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この街は今日も語る  作者: 紫芋
夏休みシリーズ 富宮奏海は罪を語る

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ポストリュード

これ書き終わったの11日ですぜ!長すぎた⋯⋯。


投稿時間も20時位にできたからそうしました。


なんか適当だけど、許して

 語り始めは奏海を視認さ出来る颯悟であった。


 真っ当な意見、何がなんやらと言った具合いで口を開く。


「なんで、奏海がここに居るんだ?!そもそもここ何処だ?!あの人達は何してるんだ?」


 颯悟には未だに呪縛から解けていない両親が遺影に向かって拝む様子が映し出されており、気持ち悪さを隠す様子もなく、指を差す。


 颯悟の隣には優が居て、何時でも押さえ付けられるように警戒心を焚き付けている。


 そして、奏海の傍には沙耶が居て、既に刀を何時でもよ抜けるうに準備を整えて、隣に居る奏海の『現象』が発動した時に伴って首を斬る役目を遣っていた。


 最後に藍莉の隣には准が居て、三人の会話を円滑に進める役として座している。


「私のお父さんとお母さん。もう死んでるの」


「は?⋯⋯いや、はぁ?」


 困惑の限りに絞り出した言葉に准も同情的であった。


 何故ならば、准にも二人の遺体が見えていない事にある。


 現状、その遺体が正しく見えているのは藍莉と奏海のみ。


「そこに居るのよ。颯悟⋯⋯」


「いや、藍莉。⋯⋯お前まで何言ってるんだ?」


 颯悟からの訝しみは深く、不可解な言動をする藍莉の様子を細まった瞳が定めた。


「軽蔑するならしたらいいわよ?私は貴方に何を思われても構わないもの」


「いや、そんな事は⋯⋯」


 冷ややかに底奥の見えない瞳が颯悟を穿つ。


 藍莉は何故颯悟に殺されなければならなかったのか。


 見当すら付いていないが、彼女にとって忌忌しき点はそこではない。


 そもそも、何故准との仲を裂こうと画策し始めたのか、どうして自宅に侵入なんて真似を仕出かしたのか。


 この二点に焦点を絞っている。


「颯悟、どうして私と彼の仲を絶とうなんて考えに至ったの?」


「それはお前を愛──」


「それはいいの。知ってるから。でも、貴方に対して恋慕なんて抱いてないって言わなかった?忘れたの?」


「そ、それは」


 忘れている訳では決してない。


 しかし、諦めきれない、捨てきれない、燃焼は未だ尚続いている故に 抱き抱えたまま、滾った恋慕の熱は身体を、口を動かしていこうとしていた。


 だが、今回会話の中心は三人なのである。


 もう一人、富宮奏海が二人の会話に割り込んでいく。


「藍莉だって勝手じゃない?前から気付いてたんだよね?なんで今になって⋯⋯」


 藍莉は奏海の声が聞こえない。


 だからこそ、准が耳打ちをする事で奏海の言葉を代弁する形で藍莉に届ける役も担っている。


 当然、今の奏海の言葉も伝えた訳であり、睨み付けるように沙耶と見えない奏海の方へと視線を送り、沙耶は少しビクッと身体が震えた。


「そもそも、貴女だって、颯悟におんぶに抱っこだったじゃない。なんでも言う事を聞いてれば好いて貰えると思ってたその思い上がり、どうにかした方が良かったんじゃないの?」


 我慢ならないとばかりに立ち上がった奏海は畳を大きく鳴らしながら一歩、また一歩と藍莉へ向かって歩いて行く。


「!私は今!藍莉について聞いてんの!あんた、颯悟の事に気付いてて、無視してたでしょ!?なのになんで今私が責められるの?!違うじゃん!」


 怒声に怯える颯悟、慣れ親しんですらいる准は、これこれ、とばかりに頷き、太腿を隣に座る藍莉に抓られる。


 優の視線は奏海のすぐ背後に立っていた沙耶へと向いており、退屈そうに欠伸をした。


「富宮さん、落ち着いて、ね?」


「だって!⋯⋯⋯⋯ごめんなさい」


 まだ言い足りない、そんな顔をして促されるまま沙耶へ指定の位置まで戻らされる奏海なのだが。


 収まりを見せない者がもう一人、この空間には居る。


「そ、そうだぞ。俺の気持ちに気付いてたんなら、なんで先に受け入れてくれなかったんだよ。俺の方が先に⋯⋯」


「今そういう流れじゃねぇだろ。よくここで口挟めんな⋯⋯。感心しちまうぞ」


 退屈そうに胡座をかいている優とそれに反旗を翻すかのように颯悟は鋭く睨み付ける。


「なんだ?文句でもあるのか?」


 そんな子犬が警戒心バリバリで剥き出した視線などさしたる問題にすらならない優は仏頂面をそのままに睨む。


「あ。い、いえ」


 威張るだけの子犬は大人しく引き下がるのが吉、そう判断した颯悟は萎縮したように身体を丸めて隣に居る優から距離を離そうとするも、そんな様子を見ていた准は呆れてしまう。


「なんで負けてんだよ。武島」


「うるせぇよ!」


 座り直した奏海は早速とばかりに藍莉に食ってかかるべく藍莉の方へと視線を向ける。


 言いたい事、言わなければならない事、今まで仲良しこよしを平然としていて、溜め込むだけ溜め込んでいた感情を吐き出す為の舞台。


 そこに立つ三人の共演である。


「藍莉ってさ。ある意味勝手じゃん。リーダー気取りでなんでもしていいって感じあるし」


「してないわよ?勝手に貴女がそう思い込んでるだけじゃないの?」


「あるわよ!気付けばあんたが中心に居て、皆が着いてく。そういう流れが何時も自然と出来てんじゃない!昼休みも放課後もそう!」


 准も思う所はあった。


 何故、藍莉があのメンバーで中心なのか、と。


 特に何かを命じる訳でも、特別な立ち位置に置かれていた訳でもない中、何故か藍莉があのメンバーでの中心となっていた。


 そもそも授業で偶然、班分けで授業のレポートを書きクラス発表を行うとなった際、あのメンバーが揃ったのが切っ掛けで誰が中心でもなく、誰かが取り仕切る必要性は無かった。


 それでも、レポートの報告会も終えて、気付けばそのグループで仲良く昼食を取る為、食堂へ脚を運んだり、放課後の帰宅時間が一緒だったという類似点。


 たったそれだけで次第と藍莉が真ん中に座するようになって、今のような流れとなっている。


(誰でも良かったのかもな⋯⋯)


 偶々、そのクラスでモテる奴が真ん中に位置しただけの話。


 偶々、ある女子が恋をしている男子がそのモテる女子へ好意を抱いてしまっただけの事。


 偶々、その時、話した何気ない会話で気が合って、帰りの時間も比較的に同じだったというだけの話。


 つまり、どれか一つでも違っていれば、藍莉でなくても良かった。


 ただそれだけのつまらない些事なのだ。


「それなら、二人で仲良くやればいいじゃない。そんな度胸もないのに、こっちにやっかみに来ないでくれる?」


「はぁ?!私が颯悟に、藍莉よりも私に着いて来いって、わざわざ口にするの?ばっかじゃないの!それが気取ってるって言ってんの!」


 跳ね上がるボルテージ。ピリついていく空気に耐えられなくなっていくのは颯悟なのである。


 彼にとっては二人が面と向かって楽しく会話している場面しか知らない。


 逆に言えば、こんな些細な事で起こる喧嘩を二人がするというのは中々にレアな光景なのだ。


 当然、そんなレアな光景だと認識している准は二人の口喧嘩を仲睦まじいものと捉えており、微笑ましそうに眺めるのみ。


「なによ、自分に自信がない事を反故にして、こっちに噛み付いて来るなんて、犬畜生にでもなったの?貴女は」


「なんですってぇぇ!」


 再度立ち上がる奏海、そして今度は応じるように立ち上がった藍莉とそれを見ていた颯悟も堪らず立ち上がる。


「お、おち、おち、ちつけ!」


 両手を双方へ伸ばし、制止を焦る気持ちを耐えながら促していく。


 しかし、准は迷っていた。


(二人はこのまま言いたい事を言って貰うとして、コイツはなんで大して口を挟まんのだ⋯⋯。優が怖い?いや、というより、趣旨を理解出来てないのか)


 目的はただ一つ。『富宮奏海』が『藍莉と颯悟』の二人に向ける『罪』の知覚とそれの発散。


 准と舞喜の場合は罪は『忘却』で『修復』を果たす事で心のゆとりを齎す。


 両親と姉の罪は『孤独』で『決別』を成す事で立ち直りを促した。


 奏海本人の罪は『嘘』であり、『本音』を晒す事により、偽りない気持ちと向き合う。


 そして肝心の藍莉と颯悟の罪は『情愛』であり、口にしなければ伝わらない。


 恋人であろうと、友人であろうと情はあり愛もある。


 だが、藍莉のどっち付かずの仕草と言動、颯悟の奏海に対する態度と行いが招いた事態。


 本来、友人関係にそこまで深く立ち入る事はしなくても良い筈なのだが、ただでさえ八年前に准が約束を放ったらかしたという結果を招いた事がよりその歪性を高めてしまっていた。


 本心としては『知りたい』『理解したい』という欲求から来る感情ではあるのだが、その対象は現在、藍莉と颯悟の二人。


 そして肝心の颯悟が本音を言わなければ始まらない。


「ちょっとカマかけるか」


 ボソッと呟いた准が颯悟の方へと向きを変えて訝しんだ表情をしながら口にする。


「そもそもの話、武島。お前、富宮の気持ちに気付いてたのか?」


「⋯⋯⋯⋯いや、全く」


 申し訳ないという気持ちも多少あるのだろう。


 身体と心に熱が宿っていたとしても、特定の相手でなければ基本的に素のままでいられる颯悟は奏海をチラチラと見ては俯くを繰り返す。


 だが、身体と心に『現象という熱』がないにも拘らず、最もヒートアップしていくのも、やはり奏海なのである。


「そりゃそうよ。コイツ、何かある度に藍莉、藍莉って、私の事なんて、振り向くどころか都合の良い駒としか見てないんだもん」


「なっ!そんな言い方ねぇだろ!大体な、桐江と藍莉を別れさせるって提案にお前だって二つ返事だったじゃねぇか!なんで自分だけ逃げてるんだよ」


「好きだからに決まってんじゃん!好きだから協力してあげたかったの!そりゃ、藍莉ときーくんが仲良いのは私にとっても不都合かも?って思う時もあったよ?でも、やろうって決めたのは、私にとってあんたが優先だったから!」


 張り裂けそうな声を盛大に、心境の吐露をしていく。


 耳が痛くも痒くもない准と藍莉は淡々と二人の口論に耳を傾けていく。


「それが勝手っててんだろ?俺を盾にして自分の行いは正当化でもすんのか?!あぁ!」


「してないじゃん!認めてるんだから」


 二人の加熱するテンション感にライブ感覚で聞き入っている准であったが、そこに肘で腕を小突いてくる優が耳打ちをした。


「おい、桐江」


「ん?」


「これでどうにかなるのか?」


 明らかにただの口論であり、解決策と言うには忍びない。


『除者』として『怪異』を炙り出して祓うというのが常日頃の流れである為、こういった手法での解決策に戸惑いが隠せない優は不安視し始めていたのだ。


「なると願うしかないだろ?」


「?!⋯⋯お前、算段あってこんな事してるんじゃねぇのか?」


「僕は一度も確証性なんて説いてないだろ。あくまでも可能性だし」


 そう、少年は、絶対いけるよ!なんて言葉を吐いた事は今日も昨日もない。


『虚象』というアドバイザーが居て、初めて武力無しでの解決策へ導き出せた。


 それがこの口論会であり、上手くいかなければ当然、准も他多数ここに居る皆は奏海によって殺される。


 仮に沙耶が刀で首を刎ねて奏海を殺した場合、それは准にとっては失敗も同意義であり、『時間逆行』までして帰ってきた意味が喪失したのと同じなのだ。


「⋯⋯こんな痴話喧嘩みたいなの、ずっと聞かにゃならんのか?俺達」


「そうだぞ?」


 そうして三人が口論を繰り広げでいる位置へ視線を向けて、少し微笑む。


「でも、初めて聞いた」


「え?」


 何故か、少年が笑っている。それが理解出来ず、目を細めて思考するも、その意図が掴めず、少年にその理由《わけ》を問うように視線を送った。


「少なくても、僕は教室内であぁやって喧嘩する三人を知らない。だから意味があると思った」


 好いている男子が別の女子に好意を持っている。


 当事者からすれば心中穏やかではいられない話であり、きっと藍莉と友人をやり続けるという事に綻びのようなものを感じていたと推測する准が導き出した結果の口論会。


 誰にだって隠しておきたい気持ちがあるのは重々承知の上で敢えて晒け出せとばかり、見守るばかりの准の表情は穏やかだった。


 そんな少年の横顔に諦めのような溜め息を吐いた優は准と同じく三人の口論を聞きながら言う。


「⋯⋯分かった。お前を信じる。だが失敗したら、笠辺さんが彼女の首を刎ねる事、忘れんなよ?」


「分かってる」


 すると、二人の身体に影が出来て、何やらといった様子で見上げると、そこには藍莉が不機嫌そうに立っていた。


「准!奏海の馬鹿が言ってる事、教えて!」


 奥で颯悟と口論を繰り広げている奏海を見る准だが、肝心の内容は──。


「あ、やべ、聞いてなかった⋯⋯」


「何やってるの!」


 優との会話に聞き耳を立てていたせいもあって、厳かな態度が常の優もこれには呆れてしまう。


 だが、地獄に仏とはこの事とばかりに沙耶が准達の元へ座りながらゆっくりと近付いて声を掛けた。


「⋯⋯クレープ屋さんで、奢った、奢ってない、って話、だよ?」


 どうやら話が気付かぬ間に脱線をしてしまっているようだった。


 確かに本心や心境を吐露しろという名目はあれど、全くどうでもいい話での喧嘩ならば話は変わる。


「おい待て。真剣にやれや!」


「キーくん!私、悪くないよね?!颯悟の方が集《たか》ってきたんだよ?」


 前のめりに主張してくる奏海に気圧されるように身体は反る。


 だが、そんな奏海に言われ放題なんて事は我慢ならないとばかりに肩を掴み、正面を向かせると颯悟も奏海に捲し立てていく。


「違ぇよ!お前が食べたいなぁー、とか甘い声でほざくからだろ!」


「ほざいてないわよ!住居不法侵入者!大体、なんで人の家に勝手に上がり込んでんの!?」


(止めろ、それは僕達にも効く)


 この奏海の自宅の許可を取っていると藍莉に嘯いたが、実際には取っていない。


 逆行前に名無しと同行した際、玄関扉が開いている事は既に知っていた。


 その為、チャンス!とばかりに自宅へ入ったに過ぎない。


 つまり、准も沙耶も藍莉も優も颯悟も奏海の許可が不十分の中、勝手に侵入した住居不法侵入者のレッテルを貼られてもおかしくない立場にある。


 准は冷や汗が止まらず、思わず俯いてしまい、隣でそんな光景を見ていた沙耶と優は何かを察したように肩に手を置き、宥めた。


 そして、颯悟は吃った声で言いにくそうに口にしようとする。


「それは⋯⋯返そうと思ってたんだ、最初は⋯⋯」


「返すって何をよ?」


「生徒手帳だよ。お前が運ばれた時に病院に落としたんだ。藍莉の奴が」


「私?」


 思わず自身に指を差し示す藍莉。


 落としたという事自体に、そもそも気付いてすらおらず、警戒心バリバリの優を怖がりながらもゆっくりと生徒手帳を藍莉に手渡した。


「あ、ありがとう」


「⋯⋯⋯⋯」


 たった一言、感謝の言葉一つで顔が赤くなり、モジモジとしだした颯悟を気色の悪い生命体とばかりに冷え切った視線で優は見た。


「照れてんじゃねぇよ。うざったい」


「あんたは黙ってろよ!」


 藍莉が胸ポケットにしまい込んだ生徒手帳を意味ありげに見つめる准は流れるように先程仕しまったばかりの手帳を取り出す。


「ちょっと、准。なに?!⋯⋯⋯⋯本当になに?」


 公衆の面前で胸を触られたと勘違いした藍莉だが、そんな度胸がこの少年にある筈もなく、生徒手帳を黙々と開き、記されている名前と学籍番号を見つめる。


「生徒手帳⋯⋯⋯⋯」


 思い出していたのは美羽から聞いた事件の内容であった。


 勘違いをしていた可能性──それを准は深々と考え始める。


 沙耶が准へ向けて言葉を発しそうとするのを優は手で止めて、黙って見ているようにと頷く。


 生徒手帳を見つめた後、未だに奏海と口論している颯悟へと目を向けて、何かに気付いた。


(まさかと思うけど、一周目《いっかいめ》の時、藍莉の自宅にあったって言う肉塊って⋯⋯コイツか?じゃあ⋯⋯本物の藍莉は何処に?)


 誰にもその裏付けは取れない。


 何故ならば、もうその時間は訪れないからだ。


 けれど、憶測だけならば立てられる。


「なぁ、武島」


「なんだよ?」


 居間に居る皆が准へと視線を向けた。


 その表情には何処かやり切れないと言いたげな顔色であり、言うか言うまいか、迷った末に准は問い掛ける。


「お前、藍莉を殺そうとするとして、リビング以外ならどこ狙う?」


「え?なんだよ⋯⋯」


 リビングという選択肢を省いた上での質問に皆が困惑し、隣に居た藍莉はそっと准の手元に手を重ねる。


 そして、皆が准から颯悟へと視線を向けていく。


「いいから答えろ」


「⋯⋯部屋じゃねぇか?」


 颯悟も数時間前まで血塗れにした部屋は藍莉と蒼太の共同の寝室。


 まだ、准も行った事のないその部屋は小綺麗に整理されており、散らかっているのは蒼太の使っている机の上ぐらいのものだ。


 だが、そもそもトイレや浴室という選択肢よりも先に部屋という選択が為された事に藍莉は怪訝な表情を颯悟へ向ける。


「何したの?」


「それは⋯⋯⋯⋯」


 言える訳がない。自分でも知らぬ間に高揚感が溢れて部屋に設置されているタンスの中を血塗れにしてきました、と堂々と宣言出来る勇気が颯悟にはなかった。


 視線をキョロキョロとあっちこっちへ行かせながら颯悟の返答待ち。


「ちょっとだけだが、様子を見てきたぞ」


 そういった時に優がスマホをポケットから取り出して代わりに返答する。


「え?田科、僕の彼女の部屋に勝手に入るなよ。訴えんぞ?」


「てめぇもふざけてんのか?」


 冗談で言い放った言葉に舌を軽く出して、テヘっと、揶揄う准を無視して隣で颯悟を睨む藍莉へスマホを見せた。


「一応、写真も撮ってる。ほら、これだ」


「⋯⋯これ、血?」


 スマホの画面には奏海の自宅へ向かう前に急ぎ撮った写真があった。


【鳥獣戯画】を使用して『鼠《ねずみ》』を使って複数あるスマホで撮影させたものであり、武島と共に到着する前に回収して、予め中身を見ていたのだ。


 スマホ内に映る写真には夏用の衣服、家具、床、天井にビッシリと付着した血痕が写り込んでおり、それが複数枚ある。


 嗚咽しそうになる藍莉の背中を擦る沙耶。


 だが、優は別の観点に着目していた。


「普通、こんなに出血してると失血死に達する。これは、どう考えても一、二リットルは行ってる」


 人間は一リットル以上の血を失うと死に至る危険が出て、出血性ショックが発生する。


 だが、目の前に居る武島には、そんな傾向が起きた様子はない。


「【心火】って『現象』だ。朝倉さんが言ってた」


 その疑問を解決するのは准であった。


「【心火】?あぁ、それでか。笠辺さん、後で刀使って斬ってください。それで──」


「あ、いや」


 優の提案を遮るように手振りをする准を不可解そうな視線が通う。


「なんだよ?」


「それが、くっつき過ぎてて、剥がすと精神的異常が表れるらしい。だから、笠辺先輩に頼まなかったんだ⋯⋯」


「チッ。お前、どんだけ業の深い奴なんだ」


【心火】は『憑いた人間』によって癒着性が大きく変わる。


『業』つまり『その人間の行いや感情』に対して相性が良すぎると仮に剥せても影響が残る恐れが出てくるのだ。


 沙耶の刀も万能ではない。


『現象を断つ』事に特化はしているが、後遺症が残らないという確信は見いだせる訳ではない。


 そもそも完全に剥離する行程を踏まなければならない為、どの道沙耶の持つ『大太刀・祝魄』とは相性自体は良い部類ではないのだ。


「今は三人の問題が先だ」


 仕切り直しだ、とばかりに手を叩く。


 准からすれば、出来れば会話を多くして欲しいのだ。


 勿論、富宮奏海の『現象』を祓うという面もあるが、准は先程から仏壇前でブツブツと言っている奏海の両親が怖くて仕方ないのである。


(場所⋯⋯替えてぇ)


 亡き姉を神と見立てて、何時までも飽きずに拝む姿。


 あれは奏海が常日頃見ている両親の姿である。


 言い換えてしまえば、印象に残っている光景の焼き直しなのだ。


  ━ ━ ━


 話は平行線ばかりではなかった。


 噛み合う点もあったし、いがみ合いつつも、割り切れる所も当然のようにあって、僕の隣で口論に投じる藍莉もそれを感じ取っていたのか、冷かな返しが多くなっている印象がある。


「結局、藍莉は武島の気持ちには無関心って事でいいの?」


 イラ付き混じりに口にしたその質問にどれ程の意味が齎されるのか聞いた富宮もきっと分かっている。


 茶番だな、と口にした田科の気持ちも分かる。


 だけど、何処かで茶番にしなければならない。


 欲する『日常』があって、それを形作るのは何時も彼等彼女等なんだから、居てくれなければ困る。


 たとえ相手が武島のような奴であっても、だ。


「えぇ、私には彼が居るし。他は要らない」


 僕の方へ身体を寄せて肩に顔を乗せる藍莉はわざとらしく微笑んでいた。


(悪女か何かになりたいのか?)


 才能だけならピカイチだろう、僕が申請を出しておいてやりたい。


 空気に漂うお香は未だに晴れず、近付けば良い匂いがする筈の藍莉の香りも鼻は感じ取ってくれない。


「あ、藍莉⋯⋯」


 武島が僕達二人を見て悲しそうな眼差しを向ける。


 それを一瞥だけした藍莉は富宮の方へと視線を送った。


 すると、奥歯を噛んでいるのか、強張った表情を見せる富宮は立ち上がる。


 慣れ親しんだ怒っている時の表情だ。


 それを向ける相手は普段、僕だった筈が今では違う。


「気付いてて、無視して、今になって⋯⋯」


「変な事言わないで?そもそも、一方的に好かれてるからって私から、ごめんなさい、とはならないでしょ?その考え方が歪なのよ」


 真っ当な返しに富宮は、ぐぬぬ、と思わず口から漏れそうな顔をして勢いよく座り込む。


 勝ち誇る様子もない藍莉は僕の視線に気付くと少し微笑んだ。


「つかさ、そもそもなんで俺呼ばれてんの?俺要らないだろ?」


「じゃあ警察に行くか?今なら牢獄が待ってくれてるぞ?」


「桐江、お前は黙ってろよ!」


 僕にだけはやたらと当たりが強い事に耐えかねた藍莉は身体の重心を僕から離して姿勢を正すと、武島の方へ怪訝な表情と底奥が見えないぐらいに深く沈んだ視線を向けた。


「颯悟、貴方もどうしてそこまで准にやっかみするの?」


「⋯⋯俺の方が先に好きだったからだ。コイツがネコババして!それで⋯⋯」


 確かに僕よりも武島の方が藍莉を先に好きになったというのは間違いないだろう。


 けれど、ネコババっていうのは違うだろうと、顰め面で表現するも、それ以上の嫌悪感で敵意を示されてしまい、僕は諦めてしまった。


「なら、私の事を好きになるよりも前に奏海が貴方の事を好きになってた筈よ?それに対してはどうでもいいの?」


「はぁ?」


 思わず目を見開いた武島が富宮へ視線を送る。


 恥ずかしそうに俯いている富宮を見て事実だと認識してしまう。


(そうなの?)


 少なくても武島が藍莉の事を好きになったのは四月下旬ぐらいだったと思う。


 あの時から露骨に態度が変わって見えたし、あからさまでもあった。


 それより前っていうのは、なんと言うか、一目惚れというのは凄いもの、と感心すら覚えてしまう。


「お前、何時から⋯⋯」


「初めて会った時から」


「一目惚れって事ね。良かったじゃない、仲良くしなさいよ」


「藍莉、揶揄ってる?もう、そんな気ないんだけど」


 誰もがそう思う。こんなヤバい奴を好いてしまった事に後悔すらしても良いと感じる。


 けれど、どうしてか⋯⋯。


 富宮が武島に向ける視線っていうのは、悪意何てものは大して感じられなかった。


「どうしてよ?お似合いだと思うわよ?」


「藍莉、最低」


「そうね。私は貴女達の事を全然知らなかった。分かった気になっていただけだった。だから認めるわ、私は最低よ。皆に均等に優しく⋯⋯なんて馬鹿らしいって思えるようになってた。だから、もう辞める」


「藍莉?」


 一番最初に反応したのは武島、次に富宮であった。


 僕は確かに見てしまう。


 武島が藍莉に向けるその視線に籠ったものが消えていくのを。


(まさか、コイツ⋯⋯)


 憧れから恋に落ちる、なんてよくある話だが、武島もそれに近かったのではないだろうか。


 誰にでも均等に優しく、最適解を弾き出す大洲藍莉という人物をクラス内で最も最初に見出したのは、やはり武島なのだ。


 僕は悟った。


 コイツはいけ好かないし、やり過ぎるし、イケメンで身長が高くて性格も素なら割と良い奴だが、何よりもコイツは⋯⋯武島颯悟はしっかりと人を見ている。


 ただ、藍莉とは違い、皆に対して優しいという行動基準を狙っている訳ではないから、対象と呼べるものが一人に絞れて、それが藍莉だったのだろう。


 そして、そんな武島の視線に熱が消えていくのを感じる。


「けどね、それとは別で貴女も最低よ?貴方も。私の事、何度も殺してる癖に」


「っ!⋯⋯それは」


 富宮が後悔に包まれたように苦しそうな顔色をして俯く。


 けれど、藍莉は間違っている。


 恐らくだが、藍莉を富宮は殺していない。


「多分、違うと思うぞ?」


「え?」


 すかさず訂正に入る僕に驚いたのは藍莉であった。


 裏切られたような目で見つめて来るのは止めて頂きたいところだ。


 僕は間違いを正したいだけなのだから。


「富宮は藍莉を殺してないんじゃないかな?」


「どういう、事?」


 一周目《いっかいめ》から四周目《よんかいめ》までの記憶はトッキーが持っていて、僕はあくまでも五周目《ごかいめ》からの記憶を保持している。


 だが、それでも言い切れる可能性が一つあるのだ。


 藍莉の胸ポケットから取っていた生徒手帳を前に出す。


 皆がそれに注目した段階で僕は語り出した。


「トッキーから聞いてた話とこの生徒手帳で分かったんだけど、最初の時、肉塊を判断する時、藍莉の生徒手帳を見て判断したんだ。けど、それを武島が持ってたって事は、死んだのは潜んでた武島であって、藍莉じゃないと思うんだ」


「つまり、スケープゴート的な?」


 田科が例えとして出したそれに僕は微妙と言った表情を浮かべてしまい、田科がそれを見て不満そうな顔を浮かべる。


 笠辺先輩の鋼鉄のような表情筋が欲しいと、この時ばかりは思ってしまった。


「まぁ、富宮からすれば『藍莉と武島』って一括りだから、別に武島を殺しても問題はなかったっぽい」


 それを聞いた富宮はゆっくりと顔を上げて、僕を見つめる。


「なら、私って藍莉を殺してないの?」


 先程の苦しそうな表情は消え、安堵が垣間見えていており、堪えたように、そして振り絞ったような言葉が空間に哭いた。


 それに応えるように、僕は頷きのみで返す。


 すると、途端に上半身を前に倒して、畳の上に顔を付ける。


「よ、良かったぁ」


 穏やかに透き通るその声色に頷く笠辺先輩、ほんの少し微笑んで胡座をかく事を辞めない田科と、何が言いたいかおおよその察しが付いてしまい、罪悪感に苛まれる武島を僕は一望して、最後に藍莉を見た。


「なぁ、藍莉。富宮に伝えたい事ってまだあるんじゃないか?富宮も武島に伝えたい事、残ってんだろ?全部、吐き出しちまえよ」


「伝えたい事⋯⋯」


「トッキーが言ってた。富宮が僕達を殺したって言った時、真っ先に否定してたってな。それにお前が富宮の事を誰よりも信頼してるだろ?」


「そうなの、かしら」


 不安に思う気持ちが顔に滲み出ている。


 僕はそれに対して当たり前の事しか言えない。


 聖人君子でもなければ、偉大なる王でもないし、なにかに優れた勇者でもないのだから。


 僕はただの学生で人で隣に居る彼女の恋人。


 だから、口にする。


「僕はそう思う。だから、ちゃんと伝えないと伝わらないぞ?」


「⋯⋯うん」


 意を決したかのように立ち上がり、笠辺先輩が察して、立ち上がると藍莉を誘導して富宮の前へと促す。


 武島は座り込んだ藍莉と富宮の会話を聞き漏らさないように拳を握って目を凝らした。


 田科は肘を脚に付けて、神妙な面持ちで向く。


 笠辺先輩は真後ろにある刀を持ち、抜刀の準備だけ済ませて富宮の斜め後ろで待機。


 僕は安心だとばかりに穏やかな気持ちで見つめる。


 不安は無い。藍莉なら富宮の心を解せると信じていた。


 たとえ見えていなくても、聞こえていれば、それだけで伝わる。


 そう、確信した。


「あのね、奏海。⋯⋯私、貴女が階段から落ちた現場を見た時、正直怖かった⋯⋯。どうしてこんな事にって言うのもあったけど。でも、一番は⋯⋯」


 息を吐く。一息がやたらと早く尽きて、溜め込んだ気持ちを真っ直ぐ、目の前に居る友人《とみや》へと向ける。


「貴女が死んじゃったらどうしようって事ばかり考えてた。だから生きて、生きて⋯⋯」


「⋯⋯藍莉。あんた」


 散々、言いたい事を言い、口論にもなった。


 けれど、本心というのはある程度口を開いてからの方が効く。


 晒け出す事は決して簡単ではない。


 だけど、お互いの事を少しでも分かった今、富宮にとってはクリティカルになり得る言葉であったのは言うまでもなかった。


「このまま、居なくなっちゃったら、私もう、楽しく学校に居られない。ずっと貴女と居た時間ばかり思い返す。私だけ歳を取って、何時までも貴女が若いまま、それが辛くなって⋯⋯」


 すーっと流れる涙を見た富宮は思わず口が開いてしまい、唇を閉じるのに時間を有した。


 藍莉が伝えた本心。それに応えなければならないフェイズに富宮が入る。


 けれど、彼女の言葉は藍莉には届かない。


「きーくん。良い?」


 だから、僕にお鉢が回る。


「あぁ」


 ゆっくりと立ち上がった富宮は僕に耳打ちをする。


 言伝が終わり富宮を見ると、はにかんだような笑みを浮かべて、僕は頷く。


「藍莉」


「奏海、なんだって?」


「ちゃんと伝わったってさ。だから、泣くなって」


 一言一句、間違いなく伝えた。


 赤くなった頬には涙の後が轍のように残っており、それを手で拭っていくと、頷いてみせる。


「⋯⋯うん」


 そして、僕の後方に座り込んでいた富宮は立ち上がり、武島の方へと歩く。


 田科は既に警戒心を持っておらず、好きに通れとばかりに彼女が前を通るのを瞼を閉じて見過ごした。


「颯悟、私⋯⋯あんたの事好きだった。本当に⋯⋯」


「⋯⋯奏海?」


 驚きというのはなかったろう。既にこの場所で散々言われている事であり、今更な気すらする。


 それでも、富宮にとってはしっかりと、面と向かって伝えなければならない事であり、武島にとってはしっかりと受け取らなければならない事であった。


「でも、もう悪い夢から覚めちゃった。だから、ごめんなさい。もう、貴方と一緒に二人の仲を裂くのはおしまい」


 何時からか始まった計画。


 それも今日で幕引きの時間がやってきた。


 その通告をしっかりと口にする。


 悔いはない、そう言いたげに笑って見せた富宮は晴れ晴れとしていた。


「私の知ってる颯悟って、もっと大胆にやれる奴だもん。ちゃんと頑張れるし、努力もする。でも、コレは違う。藍莉ばかりに目がいって自分の事をちゃんと見れてないんじゃないの?」


「そんな事ねぇよ。俺はちゃんとしてる。間違ってない。皆言うんだぜ?二人は⋯⋯お似合いだって」


 それは僕の耳にも入った事がある。


 僕と藍莉が付き合っているとクラスに公表という名の開示を藍莉の口からされた時からだったろうか。


 何度かその手の話題が挙がったが、熱《ほとぼ》りはすぐに冷めていくだけだった。


 それを鵜呑みにしていたのだろう。


 武島はその言葉を信じて、愛していたのだと知ると、寂しい奴にも見えてしまった。


 決して口になんて出来ないが⋯⋯。


「⋯⋯ううん。間違ってる」


 武島の言葉に爽やかな返答が帰ってきた。


 首を横に振り、哀愁すらある立ち姿をした富宮は口にする。


「その噂広めたの私だもん」


「⋯⋯⋯⋯お前が?」


 武島も、僕も、藍莉も知らない事実。


 僕はてっきり、どこの馬とも知れない阿呆が好き勝手に言い触らしていると思っていたが、犯人はまさかのコイツだったとは⋯⋯。


「あの時は本当に辛かった。好きな人と友人が恋仲になれるように外堀から埋めようとするあの感覚、もう味わいたくないの」


 僕は思う。その場合、富宮はどうなるのかと。


 仮に上手くいって藍莉が武島と付き合ったとして、その時、富宮は一体どうなってしまうのだろう。


 好きな人が好きな子と結ばれて良かったね、と祝福の言葉を投げ掛けるか。


 綺麗さっぱり忘れて新しい恋に勤しむのか。


 はたまた、恋なんてもう懲り懲りだ、とばかりに友人関係を主軸に人付き合いをしていくのか。


 どちらにしても彼女は諦めてしまっている。


 自ら残酷な方向へ進んでしまっていた彼女だったが、今は違う。


 自ら切り捨てる方向に舵を切って、諦めている。


 受動的にではなく、能動的に諦めてようとしている彼女はとても勇ましくも感じて、儚くも感じた。


「私をこれ以上、酷い女にしないでよ?あんたも酷い男になんないで?」


 背中が光った。


 最後の一枚の葉がまるで刻印のように浮かび上がり、そして散って行こうとしている。


 初めて見た光景に武島は驚きが隠せず、倒れ込んだ富宮の身体を支えようとするも、その手は振り払われた。


「え?奏海、どうかしたの?」


 見えない藍莉には事態がさっぱり読み取れず、不安な表情を隠せずにいる。


 そして、歯が全て消え去ったと共に、富宮の身体は足元から徐々に上がっていくように黄金の粒子が発生していた。


「富宮!?」


 思わず駆け寄った僕は倒れ込んだままの富宮の顔色を窺おうとすると、頬に両手を挟まれた。


「な、なんだよ?」


「きーくん。ありがとう、ちゃんと話せてよかった」


 見渡す富宮の視線には藍莉、そして武島が居る。


「もう、良いのか?」


「うん。藍莉にもちゃんと伝える。本当の私にこの記憶があれば」


 僕達の目の前に居る富宮は何処までも仮初であり。偽物。


 まるで本物そっくりの富宮奏海であり、今でも本物と認識すらしてしまっている。


「無くても、ウザ絡みして言いに行ってやるよ」


「うん。待ってるね。⋯⋯うん、待ってる」


 こうして、富宮奏海は消えた。


 厳密には今も病院のベッドで包帯を頭に巻いて入院しているのだが、それでも僕の目の前で一枚の写真を畳に落として、富宮奏海は消えたのだ。


 鼻を突く匂いは大きく変わった。


 嗅いだことのない激臭であり、異臭であり、お香の匂いがピタリと止んだかと思えばこれである。


 思わず鼻を摘んで、仏壇のある方向へ目を向けると、クローバーは一切無くなっており、窓にはガムテープがびっしりと張り巡らされていて、横たわる腐乱死体とその上に被せられた青のシートが異様にあるだけの空間となった。


(こんな激臭に藍莉は耐えてたのか⋯⋯)


 思わず、藍莉へ視線をやると悲しそうに、富宮が居たであろう箇所へ目をやり、そっと撫でるように手を振る。


 何もない空間、誰も居ない箇所に手を置いて、瞼を閉じた。


「結局、私⋯⋯何も見えなかった」


「だから、これから見に行くんだろ?」


「目覚めてくれているのかしら?」


 それは僕にも分からない。事故が原因で『現象』が発生したのだ。


 逆ならばまだしも、今回は富宮の体力と根気による所が大きい。


「そうであっては欲しいだろ?」


「⋯⋯そうね」


 そう微笑んだ藍莉は立ち上がり、大きく背伸びをする。


 時間にして一時四十分と居間にある時計が示しているのだが、それが合っているのか分からない。


 練炭自殺による家具や機械の影響というのがどう言ったものか、僕は知らないからだ。


 亡くなった時刻付近──というのは止めて欲しいものだと、少し肌寒く感じた身体は震える。


「桐江、コイツどうすんだ?」


 田科によって差し出されるかのように前に突き出された武島。


 色々と事態をややこしくさせた元凶ではあるが、最もコイツに仕打ちを受けているのが藍莉なのも加味して僕は藍莉へバトンを渡した。


「⋯⋯どうしたい?藍莉」


「服代弁償。それで勘弁するわ。貴方が警察に行っちゃうと、奏海が悲しむもの」


 それはないな、そう顔にだけ出した僕。


 よく見ると田科も似たような事を思っていたらしく、二人で苦笑してしまう。


 藍莉は結局、通訳というか、仲介で誰かが居ないと富宮と会話が出来なかった。


 けれど、彼女と武島の会話は誰も通訳していない。


 結果、藍莉にとっては武島が居ないと富宮が困るという構図が出来上がってしまったのだ。


「てめぇは当分の間、俺と一緒に行動しろ。また変な事になると厄介だ」


「⋯⋯あぁ」


 完全に鎮火してしまったその何か。


 武島の覇気のない表情を見ていると、視線に気付いたのか、僕の方へと向いて、口を僅かに開いた。


 が、何か言葉が出てくる訳でもなく、言い吃るその態度に腹が立った田科が尻目掛けて蹴りをお見舞いしてしまう。


「おいおい、何やってんだ?!」


「腹立った」


「お前、そういうところ、本当に変われよ」


 そうは言うが、うつ伏せに倒れた武島は僕の方へ向いて擦った顎を庇うように手で押えながら、小声で口にした。


「なぁ、桐江。俺、どうしたら良かったんだ?どうしたら⋯⋯」


「人が空を飛ぼうと思ったら、それ相応の道具がいるだろ?僕達には鳥みたいに翼がないからな。つまりそういう事だ」


 結局、段階から手順、成り立ち、在り方、その全てが藍莉にとっては友人止まりだった⋯⋯。


 結局はそういう事なのだろう。


 何故か、確信があった。


 武島と藍莉は付き合わないんだろう、と。


 似合う似合わない以前に、お互いが尽くし過ぎて、パンクする未来しか見えない。


 だから、きっと武島では藍莉は駄目だったんだと、思う。


 藍莉はなんやかんやでいい加減な僕の世話好きらしいから、出来る奴だときっと失敗する。


「⋯⋯藍莉、本当に済まなかった」


「少しだけ、何時もの貴方に戻ったわね」


 申し訳なさそうに頭を下げたまま、引き摺られるように田科に引き摺られて行く。


 それを見届けた僕と藍莉は笠辺先輩に後の処理をお願いして、家の外に出る。


 空気がやたらと美味しく感じる、なんて表現があるがその通りだった。


 悪臭、激臭、腐敗臭の立ち込めるあの場所に長居しては、鼻がおかしくなって元に戻らなくなりそうにも感じてしまえる。


 そんな場所からの脱出なのだ。笑顔にもなるとも⋯⋯。


「私も今までの事、改めなくっちゃね。皆に対して、何でもかんでも、いい子でいるのは⋯⋯もうお終いね」


「そうだな⋯⋯。じゃあ藍莉、連絡頼んだ」


「えぇ」


  ━ ━ ━


 大事な事を一つ、忘れているのではないだろうか?


 それは『過去』を変えた事による弊害。


 つまり、『結果』を同じにしなければならないという条件である。


 一周目を起点に奏海に殺されたのは准、舞喜、美羽、蒼太、武島となる。


 そして、武島が藍莉を殺害している為、合計六人の遺体を用意して、かつ、准達が死んだのだと錯覚させなければならない。


 だが、抜け道もある。


 朝倉拓也が准に対して敢えて黙っていた抜け道。


 それは、所詮は人数合わせでしかない為、最悪『人形』を見た誰かが遺体だと勘違いすれば、それで条件は整うという事だ。


 五周目《ごかいめ》の『逆行前』に事実として准の代わりに田科が死んでしまったと換算しても問題なく、支障も出ていない。


 更に、富宮家に居た両親は亡くなっており、奏海もある意味では死んだ判定となるので、数の整合性は取れてしまえる。


 世界は妙な所で爪が甘いのだ。


 そして、その作業に勤しんでいたのは他でもない、常盤美羽である。


 用意したのは、等区高校の美術部と映画制作部、そして准の通う高校にある映画研究部と合同で作った『粘土の人形』だった。


 時間の短さ、コストの無さが仇になり、等区高校の生徒会長・澄桜(すおう)梓(あずさ)のポケットマネーを駆使して頭だけを精巧に作り終えて、美羽の連絡を受け取り次第、藍莉の自宅へ出撃。


 しかし、梓は夜に外出が出来なくなってしまっている為、作戦の実働は大城《おおしろ》豊《ゆたか》と冴咲《さえさき》莉緒の手によって行われた。


 二十四日から既に動き出していたこの作戦であり、失敗すればまた練り直さなければならない大博打。


 だが、問題は誰がその『精巧な頭のみの人形』を見て遺体と勘違いしてくれるか?という点にあった。


 そして、選ばれたのは──。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」


 午前七時四十分頃に悲鳴が上がった。


「な、ななな、何事?!せ、先輩が、バラバラ死体に!!」


 そう、選ばれたのは同じ部活仲間であり、後輩の軽井椎奈である。


 今回の事件に一掠りすらしていなかった彼女だが⋯⋯否、彼女だからこそ選ばれた。


 選出対象の条件は『騙されやすそう』『気軽に使える奴』『騙しても心が痛まない人物』の三つをフォーカスし見事、選出された椎奈は部活の先輩である藍莉のメッセージによって朝早くに自宅に来るように言伝を受けており、やって来たら遺体(嘘)が玄関前に転がっている始末。


 焦らない訳がなかった。


 しかも、ご丁寧に鍵は開けてあり、玄関近くは赤いペンキで僅かに濡らしているという仕様。


 考案者は准と美羽であり、鬼畜具合いが頷けた。


「大洲先輩も、舞喜ちゃんも、あとよく分からない人も!け、けけ、け、警察ぅぅ!救急車?あーー!どうしよう──あでぇ!」


 バチバチッ!と音がなり、ブロンズヘアにポニーテールの彼女の首筋にスタンガンを流し込まれて倒れ込んでしまう椎奈。


 焦り過ぎて隣の部屋からそっと近付いて来ていた准に気付かず、顔も見る事もないまま気絶。


 不遇な扱いを受けてしまった彼女の労いなんて准の頭の中には一切なく、むしろ、グッジョブ!とばかりに勇猛な戦士を讃えるかのような笑みを浮かべていた。


「お前、鬼畜が過ぎるわよ?」


 トイレの中で息を潜めていた美羽が現れて玄関前に居る准へ切言するも、あっけらかんと気絶する椎奈の身体を玄関へ寝かせていく。


「起きていられても困るしな」


「それにしてもスタンガンなんて良くあったわね」


「あぁ、ちょっと借りた」


 富宮家を出た准達、舞喜と蒼太は既に桐江家に居て、流れるまま蒼太を連れてお隣の大洲家へ帰宅しようとするも寝室は既に地獄絵図であり、気持ち悪さから桐江家でご就寝。


 その間に名無しが訪問し准が受け取ったのがスタンガンなのだ。


 当初、使い方すら知らない為、手放そうとすら考えていたが、ネットでは普通に使い方が載っており、閲覧後は後輩にスタンガンを当てる心構えも出来てしまっていた始末。


 この鬼畜は前世に椎奈に何かされてしまったのかと、それを見ていた藍莉すら慄いてしまう。


「⋯⋯まぁいいわよ。後はこれを撤収しないと」


 後はお片付けの時間。大洲宅の玄関とその廊下に転がる遺体(嘘)は中々に緻密な作りであり、目玉が動かせる仕様となっている。


 そんな無駄に凝った仕組みを考え付いた美術部なのだが、勿論、美羽の提案ではない。


 うぅっ、と触り心地が極めて悪い粘土製の頭部を両手で持って回収作業に入っているとアパートの階段から誰かが上がってくる音が聞こえて来て、思わず二人はその方向へ目を向けた。


 息を切らして、肩で呼吸をするその人物は申し訳なそうに両手を合わせて頭を下げる。


「ごめんなさい、常盤さん、」


「冴咲さん、貴女⋯⋯何処に行ってたの?」


 彼女は本来、夜の作業中にこの自宅に居なければならない立場にある。


 しかし、どういう訳か姿を忽然と消してしまい、作業の手も一人欠けた状態となってしまった。


「ちょっと色々あって、ごめんなさい」


「まぁいいわ。撤収作業に入るから手伝って」


「はい」


 急ぎ、玄関へ向かい回収作業を始める莉緒。


 しかし、視線は転がっている頭部でもなければ、床に溜まった血溜まり風の液体でもなかった。


 見つめた先は桐江准の方である。


「⋯⋯桐江さん、大丈夫だったんですか?」


「何がだ?」


 何を持って大丈夫なのか?そうではないのか。


 准には見当が付かなくて、自然と訝しむ。


「⋯⋯いえ、なんでも」


「ん?」


「ほら!手を動かせ!」


「それよりも軽井が邪魔なんだが?」


「気絶させたの、あんたでしょうに」


 そう言いながらも邪魔そうに椎奈の脚を軽く蹴る美羽に二人はドン引きしてしまうのであった。


 一方、面会時間が開始となり、病室の前で立ち止まっていた藍莉は大きく深呼吸していた。


「よし、行こう」


 病室の引き扉を徐ろに開けていき、中の様子を覗き込むようにしていく藍莉。


「⋯⋯あい、り?」


 か細く、目を凝らした奏海が目覚めていた。


「⋯⋯奏海」


 思わず扉を全開して、嬉しさに満ち溢れた瞳をさせながら、病室の中へと入っていく。


「ちゃんと見えてんの?」


「⋯⋯当然」


 しっかりと視認出来ている。


 幻想でも偽物でもなんでもなく、本物の富宮奏海がそこに居て、涙ながらに手を掴む。


「そっか。⋯⋯⋯⋯そうだ、言っておかなきゃ」


 無理矢理起き上がろうとする奏海。


 そんな光景を最初は、嬉しさによって何がしたいか判断が付かず、ベッドに寝かせようと身体が動こうとした時には既に座り込んでしまっていた。


「貴女、まだ安静に──ちょっと!」


「今回の事、本当にごめんなさい」


 瞼を閉じて、頭を下げた。


 その後頭部に受けた傷は包帯で巻かれて見えないようになっている。


 それでも痛ましいものだと言うのは理解しており、少し悲しくなった。


「もういいわよ。終わったことだし、私ももっとハッキリと颯悟に言っておけば良かったのよね」


 窓に映り込む青空の景色。


 藍莉の掴んだ手を掴み返そうと左手を添える。


 しかし、その手は震えていて、弱々しいものであった。


「夏休み、どうしよう」


「⋯⋯⋯⋯貴女、まさか」


 口から漏れてしまう事実にそっと唇を引いた。


 後遺症が残ってしまったのだと、察した藍莉の動揺はそれなりに大きく、歯を噛み締める。


 手術こそ成功したが、一時的に脳の活動が停止してしまった事による後遺症。


 これでもまだ影響は少ない方であり、不幸中の幸いとも呼べるもの。


 それでもハンディキャップは付いてしまう。


 ある程度のリハビリも必要で受け入れなければならない事実。


「⋯⋯⋯⋯ちゃんとお見舞い、行くわよ。准も連れて」


「⋯⋯うん」


 時間が流れた──。


 ナースと主治医を呼び、車椅子に乗って検査室へと連れて行かれる。


 そして、帰ってくるまでの間、呆然と病室で座っていた藍莉。


 親族なんて来る筈もなく、ナースが「彼女の親御さん、どうしてるか知っていますか?」と尋ねられてしまい、困惑しながらも「何処かへ行きました」とだけ答える。


 藍莉の両親は何も亡くなった訳ではない。


 母親は療養期間を終えて、既に別の場所に越してしまい、父親は刑務所の中に居る。


(親が居ないって⋯⋯こう言う事なんだ)


 初めて知ってしまった感覚。


 理解したくなかった先行き。


 本来、もっと未来の事だと思っていた藍莉に渦巻いていく感覚は泥のように張り付く。


 奏海が帰って来た後、病室で話し込んでいると、ふと気付いた様子になった奏海は藍莉を見上げた。


「そういえば、藍莉」


「なに?」


「あんた、私が階段から落ちた時、生徒手帳は持ってたのに、鞄とスマホは持ってなかったのよね?」


 二十四日の夕暮れ。部室へ荷物の中に混じったスマホを取り、救急車を呼んだ時の事。


「⋯⋯えぇ」


「なんで持っていかなかったの?普通、スマホぐらい持つでしょ?」


 その言葉に藍莉は冷や汗をかいた。


 普通、スマホで連絡した後、わざわざ荷物のあるロッカーに置いて事故にあった者の所へ向かわない。


 むしろ、何時でも連絡出来るようにと、手元には持っておくのが定石。


 しかし、あの時の藍莉は荷物はおろか、スマホも救急車に乗り込んだ際には手元には持っていなかった。


「⋯⋯⋯⋯そう言えば、誰かに渡した、ような?」


 思い返していく、あの日の記憶。


 階段の上の方で懺悔し続ける颯悟と階段下の踊り場で倒れる奏海。


 そして、急いで駆け上がり、スマホを取って連絡、颯悟の邪魔があれどその後連絡し、一度奏海の居る場所まで戻り、教師陣を連れて来た颯悟が到着。


「あれ?誰だっけ?」


 そこからかの記憶が曖昧となっている藍莉は頭がフラついてしまい、瞬きを数度する。


「藍莉、大丈夫?」


「ううん。なんでもない。多分テンパっちゃったのよ」


 そう微笑んで誤魔化す藍莉。


「そう、なんだ⋯⋯」


 それを嘘と見破った奏海だが、それ以上の言及を避けて、天井を見上げる。


「そう言えば、一回家に帰った時、どうしてお父さんとお母さんとお姉ちゃんが居たんだろ⋯⋯」


「え?だって、あれは奏海の『現象』がそうさせたんじゃないの?」


「なのかな?⋯⋯でも、それじゃあどうしてお姉ちゃんまで見えたんだろ」


 ひょんな疑問であり、終わった事。


 何故か父親に敵意を剥き出しにされて、母親は泡を吹いて倒れてしまい、狼狽える姉がそこにいる光景が今も目に焼き付いている。


「あんなの⋯⋯お姉ちゃんじゃないみたい」


 そう口にした奏海はそっと瞼を閉じて、静かに眠りについた。


 蝉の鳴き声が微かに耳に入り込む七月二十六日。


 夏休みはまだ続く。

富宮奏海は罪を語る、これにて終了です。


謎というか何?という展開は多く残しましたが、実はヒント自体はあります。


まぁ、知ろうとも知るまいとも構いません。


では、次回夏休みを謳歌して貰おうと思います。


可哀想なんでね。

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