芯をしっかり立てる事にある」


 分かっていない、そう口はしない准へ更に一蹴するように断言し切った朝倉拓也は更に言葉を並べる。


「他者を中心に置くんじゃなくて、自分を中心に置けって事だ」


「ごめん。訳分かんない」


 遂に諦めたように頭を掻いた准。


 それに対して鼻を鳴らした朝倉拓也だが、准には嫌味として捉えず、むしろ微笑しているその表情に安堵の顔を浮かべて胸を撫で下ろす。


「お前には一緒に考えてくれる奴らが存外多い。頼ればいい。それで、一緒に考えろ。自分なりの答えを見つけてみたらいいさ」


 顔を上げた先にいる准の表情を見た朝倉拓也は少し間を置いて、口にした。


「特に舞喜と一緒にな」


 口下手な部類にいる朝倉拓也なりの声援──その筈だったのだ。


 だが、准は逆に訝しんだ表情を浮かべて首を僅かに横へズラしてみせた。


「アンタが言えば、アイツ多分⋯⋯なんでも聞いてくれるぞ?」


「⋯⋯⋯⋯はぁ〜。それが独立から最も遠いんだよ」


「え?」


「頼る事と甘える事は違うって事だ。あの子は密かに期待してる。僅かに胡乱な感情が芽生えてる。意固地で抑えられない我儘成分が沸騰したみたいに湯気が立ち始めて、それを止めるスイッチの場所を見失っちまってる。それを止めてやれるのはお前だよ、お兄ちゃん」


 わざとらしく付けた呼称に何処か嫌味が籠められているのを肌で感じた准は苦い顔をしてベンチに座り込む。


「⋯⋯その期待とかってのは?」


「⋯⋯⋯⋯駄目そうだな」


 呆れてしまった朝倉拓也は首を横に振り、額に手を添える。


 その様子に申し訳なさが心を埋めていき、逃げるように遠くを見つめていた。


「あ、そうだ」


 だが、逃げる事は出来ずに急に思い出したような声を上げた朝倉拓也へと顔を向ける。


「大州藍莉に俺が渡した宝石のアクセサリー、鞄にも鞄にでも良いから詰めてろって言っとけ。後々面倒になっても俺は責任を持たんぞ」


「それって、アンタが去る前に教室で渡してたアレか?」


【八咫烏】による『夢世界』へのご案内があったあの事件の少し前、教室で渡されたあのアクセサリーは准の記憶にも新しい方ではある。


 しかし、准も藍莉がそれを持っている所は見ていない。


(アレってやっぱり大事なものだったのか⋯⋯)


 宝石細工が得意な専門職の人間が精巧に造った物というのは素人目でも理解出来た准ではあったが、それを持っているとどんな意味があるのか、それは聞いていない。


 聞くべきか、否か。


 迷った末、少年はグッと腹の中にしまい込んだ。


 先程の叱責と呆れた表情を再度見る事になるのが准にとっては耐え難い事であった為である。


「あの小娘、ご丁寧に机の中に入れっぱだ。まぁ、毛嫌いしてる奴から貰った物を持ち歩くのが嫌というのは納得出来るが、四の五の言わずに持っとけ、って口添えしといてくれ」


「あ、あぁ。そうする」


 しっかり頭に叩き込もうと脳内で復唱していき、覚えた!と自覚すると、頷く。


 そんな様子を見た朝倉拓也は顔を逸らした後、僅かに微笑んだのであった。


  ━ ━ ━


「⋯⋯あの女の人。滅茶苦茶強かった⋯⋯。なんなんだろう。『除者』だったりするのか?」


 状況の整理と打開策の開示を求める准に対して、相も変わらず危機感も忌避感すら感じない緩んだ表情を浮かべて、見た事もない最新技術の塊のような掌サイズのデバイスを使って動画をヘラヘラとした様子で鑑賞中の朝倉拓也に我慢ならず、声を掛けた。


「大正解。俺が一年前に街から追い払ったんだ。邪魔だったからな」


「なんでそんな事を⋯⋯」


「早い話をしてしまえば、『刃龍』の一件に口を挟まれないようにする為だな」


『刃龍』⋯⋯その名に准は眉がピクリと動き、身体をぎこちなくさせていく。


 顰め面へと変わった准。


 それを傍目で確認すると、デバイスの画面を消して黒いジャケットのポケットへしまうと、顔を向けた。


「⋯⋯⋯⋯⋯味方になってくれた可能性は?」


「無いな。アイツらは根っからの『現象アンチ』だ。その癖、いちびりだからなんでもかんでも噛み付いてくる。だから追い払った。そうしないと、お前はそもそも田科の坊っちゃんと出会えてたかも怪しい」


「やっぱりアンタ、一枚噛んでたのか?」


「勘違いすんなよ?『刃龍』が死んだのは本当に想定外だった。アレばかりは人の業を見誤った俺。そして『現象』を舐め腐ってたお前の落ち度だ」


「⋯⋯人の業⋯⋯」


 聞き覚えはなくても、見覚えはある。


 暗く沈んだ表情を浮かべて、自然と掌は拳を作り、机の上で音でも鳴らしそうな程に握り締めていく。


『人間』と【現象】が相容れる訳が無いと確信へと変わった夏休み。


 身を焼く程の暑さが燦々と照らされていたあの日、何もよりも身を悶えさせて、凍えさせた顛末に脳裏は離れてくれない。


 何時までも──【声が鳴る】ばかり。


 そんな折、掌を叩き、無理矢理意識を自身に向けさせた朝倉拓也によって沈んでいた表情は僅かに日を拝めるぐらいにまで戻った。


「とにかく、お前は妹の事を優先して考えろ」


「でも、なんて言えばいいか⋯⋯俺には⋯⋯」


「それで良いんだ」


「え?」


 意外だとばかりに目を見開いた准。


 しかし、特に意外な物言いも言葉も放った覚えは無いと飄々とした様子のまま准へ語る。


「考えて、整理して、物事を綺麗に纏めようとするな。もっと雑で良い。兄妹での会話なんてそんぐらいが丁度良い」


「でも、伝わんないと⋯⋯意味が無いって、いうか⋯⋯」


 准の迷いや弱腰な態度を男は笑わない。


 経験はなくても、それが少年だと肯定するように穏やかな表情で悟(・)っ(・)た(・)。


「確かに、伝わらなきゃ伝えた事にもならない。それは否定しない。けど、伝えたい相手も知ろうとしてくれているなら、話は変わる」


 イマイチピンと来ない准に苦笑にも似た笑みを零してしまうものの、男はそれについて深くは言わない。


 男は自主性重視の価値観で接している事による弊害とも取れるコミュニケーションを選択し続け、准を諭す。


「⋯⋯分からないか?少年。人同士、完全に分かり合えはしない。けど、分かり合える部分を尊重し合えば、きっとそれは愉快素敵な関係になれるのさ。少年と大州藍莉のようにな」


「僕は困らせてばかりだ」


「俺だってそうだ。でも、だからこそ⋯⋯傍にいて欲しい。違うか?」


「⋯⋯⋯⋯うん」


「なら、やる事は簡単だ。二人を助ける為に必要な事、それはあの女──骸魅《むくろみ》笑撫《えな》からの強襲をいち早く止める事。これに限る」


 簡単に言い切る男と准とでは実力差は明白。


 それは准にも理解出来る程のパワーバランスであり、拮抗なんて出来る筈が無い程の圧倒的天地の差だろう。


 だからこそ、准は声を荒らげた。


「でも、さっきも言ったけど、手も足も出ないんだ!」


 背後からの奇襲にも似た拳は簡単に躱されて、挙句反撃を食らってノックダウン。


 喧嘩慣れ依然に殴るという行為をした試しが少ない人生を送ってきた准は、格闘技の類いも学ぶ必要性にも囚われず生きてきた。


 環境、目に映るものの価値観の違い。


 しかし、それだけでは説明のつかない程の怪力を持つ骸魅笑撫には勝つビジョンが見当たらなかった。


「なんで暴力で解決するんだ?」


「はぁ?」


 お前が言うな、そう苦言を呈してやろうかと漏れそうになった本音は出なかった。


 否、出す前に朝倉拓也の方が早く言葉を綴ったからだ。


「暴力で解決しようとする相手は基本的に言葉に弱い。何故か分かるか?」


「いや、分からない」


「言葉よりも手で解決する方が近道だと割り切ってるからだ」


 何が言いたいのか、冷静に考える准は無意識に考える素振りをみせる。


「そこに弱点が、ある?」


「そ!近道は確かに有効だ。でも、同時に落とし穴もある」


 既に骸魅笑撫の弱点を知っている朝倉拓也は二本指を立てて、人差し指を畳んだ。


「アイツはその近道をまだ便利なものだと勘違いしてる。偶然、運良く穴に落ちてないだけのビギナーズラックの小娘だ」


 そして残った小指。


 それが何を意味しているのか⋯⋯准は初め分からずに目を凝らした。


 二本指と言えば中指と人差し指が日本では通例でポピュラー。


 海外では別の示し方こそあるが、朝倉拓也はそんな捻った事はする程、芸達者ではない。


 だと言うのに何故か人差し指と小指で表現した。


(なんで小指⋯⋯。小さい?テルってか?じゃあ親指とだしな。⋯⋯子供⋯⋯、あっ)


 昨日の夕方頃に出会った少女を思い出した准は名前を明確に蘇らせた。


 桃色の髪、色鮮やかな髪の先端に向かって伸びるカラフルな色のメッシュのようなもの。


 大道芸が意図して着てそうな奇抜なファッション。


 あれほど目立ち、印象深いというのに今日の頃には忘れ去ってしまっていた少女の顔を思い浮かべた。


「骸魅⋯⋯って事はそれを良しとしてるのは、喜雨《きう》っていう子か!」


 小指が掌に収まる。


 頷きで、合格だ、とばかりにアピールし始める朝倉拓也は手振りで二人を示す。


「分かってきたじゃないか。そう、あの二人は元来二人三脚方式で事に当たっている。姉の笑撫が暴力、妹の喜雨が探索と調査。しかもどちらも腕利きだ」


「笠辺先輩と田科が組んだら勝てるかな?」


 それは些細に思い浮かんだマッチング。


『除者』と言うワードの時点から優と沙耶の二人が真っ先に想起されていた准は思わず口に零してしまった浪漫に溢れた対決。


 どちらも双方共に怪物の為、勝敗の目星が一向に付かない事による好奇心がそうさせた。


「流石に姉妹どちらかと二人掛りなら、リンチ出来るだろうな。けど、姉妹揃ってとなると、田科が死ぬな。笠辺の次女は相打ちぐらいだろう。だから、得策とは言えない」


「そうか⋯⋯」


 夢ある浪漫対決は朝倉拓也という隔絶された実力を持つ人物により、結果発表として予想を言い渡された。


「やっぱり、話し合いに持ち込むしかないのか⋯⋯」


 身体を竦めたくなる程の殺気と圧倒的な実力ある人物に対して口を開くというのは勇気がいる。


 交渉となれば尚のことだろう。


(僕、最悪⋯⋯開口一番に殴られて死んだりしないかな⋯⋯?)


 近道を取る前提で事を運ばれると決着なんてものは目に見えている。


 話し合いに応じてくれる為の交渉材料なんてものは持ち合わせていない事も加味して、不安感は加速していく。


「なんで、暴力前提なんだ?」


 思わず訝しんだ朝倉拓也はそう尋ねた。


「⋯⋯⋯⋯いや、何となくだったんだけど」


 しかし、イマイチ反応が悪い准に目を細めると、それに気付いて逃げるように視線は下を向く。


「あ〜、お前アレか。俺みたいになりたいのか?」


「さ、流石にアンタみたいにはなれないって」


 一種の憧れであり、目標の一つ。


 絶対的なピンチを軽く乗り越えて、危機的状況を飄々とこなせる圧倒的な余裕は少年にとっては羨望にも似た何かがあった。


 しかし、朝倉拓也は反対に顰め面を浮かべる。


「止めとけ。俺なんざ目指すな。むしろ、俺はお前になりたいぐらいだしな」


 驚きで口はゆっくりと開いていき、唖然としたような表情で朝倉拓也を見つめた准は聞き間違えかと思い、耳を疑った。


「アンタ、俺になりたいの?」


「あぁ。あんな平和ならそれも良いかなって。高校、卒業し損ねたしなぁ」


「えぇ?!中卒?!」


「うーん、微妙だな。多分、高卒してる扱いだとは思うんだけど、式に出てねぇから実感ないんだよ」


 旅人が旅を始めた切っ掛けは突然にして突如の事。


 世界の平和、守りたい者達の為、そんなお題目を銘打たれて強制的に始めさせられたその旅は、決して本人の意図して始めたものではない。


 それでも、自分の世界が危機的な状況にあれば、やらざるを得ないと不貞腐れながらも始めた制限時間付きの旅は現在進行形だ。


 だからこそ振り返り、感傷に浸るように欲しかった現実《りそう》を何時までも夢見る。


「俺みたいになると、ロクな事にならない。力があるとか、ないとかで憧れるだけじゃあ、何時か身を滅ぼすぞ?」


「⋯⋯⋯⋯」


 一方の准は現実では非力で屈辱も苦渋も味わっている。


 だからこそ、力を欲していた。


 目の前に居る男はそれを体現する事すら容易であり、喉から手が出る程に求めていたもの。


 憧れが近くにあれば、もしかしたら届くのではないか、そんな切望は胸を踊らせると共に期待ばかりが膨らみ、萎む事を忘れていく。


「お前は分かってない。力を持っているからって羨ましいなんて持ってない奴の僻みだ。俺はむしろ、後悔してる」


「後悔?」


「まぁ、色々だ」


 円形の机、その周りをグルっと囲むように設置されたドーナツ状の木製の椅子に寝転んだ朝倉拓也は空を見上げる。


 懐かしさに浸るように思い出に帰りたいと切願して止まない感情は太陽から齎される日差しと止まない波の音では潤せない。


「そういえば、お前あの女にまだ伝えてないだろ?」


 勢いよく起き上がった朝倉拓也は准へ問い掛けた。


「え?」


 突然の事で素っ頓狂な返しをしてしまったのは言うまでもなく、首を傾げてしまう。


「どんだけ、お前が妹と恋人を好いているのか。お前はあの馬鹿女に伝えてない。それが鍵になる」


「赤裸々に語れと?」


 交渉材料が准が語る甘酸っぱい気持ち、なんて想像し難いと微妙な顔をする。


 恥ずかしさ以上に状況を読み取れない馬鹿な子にならざるを得ない。


 それが何処か忌避感すら感じてしまい、提案者の朝倉拓也を怪訝な表情で見つめた。


「語れないのか?疚しい所でもおるのか?⋯⋯あ!さては、お前大州藍莉の事を身体目的で──」


「怒るぞ?」


「冗談だよ。分かってる、分かってる」


「⋯⋯」


 揶揄うように笑ってみせた男に呆れて言葉が詰まる。


(ちゃんと考えてくれてんのかな?)


 朝倉拓也にとっては他人事で済まされても、准にとっては二人の命が狙われているという危機的局面に置かれている真っ最中。


 笑い話にはしてはならない。


「悪かったって〜。なら、一つ良い事を教えてやる」


「良い事?」


 気持ちが少し前のめりとなり、身体はそれに合わせるように前に設置された円形の机に上半身を軽く乗せた。


「骸魅笑撫は妹分の喜雨が近くに居ないとパフォーマンスが落ちる。ショッピングモールで見せたって言う怪力は発揮出来なくなる。まぁそれでも〜普通に挑んだら少年は死ぬけどな?」


「駄目じゃん⋯⋯」


 期待させてくれた男をキツイ視線が向かった。


 気付けば、机に乗っていた上半身は後方へ向かい、元の位置に戻り終えると腰を曲げて悩める少年が出来上がっていた。


「そう言うなって。そもそも、全力で逃げつつその間に交渉すれば良い」


「でも、その交渉する為の材料が無い⋯⋯」


「要らないぞ?アイツ、情に脆いからな。二人を直接会わせなければ、話し合いには応じてくれると思うぞ?」


「んな、馬鹿な。あんな人が?」


「むしろ、あんな奴だから『除者』になったんだ」


「ん?」


 男は骸魅笑撫のバックボーンを既に見ている。


 だからこそ分かる、女の執念と躍起になった『怪異』の排斥《はいじょ》の意味を。


「そもそも、なんで喜雨って女の子はあんなに奇抜な服装と髪色、姿をしてるんだろうな。目立って仕方ない筈だ。それなのに、何故かあの格好を選択している──さて、誰が選んだでしょうか?」


 問題にすらならない、准は即答だった。


「骸魅笑撫、だな」


「そ。じゃあ、何故妹なんだろうな⋯⋯。使い潰す奴に中途半端な感情と明確な関係を構築しちまうと後になって困るのは自分自身だってのに⋯⋯」


「それは⋯⋯⋯⋯」


「分からないか?」


 念押すように口を開く朝倉拓也は促す。


 先程まで揶揄っていた筈の男の表情は気が付けば至って真剣そのもの。


 だから、准もそれ相応に考えた。


「妹である理由?⋯⋯⋯⋯いや、と言ってもな」


「お前は既に別の方法で試してる。ただ、工程と結果が違っただけだ」


「え?⋯⋯⋯⋯まさかと思うけど──」


 それは一つの結論。


 口にしようとする頃、風は吹き荒れて、海には大波を齎し潮騒が激しくなっていく。


 踏み心地のよい砂浜は風に捕らわれていき、上空に飛んで行こうとする。


「そろそろお時間だな。もう傷は治してる。舞喜と大州藍莉はお前の手で救え。人を頼ってもいい。『幽霊』でもなんでも手を使って解決しろ」


「───分かった」


「奴らは『刃龍』が死んだ所⋯⋯閉鎖させた遊園地に居る。人気はないが、夜に向かえ。その方が都合が良いと思う」


 透き通っていく夢は虚ろに消えていく。


 鮮明に映し出された砂浜と海、近くにあった道路や橋はパズルを分解していくように小さな破片となって空へ漂いだして、朝倉拓也は立ち上がった。


「じゃあな」


「ありがとう!夢の朝倉さん」


 大きく手を振る准を振り返って見た朝倉拓也も小さく合わせたように手を振る。


 そして、夢の世界は完全に消えて二人はその世界から居なくなった。


「っと!さてと、最後まで気付かないかったんだな、アイツ。⋯⋯らしいっちゃらしいかな」


 立ち上がった朝倉拓也に不可能はない。


 可能性が本当に僅かでもあればそれを『無限』に広げる才を持つ、究極の旅人。


 故に他世界に居ようととも、干渉はいとも容易く行える。


 大きく背伸びをした朝倉拓也は現在、日差しの強く、資源の枯渇した世界へ脚を踏み入れていた。


 目的は地球の十倍程大きい、惑星であるこの星の破壊にある。


 総勢、一億八千万八百八十四人のこの星に生きる侵略を是とする民族達は互いを鼓舞し、資源確保と次なる土地を求めて地球では製造不可のオーバーテクノロジーを用いた他世界への巡航を可能とする宇宙船に乗り継いでいた。


 それを遥か遠方、四千キロの砂漠から見つめた朝倉拓也は呟く。


「お前らに、俺の世界は行かせない⋯⋯。踏み入れようとした時点で殺す理由は十二分だ。入ったら、あらゆる歴史、世界線、時間、可能性から抹殺する」


 指先一つ。たったそれだけの小さな光。


 透明色と空色の魔力を薙ぎ払うようにして宇宙船を引き裂く。


「⋯⋯⋯⋯行くか」


 両指を絡ませて、掌を叩くと共に四千キロは一気にゼロとなり、上空へ。


 人差し指一つ。


 前に差し出すようにする。


 そこから一滴の水滴の形状をした超圧縮の魔力が上空から落とされた。


 音はなく、徐々に肌を焼く感覚と違和感によって、その星の者達は空を見上げ始める。


 そして、何かが居る、何かをした。


 その理解に追い付いた頃、地面へと辿り着いたその一滴は星を穿ち、ブラックホールを生成し訳も分からず、阿鼻叫喚が哭る。


 ある者は押し合うように迫り来る黒の空間から離れようと、ある者は生贄を差し出すように隣を走る者を蹴落として前を進もうとした。


 それを黙々と上空で見上げるばかりの男に迫る二人の奇襲。


 翼を持ち、薄緑色に所々光る二メートル程の槍を携えて迫り来るものの、朝倉拓也は一瞥だけして片手を僅かに上げた。


 そして、手首を利かせて振る。


 刹那──二人の奇襲者は下から上に押し上げられるような衝撃が襲い掛かり、光の速さで大気圏外へと放り出されてしまう。


 それに追い討ちを掛けるように右手を少し掴むような形状にすると、人差し指と親指の間に魔力を籠めた。


 そして、人差し指を弾くように親指を後方へ向かわせると同時に光は大気圏外へ一気に加速し、星から追放された者達を包み込む。


 星が不自然に動いた。


 自転、公転による動きではないと誰もが察し、慌てふためき、大地は突如として空へ浮かび上がり、建造されていた国家も村も街も他の生物も巻き込んで、星の瓦解を影響を受けない男は静かに見守る。


「俺みたいになるなよ⋯⋯少年」


 星の崩壊まで後、三分。


 その間、男はなんの感情もないとばかりに死にゆく侵略者(予定)の者達、総勢一億八千万人と近くに居なかった星の民、約三十億もの人口の絶滅を目視で、ひたすら黙々と見つめていた。


「貴様か!このような愚行、悪辣非道を行った愚か者は!」


 星の爆発に抗うように関節部分には薄緑色に発光した武装をした赤茶色の厳格な男が小型船から身を乗り出してかねない勢いで姿を現した。


 上空へ吹き荒む大地、人だった何か、建造物はその小型船を避けるように空を舞い続ける。


「⋯⋯この国の王か。丁度いい、鎖の欠片を渡せ。渡せば、お前だけでも助けてやる」


「戯けるなぁぁぁあ!」


「⋯⋯⋯チッ!」


 舌を鳴らした男。小型船で突貫しようとする王。


 大きさは八メートル程の小さな船。


 シャープな形に縦に伸びたその構造、船の下部には地球の技術では現状不可能とされる『空間作成技術』を用いている。


 上下左右、あらゆる物理的干渉を阻害する機能があると同時に、機能を最大限まで上げれば短期間ながら空間に穴を空ける事すら可能なその『空間作成技術』は瓦礫等からの干渉をゼロとして最高速度を保ったまま朝倉拓也に迫る。


「渡せねぇなら邪魔だ」


 それを蹴り一つで小型船を粉々にし、身体が浮き上がった王は唖然としたまま上昇気流に巻き込まれていき、大気圏外へと。


『空間作成技術』の利点は備え付けられた物に対して決められた範囲のみ『特別な空間を作成』するという観点が挙げられる。


 それにより外的干渉による影響をゼロにする事が可能となっている──筈だったのだが、弱点として空間そのものを削る、または消す程の高火力かつ高水準の密度が詰まった一撃にはめっぽう弱いという点が挙げられていて、克服は出来ていない。


 ギャグのような飛び方をしたその男は息が出来なくなっていく。


 過呼吸なんて生緩い程の切羽詰まった表情と青白くなる肌。


 視界は途方も無いほどに遠く感じ始め、臓器すらもやがて凍り付き、そして氷塊として宙を漂う。


「─────あった」


 近道だ、とばかりにブラックホールの中を一直線で進み、突き抜けた朝倉拓也はその先にはある崩れ去った王宮の中へ入る。


 そのまま、プリズムのように光るその小さな欠片を手に取り、亜空間に放り込む。


「っ!だ、誰ですか?!た、助けてください!」


「あァ?⋯⋯⋯⋯あの王のガキか」


 小さなティアラ、赤茶色の髪と小さな身体は必死に瓦礫にしがみ付き、死《そら》へ向かうのを精一杯に耐えていた。


 口元には酸素マスクによく似た構造の物を口元に添えられており、瓦礫の下には家臣であろう男だった者の遺体が転がっている。


「お前のパパは俺が殺した。侵略なんざしようとしなけりゃ、友好関係ぐらいは結べただろうがな、駄目だったわ」


「貴方がお父様を?あの猛将と名高い父を?」


 か細い吐息、酸素の枯渇と身体が今にも吹き飛びそうな衝撃に耐えている少女は苦しそうな顔をしながらも、瞳には驚きが隠せていなかった。


(そういえば、この世界、他世界とコンタクト取って侵略戦争始めてたな⋯⋯。いっそ、引き出すか?コイツから)


 一方の朝倉拓也は星の崩壊であろうと、ビッグバンであろうと、痛手にはなり得ない。


 吹き荒む突風は身体を宙へと舞い上がらせていこうとするものの、飄々と抗い、少女の傍へ近付いていく。


「へぇ、あのオッサン、そんな武勲があったのか。ゴミみたいに死んだから気付けなかったな」


「⋯⋯⋯っ!父を、王を愚弄する発言は──」


「煩い」


 心臓を一突き。


 少女は知らぬ間に意識を失うと共に、殺された。


 女子供であろうと容赦や余念がない男は、背中を貫通したまま、少女を持ち上げ、ゲートを開き、世界から去っていく。


 それが朝倉拓也にとっての受難になるとも知らずに。

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