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この街は今日も語る  作者: 紫芋
牧原逸花は語らせない

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30/38

だからこそ、牧原逸花は語らせない

長いよ。(人の程度による)


裏道話は今回の章では無し。

 青の閃光が夜空に咲いた。それを視認した者は一様に思う。


『誰があんなバカでかいのを放ったのか』と。


 建物全体が煌びやかな青に照らされて、夜を鮮明に一色へと彩る。その光景に「綺麗だねー」と呑気な言葉を吐く者は居なかった。


 皆が、何か良からぬ事をしている可能性を危惧して、ある二人は階段を上がり、六階へと。


 ある者は車から急いで降りて、中に居る後輩の安否を気にして駆け出す。


 そして、ある者は遥か遠くからそれを一望し、カップ焼きそばを口に含みながら、眺めていた。


「美味ぁぁ。夜清やっしんの焼きそばはソース濃いめだから、あんな花火を見ながらだと、感動もんの美味さだな〜」


 割り箸で掴んで口へと頬張るその様子はリスか或いはハムスターか、或いはゴールデンレトリーバーか。


 どちらにしても食いしん坊のように口にしていく内に青い花火は消えていき、容器に入った焼きそばは空となった。


「今回は俺が居なくてもどうにかなったな。まぁまぁ頑張ったんじゃないかな、少年の奴。落ちた時はヒヤッヒヤのドッキドキでペンライトを落としそうになったけど〜」


 全てを見ていた男は憐れんだように花火無き夜空を見上げた。瞼を閉じて思うは最後の犠牲者の男の子。


「まぁ、姉の事を探して読心能力を使ってたら女の心を読んで気が狂うっていうのも、悲惨だな⋯⋯」


 藻掻く姿まで千里眼で見ていた男はそう呟く。


 今回、何もしていない男からすれば、これを笑い話には決してしない。


 関わっていないのならば、詮索も深入りもしないと決めて、ただ呆然と眺めているに留めたその男は欠伸をしながら、亜空間を背後に形成し手を伸ばした。


「心臓発作だもんな⋯⋯。まぁ、あんな小さな子に八十年もんのババアの怨念を受けたらそりゃ、イカれて発作の一つも起こすか⋯⋯。なんでって、知ってるだろ?俺は贔屓するんだよ。俺は聖人君子でもなければ仏でもないし、試練課す訳でも、罰を与えるような存在じゃない。本当に贔屓していないなら、この世界のあらゆる問題を俺一人で解決してやるさ。それをしないのがいい証拠だろ。環境問題だって早い話、ゴミ捨て場と温暖化にオゾン層の破壊、人口増加とだろ?あんなのすぐ済む。まぁ、争い無くせは流石に四世代分までしか持たないだろうが⋯⋯」


 語り掛けるは影の中。そこに居る相棒は傍からは誰にも見せない。けれど、確かに繋がった契約が会話を可能としていた。


「⋯⋯⋯⋯あぁ、後はなるようになれだ。これから先が地獄だろうが、そこはどうにかしてくれなきゃ困るってもんだ。あ〜、あったあった」


 座り込んでいた屋上から立ち上がった朝倉拓也は少しだけ微笑んだと同時に、花束を上空に散らすようにして放り投げて叫ぶ。


「さようなら。野難朔。お前の次の人生に幸福あらん事を心から陰ながらひっそりとしっかりと祈らせてくれ」


 瞼を閉じて、十秒。僅かそれだけの時間、空白を流れさせた。


 静寂と未だ微かに騒がしい街全ての音を遮断させてた男は瞼を開けて深く息を吸い、吐く。


 こうして、朝倉は去ろうと脚を動かそうとするも、それはすぐに静止させられる。


「朝倉拓也ッ!!」


 女性の声によって。


「ん?なんだ、臆病者じゃないか。終わったのか?」


「聞いていないのだけれど?!何故、あんな子供が⋯⋯。っあの子を見た時の私の戸惑いがお前に解る?」


 悲痛な表情を浮かべる灰色の髪をした女性。


 ジャケット越しに胸元を抑えるその動作を一瞥して夜空を見る。


「もう死んでいた。だから『野難奈々恵』になったんだ。分かってるだろ?」


 欠伸を再度して、軽く言い放つその言葉と態度には女性の悲痛さは微塵も伝わっていない事が読み取れた。


 ハッキリ言えば他人事。もっと言うなら興味なしとばかりに。


「お前、お前という、人は⋯⋯」


「悔やむなよ。お前が決めた事だ。それとも、自分が手を掛けず、赤の他人や姉や龍がやっても良かったと?」


 朝倉拓也は見ていた。少なくても、あの場で目の前に居る女が殺らなくても、龍が殺っていた。


 龍は人間のような社会性や協調性というものが明確な所で欠落しているものの、しっかりとした判断は決められる特異生物。


 龍が居ると知っている朝倉拓也にとって、でしゃばる理由は完全に消えていたのだ。


「⋯⋯⋯⋯っ」


「そこん所甘いんだよ、お前。それより、その銃どうだった?」


「⋯⋯」


「良かったっぽいな。当分はそれ使え。俺も何時までもこの世界に待機出来ない」


「その前に一発殴らせてくれないかしら⋯⋯」


 恨めしそうに睨む女性。スタイルの良い体格と女性的部分が明確に出ているその人物は両手の関節をポキポキと鳴らしていく。


「痛いのは嫌だから、嫌だ。それに、お前に殴られるぐらいなら、あの子の姉にどつかれた方が説得力がある」


 見つめる方向は研究施設の穴が空いた一室。


 斬撃によって裂かれたその建物に不気味に空いたその穴の奥には姉と見知った少年のガールフレンドが今も寝ており、少年達が揺り起こそうとしていた。


「⋯⋯」


「言える訳ないよな。まぁ、良いさどっちでも。決めんのは、お前だ」


「どうしてこんな、悪魔に魂を売ったような奴と私は⋯⋯」


「言い訳か?それとも惨めさで泣きたいのか?止めとけ。あの時、逃げただけのお前と今日何もしなかった俺。どっちもどっちだろ」


「私は今日ほどお前を恨んだ事はないのだけれど⋯⋯」


 伝えられていない。少なくても、目の前に居る男からは「あの場所に怨念がおんねんから絶って来い」としか言われておらず、男の子が既に死んでいて、女に化けた状態で居たとは思いもよらず、内心では躊躇いもあった。


 出力を絞り、殺さないようにして冗談だと信じたかった行動を朝倉拓也は見逃していない。


 そして、一発目が額であり、二発目を心臓を穿とうとしていた殺意無き行動ながらも示せる、その歪な心情から出る行動力と、諦めた後からの殺すまでの流れを、彼は決して見逃していないのだ。


 溜め息を吐き、顰めっ面で睨み付けるその女を面倒臭そうに見つめる。


「恨みたきゃ恨め。全く響かない怨念ぶつけられたようなもんだがな」


「⋯⋯⋯⋯」


「それとな、人の怨嗟ってのは、お前が思ってるよりも酷いもんだぞ?」


「なによ、やはりと言うべきかしら。恨まれた事があるのね」


「あぁ、俺は世界の嫌われ者だからな。だから、十歳の時に親も友人も家も学校も何もかもを一度無くしてる。近所の人も遠くの人も。知ってるか?人が焼けて死ぬ時ってな、助かりたくて、動かなくなっていく手指を一生懸命動かすし、本当に死にそうになった時、口は開いても声が出なくて、表情で訴えるし、雷に打たれ奴は目玉をギョロギョロさせながら死ぬし、突風で飛ばされた奴は紙吹雪みたいに小さくなって、落下の瞬間は肉塊まっしぐらになるんだ」


 目の前で溶かされて肉塊の仲間入りを果たし、焼け焦げ死体の出来上がりを呆然と眺めるのみで、建物の倒壊によって目の前で潰される光景や、途端に干からびた木乃伊(ミイラ)のようになり、発狂して自分の子供と旦那を包丁で刺し殺して自害した女を見たり、助けを求める声の方向へと泣きながら向かえば、風に舞い上げられて、すぐ後ろで音を鳴らしてペシャンコ。


 それが、朝倉拓也の十歳頃の鮮烈な記憶。


「⋯⋯⋯⋯」


「それでも、生への懇願はその瞬間が一番大きく肥大していく。そして、死を受け入れられない奴の方が多くて、悲願にも近いその想いは時として、泥や波や風になって降りかかるんだ。少なくても俺は三十万年分の怨みも憎しみも一度受けた。アレに比べたら、お前の小言なんて、可愛いもんなんだよ」


 全ての真相と出来事を終えて、スタッフロールも終えたその後の物語。今の朝倉拓也だからこそ言えるあの日の真実とつまらない結末。


 時に不甲斐なさから親友を爆散され、時に自身を救おうとして命を賭した盟友、時に弱音を吐けた女友の最後の願いと悲惨な最期に、一緒に困難を乗り越えた英友の生涯消えないエール。


 その他見知った者の多数の死と巨悪を打ち砕いて守り抜いた者を今尚守る為に朝倉拓也はここに居る。


 だから彼は、贔屓はしても全ての救済やあらゆる事柄には首を突っ込まない。


 そう決めたのだ。


「さっぱり分からないのだけど⋯⋯、要するに、お前はイカれてると思っていいのね」


「イグザクトリー!!ってな。はっはっはっはっは〜」


「わざわざ、イカれたフリしなくても良いのに。イカれてるわねやっぱ」


 一人となった女に僅かに吹く風は握った拳の力を弱めた。


 くだらない男の野望にも似た宿願は半ば殆どが達成不可能となり、女の憑かれたような復讐の幕は閉じた。


 後味も絶妙に苦く、香辛料が降り掛かったような辛い昔話は今は改変されて、誰にも伝わっておらず、かつて女に惚れ込んで、生涯を過ごす筈だったあの小屋の行方は朝倉拓也しか知らない。


  ━ ━ ━


 呆然と佇み、燃え盛る子供達や研究者を眺めるその姿は最後を止めようとはせず、准と逸花の二人は、鳩羽を置いて先に六階へと向かった。


 大きく崩れた階段を逸花によって楽々と通れた影響は凄まじく、准を抱えてひとっ飛びしては、軽快な脚運びによって准にも来るはずだった衝撃は皆無に等しく、足早に段を駆けて行く。


 六階フロアに辿り着いた准は急ぎ、曲がり角を渡り倒れる遺体を目撃し唖然とするも、対象的に逸花は辺りを見回して、誰かを、何かを探しているようにも窺えた。


「居ない⋯⋯。何処に行ったんだ。あの子達は⋯⋯」


「此処に藍莉達が居たのか?」


「あぁ、その筈なんだが。先に進んだのかもしれない」


 本来であれば奥にまで伸びていなければならない影は、吹き抜けのように穴が空いており、月明かりと街の街灯が眩く一点の光を淡く照らしていた。


 外から見た建物の損傷具合から見れば、比較的に綺麗にも見えて、研究施設という観点で言うならば廃墟寄りとなってしまっている施設内部。


 歩き出そうとする准の前方には首が無く、倒れている男性の遺体が一つあり、目を背けようとするも、下や前を向かなければ思わず転んでしまいそうになる為、否応なく前を向く。


「⋯⋯この人──」


「私が投げた首の本体だ」


 でしょうね。そう口にする事もはばかって、逸花の方へと視線を移すも、当の本人は訝しむような視線を遺体となった男へと向けていた。


「ん?待て、この死体、血が抜かれてる⋯⋯」


「こんなに血痕があるんだから、そりゃ抜けるだろ⋯⋯うぅ」


 嗚咽しそうになるのを耐える素振りを見せて、急ぎ足で離れようとする准。


 遺体となってしまった老人の周りは血の溜まり場と化しており、床のシミとして残る事が約束されてしまっている状態である。


「馬鹿者。首元だ微かに痕がある。注射痕だ」


「⋯⋯お前、よく遺体の断面付近を直視できるな⋯⋯」


「⋯⋯誰か居たのか?⋯⋯それに」


 准達がやって来た方向にうつ伏せで倒れ込んでいるその遺体を不審な表情で観察するように見つめる逸花。


(なんだ。おかしい⋯⋯つまらない些事程度の違和感が拭えない。なんだ⋯⋯)


 考え込む様子を長々としている逸花。事実として違和感が拭えずその場を離れようとせず、遂に痺れを切らしたように准が逸花の肩を叩く。


「今は藍莉達だ。行くぞ」


「⋯⋯あぁ」


 渋々納得して、その場を後にした逸花は准の背後を着いて行くようにして、唯一開けられているその扉を潜った。


 正面にはガラス張りとなっている実験室がよく見えて、荒らされ形跡が多数確認出来る。


 散らかった机と実験器具と機械が右側の奥に乱雑に纏められているかのように置かれており、どう考えても作為的か人為的に思えてならなかった准は不気味にしか感じなかった。


 何よりも、実験室の左側の壁は巨大な穴が空いており、青い花火も似たその光はここから発生したのだろうと二人は視線を交わして理解していく。


「どうなってるんだ⋯⋯」


「知らない。けど、私達以外に誰か居た可能性があるわね⋯⋯」


「取り敢えず、中に入るか?」


「それしかないでしょ⋯⋯。一応ここなんでしょ?あの子の弟が居るのは」


 気味の悪さとなんとも言えない背筋を凍らされる感覚が何時までも続く准は警戒するように辺りを見渡す。


 それを咎める事も嘲笑は逸花はしない。何故か、彼女も似た感覚に苛まれていたからである。


 廊下に転がった老人の遺体を見た時から継続していく肌寒さは気温ではなく気持ちからくる胸騒ぎと後味の悪い何かが残されているような気がしてならず、それを突き止める方法が思い浮かばずに八方塞がりとなっていた。


(嫌な予感が止まらない⋯⋯。解ってる。この感覚、去年の春に突然やって来た異邦者あさくらたくやを直視した時ともまた違う。あの男は遥か上空から隔絶的なまでの威圧感が重力として身体を押さえ付けてくる感覚だった。けど、今回のは違う。背後をピタリと常に警戒されているような高圧的な感覚。圧倒的とまではなくても⋯⋯気持ちが悪い)


 何か、見落としている。何か、損なっている。


 何かを敢えて見放していて、何かを忘れていた。


 けれど、逸花にはそれが胸騒ぎのようなものとしてしか表現出来ずに居た。


 その実験室は『超能力者』の研究の為にある場所であり、この先において最も不必要となる場所。


 滴る水滴の音と穴が形成されて多少は明るくなった筈のその実験室は何時までも暗く、穴は暗かった。


 忘れてはいけない。覚えておかなければならない。


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 気持ち悪さに胸を締め付けられていく准と逸花は実験室に入る為の除菌室と実験室の前で倒れた藍莉と詩葉を見つけては急いで駆け寄り、安否を確かめた。


 揺すって息がある事が確認出来ると、安心したように抱えて、その場を後にしようとする時、詩葉が最初に目を覚まし始めて瞼を開ける。


「⋯⋯うぅ、朔⋯⋯。うぅあ?あれ?まき⋯⋯は、ら⋯⋯さん?」


「そうだよ〜。起きたー?」


 背負うようにして詩葉を抱える逸花。


 既に龍としてではなく、人として接するその早変わりに准は多少のドン引きがあったものの、ここで引き攣った顔をしてしまえば後になって蹴りが飛ぶと目に見えて、必死に表情筋を一定に留めようとする。


 そして、そんな様子に気付かない詩葉は逸花の頬やら胸やら、肩やらをペタペタと触りだして、されるがままの逸花はふにゃふにゃした口調で恥ずかしがるのであった。


「あ、あぁ。うう、うわぁぁぁぁん。生きてる!ゆ、ゆ、幽霊とかじゃないですよねぇぇ?」


「私が幽霊なら、詩葉ちゃんを今頃丸呑みだよ〜!」


「ひぇぇぇ!」


「脅かしてどうする!」


「いやぁ〜、こういう反応は乙でついついね〜」


「え?桐江⋯⋯さん?嘘!二人共、幽霊にぃぃぃ!」


 隣で藍莉を背負う准に気付いた詩葉。


 本来は藍莉は逸花に任せる筈だったのだが、身長的な問題と背中に押し付けられる胸部に思わず舌打ちしそうになってしまうのを恐れて、敢えて譲ったのだが、そんな羞恥心が滲み出るような理由を当然、准に伝える筈もなく、「彼氏だろ?おぶってやれ糞ガキ」と悪態をついて引き渡したのだった。


 そして、背中に藍莉がいるという経験はミニ藍莉以来の事であり、内心ドキドキしていた准は徐ろに起きないようにと逸花の背中でビクつく詩葉へ近付いて一言。


「僕は右半身を担当だ。牧原、左半身を頼む」


「オッケー!」


「うわぁぁぁぁあ」


 人に悪戯する時だけは、息ピッタリな二人なのであった。


「ふぇぇぇぇ〜。本当に手にしゃぶり人が居るなんてぇぇー。酷いですよねぇぇぇ」


 下ろした詩葉の両手に僅かにかぶりついた二人。


 准も悪ふざけが過ぎたとも思ったが、詩葉を安心させる手立ての一つとして、逸花に乗っかってしまったのが、運の尽きである。


 ベタベタになった詩葉の手は、手首にスナップを効かせながら唾液を払っていく。


「美味であったぞよー」


「うーん。もうちょっと甘みが欲しいかな〜、てんさい糖振っていい?」


「てんさい糖ってなんですか〜!せめて振るなら黒糖にしてください」


「黒糖ならいいんだ⋯⋯。詩葉ちゃん変わってるねぇ⋯⋯」


 そんなこんなで落ち着いた詩葉をひとまず除菌室から出して、流れるように廊下まで戻ると、二人を見渡した詩葉が嬉しそうに呟いた。


「わ、私。正直、お二人はもうお亡くなりになったとばかり⋯⋯」


「まぁ、僕もだ」


「はい!私もです!」


 挙手をする逸花。その手を思わず叩いて払おうとするも、ここぞとばかりに准の振った手は逸花の微動だにしない挙手に負けて、ただ掌を痛めるのみとなった。


「どう、やって⋯⋯生き延びたんですか?何か、落下しても大丈夫な秘技的なものが⋯⋯」


「五点着地を覚えていたお陰だね!」


「あれ、パラシュートから陸地に降りる時用の着地法なんだよなぁ⋯⋯」


 どう考えても五メートルは優に超えた高さから落ちた訳だが、そんな事を言う訳もない。


 そして、真実を言う事も予定上では無く、何かを藍莉辺りに聞かれても鳩羽のお陰と言う事に決めている准達。


 言い訳の仕上がりは上々である。


「と、とにかく良かったです。本当に、大州さんなんて、泣きそうな顔でずっと⋯⋯見ていられなくて⋯⋯」


「後で謝らないとね?桐江くん」


「⋯⋯だな」


 准の背中で寝ている藍莉。少し苦しそうに眠っている彼女を背負いながら、立ち上がった准と合わせるように立ち上がった二人。


「ところで、弟は見つかったのか?」


「⋯⋯そうです!中に──」


「居なかったよ?朔くん」


「⋯⋯え?でも、私も大州さんも確かに見たんです!本当です!」


「⋯⋯」


 正直に口にしてしまえば、あの実験室には行きたくないのだ。


 実験室内部と廊下とでは、隔絶されたように空気が違っており、実験室の空気は張り付いて、ピリついているのに極寒の冷気に身体を当てられたような体感と無数の視線を浴びせられているような嫌な感覚が付き纏っており、逸花は不審な視線を実験室へと向ける。


 けれど、詩葉と藍莉が朔を見たというのもまた事実であり、間違った情報でもない。


 詩葉を連れて一緒に行こうという勇気が准にも逸花にもなかった。


「私!中見てきます!待っててください」


「待て!」


「な、なんですか?!」


「⋯⋯僕と牧原が行く⋯⋯。良いか?」


「⋯⋯⋯⋯うん」


「で、でも!」


「お前は藍莉を見てやってくれないか?五分してもし出てこなかったら、外に向かって、助けてくれって叫べ。大人の人⋯⋯、鳩羽って人が来てくれる」


 鳩羽が来る自信は准にはあると同時に、そう願うしか無かったのだ。


 叫ばなければならないという事は、あの部屋で何かあり、准と逸花は知らぬ間に詩葉と藍莉が届かない距離に飛ばされる可能性があるという事なのだから。


「わ、判りました⋯⋯」


「いい子で待ってるんだよ〜?」


「は、はい」


 こうして、再度中の様子を見に行く准と逸花。


 ガラス張りの実験室を覗き込むようにして中を見るもやはりと言うべきか、誰も居なかった。


 けれど、死角もある。一箇所に積み重なった実験器具や台や様々な精密機械の類などがある実験室の右奥側。


 気が引けると言わざるを得ないのだが、言ってしまった手前止まる事も出来ず、絡み付くような視線に耐えて歩き出す逸花と准。


「お前、やってくれたな⋯⋯」


「悪いと思ってる⋯⋯。正直、行きたくなかった」


「流石に異常事態ばかり出会でくわしていると、感覚も鋭敏になるか」


「正直に言うとこんな感覚⋯⋯春のあの時以来だ⋯⋯」


「あぁ、あの箱が持ち出された時か。アレは間違いなく街どころか日本の危機ではあったな⋯⋯」


「え!?そんなレベルだったのか?」


「何故、当事者の親族が知らないんだ⋯⋯。あぁ、朝倉拓也に助けられたからか⋯⋯。アイツ、何も言っていないのか」


「朝倉さんを知ってるのか?」


「あぁ、去年の春に突然やって来たんで、こっそりと警戒しようとした瞬間に気付かれて、半殺しにされた。⋯⋯あの男は頭がイッてる。間違いないぞ」


 除菌室に入った二人がお互いに見る。


 軽口のような話題がなければ息が詰まりそうになるその場所。


 既に話的には笑い話にすら持って行っても構わないだろう内容に、二人は微笑む事はしない。


「まぁ、それは否定しない。じゃあ、半殺しにされた経験持ちの牧原に聞く。⋯⋯あの人とこの部屋どっちが怖い?」


「大きさとか圧だけならアイツだ。けれど気持ち悪さはコッチだな。常に見張られて、体内を掴まれているような感覚だ⋯⋯」


「実は、俺もだ。気付いたら死んでるは止めろよ⋯⋯」


「お前が言うな」


「じゃあ、開けるぞ⋯⋯」


 詩葉と藍莉が二人がかりでこじ開けた扉を更に開けて、通りやすくしようとする准。


 けれど、一人でそんな事が出来る程のパワフルさがある訳もない為、結局二人で更にこじ開けて、中へと徐ろに入って行く。


「誰も、居ない⋯⋯のか?」


「居ないな⋯⋯。ん?なんだこれは。弾?」


 それは右奥側、実験室に入って目の前の壁に埋め込まれたようになっている小さな弾丸。


 下に落ちた形跡がある弾丸は一つとしてなく、全てが壁に埋め込まれており、ゆっくりと引き抜いた逸花は品定めのように弾を指で動かしながら見つめる。


「銃使ったってのか?こんな精密機械の多い場所でか?」


「分からない。けれど、逼迫した状況の可能性だってあっただろう」


「確かに⋯⋯。女がここに現れて、居た人を殺してったって言ってたから、間違ってもないか」


「あぁ、ましてや研究施設とはいえ、子供というアンバランス情緒を持った存在を囲い込んだ場所だ。力の暴発でもさせて、被害と危害が出る可能性を見当して、銃を手配したっておかしくはない」


「あの人が銃の配給を許しそうにないんだがな」


「鳩羽はそうでも、他はどうだかな。かなり雑だったんじゃないか。お風呂場で詩葉の全身をちゃんと見たが、アレは栄養が足りていないだけじゃなく、肉も無い。それに私の私観だが、十四という年齢で生理が来ていない可能性がある。話していたら分かった事だがな。⋯⋯相当酷いぞ?」


 准宅の風呂場を借りる形で、身体を洗った逸花と詩葉。


 体重が軽い事と社会性が欠けている事は准も知れていたが、それ以上の事が詩葉の身体にはあるのだ。


 その生理が来ないというものが妊娠を意味していない事は流石の准でも解ってしまい、舌を鳴らして穴の空いてしまった側へと脚を運ぼうとする准。


「⋯⋯胸糞な事言うなよ」


「そんな胸糞を作ったのが、ここの研究者⋯⋯た、ち」


 そう、それは気付かなければならない事なのだ。


 密閉空間の壁に穴が空いているのならば、光が差し込むという事を。


 一度目に実験室をガラス越しで眺めた際から、その違和感は本来は疑問へ、そして確信に変わらなければならないのだ。


 まるで、空いた穴を塞いだようにその空間は暗いという事と、暗がりだと言うのに何故()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事を。


「⋯⋯どうした?」


「振り返るな!」


「ッ!⋯⋯なんだよ?」


 突然の警告と叫声に驚いた様子を見せる准は言葉通りに逸花の方へと向き直る。


(あぁ。まぁ、そうだろうとも。そうなろうとも⋯⋯。やはり人は糞だな⋯⋯。要らないものばかり置いていく⋯⋯。死んだ人間に何かを遺して、満足だなんてものは、綺麗事だとハッキリ理解した)


 准の上奥を睨み付ける逸花。冷や汗は流れていく。


 険しい表情をする逸花の緊迫感と焦燥感は准にも伝わり、落ち着かせようとするように、深呼吸をした後、訊ねる。


「牧原?⋯⋯僕は、どうしたらいい?」


「そのまま、振り返らず来るんだ。『決して』私の向いている方向を向くな。良いな?」


「分かった⋯⋯」


 好奇心よりも恐怖感が募らざるを得ないその部屋は決して入るべきではないと心に誓う。


(⋯⋯最悪だ。一気に精神的に負担が掛かって来るじゃないか。龍じゃなければ、もう呑まれてる)


「よし、出ろ」


 先に准をガラスで一線を引かれた入口前にまで戻して、逸花が続いて戻る。


 廊下に行こうとする逸花を呼び止めるように、声を掛けて一言、「何を見たんだ?」と気が気ではない准は思わず聞く。


 けれど、悩んだ様子で准を見た逸花は瞼を閉じて、絞り出した声で言う。


「⋯⋯⋯⋯言えない。言わない」


「おい!それはないだろ!」


「少なくても、私の口からは言いたくないっ!言えないっ!お前には特にはっ!」


 辛そうな面持ちでそう言われてしまった准にはもうどうしようもなかった。


 何故ならば、あの実験室が異様であると、異質で何かがおかしい事には気付いているものの、それが何かを正しく認識出来ないでいる。


 そして、それに気付いてしまった逸花が取り乱す寸前まできているのだ。


「⋯⋯分かった⋯⋯。もう聞かない」


 真相は准には解らないし、解る必要性を感じさせないようにと、努めるしかなくなり、部屋を後にした。


 すぐ前の廊下に体育座りで眠っている藍莉の傍に居る詩葉は身体を震わせながら、帰ってきた二人を見る。


「あ!桐江⋯⋯さん。さ、朔は?」


「すまない。居なかった」


「う、嘘です!居るはずなんです!本当に見たんです。お二人は見た事が無いから、分からなかっただけなんです!」


 その部屋に行こうとする詩葉を後から出てきた逸花が止める。


 両手を広げて、絶対に入るなという意志を込めて。


「行っちゃ駄目!」


「な、なんで止めるんですか!お願いします!通してください!弟が居るです!居る筈なんですぅ!離して、離してください!」


「ごめんね」


 そう言い。苦い顔をしながら逸花は詩葉の頭を掴んだ。


「なんですか!離してください!行かせて⋯⋯くださ⋯⋯い」


 数秒してジタバタとしていた詩葉は脱力しきって前で立ち塞がる逸花の身体に凭れ掛かるようにして眠ってしまった。


 逸花の目配せで脱出するといった意思を読み取った准は藍莉を背負い、廊下を歩きだそうとする。


 その時、前から駆け出した鳩羽が老人の遺体を悲痛そうな表情で見つめながらも、瞼を閉じてから、黙祷をして、終わり少しすると、准達の方へと向き直る。


「鳩羽のおっさん!」


「⋯⋯っ!!詩葉、お前は生きていたのか。朔は?」


 逸花に担がれている詩葉を見て、喜びに満ちた表情を浮かべている鳩羽。けれど、逸花の表情は険しくなっていき、襲い掛かりそうな勢いで早歩きで鳩羽に近付いた。


「鳩羽ァ、貴様!『超能力者』の『超能力』を無くす為に、何を使ったッ!!」


「っ!女のDNA設計図だ。『超能力者』のDNAは一様に遺伝子自体に反応を示して、特殊な配列と反応を見せるから、それを死滅させる為の物を開発しようと⋯⋯」


「そのDNA設計図を媒介した物は一度でも投与したのか?!」


「私は許可していない⋯⋯。『超能力者』は人のみの遺伝子配列と決まっていて、他の動物に含ませると皆が身体が変色して数日で無くなる。だから、臨床実験もそこ止まりだ。それがなんだ!」


「お前の部下はその止まりを超えたんだ!アレは、もう私の手に負えない。関わりたくない」


 逸花が見た『アレ』が何なのか、准達は知らない。


 知らないが、鬼気迫るようにも感じてならないその物言いが全てなのだろう。


 龍は一様に強者である。准はそれを真近で見ており、体感している。


 その龍が、『関わりたくない』と声を大にして言うものが何か、嫌な想像と存在ばかりを囃し立てるだけなのだ。


「⋯⋯部下が一線を、超えたのか?実験途中の試作を子供達に?」


「そもそもの話だ。長年あの女にバレていなかった筈の『超能力者達』の存在がどうしてバレたと思う?お前が掻き集めた?そんなのは要素の一つに過ぎない。本当にまずいのは、元々身体にある遺伝子情報に更に加えるように女の遺伝子を投与した事にある」


「何がダメなんだ?」


 考え込む鳩羽と准が思わず聞いてしまう。


 准の質問には誰も答えない。答えなくてもプロフェッショナルが前に居るのだから、勝手に解答してくれるのだ。


「『超能力者』の⋯⋯、波長が強まる⋯⋯。はっ!そうか、だから⋯⋯」


「え?鳩羽のおっさん、解るの?」


「簡単に言えば、『超能力者』特有の遺伝子の部分だけが色濃くなってしまう。それが起因して、本来の遺伝子の所有者である女がより明確に反応しやすくなってしまったんだ」


「つまり、ジャミングしやすくなった?」


「その考え方で良い」


「じゃあ、研究施設が襲われたのって、自分からマーキングしたせいって事か?⋯⋯だとしても、牧原。お前が見たものとなんの関係があるんだ?」


 視線を逸らした逸花は口篭るようにして、言う。


「言えない。お前には言えない。すまない⋯⋯」


「そか⋯⋯」


 結局、准にはそれ以上の事は何も解らなかった。


 後日、こっそり行ってやろうかとも考えが過ぎったが、それは何かがいけない気がして実行に移す事はしなかったが、代わりに、最もなんでも知っていそうな男に今度、聞いてやろうと心に決める准なのであった。


  ━ ━ ━


 一階まで慎重に降りた僕達は、笠辺先輩と合流した。


 嬉しそうには決して見えない無表情は、今では何故か安心すらしている僕が居て、何時もの抑揚のないロボット風な話し方が心地よく感じてしまう。


 そして、僕達は笠辺先輩に事情を話した。


 地下での事、藍莉や詩葉の動向はあまり分かっていない事、実験室での異様かつ異質な感覚の事も。


 一頻り話すと、笠辺先輩は例の穴の空いたあの実験室を目を細めて睨んで、徐ろに僕達の方を見た先輩は、「無事で、良かった、ね」とだけ言って、僕達に近付いて抱擁をしてくれた。


 一方、鳩羽のおっさんは牧原の突然切り替えた『牧原逸花』としての振る舞いに驚いており⋯⋯いや、引いていた。


 ドン引きレベルであり、苦い顔を浮かべて、僕に聞いてきた。


「アイツ、何時もあんなんなのか?」


「うん。あれが普段だけど?」


 それで更に引いていたが、後で牧原にしばかれないかが心配だが、多分大丈夫、きっと、恐らく、どうだろ?無理かも。


 だって、既に威圧的な視線が僕と鳩羽のおっさんへ向けて送られてるから、駄目かもしれない。


 詩葉に関しては、一時的ながら、牧原が預かる事にしたらしい。


 弟の安否を気にし過ぎる事と鳩羽のおっさんによる詩葉の歓迎が純粋に腹が立つらしく、煙たがるように手で払っており、先輩は後日聞きたい事がある為、今回のメンバーの連絡先だけ交換して帰って行ったのだが、僕の場合、連絡先はおろかスマホも無いので交換なんて要素はなく、藍莉は寝ている為、スマホのホーム画面にも行けずじまいで、牧原と鳩羽のおっさんののみ連絡先を交換して近くに停められた車に乗り込み挨拶も無しに去って行った。


 牧原は悩んだ末、藍莉に現状の報告をするという意味も込めて、僕の家へと向かう為、僕と共に帰路へと着こうとする。


 会話は無かった。背中でぐっすりとお休みの二人の安眠を邪魔したくなかったというのもあるが、なんの成果も得られず、なんの得もしなかった今回の出来事に笑い話は起きる筈もないのだ。


  電車とバスを乗り継いで、徒歩を十分。


 時刻にして二十四時前にようやく辿り着いた自宅。


 正直、行きはもう少し早くあの施設へと到着出来た印象があったのだが、意外と時間が掛かったようにも感じてならなかった。


 自宅を開ける前に、お隣の大州家に居る蒼太を呼ぼうとインターホンを鳴らした僕。


 けれど、当然出る訳も無く、牧原に頼んで藍莉のポケットを弄って貰い、鍵を取って中へと入った。


 そして、既に一人寂しく寝ている蒼太の隣でゆっくりとした動作で布団を敷いて藍莉を寝かせて、僕達は隣の部屋、つまり僕の部屋へと入る。


 妹の部屋にあるベッドに詩葉を寝かせた後、寛ぐように寝転んでいる牧原。何時からコイツはこんなに図々しくなったのだろうか。


 しかも、コイツ、泊まるんだよな。なんて厚かましい奴だ。


「お前、何我がもの顔で寛いでんだ。藍莉所に連れ出すぞ?」


 藍莉の家の鍵は現在、僕が預かっている。流石に家を閉めずというのは危険性があり、そうさせて貰ったのだ。


 その旨の書き置きもメモに書いてしており、明日の朝には気付いて家に来るだろう。


「何言ってるのさ〜。ここで私は藍莉の家に飛び込んだら、不法侵入じゃ〜ん」


「⋯⋯それもそうか」


「ふん。バーカ」


「おい、今の素だよな?表出ろよ。負けてやっけど鼻の穴拡張してやるよ」


「うわぁぁぁ〜、襲われるぅぅぅ」


「待てやコラぁぁ!」


 僕と牧原の乱闘にもならない泥仕合は僕の完敗であり、中身が龍、見た目が女の子に敗北を喫した僕は、半ば泣きそうになりそうなのを抑え込んで風呂に入った。


 風呂に設置された鏡が妙に怖く感じてしまう。


 ガラス張りのあの部屋は反射するものではなく、中を明確に見る為の物だというのに、ダブったように見えてしまい、更には何も成し遂げられなかったという罪悪感が募っていく。


 警察に任せて僕達はとっとと尻尾を巻いて逃げるという選択も手だったのではないか。


 笠辺先輩が居ればなんとでもなったのではないか。


 ましてや、僕は今回に限っていえば、一体何をした。


 落ちて、話して、怖がってるだけで何も出来ていない。弟の存在も視認すらしておらず、下手に事態を掻き乱しただけなのではないか?


 そんな考えばかりが堂々巡りしていき、ロクに落ち着ける様子も無いまま、湯船に浸かる事もせず、黙々と浴室から出て行き、急かされたように僕は自室へと向かう僕。


 タイミングを合わせるように牧原も詩葉が熟睡している妹の部屋へと入って行き、その日はお開きとなった。


 宝石の首飾りを使う機会は無かった。それで良いんだと、割り切った僕はまたその首飾りを大事にしまい直して、布団へと潜り込み、安眠と熟睡と夢の世界へと落ちて行くのであった。


 あの日の夏の夢を見る事は滅多に無くなっていた筈なのだが、その日は違う。違ってしまったのだ。


 恐らく、牧原の影響だろう。


 まだ彼女を普通の人間だと思い込んでいたごく普通の生活をしていた頃。


 たったの数ヶ月で違和感がまったくないその光景、風貌、会話の内容は僕を包み込むと同時に寂しく感じさせていく。


 あの日の明星に散った君。帰って来ないと明言した彼女。人ならざる姿をしながら、人のような情緒で喜怒哀楽を使いこなす龍。


 僕はどうやらまだ、お前の事を見捨てられないようだ。けれど、ほんの少し、ほんの僅かだけでも触れていたくて、その腕を伸ばした。


 そして、仕返しとばかりに顔に何か触れられている感触が帰って来て、そっとその手を掴む。


 ほんの僅かな猶予と余った残り時間。


 いつかのお前に言いたい言葉を僕は事前に頭の中でリハーサルしてきていると言うのに、それが口から出ない。


 残酷以外のなんだと言うのだろうか。いや、残酷なのは僕だ。


 彼女を殺したような者が、彼女の受け止めようとするのは、ルール違反だろう。


 だから、その手を離そうとすると、彼女じゃない誰かがその手を掴んだ。透明で象られた色もなく、両手で僕の両手を掴むその優しい感触には、見知った感覚があったんだ。


 徐ろに瞼を開いていく僕はすぐに目の前に居る人物を見つめた。


 僕のベッドはシングルであり、二人で入れば狭くて寝返りなんてロクに出来ない。ましてやベッドなのだから、落ちたら大変である。


 それにも拘わらず、大州藍莉は確かに同じベッドで横になっていたのだ。


 頭付近にある目覚まし時計を見ると、時刻は四時半。どうやら僕はショートスリーパーとなってしまった⋯⋯訳ではない。


 まったく普通に眠いし、好きな女の子が居るからといって眠気の方が強いのだ。


 もう昨日となったあの日、僕と彼女はギクシャクのようなものをしていた気がするのだが、まぁ、アレだ。


 折角、パジャマに着替えて来てくれたのだから、今日の朝食は僕が作ろう。


 そう決めた僕は、藍莉を抱き寄せて、寝た。


 彼女が起きているのか、寝ているのかは知らないし、いい匂いもするけど、シャンプーなのか体臭なのか分からないし、もはやどっちでもいい。


 そこに大事な人が居て、生きてくれるなら、僕はそれでいい。


 とか思ってたら、僕の起きた時刻は十二時を回っており、学校には遅刻を通り越してボイコットかストライキレベルであった。


 正直言って、月曜日である事も学校がある事を忘れていたのだ。


 そうなると、牧原はどうなのだろうか。明らかに忘れている顔だろう。そうだと思う、てか仲間であれ。


 そう思っていたのに、現実とは残酷であり、メモ用紙が僕の机の上にテープで貼っつけられており、一枚は藍莉の物であり、もう一枚が牧原のである。


 藍莉のメモには、『朝食が置いてある事と学校に来るように』という世帯じみた事を書いているのだが、正直サボるつもりでいる。


 理由は明白だろう。朝倉拓也の探索。


 これ以外ないまである。


 あの男ならば、牧原が見て怯えて、関わり合いを拒んだ者の正体が掴めるかも知れないのだ。


 早い内に知れた方が得な事もあるし、今高校に行っても五限からのスタートであり、ここまで遅れているのならばいっそ休んだ方が律儀なまである。


 そして、牧原のメモには『遅刻魔、ベッドと結婚しろー』というなんとも言えない文書がメモ用紙一杯に書いてあった。


 一蹴して、捨ててやろうかと考えた僕はその紙を持った時、重なっている事に気が付いて思わず首を傾げてしまう。


 寝惚けている故のバグという訳ではないらしい。


 一枚目の紙を捲り、もう一枚の紙を見た。


『藍莉に心配を掛けない為に、今後は『現象』の話は本人の前では控えろ、バーカ!』


 というものである。なるほど、彼女なりに考えて絞り出した内容なのだろう。本命がコレであると僕でも分かるし、伝えたい内容もかなり大事なようだ。


 多くを語らないあの高飛車龍はきっと彼女の為に、語る事はしないのだろうと理解出来た。


 自身の正体も、それがどういった存在なのかも、何をしてきたのかも。


 ならば、僕も語らないでおこう。意趣返しのつもりではあるし、ちょっとした意地で偏屈な子供のような考え方であると重々承知しているけど、それでも彼女が心から皆に自身の事を一つでも語らない限り、僕もあの閃光に散った彼女の話はしない事とする。


 こうして、僕と藍莉の話のタネは牧原逸花によって減らされた。


 彼女の為に考えられるあの龍は誰よりも贔屓が好きで、誰よりも弱者の味方で、口が悪く、時に横暴で極端な考えも至る正直で口に出やすいながらも、人の前では可愛げがあるクラスのムードメーカーにして、天真爛漫な同級生であり、噂を聞きつけては駆け出し、興味が湧いた事には全力疾走な嘘吐きな女の子。


 だからこそ、牧原逸花は僕に語らせてはくれないのだ。


 あの閃光の彼女の話も、嘘吐きな僕の事も。

この章だけで、かなりの謎を残しましたが、当分お預けです。


違和感を感じない違和感ってありますよね。


まぁ、現在想定してる『アレ』のビジュアルはかなりの化け物ですけどね。(変更するかもしれないけど)


次章は短いです。そして、その次の章は長いです。



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