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この街は今日も語る  作者: 紫芋
第1シリーズ 常盤美羽は語り切れない

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44/65

木漏れるドレスは漆黒

考察パートです。



 僕は牧原のご注文通り、事細かに事件の内容を伝えた。


 正直、目的地に辿り着く前に、また変ないざこざが影響して事態悪化なんて事にならないようにしたかったからだ。


 軽井の自宅で見た写真や投稿の内容、サナから伝えられた内容も込みで全て包み隠さず話して最初に出た彼女の言葉は至極単調なもの。


「馬鹿だな」


 これである⋯⋯酷くない?


 しかし、下卑た笑いを口にするでもなく、何処か静かなものであり、身長差的に彼女は僕を見上げた。


「まず、初めに言っておくが、その『常盤美羽』が消えた根本的な要因事態、貴様のせいではない」


「サナも言ってたな⋯⋯」


 その結論が、『常盤美羽』本人が()()()()()()()()というものである。


 けれど、僕はそれを否定した。


 もし、仮に死にたいと望むならば、その前に僕に会いに行き、何かしらの言葉を吐いていそうなものだったからだ。


『常盤美羽』に関する記憶の一切が飛んでしまっているにしてもここ最近の出来事に齟齬があるような出来事は見受けられないでいた為、彼女が直接、僕の元に来たという線は除去している。


 しかし、そうなれば誰が原因なのだと、疑問が頭を蔓延った。


「その顔⋯⋯、まだ分からないのか?」


「むしろ、なんで今のだけで分かるんだ?」


 分かってる奴は分からない奴を少々、下に見過ぎる視線を送る事があるが、牧原に至ってはゴミを見る目で見てくる始末。


 僕って奴は気付かない内に彼女からとんでもない反感を買っているようである。


「はぁ〜。恐らく──いや、確実な結論からすれば、『空弩街一斉昏睡事件』と呼ばれている【八咫烏】の影響だ。アレによって消えたとしか考えられない」


 僕は直接見た試しはないが、あの事件は僕を含めてこの街の人間を一部を除き、全員昏睡させた激ヤバな『現象』だ。


 最終的に自治体が動いたというのもそうだが、皆が一斉に眠ったという現実はバイオテロでも疑うレベルの事件。


 警戒するのはむしろ当然ではある。


 しかし、何が原因で寝てしまったかを知っている僕達はバイオテロなんてものではないと公言すら出来るのだ。


 視点の違い──というものだろう。


「待て待て。寝たから消えた⋯⋯そう言いたいのか?」


「違う。あの世界は貴様の妹を中心点として、皆に都合の良い夢を見せられる世界だ」


 僕の視点では『現象の無い世界』ではあった。


 都合の良い世界──そう言われて腑に落ちる。


 理想的なのと、都合の良いのとは、きっと別なのだ。


 本当に理想的ならば、『家族は散り散り』ではなく、ちゃんと家に居て、しっかりと親をしてくれている筈。


 都合の良いとは、僕にとっての都合。


 親が居なくても良いという都合であり、妹は『現象』に悩まされない都合もそうだし、藍莉には家族が揃っている。


 嶺二も富宮も武島も紫島も幸坂も軽井も笠辺先輩も皆にとっての都合の総評が、僕の中では『現象が無い世界』というものだったのだろう。


「だとしても、それがなんの繋がりがある?『常盤美羽』は()()で消えてるんだぞ?」


 至極真っ当な事を言ったつもりでいたのだが、彼女にとってはそうではないらしい。


 大きく、太い溜め息を吐いて、僕を呆れたように見てくるのが良い証拠。


 坂道が長く続く歩道をひたすらに歩いているというのに、無駄に体力を使わせるなと言いたげに首を回した彼女の挑戦的な態度はどうも鼻につく。


「⋯⋯全く想像力の足りないサルめ」


「うるせぇよ、トカゲ」


「あァ!!」


 どうやらカウンターには弱いらしい。


「勿体ぶるなよ。嫌われるぞ?」


「あ〜、もう⋯⋯。いいか?つまり貴様らは無意識下で『常盤美羽』を⋯⋯『厨二病』となっている今の状態の彼女ではなく、『清楚でお淑やか』な()()()()を夢に持ち込んでしまったんだ」


「⋯⋯⋯⋯ちょっと待ってくれ。そんな事言い出したら、皆に見せる面が人の全てとは限らないだろ?どうして『常盤美羽』だけなんだ?他にも居るのか?」


「そこはお前が原因だ」


 険しい上り坂で僕は足を止めた。


 自分でそうだと決めるよりも、誰かに言われる方がグッサリと胸を刺されたような感覚がする。


 スッキリはしないが、納得は出来てしまう、そんな感じ。


 そんな恐らく顔にも出てしまっている僕へと振り向きながらも、歩き続けた彼女は言葉を綴り続ける。


「あの『夢の世界』は記憶の保持が出来ない。恐らく【八咫烏】の行き計らいによるものだ。しかし、貴様は持ち帰ってしまっているだろう?だから『まえの常盤美羽』と『厨二病いまの常盤美羽』という情報を抱えてしまったお前が現実で板挟み状態になってしまったんだ。その結果、消えた」


「⋯⋯そうか」


「思い違いをするな。貴様のせいではない。いや、貴様『だけ』のせいではない」


 慰めのつもりにしてはヤケに優しさが感じられない彼女の言葉には確かな重みがあって、僕の脚を加速させて、隣まで向かわせた。


「『だけ』?じゃあ、他に要因や原因があるのか?」


 隣までやって来た僕に対して、少し笑む彼女は何処か穏やかであった。


 正直、人として接している時の牧原逸花でもこんな風には笑わないと確固たる自信がある。


 つまり、彼女がしっかりと笑う時はそう笑うのか。


「もし仮に、それだけが原因ならば性格が変わる程度で済んでいる。しかし、今回は姿まで消えている」


 性格が変わる程度⋯⋯とはいうが、実際は大事だろう。


 更に言えば、確信的に話すその推理、何処まで信じて良いものかが分からない。


『夢の世界』の記憶は僕と舞喜を除き、基本的に皆は持ち帰っていない。


 そうしなければ、『夢の世界』で舞喜を含めた皆が永久に昏睡したままの可能性だってあった訳で、そうなれば今のような事にならない代わりに現実では死人が出ていたかもしれないと思うと、成るべくして成った事件として見る事も出来る。


 とはいえ、僕一人が巻き込まれただけか、僕を含めて皆が巻き込まれたか、その違いでしかない気もするが⋯⋯。


「桐江准。ここで貴様の勘違いを教えておいてやろう」


「勘違い?」


 自慢げに語るその口調は何処か嬉しそうであり、挑発的にも感じた。


 だが、勘違いしている事があるとして、それが事実ならば、聞いていて損はない。


 僕は甘んじて彼女の挑発的な態度に乗った。


「『可視化』とは視点の変化であり、対象を見る自分の向き、角度を変える事だ」


 そう言われて思い浮かんだのは、何故かメリーゴーランド。


 あれは乗り物に乗って回るけれど、座っている物体の位置自体に変化はなく、回っているのはその下の台のようなもの。


 円形に作られたメリーゴーランドという場所で回っている内は、中心にある支柱が邪魔で一部を見えない箇所もあるが、支柱を除いて、ゆっくりと回転しながら移動する為、支柱が邪魔で見えない所も自然と見えるようになる。


 そんな想像をした僕だが、自信がない。


 何故ならば、『可視化』という言葉を最初に放った白髪の女性と今推測している彼女は別人であり、意味合いの違い一つでその後の対処法なんて無数に変わるからだ。


「しかし、お前は『透明人間』が『普通の人間』と土俵そのものが全く違うと考えていないか?」


「そりゃ、違うだろ?だって根本的な話すれば、『透明』って『無い』のと同等だろ?」


 無色透明とはよく言った言葉だと思う。


 海も紫外線とか光の具合で青に近い色に見えるが、実際は透明。


 外部の影響を受けて色が付いてるように見えるだけで海自体に色はない。


 だから、『透明』は『無い』のと同じ。


 そう思っていたのだが──。


「違う。『無い』のではなく『視えない』だけだ。無色透明という言葉があるが、あれは透けてるだけでフィルター一つで色が付いたように見える。純粋無垢という言葉にも捉えられるが、要は外部からの干渉で簡単に染められると言うだけの事だ。そして、土俵が変わったのではなく、土俵はそのままに見る方法、向きや視点の違いの話をしているんだ」


 心を読まれたのかと思うぐらいに同じ例えを出してきたが、やっぱり分からない。


 ただ、僕が考えていた理論と何となくぶつかったような、擦れたような、掠れたような……そんな曖昧なモヤモヤ感だけが募っていく。


「つまり?」


「『透明人間』は『透明ではない』という事だ。赤外線にだって反応するし、日光の光加減によっては人でも視認出来てしまう」


 外部からの干渉とはつまり赤外線センサーの事だと仮定すれば、確かに辻褄は合う。


 だが、そうなると僕は自動ドアに反応されなかった筈──。


「⋯⋯ちょっと待て。じゃあ、僕は『透明人間』じゃないって事か?」


「そうだ。図書館行った時、自動ドアが開かなかったんだろう?それが良い証拠だ」


「確かに開かなかったけど⋯⋯。じゃあ、触れた物が消える的な奴は?」


『透明人間』は物理的に触れた場合、その部分が消える。


『幽霊』は触れている物はそのままで浮く性質がある。


 ん?だがそうなると、僕も疑問が生まれた。


 それはサナの衣服だ。


 あの子は時折、軽井に買ってもらった服を着こなして悠々自適に僕の家に遊びに来る。


 思えば、僕も藍莉も普通に見えてしまっている状況下でサナの着ている服だけが浮いているかどうか、見えない人間の視点と比べる必要が出てくるのだ。


 しかし、少なくても僕視点では誰も僕と夕方頃歩いている頃、視線は一切向いていなかった。


 本当にそこには誰も居ないように皆がスルーしていく。


「実際に物が消える現場。それを見たのか?直接、その目で」


 僕自身の視点で分かるわけがない。強いていえば藍莉か舞喜、軽井辺りが近くで消えてる僕が物に触れた時の物自体の動きを見てくれていれば分かるものだが、そんなのは確かめている筈がなかった。


「いや、僕は見てない⋯⋯。いや、手すりが消えた奴!あれは?!」


「恐らく、アレは⋯⋯『時間の干渉』が起きただけだ」


「『時間の干渉』?⋯⋯っ?!『常盤美羽』か!」


 彼女は『時間』を操れる激ヤバ能力持ちだと『虚象』から聞いている。


『時間』を流れの操作するなんてロマンであり、なんでもありのド畜生なチート持ちな性能をしているが、何を証拠に『常盤美羽』のせいだと決め付けたのか、甚だ疑問だ。


「『常盤美羽』が居たのだろう、学校に。そして、どういう経緯か手すりに触れて、完全に物体として残らない程度にまで時間を進めたか、戻したか。どちらにしても、『常盤美羽』がやったのだろうな」


 随分と牧原は決め付けに掛かっているように感じた。


 リデュース、リユース、リサイクルのサイクルの結果、手すりだって時間を進めれば別の物体になっているようにも思えたが、その階段に密接している手すりが丸々同じ物に再利用される訳ではない為に無くなったのか、地球が滅亡する時間まで進めたのか。


 その『時間の干渉』が何処まで及ぶか知らない僕には考え至らない事だが、事実として手すりは本当に消えている。


 消えてしまっているのだから、何かしらの干渉はあったのだ。


「さて、ここで勘違いも解けた事だ。貴様は『透明人間』ではない。ならば、何か?」


「なんだよ?」


 またもや勿体ぶってる彼女はそっと脚を止めた。


 未だ、目的地には着かない中、脚が少し重く感じ始めた頃合い。


 休憩も兼ねているのかと、牧原へ振り返ると彼女は既に歩き出して僕の隣を越して前を行こうとしていた。


「ここからは憶測も入る。⋯⋯結果だけまとめるならば、貴様の事は『分からない』が最適だ」


「はぇ?」


「なんだその間抜けな反応は!」


 あんだけペラペラと推測を並べ立てておいて僕の事に関してだけ、『分からない』という解答がお出しされて間抜けな反応にならずしてどうしろというのか、怒れば良いかといえば違うだろうし、笑えば良いかといえばそうでもないだろう。


 呆れるか間抜けになる以外に僕には選択肢がなかった。


 ただそれだけの事だ。


 何より、『透明人間』でもなく『幽霊』でもないなら『分からない』なんて言われたらアホらしくて聞いていられない。


「いや、突然の放棄なんてされたらなぁ〜」


「聞け。いいか?これは、はっきり言えばかなり貴様は深刻だ。私が分からないのだからな。しかし『常盤美羽』に関しては直接見るなりして思い出せば勝手に帰ってくる。なにせ、自己の曖昧さが原因だからだ」


「曖昧さ?」


 訝しむように牧原を見つめた僕に返ってきたのは頷きが一つ。


 真っ直ぐと僕を直視する視線が一つだった。


「さっきも言ったが、お前が『二人の常盤美羽』の間に挟まった事が要因で、消失事件が起きた。だが、そもそもの話──」


 坂を抜けて、平らな道が続く歩道へと着いた。


 街灯がポツポツと並ぶ道で牧原の身体は照明に当てられて、良く見えた。


 意を決したような鋭い目付きで、僕の顔色などを窺う様子もなく、言い切る。


「『常盤美羽』自身が『厨二病』というカテゴリ事態をナメていた節がある」


「なんだその『厨二病絶対主義』みたいな物言いは⋯⋯」


 どうしよう、分かり合えないかもしれない。


『龍』『女の子』『二面性』『秘密持ち』とそれこそ典型的なよく聞く『厨二病イタイやつ』ならば喜びそうなカテゴリが勢揃いしている欲張りセットな牧原が言うと、どうしてだろうか⋯⋯自慢しているようにも聞こえる。


 決して自慢したくて言っている言葉なではないと分かってはいるのだが、それでも鋭い目付きの下、口元はしてやった顔の如く、左口角が少し上がっており、余計にそう思わされてしまった。


「『厨二病』とはそもそもの話、他人から見て一般的な行動を取らない奴、他人から見て調子に乗っている奴、態度の悪い奴、素行不慮の奴、二次元のキャラを現実に投影してしまう奴と多岐に渡る」


 僕が聞いた『厨二病』とは大人になりたい子供が見栄や意地を張って、デカイ態度を取ってしまう事の総称だと聞いた事があるのだが、『龍の辞書』にはそれはないらしく、むしろ行動の結果だけ見れば遠からず当たっているのが、人によっては逆撫で──いや龍に合わせるなら逆鱗に触れそうなものだ。


「だが、高校生にもなって、『厨二病』で盛り上がる奴は居ない。精々が、変わった奴程度の認識で、少しすればスルー上等のものだろう」


 そう言われればそうかもしれない。


 確かに、高校生という時期にまでなると、『厨二病』という存在が少ないというのもあるが、前提としてあまり気に止めないものであり、仮に気にしたとしても面白半分な面が多いだろう。


 そして、飽きられてしまえば、教室で浮いた存在となる。


「『自己確立』を促す為に『厨二病』を演じるのならば、本来は人にちょっかいを掛けなければならなかった。しかし、『常盤美羽』は人に迷惑の掛かる行動を一つとしてしていない可能性がある」


「『自己の確立』っていうなら、別に他人にちょっかい掛けなくても良くないか?」


 あくまでも自分の精神を安定させる為のもの。


 枝毛のように別れてしまったものを切るのではなく、あくまでも残し、束ねて、真ん中にはしっかりと中心となるような核を維持する為に『厨二病』をさせたのだと思う。


 束ねるにしても一体化したという訳ではなく、あくまでも束ねるのみであり、中心はしっかりと残っている状態を作る。


 それが『自己の確立』だと、僕は認識しているのだが、そこに他人への介入が果たして必要なのかと言われれば、些か疑問が残る。


「普通はな。だが、『精神分裂』している奴が『厨二病』より目立つ行動を取るのだとしたら、話は変わってこないか?」


「⋯⋯負けたのか?」


 つまり、『厨二病の常盤美羽』は『別の常盤美羽』にアイデンティティで負けてしまい、引っ込んでしまった可能性がある。


「そう。内面は『厨二病』で、外面はいい子ちゃん、または『無口な独りぼっち』⋯⋯。これほど無害な者がいるかっての。⋯⋯そんなの『居ないのと変わらない』のだからな」


 最悪なケースは『厨二病』であり『不登校少女』なのだろう。


 不登校生徒へ映し出されるのは『どうでも良くなった』という『無関心』であり、興味の喪失。


 学校にも行かない奴を必死に呼び止めて連れて行こうなんてする奴はこの世に居ない。


 誰かにとって多幸感に満ちる要因として使われるのがオチだろうし、友人一人に声を掛けられたぐらいで登校するなら、ソイツはきっとただの構ってちゃんだろう。


 自分の理想と現実とのギャップによる板挟み、そして、積み重なった不服と不満が何時からか受動的な生き方に変換されてしまう要因となり得る。


 果たして『常盤美羽』は『登校生』か『不登校生』か、どちらだろうか。


「恐らく、貴様が『厨二病』を提案した時、貴様としてはもっと個々を出す行動を求めたんじゃないだろうかと思う。そして、『監視』というのも、あくまで建前で本当は『上手く出来てる』かの報告程度だろう」


「なんでそう言い切れる?本当に監視してるかもしれないだろ?」


「だったら何時してるんだ?」


「⋯⋯それは」


 分からなかった。そもそも『常盤美羽に関連する記憶』のみの消失というのは、どうも不明瞭な点も多い。


 五月頃の僕の動向を聞いてみても、記憶を探ってみても、何をしたかがぼんやりとしかしていないのだ。


 すげ替わるとか何かに変換されているのではなく、曖昧になっているだけで、自然と誰かに『常盤美羽』の名前込みで「あの時、あそこへ二人で行ってたろ?」と問われても、曖昧な記憶が影響して、自然とハマるピースのようにこじ付けが出来てしまえる程度のものであり、違和感らしい違和感がない。


 だから、監視をしていたと問われれば「そうだったかも」と口に出来てしまえる。


 かといって曖昧な記憶だけを探ろうとしても本当に忘れている記憶もある為、自分で探り当てるのが極めて困難なのだ。


「そして、問題はその報告にある」


「え?」


「貴様、携帯無いだろ?」


 命と引き換えに笠辺先輩の手によって物体丸ごとデリートされてしまった。


 かなりの深傷であり、最も欲している連絡用ツール。


「⋯⋯ない。⋯⋯あ、そうか。メッセージのやり取りで報告してたのか!」


「だろうな。ゴールデンウィーク明けから監視したとしても、その後に貴様は藍莉と付き合い始めている。どう見積もっても時間の猶予が無くなる。ならば、スマホのやり取りで済ませれば良いに限る。電話でもいいしな」


「でも、僕は入院直後にスマホを⋯⋯」


「恐らく、棄てられたと勘違いしたか、迷惑と感じて敢えて言わなかった可能性がある。まぁ、これは憶測⋯⋯あくまでも可能性だがな」


 なぜ直接話し掛けないんだ──とは今の僕は言えない。


 そもそもの話、聞けば聞くほど僕が原因でしかない気がしてくる。


 五月のゴールデンウィークに家族を失い、ロクに知らない歳上の男子にあれこれ言われても迷惑が過ぎるというものだ。


 むしろ、棄てられたでも勘違いしたでもなく、僕が棄てられて、助けてやっていると勘違いしていたのではないかとすら思う。


「『なんちゃって厨二病』を演じてたら、『自己の確立』が保てなくなった⋯⋯か」


「そこに付随するように起きたのが『空弩街一斉昏睡事件』だろう。睡眠は元来、『記憶の整理』と人間は考えているらしいな。脳の処理を安定させる為に自然と出来た生理機能だとか」


「そこに僕も巻き込まれたから⋯⋯」


『記憶の整理』のついでに『現実の常盤美羽』が消えた──つまり、そう言いたいのだろう。


 最悪な事に僕が記憶を保持して帰った事で、皆の記憶から『常盤美羽』だけが消えてしまい、彼女自身は意識がある為、尚の事に悲惨な状況なのではないだろうか。


「あぁ、もっと言うならばクラスメイト全員だ。クラスメイトが無意識の内に『お嬢様(笑)』を夢に持ってきてしまった。それにより、『厨二病げんじつの常盤美羽』は完全に拠り所を失ってしまった」


 改めて言葉にされると、罪悪感が募っていく。


 そして、そんな罪悪感など見抜いたように僕を鼻で笑い、機嫌よく彼女は嘲る口振りで僕を見て言った。


「そこにプラスして貴様が『厨二病げんじつの常盤美羽』を思い出してしまったのだろう?だから『夢の世界』でも齟齬が起きてしまい、記憶を持ち帰る時にはバグとして処理された。結果、誰の目にも止まらない、皆から忘れられた曖昧な存在、『常盤美羽かわいそうなやつ』の出来上がりだ」


 何も言えなかった。結局の所、『厨二病』を勧めた僕の判断が間違っていて、『夢の世界』で『記憶』を持ち帰ってしまったが為に、被害が更に酷くなって、今回のような事になったという事に他ならない。


 散々理屈を捏ねたが、『僕が原因』で全て片付いてしまえる。


 なんともまぁ滑稽な増長と思い上がりの果てかと、思わず鼻で笑ってしまった。


 真っ直ぐと伸びた歩道は終わりを迎えて、大きく左折する所まで来た。


 ごく普通に曲がろうとする僕だったが、前を歩いていた牧原がピタッと急に立ち止まって、思わず脚が止まる。


「そうだ。肝心の貴様に関しては⋯⋯。何か変なんだ」


「変?」


「以前、私は言ったな。『嫌な物が入っている』と⋯⋯」


「言ったな」


 テスト期間中、廊下で話をした時に確かに言われた。


 あの時の牧原は耳元で急に声色が真反対を向いたせいで、かなり衝撃的があったが、二度と味わいたくはない。


 そんな僕に驚きと悲鳴を交互に与えてくれそうな牧原は言い淀んだ後、口にする。


「それが……何故かあの研究所に居た奴と似ているんだ」


「『超能力』の女の事か?」


「違う。詩葉の弟、朔が寝かされていると聞かされて向かった実験室の──」


 体感だけならば今でも思い出せてしまえる。


 急激にやって来た悪寒が身体の全細胞を『逃げろ』と劈かせたように、頭の中は『逃亡』の二択を選びたかったあの感覚。


 二度と味わいたくはないそれが僕の身体の中にある。


 理解に苦しむ限りの言葉であり、謎であり、撤回して欲しい事だった。


「⋯⋯⋯⋯っ、なんで?」


「知らない。少なくても昏睡事件の前から漂うに近かった……。最初はその者の『何か』に当てられた程度に考えていた。だが、今は明確に中にいる。そして、そんなホイホイとアレを手懐けられる者は朝倉拓也しかいないだろう。貴様、何をされた?」


「いや、何も⋯⋯されてない、筈」


「知らぬ間に放り込まれたのか⋯⋯」


 正直、やりかねない。朝倉さんは口添えも、相談も、許諾もなしに勝手にホイホイと進めてしまい、巻き込まれた僕はよく状況に着いていけずに困惑している事が多かった。


 今回も例に漏れずそのパターンであり、何時もと違うのは彼からの答えを貰えない事ぐらいだろう。


「んで?それと僕の現状の状態が分からないってどう関係してるんだよ?」


「私の目を持ってしても、状態が掴みづらいんだ。今までの貴様ならば『か細く小さな線』が手首に付いている程度だった。それが今はそれすら見えない。黒いモヤに隠されているように映り込まない」


「それ、僕の顔とかちゃんと見えてるんだろうな?」


「ナメるな。スイッチのように切り替え可能だ」


 か細く小さな線とは恐らく『虚象』との契約によって出来たものの事であり、『僕』と『虚象』の双方が無理なく日常に支障を及ばさない程度のものが細くて誰でも切る事が出来るほどの細い糸のような契約なのだ。


「しかし、それでは状態を詳しく見る事が出来ず始末だ⋯⋯」


『可視化』という名の消失の危機。


 白髪の女性が僕に何かを与えたのだろうが、肝心のそれが見えないのでは意味がない。


 そもそも、『可視化』という言葉だけなら、僕自身に影響は出ず、見えないモノも見えるようになって欲しかったものだ。


(見るか、視える⋯⋯。つまり意識の違い)


 朝倉さんが言っていた言葉が何故だか引っ掛かる。


 今の僕は『視える』状態でなければならないが、それらしい変化はない。


 むしろ、僕は『消失かしか』さえすれば、『常盤美羽』を探せれると思い込んでいたが、よくよく考えれば顔付きや話し方、癖すら忘れている僕は、果たして出会ってすぐに思い出せるのだろうか。


 それとも思い出せなら視えないという事なのだろうか⋯⋯。


「『見る事』と『視る事』は違う⋯⋯か」


「うん?なんだそれは?」


「朝倉さんの言葉。ちゃんと本質や存在を見抜くなら『視る事』をして、外面や位置の確認程度なら『見る事』だって言ってた」


「ほぉ⋯⋯。なるほど。言い得て妙な事を吐く。だが、それは難しい」


「⋯⋯だよな」


 本質を見抜く──しかも目視の確認のみで判断する力なのだろうが、これが異常に難しい。


 僅かの違和感一つで相手が何を持って起こした行動なのか、無意識でやってしまっている行為を瞬時に判断する能力であり、深層心理に切り込む視野。


 少なくても朝倉さんはそう言っていたが、当初は大袈裟な言葉を使って寛大に考えさせられていたが、今となっては地道なものだと思う。


 人を判断する際、どうしても相手の『見た目』や『口調』と『態度』で判断して、その中にある感情の起源ルーツを知ろうとしても偏見に偏りがちになってしまうのだ。


 恐らく『視る』とはそういった偏見は排除しなければ出来ないと思われる。


 何故なら、朝倉さん本人が偏見で物を見る事はしなかったからだ。


「そもそも、人はなんでも知っている節で話し過ぎる。人は知ろうとする癖に、それが間違いないと決め付けが過ぎる」


「学会とかで公式発表されたものは事実だろ?」


「その人の尺度で語りたがるから失敗するのだ。どうして人の考えがあらゆる事柄で通用すると思っているのだ?それは傲慢な考え方だ」


 そう言われても僕には分からない事柄だ。


 人の尺度とは言うが、比較しようにも人と同等レベルに喋れる存在が見つからないと尺度というのも測れない。


『龍』なんて論外で、いとも簡単に知識を取り込める性質を持ってる為、尺度以前の問題である。


「って言われても⋯⋯。人として産まれてきたんだから、人の尺度で物事を考えるのは自然な事だろ?犬だって犬の考えでしか動かないし、賢いだって、人の言う賢いと犬に言う賢いは違うしさ」


「そう、違う。だからそれで良いのに。犬の感じ方、考え方すらも人の尺度で収めようとする。だから愚かなのだ。物作りに長けた存在である事が博識である事と(イコール)ではないのと同じだ」


「でもなぁ。そうやって文明築いてるし⋯⋯許してやれよ」


 少しの憤りを感じた彼女から感じた。


 何かあったのだろうが、そこには敢えて触れない事を選び、真っ直ぐに視線を向けた。


「そんな文明の名残だな」


 人が築き上げてきた物を文明と呼ぶのならば、壊した物もまた同様だろう。


 曲線となった歩道を左に進み、辿り着いた。


 鉄格子の奥、暗闇に隠れようにしてある、煤焦げて何も残っていない瓦礫の山を。


 ━ ━ ━


「こっち⋯⋯ッ!」


「先輩待ってぇぇ〜〜」


 切羽詰まった表情でバスを降りた藍莉と背後を着いて来た舞喜。


 そんな二人をバス停で待っていたサナと椎奈だが、藍莉のみが突出するように先を歩き、サナが必死に隣で道案内しようとする異様な状況下が繰り広げられた。


 藍莉は准ほどの余裕がなく、造林近くにあるカフェを目視で確認しても睨み付けるような視線を向けるだけ向けて、さっさと道を進んでいく。


「サナちゃん、何処にあるの?その写真場所は?」


「えぇと、えぇと。こっち⋯⋯だったかと」


 造林の方面を指差すサナだが、目的地は林の遥か奥だと理解した藍莉は目を凝らす。


 そして、小走りで後を着いてきた椎奈、未だに藍莉達とは距離が離れている舞喜の二人は既に息が絶え絶えに近く、肩から呼吸をしてしまっている。


「軽井さん、遅いわよ!」


「えぇ?!私だけ!舞喜ちゃんも遅れてる側じゃないですか〜」


 椎奈の背後で上り坂を膝に手を添えながら上る舞喜を見つめる。


「舞喜ちゃんは良いのよ」


「贔屓ッ!」


 ようやく到着した舞喜の背中を擦る椎奈も思わず咳き込んでしまう。


 そんな様子を見た舞喜は藍莉へと言葉を紡ぐ。


「あ、あの!藍莉さん!」


 汗を流して、苦しそうな表情を浮かべる舞喜には覇気のようなものが薄れており、少し弱々しい感じにも思えた。


 久々の運動、しかも退院して数日、バスを降りた直後から始まる、急かされたランニング。


 身体が着いてくる筈もない。


「ペースが早すぎます。ここから林に入るのに、体力の消費は⋯⋯抑えた方が良いと思います」


「サナもそう思う。長いよ?」


 サナと藍莉だけならばともかく、椎奈と舞喜も同行している中、造林近くに放置して行くという選択肢はこの時の藍莉にはなかった。


 夜中の人目が少ない林付近、同じ部活の後輩と彼氏の妹を放ったらかして、もし何かあった場合、藍莉一人の問題では済まなくなるからである。


「⋯⋯そうね。ごめんなさい」


 そっと深呼吸をして、ゆっくりとした歩幅で林の中に入る。


 サナを一番前にして、その後を三人が着いて行くというペース配分的にも道案内という基準においても比較的に順当な配置となって林へと進行した。


 夜の林、森には烏が飛び交う。


 落ち葉や枝を踏み抜き、鳴る音は盛大なものだと耳が錯覚し、僅かな息遣いが意識を剥ぐようにも感じる中、サナが立ち止まった。


「どうしたの?サナちゃん?」


「⋯⋯誰か、いる」


「え?」


 指を差すその先は、この林の中ならば有り触れた樹木であり、変哲なんてものを感じない普通の木。


 暗闇の中、月明かりも差し込まないほどの闇が伸び広がっている中、藍莉は声を張る。


「誰?!誰か居るの?」


 僅かな沈黙。息を呑む椎奈とその腕にしがみつく舞喜は一歩後退してしまい、サナと藍莉の視線は真っ直ぐとそのまま。


 落ち葉が踏まれた音がした。前方、サナが指を差したその方向で──。


「なんだ、意外と勘が鋭いのね」


「誰?!」


 すっと現れたのは、灰色の長髪に、肩と首元が空いている黒く纏まった麗しいドレス姿の女性。


 林を歩くにしてはヒールが些か不十分に感じるものの、彼女はなんて事のないように藍莉達の前へと歩み出す。


「白い髪、黒のドレス?」


 藍莉が思わず呟く。それは准に聞かされていた特徴と酷似していたからである。


「なんか綺麗な人⋯⋯」


 思わず息を呑む椎奈は目が点となってしまう。


 舞喜もそれは同様であり、その存在に目が奪われてしまっていた。


 優雅な歩き方、気品のある立ち振る舞いは、絵になるというのを体現したように綺麗に収まった目鼻立ち、凹凸がしっかりしている身体のラインは流麗のようである。


 しかし、そんな彼女に唯一たじろぐ事をせず、真っ向から噛み付く姿勢を見せる者がいた。


「⋯⋯っ。ねぇ、貴女、桐江准を知ってる?数日前の学校の帰りに背後から抱き着かれたらしいのよ。『可視化』とか言ってね」


「私ね、それ」


「⋯⋯っ、お兄ちゃんを返してください!」


 三人で語った報告会には舞喜も居た為、思わず声を上げた。


 全ての元凶。兄が消える要因を作った何よりの理由。


 ここで美貌に目を囚われてしまう程、舞喜は間抜けな人物ではなかった。


「返すも何もないのよ?だって、見つける事は貴女達の役目。見つからないのをこちらの落ち度にしないでくれないかしら?」


「貴女が何をしたかは知らないけど、准を巻き込まないで!」


 必死さを滲ませるその声色に、呆れた顔を浮かべてしまう女性は隠れていた樹木に手を添えて、体重を掛けるようにして凭れる。


 気怠げなその様子に藍莉は眉を顰め、椎奈は訝しみ、舞喜は口を固く閉じる。


「貴女、本当に⋯⋯はぁ〜」


「た、溜め息吐きました?今?」


「吐いたわね。しかも大きめの」


 一番槍に驚くのは椎奈、気の抜けたような溜め息を吐いた事に畏怖の念を向けるのは藍莉であり、そんな二人を同情的に見つめる女性は樹木に預けていた体重を自身に戻して、姿勢よく佇む。


 そして、顎を上にして、見下すように一言。


「本っ当に馬鹿ね?貴女達」


「急にディスられた!」


 目を細めて苛つきを抑えようとする藍莉であったが、更に上乗せするように女性は言葉を綴っていく。


「私が確かに桐江准の為に『常盤美羽』が見えるように『可視化』出来るようにしたけれど、それで見えなくなったのは、貴女達の『先入観』が問題なのよ?」


「『先入観』?私達が何を──」


「『桐江准は【現象】に巻き込まれるのが当然』なんて考えがあるんじゃない?」


 気付かされて、思わずハッとなるのは二人。


 一人は藍莉であり、思い当たる節は多くあった。


 そもそも学校に登校した後ですら、教室に居ない時間すらある准の事を何時しか『また居ない』程度に済ませている。


 本人は『行きたくても行けない』と豪語しており、しかし理由だけは頑なに語ろうとしないアンバランスさが、何時しか仕方ないと済ませてしまった。


 二人目は椎奈。付き合い自体はサナと同等だが、二年生で不登校の男子といえばと名前が挙がるのは『桐江准』であり、『幽霊騒動』があった日以降、度々学校を抜け出す姿を目撃している彼女も『現象に巻き込まれた』程度に収めてしまっている。


「⋯⋯。そんな事」


 抵抗を示すのは藍莉の言葉。


 他二人は沈黙を貫くのみ。


「ない?本当に?軽井椎奈さん、貴女も桐江准から話を聞いて、そういう考え方が何処かにあるんじゃない?舞喜さん、貴女は特にその傾向がある。元々お兄さんを巻き込んで引き込んだのは貴女のようなものだものね」


 舞喜に関しては、朝倉拓也のメンタルケアが幸いし、日常生活が可能なほどに戻っているが、元々ある自罰的な性格が災いし『兄を巻き込んだ』という負い目に引かれがちであった。


 その為、『兄は現象に巻き込まれた』という前提条件が刷り込まれてしまっている。


 既に【当て馬】の『現象』は起きないのは確定的となりつつある中、舞喜の内面だけならば不安要素の塊であった。


 そんな二人には優しい視線が通うというのに、ただ一人──大洲藍莉にのみ、女性は冷たい視線を向けて言い放つ。


「そして、大洲藍莉。特にお前は重症。『巻き込まれたら一緒に飛び込めばいい』なんて考えがあるんじゃなくて?」


 言い淀む藍莉は思わず口を開いてしまい、舞喜と椎奈は前に居る藍莉へと視線を向ける。


 心配の視線を後方から、冷ややかで冷徹な威圧を前方から受けている藍莉の身体が自然と震え出す。


「ナメんじゃないわよ。そんな甘ったれた考え方で『桐江准』は探せない。少なくても、助けたいなら、『彼の気持ち』を『考え方』そのものを肯定しては駄目なのよ。それを助長させるように話し合いと監視。そりゃ逃げてしまうわよ。可哀想に⋯」


「私は准を助ける為に、傍に居ただけ!それが監視と思われても私は良い!でも発端を生んだ貴女に言われたくないッ!」


「そうかしら?傍に居たいという気持ちは尊重してあげるわ。でもね、その相手の気持ちを度外視した結果が薬での一服じゃないの?話を聞かない。聞いても分かって貰えない。そんな気持ちが彼にもあったんじゃないの?」


 結果だけで纏めてしまえば、女性の言葉は正しい。


 既に准は、藍莉と舞喜を観察した上で無理をし過ぎる姿に終止符を打つ為に一服持った。


 しかし、そこには話し合いというテーブルと椅子はなく、どちらかが根負けして従うだけの根比べとなってしまっており、准も藍莉も話し合いで深く探るという事を怠った末路にも近い。


 一方は自分の為に身を粉にし過ぎる姿や様子に不安視を向け。


 一方は身を粉にしてでも生きて、守り抜きたいという我儘。


 どちらかが正しいという結果ではなく、どちらかが折れなければならない状況へと持ち込まれた結果に一服盛られてしまっただけの話。


「で、でも!大洲先輩は本当に助けようとして──」


「椎奈さん、それはその子の考え方に偏りすぎなのよ?『【現象】に巻き込まれて当然』だから『傍にいる』なーんて、可哀想な事ね。誰も彼を引き上げようとしない。それで傍にいて欲しいと思える厚かましさ。笑いすぎて腸が飛び出ると思ったわよ?滑稽〜」


 嘲笑う姿は夜闇に迫る魔女の如く。


 不気味さと疑念、忌避感と恐怖心が藍莉の心を苛むがそれを物の見事に女性は笑ってみせる。


「そんな事は、ないわよ」


「ない?何処が?現に貴女の前から姿は消えた。少なくても彼に施した『可視化』は『現象』とは()()の人なら誰でも見えるものだもの。そうでなくても『居る』と確かに思う事が出来れば自然と見える」


『空弩街』から一歩外へと出れば、准は普通の少年となる。


『居て当たり前』という常識。


『居なければ不自然』という認識によって少年の姿は色が付いたり、透明と化したりと様々。


『|白の夢龍《まきはらいちか』が准を視認出来ているのはその側面が強く、『先入観』だけで物を判断しない傾向があり、基本的に見聞をして自身の考えで判断する。


 その為、彼女は『透明人間』でもなく、『幽霊』でもない曖昧でしかし確かに見えなくなった存在を認識する事が可能だった。


 だが、三人は違う。人間は良くも悪くも流されやすく、『龍』のような存在でもない。


 様々な要因が積み重なり結果として『見えない』という事柄を『受け入れている』傾向が垣間見えてしまっているのだ。


「巻き込まれ過ぎて、彼が居ない時があるのはごく当たり前だって思ってない?」


 桐江准は『現象』によって生まれた存在ではない。


 れっきとした普通の子供であり、本来は何不自由なく当たり前の人間として暮らしている筈だった。


 しかし『現象』によって一変した常識は『日常』から自然と離れていき、それを見届けるように『日常』にいる彼女達も手を振るのみ。


「⋯⋯そんなのでは駄目なのよ?しっかりと『日常の枠組み』に入れてあげなきゃ」


「入れてるわよ!」


「上っ面だけで判断するな!重症患者ッ!そんなのだから、身体を使わなきゃ逃げられると思ったのでしょうに!」


 血の気が引いた感覚が藍莉を襲う。


(⋯⋯な、なんで)


 事実無根の虚言だと、言いたくても言えなかった。


 否、言える筈がない──事実その通りなのだから。


「え?⋯⋯先輩?」


 震える藍莉に椎奈は思わず驚く。


 高校二年生の時点で覚悟の決まりようが勇猛果敢な武将並なのだ。


 自分の身体を使った滞在時間の確保。


 既成事実という逃げ道の遮断と永久的なかつ強制的な寄り添い。


「一晩お楽しみだったようだけれど、逃げられないように既成事実でも作ろうとしたのでしょう?ムードもあって、状況も完璧。でも逃げられた。何それ、笑えるんですけど」


 蹲る藍莉は敗北者の様そのもの。


 傍に居てもらう為に出来る術はなんでも使う。


 その一つがテスト前の晩に起きた出来事──だったのだが、藍莉の意とは反する形で准は去ってしまった。


 知らず知らずの内に仲間に率いた嶺二という存在が隠していた隠し玉にやられて、意表を突かれてしまった藍莉には、何故そこまで准が『常盤美羽』に固執しているのか、分からないでいる。


「せ、先輩」


「藍莉さん!大丈夫?」


 傍までやってきて藍莉の様子を確かめようとする二人だが、そんな状況はむしろ畳み掛けるチャンスだとばかりに言葉は疾走はしる。


「傍に居て欲しいのは貴女の都合。『常盤美羽』を追わなくて良いと進言したのも貴女の都合。身体を寄せ合えば相互理解と気持ちの共有が出来るって信じてたんでしょ?」


 夜の林にさざめく木々がヤケに煩く耳に響き、相乗的に女性の言葉が上乗せされて耳を塞ごうとする藍莉。


 しかし、そんな彼女の手をガッシリとつかんだのも女性であり、無理矢理聞かせようと耳を塞ぐ事を拒絶した。


「たとえ地獄に落ちようとも、一緒に居れば不安はなくて、安心感と多幸感で身を包む。それが、彼にも同じように伝わってくれていると信じていた。でも、最後には逃げられた」


「確かに、そういう気持ちもあったわ。否定しない。でも!貴女に何がわかるの?⋯⋯傍に居て欲しいから、生きてて欲しいから!だから⋯⋯」


「その考え方が既に手遅れなのよ」


 手を振り払おうする藍莉だが、それでも女性は離そうとしない。


 やがて、藍莉は体勢を大きく崩して、倒れ込む。


 土が葉っぱが髪や頬、衣服に付着。


 茶色と黒色に汚れた彼女は睨み付けるように見下す女性を凝視するものの、それを一蹴するように鼻を鳴らして嘲笑ってみせると、悔しそうな顔を浮かべながら俯いてしまった。


「気付いてるんでしょ?貴女の考えって前提が破綻してるのよ」


『傍に居て欲しい』『生きていて欲しい』という感情は誰もが持っている。


 しかし、それを強く表に出す事は基本ない。


 家族で例えれば理解りやすく、『傍に居る』というのは、親から子が、子から親が感じる当たり前の感情だが、「傍にいろ」と口酸っぱく言う事はまずない。


『生きてて欲しい』という言葉も同様であり、産まれたての赤ん坊にならまだしも、高校生にもなった子供、健康的な親に子供が言う言葉ではないのだ。


 何故ならば、それが『ごく普通』であり、『当然の事だと認識している』からだ。


『傍に居て欲しい』と『生きていて欲しい』の二つが飛び出る意図は基本的に何かしらの事情がある場合に限る。


 遠くへと行ってしまう大事な人に向けた言葉。


 生命の危機があり縋り祈るような言葉。


 願わずにはいられない感情が口から漏れてしまった為の言葉。


 今回のケースに踏まえれば、『現象』に巻き込まれてしまっているという前提が『日常』から准が逸脱してしまっているという藍莉の危機感が先行し過ぎた為、出た言葉であり、『日常』からはみ出してしまっていると肯定してしまう言葉とも受け取れてしまう。


 だからこその前提の破綻と女性は口にした。


『日常』に入って居ると言っているにも拘わらず、准が『日常』からズレていると肯定しているのは、他でもない藍莉自身なのだと──。


「それでも、貴女が准に何かした事に違いないわ」


「そうね、だって彼には生きて欲しいもの。私は深く干渉出来ない。だけど、貴女達は違う」


「なんで准なの?」


 どうして彼なのか。どうして、彼でなければならないのかという疑問。


 他にも巻き込める人物は居ただろうに、選ばれたのは准であった。


 舞喜は目を凝らして藍莉を見る。


 椎奈は唇を僅かに閉じて、俯く。


 女性は微笑んだ。


「だって──」


 風が吹く林の中、ざわめきを鳴らすその中心で愛おしそうにそっと、鮮明に綺麗に笑ってみせた。


「初恋だもの。大事にしたいわよ」


 舞喜はポカンと口を開けて、唖然としてしまい、椎奈は発言の意図が掴めずにいた。


 藍莉は地面に触れていた土を爪が食い込む勢いで握り締めて、怨敵に再会したような険しい表情を浮かべている。


「⋯⋯歳下好き、ですか?」


「私は歳上好きよ?だから彼だったんだもん」


「それ、どういう事?」


 語気が強まり、立ち上がる藍莉は今からでも殴り込みを掛けそうな気迫である。


 そんな彼女の表情を見て尚、余裕そうに微笑み続ける女性は悠然の構えを崩さない。


「貴女が『現象』に巻き込まれる前には私達は会ってるの。それだけ。懐かしいわぁ、色んな所に行ったもの。海に行ったし、買い物だってした。お揃いのペアルックなんて物も買ったし?貴女は⋯⋯ふっ」


「笑い事じゃないんだけど⋯⋯」


 ドスの効いた鋭い声に思わず後方の二人は「ひぇ!」と小さく声が上がった。


「あら、失敬」


 しかし、藍莉と准のお出掛けなんてものは基本的にスーパーかコンビニのみであり、ペアルックはおろか、プレゼントなんてものは貰った試しもない。


 アドバンテージは灰色髪の女性にあるのは明白であった。


「でも、先輩二股なんてする度胸あるんでしょうか?」


「ないです。日和るんで、お兄ちゃん」


「だよね⋯⋯」


 そう、桐江准は二股なんてする度胸が粉微塵もない。


 若干、ハーレムというのに興味はあるが、きっと失敗すると内心で溜め息を漏らしてしまう程の軟弱性。


 女性の機微に疎く、顔もそこそこ程度のアホ顔にハーレムなんてものは夢のまた夢だと自認出来てしまうほどの小心者。


 一途なのではない。一途でなければ微塵子な体裁が保てない、それが桐江准なのだ。


「貴女、なんなの?⋯⋯誰なの?」


「⋯⋯私は誰かしらね?⋯⋯でもそうね。敢えて名乗るなら──【ノーネーム】ってところかしら」


 怪しい笑みを浮かべて灰色の髪が靡く風を一身に浴びる。


 横へと流れる髪は魔女のようであり、黒のドレスは木々に隠れた月明かり程度では決して照らされない漆黒であり、存在感の塊。


 闇に紛れるにはもってこいなドレスに不釣り合いな目立つ灰色が流れて染まる髪。


 そんな女性は懐かしむように上を見上げた。


「名無し?」


「そう」


「ぷふっ」


「ちょっと、軽井さん!笑う所じゃない」


 隣に居る椎奈の耐え抜いた結果、僅かに漏れてしまった声は周りに居る三人の意識を向けさせた。


「だ、だって⋯⋯『厨二病』みたいな⋯⋯え?」


 椎奈が口を閉ざしたまま、真正面に居る女性を見つめる。


 舞喜はそんな彼女の様子の意味が分からず、首を傾げてしまい、藍莉は思わず顔を女性に向けた。


「⋯⋯貴女、『常盤美羽』?」


 一年生と聞いていた『常盤美羽』は『時間の干渉』が出来るとも聞いていた為、あながち少し成長した姿で現れてもなんら不思議はない。


 問題は『常盤美羽』は消えているという前提の中、目の前に居る『常盤美羽』は誰だという疑問にある。


「⋯⋯ふっ。さぁ、どうかしら」


「待ちなさい!貴女、どうして?消えたって!」


「消えてないわよ。『常盤美羽』は居る。ただ『視点』を変えれば見えるだけ。彼も今頃は『龍』と仲良しこよしかしら」


「『龍』?」


 訝しむ藍莉にキョトンとした顔を向ける女性は、なにかを察したように頷く。


「⋯⋯そう、貴女、知らないのね。そっか⋯⋯流石にあの人も黙ってたか」


「あの人?」


「大洲藍莉。彼を、桐江准を助けたいなら、その腐った内面を少しは清掃なさい。一緒に落ちるのではなく、彼と一緒に上がる道を行きなさい。でなければ、破綻するわよ?」


 樹木の後方へと歩き出した女性。


 その後を追うように藍莉、舞喜、椎奈がその樹木へと向かうと、忽然と姿が消えてしまっていた。


 まるで、暗闇に潜んだように影も形もなく。


「消えた⋯⋯」


「『幽霊』?とか?『生霊』的な!」


「お姉ちゃん、あの人『幽霊』じゃない。サナがそうだから、分かる」


 裾を引っ張り口にするのは今まで空気を読んで黙っていたサナであり、突然やってきた少女の手を握る椎奈は嬉しそうに見つめた。


「サナちゃん、ずっと黙ってたね?」


「あの人、サナの事は見えてないみたいなの。だからお口チャックしてた」


「お利口〜」


 舞喜、椎奈がサナと戯れている間、藍莉ただ一人が考え耽っていた。


(⋯⋯内面⋯⋯。一緒に上がる⋯⋯)


 助ける為に変わらなければならない。


『視る』という行いは一朝一夕で出来る事ではないと、焦りのようなものも表情に滲み出てしまうものの、それでも彼女は意を決した。


 桐江准を助けて、一緒に『日常』へと戻る為に──。


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