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この街は今日も語る  作者: 紫芋
夏休みシリーズ 富宮奏海は罪を語る

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54/61

時駆け後輩、孤独に奮闘する

トッキーを中心にした回でごわす。


だから、ちょびっと長めだぞい。

 勢い任せに起き上がった私の身体は汗に塗れていた。


 気温は最低気温は三十二度、最高気温は四十度ピッタリの中、タイマーが切れた私の部屋は蒸し暑さによる心地の悪さと喉の渇きのみ。


 立ち上がろうとする私に違和感が襲い掛かる。


「⋯⋯⋯⋯痛みがない?」


 身体中を大量の針で釘刺しにされたような痛みが消えている。


「ちゃんと、見える⋯⋯。はぁ〜、良かった」


 視力が無くなるという体験を初めてした私は、あの不自由さがどうしようもなく怖くなってしまった。


 てっきり、視力がないとはテレビやスマホの画面みたく、暗く、黒い景色しか見えないのだろうと思っていたが、実際は違う。


 イメージで言えば、初めから眼球が存在していないようなもので、暗いとか黒いとか、白いとか、そんなのでなかった。


 痛み以上に、喪失した視界は圧倒的な不安感を積もらせていき、今こうして目の前に広がる景色の一つ一つが奇跡のように思える。


 次に腕をぺたぺたと触りつつ、タオルケットを捲って、腕を確認。


 左腕は完全に元通り。脚は⋯⋯あったような気がするけど、今覚えば、感覚が無くなってたようにも思える⋯⋯。


 止めよう、何故か間違っていないように感じられるのよね。


 脳みそが直接掻き乱されるようなあの不快感もなさそうだから、多分大丈夫。


 そうなると、何故戻って来れたか⋯⋯。


「私、どうして?⋯⋯⋯⋯時間はッ?!」


 畳の上に置かれた充電満点のスマホの画面を見ると、現在時刻、八時四十分過ぎ。


 日にちは七月二十五日の水曜日。


 うん、違いない。


 ()()()()


 あの日の時刻にして十八時二十分頃から十時間以上前まで⋯⋯。


 けれど、そうなると尚の事おかしいわね。


 私はあの時、『時間跳躍』をした覚えがない。


 力を使った後に残る、あの何とも言えないフラついた感覚もないし⋯⋯まさかね。


「美羽ちゃん、ご飯だよ〜」


 お婆の声だ。最初の私が起きたのは三時間後だったから、かなり違ったやり方が出来る。


 取り敢えず、やるべき事は⋯⋯。


「もう!お婆!油分の多い手で触らないでって言ったでしょ?マジで闇の炎で炭にして差し上げましょうか?」


「まぁまぁ、黒い炎だなんてねぇ。どんな砂糖と塩使ったんだい?」


「化学反応起こして出るもんじゃないんですぅ!⋯⋯こう、気をグッと溜めて、ファーって放つの!」


「放ててないじゃないのさ」


「だから、その気になったらって言ってるじゃない」


「まぁまぁ、婆さんや。ここは素直に乗ってあげなさい。年頃の女の子がこうも元気なのはいい事じゃよ?」


「爺は黙ってなさい!」


「こら、爺とは何ですか?」


 お婆が真剣な顔付きで私を見つめる。


 お説教かと言われれば、絶対に違う。


「クソ爺にしなさい!やい、クソ爺!お前の働き口が狭いせいで、年金がちょっぴりしかないじゃないのよ!」


「儂のせいか?!婆さんだって働いとったろ?!」


「わたしの時代は食い扶持で精一杯でしたよ。はぁ〜こんな事も分からないなんて、恥ですね、爺さん、いや、クソ爺」


「美羽、間違ってもこんな女になるんじゃないぞ?なったら後が怖い、主に儂がな」


「安心してください、クソ爺。もう手遅れです」


「のぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 これが私の日常であり日課。


 ゴールデンウィークの一件はこの二人の耳にも入っていて、昔馴染みのこの土地の伝承、噂話等を小さい頃から見聞きしていた為か、私の事情も簡単に呑み込んでしまった変な家族。


 母が家を飛び出してしまってから、お爺ちゃんとお婆ちゃんが母と再開したのは事件の後で、それでも⋯⋯泣くよりも先に私とつばさの心配を第一にしてくれた優しくて、新しい家族。


 先輩とも面識があり、お婆ちゃんがスーパーに行った帰りによく鉢合わせして世間話をするらしいけど、この人⋯⋯絶対わざとだ。


 私の厨二病設定が未だに生きてると思っているこの愉快な二人だけれど、今現在、私を確立しているのは、多分捨てきれない恋心と罪悪感からくる贖罪の二つ。


 分かっている、つまらない人間の典型例をなぞっているだけで何も進展も進歩も発展もない、不毛なやり方だって事は。


 諦めて、捨てきって次に行けば良いし、罪悪感の吐露を先輩に済ませて認めて貰えればきっと終わってしまうのでしょう。


 けれど、そうすると⋯⋯関わり合う機会は何処で育てれば良いのか、私には思い浮かばなかった。


 言い訳や屁理屈、理不尽だったりであの人を無理矢理困らせて、仕方ないヤツだって思わせて⋯⋯あぁ、やっぱり私は酷い女。


 こういう考え方でしか物事を運べない。


「会いたいなぁ⋯⋯」


()くんと会いたいのかい?」


 ⋯⋯⋯⋯今この人なんて言った?


 まさかと思うけど、私よりも早く名前呼びしてる?


「ババア、お前⋯⋯下の名前で呼ぶ許可を⋯⋯何処で?!」


「普通にだよ?若造」


 きゅうりの漬け物をポリポリと食べながら自慢げなのが腹が立つのだけど、今はそんな事に突っ込んでられない。


「⋯⋯信じられない。未だに私は『お前』とか『先輩』とか、そんな感じなのに⋯⋯お婆!貴様って奴は、なんで抜け駆けしちゃうのさぁ!」


「お婆はね、伊達に歳を重ねてないんだよ。この道三十八年、舐めんじゃないよ!」


 因みに、何が三十八年なのかというと私の母の母親になってからの事だ。


 けれど、このままだと、母親になってから歳下の子供を馴れ馴れしく呼ぶようになったと勘違いされる事は考慮に入れているのかと言うと⋯⋯お察しだろう。


「ババア⋯⋯あんた、そんなんじゃあ、何時か腐るっての」


「ふっ。舐めんじゃないよ。まだピッチピチの五十八歳さね」


「儂は六十一歳」


「爺には聞いてない」


「グランドファックぞ?儂」


 グランドファック──意味は壮大なクソとか何とかだと思うけど、多分この人、英語分かってないからグランドファザーと適当に見た映画とかに影響を受けて言ってるだけ。


 つまり、徒労ね。可哀想なお爺ちゃん。


 朝ごはんは渋めの物が多いけれど、私は嫌いじゃない。


 浅漬けなんかも食わず嫌いだったけど、摘む程度に食べると中々どうして、美味いのよね。


 悔しいけど、私が食卓を彩るよりも余っ程良いものを作るのがお婆であり、私の最大にして最強の敵。


 ヨボヨボになったら私のクソ不味い料理を無理矢理美味いって言わせてやる。


  ━ ━ ━


 さて、私のやるべき事は二つ。


 一、『桐江准』と『大洲藍莉』を生存させる事。


 これはもはや必須事項と言っても良い。


 二、『富宮奏海』に降り掛かっている『現象』を探り当てる事。


 けれど、一つ問題が発生する。


 それは『発動条件』が不明な事に尽きるわね。


『大洲藍莉』の件の時のように私が過去に飛びまくって事件のあらましから顛末までを先に見た後、帰ってきて先輩に伝えるというのも一つの方法だけど、今では不安要素がない訳ではない。


 夏休み前に起きた『私の消失事件』を切っ掛けで裁定が少し厳しくなり、一回の『時間跳躍』で『現在』に帰ってくるまでのリミットとして【一時間】の制約を受けてしまっている。


 どんな理由、方法であれ『時間跳躍』によって『過去』や『未来』に行った場合、【世界そのもの】はそれを認識していて、私は『現在』に居ないという扱いを受けている。


 今まではそれに対して甘い裁定を下されていたけれど、もうその甘い裁定は異常事態イレギュラーと共に終わりを迎えた。


 『時間跳躍』のリスクは街や他者に及び、それに付随してあの事件以来、私にも僅かばかりながらも影響が出始めている。


 まぁ、本来はリスクあっての力なのだから、否定のしようはないし、自分で蒔いた種でもあるのだから仕方ない。


 まぁ、何故こんな事が分かるのかっていうと、先輩に伝えられたから鵜呑みにしているだけなのよね。


「あの人、そんな知識まで朝倉さんから得てたのね⋯⋯」


 必要な事しか教えないものとばかり思っていた朝倉さんだが、存外気の利く事もするのね、意外。


 さて、脱線してしまったが、今から私がするべき事は決まっていた。


 現在、私は先輩のアパートへと向かい、部屋のインターホンを鳴らした。


 先輩は現在、学校で補習中で、記憶の保持もしていない筈。


 していれば補習そっちのけでこの人の所へやって来なければおかしいのだから。


「貴女が私に話なんて、珍しいわね」


 大洲藍莉先輩。先輩の恋人で今、眠気まなこな状態の女性。


 恐らく地毛の茶髪が彼方此方あちらこちらに跳ねてて、癖っ毛なのか、風呂上がりに乾かさないで布団に潜り込んだのか微妙な辺りが特徴の髪型をしているけど、あれ、きっとわざとよね。


 というか、この人の生活リズムどうなってるの?


 てっきり、規則正しい生活を送ってるって勝手に思い込んでたけど⋯⋯。


 というか、今日部活よね?体操服を着てるのに、家に居るって変な感じがするわね。


「スリープモード間近ですか?」


「昨日、色々あって寝れてないのよ」


 目元を指で擦る大洲先輩は眠たそうで、何か不思議そうにこちらを見つめてくる。


 私の顔になにか付いてるかしら?


「というか、貴女⋯⋯厨二病は?彼から聞いた話では続けてるって」


「それは⋯⋯その」


 しなくても、別で『自己の確立』をしている。


 それは一切の問題がない筈。問題はその内容。


 明らかに大洲先輩にとっては地雷にも等しい。


 ここで明かす訳にはいかないし、明かしたら自然と先輩の耳にも飛び込んでしまう。


 避けなければならない事案、逃れなければいけない事柄──なのだけど、この人、見透かしたように目を細めて、じっと見てくる。


「⋯⋯成程ね。大体分かったわ」


「え?」


 何処か納得したような顔付きになって、玄関扉に凭れ掛かる大洲先輩には余裕が窺えた。


 そして、私に人差し指を差して、一言。


「貴女、捨て切れないんでしょ?」


 思わず、私に向けて伸びる人差し指を凝視してしまう。


 恐怖対象のようにその指を見つめて、息を呑む。


(察しが良いとは聞いていたけれど、どうなってるの?)


 あくまで、本人の言っているだけの事。


 私が自供しなければ、確定じゃない。


 分かっていた、でも⋯⋯大洲先輩の瞳には眠気なんてのが完全に無くなっていて、真っ直ぐと品定めするように私を見てくる。


 試されている──私は、そう直感した。


 応えなければならない、ここで臆して逃げては関わり続ける権限も立場も何もかも無くなるように感じてしまい、口を開いてしまう。


「⋯⋯っ。はい」


 私は今、どんな顔をしているのだろうか?


 臆した結果に引き攣った顔でもしているのかもしれない。


 内心ではどうしようもないと諦観を思わせる顔付きをしているのかもしれない。


 もしかしたら、後輩らしく下手に出ているような顔かもしれないし、意外にも勇気を見せました、と少し笑みを浮かべているのかもしれない。


 でも、恐らく私はこの人には⋯⋯勝てないのだろう。


 私に言わせれば、この人は後からしゃしゃり出てきた猫みたいな人。


 猫は風来坊というか、自由気質があると言われるけど、意外とそうでもない。


 種類にもよるけど、飼い主の傍に付かず離れずの位置を自分なりに決めて傍に腰着く我儘な動物。


 けれど、基本的に犬よりもちゃんと飼い主を見る。


 見て、判断して、正しさに忠実で、何処までも一途。


 この人はきっと、私とは違って、離れないし、離さない。


 私のように失敗もしない、恐れない、正しさに気儘な存在。


 分かってる。私が今更どうこういうのは、お門違いだって事は⋯⋯。


「まぁ、良いわ。今は置いとく。それで?要件は?」


 私は洗いざらい話をした。


『富宮奏海』という存在が起こした約十時間後の『現象』を、私が知り得る限りの全てを、大洲先輩に。


 けれど──。


「奏海が?⋯⋯そんな筈、ないわよ」


「どうして信じてくれないのですか?」


「信じたくないからよ。友人が恋人諸共私達を殺したって事をね?」


 一朝一夕で信じて貰えるとは、思っていない。


 しかし、もう少し理解は示して貰えるとばかり思っていたから、これはちょっとの誤算。


「⋯⋯それでもです」


「准は知っていて、奏海と行動してるの?」


「いえ、先輩は記憶を保持していませんから、知りません。それに、知っていたら多分、此処へ真っ先に来てるでしょ?」


 これに関しては確証がないけど、先輩が私の知る一周目いっかいめと同じ動向をしていて、違う動きをしていないならば確定だろう。


 現在も大洲先輩を心配して此処に来ていないのが良い証拠だろうし、何より私が学校に行って先輩と合流しても、出来る事は数少ない。


 居なくても良いと言っても差し支えない。


「それも、そうね」


 無駄に話を引き延ばそうとせず、単刀直入に話を切り込んで否応なく対応させる状況を作る。


 ここで下手を打って大洲先輩が一周目いっかいめと同じ末路を辿らせないようにするには、動いて貰わなければいけない。


(焦ったら駄目。落ち着け、私も先輩みたいにやらなくちゃいけない)


 どう考えても今回の件、先に死んでいた大洲先輩も何かしらの関係性があって、それを知らなくちゃ駄目だ。


 私も、この人も、先輩も皆。その為に、四の五のは言ってられない。


「私が知りたいのは二つ。『富宮奏海』が何故、『映画研究部』まで行って姉の写真を見ようとしたのか。それと、今回起きる予定の『現象』そのものの解明です。協力してください」


 しばしの間、大洲先輩は考え込む。


 視線をどこか別の方へと向けて、瞼が細まる。


 何を考えているか、それは分からない。


 でも、この人なりに考えてくれているのだというのは伝わる。


「⋯⋯⋯⋯分かったわ。なら、直接奏海と会って事情を聞くわ」


「待ってください。話、聞いてました?殺されたんですよ?」


「でも、貴女達は直接見ていない。そうでしょ?」


 確かに見てはいない。けれど、先輩があそこまで取り乱すのと落ちていた生徒手帳から見て間違いない筈なのだが⋯⋯。


「っ⋯⋯。そうです。けれど、だからと言ってそれ自体を無視するのも違うと思うのですが?」


 経緯、理由、方法はどうあれ、『死んだ』という結果に変わりない。


 私はそれだけは受け止めて欲しかった。


「なら、私は何をすればいいの?」


「『等区高校』に行って、『映画製作部』の顧問と会って欲しいんです。それで、八年前の話を聞いてきてください」


 問題は『等区高校の顧問』をしている『加鍋先生』という方。


 彼なのか、彼女なのか──そこは見ていないし、曖昧だったけど、その人に八年前に何かがあったからこそ、そこに着目した『富宮奏海』は『映画研究部』に向かった。


 姉ではなく、別の誰かを知りたくて先輩達を使った、そう考える方が自然で納得のいく話。


「貴女は?」


「私は『富宮奏海』の自宅に行きます」


「⋯⋯一応聞くんだけど、住所、教えなきゃ駄目?」


「なんで私、そんなに警戒されてるんでしょうか?」


「当たり前よ。友人の自宅を無断で教えるなんて、普通はしないの。ましてや殆ど面識もない関係性では、ね」


 不法侵入でもすると思われているのか、それとも金品を盗む強盗とでも思われているのか。


 いずれにしても大洲先輩は私をあまり信用していない事はよく分かった。


 なら、私も言わなければならない。


「なら、先輩は死にますよ?」


「蒼太が無事なら別に──」


「私が言っているのは、桐江先輩の話です」


 私は極端な話、大洲先輩が死んでも多分悲しまない。


 酷い人間なのは承知で、受け入れている。


 でも、大洲先輩が亡くなったら、先輩が悲しむ。


 それは許容出来ないし、したくない。


 どの道、先輩も亡くなるとなれば、黙ってはいられない。


 それはこの人だって同じ事。


「⋯⋯⋯⋯分かったわ」


 渋々といった様子ではあったけれど、なんとか漕ぎ着けた。


 私はそっと安堵の息を吐いて、大洲先輩に問う。


「『等区高校』の場所、ご存知ですか?」


「バスケ部の練習試合で何度か行ってるから知ってるわ。それに、彼処には中学の友人が居るのよ。だから、大丈夫」


「意外な関係ですね。それを最初から分かってたら⋯⋯」


 もう少し、何とかなった──いや、多分無理だったかもしれない。


『富宮奏海』があそこまでの豹変ぶりは先輩も予想外っぽいし、舞喜ちゃんが亡くなってしまった経緯自体から見て、なるべくしてなったに近い。


 戦闘特化の笠辺沙耶が黒い筒も鞘も抜けずに亡くなってた辺りから見て、突発的に近かっただろうから警戒は緩められないし、何を切っ掛けで地雷おわりを踏むか、私達には分からないのだから⋯⋯。


「眠たいけど、行くしかないわね⋯⋯。また舞喜ちゃんに蒼太の面倒を頼まないと」


「では、私は早速『富宮奏海』の自宅に向かいます。自宅の住所、教えてください」


「メッセージで送るから。取り敢えず、近くのバス停で『十二番のバス』に乗りなさい。そこから、『紅曲こうきょく三番通り』というバス停で下車して。その時に送るわ」


「分かりました」


『紅曲三番通り』といえば、住宅街が多い地区で比較的には富裕層が住んでいる事の多い所だった筈。


 となれば、近隣住民の人に話を聞くのも良いのかもしれない。


 あの辺りは『空弩街』という括りにおいて、独特なコミュニティを築いている奥様方が多いし、その手の人達は愚痴を語りやすくて、御し易い部類。


 私のコミュ力でどうにかなるかは、別として。


「ねぇ」


「はい?」


 不意に声を掛けられて、僅かに上擦った声を出してしまった⋯⋯。


 けれど、恥ずかしがる気は一気に失せてしまう。


 目の前に居る大洲先輩は不穏な面持ちでこちらを見ていて、何か含みのある表情をしていたのだから、当然と言われればそうなのかもしれない。


「私が死んだ時、彼⋯⋯どんなだった?」


「⋯⋯⋯⋯」


 応える気は毛頭なかった。筆舌に尽くし難い悲惨さと苦悶の表情。


 泣くような事はなかったけど、それでも何かがそうさせただけで泣きたそうにしていて、変わり果てた大洲先輩を抱き締めていた時の背中は、とてもではないが安心させるような言葉は掛けられなかった。


「そう、なんとなく、分かったわ。ありがとう」


 私は表情に出やすい部類なのだろうか。


 察しが良いにしては敏感に過ぎる。


「⋯⋯お願いですから、死なないでくださいね?あぁいう顔、あまりさせたくないので」


 私は早速バス停へ向かう為、背を向けた。


「なら、貴女もしっかり役目を果たしなさい」


 言われるまでもない。そうすると決めているのだから、大洲先輩に言われるまでもない。


  ━ ━ ━


 覚えているのは、近隣住民に話をして、ある情報を知って、自宅に入った辺りまで。


 入った瞬間に立ち込めた嫌な空気が身体に纏わり付いて、気付いたら⋯⋯。


「⋯⋯⋯⋯え?」


 起き上がった私は辺りを確認した。


 自分の部屋、自分の身体、自分の意識。


 全部、ちゃんとある──。


 けれど、違和感もあった⋯⋯。


「時間が違う」


 時刻は七月二十五日の午前七時四分。


「⋯⋯何で死んだの?」


 覚えていない、見ていない、感じてもいない。


『富宮家』に入った所までは確かにある。


 それから意識が消えて、私は──死んだ。


「うっ!」


 吐き気がやってきた。込み上げてくる異物感と嗚咽混じりの汚い吐瀉物を流したくて、トイレへ口元を抑えて目に涙を溜めながら向かった。


 全部出し切って、腸まで出てきてしまいそうな程だった。


 眉間に力が自然と入って、洗面所で口を濯ぐ。


「⋯⋯⋯⋯どうしたらいいの?」


 近隣住民の話を纏めると『富宮家』に関する話は主に三つ。


 教えてくれたのは、ふくよかな体型をしたおば様と綺麗に化粧をして世間体を気にしてそうな若奥様の二人だった。


 一、『富宮一家』は不仲説があり、そもそもゴミ出し等では規定のルールに沿わず、ゴミ分別もせずに棄てる人達らしい。


 問題はそれを指摘した近隣住民に母親が嫌がらせをして、一時期問題になったらしい事にある。


 父親がスーパーゼネコン勤務であり、年収高の人間である事を良い事に母親が調子付いているというのが真実なのだが、私が話を聞いた奥様方もそれに近い事をしているので、なんとも言えない。


 二、元々は別の場所に住んでいたけれど、引っ越して今の住居に移り住んでいて、その時期は丁度、八年前の夏の頃。


 近隣住民の誰も富宮家と話した記憶は殆どなく、偶に来るセールスマンのような風貌の男達が自宅訪問していたのを何度か見掛けた程度。


 三、『姉』である『富宮とみや詩香うたか』は、亡くなった事件の数日前から男子生徒と口論していたようでそれを偶然発見した時は気にも留めなかったらしいが、後日亡くなると警察にその情報を共有。


 その後、その男子生徒は誹謗中傷に遭い、街を去ったと聞いた。


 けれど、その情報だけは、ふくよかなおば様と若奥様の両方からではなく、おば様からのみの情報で信憑性は正直言うと薄い。


 以上の事を聞いた私は、早速『富宮家』の玄関のインターホンを押して、誰かが出てきた辺りまでは覚えている。


 なのに、そこから完全に記憶が切れてる。


「⋯⋯まだ間に合う。大洲先輩に会って、それで⋯⋯⋯⋯どうしよう」


 どうするべきか?一緒に行ってもらう?


 そもそもの話、私が今こうして生きてるのはどういう原理なのか、はっきりと明確に分かっていない。


 けれど、予想は出来る。多分、『別の私』がやってる。


 ゴールデンウィークの時には居なかった私が介入して時間を戻している可能性がある⋯⋯けど、私は少なくても私を見ていない。


 見た瞬間統合されるからアチラも意図して私の視界からは離れた位置で様子を見ているのだろうけれど、ならどうして先輩に言わないの?


 前回、前々回の事を話して、対処法を考えて貰えれば、もっとスムーズに事が運ぶ。


 試されている?なら何故?どう言った理由で?必要性は?


 ⋯⋯⋯⋯分からない。私は、私が分からない。


 蛇口を閉じて、揺れた顔を鏡越しに見つめる。


「⋯⋯ん、なにこれ」


 首筋にある赤い斑点模様。


 蚊に刺されたにしてはやけに数が集中しているようにも見える。


 まるで、四葉のクローバーみたいに──。


 広がる、光り出して、視界は溶けていく⋯⋯。


 瞬間、私の意識は途絶えた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁあ⋯⋯⋯。あ、ぁぁぁ」


 また目覚めた。今度は夜中。


 痛みで飛び起きたのか自分の悲鳴で起きたのかは分からないけれど、それでも分かる事といえば、また死んだという事実。


 完全に時間が違うのもそうだけれど、それ以上何が起きたの?


 何をされた?何がどうして、どうやって死んだ?


 いや、そもそも夢だったという可能性はないだろうか、そう思い私はスマホに映る時刻を見た。


「え?⋯⋯⋯⋯七月二十四日?」


 前日、しかもまだ夜中一時を過ぎたばかり。


「動かない⋯⋯」


 声が後方から聞こえた。誰の声?誰かに背後を取られて、後頭部に何かを突きつけられている感覚がする。


「情けないわよ。私」


「⋯⋯貴女っ?!」


「振り向かない。今振り向いたら、統合先は私になる。貴女は私より弱いから消える運命なのよ」


 私の背後には私の声がする⋯⋯でも何故だろう、少し、ううんかなり、冷たい?というか、冷めてる感じがする。


 言葉の奥には諦観が潜んでいて、覗き込んでいるようで、身体の芯が凍らされるような⋯⋯。


 手を上げて、ホールドアップ。そのまま、事の真実に気付いている何時かの私に向けた私は言葉を投げ掛けた。


「⋯⋯⋯⋯今回の、事件は⋯⋯どうなってるの?」


「⋯⋯朝倉拓也の気持ち、今なら少し分かるわ」


「え?」


 何故、今彼が出てくるの?介入してる?ううん、先輩に聞いた話では、もう居ないって。


「何もかもを知っていて、その上で手出しができない。だから、頑張ってもらうしかないのに、縋ろうとする厚かましさに反吐が出る」


「っ⋯⋯。だって、だって──」


「前提が違うのよ。そもそもの始まりを貴女は『富宮家』にあると、そう思っているのだろうけれど、それが違う」


「え?だって──」


「そう、事件の引き金を引いたのは『富宮奏海』本人の意思。深層心理がそう引き立てた。けれど、最初に弾を込めた人間もちゃんと見るべき」


 最初に『弾丸』を込めた人間⋯⋯。


 言われてみれば、『富宮奏海』という一人の人間にフォーカスを当てすぎていた節はある。


 殺人現場を見て、彼女が何もかも悪いという観点が拭えずにいた。


 けれど、もし事件を起こした側だけでなく、起こった事件の被害者にも何かしらの要因があったのだとしたら⋯⋯。


「⋯⋯鶏が先か卵が先か、そう言いたいの?」


「似た感じ。でもね、明確に違うのは『富宮奏海』は引き金を引くべくして弾いた。それだけよ」


 引くべくして引いた?つまり、引かなければならない程に何かがあった?遠回しに言葉を選び過ぎているせいで、ピンとはこない。


「それどう言う事よ?!」


「弾丸は四つ。四つの罪を見つけなきゃならない。でも、相手は審判者ジャッジマンを名乗るだけのただの()()()で、当然私情も入る。そこを重点に置いて、物事を考えなさい」


 後頭部に突き出された感触が消えた。


 思わず振り返る私、けれど誰も居なかった。


 私がなんの意味もなく、この時間、この日付けにする訳がない。


 何かがある。じゃあ何がある?


『富宮家』に行くという選択肢か『桐江家』に行くか──それとも『大洲家』に行くか。


 もっと言えば、私には馴染み深い場所という線もある。


 でも、どれが正しい選択かは一向に分からない。


(『弾丸は四つ』って、多くないかしら)


 四つの罪を探るにしても明日には事件解決しなければならない。


 そして、もう一つ、これが最も大事な事柄。


 それは、『過去を変える』というのは事に付随して『結果を変えてはならない』という絶対規則ルールが存在するという事。


 今回の場合、変えてはならない事柄は何か?


 変えても良い部分といけない部分をしっかり区分けしなければならない。


 そもそも、結果というのは誰が判断するのだろうか?


 分かりやすい例では『大洲先輩の身に起きる予定だった』交通事故──あれは分かりやすい例だ。


 大洲先輩とその弟さんが車に轢かれるのを阻止したい桐江先輩は自ら轢かれる事を選んだ。


 あれは、本来轢かれなければならない存在の挿げ替えに等しいが、結果として『車に轢かれる』という役目を果たしている。


 そして、その轢かれたという結果を見届けたのは大洲先輩と弟さんであり、先輩が『車に轢かれたという結果』を見届けた事で絶対規則ルール内に収まっていた。


 つまり、誰かが観測者側に立たなければならず、『変える前』と『変えた後』とで、巻き込まれた人数問わず、起きた事柄そのものの結果を同じにしなくてはならない。


 そして今回、『富宮奏海』が起こした『現象』のどの部分を変えるかが問題になってくる。


『桐江先輩』『大洲先輩』『舞喜ちゃん』『単細胞かさべ先輩』の死亡を無かった事にする、それ自体は絶対条件で置いておくとして、その方法が掴めずにいる。


 更に問題なのは、『富宮奏海』の家庭事情を丸々変えてしまった場合、かなりの変化が起こるのは当然として、『亡くなった姉』を生きている扱いにするのも問題大だろう。


「⋯⋯⋯わっかんない!」


 どういう風に変えればいい。『結果』と言っても様々だ。


 スポーツ選手における結果とは、一試合の戦績での結果なのか、シーズン毎における結果なのか、生涯における結果なのかで大きく変わってくるように、『結果』というのは曖昧な線引きでしかない。


『富宮奏海』がそもそも何故、友人含めて先輩を殺すような凶行に至ったのか、そこが不明瞭。


 だから、『結果』を求めるにしても中途半端に事を進めてしまえば、事故が起こるのは必至。


 でも、分かってるけど、明日までにどうすれば⋯⋯。


 先輩に頼る?でも、今日も明日も補習がある。少なくても私は帰り際に一緒に先輩と下校しなければならない⋯⋯⋯⋯。


「あれ?⋯⋯そっか、何も下校した時に直で帰る必要性はないのよね⋯⋯。あぁぁぁ!私って天才ね!」


「美羽ちゃん、うるしゃい」


「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい」


 隣の部屋に居るカッスカスな声をしたお婆に扉越しから、お叱りを受けてしまった⋯⋯。


 けれど、そうよ。結果として一緒に下校するのであって、何もそこからどう動こうが構わないのよね!


 そうと決まればいざ──!


 駄目でした⋯⋯。


 先輩と一緒に下校した翌日、つまり二十五日、普通に訳も分からず『富宮奏海』が先輩の自宅に来て、一緒に居た私含めて殺されるという惨劇が起こってしまった。


 何故か先輩は『富宮奏海』に関わるような事はせず、『映画研究部』にも行かず、何も知らないまま、理不尽に殺される始末。


 私も巻き込まれる形で⋯⋯。


 そして現在、また戻って来て、七月二十四日の時刻は深夜一時前。


「〜〜〜〜!!どうしろとぉぉぉぉー!」


 枕に顔を埋めて脚をバタバタとさせる私は唸り声を上げる。


 何が原因?本当に掴めない。てっきり、先輩と『富宮奏海』が会わなきゃ良いとばかり思っていた。


 昨日、普通に学校帰りに『等区高校』に大洲先輩の友人が居ると耳打ちして、『富宮奏海の姉』が亡くなったとそれとなく教えたのに、全っっっったく、影響もなく、普通に死なせてしまって、挙句、庇おうとする私諸共爆発。


 意味不明なんですが?低予算で作ったパソコンゲームか何か見たいなオチに理不尽に死んでしまった。


 死んでしまうとは情けない。


「二十四日の夜帯は先輩にとっても、富宮奏海にとっても何かがあった⋯⋯。なら、そこを挿げ替えてしまったら先輩は気付かないで死ぬ。⋯⋯大洲先輩は何故か夕方頃から連絡が着かなくなるし、どうなってるの?」


 問題があるとすれば、大洲先輩の夕方頃からの連絡の途絶え──これに何かある。


 そして分かった事がもう一つ。


「私、先輩と一緒に下校しなくても良さそうね⋯⋯」


 一緒に下校していようとも、していなかろうとも、どっちでも良いのだろう。


 問題は先輩が下校した後の話が重要なのだから。


(ちょっと、悲しくなってきちゃった⋯⋯)


 洗面所へ行き、鏡を見る。首筋に斑点は無し。


 あんな初見殺し、二度と食らいたくはない。


 大体、時間が逆行した後なのに、なんで仕掛けられたのかしら?


「⋯⋯いけない。死ぬのに慣れてきてる」


 先輩が前に言ってくれてた『嫌な慣れ』がここに来て私にも訪れた。


「私も、立派にイカれてるわね」


 鏡に映る私は何処か朗らかで先輩と同じ狂気イカれっぷりにまんぞくしているようだった。


 あの人は狂人の類ならば、私は奇人の類だろうか。


 これは予想だけど、恐らく私と大洲先輩の弟さんが死ぬのは必然ではない。


『罪』の対象は『先輩』と『大洲先輩』だからだろう。


 私達は巻き込まれたに過ぎない。


 ⋯⋯⋯⋯いや、『舞喜ちゃん』も対象?


 思えば、『先輩』が死ぬより先に『舞喜ちゃん』が先に死んでいた。


 あれって言い換えれば、『殺す対象』に入っていたからに他ならない。


 あの子は一年前から入院していて、接点なんてあったのかしら?


 いや、無かった筈だ。自己紹介を一周目いっかいめで行っていたのだから⋯⋯。


「⋯⋯富宮奏海は、二人を前から知っていた?先輩はクラスメイトとして接していて、舞喜ちゃんはそんな兄の友人として接していたけど、本当は違う?とか⋯⋯」


 よくよく考えれば、四週目よんかいめは二、三週目と違ってちゃんと自宅で襲われたからこそ分かる事があり、それは──『罪の対象』が『桐江兄妹』であった事。


 二週目、三週目は家に入った瞬間死んだり、自宅で爆発したりと散々な結果だったけど、四週目に関しては理不尽に自宅にやって来て、玄関をぶち破った『富宮奏海』によって舞喜ちゃんが殺されて、私は吹き飛んで、同じく吹き飛んだ先輩は執拗に狙われて殺されたという経緯。


 つまり、『先輩』だけが対象にはなり得ない、という証明にもなってしまう。


 だとしたら、かなり面倒臭いかもしれないわね。


『罪は四つ』と言っていたけど、『一つの罪』に複数人含まれるなら、私が知らなければならないのは、その『罪の対象』そのものとなる。


「何回、死ぬんだろう⋯⋯これ」


 そんな私の口角は、少しだけ上がったのを鏡越しに見た。


 先輩の役に⋯⋯立てるなら⋯⋯。


 私はやっぱり、イカれてる。


  ━ ━ ━


 朝の支度をする際、最も大事なのはストッキング!


 そして、それに苦言を呈するのはお婆、何時もの事。


「美羽ちゃん、こんな暑いのにストッキング履いてくのかい?」


 お婆はそう言うけれど、履く事を止めるつもりはない。


「うん。だって、先輩喜ぶし」


 あの人、多分脚フェチだし、何気に何時も脚見てくるし、多分もう一種の病気ね、あれ。


 ふふん、私にも自慢出来る事ってあるのね!


「そんな事するなら、もっと髪を整えて、化粧ぐらいしたらどうなんだい?不細工だよ?」


「皺だらけに言われたくないわぁよ!」


 ヨボヨボの五十代がピッチピチの活きが良い十代にそこまで言うなんて、鏡見た事あるのかしら?


 手元にある手鏡、渡してあげようか⋯⋯。


「なんじゃって!?美羽ちゃん、歳を重ねるというのが皺を増やす行為だって何度も言ってるでしょうが!それを貶すなんて、本当に人かい?あんた?」


「ざぁんねん。人でぇす。妖怪とは違うのよ。あ、ごめんなさい、妖怪お婆。言うつもりはなかったのだけれど、言っちゃったわ」


「あれだね⋯⋯。あんた、このままだと、乳も垂れて、ヨボヨボのままの人生一直線だね、間違いない」


「ァァア?!私がそんな事になったらお婆のせいにするかんね?」


 きっとお婆が呪ったからね、そうに違いない。


「なんで、おばあちゃんのせいになるんかね?おばあちゃんは常日頃思ってるよ?美羽ちゃん、老けろって」


「最悪じゃないのよ⋯⋯。というか、そんな事思ってたの?」


「冗談よぉ〜」


「⋯⋯駄目だ、どっちか分からないっ!」


 私のお婆はアグレッシブな性格故に冗談も真面目な話も時折織り交ぜて話してくる事がある。


 どうして、そんな酷い仕打ちするのかしら。


 私には皆目見当が付かないというのに。


 ともあれ、私は一周目いっかいめとは違い、今日は本格的に動くつもり。


 今日の予定は一つ。『富宮奏海』の監視に当たる事。


 サッカー部?だったかしら。あの汗臭い連中らに対して、マネージャー業をしているのをしばしば見た事があったから、グラウンドに行けば会える筈。


 玄関を勢いよく出た私は数歩歩いて、気付いた。


「日傘、持ってこ⋯⋯」


 以前、先輩の前で差したら「何時までお嬢様ぶってんだ?」とか訳の分からない事を言われたけど、別にお嬢様じゃなくったって日傘ぐらい差すっての。


 本当に暑い。紫外線も焼けるのも、バテるのも嫌だけど、本当に嫌なのは、直射日光による暑さそのもの。


「早く、冬来ないかなぁ⋯⋯」


 肌の露出を避けたい私としては夏より冬派。


 服のコーデも夏より冬の方が凝ったのが出来るし、食べ物も冬の方が美味しく感じる、だから──。


(夏よ、滅びろ⋯⋯)


 ⋯⋯まぁ、それで滅んだらまたマズイんですけど。


「あんた今、夏死ねって思ったろ?」


「⋯⋯⋯⋯お婆、あんた、やっぱり妖怪じゃん」


 心を読まれた、お婆如きに⋯⋯。


 若くないヨボヨボの五十代のお婆如きに、よ。


 どんだけ、私の事好きなのよ、私も好きだけど⋯⋯。


 でも、それはそれとして屈辱を感じた私は、帰りにスイカもなければアイスもないちょっとボロくなった木造建築の自宅を出た。


 アスファルトが日光を反射させて日傘の意味を感じさせられる⋯⋯。


 肩に掛けた鞄の中身は水筒と財布と手拭いのみ。


 スマホはスカートのポッケであり、白い半袖のシャツにはカーディガンを着用。


 汗で下着見えるとか、見た奴を引っ張叩き兼ねない。


 もしくは金取る。三十万ぐらい請求してやろうかしら⋯⋯衣服代にして消してやる。


 徒歩二十分圏内の高校。父様も母様も私の進学先には大した事は言わず、お爺様の反感を買う事覚悟でこの学校に進学したけれど、結果的には良かったのかもしれない。


 色々あって、面倒臭い事も多いけれど、多分この学校に来なかったら私は何も変われないまま、死んでいた。


 そういう意味合いで言えば、先輩はやっぱり命の恩人だし、関わりは続けていきたい。


「⋯⋯にしても、暑い」


 蝉が五月蝿い。気温が四十度越えになると鳴かないなんて聞くけれど、正直、体感温度は四十度越え。


 鳴くなと言っても止むわけないし、張り付いている木々に蹴りを入れたら、飛んでくるかもしれないから、何もしないのが得策。


 けれど、やっぱりムカつくわね。


 ちょっと喝でも入れてやろうかしら⋯⋯。


 私はそこらに鳴いてる五月蝿い虫共を睨み付ける。


 最悪日傘で殴って⋯⋯いや、汚れるのは嫌だし、どうしようかしら。


 けれど、五月蝿いのはもっと嫌!いざ──。


「っ!⋯⋯⋯⋯」


 背後を誰かが通った⋯⋯。当たり前のようにポッケに手を突っ込み、眉間に小さな皺を寄せながら、歩く高校生ぐらいの男の子。


 ツンツン頭が特徴的なその人は確かに前からやって来る所を視界に捉えていた。


 けれど、この気圧されそうな圧力は⋯⋯。


「お前、感じ取れるって事は『怪異』なのか?」


「⋯⋯⋯⋯⋯っ誰?」


「俺は今、質問してるんだが」


 言葉の節々には圧力が滲み出ていて、不機嫌そうな物言いは鼻にはつくが、そんな事を口にする心の余かが消し飛んでしまっていた。


「⋯⋯違うわ。『現象』じゃ、ない」


「『現象』?桐江みたいな言い回し方だな。そう言えば、あいつの通ってる学校と同じ制服だし、後輩って所か?」


 桐江?桐江って、先輩の事、だろうか?


 舞喜ちゃんがこの高圧的な人物と関わっているイメージが付かないし、同姓という線も薄い。


 桐江なんてなかなか聞かない苗字よね、やっぱり。


「先輩を、知ってるの?」


「あぁ、もう時期一年になる。で、お前は『怪異』か?」


「違うって言ってるでしょ」


「『怪異』は存在をぼかす。言葉だけで信用出来る訳がねぇだろうが」


「じゃあ、どうしたらいいのよ」


 これで死ねとか言われたら呪ってやる。


「こっちを向け。それだけで良い」


(たったそれだけ?)


 私は言われた通り、男と向かい合うように向いた。


「⋯⋯⋯⋯はい、向いたわ」


 ぶっきらぼうっぽい感じのイメージで、眉間に皺を寄せてコチラを見つめてくる。


 元々つり目なのが影響してか、更に高圧的に見えてしまい、刺々しい雰囲気を隠す素振りもなし。


 身長は百八十程度、服装も何処かの高校かしら?灰色の学ランを着ており、時期的に合ってないのよね。


 鞄の類もないし、散歩がてら出会してしまったという所かしら。


「お前、何に『憑かれてる』?」


「っ⋯⋯」


「祓ってやる」


『祓う』って、陰陽師とか胡散臭い霊感商法の類の人間なの?


 手荷物もないみたいだし、どうやって祓うのか気にはなる。


 けれど、今は駄目。少なくても今【時計】が消えると、私は今回の件では何も出来なくなってしまう。


 ただでさえ、先輩が死ぬ可能性がある中で、わざわざ活路を断つ真似が出来る訳がない。


「無理だし、嫌。少なくても、先輩はそれで良いって言ってくれた」


「チッ、甘ちゃんめ。相変わらずだな。龍の時から何も変わってないのか⋯⋯」


「龍?」


「こっちの話だ。交じってくんな」


「貴方が言葉を発するからでしょ!」


「はぁ⋯⋯、まぁ良い。アイツが良いつったんなら、そうなんだろ。邪魔したな」


「⋯⋯待ちなさいよ!貴方、何なの?!」


 面倒臭そうに私からは背を向けて、猛暑の中を一人歩き出す男を言葉で制止させた。


 少なくても、何かある。この男の正体が掴めなければ、今回の件は安心して動く事が出来ない。


 不安要素は出来る限りは跳ね除けておきたい。


「何なのとは?」


「名前とか、その⋯⋯貴方、高校生、よね?」


「あぁ、そうだ。再来月にお前の通う学校に転校する予定だ。桐江にも宜しく言っといてくれ」


「え?」


 目も合わせず、黙々と語るだけ語って本当に去ってしまう。


「ちょっと!⋯⋯何なのアイツ」


 ぶっきらぼうに面倒臭いといった空気感を当たり前のように醸し出し、眉間には常に皺を作っている先輩の知り合い。


 名前も分からず始末で、ただ怖いという印象だけが先行して、ずっとそのままの謎の転校生(予定)の男の子。


 龍の件とは何かは知らないけれど、一年程前からの仲のようだし、大洲先輩に聞いても無駄に終わるわね。


 それにしても──。


「先輩、変な友人、多いわね」


 蝉へ向けての悪態は完全に露と消えてしまい、私は学校へ向けて、また脚を動かしていく。


 それにしても、私を見ただけで『憑いてる』という事を看破出来る辺り、多分『現象』を生業としてる何処かの人間なのでしょうけれど、全く情報が掴めなかった。


 先輩に告げ口しておけば、何か答えてくれるかしら。


 いや、少なくても今日は『富宮奏海』の動向を確認する事を優先しなければならない。


 私の命はおろか、先輩の命が危ないのだから、しっかりしなくちゃ⋯⋯。


 辿り着いた学校からは笛の音が健気に鳴っていて、体育館近くを通るとバスケットボール部の活動が活発なのだろう、バッシュが床を踏んで鳴る独特な音が耳に入り込む。


 僅かに空いている隙間から覗き込むと別クラスの軽井さんと友人数人が準備運動のような事をしている。


 身体を馴らしておかないと後々響くものね。


「いけない、行かないと」


「あれぇ?何やってるの?」


「うわぁぁッ!」


 どうして、この街の人達は背後でかつ耳元で声を掛けるのが浸透しているのかしら。


 正気じゃないわ⋯⋯、心臓が止まるかと思った。


「⋯⋯⋯⋯あ、牧原先輩。驚かせないでください」


 けれど、声を掛けたのは私より少し身長の低い『龍』が人の形を模した女性、牧原逸花先輩だった。


「いやぁーごめんね!珍しいお客さんだったから、ついだよ、つい」


 そう言って、ヘラヘラと頬を緩ませる先輩の顔付きはとても謝っている人のそれには感じなかったが、この人の場合、それが常っぽい。


 私も、つい最近知り合ったようなものだけど、妙なぐらいに何時も笑顔なのが逆に『龍』だからの一言で全て済むなんて、お得ね。


 羨ましいまであるわよ、本当に。


「それで?バスケ部に何用なの〜?」


「いえ、用は無いんです。ただ、音がして気になっだけで」


「そうなんだ〜。ん?⋯⋯くんくん」


 私の身体に顔を近付けて急に嗅いで来た。


「え?な、な、なにして──」


 さしずめ私もこれには引いてしまい、身動ぎしてしまうけれど、腕を掴まれて離れられない。


 というか、力が強い!何この人⋯⋯いや、龍。


「君、『除者』と会ってきた?」


「え?」


 思わず首を傾げてしまう。


(『除者』って何だろう?何かの隠語?)


「匂いだよ。気持ちの悪い、独占欲しかないゴミの匂いがして⋯⋯さ!」


 物凄く低い声からの何時ものフレッシュな声色への緩急は、とてもではないが耐えられそうになく、少し引き攣った顔を浮かべてしまう。


 この人、自分が『龍』だって分かっている人に対しては妙に隙間風みたいに本性を出したがるわよね⋯⋯。


 先輩の質問は分かりやすい部類であり、一つしか候補はなかった。


 あの男以外に有り得ない。


「あ、もしかして、さっきの男の人かもしれません」


「男の人?」


「は、はい。再来月⋯⋯二学期にここに転校してくるみたいですよ?」


「へぇ〜、楽しみだな」


「え?」


 不気味な笑顔を浮かべた先輩の顔は、何処か悪役地味たものに感じた。


 出会って五秒で戦闘勃発は避けて欲しいところなのよね。


 まぁ、大丈夫だとは思いたいけれど。


「ううん。何でもないよ?ごめんね〜!じゃあ、用事頑張ってねーー!」


 大きく手を振り、体育館の扉をガラガラと音を立てて開けると、閉める素振りもなく中へと入って行ってしまう。


 こう見ると、ただ無邪気でマイペースな子供に見えるのだから不思議なものね。


「藍莉〜、私もボールに触るぅぅ」


「触らないバスケット選手なんて居ないわよ。はい、貴方もパスの練習、もう少し頑張りなさいよ?」


「ふぁい」


「返事!」


「は、はい!」


「本当に龍、なのよね?あの先輩⋯⋯」


 先輩と別れて私はグラウンドへと向かう。


 とは言っても、厳密にはグラウンドがよく見えるベンチ辺りで涼みながら『富宮奏海』の様子を探るだけなのだけど⋯⋯。


 既にグラウンドでは調子が良いとされるサッカー部の人達が走り込みを済ませたらしく、サッカーボールを蹴りながら、パス練習のような事をしており、ゴールキーパーをやっている先輩は反復横跳びのような事をしている。


「なんで、反復横跳び?⋯⋯まぁ良いわ。さて、富宮奏海は何処かしら」


 マネージャーという事は部室棟?いや、流石に中にずっと居る訳がない。


 すると、何処からか笛の音が聞こえた。


 水泳部はプールがある位置、つまりグラウンドとは真反対の校舎側付近にあって、ここからでは笛の音は聞こえない筈。


 という事は──。


「はぁー、はぁ、はぁ。もう二周追加は⋯⋯鬼でしょ」


「嶺二が桐江と喋ってだからっしょ、俺まで巻き込まれた」


 嶺二⋯⋯、先輩がムッくんと呼んでる方ね。


 それと、一緒に並走していた人は、確か紫島先輩だったかしら。


 校舎周りを走ってたの?こんな暑い時期に?中々ハードね。


「もう、アンタらね、ちゃんとしなさいよね!」


「居た!()()()富宮奏海。映研で見た写真に写ってた真ん中の人に確かに似ているかしら」


 黒い髪、青色シュシュで後ろ髪を結んで、動きやすいジャージ込みの体操服姿。


 自転車を用いて、後方から笛を吹きながら二人の外周走りを支援していたようね。


 さて、この人がどう動くか、まずはそこを見極めないといけないわ。


 何が理由でそうなったか、何故あぁならなければならなかったのか。


 (探ってみせる。先輩を守る為にも私が必ず!)


 なんて考えていたのだけれど、三時間程経って、分かった事が三つ程ある。


 まず一つ目。富宮奏海は長身のフォワードの人の事をよくチラチラと見ている。


 恐らく、好意を抱いているのでしょうね。他と反応がまるで違う。


 優しさに満ち溢れていて、何処か彼に対するやる気だけ有り余っているようにも感じる。


 二つ目、恐らく彼女は周りの目に敏感なのね。


 ベンチに座っている私はともかく、サッカー部員が彼女を見るだけで脊髄反射のように視線を合わせていた。


 自分の行いを一々気にするタイプ、もしくはなにか裏があるか⋯⋯いずれにしてもあまり目は合わせない程が得策かも。


 そして、三つ目。彼女、何故か暇な時間が出来ると短い間隔でウロウロする癖がある。


 これって⋯⋯、狭い所に閉じ込められた時に起こる心的ストレスによる行動だった筈。


 確証とかはないし、人によってまちまちだけど。


「それにしても、暑いわね⋯⋯」


 現在、昼の十二時前。


 日傘を差して涼んでいるだけっていうのも飽きが巡ってくる。


 お弁当、買ってくれば良かったかしら。


 お腹は鳴っていないが、空腹は確かに感じる。


 サッカー部が昼食に勤しんでいる間に近くのスーパーにでも行ってお惣菜だけでも買って来ようかしら⋯⋯なんて、思っていたら変な来客が来てしまった。 


「君、どうしたの?」


「え?」


 フォワードで富宮奏海と仲良さげな人から声を掛けられた。


 凄い汗ね、体調不良にならないのかしら。


「いやさ、ずっとサッカー部の練習見てたっぽいけど、誰か探してたのかな?って思って」


「いえ、もう見つけてます。その方の事を見ていただけなので」


「へぇ〜、誰?」


「誰でも良いでしょう?それとも、気になります?」


「う〜ん。うん、気になる」


 遠回しに避けてくれと言っているのだけれど、伝わらないのかしら。


 先輩とかなら、わざと空気を読まない事は察せられるけど、この人の場合は素で聞いてる辺り⋯⋯馬鹿なのね。


 まぁ、そこは先輩も大概なのだけれど⋯⋯。


「物凄く頑張っている方です」


「俺の事?」


「そんな訳ないでしょ」


「え⋯⋯」


 そのリアクション、止めなさいよね。なんで自分だけ頑張ってる体なのよ。


 まぁ、この人もこの人で頑張っているのは否定しないけれど⋯⋯、ちょっと自信過剰なんじゃないかしら。


「じゃあ、誰?」


「男性は無闇矢鱈に、乙女の秘密は暴くものではないんですよ?」


「じゃあ、俺だけは暴ける権利が欲しいかな?」


 何言ってんの⋯⋯コイツ、キモいんですけど。


「あの、分かりませんか?」


「何が?」


「遠回しに近付くなって言ってるんです。私は貴方に興味はないですし、貴方も私に興味はおろか視線すら向ける必要はないです。それでチャラにしましょう?お互いの為にも」


「参ったな⋯⋯。そこまで嫌われる事、したかな?」


「はい、今まさに。正直迷惑です。ナンパなら他所でお願いします。私でなければ、大概の女性は受け入れて貰えますよ」


「⋯⋯⋯⋯は、はは。そうか。でも、そう言われると、俄然──」


「颯悟、何やってんだよー?飯食いに行かないのかー?」


「あ、あぁ。⋯⋯ちょっと待っててくれー!」


 颯悟と呼ばれる彼の後方から昼食のお誘いが掛かった。


 良かった、これでひとまずは──。


「君も来ないか?」


「はぁ?」


 なんで部外者を呼ぼうとするの?諦めて帰ってよぉ⋯⋯。


 というか、部室棟は使用中、部外者立ち入り禁止でしょうに!


「ほら、皆と食べた方が美味しいだろ?」


「私、弁当持ってません!」


 鞄を広げて、中身を見せるものの、この人は未だ爽やかな笑顔を崩さない。


 駄目そう⋯⋯。


「皆のを分けてやるよ」


「いえ、良いです。お昼は抜いているので」


「良いから、良いから」


「ちょ、ちょっと!」


 腕を引っ張って無理矢理連れられていく。抵抗したいけど、無駄に力が強い。


 というか、汗でベトベトなんだけれど⋯⋯気持ち悪い。


 半ば強引に私は部室棟まで引っ張られて、サッカー部の部室前に集まっているサッカー部員の前まで連れられた。


「おーい!皆、サッカー部のファンの子が来てくれたぞーー!」


「誰よ、その子?」


 ターゲットの富宮奏海に接近したのに、警戒心を凄い持たれてしまった⋯⋯。


 こんな事なら、ベンチじゃなくて屋上の方が良かったかしら。


「ファンだって、言ったじゃねぇか」


「ベンチに座ってた子ね」


「あの⋯⋯私──」


「恥ずかしがっちゃって、良いんだぞ?気にしなくて」


「はぁ?!何言ってるんですか?そんな事一言も言ってません!」


 私の言葉と被せるように言葉を紡いでくる辺り、あんまり好印象に持てない⋯⋯。


 どうしよう、帰りたくなった。


「この子、弁当持ってないらしんだ。分けてやってくれよ」


「おー、いいよ」


「この子、可愛いな」


「⋯⋯なんか、困ってそうじゃない?」


「嶺二は気にしすぎ」


「そう、かな?大丈夫?」


 チャンス!とばかりに嶺二先輩に今の状況を一言で示せる言葉を紡ごうとする私は多少上擦った声を出そうとする。


「大丈──」


「大丈夫だって!」


 泣きそうになる⋯⋯。泣きたいけど、こんな状況下で泣いてどうにもならないから、あ、やっぱり無理かも。


 何時までも離れない腕に何やら冷たい視線が富宮奏海から来るし、泣きたくなるし、散々じゃないのよ。


「おーい、ムッくん。言ってたやつ、作ってきたぞ?」


「お、じゅーーん!こっちーー!」


(え?先輩?)


 声のする方向へ振り返ると確かに桐江先輩が何やら弁当箱を持ってこちらに向かってきていた。


(最高のチャンスが舞い降りた。この人、神か!)


 曇ってた心が一気に晴れたような気分になった私と先輩とで目が合った。


「ん?おぉ、トッキーじゃん!何?どうした?」


「聞け、桐江!サッカー部の俺の!ファンだ!」


「んな訳ねぇーだろ、夢見てんじゃねぇよ。ド阿呆」


「なァ?!ド阿呆ってなんだ?!補習組に言われたくねぇんだよ!」


「相変わらずだね⋯⋯准。仲良くね?」


「い・や・だ。あ、ほい。言ってた奴作って来た」


 先輩が嶺二先輩へ弁当箱らしきものが入っている黒い袋を手渡して、帰ろうとする。


「それ、明日になったら返してくれ」


「はーい!ありがとう!」


「おう。じゃあ、トッキー行くぞー」


「え?」


 私の空いた腕を掴んで、私の後方を歩こうとする先輩なんだけど、問題は⋯⋯。


「おい、おいおい!待て待て。なんだお前」


 私、今颯悟先輩にも腕を掴まれているのよ。


 なんだか、ラブコメを直に体験すると、結構なんというか、ドギマギするわね!何この感覚。


「武島、離してやれ」


「桐江、お前な──」


「離せってのが、分かんなかったか?」


 私は多分、ううん。初めて、先輩の怒りを見た気がする。


 とても覇気のある言葉でもなければ圧力が掛かった一言にはならない。


 それこそ、朝あったあの男の方が何倍も怖く聞こえた。


 けれど、先輩の場合は──ひたすら、身体に身震いを覚えてしまう程に『敵意』が籠っている。


 それが心臓を直接、グッと握られて、妙に視線が外せない。


 普段、ノロマで無駄にお人好しの印象が強いから、そのギャップというものが働いたのかもしれないが、それでも、先輩の少し見上げた瞳は私の腕を掴んでいた颯悟先輩の手を離脱させるには充分だった。


「⋯⋯⋯⋯すまない」


「武島。お前、最近調子良いらしいな」


「だったら、なんだ?」


「⋯⋯いや、ただ最近、身体が熱くなる時ないか?」


「⋯⋯動いてんだから熱くなるに決まってるだろ?」


「⋯⋯⋯⋯そうか。なら良い」


 何?どういう事?サッカーの調子が良いから、嫉妬でもしてる?


 ううん、違うのでしょうね。多分、この人も『現象』に憑かれてるんだ。


 でなければ、先輩はわざわざ聞いてこない。


 聞く理由が見当たらない⋯⋯。


「ちょっと、桐江、お前どういう事?」


「別に、富宮には関係ねぇよ」


「はぁ?!あんた喧嘩売ってんの?」


「買ってやろうか?値下げしてんぞ?売れ残りでバーゲンセール中だし、是非買ってくれ」


「ちょ、ちょっと先輩!」


「っっ!こいつ⋯⋯死ね!死ね死ね!」


「はいはい、じゃあな」


「あ、ちょっと先輩!」


 私はそのまま先輩に連れられて、屋上まで向かった。


 どうして屋上なのか、それは分からない。


 けれども、先輩に連れられて引っ張られたその手に不快感は湧いて来なかった。


 不思議な話だ⋯⋯。先輩も暑さで汗をかいていて、手汗もある。


 なのに、何処か、それでも良いって思えてしまう。


「お前、何やってたんだ?」


 ゆっくりと手が離れていく。流石に屋上まで着いてしまっては掴む理由は本当に皆無になるのだから、当然なのかもしれないけれど⋯⋯名残惜しさが、心を埋めつくしていく。


「いえ、なんでも無いわよ⋯⋯」


「は?なんでもないのにサッカー部の⋯⋯あ、もしかして〜」


「ん?ち、違うわよ!あの颯悟って人じゃなくて!」


「いや、そいつは絶対にない。あったら蹴っ飛ばして屋上から落とす」


 物凄く、淡々と恐ろしい事を言い放っていく先輩は何処か不気味なくらいであった。


「か、軽い口調で酷い事を⋯⋯お前は悪魔か!」


「ふっ!まぁな!」


「肯定しちゃうのね⋯⋯」


「で?どうしたんだよ?サッカー部に意味無く来ないだろ?てっきり『現象関連』だと思ったんだけど」


 何も言えず、無言のままそっぽを向いたようになってしまう私に、何やら呆れた様子で息を漏らす先輩。


「そっか、まぁなんか用事があれば言えよ?心配になるからな」


 その言葉にちょっとウルッと来たのは内緒。


 明日には映研に行って色々しなくちゃならないし、忙しいけど、その言葉だけで──あれ?ちょっと待って。


 別に明日になって映研に行く必要ってないのよね。


 私達は一周目いっかいめのあの時、映研に頼み事はした。


 しかし、頼み事は私達が死んだ事で棄却されたも同然で、別に映研に向かったという結果があればそれで良いのではないかしら?


 それだと、結果としては変わらない筈だし、今日も夕方頃には家に帰してしまえば、何にも問題はない。


「いえ、やっぱりあるわ!」


「はぁ?」


「補習が終わったら、映研まで来て!」


「え?映研?なんで?」


「必要な事なのよ!」


「はぁ?まぁ、良いけど」


 渋々、仕方ないといった風に了承した先輩はどうも胡散臭い。


 この人、時々用事をすっぽかす時があるから信用ならないのよ。


「言ったわよ?ちゃんと来なさいよね!」


「馬鹿野郎。僕が後輩との約束を破る人間に見えるのか?」


「えぇ、見えるわ」


 はっきりと嘘と破棄で塗り固められた生命体のようにしか見えない位にはその辺の信用はないとも言えるわね。


 信用ゼロの眼差しをバッチリ浴びせているというのに、先輩は何故か不敵な笑みを浮かべている。


「⋯⋯⋯⋯なんだよ、よく分かってんじゃねぇか」


 やっぱり、駄目かも。補習してる教室を聞いて迎えに行こう⋯⋯。


「あ、それと!貴方の事を知っている男の人が再来月、この学校に転校してくるらしいのよ、知ってる?」


「どんな奴か特徴を聞かにゃ分かる訳ねぇだろ?」


 怖い?ううん、恐ろしいって言った方が伝わるかしら?


 でも、特徴と言われると、見た目、見た目⋯⋯。


 そうだ、ウニみたいな髪だ。あの偏屈に寄り過ぎたイメージの悪い髪型、あれなら分かるわね!


「ツンツン頭の──」


「あぁ、田科たしなか」


「もう、分かったのね。どんな知り合いなの?」


「一言で言えば〜、『国直轄の現象専門家』かな?」


「何それ⋯⋯」


『現象』に専門家がいる事の方が驚きよ。


 公的にはオカルトに関して存在しないと言い切ってる現代日本において、それはどう言った扱いなのか、とても気になってしまう。


「昔、世話になってな。その時からの付き合いなんだけど、スマホぶっ壊れたから連絡取ってなかったな⋯⋯。そうか、もうそろそろ、一年経つからか。だから来たのか⋯⋯」


「龍云々って言ってたけど⋯⋯」


「まぁ、色々あったんだよ」


「教えてくれないのかしら?」


「あぁ、教えない。教える必要もないしな」


「何よ、それ」


「というより、言いたくない」


「なんでよ?」


「⋯⋯失敗したからだ」


「⋯⋯⋯⋯そう」


 その先輩の顔を見ていて、察してしまった。


 この人にも失敗があって、取り返しの付かなかった物事はある。


 そして、その内の一つに一年前が含まれているのだと⋯⋯。


 これが例えば、大洲先輩に同じ質問を聞かれたのならば、桐江先輩はどう答えたんだろう。

お分かりの通り、トッキー居なきゃ詰んでるのが今回のお話です。


ハッキリ言って、准坊、藍莉っち、さややん、椎奈、サナ、詩葉、嶺二、颯悟等だけでは解決出来ません。


逸花は殺すという強硬手段で強行突破は可能ですが、所詮はそれまでです。


余談ですが、トッキーが主軸の話が時系列として無くても『富宮奏海』はあぁなります。


つまり、今回、都合が良い事が起きたという事になりますね!


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