閃光花火
暑い時期になってきましたね。
熱中症には気を付けよう
何時かは、こんな日がやって来るのではないか。
そんなアテも根拠もない何かしらの予感と呼ばれるものは僕にはあった。先に言っておくが、僕は死にたい訳でも、おいそれと殺られたい訳でもない。
ただ、彼女。刃龍と呼ばれる存在が僕の目の前から姿を消してしまったのは、間違いなく僕の一因による所もあり、それを否定する気はなかった。
空に手を翳して、常に憂うようなその表情を見たあの日、儚さという言葉が頭から浮かんだのは、きっと偶然ではなかっただろう。
彼女の笑顔は常に影が付き纏うような感覚を齎し、僕達の輪の中に居て、それが当たり前に続くものだとばかり思っていた。
小さく口遊む歌は、僕の記憶にも残っているが、音痴な事と歌詞が中々に酷い為に、あまり歌う気にはなれない。そんな、歌をもう一度聴きたいと言われればやはり聴きたい。
そこに確かにいた痕跡と轍と爪痕は確かな状態で残っていて、補修工事のようにあら不思議、無くなりました!とはいかない訳で、僕がそれを許さない。
僕と彼奴を傷付けて、無かった事にしようとした罪は僕は一生涯忘れないと焼き付けるように、染み渡らせるように記憶に、心に、身体に刻んだ。
けれど、もし、仮に、本当に、彼女を生き返らせたいと問われるならば、僕は声を大にして言いたい。
「生き返らせたい」と。
喧しい、小言の喧嘩が多く、つまらない事で意地になって、図々しく厚かましく馴れ馴れしい彼女。
僕が恐らく、最も助けたかった壮大で偉大で大いなる存在にして、仮初の関係で、歪な立ち位置と不安定な彼女を僕は本当に助けたかった。
戻るなら時間を戻したいと願うが、それは叶わないと知っている。戻したいと思っても、もう僕はその結末を多少なりとも納得させてしまって、泣く事も許されなくなった、矮小弱者の筆頭。
そんな僕は言ってやりたい。神様と呼ばれる存在がいるのなら、殴り付けてでも言いたい。
「どうして、僕達を引き合わせて、どうして僕は龍じゃなくて人なのか。彼女は人では無く龍だったのか」と、そう言いたいのだ。
歪で陰りがある彼女と日向で順当から確実にはみ出してしまった僕。
あの日、あの時、あの瞬間。そんな後悔は積み重なるようにあるけど、それでもあの後悔だけは無くせないし、掻き消えない。
そうだ。僕は彼女に生きて欲しかった。閃光に散ったあの日、あの時、あの瞬間、僕はただ、何も出来ない普通の子供として、見上げるのみで、それが堪らなく、悔しかった。
悔しくて、唸って、叫んで、喚いて、嘆いて、その結末を否定したかっただけの何も出来ない子供。
その日からだろう。彼女の痕跡があると判ると、授業中であろうと外を飛び出して、探し始めたのは。
おかしな事ばかりしている僕を笑う奴も居る。構わない。構わないんだ。
バカ煩く挨拶して、一緒に買い物に付き合ってくれて、楽しい事を優雅に楽しみ、下手な冗談や軽口が好きで、等身大の人らしいあの龍を僕は好ましく思うし、そんな奴を生き返らせれるのならば、死んだって構わない。
それぐらい、僕の後悔は募ってる。募って、山となって、固まって、溶かせないのだ。
そして今、僕の側にそれと類似した龍が居る。罪なのだろうか、罰なのだろうか。
どちらにしても、僕は彼女に殺されるのならば割と良いとも思えてしまえる。
突き立てられた爪で抉られるのは、かなり痛いし、二度と経験したくないが、それでも、彼女にはその権利があるようにも思えた。
理由は、多分ない。同じ龍だからぐらいしかないし、思い浮かばない。
あぁ、でも。彼女との想い出も消えるのは、寂しいかな。
まだ、彼女の話は語らない。語ってしまえば、それまでの話だと、僕自身が割り切れてしまいそうになるからだ。
沈みながらも浮かんでいたいのだ。曖昧で不安定ながらも保っていたい。
僕達と彼女がちゃんと清算出来るその時まで。
━ ━ ━
「決まってるじゃない」
不敵な笑みを浮かべる彼女、牧原逸花は桐江准を見て、そう言葉を発した。
愚か者に対して投げ掛けるような言葉に准は抵抗せず、つい数秒前まで淡く光っていた道を歩いて、彼女に近付こうとする。
「⋯⋯僕を殺したいなら、痛くない方法で頼む。あ、遺言も言いたい。妹も退院が近いし、それに──」
「勘違いするな。お前を殺したい訳じゃない」
「え?」
「そもそも、桐江准。お前を殺してしまったら、あの子が悲しむ。私はそんな事はさせない」
「あの子?⋯⋯じゃあ、なんの為に」
「あの時、お前を落下から助けた事が全てでだろう⋯⋯。何を呆けた事を吐かしているのだ。弱者め」
「⋯⋯そうか」
落下から救ってくれたのは、間違いなく逸花である。准が落ちてしまってから、かなり早い段階で助けてくれたというのは、説得力があった。
呆れた物言いをする逸花は、吹き飛ばした男の方へと視線を向けた事で、呼応するように准もその方向を見つめる。
けれど、少年には男がどの辺りに倒れているのかが解らず、アタフタする様子を見せると逸花はそれを溜め息を漏らして、歩き出した。
「そう言えば、牧原。お前、藍莉達には正体は⋯⋯」
「言える訳が無いだろ。それとも、お前の友達は怪物だもでも言い触らすか?」
「いや。けど、悲しませない程度には言えよ」
「貴様、私に命令するのか?それにいざとなれば、改変すればいい」
淡々と言い切るその物言いと軽い口調は准の脚を止めて、顰めっ面で逸花を見つめる。
それは、忌避感を滲ませながら、或いは憐れみすら含んでいた。
「それ。お前が逃げてるだけだろ」
壁に突き飛ばされた。
華奢なその手から籠められているとは考えられない程の怪力で、准の胸元を押さえ付けて離さない。
龍の怪力は人のそれとは比較にしてはならず、あっという間に地下施設の端っこまで押し飛ばされたのだと、理解したのは、背中に強い衝撃が走ってから少ししてから。
頬と首辺りに龍独特の黒い紋様が浮かび上がり、彼女が紛れもない本物の龍なのだと、納得させられる准は、胸元から離れないその手を掴んで抵抗を繰り返す。
「おい、あまり吼えるなよ?」
「僕は間違った事は言っていない。自分の都合で人の輪に入っているのに、都合が悪くなったら、認識も周知も意識も改変して居なかったように振る舞うのが逃げじゃなくてなんだってんだ。お前は僕達の事を弱者だと言ったな?ちゃんと清算をしようともしないお前に言われたくない」
それは准だから言える言葉。准だから可能な否定の意であり、それをある程度見聞きして状況を知っている逸花は目を細めて准を見つめる。
やがて、瞼を閉じた逸花は乱暴に准の胸元を離して舌を鳴らして、男の所へと向かって行く。
倒される形で横になった准は、咳き込みながらも逸花の背中を追い掛けるべく、消耗した肉体を酷使するように、脚を動かした。
腹を抉られて倒れ込む男、鳩羽の元へと。
「お前、やり過ぎだぞ⋯⋯」
近くで男の身体の抉られ具合を見つめる准は思わずな険しい表情をして逸花を睨むも、鼻を鳴らした逸花は一瞥もする事ないまま、辺りを見渡した。
「奴から仕掛けて来た事だ。私のせいではない」
「この人が死んだら、お前の事を言い触らすぞ」
「〜〜ッ!貴様ッ。その脅しは高くつくんだぞ?」
瞳が赤く光る。気持ちの昂りによって起こる現象であり、准の知っている中では龍のみの身体的機能の一つ。
当然、鋭く尖ったナイフを突き立てられたかのようなその視線は准を刺すように向けられているものの、それに構う事をせず、一瞥だけはして再度鳩羽の方へと向き直った。
「じゃあ助けてやってくれ。それでチャラだ」
「意味がわからない。コイツと貴様は旧知の仲なのか?」
「違う」
「では、なぜ助けようとする」
純然なる疑問である。既に赤い瞳は元の黒色の瞳へと戻り、准を見つめていた。
人という、ある意味では不完全かつ不明瞭の塊は龍の強ばった表情を僅かに緩和させていく。
「僕が我儘だからだ。この人も助かって、全部事態が丸く収まって、僕自身にも何のデメリットもない。そんな贅沢をしたからだ」
沢山の終わり方を知った。時には、関係が消失した事もあれば、永久の別れもある。
不変である故に変えられない結果もあり、恒久的であったが為に惨事を引き起こし、取り返しの付かない物事もあった。
一年。准が『普遍ではいられない』出来事と遭遇してから一年経って解った事は、理屈や道理といった観点で生き死にを決めるよりも、欲張った方が気が楽だという事であった。
中学生の時期には想像も付かない思考で、物事の価値基準の変化であるものの、それに満足している准は、それを自慢げに龍へと言い切ったのである。
しかし、目の前で宣誓の如く言い切るその言葉に、龍は嘲笑うような態度を変える事もなく矮小な存在へと淡々と言葉を送りながら、前へと進み倒れた男の傷付いた箇所を触れた。
「私利私欲か。つまらん価値基準を押し付けよってからに」
指を噛み、血を垂らした逸花は、抉れた体内に手を入れていき、白い光がその箇所から体外に漏れていく。
光源となった白い光は逸花の横顔を映す。真剣な眼差しで、普段とは何もかもが違う。
「僕からすれば、牧原逸花として接してる時のお前が、【七八区】の噂話に僕達を駆り出した事も私利私欲に感じたんだけど、違うのか?」
僅かに表情が揺らいだ。龍とて、間違いはある。
少なくても一つ、完全に誤算だった出来事はあったのだ。
「違う。少なくても、貴様の家でお前を勧誘した時、あの子も着いてくるとは思っていなかった。あの子は貴様の事になると、ヤケを起こす気もして、側に留めて置く予定でもあったが、情けない事にバランス感覚が終わっている貴様のせいで、私まで離される羽目になった」
そう、大州藍莉という存在は完全な誤算だったのだ。
元々は少年だけを連れて行くつもりであり、家の中でも水道の音と逸花のひっそり仕掛けた『現象』が自身と少年の二人の声を遮断しており、大州姉弟には聴こえない予定だったのだが、藍莉がテレビを見つつ少年の事もチラチラと様子を窺い続けていた事が災いして、やって来てしまい、『現象』の範囲外に入ってしまったのだ。
更に皮肉と言うべきは『空弩街北部にあるプレハブ小屋』も『造林内の川』も『空弩街にある山』という三つの関連に少年が一切気付かず、事態の中心人物が先に林から出てきてしまった事にある。
アレで全て狂い、内心の逸花は奥歯を何度か噛み締めていた。
「なんで、僕を今回の探検に誘ったんだ?」
「『超能力者』の存在をお前に確立させる為⋯⋯」
「それだけか?」
「何が言いたい?」
「言葉通りだ。僕にはそれだけとは思えない。何かあるんじゃないのか?」
「⋯⋯あったら、なんだ?お前に語う必要があるとでも?無いな。皆無だ。お前は解っている事を噛み締めて、生き汚くすれば良い」
侮蔑のような言葉。だが、自然と准は微笑んだ。
僅かに聞こえた笑む声が気に入らない逸花は、舌を鳴らして立ち上がる。
「ほら、治したぞ。全く⋯⋯。自分で負わせた怪我を自分で治す日が来ようとは⋯⋯」
「無駄骨なんて言うなよ」
「⋯⋯お前はアレだな。⋯⋯人の気を逆撫でするのが上手いな?」
「人じゃない奴に限定しろ」
「⋯⋯そういう所だ」
唸り声にも近い声を発していく男は、ピクリと指が動く。脚は地面に擦っていき、瞼を開けた。
「⋯⋯うぅ、お前は⋯⋯ッ!逃げろ!」
准に掛けた言葉は焦燥感を滲ませており、後方に移動した逸花をボヤけた視界に明確に収めていく。
急ぎ、立ち上がろうとする男の肩を准が掴み、座り込ませたままにした。
「落ち着いてくれ?大丈夫だ」
「⋯⋯なにを言っている!」
鼻を鳴らして、壊れた縦長ケースに凭れ掛かる逸花は腕を組み、高圧的な視線で二人を視界に収める。
准はそんな彼女の挙動や視線といった一切を意識外にやって、治ったばかりの鳩羽に話をしようと、しゃがみ込んだ准。
「治してくれたんだよ。アイツが」
「⋯⋯馬鹿な?!⋯⋯いや、何故?」
「我儘な子供に感謝するんだな。軟弱者」
肩まで伸びた髪をクルクルと指で巻いて、遊び始める彼女。それが嫌味にも見え、嘲笑にも捉えた男は立ち上がる。
「何?!⋯⋯貴様ッ!よくもそんな口が言える!吉野を殺しておいて、それかッ?!」
「元を辿れば、貴様の先祖共がつまらん実験に彼奴を使った事が始まりだろうに。此度に関しては二番煎じのようなもの。子供達を再度使ってのな⋯⋯。哀れだな」
「未来に生きる超能力者の子供達が安心できる世界を作る為には、あの子達の力が必要不可欠であり、最低基準だったんだ!あの子達が超能力を使わなくとも生きれる世界を作る為には⋯⋯」
『超能力』
それは、産まれた赤子が持ってしまった、一種の突然変異の身体機能であり、化学的に類似する事が可能な、人智の枠組み。
男は父親のノートを読み漁り、勉学に勤しみ、父と母の願いとは別の思想を持ち、研究所を設立出来るまでの博識と地位を手に入れた。
けれど、超能力に目覚めたのは女のDNA情報のサンプルとなった設計図があり、投与したからこそ。
青く、マリンブルーにも似たその液体が詰まった注射を自ら打ち、悶えて、震えて、嗚咽を漏らしてでも、成り上がった。
子供達の為にと、その道へと歩んだ道化であり、憐れみを子供達に與えた男。
子供達は違う。皆が何かしらの超能力に目覚めた上で保護された存在であり、保護した男をロクに知らない。
隔離された施設の部屋と常に行われる遺伝子実験とその結果に落胆する研究者達。
けれど、男は最後まで諦める事はしない。
過去に生きた者達の負債を自ら背負い、自身の存在意義とまでなったその使命に、宿願に準じている限り。
━ ━ ━
私の意識が目覚めた時、身体に何か乗っかったような負荷を感じて、思わず二度見した。
誰かの泣き声がする。ううん、違う。知っている。
野難さんだ。彼女しかいない。
「⋯⋯っ!大州さん!生きてたんですね!よ、良かったですぅ〜」
「ちょっと!顔を押し付けないで。普通に身体が重く感じるから⋯⋯」
鉛でも体内に入れられたようにも感じるその鈍化は、私の起き上がりから立ち上がるまでの速度を鈍くしていく。
倒れてしまった理由は理解し切れないけど、ここに居る理由は知っているし、忘れていない。
野難の弟くんを助けるという事、ただ一つ。
なのだけど、彼女自身が何時までも縋り付くようにして離れない。
「退いてくれない?流石の私も、貴女を担いでは前に行きづらいのよ?」
「⋯⋯だって、だってぇ〜」
「⋯⋯心配かけたわ。大丈夫。私は生きてるから。安心して」
「は、はい⋯⋯」
彼女の奥に倒れている人は私達が体感では少し前まで、目の前で立ちはだかっていたご老人だった筈。
よく見れば、野難さんの足跡が赤い。月明かりで色まで判別しきれないけど、多分赤なんだと、嫌なぐらいに直感が働いてしまう自分が嫌になる。
でも、誰がこんな事をしたのか。彼女だろうか?
あまり直視もしたくもないし、どう頑張って考えても拉致があかない。
時間もないかもしれないから、前に進まないと。
歩き出した野難さんの後ろを着いて行く。建物の揺れが収まっていて、眠っていた頃よりも歩きやすいけれど、今じゃない方が良かった。
頭のフラつきが自然と吐き気を起こしそうになるのを耐えて、壁に手を添えながら歩く私達。
そして、私達は辿り着いた。
私の目の前にあるその扉の上には、その部屋の名前があるのだろうけど、付いてなければならないランプが付いておらず、明かりもないこの場所ではその部屋の名前を知る事が出来ない。
そんな部屋の扉は歪んでおり、押したり、引っ張ったりを繰り返して、強引に扉を壊して中へと入る。
最初に圧倒された光景はガラス張の中にいる子供の様相であった。
暗がりでも見えるようにとされているのか、何か小さくて赤いランプのようなものが僅かに光り、その子の様子を窺えており、そのランプが頭に装着されている機械の物だと気付いたのは野難さんが弟くんの名前を叫んでガラスを叩いている時。
両手脚を固定する為のベルトのような物は、何故か巻き付かれていなかった。
もしかしたら、まだ実験のような事をする前だったのかもしれないとホッとした様子で野難さんの手を握り、右手側にある扉に入ろうとする。
これが終わったら、彼が落ちてしまった所も探さないといけない。
もう、万が一も殆どないのは何となく、察している。
けれど、あの子まで落ちて行ったのは──。
「大州さん!急いでください!」
「⋯⋯わかってるわ。良かったわね。無事で」
「⋯⋯はい!」
嬉しそうに微笑んだ野難さん。それはそうよね。
死んでるかもしれないって思っていて、生きているってなったら、誰だって歓喜する。私もそう。
除菌室の扉は微かに開いていて、その扉を二人で開けようとする。
多分私史上、一番力込めたと思う。ようやく、私が入れるぐらいにまで左右に進んだ扉。
「駄目」
誰かにそう言われて、肩を掴まれた。
そして、私よりも先に異変に気付いた野難さんが既に私を庇おうとする光景を最後に私の意識はまた落ちる。
嫌な稲光と共に。
━ ━ ━
地下の脳を保管している大広場では准は一つの疑問を提示していた。
最も、あってはならない可能性にして、彼女の成果を露とするもの。
「そう言えば、施設内で倒れた人間の殆どを見ていないけど⋯⋯何処に行ったんだ?」
「遺体安置所に居る。子供達も含めてな⋯⋯」
物悲しながらそう口にする鳩羽だが、イマイチ同情はしきれない准。
元を辿れば、目の前に居るその男が一箇所に私欲で集めて、襲われたようなもので、実験の様子は見ていても、暮らしている子供達の事を何も見ていなかったのは、会話の節々から漏れ出ていたのだ。
結果からすれば、全員女に襲われたと詩葉からは聞かされており、生きてる可能性は血が大量に付着したフロントでお察しである。
けれど、准とはまた別に逸花は食いかかるように鳩羽へと視線を移す。
「燃やしたか?」
「なに?」
「だから、その遺体は燃やしたかと聞いているのだ。愚か者」
「いや、まだだが⋯⋯」
燃やせる訳がない。仮にも、彼等彼女等の為に建てた研究所であり、その核となる子供や共に意見や理論を語った部下も纏めて燃やせば、募っている悔しさも消沈する訳ではない。
単に男は寂しいだけなのだが、それを二人は知らずに言葉は流されていき、焦る様子を見せ始める逸花に注目される。
「チッ。その安置所に案内しろ。女が蘇る」
「⋯⋯なに?!」
「ちょっと待て、どういう事だ?」
藍莉の元へと戻ろうとする際に見た黒焦げの遺体が女へと変化するあの瞬間も、その超能力も、今日知った事であり、一時的な混乱すら招いたその現象は紛うことなき蘇生であり、『黄泉がえり』であった。
衝撃音や、揺れを感じない事から、外での戦闘は既に幕引きされていると確信すら持っている逸花。
同時に、八十年もの間、磨いたであろう能力の真骨頂が年端もいかない小娘一人との戦闘で全てが終わるとも、龍としての拙い勘が囁いていた。
『まだ、終わりではない』と。
「あの女は死体に移れるんだ。死ねばという条件は付くがな。厄介なのは、人の死体があればその分だけ蘇れるという所だ。制限や制約の程は知らん。だが、嫌な感じがする」
「笠辺先輩は?!負けたのか?」
「⋯⋯⋯⋯いや、私が見た限り、優勢もいい所だったな。恐らく、今頃はノンビリ休んでいる頃だろう」
少年に対して何かを隠すという行為に関してのシンパシー。笠辺沙耶は重大な何かを秘匿しようとして、牧原逸花は龍という免罪符で全てを語りたがらない。
似た者同士であり、ある種の敵でもあるのだろう二人だが、言い触らすような行為に誰ほどの意味があるかなど、たかが知れていると判断した逸花は彼女の秘密を漏れない方向に言葉を紡いだ。
「鳩羽さん。安置所何処にあるんだ?」
「二階だ」
「チッ。面倒臭いなこの階段!掴まれ。一気に駆け上がるッ!」
既に階段を上がっている三人。けれど、この階段は長いのだ。
一階までの扉がある位置までは、まさかの三十メートルも上にあり、螺旋階段という目が回りそうになるその上り方式は、逸花に舌打ちさせた。
掴まれ、とは何だったのかと言わざるを得ない程の強制的にも等しい強引さで二人の服を掴んでいく。
「ウワッ!」
「貴様っ、触れるな!」
「潰れそうになった蛙のような声を出すな!それと貴様、この高所から叩き落とされたいのなら、もう一度言え」
「なんで、アンタはそう敵対心しか向けないのさ。アンタが落ちる拍子に僕まで落ちたらどうするんだよ!」
「私がそんなドジな事をするか!」
逸花は靴を履いている筈なのだ。
けれど、その靴はいつの間にか脱がれており、素足となった状態で、准の襟元を掴み、鳩羽の胸ぐらを握り締めて、階段の手すりから飛び移るようにして壁を駆け上がって行く。
一歩一歩が速く、踏み抜いたその壁のタイルは亀裂が入り、力強さを物語らされる。
そして、一階に繋がる扉が見えた途端、投げるようにして准と鳩羽を扉の前に送り、二人は手すりに大激突してしまう。
「何してるのだ?早くしろ」
「牧原ぁぁ。お前、投げる時は言えよ!咄嗟で錆びた鉄を舐めちまったじゃねぇか!」
「まったくだ⋯⋯。大概にして欲しいものだな」
「突き落とすぞ?」
「行きましょう!牧原さん!僕一生着いていきます!」
「君、ポジション変更が早すぎるぞ!もっと抵抗したまえ!」
「嫌だ!あんな長い階段を一から上がるぐらいなら、牧原の脚を舐めてた方が幸せだ!」
「私は脚を舐めさせる慣習もなければ必要性もないのだが⋯⋯。それにあの子に多分ドヤされる⋯⋯」
想像した逸花。思わず、人としている時のうな軽い悲鳴も上がるものの、ふざけているとしか二人には思われず、引いた視線を向けられるのであった。
そして、辿り着いた一階フロアは完全に横に向かって断絶されており、外には誰も居らず、正面は断面図のように、施設が二分割。
断層が僅かにズレてしまい、准達の居る側は藍莉達の居る側と比べても低くなってしまっており、上方向へと目をやれば、何とか壁と床を頼りに三階から落ちないようにしている椅子。
地面を見れば、汚れきった白衣やロッカー、研究者が置いていた道具や、実験器具が壊れた状態で転がっていた。
「おいおい!これ、施設ごと真っ二つなのか?!」
「今更気が付いたの?」
「悪かったな!動揺ってのは、視界を狭めるんだよ!」
「まぁ、お前の場合は仰向けに落ちたからな。しょうがないか⋯⋯。いや、しょうがなくないな」
「何をしている!安置所はこっちだ!急げ!」
断層を上がり、藍莉達の居る断層が上となってしまった建物へと入り込む鳩羽。
その背中を追い掛ける准と牧原なのだが。
「うわっ!」
牧原逸花は低身長である。龍の時は流石に想像絶するものの、人の姿を象っている際は可愛らしい女の子であり、二足歩行故に躓いて上半身を地面に叩き付けられそうになってしまう。
「っ!ちょっとととー!何やってんだ。龍だろ?ドジっ娘に転身したいなら、愛嬌は身に付けてからにしろよ?」
けれど、准が近くでその身体を支える事で逸花がダサいくらいに転ぶ展開を阻止したのだ。
「〜〜!こんな屈辱的な事があるのか⋯⋯。まさか、あの刃龍もこんな事をして⋯⋯」
「いや、あれは素でおバカ側だったから、転んでも笑ってた」
「⋯⋯⋯⋯。いい加減に離せ」
「あ〜、悪い」
逸花の背中にピッタリとくっ付くようにして、支えた准。その腕は離れていく。
「⋯⋯ッおい!今揉んだな?!私の胸部を!」
「何言ってんだ?牧原。無いものは揉めないぞ?タピオカがない飲み物をタピオカとは言わないし、アップルパイにリンゴが入っていないのをアップルパイとは言わないだろ?同じ事だ」
「誰が貧乳だ!」
「ケチんなよ。世の中に必要なのは、抱擁力と我慢強さだぞ?」
「バカを制する暴力もそこに加えろ。私が念頭において、実行する」
「転びそうになったのを助けたろ?!いい分だって」
「だからって二揉みする馬鹿がいるか!」
「あだァァ!オッサン、殴られた!どうせ、警察とコネあるんだろ?訴えてくれ!」
(俺は知らん。俺は知らん。俺は知らん)
「オッサン!都合のいい時に限って、無視してんじゃねぇ!」
「俺を巻き込むなぁぁ。俺は知らん!」
前を走る鳩羽が苦い顔を浮かべて階段を駆け上がり、それを端から見ていた逸花は思わず首を横に振ってしまう。
「そういった態度で都合の悪い事には掛からないから、子供のウケが悪いんだろうな、貴様は」
「貴様?!なんでそっち側なんだ!」
「なんとなくだ」
「何だと!君の仕業か?!」
瓦礫が邪魔となり、足の踏み場を探す鳩羽が思わず准を見つめる。
それに対して、呆れた様子で溜め息を零した准。
「僕には洗脳能力なんてねぇよ」
「分からないぞ。秘めた才能というのは、あるものだ。私も自身で後天的に超能力者になった者だから解る」
「ねぇ、聞きました?奥様。あの人、自分から改造されに行ったんですって!まぁ、自分を大事にしないなんて、酷い人だわ」
「酷い男だ。自ら地獄に行くとは。嘆かわしい」
「貴様らァァッ!!」
絞り込んだような声を上げる鳩羽を無視して、逸花は前へと出る。掌を積み重なった瓦礫に添えて、押し込んだと同時に前へと一直線に瓦礫は吹き飛んで行き、通行の妨げは真に無くなった。
「っ!!お前、加減してくれよ⋯⋯ゴホッ、ゴホッ。吸っちまった⋯⋯」
「したさ!大馬鹿者。したからこれで済んだんだろうに⋯⋯」
「急げ!」
二階の最奥。
既に、蛍光灯も外れて長い廊下に落ちてしまい、暗く伸びたその廊下は月明かりのみが唯一の光源であるにも関わらず、落ちた物には目もくれずに鳩羽を前に二人は走り、辿り着いた安置室。
部屋名は『第二保管室』と記されており、主に冷凍保存を中心とした保管所であるが、遺体が腐って変な虫が付かないようにと鳩羽と吉野の二人が運んだ場所である。
そう、冷凍保存という事は、寒くなければならないのだ。そして、開きっぱなしというのは厳禁であり、設定温度もその時によって変えなければならない。
だと言うのに、その部屋は常温の状態で寒くなく、冷えてもおらず、むしろ、暑く、咽るように、焼けていた。
最初にそれに気付いたのは研究所に詳しい鳩羽であり、開けた瞬間に漂う黒煙に目を疑い、勢いよく開けられたその部屋にある物全てがご丁寧に焼かれているのである。
「あ、⋯⋯⋯⋯。子供達が⋯⋯」
「誰が⋯⋯。いや、おい!鳩羽のオッサン!詩葉の弟はどうした?!まさか⋯⋯おい!」
「⋯⋯⋯⋯。まだ⋯⋯」
「え?」
「まだ、四歳になったばかりの子供も居た筈なんだ⋯⋯。気味悪がられて、棄てられた子だって居た。⋯⋯いくらアイツに殺されたからと言って⋯⋯、これほど無情な火葬があるものか⋯⋯」
「⋯⋯オッサン⋯⋯」
准は何も言えなかった。この男のやろうとしている最終目標を聞いている側からすれば、突然の死に突然の放火と遺体の焼却。
仮にこれから自身がその手で燃やそうとするとしても、見ず知らずの他人が勝手にするのとでは重みやその行為の意味合いが大きく変わる。
泣きそうな瞳は沁みる故にか、思い馳せている故にか、准には伝わる。
准には。
「何を言っている。死んだらそれで終わりだ」
「⋯⋯ッ!貴様のような化け物には分かるまい!人の死がどれほどに悲しく、尊び、そして、嘆くものかを!」
「喚くな、吠えるな、囀るな!貴様のような小僧に人の死の重さなどを問われる言われはない。貴様より生き、貴様よりも多く知っている私が断言してやろう。火葬だ、土葬だ、仏壇だ、納骨だなどと言い儀式めいた事をするのが人間だろ?死んだ人間からすれば、身体は燃やされて、離れた地の冷たい土に埋められて、身体も精神も魂すらないのに、綺麗に彩られてその日来たばかりの道具と写真に手を合わせられる。数万円する仏壇はその亡くなった者の価値とでも言われた方が納得だ。それでいて?分解された骨を壺やら箱に入れる。これの生者の自己満足でなくて何なのだ?お前のそれも紛れもない自己満足で、憐憫も慈悲も後悔も罪悪感も全てが等しく、お前自身の為に死者を使って慰めている行為だとなぜ気付かない!この弱者め!」
鳩羽は絶句し、思わず殴ろうとするも、それを准が止めた。
「なぜ止める!君もこんな奴からは手を引け!ロクな奴では無いと、コイツの言葉から嫌というほど理解できただろうに!」
「解ってる。俺は気持ちはアンタと同じだから。でも、待ってくれ。頼む」
「⋯⋯」
「⋯⋯なんだ?お前も──」
殴った。グーで思い切り、余韻無しの突然の行為かのように、逸花は壁に背中を付ける。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」
「お前、それを僕の前でよく言えるな。アイツや藍莉の前でも同じ事を言ってみろ。多分、見捨てられるぞ」
「⋯⋯だが、事実だろうに!間違っていない筈だ!何がおかしいのだ!」
「そうだな。理屈や合理的な観点で言えば、自己満足さ。解っている」
「だったら!」
「でもな。人間はロボットじゃない。曖昧で不合理で、中途半端な生き物なんだよ。少なくても、俺は刃龍と親からそれを学んでる。それにな、死者を使って慰めてるんじゃない。亡くなった大切な人が近くに居るって自己満足ながらも思わないと、悲しいからだ」
「ならば、仏壇や納骨なんかなんだ!あんなの──」
「宗教とかの影響だろ。日本て無宗教の人多いし、なくても生きていける人が大半だから。でも、綺麗な事や納得出来る事とかそういったものは真似して尊んで、頑張ったなって言ってあげたいし、自分にも言いたいんだよ。慰めだったとしても、その慰め一つで人の明日の生き方は変わっていけるから。龍なら、強者ならちゃんと見てくれよ。そういった不合理性の意図をさ。アイツはちゃんと⋯⋯。いや、比べるのは違うか⋯⋯」
「なんだ⋯⋯言えばいいだろ」
「⋯⋯アイツは、その辺ちゃんとしてた。尊んで、慈しんで、ちゃんと自分なりの考えで祈ってた。きっと、アイツの最後をお前は知らないから、そんな事を言えるんだと思う。今度教える。僕とアイツの出会いから、別れまで全部。だから、人の死に対する生きた人間の感性を否定しないでやってくれ」
始まりに親という信頼を欠落させた。次に世界に一人しか居ない龍。そこから、様々な喪失と後悔と死と罪悪感と巡り会って、ここに居る。
この世界で最も龍と仲の良かった男の子の言葉。
それは、目の前に居る強者筆頭の龍にも届いていると信じて、投げられたものであった。
「⋯⋯鳩羽とやら。すまなかった。私はどうかしていたようだ」
「⋯⋯⋯⋯いい。もう⋯⋯」
少年は泣きそうになっていた。
思い馳せるは閃光の龍の輝きと一涙の雫。嘆く叫びは一閃と共に散り行き、あの日の明星の輝きが何時までも尽きてくれるなと、そう願った夏の時期。
桐江准が去年の春の次に影響を受けたその出来事が騒然とし、儚いものであったと牧原逸花は誰よりも早く察してしまった。
━ ━ ━
「次は貴女ね」
「大州さん!大州さんッ!!」
キャップを被り、革製のジャケットに黒い丈の短い黒のスカートというこの場において最も異質なその格好でスタンガンを持ち、容赦なく詩葉の首筋に当てて、昏倒させる。
「なんで⋯⋯ッ!」
未来予知ではこんな光景を見ていない。
詩葉の言葉は続かずに、倒れ込む。
灰色の髪を手で払い靡かせたその女は、そのまま実験室の中へと入り、実験台で寝ている男の子に注視した。
スタンガンを持った手はポケットへと、反対の手には銃口が縦に長く、近未来感があるシャープな銃。
重厚感も威圧感もない鋼色のその銃を男の子に向けて撃った。
一発は眉間に直撃。流れるようにもう一発を心臓へと撃ち込もうとする。
「ッ!?」
男の子が消えていた。まるで、何も居なかったように、忽然と消失し、慌てた様子で、背後に蹴り込む灰色の髪をした女。
男の子が背後から手で触れようとするその手を弾き飛ばして、壁に衝突し、タイルに僅かながらのヒビが入ると、男の子の顔が剥がれていく。
ベリベリと模様替えをしようと壁紙を剥がすように、上から下へと徐ろに剥がれていくその様子を気味悪そうにしながら、銃の引き金を引いた。
「ッ!外れた?違う。外された⋯⋯」
念動力が穿とうとする弾を強制的に停止させて、近くにある壁に突き立てた。
動きの強制停止。故に回転はない。
「距離の制限⋯⋯かしら。まぁ、良いわ⋯⋯」
『貴女⋯⋯、どうして私がここに居るって、分かったの?⋯⋯折角、あの女に殺されて逝けると思ったのに⋯⋯』
「なら、死になさいよ。くだらないわね」
淡々と撃ち込もうとするその引き金に余念はない。
けれど、念動力はその動きを全て止めていく。
直線を歪曲させ、直角へとへし折り、垂直に入り乱れるように弾同士が交錯し、全てが壁へと捩じ込まれた。
「はぁ〜。怠いわね。貴女。早く、愛している旦那の所に逝きなさいよ。何がそんなに嫌なのかしら?」
『私を殺したあの女⋯⋯。あの女は許せない⋯⋯。それだけだァァァァア!』
尊厳を軽んじられ、要らない憐れみを投げ渡されて、嘲笑の笑みで刀を突き立てられ、最期は無慈悲なまでの終わりを与えた存在への復讐心。
決して、蘇ってしまうという事態は偶然で女本人の意志でなかったとしても、得た好機は活かすものとして、女の現動力は活発化する。
「つまり、復讐ねぇ〜。分かるわ、私もそうだもの。でも、お前、執拗いのよ」
『どうして、最近の女とは、こう⋯⋯こうォォォオ!』
念動力の行使。隙を見て、背後へと瞬間移動で回り込み、発火現象で即死。完全で無敵に等しいコンボ。
『除者』の笠辺沙耶すら、対応が一度遅れ、偶然的に女の腕の伸ばせる範囲外だった事でどうにかなったその初見殺しを今、少年の皮が全て剥がれた瞬間、行われた。
実験器具と頭に着けられた装置、更には寝かされていた台までも浮かせて、両腕をクロスになるように払う。
念動力の餌食となった事を証明するように青く縁取られた道具達は一斉に灰色の髪をした女へと向かう。
『さっさと、殺して、あの女を!!⋯⋯は?』
居ない。女のすぐ背後に飛んだ筈が、居なくなっており、目の前には自身が浮かせて投げた道具の山。
何が起きたか、全く見当がつかないといった様子で立ち竦んで居ると背後から声がした。
「さようなら。旦那さん、八十五歳で亡くなって、息子さん、昨年死んでたわ」
踵を返して攻勢に。そのつもりが、一切動けず、視線も、指先も、顔も、何もかもが停止したように硬直し、背後からあっという間に穿たれた。
先程までとは比較にならない程の光源と巨大なその一撃は光弾にも等しく、壁を貫通し、上空へと昇り、爆ぜる。
時期の早い花火のように、その青の花は、弟の朔の置かれている場所を聞いた准と逸花からも窺えて、車で服を着替えて、脚を無理矢理治そうとしている沙耶からも見えた。
「⋯⋯⋯⋯」
灰色の髪の女は面白げもなく、鼻でその光景を笑う。銃を革製のジャケットの内ポケットにしまい込み、慌てる様子もなく、実験室の前で倒してしまった二人の間をヒールで景気よく鳴らしながら、後を去るのだった。
次回、『牧原逸花は語らせない』おしまい




