裏道話 朝倉拓也はちゃんと見ている
裏道話。本編とは本筋のズレた話です。
少年が轢かれて救急車で運ばれた。
しかし、それを親御さんに伝えたが、どうも声に張りがない。
行く気がないと言うよりは、行く必要性が高くない、後回しにしてしまおうという魂胆が滲み出ている。
少年も似たような所があるが、そこから来ている節があるようだ。
「こりゃ、ダメだな⋯⋯」
少年の容態の話ではなく、親御さんの話。
完全に去年の四月に起きた事件が完全に踏み抜いてしまったらしい。
妹が扇動、指導したとされる暴行事件。
兄の前から浮き彫りになりつつあった不仲。
そういった要素一つ、一つが多分親御さんの中にある優先順位というものを下落た。
確か、家は京都だった筈。
郊外で比較的にのどかな場所に移り住んで云々と言っていたが、田舎になればなるほど近隣住民との密接なコミュニケーションが必要となる中、あの親御さんの素行で上手く暮らしていけるかは、少し不安要素として目に余る。
「先輩が事故にあったの!?」
「遅いぞ、ノロ──お前、何買ってんだ?」
白いロゴ入りの帽子、サングラス、革のジャンパーに白いインナー、脚が元々スラッとしてるせいでジーパンも綺麗に着こなしている元・お嬢様の常盤美羽。
そんな彼女は何やらお買い物中だったご様子で、息を荒らげて病院前にやって来ていた。
「いいじゃないのよ。平和な世の中で買い物したって!」
買い物を超えて、爆買いレベルだ。
初めて日本観光に来た外国人か、お前は。
「もう夜だぞ?車運転する訳でもねぇのに、サングラスなんて要らねぇだろ?浮かれて馬鹿する大学生か」
「ほんっとうに、一つの事にグチグチとねちっこい言い方するわね!貴方!」
「そんな買い物する金あんなら、どっか賃貸借りて来い!面倒臭いんだよ、あの電波塔に毎回飛んで行くの!」
この女、何故か電波塔を拠点にしている。
見晴らしが良いからなのかとも思ったが、どうやら違うらしく、理由を聞いても大した言葉が出てこない辺り、なんとなくといった所だろう。
【転移移動】して行くのもやぶさかではないが、コイツの為に生命力なりなんなりを毎度意識して感じ取って移動するのが癪になりつつある。
まぁ、それはこっちの事情だから良いが⋯⋯。
「貴方は飛べるから良いじゃない!私なんて徒歩なんですけど?!」
「『時間干渉』で体力リセットと移動結果をアウトカムしてる奴に言われたくねぇんだよ。汚ぇ手使いやがって」
この『常盤美羽』はこの世界の『常盤美羽』と違い、少し『時間の使い方』が上手い。
未来人というのも相まってか、効率的に力を使う事に成功している。
とはいえ、一日で使っていい限度も存在しており、使い過ぎの結果は見た目に反映されてしまう。
でなければ色素の薄くなった灰色の髪、肌色に眼球の色も変わったりはしない。
何度も注意はしているが、どうも聞く耳を持っていない。
これが少年の言葉ならば、きっと言う事を聞いてくれるのだろうが、まだ隠しておかなければならないし、コイツがバンバン能力を使って、いざという時に活躍出来ないなんて事になったら、大損もいい所だ。
どちらかは損をしなければならないなら、損失量の低い俺でいいだろう。
「早く行くぞ⋯⋯凩っていう警官使って、早めに処置は済ませてる」
「貴方の方がなんでもアリね」
「なんでもアリだから、旅してんの⋯⋯。気に入らねぇがな」
そう、なんでも出来るぐらいじゃないと世界旅なんて出来ない。
地球一周も霞む程の全宇宙一周旅行。
荷物もガチャガチャ言わせながら病院に入り、手術室前まで案内された。
控え室何てものはなく、あるのは廊下の隅に設置された横幅がある茶色の椅子。
そこには、大洲藍莉──【走馬悼】に憑かれた少年のクラスメイト、そしてこの世界ではどうやら恋人になる関係らしい。
その隣には、弟の⋯⋯確か蒼太とか言ったな。
時刻的に見ても、小学生入り立ての子供は眠り転けても問題ない時間だが、瞼が閉じ掛かっている。
(面倒いな⋯⋯)
何が面倒か。それはこの手術、十中八九、失敗する。
透視で中を覗いているが、頭部の損傷と臓器破裂が酷すぎて、手遅れ一歩手前だな。
「あの、桐江くんのお兄さんとお姉さんですか?」
「あぁ、似たようなものだ」
「あ、あの」
「あぁ、いい。分かってる。しょね──准が君らを庇ったんだろ?」
「本当にすみませんでした!」
事故の切っ掛けは常盤が『時間跳躍』を少年に使い、過去に戻した事にある。
本来、車に轢かれて死ななければならないのは、目の前に居るこの二人の子供。
だが、過去を変える為に起きた物事自体は変えてはならない。
だから、二人の代わりに少年が轢かれた。
ちゃんと俺が言ってた事を聞いていたんだな。
まぁ、その現場を見てる人間を騙せれば良いんだから、轢かれる存在は、最悪マネキンでも別に問題ないんだが⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯」
俺の後方の奴が相当の殺気を放ってる。
今にも殺しそうな勢いだ。だが、そうさせたのはある意味ではお前なんだという事をコイツはちゃんと理解してるのだろうか。
言っちゃなんだが、この世界の常盤が人を過去に送る時、その対象者が死んですぐでなければ送れなかった筈。
つまり、常盤美羽が一度少年を殺している筈なんだが、コイツは知らなかったんだっけか?
「おい、荒立てんな。怒っていいのは関係者だけだ。お前、呑気に買い物してただけじゃねぇか」
「⋯⋯っ!はぁ、そうね」
中が慌ただしくなった。間に合わなかったか。
仕方ない、流れを止めるか。
「本当に──⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
時間を完全停止させた。これ、疲れるんだよな。
原理は簡単。『時間の権能』を使った。
ただそれだけ。それ以上の理由は要らない。
「時間を止めたの?」
まぁ、お隣さんの時間は止めてないから動くんだが⋯⋯。
特定の相手のみ、正常か停止かの選択は微妙に意識がいる。
「まぁな。お前に出来る事が俺に出来ない訳ないんだし。ほら、入るぞ?」
「待って、ここで突然良くなったって⋯⋯」
「全部は治さない。記憶を書き換えるから執刀医には手を出すな?」
「全部治さない?!なんで!」
荒立てた声が手術室にあるまじき声量で流れてくる。
世界が完全無音の為か、尚の事、そう感じた。
それに、全部治す訳がない。甘え過ぎだ。
「轢かれるのを是としたのは少年の方だ。そのツケは払ってもらう」
「それは、あの子が──」
「全部治したら、少年をバラす。お前の力も働かないように施しもする。分かったら、早く入れ。ノロマ」
どれが執刀医か知らないが、少年を囲むように六人の大人が懸命に手術をしている。
少年を見ると、頭蓋に穴を空けて、脳内に溜まってしまった血液を出そうとしており、臓器に関しては手を付けていない。
ただ、臓器破裂の可能性自体は示唆しているようで手術室に置かれている道具の中にはしっかりとそれ専用のものもある。
が、時間的に絶対に間に合わない。
モニターには心肺の表示はゼロ。
血圧も低下を下回り、既に切れかかっている。
「なんで、そんなに厳しくするの?!彼は頑張ったのよ?」
「人を助けるのに、頑張らないはねぇんだよ。頑張って当然、当たり前だ」
「だからって、傷を残すの?」
相も変わらず、少年の事になると躍起になる辺りが完全に傷だな。
大きく溜め息を吐き、俺は常盤を見た。
既に手遅れなのはお察しのようで、不安な顔色を浮かべているが、俺が求めているのはそんな行動ではない。
表情をコロコロと変える暇があるなら、手を動かして欲しいものだ。
「完治はしてもらう。だが、ダメージは今日、明日と残す」
「何故なの?」
「痛みがねぇと、何やっても良いになってくる。車に轢かれて頭打った奴がヘラヘラしてんの、気持ち悪いだろ?」
無痛症の人間なんかがそれに近い。
痛みがないから注意深く作業をするといった事が人より疎かになる。
無敵である事と痛みがない事は決して=などではない。
少年の場合、下手に治すとそれに頼って自身を守ろうとする防衛本能が低下する。
そうなったら、迷惑が掛かるのは自分だけに留まらない。
最終的に退院時期がそろそろ決まる舞喜も後に恋人になる大洲藍莉にも負担がゴムのように弾いて来る始末だ。
「⋯⋯貴方の問題じゃない」
そう、俺の問題。俺がそう思っているからそうしているだけ。
でも、人がなんでも他人ばかりに目を掛けて自分のしたい事、しなければならない事を疎かにするなんて、人でなくなったのも同然だ。
怪我をした奴が痛みに耐えて安心させようとする行為を悪いとは言わない。
だが問題なのは、その状況下で人の心配を素直に受け取らない行為にある。
笑って誤魔化してみても痛みは変わらない。
受けた傷は身体にしっかりと刻まれているのならば、それはもうソイツの問題だ。
他人に気を掛けている場合ではない。
だから、車には轢かれて頭を打った奴がヘラヘラしているのが嫌いだ。
「じゃあそこにいろ。全治一週間って所だな」
「三日!」
宣言のように声を上げた常盤は、手術室へと入る。
既に入って様子を確認している俺の隣に立ち、鋭い視線を俺に向けてみせた。
「今日、明日、なんでしょ?」
「⋯⋯仕方ねぇな。じゃあ、俺が欠損した部分作って一応の手当はする。三日で退院出来るようにお前が少年の創傷治癒の流れをイジれ」
止血、殺菌、細胞組織の再生、治癒の流れを『創傷治癒』と呼ぶのだが、少年に対して、常盤の力を使って自然治癒力の流れだけを早めてもらいたいのだ。
ここで意識と記憶以外の肉体を纏めて時間を遡って事故の起きる前の身体に戻してしまうと、痛みもなかった事になる。
その場合、俺か、この世界の常盤が治したと思うだろうが、それでもいずれ居なくなる予定の俺に甘えてばかりは流石に困るのだ。
何でも出来るは、何でもするにはならない。
俺は自分が好きな時、好んだ奴にしか贔屓しない。
ここでその贔屓はしないし、いい頃合いとも思った。
独り立ちの準備だ。
「そんな事、出来るの?」
「出来ないのか?」
「⋯⋯やるわよ!」
その後はまぁ、簡単に終わった。
主治医、執刀医、看護師の認識を少しだけ弄り、『少年は轢かれたが大事ない』という認識へと書き換えた。
大洲藍莉、蒼太も同様で、轢かれて一大事までの認識はそのままにして置いて、俺達と会ったという記憶は消して、手術はすぐに終わり、病室へと向かわせた。
こうして見ると、俺はかなりヤバい奴に見える。
まぁ、事実としてヤバいのだから、否定のしようがない。
そして、少年は三日後、見事に退院した。
【五月病】が潜伏している街へと帰って行く。
━ ━ ━
桐江舞喜が退院した。言い換えれば、この世界で出来る事が全て終了したという事に他ならない。
「朝倉さん!何作ってくれるんですか?」
そんな今日の主役でもある桐江舞喜は俺の作るご飯が楽しみなご様子なのだが、俺は一度としてこの子に振舞った事はない。
が、兄でもある少年には何度か振る舞っているから、そこから漏れたのだろう。
「食べたいもん言ってくれたら、作るぞ?」
「じゃあ、グラタン!」
相当、楽なメニューが出てきた。
グラタンなんて、オーブンレンジがあれば誰でも出来る。
ただ、グラタンに入ってるコーン。あれだけは何故か抵抗感がある。
ピラフに撒き散らかされたグリンピース。
酢豚のタレに包まれたパイナップル。
ハッキリ言って俺は苦手な部類だ。
出されれば食うだろうが、美味しそうにというのはちょっと無理。
「良いけど、それでいいのか?簡単に出来るぞ?」
「良いんです!」
「少年もグラタンで良いか?」
「はい」
ならば、買い物だ。
先行して前を歩く舞喜の脚を止めさせて、少年と先に帰るように言うのだが──。
「へぇ〜、ここのスーパー、品揃えなんか変わったよね?」
「棚の移動はした筈だけど、そんなに前なのか⋯⋯」
二人は律儀に着いて来た。少年の通う高校の近く。
店も客数が少ないが、それは平日というのもあるだろう。
この少年、よりにもよって休みやがった。
まぁ、俺も登校したくても、色々問題が発生して行けなかったから強く前に出て言う事も出来ないが。
「お前ら、帰ってゆっくりしてても良いんだぞ?」
「嫌です。せめて具材は選びたいんですぅ」
昔、好きなメニューに手酷く嫌いな具材しか入れられなかったのか?
不服さ満点、カゴをカートにセットして、俺に渡して前を歩く。
「分かった、分かった。⋯⋯少年、惣菜取ってくれ。好きな物、取っていいぞ?」
グラタン一つは味気なさ過ぎる。
米云々は良いとしても、惣菜の一つはないとどの道、少年辺りは腹を空かせるだろう。
歳頃っていうのもあるしな。
「朝倉さんってこの世界出身じゃないですよね?」
「違うが⋯⋯前も言ったろ?」
初めて会った時からずっと言っている事だ。
半信半疑に疑り深くその内容を聞いていたのが少年にとっては一年前、俺にとっては約一ヶ月前になる。
この世界に居る時はその世界の時間の流れでいるが、一度外れると、コチラから調整して世界に再入しなければならない。
まぁ、それだけならいいんだが、問題は別世界に行ってる時にこの世界の様子を『千里眼』で様子見していても、この世界に居る奴らがすぐに厄災規模の被害を与えかねないから、また出戻りのように行かざるを得ない事にある。
ホント、この世界はかなり特殊だ。
俺が居るだけでソイツらは大人しくなるが、離れるとすぐに活動し始める。
【八咫烏】が素直に感じる程に。
「お金ってどうしてるんですか?」
「作ってる」
「⋯⋯⋯⋯ゴリッゴリの犯罪じゃないですか?!」
「バレなきゃいいんだよ」
「今、バレましたよ?」
少年め、上手くなったな、脅しが。
だが、俺は脅しに屈する程、簡単に折れる人間でもない。
いや、何度か折れた経験はあるのだが、今は違う。
顔を近付けて、俺も挑発的に笑ってみせる。
「口を閉じな?少年。世の中には知っていい事といけない事の二面性ってのがあってだな?」
「僕、知っちゃいけない事しかないんですが?」
「⋯⋯そりゃそうだ、今更か」
そう言われればそうだった。この子、一般人から片足、駄目な方向に突っ込んでるんだった。
既知を多くする事は決して悪い事ではないが、知り過ぎれば、それはそれで毒となる。
抱え込める量というのは人によりけりで、少年の場合はキャパが少し人よりも多い程度。
嫌な壊れ方をしてしまうぐらいなら、清々しい壊れ方をして欲しいものだが、そう簡単にはいかないだろう。
「お兄ちゃん!朝倉さん!私これ!」
そう言って戦利品のように持って来たのはまさかの魚の切り身。
オレンジ色にも似た身の色、鮭である。
「⋯⋯ん?魚?なんで?」
「え?だってグラタンには魚入れますよね?鮭!」
入れる人はいるだろうが、普通は鮭フレークとかを疎らに掛ける程度だろう。
「まぁ、良いが、ソースの中に放り込めばいい具合になるか?」
「あ、僕これで!」
そして、興に乗り始めた少年が小さな箱とそれを縦に包んだカバーが施された物を持って来た。
「⋯⋯納豆?!」
「はい、入れませんか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯マジかよ」
流石に知らない。なんだ?バラエティ番組でも出演して披露でもするのか?
作るの俺だぞ、どうなってる。
え?マジで納豆入れるの?待て待て、流石にグラタンに納豆入れたメニューなんて知らないぞ。
「こ、これとか」
取り出したのは明太子。ちょっとしたピリッと具合がグラタンの甘さを引き立てると考えてカゴに入れようとする俺なのだが──。
「駄目です!鮭と被ります!」
「えぇ?!被る?なにが?」
余ったら白米に乗せて食いな、トぶぞ?
何故、そこまで必死に駄目だと言われなきゃならないのか、疑問が残る中、しっかりと舞喜は答えてくれた。
「色です」
鮭をオレンジ色と見立てて、明太子を赤と見立てて食えば良くない?
駄目なの?
というか、そうなったら納豆なんて一番の邪道だろう。
めかぶにお好みソース。ブラックコーヒーに炭酸。苺に鰹出汁。
ほらな?邪道だろ?合わないだろ?俺はそれと同じ発想を目の前で見せられているんだ。
「じゃあ納豆は?」
「それはお兄ちゃんだけです。私は納豆嫌いなので」
どうやらまだこの子はマトモ寄りのようだ。
ようこそ、コチラ側の世界へ。そして、おかえり。
「おい、少年。なぜ納豆?」
「美味しいからです」
少年が納豆好きなのは、一向に構わない。
健康に良いとも聞くし、俺も嫌いじゃない。
だが、今日のメニューはグラタン。
白米と納豆単品におかずとしてグラタンならば、百歩譲って良いとしても、グラタンに乗せるという意味合いで少年は納豆を勧めてきている。
もう、末期だ⋯⋯。
「お前、ドリンクバーに全種類の飲み物グラスに注ぐタイプか?」
「いえ、しません。不味いの見て分かるでしょ?」
「マジで、味で美味しいって思ってんのね。何それ、余計に怖い」
結局、納豆はカゴに入れられた。ここで戻してもいいが、俺の一存だけで戻すのも気が引けてしまう。
そして、兄妹の激闘は続く。
「ブロッコリー要らない〜」
「じゃあ舞喜の持ってきたマッシュルーム要らねぇ〜」
時に、ブロッコリーとマッシュルームで争い──。
「あー!チーズはこっち!」
「はぁ?!これを乗っけて食べるグラタンの美味しさ、知らねぇのか?」
「知る訳ないじゃん!──あー!いやだ!戻して来て!」
激化して正方形のチーズ、つまりパンに乗っけるタイプのチーズを乗せる、乗せない論争に発展し──。
「それならマッシュルームも戻せよ!あれ食うぐらいなら、エリンギにしろ!」
「はぁ?そっちの方が邪道でしょ!?」
今度はキノコでバトル。
「⋯⋯⋯仲良いな。ホント」
仲は良い事に越した話ではないのだが、コイツら、俺が料理を作る事、知っててやってんだよな?
もう面倒いから、勝手に買ってしまおう。
そうして、俺は二人を無視して、グラタンに必要な鶏肉、マカロニ、ブロッコリー、玉ねぎ、小麦粉等を購入し、ソースの為にバターや牛乳等を買った。
可哀想なので明太子と納豆は残しておいてやったが、俺も意地を張りたいから餅と、サラダ用の野菜パックとミニトマトを購入し、二人が慌てた様子で戻ってくるまで、レジの奥で待つのであった。
その日に限って、大洲藍莉は少年の自宅には来ない。
どうやら、俺が居るのが原因な所もあるらしいが、知ったこっちゃない。
テーブルにはグラタン皿に盛られた料理が合計三つ。
別で作り、余ったのを別の皿に入れて、冷蔵庫に放置。
少年の分には、納豆が入ったもので、舞喜のには明太子と鮭。
俺のは餅を放り込んでいる。
更にサラダに冷蔵庫に余ってた豆腐を放り込み、買ったミニトマトを入れて、酸味の効いたドレッシングを掛けておいた。
白米も炊いておいた為、二人は勝手によそっていき、食卓は少し豪勢になったが、もう少し、レパートリーを増やしても良かったかもしれない。
「いっただきまーす!」
「はい、召し上がれ。退院祝いだからな。好きなだけ食え」
「はい」
最初は舞喜から。本人が主役で、少年含めて俺達は傍役。
あくまでも少女の為の食事なのだ。
「う〜〜ん、美味い!」
何度か舌を火傷しそうな勢いでグラタンを食いつこうとした時は内心焦ったが、お味が合ったようで何より。
そして、隣に座っている少年も続いてグラタンを口に含む。
「うん。美味っ!朝倉さん、なんでそんな作れるの?」
「グラタンは簡単だぞ?」
実際に簡単。基本的に料理はその具材に合わせて調味料を変えたり、料理道具が揃ってれば、誰でも出来る。
そこまで難しく考えなくても、自然と上手くなっていくものだ。
「でも、美味しい!何か隠し味があるんですか?」
「隠し味はないけど、納豆が入ったそのグラタンは少しポン酢を入れてる」
「え?」
サッパリ感のあるポン酢は納豆の味を引き立てる。
そういう意味で、冷蔵庫に余ってたポン酢を即興で使ったに過ぎない。
実際、少年のグラタンには刻みネギを入れてある。
俺や舞喜のとは見ただけで違うと分かるものであった。
「明太子と鮭のには、少し牛乳を足して、塩を抑えた。その方が具材の味楽しめるだろ?」
明太子が入ってる上に鮭と来れば塩っ気の多さが嫌に気になっただけの話なのだが。
代わりといったらなんだが、胡椒を足して、さけるチーズを乗せてある。
本人には言わないが⋯⋯。
「まるで、シェフみたいな事言ってる⋯⋯お兄ちゃんわかる?」
「⋯⋯わっかんねぇ」
「まぁ、良いから食え。冷めたらそれまでだぞ?」
そして、俺のは──殆ど味がしなかった。
何故か、ティッシュを近くで嗅いだ匂いと、腐った生肉を食っているようであった。
入れた餅に関しては粘土に近い食感であり、開けて一週間はそのまま経過した発泡酒のような味がする。
やはり、味覚が消し飛んでしまっているようだ。
だが、二人の手前、嫌な顔は出来ない。
後で奴に食べて貰おう。俺の影を見てそう思った。
「ぷは〜、美味しかったー」
「ご馳走様でした!」
「お粗末様。舞喜はともかく、少年は少し多めにして正解だったな」
納豆がかさ増しのようになった、というのもあるのだろう。
どちらにしてもご満足頂いたようでよかった。
「⋯⋯なんか、藍莉の料理以上に美味しかった」
「本人に言うなよ?俺が要らん目で見られる」
「はぁーい」
分かってんだよな?俺はあの小娘に、陰でグチグチ言われるのは好かない。
何故なら、アイツ──多分執念深い気がする。
二十年生きてきた俺の勘がそう言ってる。
「私、洗い物するね!」
そそくさと皿を持っていき、洗い物を始めた少女を一瞥する少年は何処か感慨深い様子で見ていた。
「朝倉さん」
「なんだ?」
「僕、なんだか、夢みたいです」
「夢?」
「はい。去年と比べてもここまで【普通】に戻れるっていうのが、なんか⋯⋯不思議な感じがして」
「⋯⋯【普通】⋯⋯ねぇ」
【普通】な訳がない。『常盤美羽』の姿が消えている事に気付いてもいないのが、【普通】な筈がないのだが──。
まぁ、いずれ気付くだろう。
「どうしたんですか?」
「いや、良かったな。ちゃんと『日常』が一つ、戻ってきたんだから」
「はい!」
妹が家に帰ってきた。それは少年にとっては新しい一歩を踏み出す予兆とも捉えられるだろう。
けれど、それは少しお預けなようだ。
『常盤美羽』の存在を忘れてしまっている今の少年ではこれから先、苦労の末に絶命は必至だろう。
回りくどい動きしか俺は出来ないが、それでもこの少年なら辿り着けるだろうと、信じたい。
「少年、忘れるな。世の中ってのは、自分を中心に回って動いてくれない。だから、思慮深く視ろ」
「見る、視る。でしょ?」
「そうだ。結局、人なんて単純な生き物は、視点を二転、三転させて、簡単に満足する生き物だ」
訝しむ少年、しかし俺は続けて言葉を綴っていくだけ。
「そこに、正義やら悪やらの価値観を持ち込まれると、いよいよ手が付けられない。徒党を組んで自分の行いを正義と自負するからだ。お前はそうなるな。なるなら、皆の思う正義じゃなくて、自分だけの正義を持て」
「正義?ヒーローになれと?」
「誰かの味方は誰かの敵って奴だ。でも、世界の敵が自分の敵っていうのは違う。これから先、そんな奴がゴロゴロ現れるだろうさ」
様々な者が居て、事情があり、同情や憎しみだって募る事がきっとあるだろう。
必ず全てに勝て──そう言えれば満足なのだが、少年は普通の少年。
無理難題の末にコロッと命が首と一緒に落ちかねない。
この街に住んでいる限り、少年達は奴に目を付けられたまま。
脅しは何度か掛けて動きを抑制させてきたが、居なくなれば活発的に動くだろう。
そんな時、必要なのは『自己の確立』とそれによって齎された『価値観と在り方』だ。
「だから、自分の価値観と自分の見た状況を信じて、やりたい事をやれ。たとえ、彼女さんにどうこう言われてもな」
「⋯⋯じゃあ、もし。僕がとんでもない極悪人に出会って、倒したいって思ったら、倒していいんですか?」
「倒せるならな?」
「分かりました」
分かってる──そうは見えなかったが、一々口にするのも違うから、俺は最後に大事な事を口にした。
「後、家族は大事な」
「父さん、母さんの事、言ってます?」
子供を見捨てた親、直接話した事もあるが、確かに良い親ではないのだろう。
しかし、良い親ではなくても、少年は割り切れていない。
そこら辺は【八咫烏】の作った『夢の世界』の様子を見ていた限り、舞喜の方がしっかりしている。
理想の親の姿、こうして欲しかった、あーして欲しかったという欲求とそれに反比例した現実での親の行動。
その親の行動原理と意図を知ってしまっている故に、諦めのようなものもあって、それでも捨てられない何かがハッキリとある。
子供ながらの複雑に絡まった感情と思考。
それを清算するのも親の役目の一つではあるが、その親が居ないのなら、どうするか。
「俺は家族としか言ってない。妹は家族じゃないのか?」
「⋯⋯家族です」
「ちゃんと口にしないと、伝わらない相手っていうのはいる。自分の主観だけで、相手を見ようとするなよ?それが原因で拗れる関係者だってある」
「家族⋯⋯」
「なに、まだ時間はある。ゆっくり、清算してけ」
俺は桐江宅を出た。
珍しくしっかりと挨拶を済ませた上で。
これで、少年は察してくれるようにななるだろう。
後は⋯⋯。
「縮こまっても少年は見えてないぞ?」
アパートの一階、階段の踊り場の隅にしゃがみ込んでいる『常盤美羽』がそこに居た。
「朝倉さん⋯⋯み、見えるんですか?」
「当然だろ。じゃなきゃ──」
亜空間を作り、冷蔵庫に放り込んでいた余り物を取り出した俺は、常盤の手元に持っていった。
「これを作ったりしない」
「やっぱり、後を着いて来てたの知ってたのね」
「あぁ、スルーしてたけどな」
「酷い⋯⋯」
買い物からの帰り道、普通に後方を着いて来ていたが、二人の会話に集中していた。
それに、一々俺ばかりが力を使って助けても成長にならない。
「酷いのはどっちだ。元を辿ればお前の間抜けな感じ方が原因でそうなってるんだろ?」
「え?」
「気付いてないのか?」
「はい」
意外だ、正直に言えば、気付いていると思っていた。
統合された精神、意識、感受性や思考はこの身体の本体、つまり、最後に残った『常盤美羽』に集まり、綱のように多くの紐が束ねられたような状態で『一個人』を形成している状態。
影響も受けるし、思考のブれも出ている。
実際、コイツと話している時、会話の波のようなものが極端に変わったりしてしまうのも、統合の影響をモロに受けている証拠。
だが、恋心や贖罪の念は統合されてからによるところが大きい。
まぁ、この世界の『常盤美羽』は少年に恋心を抱いていたのもあって、その影響が出ているのもあるだろう。
家じゃなくてこの少年の住むアパートに来てしまい、待機してるのもその面が大きい。
「⋯⋯なら、食べたら考えろ。ほら、箸」
「⋯⋯⋯⋯ありがとうごさいます」
「じゃあな」
「あ、あの。助けてくれないんですか?前みたいに」
前とはゴールデンウィークの事だろう。
未来との関わりもあるせいで、ややこしいんだよな。
「助けない。俺が助けたいと思った時に助けるだけだ。それに、自分の撒いた種を回収も出来ないなんざ、お前の頭はリス以下だって言ってるようなもんだぞ?」
「⋯⋯はい」
「ふっ、心配するな。俺じゃなくてもお前はなんとかなる」
「⋯⋯」
不安そうな顔を放置して、最後の脅しに向かった。
こればかりは俺でなければならない。
その為に、少年の中に『アイツ』を入れて、内部干渉された際の保護と別の可能性に賭けたのだから。
━ ━ ━
マッチが一本炊かれた。怪しく笑う人物が一人。
妖怪か何かにすら見えてしまうそれは普通の人間には何も感じない、本当に普通の存在に見える。
だが、『視えて』しまえば話は変わる。
「おい、今度は何考えてる?」
「⋯⋯⋯⋯」
「コッチを向くな。存在から跡形もなくバラすぞ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「最終警告だ。余計なちょっかいを掛けるな。俺は余所者ではあるが、世界視点では俺は居ていい事になっている。つまり、国籍がしっかりと此処にある状態だ」
「■■■?」
「そうだな。だが、その気になればお前の存在を消すと共に、世界を一からやり直してらこの時間まで戻るのだって朝飯前だ。消えたくなかったら言う事を聞け」
手首を振り、マッチの火が消えた。徐ろに立ち上がったソイツは月明かりにすら灯らない。
正真正銘の『怪異』であると共に『潜む者』である。
「■■■■■■■■■、■■■■■?■■■?」
「違うな。俺じゃない。お前の存在はお前が見るべき物事だ。それに、俺はお前が嫌いだ」
「■■。■■■■、■■■」
「その声、本当にどうにかならないか?俺だからまだ認識出来ているが、殆どの奴は認識出来ない筈だ。暗示を掛けて無理矢理、誤魔化しているだけなんだろ?」
この存在は一種の突然変異。この街で起こる全ての『現象』の架け橋にして、少年が恐らく、近い内にぶつかる相手。
超えなければならない壁。
「⋯⋯⋯⋯」
「はぁ〜。まぁ、下手な事をしたら、他世界であろうと、何処であろうと殺す。良いな?」
「■■、■■■■■?」
「少年が可哀想だろ?突然消えたらさ。あ、でも意識すらされてないのか〜!お前、可ッ哀想」
辺りの空間が粉々になった。小物は粉砕し、掛けられていたポスターは破れ、壁には大穴の亀裂が出来上がった。
物を大事にする習慣がないのだろうか。
コイツ、仮にも──。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
とんでもない叫び声。耳の近くでメガホン持って叫ばれているような劈く大声。
やはり、『自己の確立』が成っていない故の不安定さ。
こればかりは性質や生まれた瞬間の気質にも影響される。
「怒るなよ?事実しか言ってないだろ?誰もお前の事は記憶には残らない。姿も不明瞭、曖昧、感じる事もなく、気付けば居ないと認識される。これを可哀想だと言わず、なんて言うんだよ」
「■、■■■■、■■■■。」
「⋯⋯やっと意見が合ったな。俺もだ」
血走った瞳に乾杯。
しっかり笑ってやるから、好きなだけ怒ればいい。
「じゃあな、【潜交者】。その不細工な面。ちょっとは直さないと、子供に嫌われるぞ?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
勝手に名前を付けられてご立腹のようだ。
でも、ソイツ、アイツと呼んでも可哀想だし、【潜交者】という名前もピッタリだと思うが⋯⋯。
お気に召さないようだ。
「ちゃんと見ててやるよ。皆が見えるようになるその時までは、な」
その場を去った俺はこの世界から出る。
俺の出番もいよいよないだろう。
あればそれは、『世界が終わる』時だけだろう。
さて、次はどの世界に行こうか。
自ら作った次空間に入り、目的の物の為、今日も奔走する。
後、百四十二個──。




