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この街は今日も語る  作者: 紫芋
牧原逸花は語らせない

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28/40

たった一つの理由

 素早く、感覚だけなく、意識と視界を研ぎ澄ませて、迅速なる排除。


 その刃は『現象』や『存在してはならないモノ』を容易にいとも簡単に血吹雪を巻き上げされる。


『アアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!』


「まだ、終わってない。私はまだ貴女を殺すまで、逃がさない。逃がす猶予も余裕も意思も自信も無くして、確実に、殺す」


 飛び上がり、退避の選択を選んだ女は悲鳴を上げて現状からの脱却を望むものの、それを沙耶が許さない。


 赤と白を基調とした巫女服は血では染まらない。


 唯一自身で付けた傷はあるが、もう止血は終わっていて、これ以上には赤のシミは広がる事は有り得ないのだ。


 女と同じ高さまで跳び上がった沙耶。横へと振るった刀の剣身は首元を容易に捉えて、斬り伏せようとするものの、重く鈍い衝撃が刀から伝わって来て、距離を縮める事が難しくなる。


「⋯⋯貴女、意外と面倒臭いんだ。そっか」


『はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯。うぅ⋯⋯』


 身体の感覚が鈍化しているのを女は感じた。


 超能力は万能である。あらゆる状況を手札次第でひっくり返せる秘策にも近い。


 手で触れてしまえば発火も可能で、力んで浮けと願えば大地すら浮かせられて、心を読みたければ、その者の事を知ろうとすれば済む。


 女は言わば、発見され、保護され、遣わされた超能力者の持つ能力全てを持つ、完全にして、普遍的な突然変異の人間であり、最初の存在。


 そこに一遍の隙すら与えない強者にして、人類のある種の進化。


 それでいて、淘汰された可哀想なだけの女。


 その女が数で屈してしまった事例を活かして、能力の使い方を増やし、創意工夫で念動力で木を尖らせて武器として扱うような芸当が可能となった現在。


 十七歳の小娘に敗北寸前なのだ。


「貴女のそれ、凄いけど、凄くない。身体機能みたいなものだから、疲れるんでしょ?私の身体を使ってるのに情けない」


『ッッ!〜〜〜黙れェェェ!』


 瓦礫を浮かせた。青く象られたその瓦礫は大きいのから小さいのまであり、二メートル程のデカイ建物の壁だったものを浮かせた時、それを沙耶目掛けて投げて牽制を図った。


 歩く沙耶。それは既に落ち着きと余裕の前触れであり、勝ちを確信した歩みにすら思える。


 だが、油断はしない。一度殺されたのは事実であり、それ以上の結果はないと沙耶は戒めて、確かに首を掻っ斬るタイミングを待ち望んでいた。


 迫る瓦礫の山を見てから避けていく。巫女服にすら掠らず、紺色の髪にも触れず、淡々と避ける動作を繰り返す。


 そして、巨大な瓦礫が迫った。沙耶は跳んで避けるのだが、好機とばかりに女はほくそ笑んだ。


『終わりだァァァァ〜〜ッッ!!』


 風を切る。女が右手を握り、そして払う。


 突風にも似たその衝撃は間違いなく建物を揺らしており、人の肉体を三枚おろし上等のものであった。


「駄目。それじゃあ、敵わない」


 けれど、沙耶には効かない。見ていなくとも伝わる左方向に吹く強烈な風に対して、縦軸に構えた刀を一刀両断とばかりに振った。


 女は目を見開いて、唖然としてしまう。


 何処の誰が、見えない攻撃に即座に対応出来ると思っていたのだろうか。


 この瞬間に理解した。女には勝てないと。関わってはならない部類の敵であったと。


 音もなく、淡々と風を裂いた沙耶は視線を女に移して、身体を反らした。


 そして、脚を踏み込み、空中を蹴る。


 そんな馬鹿なと、女の思考は停止する前に至った一つの拒みは現実となって、迫っていく。


 沙耶は踏んで、足場にして、刀を構えて、女の身体を斬ろうとしていた。


「終わり」


『ッッッ!!!』


 咄嗟の判断が求められる事は多く存在し、その中でも命の危機に瀕してしまう事柄では重要視される。


 女は死ぬと直感して、念動力で沙耶の動きを静止させた。


 けれど、刀が触れた。前触れもなく、手の力を抜き、落ちそうになる刀を指で弾き、沙耶の身体に触れた途端、念動力は消えた。


 それに驚いている暇は女には与えられない。


 踏み込んだ事による勢いのある速度は無へとなってしまい、真下へと落とされる沙耶ではあったが、着地の瞬間に刀の頭部分をブーツを履いた脚で蹴る。


 それはサッカーボールと間違えたのではないかと思える程に爽快な蹴りで、蹴ったと同時に腰を低くしている沙耶は流れのまま駆け出した。


 蹴りを入れられて刀は沙耶の手元を離れて女の顔面へと迫るも、女はそれを避ける。


 けれど、咄嗟の判断で避けたとは言え、いきなりの奇襲にも等しいその刃の閃光は頬を掠めて、左耳を持っていかれた。


 欠損という痛みが目の前から迫る沙耶という存在を意識から外そうとする事が癪になる女は横へと避けようとするも、それは遅れる結果となる。


 沙耶が速い事と痛みによる思考のラグが影響したのだ。それはまさに不手際に等しく、好機でもあった。


『ううわぁぁあ!!!』


 腹へと華奢な腕が伸びて、握られた拳は女の身体はくの字へ変化させて、そのままの刀のある方向まで流れるように進んで行く。


 危機感を覚えている女は苦い顔を浮かべる。


(ふ、触れれば!触れればァァァ!)


 女には発火能力がある。自身が今現在使っている身体も元は目の前で、さも当然のように女の身体を後方へと殴り押している沙耶の身体でもある。


 そして、それを撃破したのは発火能力あってのもの。


 背中に触れずとも、掌で触れて、燃えろと願えばそうなる。水分を一気に沸騰させ、身体の芯まで燃え焦がすその炎を生み出せるのだ。


『アアァァァッッ!アアァァァッ!!フン!アガァァァ!』


 けれど、腕を伸ばそうとした瞬間、押されている腕は手早く離されて、駄々を捏ねる子供のようにガムシャラに腕を沙耶へと触れさせようと一心不乱になるも、頬に鈍器で叩かれたかのような強烈な拳が飛び、吹き飛んだと同時に目玉が片方飛び出してしまう。


 沙耶が駆けた方向とは横軸にズレて倒された女は片方の視界が消え去った事に驚き、慌てふためいた。


 かつて、これほどまでの暴力は知らない女。


 蹂躙の限りを尽くされたと言っても、女は三人によるリンチに近い形で嬲り殺された。


 一人単体ならば、それほどの強さは無かったが、今回はそうではない。


 文字通り、たった一人で追い詰められて、余力もあり、自信もあるように見える自身と比べて年端もいかないその女の子に生前の死以上の蹂躙をされているのだ。


 一方の沙耶は刀を手早く取り、握り部分をしっかり握ると、走る速度を上げて、大きくカーブして、女へと目掛けて駆けていく。


『虫のように動き回る女だァァァア!お前は!!』


「私が虫なら貴女はゾンビだね。人の為にも地球の為にもならない文字通りの害悪。消えて欲しいな。ていうか、消えなさい」


『ベラベラとォォォォ!』


 歪んだ顔を上げて、空へと向かって吠えるは女の怒りの叫声であり、嘆きではあり、悔しさとままならない慟哭。


 それに耳を貸さない事も沙耶の猛攻は止まらない事も知っている。


 だから女は浮かせた。大地を。


「ん!これは地震?こんな時に?」


『はあああああああッッ〜〜〜!!!死ねェェェェェ!』


「あ〜、貴女の小細工か。ッ!」


 沙耶を中心に浮かされた地面。


 その範囲は女にも至り、共に上へと急上昇しようとする。


 一気に重力を感じた沙耶の動きが動きを止めて、その隙を逃さなかった。逃す筈はなかった。


 女の十八番でもあるコンボ。誰だって格闘ゲームで綺麗にコンボが決まれば再度使用して、常習化させて使えるようになりたい。


 女も同じ事だ。綺麗に決まったコンボを再度ぶつけたいのだ。それだけが勝利への条件であり、それ以外に生き残る術をもう知らないのだ。


 瞬間移動からの発火能力という、()()()()を。


(摘み取った!お前の命!!)


 硬直した隙に回り込んだ女はそのまま沙耶の背中を触れようとする。


(終わったァァァ!私の勝ちィィィッッ!!)


「やっと来てくれた。動くの疲れたんだよね。丁度良かった」


『はえぇ?』


 女の腕は斬り棄てられた。


 容赦なく、真上に上がり、すぐに浮いた地面と接触する。それを呆然と見ているだけの女の思考は停止した。


『あ、⋯⋯え?な、なんで⋯⋯』


「卑怯者には背後しかない。消えたって理解した瞬間に私はもう刀を後ろに回してた。それだけの事」


 それにしても捷さが違う。女が感じた違和感はそれだった。思考を停止させた理由はそれだった。


 女と沙耶の距離はかなり近かった筈なのだが、どういう訳か、手を伸ばしても今居る沙耶の位置までは届かない所に自身が居る。


 後ろに後退した訳ではない。痛みよりも思考が加速して、詰まりそうになっているだけで、今尚その理由を解明しようと頭を動かしていた。


 沙耶は簡単な話、動いていたのだ、咄嗟にやって来た重力は確かに彼女の動きを静止させたが、対応するように動き始めようとしていた。


 それが女の瞬間移動とタイミングが被り、沙耶が一瞬で前へと移動したように感じてしまっただけなのだが、女にはそれを理解する余裕がなくなっている。


 そして、沙耶もそれを口にする必要もない。


「取り敢えず、降りよっか」


『⋯⋯ッッ?!ブボァァッッ〜〜』


 俊敏な動きで懐に入られた女は顎を容赦なく蹴り上げられて、浮いた身体を鞘で叩き付けられて、浮いた地面から落とされる。


 けれど、女は地面の落下程度では影響はない。身体がミンチになる訳でもギャグ漫画さながらの地面に人型の穴が空いてしまうといった事もない。


 ただ普通に地面に音も無く着地して平然とする事だろう。


 生きていない者の特権。女の特権で替えの効かない無制限の年間パスポート。


 そして、沙耶にとってはそのパスポートは特効以外の何者でもないのだ。


 落ちた女を目掛けて、自身も急降下に飛んだ沙耶は、頭を下にして、空気定期を最低限にしながら、女に接近していく。


 対して女は正気ではないいった様子でその光景を見ていた。叫びもせず、泣かず、淡々と自身を殺す為だけに三百メートルにも及んだ高さから何食わぬ顔で落ちていく彼女がひたすら怖く感じ始める。


『イカれてる⋯⋯お前はイカれているッッ!!』


「そうだよ。私は貴女達のような居てはならない存在にイカれさせられた。だから、活かせる」


 速度は上がる。鞘に収めている刀を再度抜刀して自身から迫っている標的目掛けて刀を振るう。


『がァァァァァァ!!!⋯⋯何がそこまで貴様を駆り立てるんだァァァ!この鬼めェェェ』


 頭から斬り裂いていく、沙耶。女の頭部の中身は何も見えず、黒く、それ以外は何もない。


 それを見て尚、表情を変える事も無く、刀を抜いて、女を踵で地面に蹴り落とした。


『⋯⋯がァァッッ!アアァッ〜〜』


 叩き付けられた地面。ダメージは無い。けれど、既にご臨終寸前の身体と意識は遠退いていくのを感じて、恐怖心が勝っていく。


「お前達が存在している。それだけが私が貴女をほろぼすたった一つの理由だよ。だから、早く逝ってほしいな」


 頭に再度入り込んだ刀は股を裂いていき、刀は地面に触れて、軋むような音を立てながら、勢いよく地面に転がり、数メートルの地点で着地した。


 何事もないかのように立ち上がった沙耶が最初に感じたのは、脚が折れている事と顔が土で汚れた事による悲しさであった。


「化粧台⋯⋯、無いよね⋯⋯。はぁ〜」


 ブーツを脱ぎ、素足となった右脚を見ると、足首から曲がっており、更に溜め息を零す沙耶。


 それを死の間際寸前まで見ていた女は何も言えなかった。


 あれは明らかに曲がってはならない方向へと曲がっており、痛みの一つも上げずに淡々とブーツを履き直しているその光景が女にとって、純粋に気味が悪く感じてしまい、目を塞ぎたくなるものであった。


 巫女服をパッパッと軽く手で払って、女を見る。


 冷たい視線で向けられたそれは身体を文字取り芯まで凍らされる程であり、女は思ってしまう。


(早く、死にたい。もう、あの人の所に⋯⋯)


 今まで感じた事のないこの心を騒つかせて、蛆が沸いたような気色の悪さからの解放が女の死への渇望であり理由。


 折れた脚を諸共しない沙耶は近付いて、刀を向ける。


『貴様、⋯⋯よくもまぁ、ここまで⋯⋯。イカれているでは済まないな⋯⋯。トんでしまって、いるか⋯⋯フフフ。ざまぁ──』


「何言ってるの?聞こえない」


『⋯⋯』


「私と会った時、あんなにはしゃいでいたのに、どうしたの?大きな声出せなくなったの?ねぇ?超能力って奴、使えば?使えないの?使わないの?どっち?それとも、私が気持ち良い風に解釈していいの?私をあんなに殺したそうだったのに、何寝てるの?私は片脚無くても貴女をまだ殺せるよ?それとも貴女のように眼球を無くそうか?あ、でもそれだとフェア性に欠けるから、貴女も脚へし折って。この程度じゃないんでしょ貴女は?あんなに息巻いてて結局コレなんだもん。憂さ晴らしにもならない。最近ストレス溜まっててさ、丁度良いサンドバッグだと思ってたんだけど⋯⋯。期待外れだったかな?でも、まさか、そんな訳ないよね?勘違いだといいな⋯⋯。さぁ、早く立って。その気がないなら、早く消えて、視界だけじゃなくて、存在から伝記や歴史、思い出とかの全部から。ねぇ?もしかして、怖いの?震えてるよ?まさか寒い?そんな訳ないよね?貴女、寒さを感じないって聞いたよ。⋯⋯本当に私が怖いんだ。怖がらせるのが貴女のお仕事でしょ?なのに、その対象に含まれている私に怯えたら駄目。私が許さない。だから、私を驚かせて。ここで、立ち上がって凄いね!って言わせて?ねぇ、どうしたの?まさか、立てないの?信じらない。人間辞めた癖にこれっぽっちなんて。正しく汚点だね。あぁでも、貴女。元から人として見られて無いもんね。可哀想。同情してあげる。私は元から人だからさ、優しいんだ。貴女と違って、人、だから」


『ッッッ〜〜うがァァァァァァァァァ!貴様!貴様ぁぁぁぁぁッッ!!!!よくも、私を──』


「煩い」


 刀は口元を穿った。


 ぐらつく口元を感じた意識を最後に、女は消滅して、塵と化して空中に散る。


 それを冷めた視線で見つめる沙耶は散り終えて、形も影も何もかもを無くしたのを見守り、刀を鞘に収めて、一息つく。


「ざまぁみろ」


 影が差し込む。沙耶の身体を建物の影が覆い、沙耶の瞳は空を差した。


 侮蔑の視線は彼女の象徴。空から落ちた浮いた大地は地面に落下して地響きを起こして、沙耶を揺らす。


 それを見届けるようにして、立ち上がった沙耶は懐にしまっていたスマホを取り出して、連絡をする。


「もしもし、私。服用意して。⋯⋯そう、同じの。彼に怪しまれたくない。⋯⋯良いから用意して、私も向かうから。⋯⋯大丈夫。私が居なくても彼が生きてればそれで良いから」


 通話を切った彼女は歩き出す。施設の外へと、痛むはずの脚をなんて事のないように動かして行く。


  ━ ━ ━


 女の一生は二十二で幕を閉じた。


 彼女には才能があり、僅か五歳の時に母親の心を読めるようになっていて、喜ぶと思い少ない小銭を持って母親の欲しがっていた晩御飯の食材を一つ、買いに行った。


 母親は大変嬉しそうにしたと同時に叱りつけるのだが、僅か五歳ではその意味を理解しきれずにいたのだ。


 母親が悩んだ末、彼女に様々な物事に興味を持ってもらおうと書き初めを教えた際、それが彼女には合っており、母親と文字を書く事が趣味となった。


 更に、幼いながらに書いた作文を母親がえらく気に入っている様子を見て、彼女は何時までも鮮明に記憶している。


 それからの彼女は超能力というものを使うデメリットを母親に指南された。


 厳しくも優しい母親の言葉を真っ直ぐに受けた彼女は、超能力というものを使わない事を誓い、その生涯を緩やかで穏やかなもので終わらせる筈だった。


 けれど時代が悪く、現代から八十年以上も前の時代である。彼女が成長し、十五の頃。


 第二次世界大戦の真っ只中の戦時中の時代、父親は戦地へと送り込まれ、不定期ながらも送られる筈の手紙が家に届かなくなった時にそれは起こった。


 北九州空襲と呼ばれるそれは、彼女の家や一帯を焼け野原にした事が全ての切っ掛けであり、彼女の才能が伸びてしまった瞬間である。


 死者が続出する中、唯一の無傷に汚れすらない状態で生き残った彼女を見た全ての者は思った。


『何故、怪我の一つもしていないのか?』と。


 彼女は唯一の才能であり、異端であり、最も人類が恐れ、必要とされた才能。


『人を殺せる才能』に芽生えていた事が軍に行き渡るまでそれ程に時間は掛からなかった。


 軍に半ば強引に向かわされた彼女は『超能力』を披露し、その力に皆が目を見合わせてしまう。


 物を浮かせる、捻じる、動物と会話が可能で、次に日本が歴史に残す戦場での敗北を予測した。


 神風特攻隊が初出撃を果たしたある海戦はその通りに敗北を期す事なると、彼女の実力を慄き、恐れると同時に使えると判断し、彼女を活かす方法を考え出した日本軍。


 けれど、問題があった。純粋に戦局が傾き始めていた事と、超能力という未知の概念に合わせた軍備の調達が叶わない事にあった。


 度重なる空襲と疲弊していく軍。最終的に戦争は敗北という結果に終わった日本。


 それと同時に、彼女は一度解放された。


 その筈だったのだが、悲劇はここから生まれる。


 解放されてすぐに、彼女は『空弩街』へ行った。


 理由は無く、ただそうしたかったという単純かつ思い込みからの理由。


 近場だっただけで、安値で泊まらせてくれる宿と働き口がある事が彼女を滞在させた理由なのだが、その時に出会った。


 一人の男と。男の名前は『野難八蔵』と言い、その女と後に恋仲に落ちる人物なのだが、出会った当時は見窄らしいその女を気味悪がっており、忌避感すらあった。


 その男は戦争で脚を無くし、職に困っている時期でもあったが、食い扶持探しは難航し、一行に見つからずじまいで、途方に暮れていたのだが、女がそれを不憫に思い、男の脚を蘇生させる。


 これが男が女の優しさに触れた瞬間でもあり、再度女が狙われる要因でもあった。


 女は軍に狙われてしまう。朝鮮戦争により、戦争参加の危惧による際の戦力としてである。


 結果として、日本は戦争参加はしなかったが、女は軍に駐軍させられる羽目となり、その際に目を付けていた『超能力実験』は再開された。


 女が剥いだ皮の数は数百枚。女が投薬された薬の数は数十種類。女が失った血液の量は数十リットル。


 経済復興が行われている日本の裏で、女は一人、嘆くように叫び、遺伝子を採取されていく。


 ある男は言う。


「俺に似た優秀な存在が欲しい」


 ある男は言う。


「強力で屈強な存在が欲しい。でなければ、条約を結んだとしても戦争になればまた負ける」


 ある男は言う。


「化け物なのだから、何しても良いのではないか?」


 賛同者多数、否定者皆無の出来上がりであり、女の絶望の瞬間。


 舌を噛み切って死ぬ事も許されず、疲弊衰弱困憊は必然の中、実験は続く、続く。


 時は一年が経ち、窶れて、血塗れな服と泥に濡れた身体。身体は激しく疲弊しきっていたが、女は決して殺す事はしなかった。


 手を汚せば、帰った際に男に会わせる顔が無いと判断していたからだ。


 そんな時、石造りな質素な作りとなった牢獄は壊される。男が駆け付けてくれたのだ。


 お互いに泣きながら、その窶れた姿に激しく抱き締め、腕に付いた針跡は無数にあり、窪んだ目元をそっと指でなでる。


 脱獄は比較的に容易であり、女を担いで、男は駆けて行く。


 時に囮になるように進言したが、女はそれを拒み、最後までその手を離さずにいた。


 研究者達が脱獄に気付いたのは、次の日の早朝頃の事であり、捜索が開始されたが、見つからずに捜索は衰弱寸前である事と、女が超能力で壁を壊したのだろう言う理由から中断されてしまう。


 一方の女と男は空弩街に帰る途中であった。


 拠り所がそこしかなく、連れられた場所が空弩街からも遠く離れていたというものあるが、何よりも、共にその街で生涯を過ごしたいと女が願ったからである。


 男はそれを否定はしない。むしろ肯定的なまでであり、嬉しそうに道を進む。


 歩く速度は鈍足でありながらも、それでも良いと女を男は支え続けて、歩く。歩く。歩き、列車に揺られて、辿り着く。


 男は家を買った。小さな小屋ながら、女が好きだと言っていた小説の執筆が出来る空間があり、大いに女は喜んでいた。


 それから半年、何も無い平穏な時代が流れて、ようやく女は子供を身篭り、幸せな時期が訪れてると信じていた。


 お腹が膨らみ、男と喜び、これからの為にと男は歓喜の表情で屋外に出た。


 けれど、忘れてはいけない。これは、女の齢二十二までの話。


 世界に生まれた罰のように、突然小屋に男の姿をした人物が両腕、両脚を切断された状態で放り込まれて、女にマジマジと見せ付けた。


 この時、女の元にやって来たのは、誰だったかのか、何を目的に来たのか、女は知らない。


 知らないが、激昂した女は超能力を使おうとする。だが、それは叶わずじまいであった。


 お腹に居る赤ん坊の異変を感じた女がそれを躊躇し、能力を使えずに呆然としてしまう。


 突然やって来た襲撃者達にとって好機であり、これ以上にない絶好の機会だったのだ。外へと逃げ出した女の腕を切断し、背中を三十回刺し、脚を折り畳み、ひたすらな暴力を用いられ、子供の生存を懇願しても鼻で笑われると同時に腹を捌かれて、旦那の死を悲しむ顔は唾を吐かれ、泥で汚されて絶命した。


 吐き捨てるように文句を垂れた男達は逃げるように去り、小屋に静寂が訪れた。


 訪れたその数時間後、男は帰って来た。


 屋内に居ると思い込んだ男は当たり前のように戸を開けて、謎の死体が転がっている事に激しく動揺して女を探す。


 男は女が人を殺したと思いたくなかったのだ。けれど、実際その通りであり、女はすぐに見つかった。


 虫が集った死体となって。


 男は叫んだ。叫び、現実ではないと否定するように抱き抱えて、涙して、集まる虫を払い憂いた。


 その叫びは、感情の急激な高鳴りと幸せになる筈だった理想も打ち砕かれた男は望み、渇望し、肥大化していく。


 けれど、産声が上がった。


 男は何事かとその産声の鳴る方向を探し、一分という時間で見つけた。


 女の腹の中に居るまだ、八ヶ月程度の小さな、小さな子供。それを抱き締め、更に涙し、男は病院へと駆け込んだ。


 女は連れて行かなかった。何度も振り返ったが、蘇る事はなく、男は女を遺して後にする。


 それから、数ヶ月して、男は街を去った。赤ん坊を連れて。


 やがて、赤ん坊に名前を付けた男は女の意志が残るようにと名を付けた。


『野難十伍朗』


 女の名前と男の名前に記された数字を足した数字を冠して、小説の執筆の際に登場した男の子の名前を持って、赤ん坊はこの街を去る。


 平穏な時代を送って欲しいと願い、その赤ん坊を抱き締めて、男は揺られる列車に揺られながら、隣に居なくなってしまった女を思い返して願う。


『彼女が居てくれれば、尚、幸せだったのだろう』


 そんな当たり前のような一つの理由で赤ん坊を抱きながら涙する男は窓を覗いて悲観する。


 七を冠した女と八を冠した男は区分けされた。


 女は蘇った。男が居ない小屋、お腹に居なくなった子供。狂ったように、女は殺すと決めた。


 自身の幸せを淘汰した存在達を。男を奪ったと勘違いし、子供を喪失させた怨念を持って、女は動く。


【七八区】とは、空弩街の汚点であり、戒めであり、書き換えられた象徴。


 仲睦まじいその夫婦が惨殺されたその事件はすぐに街の噂の中心となり、様々な憶測がされたが、肝心の男は何も言わずに去ってしまっていた。


 やがて、噂は流れて止められないと悟り、止められないのなら、別の物にすり替えてしまえば良いと男達は観念するようにお触れを撒く。


 小屋で見た幻は存在せず、男は二人も居ない。


 子供は一人のみ。


 恐怖と疑心感が募り現れた嘘という現実逃避。


 デマカセばかりの噂を流す街は今日も怪しく揺れていく。


 男の願いは生涯届かず、女の生涯は露と消える。


 そこに懐かしの顔があるというのに、届かずに、勘違いと畏怖感だけの募らせて、女は塵となった。

女が殺された理由はなんじゃらほい〜。

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