マッチング1
話が長くなっていきます。
正直、グダってくるかもですが、ご了承ください。
揺らめく紅にも似た色をした髪の子は身体を全面的に預けているように体勢で僕の身体へと凭れ掛かってくる。
銀に彩られた瞳と蒼に煌めく瞳のオッドアイの彼女は僕のよく知る彼女ではない。
爪は鋭く黒色となって伸びており、何処の誰が作ったか、オーダーメイドと言わざるを得ない程の綺麗な赤と黒のドレスは広がり続ける染みにも負けない程に可憐な女性に似合う様相であり、そんな女性を僕は抱き締めている。
か細くなりつつある息遣いは何時までも途切れるなと願えば願うほどに、相反するように冷たくなり始める。それが堪らなく怖い。
「大丈夫。貴方が思っている通りにはならない⋯⋯。あの人を、お願いね?」
「⋯⋯あぁ。僕はお前の為に嘘を吐き続ける。⋯⋯悔いなんて遺さないぐらいに、お前が思ってる以上の成果を出してやるっ⋯⋯。だから──」
「その先の言葉は言わなくていい⋯⋯。うん、もう貰ったから」
御伽噺が地続きのように溢れるこの世界は何時だって、何処だって、いい加減な結果しか残さない。
その中でも、醜悪で、愚かな彼女と僕の物語はその日に幕を閉じた。
あの日、あの時、あぁしておけば良かった。
そんな後悔に対して、誰かが言うのだ。
「失敗は成功の糧だから、気にするな次がある」と。
だったら言ってやる。
「人を死なせても、それが言えるのか」と。
失敗しても大丈夫なんて言葉を吐けるのは、修正可能な失敗を見逃し続けただけの言い訳とそれしかしていないポンコツの考え方だと、断言してやる。
本当の失敗は、修正も補正も出来ず、一生涯を掛けてその傷を背負っていくのだから。
それを知っている僕。だから、決して僕の前で『失敗の論争』はさせない。
勝ち確なのを知っていて、揺るぎなく、迷う事もなく勝利宣言のポーズだって決めてやれる。
閃光はどうして散ったのだろうか。
何故、傍でアイツと共に笑って居続けてくれなかったのだろう。
意味はあったのだろう。けれど、許容出来るかは別の話で、間違いだったからと全てをかなぐり捨てるのはお門違いだと声を大にして叫んだ。
けれど、届かなかった。理解は出来ても納得出来ない問答が何時までも継続して、辟易してしまいそうなのを堪えて、抑えて、それでいて願った。
結果としてはお察し。何も無くなるのみ。
悔しさで何度も泣いた。
なにかの弾みで何時も思い馳せてしまうあの日の光景とそれまでの記憶。
お前の間違いがその場所に立っている事そのものならば、あの日それを許容した僕という存在は間違いの筈だ。
どうして僕だけ生きている。どうして誰も責めてくれない。
泣いても渇かない。夢にだって何度も見るけど、泡沫のように消えていって、気付けば僕はまた泣いてしまう。
必然的な物事にはそれなりの理由があるのなら、彼女と僕が出逢ったのにも理由がある筈だと信じたい。
僕を苦しめる為ならばそれでいい。
高らかに大笑いして、仕方ないなと自傷してやれる。
けれど、彼女を苦しめる為ならば、僕はまた叫ばなければならない。
戻りようのない日々は永久に返らない。
悔しさと取りこぼした筈のない最善という矛盾が言い逃れのない失墜へと叩き落としていく。
悟らせてなるものか。僕だけの感情は僕だけ知っていれば良い。
他の誰にも渡さない。
このイカれた街は僕の日常を阻害する。当たり前の象徴たる家族も、クラスメイトも、友人すらも街が阻害して奪おうとする。
あの時の言葉をしっかりと受け止めた筈の僕は引き出しを開ける。否、開けてしまう。
『鏃』が彼から貰った餞別品だとするならば、『宝石の首飾り』は彼女から貰った遺留物。
小さな箱の中、埃一つ付いていないそれを手に取って首に掛けた。
首筋に冷たい感触が触れて、違和感を発生させたが構うものか。
後悔だらけのこの世界で、苦しむ数は増える事はあってもきっと減る事はないのだから。
僕は後悔し続けて、何時までも抜けられない無限螺旋を堂々巡りしながら、悪循環の中、また思い返す。
何時までも醒めない彼女。立ち上がらない実状。
遺された物を手に握り、皆が集まるリビングへと向かう。
後悔を減らせると信じて、今日も僕は『日常の外枠』へと歩み行こうとする。
彼女が言う。
「行きましょう」
優しい声色で告げる宣戦布告。僕はそうあって欲しくなくて一度死んでまでして頑張った筈だったのだ。
それが何故かここに居る。
付き合いだしてからそうなってしまったのならば、僕のせいだろう。
ならば、いい加減に考えを改めなければならないのかもしれない。
嫌だけど、悲しませるけれど、死ぬよりはいい。
先輩が言う。
「大丈夫。私が、居る、から」
無表情で何時までも抑揚が付かないその人の実力は羨望の念を抱いても良いものか悩ましい。
『身体は器』と言うような人の力は本物であり、頼ってしまいたい程の光。
僕にも、それだけの何かがあれば変われたのだろうか。
少女は言う。
「緊張します。⋯⋯帰るようなものなのに」
帰るべき家は大事だ。必要な要素であり、安心できる場所。
求めようとも求めずともあるべき事柄であり、それを侵された少女は僕達の先導役。
同級生が言う
「よぉ〜し、いっこぉぉぉー!」
腕を上げる彼女の快活さが微笑ましい。
彼女とならば仲の良い友人になれた筈だろう。
けれど、僕は言わないし、言うつもりはない。
僕は結局、二人の同行を容認した訳ではないのだから。
無言の圧を向けるもそれは簡単に流されていき、無駄と知った僕は口を頑なに閉じた。
どうしてこうなったのだろうか。
何が好きで、危険に飛び込めるのだろう。
待ってても良いって言ったのに、それでも行きたがるのは何故だろうか。
怖い。怖いんだ。怖くて何が悪い。
『幽霊』や『怪異』や『超常現象』や『超能力』や『不可思議な現象』がじゃない。
僕の側を歩いている皆が死ぬのが、堪らなく怖い。
こんな思いをさせなくてもいいように頑張っているのに、自ら首を突っ込んでいく二人の正気を疑う。
首飾りは僕の胸元を泳ぐ。服の下で皮膚に触れるそれは冷たくて、あの日の彼女のようだ。
繰り返さない為に。慟哭を漏らさないように。後悔しないように。
辿り着いたその施設へ──。
「⋯⋯うぅ、⋯⋯あぁぁぁあ〜〜〜ッ!」
そして、今の僕は横たわっていた。いや、倒れ伏せているというのが正しいのだろう。
研究施設まで辿り着いたは良いが、とんでもないハプニングに見舞われてしまい、僕は地下へと半ば強引に急落下してしまったらしい。
何故生きているのかは兎も角、ここが何処なのか解らない現状を打破するべく、辺りを見渡そうと身体を動かそうとする。
「うッ!〜〜〜ッ!」
目覚めと同時に起こる急激な痛みは僕の左腕から全身に渡っていく。
のたうち回って叫びたいが、もうその時間は無いらしい。歯を食いしばって、淡い緑色に発光してあるそれに僕は注視した。
「⋯⋯はぁ、はぁ。これは?⋯⋯なんだ?」
瓦礫が落ちて、僕の遥か後方で音を立てて砕けた。
それに怯えるように振り返ると何も無い。煙を巻き立てて、呼吸を阻害するかのように辺りに撒き散らされていく。
上を見上げると、微かに白い光が見えるものの、僕の所までその光は差して来ない。
かなり下の方に僕は落とされてしまったのだ。
「⋯⋯諦めるか」
徐ろに立ち上がった僕は、右腕を口元にやって異様な光景が広がるその場所がよく見える地点まで歩こうと、脚を踏み出す。その脚がヤケに重く感じてしまうのは、恐怖心からなのかもしれない。
辺りは暗く、人影がない事に多少の落胆を覚えるも、四の五のは言っていられない
重くなった脚で金網を踏む度に、カシャカシャと音を鳴る。それが鬱陶しいまであるのだが、拘ってはいられないし、何よりも足元から僕よりも上部の辺りまで淡く発光しているその正体が気になってしまい、気が気ではなかった。
手すりに凭れ掛かる僕は、腕を支えに下部に広がるそれを見た。
「⋯⋯⋯⋯っ?!」
広がるのは脳が直接、緑色の液体に浸かって縦長のケースに収納されている光景だった。
それは一つではなく、数十個はあるのだから、思わず身を引いてしまう。
「⋯⋯なんだ、これ?」
「それは、かつての被験者だった者達だ⋯⋯」
「誰だ?!」
「⋯⋯それは、此方の台詞だ。子供の君達が、こんな時間にこんな場所に来る事の方が異常と知れ」
風が吹き荒む音が暗闇にも等しいこの場所で反響する。
密閉空間に等しい場所を見渡しても、階段らしきものが見つからず、恐怖心と焦燥感が平常心を擦り減らす。
「これを見られてしまっては、君はもう帰れないと思った方が良い。我らの悲願の為にもな⋯⋯」
「悲願とか何とかって言って、自分の夢を誇張するのが、最近のトレンドなのか?流行ってないぞ?」
『幽霊騒動』の時ですら、同じ事を言っていた男がいた。あれが、真から来る言葉なのか、そうではないかの判断は僕には出来ない。
けれど、それを傘にして何でもやっていい理由にはなり得ないというのは、僕にだって判る。
誰かに教わらなくったって。
「⋯⋯威勢だけで何が出来る⋯⋯。見たところ腕は一つ、使い物にならんと見た」
四方八方に聞こえる反響の声は、僕の視線を彼方此方に誘導する。
男は既に僕を捕捉しているが、僕は男の顔はおろか影すら見えない。
暗がりの中、僅かに照らされている緑の光。それを頼りに階段を降りようかとした。
(僕の左腕が見える範囲⋯⋯、左?それとも後ろ?)
そんな時だった。風が前方から髪を逆立てようとする勢いで吹き荒れた。
「焦るな。⋯⋯⋯⋯ここに居る」
「なっ!」
目の前だった。反響音は下から響く足音であり、途中から足音が止まった理由が理解出来てしまった。
「う、浮いて⋯⋯る?!」
男が着こなしているスーツの裾等が僅かに靡かれており、僕は思わず固まってしまう。
いや、正直に言えば、朝倉さんだって飛んでいたりするけれど、あの人はあの人で違う人種として見てる節が僕にもあり、全く持って普通っぽい男の人が浮いているのが異様な光景として、映ってしまったのだと、解釈した。
「『風力操作』俺の超能力だ」
筋肉質な身体は鍛えている事を容易に想像出来てしまい、白兵戦で挑めと言われても勝てないと言ってしまえるほどの威圧感を放っている。
暗がりのせいなのと、緑色の光が色の判断がイマイチつきづらいが恐らく黒のスーツで、ネクタイにはピンが挟んでおり、キッチリとした正装なのだと思わされる。
それと同時にこの男が詩葉の言っていた『鳩羽』なのだと、理解した。
「なんで教えるのだ?」
わざわざ、自身の能力名を教える男は不敵な笑みなどは浮かべない。最低限の目配せをして僕を見るのみ。
「お前には何も出来ないだろ?」
相手にすらされていない事は解っていた。
もし、敵と認識されていたのならば、僕は不意打ちで殺されている。嬉しいような悲しいような結果だが、生きているのなら、出来る事はある筈だと思い、僕は時間稼ぎのように男に問う。
「あ、あれはなんだ!なんで人の⋯⋯の、脳なんて⋯⋯」
指を差した僕。その手は震えていた。
男にもそれはきっと見えていて、それでも男はそれを追及する事もなければ、鼻で笑う事もしない。
少しだけ、目を細めて指を差されたその方向に視線をやって、語った。
「あれは被害者だ。俺達の悲願の為に自らを礎にした勇気ある者達の行動の果てだ」
「被害者?アンタがしたんじゃないのか?」
「フッ。私は彼らよりもかなりの若輩。八十年前にやらかした遺物が齎した結果と産物の果てがアレだ。今だけ目に焼き付けておくといい」
「八十年前?そんな時代にこんな事が出来るものなのか?」
八十年前はまだ昭和の初期頃。
そんな頃からあんな如何にも近未来に近いカプセルのようなものに脳みそを保存出来る技術があったというのが、僕には信じられなかった。
ホルマリン漬けなんて言葉も聞いた事こそあるが、それにしたって期限がある筈。
「君が普段使っている携帯だって、元を辿れば軍の為に考案し開発された結果の産物。何時だって、人は争いや防衛という観点で何かを生み出し、そして発展している生き物だ」
言いたい事は解るが、それだけではないと、僕は男を見た。
「⋯⋯。争いだけで人は進展しねぇよ⋯⋯」
「⋯⋯そうあれば良いと俺も思いたかったさ」
左頬を少し歪ませて、笑む男。威圧的な瞳からは想像の付かない程の哀愁を感じさせられた僕は、少し動揺していた。
そんな時だった。
「少し、話をしよう。君のような子供を痛め付けるのは気が引けると言われれば嘘じゃない。長引かさせて貰う」
「結局は、このケースの人みたいになれってか」
「いや、彼らと君とは有益性の違いがある。アレのようにはさせんさ。他の子達も一緒だ」
「⋯⋯」
藍莉達が今どうしているのか、それすら解らない現状、僕はこの男の話を聞いている余裕は大してない。
けれど、逃がしてくれるような雰囲気では決してなかったのもまた事実だった。
「安心しろ。子供達には手を出さない」
「⋯⋯それは、僕の見知った人間の事か?」
「そうだ」
手を出さない。ならば、どうしてこの施設で育った奴があぁなったのか。僕には皆目見当が付かなかった。
「⋯⋯野難詩葉って名前は知ってるよな?」
「勿論だ。私の運営するこの施設の歯車の子だからなんだ」
「なんで!弟を含めて、あの子を攫おうとする!」
声を荒らげてしまった僕に目元をピクリと動かした男。
ズボンのポケットに手を入れて、階段側へと脚を着けて、僕の方へと歩み寄る。
「⋯⋯意外と威勢がいい。だが、こういう時は媚びるのが定石だ。覚えておくといい」
「⋯⋯⋯⋯」
距離にして、十センチ程度の間隔。
男の強ばった顔がデフォルトであれ、作っているにしろ、僕はその威圧的な表情に負けたくなかった。
屈してしまったら、容認してしまったようであり、それが何よりも否定したかった事なのだから。
「フッ。まぁいいか。⋯⋯あの子達を欲する理由。簡単なこと。俺の悲願の為の礎だ。あの子達の『未来予知』と『念話能力』が必要不可欠なのだ。それ以外はもう無い」
穏やかに淡々と言い切ったその言葉に、迷いも淀みもなく、成すべき事を成すという信念が感じられた。
歩き方は綺麗で、僕の背後に回り込むように、ゆっくりと歩く所作が、上流階級の人のものだと思わせられる。
「⋯⋯アンタの悲願って奴の為に、マトモな教育を受けていないんだ!知ってるか?!詩葉の現状を?」
「⋯⋯知らない。俺は関与していないからな」
「アンタ──」
「お前も、俺の話を聞けば理解に至るはずだ⋯⋯。俺の悲願とは、決して自身の欲望や野望なんてなまっちょろい考えで発している言葉では無いという事をッ!」
男の言葉は静かな怒りを感じさせられた。
けれど、手は出される事なく、あくまでも言葉で僕を屈服させたいようにも思えてしまう。
この男はきっと、何かの弾みで外れた人間なんだと、僕は直感のようなものがそう思わせた。
信念を持って、それなりの地位と確かな力があって、それでいて子供相手にも真摯に接しようとするこの男は、きっと僕と同じで、巻き込まれてしまった側なのだと悟ってしまい、瞼を閉じる。
「それを決めるのは、アンタじゃない⋯⋯」
「⋯⋯フフッ。だな」
悲壮感を滲ませた男の笑みは僕に動揺を与えていく。判っているのなら、何故そうしない。
それが言えるような雰囲気ではもう無くなっていた。
「着いてこい。その腕の治療ぐらいはしてやる」
「⋯⋯」
階段を下る僕達に会話が発生したのは、それから五分後の事だった。
男は自身の生い立ちとその過去に潜んだ因果と、この街で起き続けた、その在り方と成し方を語ってくれたその時に。
━ ━ ━
それは、窓ガラスが複数枚にわたって破壊されて、壁や扉がぐちゃぐちゃになっていた『鳩羽遺伝子研究施設』の前に赴いた時に訪れた。
小さな建物と言い訳ではないが、長方形の形状をした八階建ての建物は夜の街にはお似合いなほどに異様な雰囲気と漂う死臭が辺りに蝕んでいる。
それを最初に気付いてたのは沙耶であり、顰めっ面をしながら、准達を後方に立たせていた。
「じゃあ、行くよ⋯⋯。間違っても、君達は、前に、出ないで」
「⋯⋯先輩、張り切り過ぎじゃない?」
「私達も頑張るぞ!ねぇ?藍莉?」
「⋯⋯⋯⋯」
「藍莉?」
「え?⋯⋯えぇ」
様子のおかしい藍莉を他所に移動を開始する沙耶。
そして、振り返ってその様子が自身にあると知っていて尚、無視をして詩葉の手を引いて沙耶の後を追い掛ける准。
その更に後方で藍莉の背中を押してあげる形で三人の後を追う逸花。
建物の中は凄惨の一言に尽きた。
フロントには蚊が集りだして、血が辺りに撒き散らされている。
人の影は既になく、ものけのから同然のように足音のみがその研究施設に届いていた。
蛍光灯や電球の類いは、全て粉々となってしまって光源の類いは非常口の緑の看板と火災報知器の赤色のランプのみ。
詩葉の言葉の通りならば、三階が詩葉達の宿泊として使われている階層であり、よく実験として連れ回されていた階層は六階であり、弟の朔の救出の為に、三階と六階を探索する事が決まった。
エレベーターは使わなかった。何かあった時に閉じ込められて身動きが取れない事を警戒しての事であり、フロントの右方向を突き進み、長く伸びた廊下の丁度真ん中辺りにある階段を沙耶のペースで上っていく四人。
そんな時である。
准の後方から、近付くような早足の音と准の腕をブンブンと振り回す人物が居た。
「⋯⋯ねぇねぇ、桐江くん。藍莉の様子が変だよ?構ってあげてよ?」
逸花である。ここまで、一切話をする事のない藍莉と准。
流石に違和感を通り越して心配にまで至った逸花が藍莉のご機嫌取りの為に准へと声を掛けたのだ。
「僕からすれば、今すぐに帰って欲しいから。不貞腐れてて欲しいまである」
「まだ怒ってるの?」
「怒るに決まってる」
何が起こるか想定や事態が解りきらない現状の中、准を理由に着いて来てしまった藍莉。
沙耶と准のやり取りによる危機感も当然あったが、何よりも、准本人の心配が勝った故の行動。
けれど、准には堪らなくそれが申し訳ないのと同時に避けたかった現実なのだ。
「むぅ〜!藍莉、彼氏くんが冷たいよ〜」
「⋯⋯ねぇ、准」
意を決したように複雑な心境を抱えている准に声を掛ける藍莉の声色は何時ものものと違って、不安と僅かな罪悪感が滲んでいる。
それに気付いて尚、放置している准は何も言わない。否、言えない。
「あの、桐江さん。大洲さんが⋯⋯呼んでぇ⋯⋯」
詩葉は藍莉と准が付き合っている事を知らないが、仲良く話をしている光景を視認していた事と、二人の心境が全く解らない純粋さが准に声を掛けさせた。
「⋯⋯構わなくていいよ」
「え?!で、でも」
藍莉の方向へと振り返る詩葉。けれど、その視界を遮るように前に飛び出して、沙耶と准の間に立った逸花は二階と三階の踊り場で仁王立ちで准を待ち構えた。
「んん!⋯⋯なんか、桐江くん、態度悪いよ!藍莉が泣いちゃうじゃない!」
「心配してるんだよ。もし仮にお前や藍莉に何かあったら、その時誰が責任を持つんだ?」
「准、私は別に守られたい訳じゃなくて、貴方を少しでも⋯⋯、守り⋯⋯たいって」
明らかな拒絶。藍莉にとっては准がこういった対応を自身にされるのは初めての事であり、戸惑いが隠せない様子で准を恐る恐ると見る。
「君、引き摺り、過ぎ。少しは、彼女を、頼りに、して」
三階に上る階段に片脚を着けている沙耶が振り返っている。
無表情ながらも、准と藍莉を交互に見ているのだが、藍莉は複雑そうな顔をして、逸花は両手を握って、密かなエールを送る。
准は、何言ってんだ?と言いたげな怪訝そうな顔を浮かべていた。
「先輩が余計な事言わなきゃ、来る予定なかったんですけどね?」
「⋯⋯ごめん」
眉が僅かに近寄った准。逸花の隠れたエールも虚しく凹んだように肩が下がってしまった沙耶。
だが、その様子は瞬時に解かれて、肩にぶら下げていた黒い筒に手を伸ばして中身を取り出そうとする。
「誰?!」
各々が三階フロアへと視線を送る沙耶と同じ方向を見た。沙耶の敵意が剥き出しとなった声色と何時でも抜刀出来る姿勢でいる。
そこに居たのは女だった。青白い肌と昭和に流行った服装であり、泥と血で汚れた白色の半袖のシャツとベルトの巻かれたボロボロの赤色のスカート。
傷が付いた腕脚が異様な雰囲気を醸し出しており、警戒心を更に引き上げた沙耶が、後方に居る准の身体を僅かに鞘で小突いて後ろへ下げさせた。
『⋯⋯⋯⋯あぁぁぁぁ⋯⋯』
「あ、あの人です!あの人が⋯⋯」
指を差して、怯えた様子で近くに居た准の身体へと逃げ込む詩葉。
准から見てもそれは死人なのだろうと理解出来てしまう程に生気は感じられず、藍莉から見た女の瞳は殺意に溢れており、逸花は唖然と口をポカンと開けた。
『見つけた⋯⋯。私の最後の罪』
その視線が誰に向けられているのか、准と藍莉、沙耶の三人はすぐに察した。
逸花の前に居る詩葉である。怯えて、竦みそうな身体は准の身体を強引に掴む事によって支えられており、身体は小刻みに震えている。
けれど、そんな二人を意に介さないかのように、沙耶は抜刀して、女に斬り掛かった。
「させない。私が居るという事は、貴女はここで斬られる運命と知れ!」
女の右腕は一気に斬り裂かれていき、右腕は階段の手摺りの間の暗い空白へと真っ逆さまに落ちていった。
そして、振り返りと同時に横に薙ぎ払う沙耶。
『邪魔するなァァァァァァ』
女の瞳が緑色に光だした。瞬間、沙耶は背後にあった壁へと衝撃で飛ばされて激突しそうになるも、身体の向きを変えて、壁に脚裏を着けて、踏み込んで距離を縮める。
構えた刀は女の頭部から股を裂くかのように振るわれていき、女も対抗するように残った左手を翳すように前へとやって、沙耶の刀は完全に静止してしまう。
「〜〜ッッ!⋯⋯ごめんなさい。先に行って、追い付くから」
そう言い、刀から手を離して、女の腹部へと強烈な蹴りを叩き込み、沙耶が叩き付けられそうになった壁へと追いやると、離した刀の持ち直して、穿つ勢いで女へと向ける。
壁は粉々に砕け散り、女は屋外へと落ちて行く。
それを逃さぬようにと、二階と三階の踊り場に空けた穴から、女の後を急ぐように追い掛けた。
「先輩!」
「笠辺先輩!」
准と藍莉がその穴から顔を覗かせる。
心配と不安の入り交じった声は沙耶にも聞こえて来たが、一瞥もしない。
「早く行く!君達が彼女の弟さんを助けなさい!」
抑揚がある彼女の言葉からは余裕はなく、アスファルトの地面に音を掻き立てて着地した。
女は直立であり、音はおろか、初めからそこに居たように佇んでおり、不穏さを撒き散らし、沙耶は眉を下げて刀を今一度正しく握る。
「⋯⋯⋯⋯あの人⋯⋯。そっか⋯⋯あの人、泣いてるんだ」
一方、逸花のみ、何かを悟ったように三人には聞こえない程の声量で呟いた。
その表情からは憐れみが浮かび上がっており、ただ、悲壮的眺めるのみ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
ジグザグに稲妻のように女の元へと駆け出した沙耶。
斜めに斬り込まれた。そう女が気付いた時には身体には左脇腹から右肩に掛けて細い穴が形成されており、痛む間もなく眼前に刃が迫った。
それを沙耶が踏み込んだ足場と同時に攻撃の姿勢を崩す女は平手打ちのように沙耶の頬を叩く。
細い腕に弱々しい攻撃。などでは決してない。
直撃する前に突風が吹き荒み、沙耶の右頬は強烈なパンチでも繰り出されたように身体は左方向へと流れていき、十メートル先の距離にある研究施設の外壁へと叩き付けられた。
『⋯⋯⋯⋯お前は、なんだァ!』
砕けた壁の欠片は青い輪郭を浮かび上がらせていき、勢いよく沙耶の方へと、生き埋めにしようと雪崩込む。
一貫性の無い動きながらも目的だけはハッキリとしているように沙耶の身体を叩き付けていく。
強ばった女の表情が僅かに綻ぶ。
だが、次の瞬間、夜の街には似付かわしくない衝撃音と共に、刀を突き出した沙耶が生き埋め予定箇所となっていた壁から徐ろに出てきた。
圧死させようとする欠片は塵とさせて。
「『除者』⋯⋯だよ?」
刀を斜めに払い、粉を振り落として、血が混じった唾液と欠けた奥歯をアスファルトに吐き捨てる。
全く持って呼吸の乱れがない沙耶は未だに平然としており、仕切り直しとばかりに女へと刃先を向けるように構えた。
身体の正面を左方向側へと向き、突く体勢に入る。
『⋯⋯ふっふっふ。⋯⋯、あの捨てられた?おかしい。国に捨てられて、放浪してた室町の遺産がよく生きてた⋯⋯。死ね』
女が目を見開いた。沙耶の右方向から風が雪崩込む。突風とは違う生暖かいそれは触れた肌を嫌に凍えさせていく。
左側に構えた刀は薙ぎ払うようにして右からやって来る温風を斬り払う。
剣身が明確に何かを斬った感覚が握られた手に伝わり、急ぐように女の方へと向き直る。
「見えてる!⋯⋯っ!」
『私もォォォオオオオ!見えてるゥウ!!』
突き立て、そして、穿つ。その動作の為に踏み込もうとした右脚は誰かに押さえ付けられたように微動だにせず、その方向を見た。
「っっ!!面倒臭い!」
泥だった。硬いアスファルトには目立つほどの泥は沙耶の右脚の踵辺りまでを完全に飲み込み、動きを静止させてしまう。
『ハァァァァァァァア〜〜〜!!!』
沙耶の背後に立った女。足元に気を取られた沙耶は一瞬その反応を遅らせてしまい、刀が女の首へと触れると同時に、女は沙耶の背中を叩いた。
刀は首に触れた。けれど、脚が固定されてしまい、振り斬るには至らず、首を半分程斬り込まれた辺りでその動きは止まってしまう。
「な、何を?!」
『ヒッヒッヒッヒッヒッヒ⋯⋯⋯。消えろ⋯⋯石器時代の忘れ物』
その文句を最後に、沙耶の身体は発火した。
一気に、突然に、前触れありの高熱。
「ッッッッ〜〜〜!!!!」
視界は赤、刀は手離されて、泥が浸かった脚を含めて、服も何もかもを燃やし尽くしていく。
眼球の水分は急激な高熱により渇いて、内蔵は焼かれて抗うように無造作に動く手脚は悶えるようにして動く。
『死にかけのゴキブリみたい⋯⋯⋯』
女が笑みを浮かべながら燃える沙耶を見つめる。
やがて、その動きは停止して、炭化した右脚がポキッと折れてベリーウェルダンを遥かに越えた焼き焦げの遺体が出来上がった。
『⋯⋯所詮はその程度。フフフ、フフフフフ』
紺色の髪は焼け落ち、刀を握っていた手も相手を穿つべく駆ける脚も准すらも多少ドギマギさせた身体も整った綺麗な顔も全て黒く、内部からの発火は開けられた口内をも焼き、黒ずませている。
勝った。そう思った女が研究施設へと一気に移動しようと手に力を入れた時。
背後から衝撃が行き渡り、壁に頭から突っ込んでしまう。
何が起きたのか。意識外からの攻撃にあたふたした様子で背後を振り返ると女は目を見開いて驚愕した。
口は思わず小さく開けられて、黒く焦げた彼女を見る。まだ当たり前のようにアスファルトに死体となって横たわっている。
だが、なのに、何故か。笠辺沙耶はそこに居る。
白と赤を基調とした巫女服、ブーツを履いて、徐ろに刀を握って、女を見た。
「⋯⋯⋯⋯」
『お、お前、お前!お前ェ!!!焼いて、確かに?!どうなっているんだァァ!』
動揺が募る。理解出来ない出来事が目の前に起きた。当たり前のように立ち上がった彼女と炭とかした遺体を交互に見る。
険しい表情をしながら、左手を前へとやる。
『双子かァァ?なら、姉妹揃って殺してやるゥゥ!!』
高らかな殺害宣言は夜の街に哭いた。
奇声にも等しい金切り声を上げて、巫女服姿の沙耶の両腕を身体へと押し込むように締め上げていく。
「身体は器。だから、こんなものは痛みでもなんでもない。お前は苦痛に耐えらないものも、私は耐えられる。それが、私の唯一の利点」
手首を使い、刀を身体に突き刺す。
女の手は弾かれたような動きをして、込めた力は抜けていく。
冷ややかな瞳に一切の予断を許さないとばかりの表情は女の恐怖心を駆り立てていき、表情を歪ませた。
『お前、なんなんだ⋯⋯⋯⋯』
「私は私。⋯⋯そうだ、今の私は、死んだ私よりも強いよ?頑張って殺してみて?そうしたらもう、私は現れないから」
『何を言っ──』
沙耶が消えた。まるで何処かに飛ばされたように。
さながら瞬間移動にも等しいその速度は、閃すら描かない。
刀は顎元から頭部を目掛けて、断ち斬られて、視界は徐々に左右に別れていく。
眼球がなくなったように、一切の光も暗さもなく、視界はシャットダウン。
耳から聴こえたのは爆音のみ。
後ろにあった研究施設は瞬時に二つに別れて、建物が浮かび上がって、女はその間に挟まろうとするかのように倒れ込んだ。
瓦礫と地面には縦穴にも等しいものが形成される。
視界は倒れた女へ、聴覚は衝撃によって耳鳴りを発生させてしまった中、刀を振って呟いた。
「これが衝空列斬⋯⋯。貴女、そこそこ強かったから、使わせてもらった」
夜風に当てられた彼女は背後に居る人型の炭へと視線を移して鞘を手に取る。
「バイバイ、ちょっと前の私。だから油断するなって言ったのに」
憐れむようにその黒焦げを見る沙耶。遺体の処理を何時も通りに任せようと、スマホを懐から取り出そうとした時だった。
「油断なんてしていない」
「ん!?」
一気に後方へと跳んで、声のする物体を睨んだ沙耶は刀を握り直す。
「あぁぁ〜〜、貴女が死んでも甦れるように私もぉぉぉ〜、生き返れるのよ」
「私だった死体が⋯⋯。気持ち悪いね。貴女」
皮が剥がれる。ヒビが入っていた黒ずみの身体は脱皮でもするのかと言わんばかりに一気に弾け飛び、殺した筈の女が目の前に顕現した。
『あ〜、殺されたのは五十年ぶり⋯⋯。全く、酷いじゃない⋯⋯』
衣服も同じ、蒼白の肌に殺意の籠った瞳とボロボロの衣服と傷付いた素足と付着した泥。
何もかもが、同じであった。
「どうせ、また殺す」
『貴女の身体を使わせて貰っているから、今度はそうはいかない⋯⋯ヒャヒャヒャッ』
左脚を僅かに前へと向かわせる沙耶。
身体をだらんと脱力させたようにする女。
刹那の静けさは二人によって終幕する。
━ ━ ━
衝撃が轟いた。足場は崩れていき、建物が徐々に割かれていく。
少女は倒れ込み、同級生はそれを庇うように覆い被さる。
少年は転倒してしまいそうな彼女を支えてるのに力を込めた。
同級生が叫ぶ。途端に意識は上へと向き、彼女へと覆い被さるようにして庇おうとする。
それと同時に、同級生が庇おうとした少女の足元は崩れ去り、真っ逆さまへと。
否、そうはならなかった。同級生が咄嗟の判断で腕を掴み、引き上げようと歯を食いしばっていた。
唸る声と止まぬ震動。腕を瓦礫が叩き付けられた少年は彼女の安否を訊ねると、不安な表情で返した。
それを聞いて安心した少年は、急いで同級生と少女の元へと向かい、同級生の掴んだ少女の腕を掴むも、痛みが増していく腕に更なる負荷を掛けるようにして力を込める。
そして、その甲斐あって、少女は同級生の身体へと吸い込まれるように抱き留められた。
彼女が急いで少年の元へと駆け寄ろうとした、その時である。
震動はなく、建物が動いたような衝撃もなかった。
単純な突風が吹いた。身体を縮こまらせなければならない程のそれは少年が真っ先に影響を受けて、脚を踏み外すようにして落ちる。
何処かへと掴もうとするも、左手は故障。右手側には空のみ。
「准ッ!!」
「桐江さん!!」
二人が思わず叫んだ。悲壮感と焦燥感。恐怖心と諦観が少年の鼓動を早めていき、息がしにくくなっていく。
「桐江准!!」
誰かが降りた。誰が降りたのか、准は錯覚しそうになる。
けれど、それは間違いなく知っている人物であった。
「手を取るんだ!」
その手を掴もうとするも中々に届かない。
小さくなっていく彼女と少女。
大きくなっていくそのシルエット。
「貴様はまだ、死なせる訳にはいかないんだ!!刃龍の事を思うならば!懇願しろ!!!」
「っ!!」
何故知っている。どうしてその名が出たのか、少年は目を見開いて、その手をめいいっぱいに伸ばして、そして遂に掴んだ。
牧原逸花の手を。
少年の地獄は続くと知ってその手は掴まれた。




