罪が始動する
暑さに負けるな!水分補給はしっかりと!皆も電気代をケチるくらいなら扇風機、クーラー付けて涼みましょう!
第2シーズンではなく、1.5シーズンです。
閑話休題に比較的近いかも。
予め、言っておきますが、大事な伏線、展開といった要素は1.5シーズンではありません。
やっておきたい、書いておきたい事を書くシリーズとお考えください。
まぁ、フォーカスのを当たらなかった人物をPickUp!といった次第です。
それではどうぞ〜!
桐江准は去年の春頃に起きた事件をきっかけに『現象』と呼ばれる不可解な出来事とは身近な存在となってしまい、時には笑い有り、涙有り、そして喪失と諦観有りの様々な出来事があり、一年経過した頃に訪れた『常盤美羽』に関連する『現象』に一応の幕を閉じる事に成功して二週間弱が経過したある日。
高校生は皆が『夏休み』という一般的に最も休みが多い期間に入った訳だが⋯⋯。
少年にはそんな夏休みは早すぎたのだ。
理由は至極簡単な話であり、赤点を取ってしまったからである。
だが、責める事は決してできまい。
たとえ、少年が馬鹿だったとしても。
たとえ、大洲藍莉の口添えにより、彼女と親しい者から四方八方からの監視という名の視線をザクザクと感じる中、テストを三日間受けていたとしても。
たとえ、少年が少年なりに勉強して、多少の自信があった割に、テストの出題内容が違っていた事でアタフタしていたとしても、シャーペンの芯が残り僅か、補充無しで消しゴム紛失、挙句に英語のリスニングで女性の声から発せられたイントネーションに一人ツボるという空気の読めない餓鬼だったとしても、仕方ないのだ。
そう、仕方ない──訳がない。
少年は残念な事この上ない学力であり、日頃から勉学をしないばかりか、最近は『現象』を免罪符にして避けるようにすらなっている体たらく。
そんな調子なので、必然的にホームルームで担任から「桐江くん、貴方は馬鹿なので補習確定ですよ?」と夢のマイホームを手に入れた男のような満面の笑みは一気に消え去り、失望と納得のいかないとばかりの顔付きへとジョブチェンジ。
夏休み最初の一週間は帳消し。
しかし、藍莉を含めた者は誰もそれに異議を唱える事はしなかった。
当然である。少年は度々、抜け出しては校舎の中を彷徨ったり、学校の敷地外へと行き、何かしらの事をしている。
それを掻い摘んで見ている者達からすれば妥当も良いところだ。
むしろ、嘲笑わなかったクラスメイトを讃えるべき事ですらある。
そして今日、七月二十四日も猛暑の中、自転車もなく、スマホもない高校二年の大馬鹿者はノロノロと学校へと向かう。
「あちゅい⋯⋯後、二日⋯⋯」
少年は死にそうだった⋯⋯。
━ ━ ━
担任とのマンツーマンでの補習はエアコンなし、扇風機なし、窓は全開でセミの鳴き声と偶に感じ取れる熱風と部活動に勤しむ生徒と笛の音で賑わっている中、行われた。
理解出来る補習内容なんてものは大してなく、担任が悪いか少年が悪いかと問われれば恐らくどちらも悪いのだろう。
結果、無駄に汗を流すだけ流して、空腹と理解出来ない文字列に苦しめられながら十四時半過ぎへ。
あまりにも馬鹿な事が災いし、昼頃に終わる予定があっと驚き二時間オーバーで終了という始末。
担任との挨拶も済ませて、タオルを首に掛けて昇降口まで亀にも等しい歩幅で明日の事を憂う准は下駄箱に入っていた靴を取り出して、外へと出ようとする。
「おー!准!お前、今日も補習?」
「ムッくん、僕が補習をする事がそんなに不思議か?」
「いや、全然」
昇降口の丁度前に通り過ぎようとしていた睦生嶺二とばったり鉢合わせ。
体操服を来て、大量の汗を流している様子から准はすぐに校舎を走り込んでいる事を察して、サッカー部のハード具合に感服すらしていた。
だが、そんな心も身体も温まってしまってはバテてしまうと言わんばかりに飄々とした嶺二からの突き放しの言葉は准に直撃する。
「⋯⋯っ裏切り者!お前だけは⋯⋯。お前だけは一緒にあの暑い教室で補習をしてくれると信じてたのに!」
皆が必死なって補習を避けるのにはしっかりとした理由がある。
夏休みが短期間ながらもおじゃんになるからといった理由も勿論比重としては大きいが、最もな理由は補習に使う教室の圧倒的なまでの設備不足にあった。
飲水なし、扇風機なし、冷房なし、うちわで扇ぐのも禁止、片手で汗をタオルで拭って、もう片手でペンを持てというスタイル。
かつての日本ならば、七月も八月もそれで良かったのかもしれないが、流石に今の夏期においては地獄でしかないのだ。
はたまた、部活動ではそんな事はなく、定期的なクールダウンと水分補充が約束されている。
雲泥の差と言っても良いのだろうが、そもそもの話。
赤点を回避さえすれば、そんな結果にはならずに済む訳で、取ってしまった側の方が悪いので抗議したとしても准の日頃の行いが結局、悪循環を生むだけなのだ。
「だって、補習あると、部活出来ないし⋯⋯。つか、普通は授業聞いてたらある程度分かるだろ?なんで数学の点数が三十八点なんだよ」
「やめて、言わないで!一生懸命やったの!やってその結果なの!」
そう、この少年は一生懸命、めいいっぱい頑張ってその程度。
流石の藍莉も苦笑してしまい、颯悟は密かにガッツポーズをして、奏海は心底馬鹿を見る目で鼻で笑い、嶺二は呆れていた。
それがこの少年、桐江准の学力であり、期末テストの顛末。
「一生懸命やって五十点未満も酷いな」
「お前は何しに来たんだよ!煽りに来たのか!六十点台!」
「残念〜。七十点台でーす」
全教科七十点という中途半端な結果に収まった嶺二なのだが、目の前にいる少年に比べれば幾分にも誇れる結果であっただろう。
だが、それが准の琴線に触れた。
「ムカつくから四捨五入しちまえ!」
「なんでだよ!削るなよ」
「削ってんじゃない、捨てたんだ」
「じゃあ、誰が拾ってくれるんよ?」
「僕が拾う」
「じゃあ、三十点な」
都合よく解釈されたのならば、解釈し返せば良い。
嶺二のテストの点数の中には七十点ピッタリの科目が存在していて、そこから都合よく0の数字だけをあげたのだ。
ここで足し算にしてくれた辺りが嶺二の優しさである。
藍莉ならば「あげたのだから三十八点丸々要らないでしょ?」と没収する次第だ。
「やっぱ⋯⋯要らない」
子供の世界は大人の世界と比べても『単純』である。
暑さに負けそうになる准を察して、再び校舎の外周を走り込みに戻る嶺二を見送り、校門へと歩みを進めた。
そんな彼に予定調和の人物が猛暑日和の中、粛々と人目も憚らずに多少の汗を流して待っていた。
「⋯⋯お前、何時も待ってくれてるのか?」
「えぇ、とぉぜん」
常盤美羽だ。この世界の常盤美羽であり、夏休み前にやらかしてくれた『厨二病』の方。
ご丁寧に腕組み、足組みで壁に凭れ掛かっており、准を見るなりハッとなってドヤ顔をする始末。
そんなイタい系の後輩が律儀に頼りになる(笑)な准先輩を律儀に待っているのには理由がある。
「代わりに受けたくれたもんな。『練馬功一』くんが」
「だから、申し訳ないと思ったから、来たまぁでよ」
彼女は事件を起こしてしまった時期と被る形で期末テストを受けていないのだが、彼女の居ない穴埋めのように、帳尻合わせの為に登校していた『練馬功一』が可哀想な事に常盤美羽の代わりにテストを受けていた。
そして、高得点を獲得したのだが、その功績も全て常盤美羽のものとなってしまい、彼女は夏休みを謳歌出来る予定となったのだ。
当然、そんな事を知ってしまった頼れる先輩こと桐江准は黙っていない。
やってもいないテストで知らず知らずのうちに赤点回避からの夏休みのバカンスタイムなんて許せる筈もなく、抗議という名の駄々を捏ねて捏ねて、米が餅になるくらいに捏ねた結果、准が補習をしている間だけ学校に行き、帰りはご一緒という流れになったのだ。
勿論、少年はその結果に対して納得はしていないが、先輩として妥協したのである。
「僕も都合よく、誰かが代わりにやってくれれば⋯⋯くっ」
「くっ、じゃぁないのよ。言っとくけど、代わりがいなくても私は優秀なのよ?」
「知らん。僕はお前の学力や出来の良さを感じた事も見た事もない」
「はぁぁぁぁ?!」
彼女は少年よりは優秀なのだが、貼り出されるテスト結果の表は学年別であり、それをわざわざ下の階に降りて見に来る程、准は律儀ではない。
なので、少年は知らないのだ。彼女が実は本当に学力だけなら優秀だという事を。
「まぁ、いーわよ。早く帰りましょうよ。暑くて死にそう⋯⋯いえ、灼かれて私の生命の息吹が塵となって熱風に舞い散りそうなの」
「くせぇ⋯⋯。お前、やべぇな」
とんでもない厨二病発言は胸に手を当てて、その手を上に翳して更にキメ顔までする始末。
バッチリと決めたその流れるようなアクションには、准ですらもはや苦笑レベルであった。
「⋯⋯⋯⋯うぅ、このこの!このぉぉぁ!!!お前を殺して、私も死ぬぅぅ!」
胸を強く両手で叩きながら、赤面で当たり散らす美羽だが、当然これにも理由はある。
それは、厨二病になりきって欲しいと言い出したのは准からであり、体裁を保つという名目で准と深く関わっている者を除いて厨二病をわざわざ披露しないのが、彼女のポリシーなのだ。
少年的には周りに厨二病である事を周りに知って貰い、『自己の確立』をより鮮明かつ正しく認知して貰いつつ、それを自身で肯定する事で、彼女の中に居る複数の精神に負けない存在であって欲しいと半ば面白半分で提案したのだが、残念な事にその願い叶わずである。
しかし、藍莉や舞喜辺りは既に彼女が厨二病だと認知している事と、厨二病を演じなくても『自己の確立』自体は保てている為、必要性は皆無なのだ。
だが、変な所で律儀な美羽は少年の注文通りの厨二病を披露していて、この反応である。
期待が裏切られたに近い⋯⋯。
「なんでだ!?厨二病は嫌なんじゃないのかよ?今更無理するなよ!傷がつくぞ?そのガラス細工のしょっぼい心臓に!」
「誰がノミ以下の超絶華奢で可愛くて助けたくなるハートですって?!」
「言ってねぇよ!微塵子ハート!」
「お前、失礼でしょ?!」
彼女が見せたとんでもない程の驚愕の表情に、准は驚きが隠せない。
散々これまで失礼千万な物言いを後輩していた自覚がある分、今更になって⋯⋯という気持ちから表れたもの。
だが、准も負けん気だけは一丁前の高校二年の少年である。
後輩に対して一度並べた対応や物言い、扱いを今更になって変化させる気はなかった。
「トッキーに失礼なんてあるものか」
「何言ってるのよ!ミジンコによ!!」
「そっち?!?」
准は酷く狼狽した。そんな筈はないと、これが常盤美羽な訳がないと、後退りを決めて、口に手を一添え。
「お前、いつからそんな謙虚になっちまったんだ!?僕の知ってる常盤美羽はもっと横暴かつガサツに瞬間接着剤で付けられたような無慈悲な奴で、寝てる時はクソデカいイビキでお婆ちゃんとお爺ちゃんを困らせた挙句、年金をむしり取る⋯⋯そんな奴だった筈だ!違うのか!」
とんでもない酷評具合いを真正面から並べ立てられ、思わず顔が引き攣る美羽は拳をギュッと握り締め、膨れっ面を見せ始める。
そう、彼女はそこまで愚かではない。
「する訳ないでしょ!二人共、年金のマネーが少ないんだから!」
「お前⋯⋯それぇ⋯⋯見方によっちゃ、多かったら取ってるって事か?」
「ナメんじゃないわよ!少額でもむしり取りたいわよ!」
「⋯⋯自制しなきゃ駄目なぐらいに飢えてんの?」
まだ未遂。そうしたいと思い込む程度に留めているだけで実際に手を付けていない為、セーフ。
故に、自制を意識しなければ危うく腕が年金が詰まった通帳に手を掛けてしまいそうであり、お嬢様育ちから一変のど貧乏にミラクルチェンジした為に起きた反動が美羽を襲っているのだ。
善性が比較的に強めだった為に、瞼をギュッと閉じて始まる夜中二十三時過ぎの葛藤は月イチで起きており、祖父母もそれに気付いていて、敢えてスルーしている。
「まぁ、冗談は置いといて」
「いや待て置くな。割とマジで置くな」
准は既に美羽を育ててくれている祖父母とはゴールデンウィークの頃からの顔見知りであり、美羽にとっての良き理解者であろうと心掛けている事も少年は知っている。
(あの人らに捨てられるって、本当にコイツ終わりだぞ⋯⋯)
頼れる存在というのは多い程、何かあった時、非常事態に陥った際には優位である。
少なくとも彼女の家族は既に二人にまで減少してしまい、その二人が祖父母であり、唯一の家族。
准は両親との折り合いはかなり険悪なものであり、それに不満はなく、むしろ清々しいまであるのだが、皆がそうではないと知っていて、常盤美羽には家族が必要なのだと感じていた。
そんな彼女を心配する視線は止まる事知らず、訝しむようなものへと変わっていく。
そんな少年の絡むような視線はやがて美羽も感じ取ってしまい、折角帰宅へ向けて歩き出したというのに、脚が思わず止まってしまった。
「なによ?浮気者」
「誰が浮気者だ!」
「お前、今、彼女でもない奴と一緒に下校してる。これが浮気じゃなくてなによ?」
「⋯⋯⋯⋯いや、邪な気持ちなんてないよ?僕嘘吐かないで一躍買ってるもの」
「⋯⋯本当に?」
「うん」
肯定の速さと圧倒的なまでの素早い頷きに、美羽の怪訝な態度は増していく。
スラスラと出てくる嘘。その嘘に違和感がないように瞬きの数を意識する徹底っぷり。
しかし、視線だけは隠せず、右へと逸れるという間抜けな対応も同時に行う憐れさに美羽は思わず溜め息が漏れた。
「はぁ〜。⋯⋯せぇっかくお前に感謝を込めて、ストッキングの中身、少しだけなら覗かせてあげようと思っていたけれど、そっか⋯⋯なら仕方──」
「嘘ですごめんなさい邪な気持ちは正直僅かながらいやかなりありました!すみませんでしたぁぁぁぁ」
たった十秒で綻んだ嘘は終わり、焼けるように熱いアスファルト仕立ての歩道の上、土下座をかまして大きく張った声が美羽の耳へと入り込む。
「⋯⋯⋯⋯何コイツ。キモッ」
純度百パーセントの本音であり、正真正銘、嘘偽りなき真の言葉。
憐れなんてものはなく、純粋な軽蔑。
酷く恐れるでもなく、気心知れる存在が自身のストッキング越しに履いている下着見たいが為に頭を下げたというのは、普通は誰でも引く、当たり前の範疇だ。
一方の少年はというと、頭をアスファルトに擦り付ける事に対して一切の躊躇いはなく、厭う気持ちは粉粒程度も存在していない。
ストッキング越しに覗ける下着の為、後輩であろうと全力を尽くす。
それが桐江准のやり方であり、変態性である。
「お前、後輩のしかもストッキング越しの下着なんて見て何が面白いの?」
女性ならではの疑問。普通ならば中身の中身を見たいものじゃないのか?という考えなのだが、それに異議を唱えるのも、やはり男である准だ。
「はぁ?お前それ、人類の冒涜ぞ?」
「あ、駄目だ⋯⋯暑さで脳がショートしてる」
酷く嘆くような物言いに呆れを通り越して唖然とする彼女は最後に手を額に当てて目を細めて凝らす。
「トッキー、まず始めに言っておく事が一つある」
「なによ?」
立ち上がった少年は真っ直ぐ、逞しいと感じれてしまう程の表情で勇ましく言葉を紡いだ。
「確かに僕はお前のストッキング越しの下着を見たいという欲求に駆られている。それは否定しない」
「いやしろ。全力で」
「だぁぁが!それは言い換えれば、他の者に対してもそうではないという事になる!即ち、僕はお前限定って事だ!スペシャルだぞ?オンリーワンだぞ?」
人差し指を立てて、誇張する。魅力的な『一』であり、特別な『位置』である故に美羽は純粋に、真心を込めて一蹴してしまう。
「ハッ。⋯⋯嬉しくない」
彼女にとっての欲しいポジションは既に埋まっている。
自身がもたついた顛末の果てに、聞いていないフリをして、眠り転けたフリで誤魔化してしまい、結局何も関係性に変化がないまま、なぁなぁで今日まで少年と接していた。
しかし、そんな彼女にも求めたいポジションや関係性はあって、掠め取りたい欲求はある。
それが叶わないと知りながら、敵わないと分かっていながら⋯⋯。
「大洲先輩のストッキング越しの下着は見たくないっての?」
「いや、アイツの場合は多分言ったら見せてくれるんだよ⋯⋯きっと」
何処かやりきれない表情で吃りだした。
美羽の見つめる先は准の人差し指。
『一』は既に力無き五本へと変わっていて、特別感は薄れ切っていた。
「はぁ?え?なに?なら、彼女さんで良いじゃない」
「馬鹿言え!藍莉じゃ駄目なの!あんな簡単にホイホイと見せるような奴の下着見て、何が面白いってんだ!必要なのは恥じらいとちょっとの勇気だぞ!それを見たいんじゃないか!」
「どうしよう⋯⋯着いてけない⋯⋯。どうしようかしら」
嫌な求められ方をされている彼女も思わず口調が戻ってしまう始末。
猛暑を駆り立てる陽光は美羽の不可解と不理解による汗を誤魔化すように、そしてヤケに熱弁気味になってしまった准の心を更に焼くように燦々と今尚、煌めき続けている。
「それに、トッキーよ。ちゃんと健康意識したら、スタイル抜群の別嬪さんになるんだぞ?どうして頑張らない」
「お前に指図されたくないんだけど?」
「指図じゃない。事実だ」
美羽には敢えて知らされていないが、准の住むアパートの上階には、越してきた『未来の常盤美羽』こと『名無し』が入居して来たが、彼女は美羽のある意味では将来性の具現化に近い。
髪色やスタイル、態度等もその当人が築いた経験と価値観の変化によって成されたものであり、今現在進んでいる時間の流れとはまた違う事も純粋は承知している。
しかし素体は同じで、目の前に居る彼女へと准が期待してしまうのも、また当然の流れであった。
「はぁ?コイツ、イカれてる」
「まぁまぁ、落ち着けよ?」
「いえ、私は普通に落ち着いてるわよ?」
校門前からの待ち合わせであり、十分程度が経過しているにも拘わらず、二人の歩幅は非常に小さいものである。
肌を焦がすかのような陽の光は汗を齎せ、喉は渇きを欲し始めているというのに、立ち話は未だ止まない。
「いいか、お前は元々上玉だ。そこに磨きを掛ければ真珠だろうとエメラルドだろうとネパールだろうとなれる」
「なんで国境越えたのよ」
きっとわざとなのだろうと、呆れて疲れを見せ始める彼女だが、少年はその様子を見逃したりはしない。
畳み掛けるように熱弁は文字通りヒートアップしていく。
「だかな、今のお前はハッキリ言って、隈、怠惰気怠げやる気無しの顔付き、曲がった腰、ボサボサの髪、手入れしていない肌。⋯⋯やる気あるんかテメェ!」
准は憂う。これほどに需要があり素質があるというのに、それを活かさず、殺しに掛かる普段の美羽に。
そして、それは意図してやっている事なのだと、ゴールデンウィーク前と後での彼女本人の変化が顕著に出ていた為に気付いてしまった。
いや、クラスメイトならば嫌でも気付く事柄なのだが、誰も口にしないからこそ、准は嘆いているのだ。
更に『名無し』の存在がその嘆かわしさに拍車を掛けて、今まさに、准は更正の意を唱える。
だが、美羽にも思う事はある。
そもそも、『厨二病』をこなす演技としてやっている面もない訳ではない。
教室ではそんな羞恥心が火を吹いて沸騰間近な行為を行う事はしなくて良いものの、階段でばったり出会ってしまった時、廊下で偶然すれ違った時という意図していない出来事に対する対処として日頃から『それらしくあろう』としていた。
その結果、『猫背』『ボサボサの髪』『寝不足』『不健康な面』が出来上がった訳であり、そんな言い出しっぺの少年が今になってケチを付け始めてるのは如何なものという所。
しかし、彼女にもデメリットがなかった訳では決してない。
確かなメリットは存在しているのだ。
「だって、私がちゃんとしたら、モテるに決まってるでしょ?男は今要らないし」
「うん、まぁ⋯⋯そうだな」
「折角、彼氏が出来たとか言ってる女子の男を知らず知らずのうちに掠め取ってしまうじゃないのよ!そんな酷い女になりたくないのよ!」
決死な表情で訴えかけるその様はまさに被害者。
元から高い自信と見え隠れしていた高慢さが顕現してしまった事に、心底可哀想な奴だと憐れんだ准の表情は想像に固くない。
「⋯⋯お前もだいぶイッてるな、頭」
「何よ?!事実でしょ?これが嘘じゃなかったら、何が真実で何が事実なのよ!?」
「いや、根本的にお前、現時点でモテてねぇじゃん。それが事実だろ?」
「⋯⋯⋯⋯なんでしょうね、モテてないって面と向かって言われると、腹立つわよね」
「トッキーも女子なんだな」
「当たり前でしょ」
僅かばかり、心にダメージを負った美羽はようやく普段と同じ歩幅となり、帰路をまともに辿り始めた。
その後輩の背を追う准は、二週間前に消えてしまった常盤美羽が今、確かにそこに居る事に感慨深くなり、空を見上げる。
清算出来ていない事、割り切りが甘くて失敗した気になる出来事も、未だに喉を絡めるような気持ちの悪い感覚が纏わり付く事もある中、桐江准は目を覆いたくなる程の太陽の陽射しからくる暑さを噛み締めていた。
(⋯⋯もうすぐ、一年)
失敗した事、後悔した事、納得も割り切りも出来ずにいる惨めで弱い少年は過去として風化出来ずにいる光景を思い馳せる。
真正面から抱き締められた事による身体の熱。
傷と反比例するように健気で弛まぬ声色。
遺していった傷跡は自分だけでは収まらない範囲に広がり、文句の言いようもなくなったあの事件。
空が澄み渡るように青く、白と僅かな灰色の影が垣間見える雲は太陽を塞ぐようには展開されず、点々と微かに見える程度。
瞼を細めて遮光した瞳はよりよく広がる青を眺めて、白い一線が架かっている事に気付く。
(っ!⋯⋯⋯⋯飛行機雲か)
ある筈がないと頭では分かっていても、それを納得出来ない少年の心は未だ尚、この青い空とは違い、曇天の陰りしか見えないでいる。
美羽の前には分かれ道がある。
右に進めば祖父母の家。左は准のアパート。
そのまま分かれ道通りに辿って帰路へと着けば良いものを敢えて立ち止まり、振り返る。
空を見上げて、憂う表情をする少年が目に映ると、物悲しい表情を浮かべる美羽がそこに居て、汗を拭うように目元を拭う。
割り切った関係性。必要な時に呼ばれて、満足出来てしまえる彼女の悩み。
何時また起きてしまうか分からない曖昧で傲慢な思考と感情の起伏は一応の着地には成功した。
しかし、悩める彼女の心はそれでもすぐに陰りを見せて、求めるように立ち止まってしまった。
意図せず、手を振って声を掛けてさようなら。それが出来ない彼女は今日も律儀に立ち止まる。
進んだ筈の気持ちは知らぬ間に戻ってしまっており、清算の機会が来るのをひたすらに待つのみの受動的な思考回路は少年が気付いてくれるのを、ただ待つのみ。
やがて、少年は上を見上げる事を止めて、正面へと視線を移すと目を逸らす彼女が待ち惚けにあったように待っていた。
少年は後回しを辞めた。辞めてしまえば何かが変わると信じているからこそ、言葉を紡ぐ。
「お前、帰りアッチだろ?送ってくぞ?」
「えぇ、お願いしようかしら。ボディガード」
「そうか、是非の盾になってくれ」
「お前がなれ、変態野郎」
「変態なんて失礼な⋯⋯。紳士と言って欲しいね」
信号機が設置されていない白線を渡り、右に続く道を歩く。
白いコンクリートで仕上がっている壁へと美羽を寄らせて、准は自然な流れで車道側へと位置を変えた。
そんな様子や行動を見ていた彼女は我慢出来なくなったように口を開いた。
「純粋な疑問なのだけど、あんなに私の事酷評しておいて、どうして嫌いにならない訳?普通、愛想尽かすもんでしょ?」
「何言ってんだよトッキー!僕がそんな薄情な奴だと思われている事が侵害の極みだ。ハッキリ言って、悲しいまである」
「え⋯⋯じゃあ、なんで?」
僅かな期待。高鳴る右胸の鼓動は僅かばかり早くなり、喉を締めるように力が籠りだす。
手ぶらな彼女の手元は自然と胸元に置かれて、すぐ前を並走する少年を見つめる。
「だって、昔の綺麗なお前も、今の不細工顔も含めてお前だもん。それに、今更愛想なんて求めてないし、期待してないない。あるわけないじゃん。あっははははは」
「⋯⋯⋯⋯コイツ殺そうかしら」
「おいコラ、計画的は止めろ!せめて衝動的に殺れ。証拠が残ってお前が捕まりやすくなるからな」
清算は出来ない彼女と、清算の仕方を知らない少年の歩む道は今は同じ。
その道が何時まで続くかは、二人には知り得ない事なのだろう。
蝉の鳴き声は二人の騒めきのようであり、二人には辺りの木々に留まる虫の声など、一切耳に入っていなかった。
━ ━ ━
涼まる気配を失いつつある夏季の夜は四人で食卓を囲むのが常である准であったが、本日は諸事情の為、藍莉の帰宅は遅れてしまっていた。
しかし、弟の蒼太の胃袋は関係なく鳴る訳であり、健気に大きな音を鳴らして舞喜に朗らかな笑顔を齎す。
「お兄ちゃん、今日の晩御飯なにぃ?」
「う〜ん⋯⋯。素麺」
手に持つはまだ封を切ってすらいない白い袋に入った素麺であり、それを見るや否や駄々を捏ねるように脚をバタバタとさせ始めた。
「やーだ!やーだ!もっと食べ応えのある物食べたいぃぃぃぃ」
「よりにもよって蒼太じゃなくて、なんでお前がそんなグレた事言うんだよ!」
蒼太は現在夕方にやっているアニメを視聴中であり、准と舞喜の言い合いには不参加の模様。
だからこそ、舞喜はここぞとばかりに兄へと文句を垂れた。
「一昨日もそうめん、昨日もそうめん!そうめん、そうめん、そうめん!!そうめんばっかじゃん!!飽きるに決まってるよ!」
「だから味変してちょっとレモン掛けたり、汁の味を変えたりしてるじゃねぇか」
「そーいう事じゃなぁぁぁい〜〜」
こんな事になった全ての切っ掛けは准と藍莉、双方が連絡を取り合わずに買い物をしてしまった事に付随している。
普段から素麺を食す素麺オタクではない桐江家なのだが、准が買い物をしている際、「珍しく素麺でもするか」と二パック買った事に起因しており、その買い物からの帰りでばったり藍莉と遭遇し、「何を食べたい?」と聞かれた准は「素麺」と答えた事が決定的となった。
結果、藍莉も素麺を二袋買って帰ってしまい、呑気にソファで舞喜と蒼太とテレビを見ていた准はまだ気付いておらず、キッチン棚へと意気揚々と素麺をしまおうとした藍莉が棚の戸を開けた時、事件が起きる。
「ねぇ?准⋯⋯⋯⋯素麺、あるけど」
「え?うん、だから買ってきたんだよ」
「私、聞いてないわよ?」
「はい?」
「買ってきたのなら、そう言いなさいよね?」
「あ〜悪い。⋯⋯⋯⋯もしかして、藍莉も?」
「貴方が食べたいって言ったんでしょ?」
そして、二人は悩む。同じ考えで、同じ結論に至るまで。
((素麺ばっかは飽きる⋯⋯))
そう、この二人でも連続で毎日素麺は飽きてしまうと簡単に予期出来てしまい、素麺が入った袋と睨めっこしていたのだ。
迷った末、准はとんでもない考えに至る。
「⋯⋯藍莉、蒼太と舞喜に託そう」
「⋯⋯⋯⋯名案ね」
舞喜は朝、昼、晩と家に引き篭っており、外に出て登校練習するのは准の補習が終わってからとなっている。
藍莉もそんな彼女に任せる形で朝、昼は部活がある為、蒼太を預けているのだが、当然そこで問題になるのは食事であった。
准は考えた。
(僕の補習が終わる前には素麺が尽きてくれなければ⋯⋯)
食べたい気持ちよりも処理する事にシフトした思考はやがて舞喜の方へと視線を向けさせる。
藍莉は考えた。
(蒼太なら、まぁ食べてくれるわよね。最悪、食べさせる)
ニヤリと笑みを浮かべて標的を定めたように蒼太の方へと視線を移すと、ニッコリと満面の笑みで蒼太と舞喜の元へと向かう。
そう、これが狡猾な罠である事にも気付かず。
「ねぇ、二人共。私ね、素麺使った料理にハマってるんだけど、ちょっとの間付き合ってくれる?」
「え?あ、はい良い。ですけど、何を手伝えば?」
「食べて欲しいの。こっちが作るから」
パッケージを見せる藍莉の表情は一切変わらない。
口角を上げて、ルンルンを演じるようにして、断りづらくしていく。
蒼太からではなく、舞喜からな辺りが周到性を高めていて、後方でそんな光景を見ていた准は後退りしてしまう。
(鬼かコイツ⋯⋯)
彼女の狡猾かつ非道な罠の全容を准は察してしまい、開いた口が塞がらない。
「分かりました!」
「お姉ちゃん、また変な事──」
「蒼太?」
蒼太は瞬間、垣間見た。鬼の顔を⋯⋯。
「⋯⋯はい」
「よろしい」
地獄は始まった。無垢な子供と無知な少女の試食と名した押し付けが。
彼女が七月二十四日の今日、帰ってこない理由はただ一つ。
部活を言い訳にして夕飯を外食で済ませてしまう為である。
早い話、彼女は逃げた。だが、流石の准は気が咎めてしまい、泣く泣く素麺の押し付けに自ら参加。
藍莉がご丁寧に書いたレシピメモ数枚を手元に悪戦苦闘しながら今日も素麺へと着手する。
「お兄ちゃんーー!飽きた〜〜〜。ねぇーー!」
「煩いよ!なんだよ、僕だって飽きてんだ。仕方ないだろ?買っちまったんだから」
既に舞喜と蒼太は三日連続で朝、昼、晩とメインが素麺であり、おかずもちゃんとあり、素麺の上に盛り付けられた具材でバリエーションを変えたりしてはいるが、既に限界であった。
「お米〜食べたいいぃぃぃ」
「と言ってもなぁ⋯⋯」
まだ、素麺は二袋ある。蒼太も舞喜も少食寄り。
准はこっそりコンビニで菓子パンを買い朝を済ませており、藍莉に至っては弁当持参で部活へ励んでいる。
夜しか素麺と対峙する機会がなく、量が中々減らない。
「お願いぃぃ〜〜。ビーフシチュー食べたい!小龍包でもいい!麺類はやだァァァ」
「小龍包って、急に変化球投げてくんなよ」
「素麺はもう嫌なの!分かって!分かれ、ド腐れ野郎ー!!」
「おい、口汚さ億万パーセント超えんな!ライン越えだぞ?後一パーセント落とせよ、それが許容範囲だ」
「だってー!」
腕を掴み、身体を揺らすようにしてお強請り媚びる舞喜だが、依然准は動かないでいる。
そんな少年の余った腕を引く感覚がして見てみると、蒼太が小さく手で准の指を摘んで、呼び掛けた。
「ねぇ、准お兄ちゃん」
「ん?どうした蒼太?」
「僕も、別の食べたい」
「よし、買い物に行こう」
「おい、ゴミィちゃん。何故アタシの時と反応が違うか討論しようじゃないか」
腕を掴み力は増す中、准は蒼太の頭を撫でて、言い切って見せる。
「何言ってんだマイ・シスター。僕は贔屓しない。全員に同じ対応だ」
そして財布を持ち、蒼太を玄関まで誘導すると舞喜を置いて行こうとする。
その置いてけぼりとなっている行動に頬を膨らませながら、遂に決壊したように、兄のガラ空き状態となった背中目掛けて大きくダイブ。
「言ってる事と行動が矛盾してる!ぬぁぁぁぁぁあ!!!報復してやるぅぅぅ!」
獰猛な野獣が久方ぶりに出会した獲物を目にしたような勢いがある走りっぷりは、まさに猛獣。
唐突にやって来た騒音に振り返る准はそのけたたましい表情をする舞喜に瞬間的に恐怖を感じて、背を見せてしまう。
当然、引っ付かれてしまい、重く体重がのしかかり、首は腕を絡めてヘッドロックに近い形であり、倒れそうになる准に合わせるように前後で身体の重心を変えて倒れないようにする舞喜は更に脚を腰に巻き付けて逃げられないようにした。
「止めろ!背中に乗っかってくんな!暑苦しい!」
「煩い!焼け死ね!」
「ここで僕が発火したら、お前も道ずれだかんな?良いのか?!」
「アタシはお兄ちゃんと違うもん!逃げてみせる!必ずね!」
「その自信どっから湧くんだ?」
エアコンを切ってしまい、涼しい空気は玄関には入ってこない。
密着度合いと必至な抵抗は准の体力を着実に奪っていき、唯一動かせる腕を使って、舞喜の脇腹、頭を懸命に押していくものの一向に離れる気配はなかった。
それは准にとって敗北を意味しており、打つ手なし、体力は大きく消費、精神的にも終わらせたいという気持ちが積み上がっていく。
「分かった!!分かったから!コンビニでなんか買ってやるぅぅ!」
「⋯⋯⋯⋯言ったよ?本当に良いんだね?言質取ったよ?」
「あー!分かったから降りろ!」
舞喜は勝利した。兄の背中から降りた彼女は嬉しさのあまり、ガッツポーズを決めて、蒼太と仲良くルンルンとした様子でハイタッチ。
「ったく。このお兄ちゃん好きめ!ブラコンも大概にしないと苦労するぞ?」
「はぁ?何言ってんの?アタシはノーマルだよ?」
(怖⋯⋯。なんだあの冷めた表情は⋯⋯)
ちょっとした冗談⋯⋯の筈だったのだが、とんでもないしっぺ返しに遭ってしまい、冷房が切られているにも拘わらず、准の身体は冷えていく。
「じゃあ、アタシ着替えてくるねー」
そう言い、意気揚々と廊下を走り、リビングを通り過ぎて自室へと向かった舞喜の背中は眩しくも見えた准は蒼太の方へと視線を向けて一言。
「行くか」
「うん!」
そうして、舞喜は置いて行かれた。簡単に目を離したが為に。
「おっまたせぇぇ⋯⋯」
それに気付いたのは、およそ十分後の事であった。
コンビニ如きで服をわざわざ律儀に選ぼうとしてしまった舞喜の敗北である。
「あんのぉぉぁ、クソにぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
— — —
准が向かったコンビニはアパートから歩いて十分先にあるコンビニであり、つい最近出来上がったばかりの出来たてホヤホヤの店舗である。
学校とは真反対の箇所に構えていて、普段は通る機会もない道を通りながらも、蒼太が小学校に通う際に近くを通る為、道案内してくれていた。
『幽霊騒動』でも名前が上がった赤い坂道は山を切り崩して作られた地区との通りを楽にする為のものであり、小学校はその山側。
しかし、今ではその山の痕跡は殆どなく、舗道が進み、建築物が多く建っているのが『空弩街』の現状。
そんな緩やかな坂を上りながら暗くなりつつある空の下、離れないようにと手を繋いで並走する准と蒼太は世間話に花を咲かせる。
「ねぇ?どうしてコンビニっていっぱいあるの?」
「それはな、大人が金を稼ぎたいからだ」
「いっぱいあると稼げるの?」
「うん稼げるよ。社長になれればな」
ろくに知らない知識のご披露。フランチャイズ契約の意味も正社員と派遣とバイトの違いも全く知らない准は今日も蒼太に適当な事ばかりを語る。
「じゃあ、将来。僕社長になる!」
「そうかー!でも、コンビニの社長って面倒かもよ?なるならもっと手軽ので済ませとけって」
「例えば?」
「た、例えば?⋯⋯駄菓子屋とか?」
反対車線側にあるシャッターで閉じられた駄菓子屋を見た准の嘘。
意地と歳上としての矜持のようなものが口からベラベラと言葉を発っさせた。
だが、まだ小学校一年生。夢に対して現実的な話をしても伝わりにくく、UFOが存在するロマンを嬉々として語ったり、特撮ヒーローに憧れてポーズを決めても恥ずかしくない歳頃。
当然、准のデマに乗っかってしまう。
「駄菓子屋に社長ってあるんだー!なる!お菓子いっぱい食べれるもんね!」
「⋯⋯そうだな!」
苦笑いが止まらない准は蒼太に向けて拙い笑顔を向けると、情けなくなっていく。
(いかん。これが子供を騙す罪悪感か⋯⋯)
信号機により、立ち止まってしまった二人。
キョロキョロと辺りを見渡していく蒼太はなんでも食い付ける年齢であり、見る物全てが新しい。
ましてや暗く沈みかかった時間帯に外出というのは藍莉が普段許さない為、物珍しい部類に該当しており、新鮮さを感じていた。
信号機は青を示す。准の手を引っ張るように蒼太が歩み出し、それに釣られるように前へと脚を踏み出す。
角を抜ければコンビニがあり、僅かに店舗の看板マークとそれを分かりやすくする為の明かりが灯っているのを視界に捉える。
何を買おうか、舞喜の分も纏めて、どんなを買ってやろうか。
どんな商品が置かれているのか多少のワクワク感もある中、角を曲がる。
曲がってしまった──。
「⋯⋯ん?」
最初に感じた違和感は人であった。
別段、他人を見て不審がった訳ではなく、見知った人間が映り込んだ為、不審がったのである。
「富宮?珍しいな⋯⋯」
そう、珍しいのだ。彼女はサッカー部のマネージャーであり、時刻的には既に活動は終わっていた。
だが、『幽霊騒動』の終わり際、帰宅した時に彼女が通った道はこのコンビニがある方向とは真反対であり、どちらかと言えば高校方面。
だからこそ、不審に感じた准は立ち止まってしまう。
藍莉を介せば、話はマトモに通じるだろう彼女だが、准と富宮奏海の二人だけともなると話は変わる。
基本的に彼女から一方的に毛嫌いされている側の准は積極的に話をしようとしない。
更にコンビニの前で、体操服のズボンのポケットに手を突っ込み、俯き佇んでいる彼女に対してのもう一つの違和感は──。
(なんで手ぶらなんだ?)
部活のマネージャーだから、手ぶら⋯⋯なんて事ある筈はなく、しっかりと体操服を着て弁当や飲料、タオル等は各自持参である為、リュックサック、手提げ鞄等を持っていなければならず、帰り際に手ぶらではむしろおかしいのだ。
「准お兄ちゃん?」
「⋯⋯え?」
「あ、やべ」
何時まで経ってもコンビニの駐車場で立ち止まっている准に痺れを切らした蒼太は手を引っ張りながら声を掛けてしまう。
それにより、聞こえてしまった奏海は前を向いて、少年の存在を確認する。
そして、すぐさま臨戦態勢に入ったように険しい表情へと変わっていく。
(まぁ、関わんないだけでいいしな⋯⋯。スルーだな)
厄介事に好きで首を突っ込んでいる訳ではない准にとって、彼女は一種の地雷源。
とてもではないが相手をしていられないと、見限るかのように視線を外してコンビニの中へと入っていく。
そんな様子を何も発さず、黙々と見つめるだけの奏海は口を僅かに開くものの、すぐに閉じて、俯いてしまう。
店舗は涼しく、外との気温差で僅かに震えた准は蒼太の手を離す。
広がるおにぎりの宝庫と弁当の山。まだ開店したてという事もあり、比較的に人も多く、並んでいる商品も多く、蒼太は素麺という悪魔から脱するべくその山に飛び込むかのように走って行く。
「何が良いかなー!」
「そうだなー、蒼太の好きなのカゴに入れて良いから、存分に悩んでこい」
「ぞんぶん?」
「めっちゃって事」
「うん!ありがとう!」
左方向にある雑誌が並んだ棚の奥、その窓を確認すると奏海の後ろ姿が映り込む。
ヤケに沈んでるようにも窺えて、自身と普段接している彼女と同一とは考えられない程の暗さは空と店内の明るさの影響であると誤魔化したかった准だが、弁当にも、パンにも麺類にもサラダにも飲料にも集中出来ない少年は諦めたように息を吐く。
(絶対に来世ではこうならない⋯⋯)
ウキウキでパッケージを眺める蒼太の元へと向かう。
カゴを持たせて、しゃがみ込んだ。
「蒼太、もし選び終えたら、そこの窓、叩いてくれ」
「え?うん」
「変な人に着いていくなよ?ちゃんと店の中に居る事。約束出来るな?」
「うん!分かった」
「よし」
店舗の外を出た准は真っ先に奏海の元へと脚を動かして、真正面で立ち止まる。
「おい、何やってんだ?こんなとこで」
「⋯⋯アンタに関係ないでしょ?」
「構って欲しそうに待ってるからな。てっきり話し相手が欲しいのかと思ったんだよ」
何時もの流れが発生。准から話し掛けた際に表れる挑発にも等しい物言いは奏海の表情を険しくさせる。
「はぁ?馬鹿じゃないの。⋯⋯アレ、アンタの弟?」
だが、今日に限ってその流れは途切れる。
やっかみする勢いはなりを潜めてしまっており、思わず驚く准は別人かを確認してしまう程であった。
「なに?」
(⋯⋯この目付き、間違いなく本人だ)
日頃から浴びる嫌悪と憎悪の念が籠った視線に対して、嫌に自信に満ちた准は首を横に振る。
「違う、藍莉のだ」
「あ〜、そういえば居るって言ってたっけ。アンタんところは妹だもんね」
「覚えてたのか?」
「まぁ⋯⋯偶々ね」
「そっか」
「で?なに?なんか言いたい事でもあるの?わざわざ心配でもしに来てくれた?」
自らを嘲笑うように口角が上がる。その様子に違和感を拭えずにいる准は少し彼女との接し方を変えた。
見て分かる疲弊具合いと覇気のない物言いは普段からは考えられず、考え込んだ後、口が動く。
「心配事があるのか?」
「⋯⋯⋯⋯ない」
「うっそ臭ぇ⋯⋯」
「っさいわね。どうだって良いでしょ?」
相性の問題というのもあるのだろう。
准だって、藍莉にも、奏海にだって、話をする際の相性というものがあり、二人の場合は致命的に悪い部類であり、会話の一つ一つで琴線に触れてもおかしくはなかった。
慎重に、そっと寄り添う程度の話し掛け方にシフトした准は顔を覗かせる。
「お前ん家知らないけどさ、こっち方面じゃないよな?なんで此処に居るんだよ」
「⋯⋯何となく」
「真反対まで?」
「⋯⋯お前、尋問官かなんかなの?執拗いんだよ!」
語気の先端から端々まで至るまで一気に棘に覆われたような言葉はグサッと准に刺さる。
一朝一夕で上手くいく訳もなく、遂に怒らせてしまう。
(やっぱり、無理だ⋯⋯我慢ならん)
元々、寄り添って何かを話すというのはその人間の事をある程度知らなければ話にならない。
少なくても准は奏海の事を何一つとして知らなくて、藍莉の友人をやっていて、自身の事を酷く毛嫌いしている。
そのぐらいの認識でしかなく、それだけなのだ。
先程までの寄り添う時間はピタッと止まり、何時もの調子に戻る事にした准は眉を顰める。
「知らなかったのか?僕は執拗いんだぞ?」
そんな言葉にどれ程の説得性があるか、どれ程の意味があるか、彼女は知らない。
だからこそ、彼女は鼻で笑ってみせる。
「私、お前が嫌いで良かった。ホントに⋯⋯」
「おぉ、息が合うな。僕もお前とは仲良くなれそうにない」
「⋯⋯そ」
小さく納得させるように短く纏めた言葉は准には届かない程にか細いもの。
ふと通る三人連れの親子。
車を用いて来ており、一足先に降りた子供が忙しなく両親の降車を待つ。
降りた父親、母親とその前を先行して走る小学校程度の子供がコンビニの中へと入り、それを制止するように声を掛ける両親。
ごく普通に見かける子供の好奇心と親の苦労の光景。
そんな一幕すら、奏海には綺麗に見えた。
「あんたさ、家族ってなんだと思う?」
「家族は家族だろ?」
「まぁ、そうなんだろうけど⋯⋯アレやれコレやれって⋯⋯あ、あんたは居ないのか。そう言う人」
わざとらしく呟く奏海に、准は眉間に皺を寄せ、瞼を閉じて我慢する。
ここで当たり散らしても何も得がないと理解しているからだ。
しかし、睨み付ける事はした。
「あぁ、居ない。清々するよ、本当にな」
嫌味ったらしく、不快感を露骨に表しながら出た言葉。
「⋯⋯羨ましい」
「え?」
だが、待っていた反応とは少し違った。
本来の想定は多少なりとも噛み付いてくるものだと准は考えていた。
しかし、実際は弱々しくそれを肯定とも否定とも取れない絶妙な羨望が滲んでおり、呆気に取られる。
「あんたはちゃんと解放されたんだ。なんであんたが満足そうに生きてて、私はこんなんなんだろう⋯⋯」
立っていた脚は沈み、壁に凭れた背中は引き摺るように落ちていく。
やがて、顔に手を当てた奏海の声色は上擦りが酷くなる。
「ホント、最悪、人生不幸ばっか。良い事ないし、楽しくもない⋯⋯何が良くてこんな事になってんだろ」
初めて聞いた正真正銘の弱音──否、心境の吐露。
選り好みをして、取捨選択も自由自在の我儘娘で、嫌いな事は嫌いと述べて、好きな物は好きな人物と好きなだけ楽しむ。
それが『准の見てきた奏海の総評』だったのだが、ものの数分で一気に瓦解してしまう。
「お前、それ藍莉の前で言えるか?」
「言える訳ない。言いたくない⋯⋯」
首を横に振り、体育座りとなって顔を膝近くに置いて篭った声で会話は続く。
「あの子の父親さ、中学の先生なんだってさ。私らの中学の⋯⋯」
「知ってる。舞喜の担任だったからな」
五月頃には既に知っていた。父親に妹の代わりに謝罪し、ボコられて、挙句には轢かれた事件。
その道中で知った切っても切れなかった因縁。
准は時々、思う。ある意味家族崩壊の一端として活躍した舞喜を藍莉はどう思っているのかと。
普段通り接していて、実の妹のように構う彼女には舞喜に対する悪意は何処に尽きたのか⋯⋯。
考えないようにしていた思考はぶり返しを起こして、逃れるように視線を他所へと逸らす。
「なんだ、知ってたんだ⋯⋯。はぁ〜。私だけ取り残されてる⋯⋯。藍莉はあんたと幸せそうだし、嶺二も浩太郎も陸も皆そう。何かしらで本当に楽しくやってる⋯⋯」
「武島は?」
「あいつは⋯⋯多分幸せなんだと思うよ。藍莉を掠め取れるって本気で信じてる」
「⋯⋯」
武島颯悟は大洲藍莉に恋心を抱いている。
恐らく、クラスの皆がそれに勘づいている程に分かりやすく、准もそんな二人にはあまり接点を持とうとしなかった時期もあった。
だが結局、付き合ったのは准の方であり、皆の何となく醸し出す空気感にあった『付き合うんだろうな』という公然の事実かのような扱いは一気にひっくり返り、准にはそれが横恋慕に近いものを感じてならなかった。
勿論、配偶者という訳でも恋人だった訳ではない武島から藍莉を准が取ろうとそれはなんの罪もなく、罰を受ける義務もない。
だが、准はそれでも迷う時がある。
『現象』と織り込み済みの扱いでもある准の傍に居るべきか否かを。
「逆にあんた、危機感なんで持たないの?」
「武島に取られるって事は藍莉の中で僕よりもアイツの方が需要があったって事だろ?恋愛ってさ、別に一回の失敗で人生終わりって訳じゃないし、お互い譲歩しあって別れる事もあるだろ?⋯⋯だから、藍莉の選択を信じてる」
「なにそれ。⋯⋯それって、あんたが選びたくないだけでしょ?」
准の中の何かが響く感覚がした。身体の芯から外へ向けてドラムでも叩かれたような感覚とそれに応じてヒビが入った音。
図星を突かれた准は顰めっ面で奏海を睨むものの、相も変わらず俯いたままで視線は一向に膝元止まり。
そして、畳み掛けるように奏海は、更に口をスラスラと滑らせる。
「⋯⋯本当にあんたは卑怯者ね。いつもそう。ずっとそう、昔から、小学校の頃からそうだった。中学に上がったら変わってるって思いたかった。でも、あんたはなーんも変わんない。高校生になったら途端に浮き沈みの激しい変な奴になるし」
「小学校?僕とお前って小学校一緒だったか?」
「⋯⋯はっ。もういいわよ⋯⋯面倒臭い」
「いや、答えてくれよ。小学校の頃なんて、どんなクラスメイトだったのかも覚えてないしさ」
「⋯⋯⋯⋯執拗い」
溜めに溜めた言葉は辛辣であり、棘はなかった。
構うなというのが全面を通して伝わり、ようやく向けられた顔は不快感で滲んでいる。
「いつまで居んの?もう戻ったら?」
「そう言われると、対抗心燃やしたくなるんだよな」
「チッ。死ね」
大きく鳴らした舌の音は彼女が准に対する心の表れ。
取り繕う事のない敵意は何処から湧き上がり、何時上り始めたか、准には見当すら付いていない。
「⋯⋯お前、何が不満なんだ?」
「何もかも」
「どうしたいんだ?」
目を細めて、正面を呆然と見つめるだけとなった奏海は、やがてまた蹲り、膝に頭を付けた。
団子のように丸まるだけのアルマジロガールと変化した奏海だが、やがて絞り出すように一言。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯わっかんない」
それだけ言うと、脚に絡めていた腕を解き、空を見上げるように上を向いて右手を目元に置いた。
「もう暗いぞ?家に帰ったらどうだ?」
「うっさい⋯⋯。あそこに私の居場所がない」
「はぁ?喧嘩でもしたのか?」
「⋯⋯⋯⋯違う」
吃った彼女に怪訝な表情を浮かべた准は注意深く聞く為、しゃがんで目線の高さを合わせる。
「じゃあなんだよ?」
「⋯⋯し、し」
「し?」
「死んだ姉さんが居たの」
頭を抱えて唇を噛む奏海。
「⋯⋯死んだ?!姉さん?⋯⋯お前、それ」
「そうよ、『現象』って奴でしょ?⋯⋯最悪。絶対に関わらないようにしてたのに」
睨み付けるような視線が准に刺さる。
けれど、諦めたように視線は落ちていき、最後は地面の方まで下がると小さく呟いていく。
「私の、居場所はもう────」
手は震え、抑えるように握り締めた奏海の目元には涙が溢れる。
「無くなった」




