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この街は今日も語る  作者: 紫芋
大洲藍莉は語る

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6/15

こうして、大洲藍莉は語り出す

まずは、ここまで閲覧していただきありがとうございます。


曲聴きながら書いてる紫芋です。


好きな食べ物はじゃがいもで、好きな色は紺色です。


前回のあらすじを一言で纏めました。


『ヒロイン死んでた。弟は死んだ。』


以上です。


今回で1キャラ分終わりという感じです。


1キャラ毎にある話のオチは私の独断と偏見で決めてます。


それではクソッタレなお話へどうぞ。

 校門前で美羽みうに少年が言われた事はただ一つ。


「放課後、屋上に来なぁさい?」


 どういった用件があるのか少年には全く心辺りが無かったが、取り敢えず頷いておき、美羽と共に校舎へと入って行った。


 教室に着いたのは三時限目が終わったばかりというなんとも中途半端な時間で、泣きそうな顔をじゅんは既にしておらず、確固たる意思でもあるかのように、教室へと戻ると一人の生徒が慌てたように駆け寄ってきたのだった。


「あー桐江きりえくん!いい加減に藍莉あいり返してよ〜!」


 発したのは牧原まきはら逸花いつかである。


 大洲おおしま藍莉あいりの友人であり、分け隔てない態度を常にしている桐江きりえじゅんのクラスメイト。


 その言葉を皮切りに一気に視線を向けられた准。


 しかし、仕方ないのだ。


 つい先程まで、当たり前のように学校に彼女は登校しており、まさかたったの三時間ぽっちで死んでいるとは夢にも思わないだろう。


「⋯⋯なぁ、牧原」


「なに?」


「お前、大洲の事好きか?」


「え?!当然・断然・必然だね!」


「そうか、俺もだ」


「え?」


 その言葉は准を少しだけ、ほんの少しだけ微笑ませていた。


 決してそれだけの事で何が変わる訳がないと知っているが、それでも少年にとってその言葉は何よりも嬉しい事である。


「オイ、桐江。藍莉はどこ行った?なんで一緒に居ないんだ!」


 武島むとう颯悟そうごの威圧的な声が教室を鳴らしていく。


 俯く事は准には出来なかった。


 彼等からすれば、友人が腕を掴まれて連れて行かれて、お昼前に連れて行ったご本人のみがご帰還なさって、連れて行かれた友人は姿形も無い。


 怒るなというのが無茶な話だ。


「居なくなったからだ」


 そして准には、ありのまま起きた事を話す気は無かった。


 言葉通りの文脈で『察して欲しい』という気持ちと『気がつくな』という相反する心境が、さながらわがままな子供のように自身の胸を穿つ。


「はぁ?お前が何処かにやったんだろ?何処にやったんだッ!」


 胸ぐらを掴まれて体格差がものを言わせてるように、僅かに准の身体は浮き上がっていく。


「藍莉、電話に出ないんだけど⋯⋯」


「ていうか、メッセージも既読すら付かないってヤバくね?」


 各々が状況を確かめるようにスマホを取り出して連絡を取っているようで、人気振りが窺えた。


 スマホを耳に添えるも、着信が帰ってこない事に苦い顔を浮かべる者や画面と睨めっこをしている者も居る。


 しかし、彼女のスマホは部屋に置きっぱなしであり、電源が入っているかすら分かっていない。


 元の状態に戻った事により、別れた身体そと側の大洲藍莉が使用していた物は本物が亡くなった時点位置に戻っているのだろう。


 現にパッと見た限りでは後ろのロッカーに収納されていなければならない彼女の鞄が無いのだから。


「ていうか、結局さ。大洲さんの鞄どこ行ったん?」


「知らねぇよ。先生が探してんだろ?俺達マジでなんも知らねぇのにさ⋯⋯」


 混乱は准が来た事により加速していく。


 既に一部の生徒は、鞄が行方不明である事が切っ掛けで、怪しい何かがあると薄らながらも察しているようにも見える。


 未だ、准の胸ぐらは掴まれたまま。


「おい!いい加減に何とか言ったらどうなんだ?!えぇ!」


「言えない⋯⋯」


「はぁぁ?!巫山戯ふざけんなよ!?」


「ま、待って待って!」


「嶺二?お前はどいてろ。コイツは殴られなきゃ分からないらしい。俺がどれぐらい本気かを」


「だから、それを待ってくれって言ってるんだ」


 嶺二の手は准の胸元を掴んでいた颯悟の腕を掴んだ。


 准からしても珍しく、険しい表情で颯悟を睨む嶺二。


「ムッくん⋯⋯」


「チッ。わかった」


 舌を鳴らして、投げ捨てるように准を教室の壁へと叩き付けた颯悟はいつものメンバーの元へと戻って行き、男子同士で話をしだすのだが、視線だけは一向に准を離す事はしなかった。


 それを踏まえた上で、准は助けてくれた嶺二を見上げる。


「取り敢えずさ、なんかあったんだろ?授業サボってでも良いから聞かせてくれないか?」


「⋯⋯でも」


「でもは無しだ。ほら行くぞ?」


「⋯⋯あぁ」


 腕を掴み、嶺二に身体を引き上げられた准は言われるがままに着いて行く。


 階段を上がる際も何も言わずに、准をチラっと見て着いて来ているかの確認をする嶺二。


(心配性だな⋯⋯)


 心配性な本人が前を向いている内に少し微笑む少年と嶺二がやって来たのは鍵が壊れた屋上である。


 そして、屋上に辿り着いた嶺二はフェンスに凭れ掛かり、それに合わせるように准も隣でフェンスに座り込んだ。


 真上にある太陽は今尚、煌びやかに眩しく、上を向けば自然と瞼を下ろしてしまいたくなるほど。


 隣で様子を窺うようにして見ている嶺二。


 それを確認した准は自ら声を掛けた。


「ムッくん、言っとくけど俺には教えられる事は無いぞ?」


「⋯⋯お前さ、今日様子おかしかったじゃん?」


「僕の様子は常におかしいだろ?」


「まぁな。遅刻は当然するし。偶に怪我してる事あるし、前なんて学生服のまま夜九時に走っててさ。何やってんだろ?って素直に心配したぜ?」


(夜九時って⋯⋯見られてたのか。まぁ近所っちゃ近所だもんな)


「それは悪かったな⋯⋯」


「けど、今回は特にだよ。『ランドセル知らないか?』とか急に大洲さん引っ張ってくし。なにか無いって方が無茶ってもんだろ?」


 そう言い、先程までとは違って声を張って今日の事を語り出す嶺二を見上げる准。


 彼なりには心配していたが容易に想像出来てしまい、申し訳なさが先行していく。


「⋯⋯」


 それと同時に一番の心の凝りが喉元まで出かかって、また落とすようにグッと堪えようする。


「⋯⋯全部話せって言わないからさ?せめてランドセルの件だけでも聞かせてくれないか?それか大洲さんの腕を引っ張って何やってたかとかさ?」


「⋯⋯⋯⋯」


『赤いランドセル』と『大洲藍莉』という一見、関係なさそうで共通しているその二つの事柄。


 その二つならば前者だと判断した准は口を開いた。


「僕さ、ちょっと前に、赤いランドセルを背負った子に声掛けられてさ」


「また、物珍しいな」


「あぁ、それでさ仲良くなって、一緒にご飯とか食べたんだよ」


「⋯⋯何処かの店にって事か?」


「いや、俺が作ったカツ丼」


「おぉ!あれか」


 嶺二にも一度作った事がある『なんちゃってカツ丼』は嶺二は絶賛していてくれていた。


 知らず知らずの内にまた絶賛して欲しくて、ミニ藍莉にも振舞った事を准は気付いていない。


「でも、失敗しちゃってさ。味が濃くなったんだけど、ちゃんと食べてくれて⋯⋯」


「良い子だなぁ。赤いランドセルって事は女の子か?」


「あぁ、そしたら、作ってくれたから皿洗いするって言ってさ。シンクに届かないのに背伸びして洗おうとするんだよ」


「微笑ましいなぁ〜、それは。で、結局皿洗いは准がやったのか?」


「いや。どうしてもやるって聞かないから、僕が持ち上げて皿洗いさせた」


「なんだそれ〜」


 破顔したような表情で話す嶺二とそれに釣られて笑いが出てきた准。


 会話は止まらない。


「ホントに、なんだそれ、だよな。本当に、でも楽しかったんだ。バーガーも作って⋯⋯落とした黄身をバーガーに付けて食べてたんだけど、わざわざ見るんだよ?『大丈夫?』って感じでさ」


「あ〜、マナー的なやつね?」


「あぁ、怖い話もしたし、お風呂に上がった後なんて髪まだ濡れてんのに出てくるし、スマホでサイト一緒に見てるだけで笑うような奴で、一緒に明日遠くで探し物もしようって言ってたんだ!約束だってした!助けるって!でも、駄目だった!僕は何も出来なかった⋯⋯。全部遅すぎたんだ。クソ、くそ、くそぉ、うぅぅ、なんだよ!なんでこうなるんだよ。こんなのってあるかよ⋯⋯」


 込上がって来る感情。


 その抑えてた激流のような波は感情と僅かな自責で保たれていた筈だった。


 それは全て決壊していく。


 理不尽な結末と圧倒的なまでの遣る瀬無さが叫びとなって木霊させた。


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」


 それは校内に居る全ての生徒に響いた。


 ある生徒は驚き、ある生徒の眠りから覚まし、ある生徒はただ黙って聴いている。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯悪い」


「良いよ。こういう事があったっていいさ」


 タイルに拳を意味も無く叩いて行く。


 痛みが自身の不甲斐なさを潤してはくれないと知っていて、少年は歯を食いしばったまま、顔を両脚の間に埋もれさせた。


「⋯⋯その子がどうなったかは聞かないけどさ。お前が後悔しないように、次頑張るしかないんじゃないの?まぁ、捨て駒とまでは言わないけど、きっとお前の事が大好きだったんだろうしさ。ここで立ち直る決心しないと引き摺るぞ?」


「何言ってるんだよムッくん。僕は引き摺るぞ?永久に、何処までも地獄にだって引き摺って閻魔が呆れるぐらいに。次頑張るのも、捨て駒じゃないのも、僕の事が大好きな事も全部知ってる。当然の事なんだから」


「当然⋯⋯なのか?」


「あぁ、当然だ」


 意を決した少年は立ち上がり、思考した。


 もっとどういった土下座ならば、相手を屈服させられるのだろうと。


 少年の土下座シリーズ八項目は火を吹く。


  ━ ━ ━


 放課後、担任教師とクラスメイトからそれぞれに呼び出しを食らった准は一切それらをスルーを決め込み、屋上へと駆けて行く。


 一方、早めに屋上へとやって来て居た美羽は待ち惚けを食らっており、夕焼けになりつつある空を呆然と眺めながら、先輩こと准を待っていた。


「おそ〜い⋯⋯怠〜い⋯⋯カラスが四匹、カラスが五匹、カラスが六匹、死んだカラスが七匹⋯⋯⋯⋯遅くない?もっと早く来れでしょ?なんで来ないのよ!あぁぁぁあ!」


 そんな腹から溜め込んだものを吐き出すような声を上げて居ると、少年はやって来た。


「⋯⋯あ、おそ⋯⋯げぇ!」


 その少年は美羽を目視で確認すると同時に、走り出し、そして、急にジャンプしたかと思えば、駒のように回転し、目の前までやって滑って来たかと思えば、頭を屋上のタイルに着けた。


 回転しながら、頭を着けているその様は情けなさと頭のおかしさが頂点に達した者のそれである。


「頼む!俺を二日前に戻してくれぇぇ!」


 言葉を発した准。


 頭が向いている位置は丁度、そのお願いをしている美羽が居る方角であった。


「いや!待って!そぉぉれより、今の何ぃ!」


「土下座シリーズ第七だ」


「七もあるの!」


「いや、八ある」


「⋯⋯なんですって?!」


 驚愕である。


 何せ、土下座にバリエーションがある事そのものを知らない美羽からすれば天地がひっくり返るような情報と会得するまでの執念を感じたからだ。


 そして、身体は自然と震えてしまうほどに『馬鹿』だとそう認識せざるを得なかったのである。


「お前、それ普段はいつ使うの?」


「主にエイリアンに会った時ですぅっ!!」


「え?!宇宙人実在したの?!」


「そんな事より──」


「そんな事?!私はむしろ、宇宙人について語り合いたいわよ」


「⋯⋯いつもの演技臭い喋り方、忘れてるぞ」


「はっ!ごほん、まぁ良いでぇしょう!それで?意識を二日前に戻せばいいのね?」


「はい、仰る通りですっ」


「⋯⋯なんでも良いけど、お前の媚び売るような言い方、好きじゃぁないわ⋯⋯キモ」


「おい!歳上ですよ?!仮にも!」


「目上らしい態度ってもぉのを、示して見なさいな?」


 そう言われた准はようやく馬鹿な頭を上げて、顔を美羽の方へと向けて、ある一点を凝視した。


「っは!!!」


「な、何?!どうしたの?!」


「いや、なんでもない」


「え?あ、そう?」


 准は迷った末、敢えて言わない事にした。


 それは、角度的に丁度、美羽の下着が拝めるからだ。


 普段は余りにも隙を見せない彼女の今世紀最大にして最高の油断。


(ストッキングを履いてるってのもあって、色が分からないものとばかり思っていたけど、そうか、水色か。てっきり俺は黒とかそういった暗めの方を好むと思ったが、なるほど分からないものだ。⋯⋯はっ!まさか、彼氏が居る?⋯⋯いや無いな。お天道様がこの瞬間に爆発する並に無い)


 視線はスカートとストッキングという亜空間の隙間へ吸い込まれるように。


 一点の見逃しや僅かなシミすら残してたまるかと言う確固たる意思で美羽の脚部を凝視する。


「なんだか、キモォイ事考えているような予感するんだけど⋯⋯」


「気にするな!一般的だ⋯⋯」


『男子の中では』が注釈しなければならないのだが、この男はそんなものを付けるほど律儀になった訳でも、崇高な思想や心清らか等では無かった。


 そして、凝視ばかりしていれば当然、気づくのだ。


「⋯⋯?⋯⋯⋯⋯っは!あ、あ、あああ!お、お、お、お、おおおおお」


 段々と瞳は小さくなるも、瞼は開かれていき、手は自然とスカートを抑えるような位置になり、軽蔑を籠めた視線をこれでもかと真下にいる少年に向けた。


「なんだ?!俺は断じてお前の水色の下着なんて知らないぞ?」


「言ってるんじゃ無いわよ!!」


 そして、美羽の左脚は思い切り准の顔を踏んづけて、タイルに埋め込みたいのかと言わざるを得ない程にグリグリと脚首を酷使していく。


「変態!変態!何が悲しくて、お前みたいな奴にー!!」


「⋯⋯ぬぅなゃぁああああ!」


「はっきり喋りなさい!屑!」


「ぬぬぬぅぅッッぷはぁ!⋯⋯ぁぁ痛い痛い⋯⋯。気にするなよ。お前は僕にパンツを綺麗に見せてくれる為に、ストッキングと黒以外のパンツを履いてくれた。⋯⋯違うのか?!」


 ストッキング越しかつ上履きでの脚のめり込むかのような踏み付けを何とか脱出した准。


 フェンスで身体を凭れ掛かけて、軽蔑と苛立ちが募っている事をすぐに察せれる瞳を向けている美羽はスカートの中が見える事を前提に更に准を蹴ってくる。


「そんな馬鹿な思考をどうして出来るのよ?!」


「馬鹿だからさ」


「死ね」


 顔面に向けて、真っ直ぐ伸びた蹴り。


 それを紙一重で躱した准とその背後で連鎖反応のように掻き鳴らしていくフェンスの音。


「そう言うなよ?少なくても僕が二日前に戻ったら、もう今日のトッキーとは逢えないんだぜ?」


「私は素直に逢いたくない⋯⋯」


「安心しろ。ストッキング込みで下着を見るのはお前だけにするって誓ってやる!嘘じゃない」


「マジで死になさいよ⋯⋯。というか、殺してあげましょうかしら⋯⋯」


 近くに居る者なら誰でも聞こえてしまう程にハッキリと口にした美羽は首を絞めようと両手を前にジリジリとにじり寄せて行く仕草を見せ始めた。


 それは脅しではないという事が眼前に居る彼女の瞳が教えており、准の脳内に警鐘が鳴る。


「待て待て待て!僕は戦いに来たんじゃない。お願いをしに来たんだっ!」


「だったらそれ相応の態度ってもの、あるわよね?」


「だから、土下座シリーズ七をしたんじゃないか。あれ大変なんだぞ?主に脚が」


「まぁ、あれほどバカ真面目にタイルの上を滑って回っていたら、摩擦熱で脚が物凄い事になるものね」


 にじり寄って、首元まで後数センチという所で動きを止めた美羽は「ふん」と鼻を鳴らして、腰に手を置くのである。


 少年は安堵の息を吐き、それが聞こえてか、立ち上がらせようと准の前に手が差し出されて、それを優しく掴み、引き上げられた。


「二日前に戻る事自体は別に構わないわ」


「本当か!?」


「えぇ、本当よ?たぁだし、対象の人間の記憶や意識を過去の対象者に送るには、今居るその対象者が死ななければならないの。言ってる事、分かる?」


「分かった。じゃあ早速やるか」


 即断即決の対応で上履きを脱ぎ出した准は背後に凭れ掛かっていたフェンスをよじ登り始めるのを見て、准のズボンに収納していない白の学生服の裾を驚愕の表情をしながら両手で掴んだ。


「え?ちょっと待って!お前、馬鹿なの?死ぬの?!本当に言ってるの?!言っとくけど、死ぬ前に発動じゃないのよ?」


 補足情報という名の警告。


 それを確かに聞いた准は「はいはい」と軽口でも聞かされたかのように小さく頷く。


「分かったって。だから、一回死ねって言いたいんだろ?」


「⋯⋯怖くないの?」


 それは尊敬や理想、憧れといった心躍る物言いでもなければ、興味を惹かれて口から出たものでもない。


 単純に不可解さと底知れない腹の奥といった恐怖心から来る言葉であった。


 背後から聞こえたその言葉がどういった印象や感情で口にしたかをある程度は伝わってきた准は振り返って、既に下の位置にいる美羽を見る。


「怖いに決まってるだろ?痛みが無いと?残念ながら普通にあるんだよなぁ」


「⋯⋯冗談でしょ?今やるって言うの?」


「時間の指定とかあるのか?」


 彼女の『異能』を使う所は複数回見ていても、それを准自身が『対象者』となって、意識と記憶を過去に引き継がせるというのは初体験である。


 その為、『知らない何かがあるのではないか?』と込上がった感情の溜飲は多少下がった上で美羽を見つめた。


「無いわよ。無いけど──」


「トッキー⋯⋯。お前、心配してくれてるのか?」


 沈黙が夕暮れの屋上に駆けて行く。


 誰も准の言葉に対する解答はしなかった。


 美羽には分かりきっているのだ。


 この次の言葉を発すれば、いよいよ眼前でフェンスの上にまたがっている少年が覚悟を決めてしまう事を。


 良しとしたの自身なのだ。


 けれど、『死ね』と言われて『分かった』と言うまでの、ラグの無さが純粋に美羽にとっては心配以外の何者でもなかった。


「⋯⋯トッキー。僕は、藍莉を助けたい。助けて、この校舎で、また皆とくっちゃべって、楽しそうにしている姿が見たいんだ」


「⋯⋯お前がそこまでする理由はなぁんなの?大洲藍莉を助けたいから?だからって一度死んでもいい事にはならないわよ?」


「⋯⋯確かに好きさ。でも、それだけじゃないんだよ」


「じゃあなに?」


 准は真下に広がるグラウンドとその中で練習をしているサッカー部、それを応援している女子生徒や下校しようとする生徒といった学生を見回した後、「決まってる」と言葉を紡いだ。


「『日常』だよ。僕の知っている日常って言うのは、色が足される事はあっても削られる事を良しとし無いんだ。たとえ神様であろうと、悪魔の前であろうと、それは口酸っぱく言い続けてみせる。だから()()、頼むよ」


 苗字を呼ばれた。


 別段、おかしい事はない。


 同級生間でもある呼ばれ方で、ましてや准は学年が一つ上で、そう呼ぶのは何もおかしな事はない。


 けれど、二人の間ではそれは多少の意味を含まれている。


 それを明確に口に出したが最後、美羽は覚悟を決めたように真っ直ぐと准を見つめた。


「⋯⋯先輩、ほぉんとうに、面倒臭い人ね?」


「⋯⋯ふっ。今更だろ?」


 フェンスの外側に身体を向けた准は遥か下に広がるアスファルトを眺めた。


 喉が鳴る。


 怖いものはやはり怖いのだ。


 桐江准は何も持っていない、普通の人間。


 ここから落ちても生き返れる訳でも、空を飛べる訳でもない。


 それを再認識した准は深呼吸をして、目を見開いた。


 一方、サッカー部の部活練習の為にグラウンドに出ていた嶺二はその光景を騒つく部活仲間の声により屋上を見つめた。


「はっ!⋯⋯准ッ!!何やってんだ!」


「あ、アイツ、飛び降りるつもりなのか?⋯⋯」


「誰か、先生行かせろよ!」


 その小さな慟哭にも似た騒つきは次第に大きくなり始めて、屋上に居る生徒に視線が集まりだす。


 ある者はパフォーマンスと思い、ある者はネタとしてスマホで撮影し、ある者は本当に心配の声色を上げて叫ぶ。


 それを聞いた准は最後に美羽を見て頷いた。


『頼んだぞ』と決して口にはしなかったそのアクションは美羽を頷かせる。


 ふと、思い出した。


 小さな救済の時に叫んだフレーズを。


 それは、隣に居た男からは微笑まれてしまった、至って真剣な言葉。


 話を聞き、そして呑み込んで、居続ける事を受け入れた少年の言葉であり、嘆きと同時に新たな羨望を望んだ言葉。


 フェンスに立ち、真正面から風を受ける。


 そして、叫んだ。


「俺は棄てない!街が棄てても、俺は妹も友達も何もかも、見捨てない!⋯⋯この街の馬鹿ヤロオオオオォォォォォォォォ」


 飛び上がった身体は宙を舞い、放物線を描いた軌道はチンケな程に弱く、短く、そして、真っ逆さま。


 一様に皆が叫んだ。


 悲鳴も上がった。


 目を手で塞ぎ、その眼前に起ころうとしている出来事から目を逸らそうとしている者もいる。


 けれど、飛んだ本人と、後ろで準備をしている女性と、飛んだ本人の友人は最後までその視界一杯に広がる光景を焼き付けた。


「【時の(デパー・)運び屋(タイム)ッッ!!】」


 少年が頭から地に着いた数秒後、屋上から響いたたった一つの言葉で、世界は灰色となった。


 鐘が鳴り響く。


 警鐘か弔鐘か。


 或いは時鐘なのかもしれない。


 いずれにしても、鐘声は確かに世界に響いた。


 十二の円と針が二つ、オレンジ色の空で拡大されて、針が動き出した。


 数字もなければ文字もないその十二の円は下から上に上がれば上がるほどに形は大きく、針は徐々に加速度的に早く動きだして、ピタッと停止。


 そして、十二の円と二つの針は少年の身体に収束していき、上空に白い閃が走る。


「これで私は殺人犯か⋯⋯」


 世界に小さなヒビが入ったのを視認した美羽は微笑むのであった。


「頑張りなさいよ。⋯⋯ホントに」


 ヒビは捲れていき、新しくページを広げる為に破るかのように世界は捲れていったのだった。


  ━ ━ ━


 ハッとなって目が覚めた少年は身体を起き上がらせた。


 時刻は十八時四十五分。


「な、なんで?!十六時半とかそこらだったろ?!」


 屋上に来たのは十六時半過ぎ辺り。


 しかし、少年が今いるのは自宅のアパートであり、空も暗がりの広がる夜となっていた。


「⋯⋯そうか。今日は七時限目まであったから。水曜は六時限目まで⋯⋯。何も無かったら帰ってるから⋯⋯部屋で⋯⋯。だとしたらなんで俺は寝てるんだよ!クソォ!」


 急いで靴を履いて、駆け出した准。


 事件と事故のあった時刻は准は知らない。


 夜の時間帯、晩御飯を済ませて、部屋で電話をしている段階で、下の階から浮気がバレた父親と口論している母親の声で下りて来た姉とその姉に抱き寄せられた弟。


 そして、暴力はいよいよピークに達して、外に飛び出した二人の姉弟は車に轢かれた。


 そういうあらましでしか事を知らず、時刻やその事故現場は世界を僅かに歪めた影響で花も添えられていなければ、気付いている人も警察関係者か弟を乗せた救急車に乗っていた人間と処置した医者のみであった。


 つまり、暴力事件は世間に響き渡っても事故は無かったかのように歪に行き渡ってしまっているという事になる。


 二人の姉弟は謎の失踪を遂げた。


 そういう風に世間でも、学校でも囁かれるようになってしまうのだ。


 風が身体を刺激して、学生服は靡いて、髪は後ろに流れていく。


 学校から大洲家まで、タクシーを使わなければ遠くて行けなかった距離も、准の自宅からとなれば話は変わる。


 距離にして二キロ。


 財布は鞄の中で、急いだ故にその事も忘れている少年はガムシャラに走った。


 上げられた叫声は確固たる意志と意地を通す為の慟哭。


 汗が吹き出して、瞼に零れ落ちる事も厭わず、疲れ始めた脚は全力に全力を足した。


 これ以上に無い程に、人生でもこれほど長い間、駆けた事は一度として無い准は、通り過ぎる車も買い物終わりで横切った自転車、部活終わりで談笑していた生徒に見られながら、ただひたすら疾走する。


 荒くなる息と口に流れ込む空気が喉を乾燥させていく。


 そして、遂にやって来た大洲家の自宅前。


 熱くなった身体が冷めた風に当たり、身体を震わせる。


 否、純粋に不安なのだ。


『手遅れならばどうしよう』という純然なる不安と結果。


 頭に過ぎる結末を見届けれるほどに、我慢強くなかった少年。


 だから、ここに居る。


「ここから、どうする?インター、ホン、押して、何、言えばいいんだ?」


『未来から助けに来ましたぜ!』なんて言った所で信じる訳も無ければ、一蹴されて叩き蹴られて幕を閉じるのがオチ。


『家庭状況ピンチなんだろ?!来たぜ!』も当然アウトだ。


 この時点では、准と藍莉はクラスメイトではあっても、家族についての話題はおろか、世間話に花を咲かせるといった事をしていない。


「ど、どうする⋯⋯どうしよ?!」


 段々と身体は冷え始め、息も荒さを無くして平常となっていく中、脳内はそれと反比例したように掻き乱されていく。


「うるせぇんだよ!」


 その声は男のものだった。


 突然の絶叫にも近い怒声は、家の外に居る准の耳まで響いてきた。


「⋯⋯そうだ。一個ある。当たり前のようにあの家に入れる口実が⋯⋯」


 怒鳴り声が鳴り始めたという事はまだ、姉弟は家に居る事を示唆している。


 だから、まだ取り返しが付く。


 そう判断した准はインターホンを押した。


 以前は鳴らしても誰も出なかった。


 けれど、今回は違う。


 出たのは、不機嫌そうに無精髭を伸ばしたやつれた男。


 如何にも『今邪魔なんだが?』と声に出そうなほどに顔には怪訝さが滲み出ており、乱雑に開けられた扉は客が前に居るという事を意に返さないように、勢いよく開けられた。


「なに?取り込み中なんだけど?」


「あ、あの。俺──」


「君、藍莉の友達?悪いけど、今アイツ家事やってて手が離せないんだ」


 開いている扉と男の隙間から僅かに見えている家の散乱具合を見れば、誰もが思うだろう。


 掃除ぐらいしろと。


 けれど『掃除してください』と伝えに来た訳では無い。


 男をしっかりと見た准は名乗りを挙げた。


()()准です。妹がご迷惑お掛けしました」


「⋯⋯⋯⋯、お前、桐江の兄貴か?!」


 臆面もなく頷く准に額に手を当てて口角が上がる。


「⋯⋯は、はははははははははははははははははははっ!はっはっはっは!⋯⋯⋯⋯今更、何しに来た?」


「殴られに来ました」


 激しい衝撃が左頬に走り、気付いた時には道に寝転がっている准。


 口の中は切れて、舌は血の味を感じさせる。


「丁度いい。お前の妹には言いたい事一杯あったんだ。けど、アイツは面会謝絶と来てる。⋯⋯⋯⋯俺の人生返せよ!」


「すみません、でした」


「ウゥッ!!」


 馬乗りとなって一方的に殴られていく。


 顔ばかりではなく、身体を蹴り飛ばされて、嘔吐しかけるのを、耐えて、唾液が垂れる。


「うぅ、うぅ。すびまぜんでじた。妹が⋯⋯」


「おっせんだよ何もかも!俺の人生は全部パァだ!ネットにも晒されるし、笑い者だ!こんなんでどう生きてけってんだ!あぁ!」


「⋯⋯そういう割に、パチとか、行ってんでしょ?」


「なんで知ってんだお前?!あぁ!」


「聞いたからだ」そう言おうとした時、その聞かされた本人である、大洲おおしま藍莉あいりが父親の腕にしがみ付くようにして動きを止めた。


「お父さん止めて!何やってるのよ!この人、同級生なのよ?!乱暴しないで!」


「うるせぇ!」


 振り払うようにして、藍莉は地面に捨てられ、それを姉に着いて行くようにしてドア越しで見ていた蒼太そうたが叫ぶ。


「お姉ちゃん!」


「警察呼んで!早く!お母さん掛けられないから!」


「⋯⋯っ!」


 怒鳴り声が聞こえて、すぐインターホンを押したつもりだった准だが、それでも遅かったらしい。


 母親は既に倒れ伏してしまっている事が藍莉の口から意図せず伝えられた。


「止めて!お願い!お父さん!お願いだからッ」


 脚にしがみ付く藍莉と寝転がっている准の胸ぐら掴んで殴ろうとする父親。


 すると、小さくパタパタといった具合に大洲家から出てきた音が聞こえ、准はその方向へと視線を向ける。


 驚いたように叫んだのは准であった。


「おい!蒼太どこ行くんだ!戻ってこい!」


 そして、准の叫び声とその中に入っている名前で右方向へと顔を向けた藍莉は父親の脚をしがみ付かせていた腕を解き、立ち上がる。


「⋯⋯っ!蒼太!どこ行くの?!」


「警察さんところ!」


 その勇敢で小さな体躯の少年は走りながらそう行って夜の街へと消えて行こうとする。


「待って!一人で行かないで!」


 後を追いかけるように、藍莉は弟の背中を追い掛け始め、思わず准はどデカい声で叫んだ。


「っ!追いかけんな!おい!藍莉ぃぃ!」


 向かわれた手を一気に振り払い、二人の後を追い掛けようとするものの、それを静止するように肩はグゥッと掴まれた。


「お前、逃がす訳──」


「しつこいんだよ!周りが気にしだしてるぞ?!このままじゃあ、アンタ捕まるぞ?!」


「っな!」


 今更、世間体でも気にしたのだろう。


 一瞬の動揺と力の緩みは元々力んでいた准を遠くへとやり、そのまま父親は辺りを見回すようになる。


「待て!藍莉、蒼太行くなぁぁぁ!」


 身体の節々から痛みがやってくる。


 既に顔も腫れて、腕は激痛に見舞われ、脚は踏み込む度に悲鳴を上げていく。


 息遣いも正常ではない事はとっくに分かりきっており、それでも尚、立ち止まってしまう事を恐れて、更に痛みと向き合うように走り出す。


「何処に!何処に!⋯⋯⋯⋯いや違う!交番だ!」


 現在、准の近くに点在する交番は一箇所のみ。


 准の居る場所から一キロ先であり、警察署となれば更に南西で正反対で蒼太が走り出した位置と違う。


 左右を見渡して、二人を探す。


 既に満身創痍に近い身体は普段の半分も走れておらず、ろくに追い付けるビジョンが湧かない。


 それでも駆けて、駆けて、駆けて、見つけた。


「見つけた⋯⋯っ!!」


 二人は今、赤信号で立ち止まっており、藍莉がしゃがみ込んで弟と目線を合わせるようにして、叱りつけている。


 その声は聞こえない。


 藍莉はスリッパ、蒼太は靴を履いており、服装はパジャマ。


 そんな二人の後方に光が照らされていき、影を飲み込もうとする。


 心臓の高鳴りが、一向に止まず、早くなる鼓動は全身全霊で『助けろ』と木霊させていく。


「ぁぁぁあああああ!!!」


 絶叫は二人の視線を釘付けにして、シルエットだったものは確かな存在を映し出していき、藍莉は目を見開いた。


 血相を変えて、迫る准は二人を突き飛ばした。


 飛ばされた藍莉は弟を抱き抱えながら、突き飛ばした張本人を見つめる。


 影が閃光に呑まれていき、少年の満足気に微笑む顔が懐かしくも痛ましいものであった事が、藍莉には何故か、無意識に悲痛な叫びを上げさせていた。


「桐江くん!」


 少年は視界には流れ込んで来る記憶が見えた。


 小さい頃に遊んだ家族の顔と泣いて壊した玩具を手に持つ妹、旅行に行った際の風景や友達が楽しそうにしている光景。


『不可思議な出来事によって発生した化け物』に『揺らめく小さな赤い炎』や『円盤生物』に『抜けられない赤い壁の染み』、『緑色に煌めく象の形をした神様』や『小さな少女』と『痛ましい傷を負ったいる少年』とそして。


『傍で崩れ落ちた彼女』の事。


 刹那、少年の影とは別の小さな影が車の光に紛れて、弟を抱き締めて叫びを上げている人物の影へと入り込んだ。


 そして、溶け込むように影は一体となり、小さな黒い塵が僅かに影から舞う。


 手を口元にやって、震え出す藍莉。


「あ、⋯⋯どういう、どういう事?⋯⋯准!准!あ、っ!⋯⋯あぁ」


 道路の真ん中で十メートル程度は軽く飛ばされた少年。


 そう、少年は姉弟の代わりに車に轢かれた。


 それが、少年の選択。


  ━ ━ ━


 ぼやけた背景に輪郭の定まらない人物。


 それが誰か、准は服装と声色で分かる。


 准の自宅のダイニングにある椅子に座っている男は口をティッシュで拭って、フォークを丸皿に置いて、准を見た。


「歴史を変えるってのは簡単な事じゃないだぞ?妹さんが巻き込まれないようにしたら、代わり誰か別の人間がそれを引き起こす。つまり、代替わりだ」


「⋯⋯最悪だな。それ」


「世界が決めた事だ。その恩恵に預かってる人間は代々と知らずに生きてる。文句を言うのはお門違いだな、少年」


 そう言って、頭を押さえつけるようにして撫でる朝倉あさくら拓也たくや


「⋯⋯じゃあ、僕はやっぱり、妹の事はちゃんと向き合わないと駄目なんだな」


「家族としての宿命だ。別段、こんな事が無くても、何時かは向き合わなきゃいけないんだ。人生は一辺倒じゃないんだから⋯⋯」


「⋯⋯アンタもあるのか?向き合ってきた事とか」


「あるさ。生きてる限りは誰にでもある。社会人から専業主婦や妊婦や海外出張中の旦那に、ニートだろうとホームレスであろうとな。生きてる限り、選択して、向き合うんだ。それが人生だ」


 即答の答え。


 余裕のある言い方は自身よりも経験と歳を重ねている証拠で、それを突き付けられている気分となった。


「なら、僕は意気地無しって事か。それから逃げようとしていたんだから」


「そうだな。だから、これから変わればいい。何も『命を賭して!』とかそんな殊勝な心掛けをしろってんじゃないんだ。ただ、ほんの小さな選択を見逃すなって言ってんのさ」


「出来るかな?」


「知らん」


「うぅ、なんだよ⋯⋯」


「けど、出来たらいいなってのは、思ってる」


 そう言って、准に笑いかける男はダイニングを抜けて、玄関前までやって来た。


 准もそれに着いて行くように男の背中を見る。


 猫背でやる気のなさそうな姿勢ながら、何時も助けられているその背中。


 小さな救済から学んだ事は『普通の人間に出来る事には限度がある』というもの。


 けれど、それでも。


 望むならと、少年は後を追い掛けた。


 そして、ゆっくりと玄関の扉は開かれていく。


「行くぞ⋯⋯。助けるんだろ?」


「っあぁ!」


 光る白い世界に准と拓也は歩んだ。



  ━ ━ ━


「うぅ、⋯⋯はぁぅう、ん?」


 篭った声が耳を突く。


 白い世界は既に無く、あったのは白い蛍光灯の眩しさと数度通った事のある病室であったと、気付くのに、准は数秒を要するのであった。


 起き上がろうとするものの、身体は動かない。


 否、固定されて動けないのだ。


 脚は吊り上げられて、ギプスでグルグル巻き、左腕も同様で掛けられた布団の温かさで再び目を閉じようとしたが、右手に何か感触が伝わった事でその動作を中止する。


「⋯⋯え?」


 ぎゅっと握り締められた手の感触はベッドの横にある棚に凭れ掛かるようにして寝ている存在を見つめた。


 ミルクチョコレートのような茶色の髪色、ボサついているのか、跳ねているのか、寝癖か曖昧なラインの長髪の髪を垂らしている。


 准は微笑んだ。


 大洲藍莉である。


 彼女は眠りながらも傍に居た。


「そうか、無事だったんだな⋯⋯」


 優しく握り返したその手に反応したのか、瞼を開け始めた。


 それを見た藍莉は数秒固まったように准を見て、そして涙を流していく。


 声を出そうにもパクパクとしたままの藍莉は握っていない反対の手で口を抑えて、更に涙を拭うような仕草をする。


「おはよう⋯⋯」


「おはようじゃないわよ?⋯⋯本当に飛び出した時は心臓止まるとか思って⋯⋯もおぅ」


「悪かった⋯⋯」


「先生呼んでくるから待っててね?」


 それから、准は医者と警察の話を聞かされて、面会時間が過ぎた事で帰ってしまった藍莉の見送りも出来ないまま次の日を迎えてしまう。


 一日丸々眠っていた准は夕方の十七時頃に目を覚ました。


 そして次の日、藍莉は嶺二と逸花いちか颯悟そうごを連れて病室へとやって来ていた。


 そして、見てしまった。


 後輩が先輩を虐めるソレを。


「お前ってやつはぁぁぁぁぁぁ」


「やめてください!お願いします!病人にする仕打ちとは思えない!トッキー、お前っ!鬼畜が過ぎるぞぉぉ」


「何が悲しくて、車に自ら轢かれに行くのよ!アァァンポンタンッッ!」


「やべぇ⋯⋯、何も言えねぇ」


 身体を押さえ付けて、体重を掛ける美羽。


 見送ってくれたのもまた本人なのだが、彼女はそれを覚えていない。


 あくまでも、『対象者』を准にした為である。


 その弊害が今、病室で起きていた。


「お願い!助けてぇぇ!ぐふっ!」


「あぁ!准。待ってろ助けてやっから!止めろスットコドッコイ!」


 意気揚々と中に入った嶺二は颯爽と華麗に登場。


「お前、黙れ!」


「は、はい⋯⋯」


 だが、魔王の眼力にやられた。


 萎縮してしまうとは、情けない。


「ムッくん!?お助け下さい!!」


「すまねぇ⋯⋯。圧が身体に浸透したってた⋯⋯なんというか」


「どゆことーー?!」


 寝たきり、安静必須の少年の身体は両手でベシベシと叩かれていき、確実に着実にダメージを与えていく。


「この!!この!人の心配ばかりして、人に心配を掛ける陰獣!悪魔!鬼畜!鬼!ゴミ!虫ケラァァ!」


「なぁぁぁぁぁぁぁあっっ!!」


 やがて、駆け付けた颯悟と逸花、そして、正気を取り戻した嶺二によって、半ば強引に退室させられた美羽は「お前、覚えてろぉぉぉ!」と捨て台詞を残して去っていった。


 一方の藍莉は昨日と同じ椅子に座った。


「大丈夫?」


「今の僕が大丈夫に見えるか?⋯⋯確実に痛みが増したんだけど⋯⋯」


 すると、それを聞いて安堵したのか、揶揄いたいのか、少し笑みを零した藍莉。


「なんだよ?」


「なんでもない」


 それから、彼女とこれからの話を准はした。


 学校ではもうすぐ試験がある事。


 母親は明後日退院予定である事と、父親と飲酒運転の男が捕まった事や叔父と叔母の助けで、アパート住居になる事と弟の蒼太が准の心配をしていた事等だ。


「そっか⋯⋯。転校じゃないんだ」


「えぇ⋯⋯」


 会話が途切れた。


 話すべき内容は全て終えて、沈黙が始まる。


(⋯⋯そう言えば、藍莉の奴、部活やってたよな。なんでここに通い詰めてるんだ?)


 その疑問は少年の包帯がグルグル巻きとなった頭の中を思考させた。


 数秒、その間に気付いた事は一つ。


(罪悪感か)


 勝手にやって来た身分とは言えど、少年は彼女達を助けた結果でこの病室に居る。


 それを彼女目線からすれば家に来て、父親にタコ殴りにされて、挙句には庇うようにして車と衝突。


 笑えない大惨事である。


 身体を上げられない少年は窺うように顔を向けた。


「大洲、別に僕は気にしてないから、部活休んでまで来なくても大丈夫だぞ?夏の大会まで時間無いんだろ?」


「えぇ。⋯⋯」


「何か他に用事でもあったのか?」


「⋯⋯それは、その⋯⋯」


『どうも様子が変だ』と准は目を細めた。


 煮え切らない様子は隠し事をしているようにも見えて、何故か顔を紅くしている。


「何かあるなら言ってくれよ?明らかに隠し事してますって感じだぞ?」


「⋯⋯あのね、その。私、その、えぇと。あるのよ」


「何が?」


「記憶」


「⋯⋯はい?」


(今なんと仰った?)


 動揺する准。


 困惑顔で、目を見開いた少年を彼女はそっと視界に収めていく。


「だから、私。貴方の事をちゃんと覚えているのよ。准」


「⋯⋯な、なんで?だって⋯⋯」


「貴方がちゃんと抱き留めてくれてたからよ。だから、ちゃんと()はちゃんと居る。⋯⋯ちゃんと生きてる」


「⋯⋯あ、え?マジで?」


 手を握り締めて、体温を感じる。


 微笑んだ彼女をしっかりと記憶するようにその視界は見開かれた。


「えぇ、あくまでも記憶を引き継いだって形だと思う。朝倉って人が言ってたわ」


「あの人、来てたのか?」


「えぇ、昨日、貴方が起きる少し前にね。色々と説明してくれてたわ」


「そうか⋯⋯鰻、蒲焼きにして食ったのかなぁ」


「えぇ、美味しかったって言ってたわよ?」


「⋯⋯あの人マジなんなんだ⋯⋯」


『神出鬼没のとんでもない人』という印象が強い男の存在は最近では見掛けない。


 けれど、手紙での助言を定期的に寄越してくれるあの男は准にとっては切っても切れない関係である事に違いはないのだ。


「そうだ。誕生日おめでとう」


「⋯⋯ふふ。一年で二回も祝われた気分になるのは変な感じがするわね?」


「それでも、僕はお前が産まれて来てくれた事を感謝してるよ」


「⋯⋯ありがとう」


 泣きそうになるのを必死に抑えて、少し俯いた彼女は意を決したように准を見る。


 真剣な面持ちは少年の鼓動を僅かに早めた。


「それでね⋯⋯。貴方に言っておかないとならない事があるのよ」


「え?なに?」


「おの⋯⋯その」


 紅くなる頬と逸らされて行く視線。


 けれど、もう決心はした。


 だから、彼女は前を見る。


 惚け面で語る内容を心待ちにしている少年の前で、彼女、大洲藍莉十七歳は口を開いた。


「⋯⋯私も貴方の事が────」


 こうして、この不可思議と不自然と不可解と不完全なこの街は時を進めて回り出す。


 そして、そんな街で大洲藍莉は語る。


 自身の想いの丈をとその旨を。


 どれだけ時間が経ってもその内容は准の胸を暖めていくだろう。


 破顔した顔は微笑ましいものとして、この光景を准は生涯忘れる事は無いだろう。


 五月十一日、大洲藍莉の十七歳を迎えた日付であり、桐江准に恋人が出来た日でもある。

オチどうでした?


私はハッピーエンドが最後に来るならいくら曇らせても良いと思ってる派です。


ミステリー自体が得意ではないので荒削り感のある伏線撒きとなりましたが、私は謝りません、ごめんなさい。


次回から新キャラ登場です。


ではまた次回。

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