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この街は今日も語る  作者: 紫芋
夏休みシリーズ 富宮奏海は罪を語る

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夏休みは幕を開けた

 五月蝿く鳴り響く蝉の音が耳に嫌という程入り込む中、昇降口を抜けてすぐ、富宮はサッカー部の様子を見に行く為、僕と別れた。


 しかし、そんな富宮もウキウキで向かったのではなく、何処かよそよそしい態度に近く、人目を気にするようなものだったのが印象深い。


(アイツ、何を畏まっているんだ?)


 誰かに付け狙われているような、視線を気にしているような動きが妙に目立つ富宮を一瞥した僕は階段を上がり、教室へと向かう。


 補習を行う予定の扉の前、僕は佇み、そっと手を伸ばす。


 始まってしまう、地獄のような補習が⋯⋯。


 左へと扉をスライドさせ、待っていたのは、ニッコニコの担任。


 僕は思わず溜め息を零して、教室へと入る。


 そして、六時間後──。


「終わったぁぁ」


 汗を流し、鞄は肩に掛けて、扉を閉めた僕はようやく、念願の、切望の極みに至っていた行事、夏休みが、遂に、遂に一週間遅れで訪れた。


 当然、僕は決めたとも。ガッツポーズを!


 だが、可哀想な学生である僕は気付いてしまっている。


 夏休みの宿題という名の悪魔が、まだ確実に潜伏していやがる事を。


 一ヶ月で授業内容を全部忘れる訳ないのに⋯⋯、五割は忘れるかもだけど。


 ともあれ、念願の春ならぬ夏休みが僕の脳内カレンダーにも訪れた事は気持ちを猛暑よりも快適な晴れ晴れものへとさせて、内心ではタップダンスでも踊ってしまいたい所だったが、そんな事をしては僕の学生生活は暗闇一直線な気がしてならない為、抑えておく。


「さて⋯⋯富宮の奴、部室棟かな?それとも元気にホイッスル鳴らしてるのかな?」


 夏休み前に嶺二に聞いたところでは、サッカー部の夏休みは基礎の体力作りを重点的に行い、余った時間でフィールドとボールを使った練習に入るらしく、コーンを数個立てて間をくぐるような練習は特別メニューに当たるらしい。


 昨日も嶺二が走り込んでいたが、あれも恐らく体力作りの一環だろう。


 そして、グラウンドでリズム良く笛を鳴らしているのも、何かしらの基礎トレーニングで必要だからであり、マネージャーがその笛を鳴らしている。


 今日もその笛は健気に鳴っていた為、富宮は部活に出ているのだろうと思い、昇降口へと向かった僕は困惑した。


「遅い」


「⋯⋯お前、部活は?」


「サボった」


 ロクに富宮を知らない僕でも知っている事がある。


 それは、『約束事や行事は基本的に出る』という事。


 サボる事はせず、むしろ嫌々言いながらも積極的に出る辺りに生真面目さが滲み出ていた富宮。


 だが、どんな理由からか、いよいよその自己準拠にも近い自らの掟を破ってしまったのだ。


 コレはもう、ルパンが物を盗むのを辞めて、自身の活動を書籍化する並の暴挙に近い。


「お前⋯⋯え?良いのか?マネージャー⋯⋯」


「良いの。一日ぐらい」


「あ、あぁ⋯⋯そう」


「それより来て欲しいとこあんの」


「ホテル?」


「殺すぞ、お前」


「さーせん」


 僕も随分と浮かれてしまっているようだ。


 普段言わない事を普段言わない相手に言うなんて、思わず夏のせいにしてしまいたくなる。


 いや、いっその事してしまおう。


「で?何処行くんだよ⋯⋯」


「映画研究部」


「お前って、映画好きなの?」


「普通。私が見たいのは、映画じゃなくてその時の()()()()


「メンバー?」


『映画研究部』とは文字通り、鑑賞部とは違って映画に使われている編集技術やその時に使われたシーンを議題にして討論する部活なのだが、聞いた話では部員は四人で、今では『なんちゃって研究部』として活動報告も大したものではないと聞く。


 映画も暇潰しに鑑賞する程度で、寛いだり、宿題を一緒にしたり、ワーキャー騒いだりとするアットホーム感のあるものへと変貌した事による影響だろう。


 部長の名前なんて知らないし、校内でも名前は知られていない程の普通の人⋯⋯なのだが、メンバーともなると話は変わる。


 知りたいのは恐らくかつて在籍していた生徒の方だ。


「そう、だから着いてきて」


「僕は家に帰って、夏休みサイコーッ!!って叫び散らかしたい気持ちに溢れているんだが?」


「ご近所さんにしばかれて来い」


 ササッと手早く小走り程度に校舎の二階へと行き、渡り廊下を走る事もせず、黙々と別棟へと向かう。


 そんな折、会ってしまった⋯⋯。


 紺色の髪は肩よりも少し下ら辺にまで伸びて、右前髪だけを耳側へと赤色の細いヘアピンで留めている僕のスマホを壊した張本人。


 ゴーストバスター先輩に。


「あれ?桐江くん、久しぶり」


「あ、お久しぶりです、ゴーストバスター先輩」


「⋯⋯それ、不満。止めて」


 相も変わらず表情が固くて、本当に不満があるのかどうか、掴みづらいところではあるが、下手に表情をコロコロ変えて会話する者と比べれば、言葉だけに意識を向ければ、どんな感情かが分かる分、先輩はある意味、楽だ。


「すいません、笠辺先輩。出会ったら、つい心の中か言葉にして言いたくなるんです」


「誰?」


 隣に居た富宮は初対面らしい。


 仕方ない、教えてあげようではないか、彼女と僕の関係を⋯⋯。


笠辺かさべ沙耶さや先輩。僕のスマホを壊してくれた人だ」


「え?!」


 流石の富宮も驚いたらしい。いや、まぁスマホの消滅は悪意なんて一切なく、むしろ善意の果ての犠牲なのだから仕方ない部分もある。


 だが、それはそれとしてイジる。


(仕方ないね、これまで散々苦労させられたし⋯⋯後輩の可愛い八つ当たりと思って我慢してください、先輩)


 と、そ〜んな感じにお強請りのようなチラッと笠辺先輩を見ると、酷く落ち込んでいた⋯⋯。


 目に見てわかる程に俯いて、表情に出ていないというのに影があるように見えてしまう。


「あ、アレは、違う。不可抗力⋯⋯。弁償、出来たらする、かも」


 これにはちょっと焦ってしまい、アタフタする僕は必死に弁明する。


「いや、ここまで時間経ってるのに、今更いいですよ。それにあの時助けてくれたの僕ですし、真に受けんでください」


「脅かさないで。今、金欠気味、だから。出費は辛い」


 相も変わらず表情に違いはないが、胸を撫で下ろしたような素振りをして「ふぅ〜」と息を漏らす。


「先輩は何用で此処に?僕は勉強が出来る先輩が好きですよ?」


「なら、大好き、だね。求愛レベル。私、高得点しか、取らない」


(その圧倒的な自信にミッチミチに溢れた言葉⋯⋯。先輩、まさか?!)


 そして、求愛レベルってなんでしょうか?僕には分かりませんが、翻訳誰かしてくれません?


 けれど、それはそれとして彼女の強気な台詞から想像出来る点数は一つ。


「まさか、百点オンリー?!」


「八十点オンリー」


「あれ?それって高得点か?」


 いや、少なくても僕よりは高得点なのだろうが、八十点で求愛レベルなら、百点取った奴なんて運命の赤い糸級なんじゃないですか?


 思ったより先輩の点数がしょっぱいんですが、どうしてこれで自信に満ち溢れていたのか、聞いていいものか悩む。


 しかしこの人、如何せんルックスだけなら藍莉を凌いでいて、接触機会自体が多くなってしまった為に、先輩の顔色を言葉と仕草と目線で、徐々に理解出来るようになっていき、落ち込んでしまう様子も思い浮かべれてしまう。


 この人、ズルいよ?割と本気で⋯⋯。良い人だし、美人だし、何か知らないけど僕に優しいし、ご飯は美味しいし、女神じゃん。


「⋯⋯君には、分からない。三年ならではの苦痛が、ある。テストの問題、には」


 苦渋な表情⋯⋯はしていないが、やはり何か僕達二年生には理解出来ない問題でもあるのだろうか。


 瞳は少しウルウルしていた。


 慰めよう──そう決めた時には口は動いているもの。


「赤点先輩は僕同様に補習ですか?仲間ですね」


「今の流れで赤点要素あった?」


 突っ込むは誰か?⋯⋯富宮だ。彼女は遂に僕と先輩の話のノリが理解出来てきたようで、僕を土台に話に混ざりたがったいる。


 そう、僕は読んだ。


「分かんねぇだろ?嘘吐いてるかもよ?」


「大丈夫、赤点は⋯⋯ない」


「間を置く必要あったの?」


「いや、多分、決めポーズないけど決めてるつもりなんだ。許してやれ、こういう人なんだ」


『ゴーストバスター先輩検定』があるのなら、親の次に理解出来る自信がある。


『喜怒哀楽』の『楽』以外なら、何となくだが理解出来るようになった今の僕ならば、先輩の脳内で築き上がっている理想の先輩と現実で全く変わった様子のない先輩のギャップ差すら、把握出来てしまう。


(悪いな、富宮⋯⋯。この勝負、僕の勝ちだ)


 不意に、ニヤリとした表情になってしまった。


 ⋯⋯⋯⋯何故か、富宮から僕へ向けられる視線は、文字通りゴミを見るようなものへと早変わりしている。


「あんた今、変な事考えたでしょ?」


「な、なんだよ?し、し、証拠でもあるのかよ⋯⋯」


「目が訴えてんのよ、馬鹿」


(マジか⋯⋯。僕の目はどれだけ正直なんだよ)


 こんなにやる気に満ちていない瞳だぞ?むしろ分かりづらい部類だろうに⋯⋯。


 コイツ、さては僕の事──相当嫌いなんだな。


 嫌いじゃなきゃ、僕の事をここまで的確に見抜いたりしてこない筈だ。


 何それ、笑えない⋯⋯。


「君達、息ピッタリ⋯⋯ズルい」


 本当に、本当に僕も初めてしっかりと見たが、先輩が膨れっ面をしていた。


 胸元に両手を添えて、餅でも焼いたのかと言わんばかりの膨れたその頬っぺたは可愛らしく、眉も八の字へと変身。


 何この先輩いきもの、美人だとばかり思ってたけど、可愛いまで付属してるなんて⋯⋯。


 一方の可愛くない野獣はというと──。


「はいぃ!?何処がですか?!」


 怒声にも等しい叫び声に恥じらいは感じない。


 まぁ、それは今更なんだけど、先輩は納得していないようで、あからさまに訝しんだ視線を向けていた。


「そうですよ先輩。こんな人を人とも思ってない目で普段から僕の事を見てくる野獣のような奴と息ピッタリなんて、まるで僕が餌みたいな言い方はやめてください」


「誰が野獣よ!大馬鹿者。死ねッ!」


「ほらね?」


「成程、つん、つん⋯⋯つんだら?⋯⋯違う、なんだっけ?つんへら?⋯⋯あれぇ?」


「ツンデレっすか?」


「そう、それ。彼女は、きっとそれ、だよ」


「はァァァァァァ!?ち、ちち、違いますよ!先輩、やめてください!既に死語にもなってる言葉で私を陥れようとするのは!」


 先輩の眼前で、両手を懸命に振って否定していく。


「え?⋯⋯違う、の?私はてっきり、つんでれっていうので、愛情表現してるの、かと」


「違います!こんな変人、誰が好きになるっていうんですか?!」


 先輩は本当に富宮がツンデレだと思っているのだろうが、コイツはそんな奴ではないと声を大にして言いたい。


 荒らげた声で僕へ目掛けて指を差す富宮は、討論を仕掛けるように、前へ前へと詰め寄って行き、圧倒されていく先輩は、遂に壁際まで追い込まれた。


「おいおい、失礼だね君。独裁国家のトップが僕だったら、お前をしょっぴいてるぞ?」


「あんたは黙ってろ!」


 そして、僕の方へと今度は詰め寄る。


 忙しなく、あっちこっちに行く姿は、まさに犬の様。


 富宮が突撃してくるというのに、僕も対抗心を燃やして前に脚を動かす訳にもいかず、自然と身体は後退り。


 遂には、僕まで壁に背中をぶつけてしまう。


 人を壁際まで押しやるのは、コイツの中での流儀なのだろうか?顔が怖いから、正直、そこまで接近してこなくても良いというのに⋯⋯。


「やっぱり、仲、良い」


 僕の方に獰猛な富宮が向かった事で、一応の安らぎを得る事に成功した先輩は髪を整える仕草をしながら、横へと逸れて行こうとする。


「でも、先輩。コイツがツンデレなら、かなり過度ですよ?なにせ、言葉の端から端まで最後まで敵意タップリ過ぎて、受け止める時には溢れてますもん。それでツンデレはないでしょ〜」


 事実陳列罪で是非是非、訴えられて欲しいまである敵意の凝縮が成された彼女の言葉は常に僕に向けられていて、それを受け止める側の気持ちが、恐らく分かっていないであろう先輩は徐ろに首を横に振ってみせた。


 ていうか、凄い余裕そうですけど、僕今、顔を引っ張られてるんですよ?助けて!


「君は、分かってない。女の子は、ううん。女子は⋯⋯。ううん、ガールは⋯⋯違う。レデ──」


「すみません、早く言って貰えます?」


 何故、言い直す。カッコつけたがり屋な先輩はちょっと可愛くない。


 むしろ、普段通りにしていればいいのに、ヤケに背伸びをしたがる辺り、精神年齢が低めなのかと、疑いたくなる。


 ⋯⋯かなり失礼だけど。


「⋯⋯⋯⋯女子高生は、恥ずかしがり屋が、デフォ。だから、言葉だけじゃなくて、中身を、見て」


「いや、だから敵意だと⋯⋯」


「それは、色しか、見ていない」


「え?⋯⋯ごめんなさい、どういう事です?」


 どうやら、疑問視しているのは僕だけではないようであり、僕の顔を抓っていた手は離れて、聞き耳を立てる富宮も同様に理解し難いといった様子で、気付けば、僕と富宮は横並びの状態となって先輩の訳が分からない有り難いお話のご教授を受ける事となっていた。


「つまり、茶色でも、チョコレートとうん⋯⋯ううん。錆みたいな、もの」


「今、うんこって言おうとしました?ねぇ先輩⋯⋯ねぇ」


「喧しい!もう、黙ってろッッ!」


 鉄拳制裁とばかりに僕の頭を思い切りグーで殴ってきた。


 物凄く脳に響くような、強烈な一撃であり、恐らく加減してない。


「いったぁ!お前なぁ〜!殴る事ねぇだろうが⋯⋯」


「煩い!あぁ、私はあんたと同い歳なのが、恥ずかしいっての⋯⋯本当に馬鹿なんだから」


 僕か、それとも自身になのか。いずれにしても哀れんだ顔色を浮かべて手を顔へと添える彼女は、か細く唸り出した。


「そんなの父親と母親に言ってくれ。僕達ではどうしようもないだろ」


「だから、今それが言えないの!」


 絶賛、家族から恐怖の眼差しを向けられている富宮には荷が重いのは、当然知っている。


 何も今すぐになんて僕は考えていないし、言ってもいないのだから。


 そんな僕達二人を暖かい目で見てくる先輩は何を納得したのか知らないが、頷く素振りを見せていた。


「⋯⋯あ、そうだ先輩、結局何しに学校へ?」


「進路希望提出。私、出すの忘れてた⋯⋯」


 恐らく、先輩()()なのだろう。


 三年生のこの時期に進路希望提出書を忘れてしまうなんて、将来に対して余程の無頓着か、阿呆だけだ。


 夏休み明けには三年生がバタつき始めるのなんて僕だって一年の頃には見ている。


 雰囲気もピリつくし、それぞれの進路の為に各々で準備し出す。


 仲良しこよしで「〇〇ちゃんがその学校行くなら私も〜」みたいな時間は終わりを迎えるだろう。


 あれが許されるのなんて高校までのものだ。


「時期的に先輩卒業っすもんねぇ」


「まだ早えーよ、夏だっての」


 そう切り返してくる富宮だが、彼女の生真面目さから鑑みるに、来年のこの時期に焦るのは目に見えている。


 まぁ、来年になって最も進路に対して危機感持たなきゃなのは、僕だろうけど⋯⋯。


 しかし、先輩も卒業となると、思い返してしまう。


 まだ出会って二ヶ月ちょいだというのに、ヤケに密度の濃い関わりをした記憶が沢山ある。


「先輩とも色々あったなぁ。初対面で腕掴まれたり、四秒間だけ追い掛け回されたり、勝手にゴリ押しで家に入って来たり、僕が起きたら素っ裸だったり、川に入らされたり、急に彼女と対抗心燃やしてきたり、建物を真っ二つにしてたり⋯⋯。あれ?いい事なくない?」


 何故だろう、楽しい思い出というより、痛くて辛いものが多くある気がする。


 というか、やはりこの人、図々しい一面がやたらと目立って感じた。


「⋯⋯待って?何個か突っ込みたい」


「駄目、長くなる」


 おかしな事を言っている。そう訝しんだ富宮だが、僕も先輩の事はロクに知らないし、恐らく今聞いても教えてくれないだろう。


 ましてや【五月病】の話はあまりしたくない。


 死人が出ていて、僕達が接触する前には北区にある『食事処』と呼ばれるストリート街にも被害が出ていて、かなり凄惨なものだったと想像に固くない。


 それに、何故か未だに引っ掛かる言葉がある──。


「そこに、手作り料理を食したり、を希望」


「⋯⋯それ、藍莉と付き合う前よね?」


 先輩が余計な事を言い出したせいで僕に矛先が向いた。


 本当に要らない事を自然と行う天才だと、呆れを通り越して感心してしまう。


 隣からナイフにも似た鋭利な視線が飛び込む。


 冷や汗が止まらない。夏だからこれ以上水分が体外に放出されるのは流石に勘弁願いたいというのに、富宮はお構いなしに睨んでくる。


「⋯⋯⋯⋯⋯ぷい」


「おい、口にしようともお前のじゃ可愛くない。こっち向け、浮気野郎」


「おいおい、まるで僕とお前が付き合ってるみたいな言い方はよさぬか」


「はぁぁぁ?!違うし!そんなつもり⋯⋯先輩も何あからさまに見てるんですか?!違います!そんな気、一切合切、これっぽっちもミリ単位⋯⋯ううん、ナノ単位で有り得ません!」


「ちょっと、僕が可哀想じゃん!謝んなよ」


「はい、こっち。慰めてあげる、から」


 ここぞとばかりに両手を広げてカモン!とばかりアクションを起こす先輩だが、こんなタイミングで飛び込む馬鹿がいるものか。


 いや、正直な所、先輩の確かな膨らみがあるその胸に包まれて見たいという欲求自体はあったが、流石にそれに乗っかってしまったが最後、僕の人生は夏休みより先がなくなる。


 僕は腕を前へとやり、振り続けた。


(クソ!後、数十センチ僕の腕が長くて、先輩がもう少し前に居れば!)


 藍莉と別れてしまった場合、先輩に慰めてもらおう。


 僕はそう心に誓った。


「いえ、結構です」


「むー。それは流れが、違う」


 言葉の割には頬の膨らみもなければ、あっさり両腕は下へ垂れ下がった。


 引き続いて僕の首元に切っ先を当てて離さない富宮の視線を感じながら、話は戻る。


「先輩は進学ですか?」


「ううん。実家を継ぐ」


「あ〜、そういえば、太いっすもんねぇ実家」


 まぁ、行った事は一度もないけど。


 だが、名家なのは確からしく、代々この『空弩街』を支えてきた重鎮の一族。


 僕のような一般家庭出身はあまり馴染みもないが、自治体や国にも顔が利く程であり、是非僕のスマホもそのコネで得たいものだ。


 月額の通信料金も込みで。


「太い?⋯⋯あの、まさかと思いますけど、笠辺ってあの『笠辺家』ですか?」


「あの、かは知らない。けど、地元では私の家だけ、だね」


「うっそ!地主じゃん!」


 僕だって産まれてからずっとこの街で生きてきたが、この街で言う所の地主とはそれほどの影響かがあるものなのだろうか?


 ハッキリ言って昔ほど、地主という言葉と地位に特別感がない現代の日本において、笠辺家の優位性や特別性は何処か浮世離れしているようにも感じた。


「この学校は、その地区から外れてるけど、貴女、よく知ってる、ね?」


「そりゃそうですよ!よく相談してもらってるってママが⋯⋯」


 何故か言葉が途切れた。思わず富宮の方へと顔を向けると、何処か寂しそうな表情を浮かべている。


「勝手に喋って、勝手に落ち込むなよな」


「だって⋯⋯」


「何かあったの?」


 チラっと僕の方へと視線が向いた。


 巻き込みたいが、言っても良いものか悩んでいるのだろうと解釈した僕は頷く。


 正直、僕よりもよっぽどこういった件は適任な気がするし、先輩を巻き込んでも罪悪感は薄い。


「言ってもいいんじゃないか?この人ゴーストバスターだから」


「君も執拗い、よ?」


「さーせん」


 お口を閉じた僕は富宮が笠辺先輩に今回起きた件を大まかに説明しているのを黙って聞く事にした。


 纏めてしまえば、大事な事は三つ。


・何故か死んだ姉が帰ってきた。


・富宮家の両親はそれを普通に受け入れており、唯一残った子供の富宮奏海には敵意が向けられている。


・生き返った姉の見た目は亡くなった当時、十七歳の頃のままであり、遺体は火葬されているのを富宮も見ていた為、遺っている訳がない事は確定しているらしい。


 と、ざっとこんなもの。


 けれど、僕は聞き逃さなかった。


 富宮奏海が経緯や状況を話していた時の事。


 彼女は部活終わりに、当然のように帰宅したらしく、その際に姉が帰ってきた事を知った訳だが、その後、僕の家の近くにあるコンビニ方面まで走ったらしいのだが、コンビニだけならその間に幾らでもあって、あそこでなければならない理由はない。


 更に昨日の夜、結局どうしたのかの経緯も話していないのだ。


(⋯⋯⋯⋯怪しい)


 改めて聞いてみると、不自然なのだ。


 富宮の家庭環境を僕なりに鑑みて、それほど良くはないというのは察しが付く。


 だが、何年も居ない姉が帰ってきただけで、敵意まで向けられる理由は何かあるとしか思えない。


 しかも、影響が富宮家のみとなると、その家に行って原因を突き詰めた方が早い訳なのだが⋯⋯。


 警察に何故言わないんだ?


 佇むだけでコンビニにずっと居て、話を済ませたら、また歩き出したあの時の彼女はその後どうしたかを一切語らないのが、不自然極まる。


 というか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 藍莉か嶺二に聞いた?いや、まず藍莉に関してはない。


 藍莉はそもそも僕と富宮の険悪の仲なのを知っている。


 近付けようとはしないし、プライベートと学校とでかなり区切ってタイプだし、仮に藍莉の部屋に富宮を呼んだのなら、アイツは前もってこっちに一報を寄越す。


 僕はそれを受けとった事がない。


 嶺二に関しては微妙だが、多分ない。


 そもそも、人の家をホイホイと教える性格をしていない事にある。


 聞いた話では『幽霊騒動』の際に僕のアパートへ向かう際も、最後まで反対していたのは嶺二だったと聞くし、あの時、アパートへ向かう途中で僕と軽井を発見したから、そもそもアパートに着いてすらいない。


 では誰か?牧原の可能性は?朝倉さんがこっそり教えていた?


 牧原は態度や口調こそ学校で接している時のままだろうが、思考まで染まる訳がない。


 彼女が富宮にアパートを教える理由がなく、確実に有り得ないのがすぐに分かる。


 朝倉さんに関しては何とも言えないが、恐らくそれもない⋯⋯と思う。


 明らかな出待ち。僕が住んでいる事を予め知っているような待機と動向。


 僕はそっと富宮に視線を移す。


「⋯⋯⋯⋯」


 急に身体は寒気に襲われて、ゾクッと震えた。


 富宮の顔を被った何か──そんな可能性も巡ってきて、どういう風に接してきていたか、忘れてしまいそうになる。


「なるほどね。なら、私が一度富宮さんのお母様とお父様に、話をしてみよう、か?」


「良いんですか?」


「私の姓を出したら、きっと話ぐらいは、してくれる、はず」


「ありがとうございます、先輩」


「いいよ、別に。ところで、二人は何してたの?」


 廊下の隅にいる僕とその前方に居る富宮を交互に見る笠辺先輩は、何とも不思議そうな視線を送ってくる。


「あ、映画研究部に行こうかと。姉は生前、その部活にいたので」


「そうなんだ⋯⋯。私も着いて行って良い?」


「是非!」


 頼もしい助っ人が現れたようだった。


 つまり、僕は用無しだろう。この調子で僕よりも適任の笠辺先輩に押し付けてしまおうと、後退りをした後、クルッとターンし去ろうとする僕。


 なんて、軽快なんだと自分を褒めてやりたくなったが、軽快すぎる故にあっという間に腕を掴まれてしまった。


「え?」


「君も、来る」


 先輩命令、とばかりに笠辺先輩に引き寄せられていく。


 僕の予定は誰も心配する素振りはないようであり、二人の時よりもルンルンな調子で歩き出した富宮とその後ろで僕は黙って先輩に引き摺られて行くのであった。


 そして、それにかこつけて、身体を寄せるように僕の腕は先輩の身体と密着して⋯⋯いや、何で?


「先輩、離れてください」


「君、彼女の事、怖いの?」


 小声で囁くようなその言葉は一種の核心的な部分を突かれたようなものであった。


「⋯⋯⋯⋯先輩、女子が一人で夜中、一日中ほっつき歩くなら何処行きます?」


「明るい所」


 ならば、やはりあのコンビニは不適正だろう。


 あのコンビニは看板と店舗は明るいが、それ以外は暗闇に近い。


 僅かに流れる川の音と、ジリジリと音が鳴るだけの照明になっていない街灯の列。


 車の通りも少なければ、人通りなんて夜中は皆無に等しい。


 更に言えば、街の上部と下部を繋ぐ赤色の坂までコンビニからは数キロ離れている。


 突然の事態で自転車も使わず逃げたというのは分かるが、数キロも走って行き着いた先が僕達が偶然行ったコンビニで鉢合わせは、出来過ぎていた。


「先輩、刀、あります?」


 先輩は訝しむ。当然だろう、突然戦闘準備してくれと言っているようなものだ。


「教室に、ある」


「⋯⋯なら、持ってきといてくれませんか?何かあった時の為に」


「君が、そんな事言うなんて、珍しい、ね?」


「前に人の皮を被る『怪異』と出会してから、その手のには敏感でありたいんです」


 見つめる先は富宮奏海。そんな僕の視線に気付いたらしい先輩は腕にしがみ付くような状態を自ら振りほどいて、前方に居る彼女へと目をやる。


「⋯⋯分かった」


 そうして、富宮に荷物を持って来ると言って、全力疾走で渡り廊下方面へと全力で駆けて行った。


「先輩、はや!」


「あの人、街灯登るぞ?」


「はぁ?猿じゃないんだから⋯⋯馬鹿じゃないの?」


 ホントだもん!嘘吐いてないもん!登って僕の背中に飛び乗って来たもん!


  ━ ━ ━


 僕と富宮が笠辺先輩を待っている間、ちょっとしたハプニングが起きた。


 それは小さなサプライズのようなものであり、ある意味では予定調和。


「見つけたわよ!お前、何時まで待たせぇるのよ!」


「ん?⋯⋯げぇ!トッキー」


 私、怒ってます!とばかりにズカズカと歩いて来る後輩。


 目頭を立てて、舌打ちを十六連打鳴らしそうな勢いで僕達の元へと来るトッキーは見るからに触れてはならない存在のようであった。


「私はずっっっっと!待ってたんだけど?!」


「いや、待ってくれなくても良いだろ?⋯⋯帰っても罰当たらないんだしさ?」


「お前が駄々捏ねたからでしょう!!」


「あーまぁ、はい。⋯⋯それは確かにそうですね、はい」


「で?何やってんのよ?」


「映研に行くんだよ。調べ物」


「へぇ〜、何用でよ?」


「え?いや、コイツと一緒に行こうと思って」


 そう言い、僕は富宮を指す。まぁ、厳密にはもう一人いらっしゃるのだが、刀とか言う銃刀法違反物を引っ提げにやって来る予定がある為、今は良いだろう。


 そして、指した方向へと顔を向けて、何か訝しむような顔をしたトッキーに僕は思わず首を傾げた。


「はァ?⋯⋯⋯あ〜、成程ね」


「はぁ?なるほどって?何が?」


「まぁ、良いわ。取り敢えず、何時頃終わるのよ?」


 それは僕も知り得ない事だ。大体、部活動に訪問してどれ程の時間で終わるかなんて、分かるもんじゃないと思うが⋯⋯。


 とにかく、この喧しいのを少しでも沈静化するべく、富宮の方へと向いて聞いた。


「何時頃終わる?」


「多分、スムーズになら十分くらい?まぁ大体だけど」


「だってさ!」


「お前の口から言いなァさいよ!」


 怒声が飛び込んだ。よもや、情報共有を他者に委ねた程度でここまで言われるなんて、僕が何したってのさ⋯⋯。


「えぇ⋯⋯⋯⋯。十分くらいで終わる」


「十分ね?分かった。なら、私も近くまで着いてく」


「はぁ?まぁ、良いけど。面白い事ないと思うぞ?」


「それでもよ」


 何かヤケになっている。まさか富宮が実は見えない存在なのかとも考えたが、なら何故言わない?


 それに藍莉も先輩も見えているようだった。


 仮に見えていないのなら、僕だけじゃなく皆おかしいのだと言っているようなものである。


 そんな中、僕からして絶賛、不審者扱いな富宮は僕の背中を指でつついてきた。


 振り返ると何やら言いたげな顔をしており、嫌な予感と呼べるものが頭を駆けて行く。


「あんた、彼女いるってのに、後輩垂らし込んだの?」


 ほら、来た!だからコイツに関しての嫌な予感は、本当に嫌なんだよ。


「誤解だ!こんな、化粧もしない、髪も整えない、素体が良いだけの後輩を垂らし込む余地、何処にある!」


「貶してんの?お前は⋯⋯」


 後方からは後輩の冷たい視線が舞い込んだ。


 前方で手一杯だというのに⋯⋯。


 僕をどうしたいのだろうか。視線だけで殺す練習でもしてらっしゃるの?


 しかし、僕も男だ。ここで逃げるような真似をする事を良しとしない。


 当然、トッキーに面と向かって言ってやるとも。


「うん」


「うんッ?!お前ぇぇぇ!どういう事だぁぁぁぁ」


 僕の着ているシャツの胸元を掴み、倒されると同時に今度は首を絞めてくる。


「止めろ、揺らすな!胸を押し付けるな!顔近い、首締まるぅぅぅぅ。うげぁぁぁぁ〜〜」


「お前を殺して、私も死ぬゥゥゥゥゥ!!」


「ヤダぁぁ!もっと別嬪さんに殺されたいぃぃい!後、贅沢に金使ってから死ぬんだぁい!」


「そんなせせこましい野望、滅びろ〜!」


 プロレス技なのか、柔道の技か何かを仕掛けられてしまい、腕の関節がマジで折れそうになる。


 悲鳴が悲鳴にならないし、何より床が冷たい。


 首をトッキーの脚が締め付けてくるし、ジタバタすればするだけ痛さが増していく。


 ギブアップは何をしたらギブアップ?!白旗?ハンカチ?それとも泣けば終わるのか?


 白旗なんて律儀に持ってきている訳がないし、ハンカチはあっても白色じゃない。


 ならもう、泣き落とした後に暴行罪で訴えるしかないようだ。


(泣け泣け、泣け、泣くんだ僕!癇癪が酷すぎて手が付けられず、親からも見放されそうな温室育ちのクソ坊ちゃんになれ!なりきるんだっ!金金金金金金金金⋯⋯⋯。金持ちってどんな気持ちで生きてんの?)


 圧倒的なまでの情報不足とリソース不足。


 見た事もないイメージだけのトレースなんてものが出来るなら、僕は今頃本物の厨二病になっている。


 更に締まっていく首と妙にドヤ顔くさいその顔をマジで一刻も早く止めて欲しい。


 そう思っていた時だった。


「ごめん、遅れた。⋯⋯⋯何してる、の?」


 僕に女神が舞い降りた。


 笠辺先輩が帰って来てくれたのだ!こんなに嬉しい事はない。


 多分、先輩を見てここまで歓喜になれるのも今日が最初で最後だろう。


「んぁ!?⋯⋯誰かと思えば、『除者』の使いっ走りでお馴染みの笠辺先輩じゃないですか」


「あ、貴女⋯⋯⋯⋯誰?」


 興味は僕から先輩へ向かったトッキーは関節技を止めると、立ち上がる。


 そして、まるで永遠のライバルにでも出会ったような佇まいで、堂々とした態度を見せながら先輩の眼前へと立った。


「んッ!?⋯⋯常盤美羽です。常盤ときわ平雁へいがん──お父様がよくお世話『していた』常盤家の娘ですぅぅ」


 わざとらしく、誇張する辺りに育ちの悪さが何故か出ていた。


 トッキーは元とは言え、富豪層の人間だろうに、どうしてこうも嫌味ったらしい物言いを先輩に出来るのか。


 そんな言い方でイジっていいのは、僕だけだ。


「ごめんなさい。私、お父様や当主の知り合いとは、離されてて、知らなかった」


「はぁ?!」


 まさかの初対面に対して、トッキーの奴、あそこまでイヤらしい言い方していたのだ。


 恥ずかしいよ、僕は⋯⋯。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 トッキーが沈黙し、それに呼応するように先輩も沈黙する。


 そんな状況に堪らず富宮は仰向けで倒れている僕の所まで来るとしゃがみ込んで声を掛けてきた。


「ねぇ、何これ?」


「僕に聞くな。分かる訳ないだろ」


 そう、僕にもなんの因果があってトッキーがこうまで先輩に当たりが強いのか知らない。


 トッキーだって完全な阿呆ではなく、意味もなく人を貶したりはしない⋯⋯筈だ。


 僕の時もきっと甘えている筈で、笠辺先輩とも何かしらのしがらみや事情があっての事だと思う。


 ──ごめん、やっぱり自信ない。


「よく分からないけど、良いや。⋯⋯君達ももう行こ?」


「あ、はい」


 僕を起き上がらせようと腕を伸ばす富宮の手を掴み、立ち上がった僕は一足先にとばかりに前へと歩き出した富宮、笠辺先輩の背中を追い掛けるように歩き出す。


「トッキー、行くぞ?」


「⋯⋯⋯⋯分かったわよ」


 そうして、僕達は映画研究部へと脚を運び出す。


 夏休みは始まったばかりで、猛暑の中、僕は楽観視していた。


 今回の事件は単純なものなのだと、何処かで高を括っていて、ずっと続いていた緊張はトッキーと笠辺先輩の参加により、揺らいでいたのだろう。


 僕は痛恨のミスをした事をこの時にはまだ気付いていない⋯⋯。

補習のシーン?要らんでしょ!


だって要らないもん。補習受けた事ないから、内容知らないし⋯⋯。


後、要らないし⋯⋯。

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