罪咎を背負う
考察回。もっと言うなら、解決する為の方法を模索する回です。
気が引けるので、はっきり言います。
私、紫芋がしっかりと今回の話を理解しているか確認する回──のようなものです。
おかしいですよね、わかってます。
新規の情報は後半にあります。
前半は解説、これまでのあらすじに近い形です。
興味のない方は 『━ ━ ━』を目印に読んでください。
長かった話も恐らく、後数話で終わります。(未定)
では、どうぞ!
純白に染まりきったその空間は何処まで伸びているのか測る事は叶わず、ひたすらに、飽きる程の白の世界と足元を漂って離れない冷気が僕の身体を震わせる。
つい先程まで、風の通りが悪い林の外れに居たというのに、目を閉じて拝めば、あら不思議!とばかりに『現実と夢の狭間』へのご到着。
そして、そんな世界にやってくるのは涼む為などではない。
『おお!准坊、相も変わらずやる気のない顔だこと。して、どうしたのだ?』
そう、僕の目の前に居る全長三メートル級の大きさをした【翡翠に光る象】と会うためだ。
「『虚象』⋯⋯っ。お前の力を貸して欲しい」
『珍しい。⋯⋯成程。准坊の何時も以上に辛気臭いその顔と何か関連性があると見た』
「まぁ、ちょっとな」
長く艶のある長く垂れた鼻は、先程まで上下に動いていたのだが、急に動気が悪くなり、最後にはまた垂れ下がってしまう。
『伝え忘れていたが、朝倉拓也が施した准坊との契約なんだがな⋯⋯』
僕の身体には『虚象』と本当に微弱で小さいながらも契約というものをしており、僕に対する恩恵は事実上無しであり、『虚象』にとってはこの世に残り続ける為のもの。
そう聞いていたが、それだけではないっぽい。
『准坊が亡くなれば、私は強制的に外に出る事が出来る』
「⋯⋯⋯なら、もう何回も出てるな」
『だろうな。死相が出ている。いや、もっと言うならば、『死の香り』がする』
「香り?⋯⋯そうか」
腕を嗅いで本当にそんな匂いが付いているのか、思わず嗅いでしまう。
『人の嗅覚で分かる筈なかろう⋯⋯』
馬鹿だなぁ、と言いたげに首を横に振る『虚象』だが、疑う事自体、別にただなんだから良いじゃないか、とも思うが取り越し苦労なのだろうか。
『何度繰り返した?』
「聞いた話では、五回だって。その内、死んだのは二回」
僕が現状、ここに居れるのは紛うことなきズル。
前提として僕はもっと前に死んでなければならない存在であり、それを無理矢理自分と誰かの我儘によって生かされた命である。
多少の甘え⋯⋯。
トッキーが居て、名無しも居て、サナが居て。
そして、朝倉さんが居た。
「もっと簡単だって思ってた。朝倉さんに言われた通りの事が起きてる⋯⋯。しっぺ返し⋯⋯食らってるんだよ」
決して油断や慢心なんてものは去年の夏以降、一度も『現象』に対してした事はないと自負出来る。
けれど、言動や行動、仕草にはそれが出ていて、予断を許す結果になり、最後はあのザマだ。
反省点なんて言葉では片付けられないし、片付けてはならない顛末であり、失敗を許してはいけない事柄が『現象』なのだと、胸に刻み込む。
『私にも聞かせてみろ。どんな状況下に置かれておる?』
解決に向けて、すべき事は何か⋯⋯。
僕達は模索するべく『虚象』に対して語る。
まず始めに、一周目の二十五日までに起きた『常盤美羽視点』での話を僕はした。
『富宮奏海』という僕のクラスメイトの女子が八年前亡くなった『富宮詩香』という姉が居る話から、その『富宮詩香』が当時結成していた『映画研究部』へ僕と笠辺先輩と『富宮奏海』を視認出来ないのに後からやって来たトッキーを連れて向かう。
その後、『紗央里さん』と呼ばれる先輩が笠辺先輩の友人であった事から部室へなんとか入る事に成功。
この時から、一緒に居た『富宮奏海』の様子は視認出来ていないなりにも、僕の言動や動きから変であるとトッキーは睨んでいたらしい。
結成当初の記録が収められた赤いファイルを見つけ出したトッキー達。
そして、その中に写る『加鍋先生』と言う『映画研究部』に八年前の当時、『富宮詩香』と共に所属している人を手掛かりに『富宮奏海』の動向を追う事に決め、僕の自宅へと赴いた。
しかし、その後──『富宮奏海』の身体にある『現象』が目覚めてしまい、僕、舞喜、藍莉、蒼太と、自宅に着いて来ていた笠辺先輩、トッキーは死亡。
ここまでが一周目の話。
トッキーの視点では気付けば、二周目となっており、自身が行った訳でもない『時間跳躍』に内心では困惑もしたらしいが、動かなければならないと判断して、行動を起こす。
まず始めにトッキーの取った行動として、藍莉の自宅に訪れた。
二十五日の朝に戻っており、時間的に鑑みても僕は補習の時間帯の為、仕方なく藍莉と合流し事情を説明。
眠たそうな彼女が印象深く、一周目の時点でも舞喜が連絡を取れないと嘆いていたと語っていた為、怪しくもあったが、取り敢えず『富宮奏海』に起きた『現象』を究明しようと画策する事を決意する。
藍莉は現在、等区高校の『映画制作部の顧問』をしている『加鍋先生』に会うべく外出し、トッキーは近隣住民から『富宮家』についてある程度の情報を入手した。
内容としては───。
・『富宮家』は八年前から越してきた家族であり、父親が良いとこ勤めの為、良い家を持っている事。
・セールスマンのような風貌をした人物達が越してすぐの『富宮家』に訪問する事があったらしく、度々、その姿を見掛けていたというもの。
・『富宮詩香』が亡くなる数日前、同じ高校の男子と口論をしている現場を目撃したという事。
この三点を僕はトッキーから聞かされた。
そして、それらの情報を持った上でトッキーは『富宮奏海』の自宅へと向かったのだが⋯⋯。
原因も不明のまま死亡──。
そのまま三周目に突入。
起きて顔を洗おうとしたトッキーが鏡を見ると首筋に【四葉の形をした斑点】を見つけ、その後、訳も分からずに死亡。
なんと言うか、奇っ怪な死に方をするのが『現象』らしいと言えばそうなのだが、初見殺しもここまで行くと馬鹿らしくなる⋯⋯。
四周目。ここで『名無し』──常盤美羽(未来版)が登場。
時間も今までは二十五日の朝方だったのにも関わらず、今回は二十四日に成り立ての深夜帯。
トッキー姿を双方視認していないから統合される事もなく、言われたのは『審判者の弾丸は四発』である事と『切っ掛けは富宮奏海だけではない』という説明であった。
そして、再度行動を起こしたトッキーが取った行動は⋯⋯僕を『富宮奏海』と遭遇させない、というものであった。
今なら分かるが、僕は二十四日の十八時以降、近くに最近出来たばかりのコンビニで『富宮奏海』と出会う。
あれが切っ掛けで、翌日に彼女は僕のアパートまで来て、その日は殆ど行動を共にするのだから、そこさえ変えてしまえば僕が死なないと、そう踏んだトッキーだったのだが、問屋が卸さない。
二十四日の補習終わりから十八時以降も執拗いぐらいに街を練り歩いて時間を潰し、十九時台になってようやく僕を解放したらしいのだが、そうなるとコンビニでのイベントは起きなかったらしく、次の日の夕方頃に、僕と舞喜、警護しようとしてくれていたトッキーは突然訪問してきた『富宮奏海』によって殺される。
ここまでが『常盤美羽視点』だ。
次に五周目であり、今の流れであり、僕、『桐江准視点』で語ろう。
一周目から四周目までの記憶は僕は保有していない為、あくまでのトッキーが教えてくれた内容を大まかに説明した。
まず始めに僕は二十四日、二十五日は午前から正午に掛けて補習がある。
その二十四日からのお話。
嶺二から前もって頼まれていた弁当を作り、暑い中サッカー部で研鑽を積んでらっしゃる嶺二に、わざわざ、わざわざ!部室棟まで届けた。
その際トッキーと合流し、突然補習終わりに来て欲しいと頼まれ向かった先は『映画研究部』であり、一人で予め知っている赤いファイルの居場所を見つけ出し、『加鍋先生』の情報を入手した──という工程を挟む。
これは『映画研究部』に行ってもいないし、『富宮奏海』から『富宮詩香』の情報を聞いた訳でもないのに『加鍋先生』の事を知っているという矛盾を解決する為、ひいては『結果』というものを変えない為に起こしたトッキーの策略。
しかし、その手の知識をゴールデンウィークにトッキーがやらかした際に朝倉さんから聞かされていた僕は察して、等区高校へと向かうバスの中、これまでの話を洗いざらい聞いたという経緯だ。
等区高校に着いた僕達は『加鍋先生』と話をする。
当時、街開発の為に古い建築物や山の開拓伐採が多かった事とその対象に『富宮詩香』が守りたい場所があり、自治体と揉めだした事。
『加鍋先生』も最初は協力する予定だったが、どうしようもないと判断し彼女を説得しようとするも失敗し、引き留めようとした際、彼女は急斜面の崖から転落。
『富宮詩香』は転落事故ではなく、殺人事件として報道され、落ちてしまった現場とは全く違う現場で発見された事。
そして僕が当時、『富宮奏海』と出会っていた事を教えてくれた。
トッキーはその後、僕が十八時以降のコンビニでのイベントを達成させるべく僕を一足先に自宅に帰して、舞喜にせっつかれて、蒼太の頼みにより、コンビニへ向かう。
そして、僕はコンビニの照明と夕暮れに照らされた『富宮奏海』を発見。
この時、トッキーが言っていた『何かしら』というのが、この事だったと判断した。
そして『加鍋先生』の話と、コンビニへ向かう前に舞喜に昔の事を少し聞いていた事もあり、『富宮奏海』と話をして、彼女の心境を聞く。
ちゃんと⋯⋯とまではいかなくても和解をした僕達。
その直後、『富宮奏海』が苦しみ始めて、背中が急に光出した為、ジャージを捲って確認すると【四葉のクローバー】のようなものが浮かび上がっていて、左上の葉が消える。
『富宮奏海』もこんな事は初めてだと言い、それを信じた僕はトッキーからある程度の事情を聞いていた為、迷った末に自宅に案内した。
事情とは何か?
一周目から起こっていた出来事であるのだが、コンビニで話し終えた『富宮奏海』は自身の家に帰宅。
すると、『富宮詩香』が蘇っており、両親が何故か『富宮奏海』の事を忌避と畏怖の対象として見ており、自宅に帰っても居場所が無いというものだ。
そういえば、名無しに連れられて『富宮家』にお邪魔した時⋯⋯『富宮詩香』が居なかった⋯⋯何故だろうか。
自宅に辿り着いた僕は早速、『富宮奏海』にトッキーから聞いた話を聞かせて、「嘘だ、有り得ない」と豪語し、一度自宅に帰ってしまうも僕の自宅に即帰宅。
不安感と不可思議な現象が起きた事に泣き出して、そのままご就寝。
けれど、蒼太の姉、藍莉はその日⋯⋯僕の自宅へやって来て、蒼太を迎えに来る事はなかった。
そして、翌日の二十五日。つまり今日⋯⋯。
名無しが僕の枕元に佇んでおり、『弾丸が三つ』という訳の分からない事を頂戴する。
予定通りに補習へ向かう僕は学校へ向かっていると、藍莉を発見。
その後、ちょっとお話をしたり、お腹の匂いを嗅いだり、学校で話す予定を立てた⋯⋯。
どうやら藍莉はその時、荷物の類胃を学校に置いてきてしまったらしく、校舎の開門までに時間が空いてしまっていた為、仕方なく自宅に戻る選択を取ったらしい。
しかし、僕としては藍莉と一刻も早く落ち着いて事情を説明したかったというのもあり、学校で話をするという選択を取ったのだが、舞喜の体調不良が切っ掛けで結局、自宅で話す目処となった。
その後、補習を終えた僕は一周目から今回までの記憶を持っているトッキーが補習室までやって来ると、笠辺先輩と合流するようにする為、僕と共に移動を開始。
合流後、前持って学校から自宅に居る可能性を示唆するメッセージを受け取っていた牧原からその旨を受け取り、トッキーが等区高校の生徒である冴咲と話終わるのを機に帰宅。
そして、既に帰っている『富宮奏海』はトッキー、藍莉には視認出来ていない事を知り、その後、藍莉の口から二十四日の夕方頃の事を聞く。
『富宮奏海』は武島と部室棟で話をしており、その際誤って『富宮奏海』は転落。
その現場を口論だと判断した藍莉が駆け付ける形で発見し、救急車を呼び、武島と共に病院へ。
そして武島は【心火】という『現象』の影響で豹変し、藍莉と口論の末、遂には切り捨てられる。
その口論に際した時の武島の発言から今回の転落事故に藍莉なりにも責任があると感じてしまい、堂々巡りの末、朝方となり、二十五日の早朝頃に病院を後にした。
その話を僕、舞喜、トッキー、笠辺先輩、そして『富宮奏海』が聞いており、舞喜が反論しそのまま自宅を飛び出す。
僕と藍莉で追い掛けて、田科と再会。
田科は笠辺先輩に用事があるらしく、自宅に居る旨を伝えるとそのまま一緒に帰宅。
そして、藍莉は蒼太を連れて自宅に戻る事を選んだ。
⋯⋯⋯⋯そこから、蒼太が急にインターホンを押して僕の部屋まで来ると、僕を家まで来るようにと言って来て、理解出来ない中、言われた通りに自宅に向かうと、武島が藍莉の首を締めて⋯⋯殺した。
その後、『富宮奏海』がその現場を目撃して、『現象』が目覚めて、戦闘が勃発。
先輩の刀は刃が触れていたのにも拘わらず、『富宮奏海』は傷一つ付かずに、格闘で先輩をボコボコにしているのを最後に、田科の【鳥獣戯画】の一つ、『鷹のクチ』によって逃がされてしまう。
そして、名無しと共に偶然近くにあった『富宮家』に向かう。
元々、今日の深夜十二時前には皆と共に向かう予定だったけど、結局、僕と想定外の名無しとの二人のみで向かう事になった。
中は異臭がして、お香が焚かれていて、遺影に拝むようにしている両親を発見。
その後、帰ってきた『富宮奏海』は様子がおかしく、何処か精神年齢的に低くなったような、舌っ足らずな感じで両親の名前を呼びながら、姉の遺影が置かれた居間へ入室、そして、両親と共に弾けて死んだ⋯⋯。
アパートに帰ると田科がアパート外の地面で絶命していて、階段を上るとトッキーの頭部のみの状態があって⋯⋯。
藍莉の自宅に向かうと殺されてしまった直後よりも酷い状態の藍莉と壁に凭れ掛かった笠辺先輩が居て、部屋には誰かの肉塊が一つ⋯⋯。
──蒼太も舞喜も見当たらない。
僕はその後、名無しからここに来るように言われた。
それが僕の知っている全て⋯⋯。
語り終えた僕は、気付けば泣いていた。
貯まって、溜まっていく。
またあのドス黒い何かが⋯⋯。
心地良く感じられてしまうそれをグッと抑え込んで、腫らした目元を『虚象』へと向けた。
何も言わない『虚象』はひたすら、身体を預けて、僕はそれに口をする事もなく凭れ掛かり、そっと鼻を用いて包まれる。
━ ━ ━
夏の季節には心地の良い白い空間の足元に漂う冷気を全身で感じるように座り込みながら、『虚象』の返事を待つ。
垂れ下がった鼻は徐々に上がっていき、僕の頭へ向けて下がっていく。
撫でられるような感覚がドッシリとしていて、頭皮が禿げるのかもしれないと少し不安感もあったが、今は縋りたかった⋯⋯。
一気に皆が亡くなったという現実は非常に重くて、寂しくて、辛い。
僕は富宮を恨む事すら出来なかった。
あの時の子供のような表情と期待と不安に塗り潰されたような横顔が忘れられないでいる。
アイツだけ、僕や亡くなった姉が原因で停滞してしまっているのだろう。
和解したから、今まで損失していた分は補填される、なんて事はある筈がない。
死ぬ前に見たあれは、きっと真心から来る素顔だろう。
仮面も虚言すら要らない、最後の本音。
「クソッ。なんでこんな事に、どこで間違えたんだ⋯⋯」
頭を抱え込んだ僕は深く、深く、戒めにするべく口にする。
過去に戻してやり直しが出来るから、何度でもリトライ可能なんて僕はごめんだ。
それは言い替えたら、僕が正解を辿れるまで、藍莉達には何度でも死んで貰うという事だし、その現場を何度も目撃しなければならないという事に直結する。
『准坊よ。幾つか疑問がある。問うて良いか?』
鼻を啜りながら、熱くなった目頭を腕で擦り、余分な水分を体外に流さないようにする。
こういう時の『虚象』は正真正銘、役に立つ。
遠回しな言葉を使ってこないからだ。
『まず始めに、三周目の際、常盤美羽はどう死んだ?聞いた限りでは自宅と考えて良いのだろう?そこに『富宮奏海』が居たのか?』
「分からない。けど⋯⋯もし居たんなら、他の周でも同じように居たって事になる。そうなると、根本的に噛み合わない。なんせ、『現象』が現れたのは二十五日からだからな」
『富宮』が【あぁ】なったのは二十五日であり、三周目のトッキーが亡くなったのは二十五日の午前七時頃の事らしい。
つまり、仮に三周目の際、トッキーを『富宮』が自らの手で殺したのだとすれば、その時間帯に『富宮』本人が他の周でもトッキーの自宅に居なければ、辻褄が合わなくなる。
トッキーはともかく、富宮まで『時間跳躍』の影響を受けているとは思えなかった。
だが、そんな僕の自論を真っ向から向かって来るのが、『虚象』である。
『何故だ?転落したのは二十四日なのだろう?ならば、二十五日の早朝だろうと、正午であろうと、『現象』は既に始まっている事になるのではないか?』
「条件ってのがあるだろ?『富宮奏海』に憑いた『現象』の中での条件みたいなものが⋯⋯」
『成程、そこから説明しなければならんな』
やれやれと少し鼻につくような態度で起き上がった『虚象』はゆっくりと僕から距離を離しつつも、説明を始めた。
『【憑く】という表現を准坊をしておるが、聞いた限りではそうではないだろう』
「?⋯⋯じゃあなんだよ」
『【一体化】または【融合】に近いのかもな』
また随分とカッコいいフレーズが舞い込んで来たものだ。
「つまり、合体か。⋯⋯でも、なんでそうなるんだ?」
『笠辺沙耶の刀の刃が触れても傷が付かなかったと申したからだ。仮に【憑依現象】であるならば、笠辺先輩の持つ刀はむしろ特効も良いところだ。人体の表面に『現象』が出てくるからな』
僕は『富宮』と交戦していた状況は確かに説明したし、刃が通っていなかった事は説明したが、笠辺先輩の『刀』について、深い言及はしていない筈だ⋯⋯。
それに僕には【憑依】=『現象の表面化』というのは何となく分かる。
けれど、【一体化】と【融合】とわざわざ言葉を分けた上で【憑依】と何が違うのか、僕には分からなかった。
『しかし、今回聞いた限りでは違う。刀は肌を斬っても血が流れんかったのだろ?つまり、『人間的要素』も残した上で爆発的な身体能力の獲得と人智を跨いだ超越的な能力を保持した『現象』も使用が可能とするのは【一体化】か【融合】のどちらかだ。姿が変化していれば【融合】であり、そうでなく表情や向ける視線といった感覚的な変化が顕著に現れるのが【一体化】と言った具合いだなぁ』
「なら、二十四日以降は常に【一体化】していたって事か?」
そんな事があるのだろうか?と僕は訝しんだ顔をした。
僕の視点では、彼女豹変する際、身体の後方から後光が差していたが、常日頃から『富宮』に後光なんて差している訳もなければ、崇められてもいない。
そんな僕の疑問に『虚象』は冷静に分析をしていく。
『恐らく『現象の発動』自体の主導権というものは双方共に無いと見て良い。あれらは感情の起伏やその時の状況によって表面化する。言わばアレだ。普段優しい男が戦場では猛々しい雄叫びを上げながら敵を血祭りにする『バーサーカー』のようなものよ』
(優しい人が、急に激昂し始める的な?⋯⋯常に富宮の奴はツンツンしてたし、今回のは藍莉の死が原因っぽいし⋯⋯)
イマイチ『虚象』の言っている事に理解が追い付かない僕を察してか、『虚象』は更に言葉を続けた。
『厳密にはその二面性⋯⋯願望や欲求に張り付いたと言っても良い。だから、『現象の発動』自体に主導権が無いようなものなのだ』
『二面性』と言われて、僕は何となく腑に落ちる。
人に好き嫌いという枠組みがあるように、富宮にとって『不満』『不愉快』のような出来事が隠している部分に【一体化】した『現象』が自然と出てきてしまった⋯⋯。
僕はそう解釈する。
そして、本題へ戻るように問い掛けた。
「⋯⋯だとすると、トッキーは三周目の時、なんで死んだんだ?」
『うーむ。マーキング⋯⋯或いは自己審判か。どちらにしても二周目の時点で『富宮奏海の自宅』に向かったのだろ?つまり、その時に施された可能性がある、と私は睨んでいる』
トッキーに聞けば、富宮家に向かった、までしか言及しなかった。
これは室内を覗く前に亡くなったという事になる。
言い方をかなり悪くすれば、悍ましい光景にも近いアレに対して、言及を敢えて避けたと言われても納得してしまう。
今でもその光景は焼き付いていて、離れたがらないのだから。
けれど、そんな大事な事をわざわざ僕を助けようとしてくれていたトッキーが言及をしないとは思えず、そうなってくるとやはり、トッキーはあの光景をそもそも見れていなかったと推測出来る。
「⋯⋯あの家、普通じゃない。亡くなった姉の遺影を神様みたいに祀って⋯⋯。あれじゃあ、姉が神様になったみたいな感じじゃないか。人とすら見られてない」
別に僕は、死んだ人間に対して拝む事が悪いと、そう言いたいのではない⋯⋯。
問題なのは、両親の表情が極めて淡白に感じて、冷め切っている事と、口を開けば私利私欲に固執している事にある。
それに加えて神様扱い。
更に、生きている娘が話し掛けているにも拘わらず、それを続けていたという光景に辟易としてしまったのだ。
正直、大概にしろ、と言ってやりたかった。
『次に、『加鍋』とやらが伝えてくれた事件だ』
それは八年前に起きた殺人事件。
『加鍋先生』の目の前で『富宮詩香さん』が急斜面の崖から落ちてしまい、遺体として発見されたのはその転落した場所から離れた場所であり、衣服が脱がされていた事件だ。
遺体発見から時間が経過していた事と雨が降ってしまっていた事で犯人は未だ見つかっていないその事件は未解決として処理されている。
「僕も真相は分からないぞ?結局、警察だって迷宮入りって雰囲気だし、世間的にもそうだ」
『しかし、准坊よ⋯⋯。『加鍋』が八年後に帰ってきた理由を聞いて思う所は無いのか?』
そう言われ、僕は『加鍋先生』が口にしていた言葉を思い返す。
「確か、『ちゃんと見てるぞ』とか『覚えてるぞ』だろ?さっき説明したけど、僕にはちんぷんかんぷんなんだ」
『『加鍋』の身近な人間⋯⋯ならどうだ?』
「え?」
何言ってるの?と怪訝な表情を浮かべた僕だが、鼻を器用に曲げながら瞼を閉じた『虚象』は徐ろに頷く。
『いやなに、憶測よ。何処まで言っても所詮はその程度。しかし、憶測で推測を当て嵌めて、真実を導くのは、誰もが行っている行為だ。まずは自分なりの考えで思考せねばならない』
一度は自分で推論を並べてみろ、と『虚象』は言いたいのだろう。
実際、頼り切りというのも忍びない僕は『虚象』の言う通り、考えてみた。
『加鍋先生』の身近──そう言われて思い浮かんだのは、僕はまだ見た事もなければ話題にもならない『加鍋先生』のご家族だった。
けれど、それならば『監視』という体裁は些か無理があるように思える。
同じ街に住んではいるが、居住区が違う家庭というのは決してない訳ではない。
けれど、『家族』を監視するというのは精神的にも疲労が溜まりやすく、何よりも怪しまれやすいと感じる。
次に『恋人』を思い浮かべた。
しかし、そうなってくると、何故その人の事を『加鍋先生』は口にしないのか、という疑問が浮上してきてしまう。
『富宮詩香』について聞いていた事による後ろめたさを想起したが、そもそもあの人の表情には後ろめたさよりももっと強い感情が籠っている気もした。
そうなってくると、僕の中に残った選択肢は少なくなっていき⋯⋯。
「⋯⋯教師、とか?それか自治体の誰かが『加鍋先生』の知り合いが居た、とか。でも、八年前だぜ?見た目も変わってる事あるだろうし、もしかしたら引っ越しだってしてるかもしれない」
『引っ越していないから、『監視』しておるんだろ?』
「⋯⋯分からない。ギブ!⋯⋯一体、監視って誰にしていたのさ?」
『推測するのだ。『富宮詩香』が亡くなって得をする人物を。そして『加鍋』が知り合っていて、顔を合わせられる人物を⋯⋯』
(そんな奴居るのか?⋯⋯)
『富宮詩香』という人物に対して、明確な悪意や殺意かなければならない。
そして、『加鍋先生』も見た事のある人物で、顔も合わせられるという人物。
『監視とは何も遠くで、隠れて見るだけが監視ではない。早い話、近くに居つつも相手の様子を窺う事もまた監視だ。身近で、監視という体裁を隠しつつ、確実に近付ける人物は誰か?』
僕は、嫌な予感がした。
けれど、一つトッキーが僕に説明をしてくれていた時、確かな疑問もあったのだ⋯⋯。
それは『富宮家』が引っ越しを行った後にやってきたセールスマン達の事。
あれが悪徳宗教の勧誘であった事は間違いない訳だが、近隣住民達にはそれがどんな人達だったのか分かっていなかったという点に違和感があった。
アレはつまり、『富宮家』が引っ越しを行う前には既に、勧誘をされていた⋯⋯そう考えれば、スっと話が通る。
新しく越した住居、その近所の方々の元にはセールスマンは来ていない。
トッキーがそう言っていた。
何故か、一点狙い。越して来て早々に都合良くセールスマンが来るという展開をずっと見逃していたが、前から接点があったと考えれば、納得が言ってしまう。
そして、今回の悪徳宗教の手口、大まかな活動として、『遺族の写真』を『神に見立てる』というやり方。
どんなキャッチフレーズで落としたかは知りようがない。
けれど、まさか、そんな事が⋯⋯。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。『富宮の両親』って言いたいんだろ?だとしたら、なんで娘を殺る必要がある?になるだろ!?⋯⋯少なくてもなんの意味もないぞ?」
勝手に想像していた推測を否定して欲しかった。
そして、『虚象』に呆れられて仕方ない奴だな、とそう言う風に口にして欲しかった⋯⋯。
『理由ならあるだろうて。当時、自治体と揉めておったんだろ?准坊の聞いた話では、八年前の『富宮家』周辺は過疎化が進んでしまって、街開発の対象内だった。親としても良い立地に住みたいと願うのも間違った考えではない』
僕は少し安堵した。違うのかと⋯⋯。
宗教ってのは、生き方を示すものだったり、安寧を願うものであるんだから、人を殺す理由にしちゃいけない。
少なくても、文化的にも世界的にも宗教というのはそれ程に影響力がある。
一つの、誰かの指針になり得るからだろう。
古くから根付いたその『教え』には力がある。
だから、そんな事はあっちゃいけないのだと⋯⋯割り切りたかった。
『立ち退きには金が入る。娘が一人亡くなれば、一人分の衣食住が浮く。しかも跳ねっ返りが強い娘っぽいしな。苛立ちも大きかったのだろう』
そっと語り口調は終わりを迎えた──。
『しかし、それは建前だろう⋯⋯』
「え?」
『人の心は傾いた感情だけではなく、必ず傾いていない感情も僅かばかりに混じるもの。怒っていると言っても、その内の少しは自身の事を垣間見ようとする心があるようにな』
やめてくれ、そう口に出来ない僕は愚かなのか、薄情なのか、それともただの弱虫なのか⋯⋯。
口が開きそうになる頃には『虚象』は口にしていた。
『本音としては、教えに尊びたかったのではないかと、私は思う』
「⋯⋯憶測だろ?所詮⋯⋯」
声が自然と震えだす。僕の両親だってここまで酷くは無い。
娘の命を家庭環境や資金繰り、相性などではなく、後からやって来た他人の言葉巧みな物言いだけでコロッと流されて殺人をしてしまう⋯⋯。
そんな結末を看過出来ないでいた。
「だとしても⋯⋯殺す必要あるか?それになんで遺体を移動させたんだ?」
『お前は優しい子だな』
「なんだよ急に。怖いぞ?」
急にそんな事を言われてもなにか裏があると勘繰ってしまう。
真っ直ぐに真心さえ籠っているその言葉と視線に思わずたじろぐ僕を他所に『虚象』は口にした。
『准坊が優しいから、至らない考えというのがあるという事よ。いいか、准坊?当時の殺人前後の時間帯に『富宮詩香』は監視カメラにも映っていなかった。本当にそれを信じておるのか?』
「は?」
何を言っているんだ⋯⋯。そう言葉にしようとするも口は開いたままで一向に喉から声を発しようとしない。
『『富宮詩香』は当時、自治体と争っておったが、『加鍋』の言葉通りならば、味方は居なくなっていった。そうだろ?』
『加鍋先生』の言葉通りならその通りだ。
だから、『富宮詩香』をその日に呼び出して、結果的に転落する事となる。
(最悪だ⋯⋯)
──何が言いたいか、理解出来てしまった。
『つまり、自治体と『富宮詩香の味方だった者達』で犯行の証拠を隠蔽した⋯⋯。そうは考えられんか?』
「お、おかしい、だろ⋯⋯。なんで、殺しなんて出来るんだ!しかも高校生の子供を⋯⋯。いや、それ以前になに握られたんだってなるだろ!」
『それは分からん。金かもしれないし、弱味かもしれない。強い立場から屈するようにさせられたという線もある。まぁ、いずれにしても、ロクな話ではないな』
最悪だ。よりにもよって寄って集って、一人の女子高生を殺した可能性が出てくるなんて⋯⋯。
そうなると、富宮はどうなんだという事になる。
「富宮は知ってるのか?この憶測⋯⋯気付いていたりするもんなのか?」
『気付いておらんから『加鍋』という男を探していた⋯⋯私にはそう見えたがな』
真実が分からない──だから、姉と当時仲が良く、一緒に遊んだ過去もある人物に当たって調べようとしていた⋯⋯つまり、そう言う事か。
それがいつ頃からなのかは知らないし、本人に聞く以外手はない。
けれど、『姉』が自宅に現れてしまった事が、必然的に『加鍋先生』に当時の状況を聞く必要性を発生させた切っ掛けになった⋯⋯僕はそう感じる。
『しかし、両親が変わり者であるというのは察していたろうよ』
「まぁ、そうだろうな。あんな両親見てるとな⋯⋯。比べちまうのも──」
『そうではない』
言葉を強く遮ってみせた『虚象』は僕の間違えた考えに対し、そっと誘導するように道筋を示していく。
『私が言っているのは、『富宮奏海』の『現象』での話よ』
「何が言いたいんだ?宗教勧誘は『現象』よりも前の話であって、後じゃないぞ?」
『それは知っとる。私が言いたいのは『富宮奏海』と【一体化】した『現象』の話だ』
「正体とかがあるって事か?」
『あるとも。とはいえ、想像しにくいだろうが、心して聞け』
そう念を押す『虚象』の言葉に息を呑む。
飛び込んでくる内容がどうであれ、両親の件以上にショッキングな内容があるものなのか、甚だ疑問があったが、聞き漏らしのないよう、僕は『虚象』へと意識を向けた。
『まず言っておくとあれは【神様】と呼ばれる部類だろう』
「『虚象』と同じって事か」
『虚象』も正真正銘、神に創られた神様であり、この街がまだド田舎のド底辺のど貧乏で慢性的な食糧難に苛まれていた時期に顕れた存在。
だからこそ、逸話や噂話はこの街に限れば、この『虚象』で一杯になれる程だ。
まぁ、それが影響して本来は巨大で聳え立つ山のようであった体躯は三メートルというデカさまで縮んでしまう要因となってしまったのだが⋯⋯。
『いいや、違う。恐らくだが、『富宮奏海』が思い描く【神様】だろう』
「なんだって?」
あんな凶暴性に長けた殺戮マシーンみたいな奴が富宮の想像した【神様】だと、つまりそういう事なのだと、理解するのに僅かに時間を有した。
話口調も瞳の色も態度も何もかもが違う【アレ】が富宮奏海が生んだというのに⋯⋯僕は絶句する。
「早い話、『富宮家』に勧誘に来た宗教団体も○○神と言うような特定の神を崇めたりするものではなく、大多数居る【神】というワードを使ったもので信仰心を厚くさせたのだろう。日本にある大半の宗教がそれに近い。だから『富宮奏海』の想像した【神様】と神によって創られた神である『翡翠色の象』は、根底が違うのだ」
「ちょっと待ってくれ⋯⋯。『富宮家』は遺影を祀ってるだぞ?姉の!じゃあ何か?『現象』で【一体化】している時は『富宮詩香』になってるってのか?」
それだと、僕が思い出した『富宮詩香』とも随分違う事になる。
彼女はもっとガサツというか大雑把にもの考えるような性格だった筈だ。
あんな丁寧な言葉遣いなど使える印象が湧いてこない。
もはや真反対に近いのだ。
『いや、人はどんなに頑張っても魂や精神を人の中には入れられん。同一人物でもない限りな』
「なら、違うのか⋯⋯」
『あくまでも【神様】として祀られている『姉』に懇願でもしたんだろう。たとえば、死にそうになる直前にでも。その時に初めて『現象』と【一体化】したんだと、推論は出来る』
『富宮奏海』が学校の部室棟で転落した事故。
あの時、意識下にしろ無意識下にしろ願ってしまった。
『助けて欲しい──』と。
そこに『現象』こと【神様】は富宮の身体と一体化したという事になる。
「普通に生活している中での祈りよりも、死ぬ直前の方が大きくて強烈って事か⋯⋯」
『まぁ、『現象』自体が突然かつ突発の存在だからな、何が理由でなりうるか、神である私にも分からんのだ』
『現象』は人の数以上に無数の経緯と結果を求めてくる。
人が思い描き、夢に抱き、理想して、夢想する事は世界が認知してそれを叶えようとする。
それが『現象』なのだと、朝倉さんは言っていた。
勿論、全て叶う事もなければ世界は簡単に見向きしない。
気紛れで、偶然目に止まったから『そうした』という側面が強くて、ここで僕が、全部元に戻れぇぇ、と叫んでも何も変わってはくれないのだ。
『何よりも、『富宮奏海』という存在が二人居る⋯⋯その理由もまた神である私にも分からないのだ』
確かに、思えば『富宮奏海』と【一体化】したのは本体であり、病室で寝ている『富宮奏海』なのだ。
なのに、何故か病院に居るのとは別の彼女が確かに見えていて、その人物が【神様化】している。
かなり不自然にも感じる事柄だ。
「『現象』だからじゃないのか?」
『⋯⋯准坊よ。解決はなるべく急いだ方が良いのかもしれん』
「ん?何かあるのか?」
勿論、早期解決なんて第一目標まである。
けれど、急かすようなその物言いは僕の心を不安に駆り立てようとしてくるのだ。
『『本物の富宮奏海』と『准坊が接した富宮奏海』が別れた理由は分からんが⋯⋯、『本物の富宮奏海』は恐らく『准坊が接した富宮奏海』によって生命力を使われておる可能かがある』
「!?⋯⋯それってつまり⋯⋯」
『そうだ。時間が長引けばそれだけ危篤状態は続き、最悪死ぬ可能性もある』
「なんで言い切れる!?まだ決まった訳じゃないだろ?」
『基本的に人が『現象』を使うという事は『生命力』を促すという事だ。燃料がなければものは動かない。動物も世界も何もかもな』
【神様】となった『富宮』は『本物の富宮奏海』からどれ程の『生命力』を摂取しているのだろうか。
【鳥獣戯画】を使う田科を去年の夏、何度も見てきたが、終盤は死にそうな顔をしながら、僕達を支えてくれていた事を思い返してしまい、それが危篤状態の『富宮奏海』にも訪れるのだとしたら⋯⋯。
『最後に対処法に関してだ』
僕が拳を握り心の中で意気込んでいる所、『虚象』が話を進める。
そう、僕は解決しなければならない。
僕自身の為にも、藍莉達皆が死なないようにする為にも⋯⋯。
『分かっているとは思うが、このまま何も考え無しに時間を流れされても結果は目に見えている。准坊には正しい対処が求められる。分かっているな?』
その言葉に吃り声を上げてしまう。
解決するとどんなに意気込んでも、その手段と方法が明確にならなければどうしようもないのもまた事実。
「具体的な策が見当たらないんだよ。そもそもの話、田科を探してアパートまで連れて行くって項目が加えられた今、攻略の難易度が跳ね上がったまであるんだが⋯⋯」
仮に僕達が田科の事をスルーしてしまえば、田科と僕達は出会わず、死ぬ事はない。
けれど、言い換えれば──。
僕の代わりに死んでくれる人間もいないという事になる。
酷い事を言っているのは重々承知の上だが、しっかりと記憶して対処法を考えられるのも、『虚象』がいるこの空間に入れるのも僕のみ。
かなりのアドバンテージを残した上で解決へと奔走しなければ、今回と同じ結果になってしまうのは目に見えていた。
そもそも、笠辺先輩の刀か通らない時点で暴力的解決はナンセンスなのだろう。
【鳥獣戯画】の中にはヤバめの麒麟がいた筈だが、『富宮』に効くかどうかはまた別の話。
悪いが、何度も周回して攻略法を探して解決なんてしていられるほど、僕のメンタルは強くないし、壊れたくもない。
壊れれば、藍莉辺りが気付いてくれるだろうし、支えてくれるだろうが、それでは対等にはなり得ない。
それが嫌だ⋯⋯。だから、迅速かつ早期解決を目指す。
『これは、問題点を一度、洗い出した方が良さそうだプオオオオォンッ!!』
『虚象』は話しながらも少しずつ、僕から距離を開けていたが、その意味がようやく活きた時が来る。
大量の水飛沫を鼻穴から上げ、白く染め上がった地面に落下。
そして、鼻を器用に使い、地面に撒き散らした水を三箇所に整えた。
『良いか?問題点は主に三つ』
『虚象』の鼻先が右端に集めた水滴へ触れる。
『一。田科とやらの捜索とアパートまでの同行許可。これに関しては笠辺沙耶を使えば済む』
「なんでだ?」
『元々、田科とやらの目的は笠辺沙耶にあるのだろう?ならば、言伝として家まで来て貰えば良い。それに、お前さんよりも体力も敏捷力もある。使わない手は無い』
確かに、運動能力自体、僕は先輩の足元にも及ばない。
しかも、田科も笠辺家に用事があるのではなく、先輩本人に用事があると言っていた。
「成程⋯⋯。僕が迎えに行くって選択肢を初めから捨てるのか。そうなると、舞喜と藍莉はどうするんだ?」
『妹御は笠辺沙耶と共に同行して、大洲藍莉は自宅に戻れば良い』
耳を疑ったが、『虚象』の態度には言い間違えのようなものは感じられなかった。
僕は立ち上がり、怒声を上げる。
「ちょっと待てッ!そうなると殺されるんだって!お前の言ってる事は『一回死んでこい』と同意義だぞ?!」
藍莉の自宅には何処からか侵入した武島が潜んでいる。
どの道一人で行かせるような行為は、自殺しろ、と口にしているのと変わらない。
それが切っ掛けで『富宮』が豹変する事も知っていて何故、その言葉が出たのか見当が付かない僕だが、『虚象』はそれでも冷静に口にする。
『何も死ねとは言っておらん。ようは首を絞められた後、すぐに助ければ良いのだ』
「お前、無茶言ってないか?近くに僕が居たら警戒して出て来ないか、僕に矛先が向かないか?」
『そこで二つ目の問題点だ』
「え、ここで?」
まだ、一つ目の問題点も解消し切れていないのにもう次に行くのかと、絶句してしまった。
だが、『虚象』は淡々と真ん中に溜まった水滴に向けて、少し濡れた鼻を動かす。
『准坊は武島と言う輩の対処は誰が好ましいと思う?』
「理想は笠辺先輩か田科だろうな。特に田科だ」
女性だから先輩は駄目⋯⋯ではなく、純粋に信頼に置いている人物が田科だという事。
正直、【鳥獣戯画】という力は場面場面で多い活躍出来る万能の『現象』だと、そう僕は踏んでいる。
『なら使えば良い』
「いやいや、その田科は笠辺先輩が探しに行くんだろ?い居ないじゃないか?」
『連れて帰ってからで良いではないか』
「え?」
僕は素っ頓狂な声を上げてしまい、『虚象』は自慢げに少し笑い声を漏らした。
『武島とやらは大洲家に不法侵入している身。わざわざ隣の准坊の自宅へ入ろうとはするまい。ましてや目的は大洲藍莉と仮定するなら、尚更の事よ』
藍莉が帰って来ない事には武島は動きたくても動けない。
そう言いたいのだろうが⋯⋯問題はある。
「つまり、田科を見つけた後に武島の対処に回れって事か⋯⋯。でも、田科を、仮に見つけられなかったら?」
『いいや、見つかる』
断言し切った。明らかな頷きと共に。
「なんで言い切れるんだよ⋯⋯。最新の地図もないし、土地勘だけでどうにもならないぐらい、お前が居た大昔とは風景も変わってるぞ?」
『簡単だ。何もしなければ良い』
僕は首を傾げる。何もしないとはつまり、どういう事だとばかりに疑問を身体で表現した。
『つまり、妹御が出ていくのを黙って見過ごせ⋯⋯。そう言ってるのだ』
それは言い換えれば⋯⋯広場まで僕は行くな、話をするな、そういう事になる。
『そもそも、何もしなければ勝手に出逢えるのだから、何かをする必要がない』
「笠辺先輩に舞喜が田科に攻撃される前に⋯⋯いや、そもそも攻撃の理由も【影鬼】が理由だった筈だから、藍莉が居ない方がスムーズに終わる可能性もある、のか?」
【影鬼】の話を田科から聞いた事のある僕は、藍莉に起こった事柄との類似点がある事は分かっている。
影を用いて人に侵入して意識を乗っ取る事を得意とする存在。
その正体も千差万別であり、時間を越える事すら可能な異質で特異的な『現象』である事は、ミニ藍莉の記憶を保持するに至った際に、現実の藍莉の影に入り込んだ現象と似ているのだ。
『そこはならなければ分からないだろうよ。元々、大洲藍莉からは田科は妹御を追い掛けて広場まで来たのだろう?会う会わないは、准坊が決めて良い』
「なってみたいと分からない⋯⋯か。そうかもな」
『そして、田科とやらに武島を止めてもらう。これで二つの問題点は洗い出せたな』
一つ目の問題である『田科との合流』と二つ目の問題である『藍莉の自宅な潜む武島の対処』は田科と笠辺先輩、舞喜次第となる。
藍莉と僕、トッキーと蒼太はどうするべきか⋯⋯。
そう悩んでいると⋯⋯。
「ウワッ!冷たッ!何すんだ!」
左端に溜まった水滴は妙に形を崩していた。
『虚象』が鼻を用いて水を身体に掛けて来やがったのだ。
『ぼーとしていないで、最後の三つ目。『現象』の対処法だ。呆けるな?』
ちゃんと考えてはいたのだが⋯⋯どうやら僕のこの顔では呆けているようにしか見えないという事か。
悲しい気持ちになってしまう。
『ここで最も不確定な要素をある程度鮮明化しておかねばなるまい』
「不確定?⋯⋯あぁ、残り三枚の【弾丸】の事か⋯⋯」
『候補としては『富宮奏海』が個人的恨みを持っている、または何かしらの想いがある人物だと、私は考える』
「ん?なんでだ?」
僕は疑問に支配された。
残り三枚というのは僕という存在が犯した罪が彼女の中で清算されたからこそ、【四葉】が【三葉】になったのだと、背中に浮かんだあの光見て納得している。
彼女は僕に恨みがあり、それが晴れたから葉が欠けた。
しかし、そこに想いというのはあるのだろうか?そう感じた僕は問い掛けた。
「想い?恨みは分かるけど、なんでそんなロマンチックに寄るんだ?」
『言ったろう。二面性だと。鏡合わせと呼んでも良いかもしれんが、結局【一体化】と言うのは、宿った肉体の精神や感性に影響されて動いてる。好きだから追い掛け回してしまうストーカーと原理自体は似たり寄っかりよ』
「お前がストーカーって概念を知っていた事自体に驚きだ」
古い時代からそういった輩が居たのか、それは直接見てみなければなんとも言えない。
けれど、人ってのは大概、変わらないものなのだとも思う。
「それで、候補としては誰が居るんだ?僕は武島を推す」
『私は───』
僕と『虚象』による会議は論争に発展してしまう。
『虚象』の語ったその内容に僕は『何故か?』と問い掛けたが、『恐らく』『憶測』という言葉を多用して答えてみせるも、それに憤慨した事によるものだ。
けれど、次第にその感情は冷めていく。
そもそも、僕は【一つ目の罪】の該当者。
富宮に対してとやかく言う資格もなければ、『虚象』に対して何かを言う権利など、持ち合わせてすらいなかったのだから⋯⋯。
━ ━ ━
『虚象』の居る空間を出た僕の身体は蒸し暑さに襲われた。
冷え切ったデパートから屋外へ出た時の温度差をこんな森林で感じる事になるなんて、悪趣味な所に置かれている祠が相も変わらず嫌になる。
そんな嫌気の差した顔をする僕へ声を掛ける者が一人。
「終わったの?」
「あぁ、終わった」
名無しだった。
彼女はどうやらずっと律儀にこの林の中、待ってくれていたようである。
それと同時に中での会話の内容を詳しく聞こうとしない事、これまでの名無しの発言から僕は問い掛けた。
「何処まで知ってたんだ、今回の事は?」
「⋯⋯⋯⋯」
視線を逸らす事を名無しはしなかったが、目で訴え掛けているのは伝わる。
『詮索するな』と言いたげに、何処か危疑しているようなそんな不安そうな瞳。
それが僕の抑えられなかった好奇心を途端に凍らせた。
「聞いても仕方ない、か。悪い、もう聞かない」
僕がそう言い、微笑んでみせる。
悪くない、構わない、そう言う意図があった笑みは彼女の視線を僕から外させた。
「そんな顔すんなよ。何かあるんだろ?」
「ごめんなさい」
消えてしまいそうな程の小声で発した謝罪は無風の林の中というのもあって、鮮明に耳に届いた。
祠から少し移動した僕達は草原が足元に並ぶ場所へ辿り着く。
彼女のご希望であった為、特に不満もなく、当たり前のように着いてきた僕は目の前に見える歩道を見る。
あそこから南側へ流れるままに移動すれば、今日から一ヶ月間程、行かなくても良い学校がある。
けれど、現状のままではその通学先に藍莉は居ない。
トッキーも、先輩も、転校予定の田科も居ないのだと感じて、ふと寂しくなる。
「それじゃあ、そこに立って」
目元を拭い、指定された場所へ立つ。
別に変哲もない普通の場所であり、箇所であり、変化も異変もないのだが、何故そこなのか、甚だ疑問が湧いたが、そこはもう詮索しないようにと、唇を固く閉じた。
「先輩をこれから過去まで巻き戻す」
「巻き戻す?」
「『跳躍』ではなく『逆行』って事よ」
言い方を替えただけではないのは分かる。
それでも疑問は残っていて、それを察してくれた名無しは説明に入った。
「『跳躍』は対象者を過去に戻したり、自分を戻したりするけど、『逆行』は世界そのものを戻す。記憶もみんなある状態って事」
「⋯⋯それだと僕達、困るんだけど?」
元々、『跳躍』を前提に事を運ぼうとしていた僕の計画の根底が崩れる発言をする名無し。
けれど、それもまるで分かっているかのように首を横に振り、僕に近付く。
「いいえ。先輩が見ていない事を誰かが見ている。それは結果として一番大事な事なのよ」
名無しの手が僕の胸元に触れる。
それを訝しんだ僕は、彼女の伸びた手と顔を交互に見た。
「とにかく、貴方は成功させなければならないのよ。自分の為にも⋯⋯」
「⋯⋯分かってる」
胸元から離れた彼女の手。薄く月明かりによって照らされた色素の薄いビー玉色の瞳は僕を差す。
草原にも似た広々とした空間は葉擦れの音に包まれたのを感じてから、生暖かい風を感じた。
「人の犯した過ちはね、その人当人で償わなければならないのよ。誰かじゃなくてね⋯⋯。だから、私なら、許さない道を敢えて選ぶわ」
それは何かの選択なのか、僕に対する説教にも聞こえる。
取ろうとしている選択を拒絶しているような⋯⋯、そんな感じ。
罪の償い方なんて、その時によって大きく変わる。
僕達は皆、罪人なんだから、一々同じ方法で償っていたら、どこかで怠慢が蔓延るのは目に見えているのだ。
本当に正しい償い方はその人が本当に望んだ事、しなければならない事を出来る限り、身を粉にして実行する⋯⋯それ以外に手などない。
だがどうやら、彼女にとっては少し違うようだ。
「先輩は武島を許さなくていい。富宮奏海を許さなくていい。貴方は振り返る必要はない。罪人に肩を寄せる必要もない」
それは優しさなのか、そう問い掛けたかったが、先輩としての意地がそれを妨害して口を閉ざしていく。
黒いドレスは靡く。灰色の髪は風に身を任せるように流れていき、軽やかな足取りで彼女は僕の肩を掴む。
「『日常』が大事だから、取りこぼさないようにするって心意気があるのは知ってる。それでも、その前提で言うわ」
月明かりは悲しそうで、苦しそうな彼女の様子を鮮明に見せてきた。
「『日常』を敢えて、切り捨てなさい」
潤んだ瞳には、僕の知らない、彼女だけが知っている僕が居て、きっと⋯⋯今の僕とは違う選択をしたのかもしれない。
過去を変えると言う事は必然的に一定の『結果』に沿わなければならない。
この流れのまま、『結果』という大義名分を地で行くと──『富宮奏海』とその家族も死ぬ。
僕が現在進行形で生きているにも拘らず、何故なんの影響もないのか。
それは、僕の代わりに田科が亡くなった事で帳尻が合ってしまったからだ。
数合わせ⋯⋯そう捉えても構わない。
世界は人の事を見てはいない。一個人を見るのではなく、全体的な数を見る。
たとえ、死に場所が違っていようとも、死に方が違っていようとも、その時の『結果』だけで世界は流れていく。
「でも、僕は助けたい」
俯いていた彼女の手は震えて、それを肩で感じた。
「⋯⋯⋯⋯自分から行くの、地獄に?」
上擦る声は僕の知る、何時もの常盤美羽であると耳が伝えて、心が教えてくれている。
ならば、僕も答えなければならない。
「⋯⋯違うよトッキー」
その肩に掴まれた手をゆっくり手に取って、優しく握る。
「幸せになりたいから、地獄を通り過ぎるだけなんだよ」
僅かに上を向く彼女の顔はまだ表情が見えない。
彼女の脚が力無く膝を着いていき、応じるように僕もしゃがみ込む。
聞きたくないと耳を塞ごうとするその手は僕が封じて、しっかりと正面からありのままの気持ちを語る。
「僕にはアイツらが必要なんだよ。たとえ僕が必要とされていなくても、僕は⋯⋯僕の都合の良い『日常』が欲しいだけだ。それを否定したくないんだ」
許されない事をした。
僕は八年間、それを素知らぬ態度で生きていて、それが当たり前だと思っていた愚か者。
誰かにとっての幸福は誰かにとっての不幸だなんて、とうの昔に知っている筈なのに、どうして身近に居たクラスメイトの事を蔑ろにしてしまったのか⋯⋯。
罪は清算されて、対象外だと外に追いやられても、僕がそれを許さない。
「だから、行くよ。地獄にだって、なんだって」
罪に苛まれて生きていく。
苦しめた罪、何も出来なかった罪、死なせた罪、理解してやれなかった八年分の罪咎と今日という出来事における無力の罪状はどれ程の重さか、僕には分からない。
けれど、ちゃんと持っていかないとならないものだ。
償う為にも、僕はちゃんと越えなければならない。
今日という地獄を──。
「そっか⋯⋯、うん。そうだった。⋯⋯⋯⋯」
顔を上げて、涙ぐんだ彼女が少し微笑んだ。
「私は⋯⋯⋯⋯、貴方を好きになれて、良かった」
「罪作りな奴で、悪いな」
「大丈夫。ちゃんと裁いてあげるわよ。私が⋯⋯」
「それは、最高だな」
それならば後腐れはもうない。
なにかの過ちを犯せば、僕は彼女によって裁かれるのならば、安心だ。
立ち上がった僕達、無風と化したこの草原で僕と少し距離を空けた彼女はモジモジとしだす。
「どうした?」
「⋯⋯⋯⋯一回だけよ?」
「ん?何がだ?」
なにか要求をした覚えはない。
むしろ、早く『逆行』とやらをして欲しくて疼いているのは僕の方だ。
それを口にするべきかどうか悩んでいると、赤面した様子で空を見上げた名無しは大きく深呼吸する。
そして、叫んだ。
「【刻の逆行】!」
「え!何そのカッコイイ奴!?」
「もうやらないから⋯⋯」
気付けば、身体が遠くにあると錯覚した。
否、違う。文字通り、身体が前にあって意識が僕の背中側を行っている。
まるで戻っているように──。
「じゃあね。また会いましょう」
「あぁ!また!」
手を振る事は出来ず、身体は遠くへ。
けれど、身体がしっかりと自分にもある感覚は残っている為、僕は叫んだ。
引き込まれるのは逆行の世界。
耳に届く声も音も何もかもが歪に感じる不思議な体験。
見るもの全てが映像の巻き戻しを高速で見せられているかのような光景であり、『崩れ掛けたアパート』も『富宮家』も『中央区』も──そして『僕の家のリビング』へ⋯⋯帰ってきた。
「准?!大丈夫?!急に倒れちゃったけど?」
よく知る天井。円形の照明に、白い壁と匂い。
そして、──僕の隣には茶髪で寝癖なのか、癖っ毛なのか、判断が付きにくいウェーブを少し掛けている大州藍莉が居た。
神話に出てくる神様って変態多くね?
どうして?
そういう趣味嗜好が当時の文明で流行ってたの?
それとも倫理的にマズいと感じて創作物で創ったの?
どっちにしろゼウスくんは自粛と自制と規制されろ。




