愉快素敵なメンバー
血濡れた私は鏡合わせに佇んでいた。
影が伸びる。飲み込もうとするその影に私は抵抗しない。自身の感情と理念、思想と現実の狭間にあるもう一人の私はかつての私なのだから。
未来永劫、あらゆる叡智を刻み込もうとも本質が変わらない限り、この淀みは変化しない。
私は人の営みで生きて、愚かな弱者と戯れる。
そうでなければならない。そうしなくてはならない。
私が私足りうる為の存在意義であり、固定概念。
しかし、それを憂う自分がいる事に驚愕するも、すぐに納得してしまった。
弱者である人間社会の礎になっている事が心地良いと感じてしまえる自分に吐き気もあるのにも拘わらず、私はそれを良しとしている。
二律背反の感情は火花を散らして削ってく。
五つの影が後方から伸びた。
明るく、スポットライトでも当てられて、照らされたようなその影は私の見姿を呑む。
あの子の微笑みは私の護るべき象徴。
あの子の嫉妬は私が私へと導く舗道。
あの子の言の葉は私を彩る絵筆そのもの。
あの子の聡明さは私の叡智を掻き立てる。
あの子の情緒は私が信ずる在り方。
描かれた新色は私を形成していき、新たなる理想は輪郭を成す。
宿願は来たり。
永劫たる刻の一部はプリズムの如く輝きを淡く鮮烈に輝く。
どうか人よ。この世界で安らかたれ。
喜べ刃を冠する龍よ。私は既にお前側だ。
あの日交わした談話は無駄では無かったと私が断言しよう。お前が正道であり、私が邪道であったと。
だからこそ、私は畏怖を啓する。
何故、閃光として散る事を選んでしまう。
何故、私と共にあってくれなかった。
語り合い、互いに良きものから悪しきものまで見通して、人の営みに殉じて欲しかったのだ。
彼女の後ろ姿は既に遥か前方。
先んじて満てる貴様は私の遥か先の存在。
どうしてだ。どうして、私を置いて行く選択を取ったのだ。
戯れで始めた道楽は徐々に真実へと形を作り替えている中、貴様が居ないという事実は心に穴を空けたようである。
辛い。痛い。苦しい。
あぁ、そうか。これが人か。
沈んだ身体は微睡みに堕ちて、今日も愉快に弱者と共にその世を生きる。
━ ━ ━
背に抱えた少女を担いでいる准と藍莉と逸花は少女を一度、准の家にまで連れ帰った。
病院という選択肢もあったのだが、近くまで来た段階で震え始めてその選択肢は棄却されて、警察に届けるという手段は少女が声を大にして否定する。
少なくても准はその理由を問わなかった。
藍莉は不審がって少女に問いただそうとするものの、逸花がそれを抑え込むようにして宥めるというアクシデントも起きたのだが、取り敢えずの平穏は訪れる。
そして、現在。
夕暮れ時の時刻となり、汚れた衣服と身体をまずは清潔にという逸花からの言葉で逸花と少女はお風呂へと入って行った。
「ねぇ、准。あまり言いたくないのだけど、あの子⋯⋯、野難さんの弟さんを助けるっていうの。本気なの?」
野難詩葉。
それが今、鼻歌を鳴らしながら逸花と共にお風呂へ直行した少女の名前であり、年齢は十四歳。
家に着くまでの間、逸花が率先して少女と話し込んでおり、ごく自然と教えてくれた情報である。
リビングにあるソファに腰掛ける藍莉がキッチンに居る准の方へと声を掛ける。救急箱をダイニングテーブルに置いて、飲み物を取りに行こうとしている准は振り返って彼女の様子を窺う。
二人だけの時間。本来ならば多少なりとも朗らかな空気が流れても良いものだが、現実的にそれは叶いそうにない事は二人は察している。
「本気だけど⋯⋯。駄目か?」
「彼女の話、信じるとしても武装してるらしいじゃない?それに警察に頼るっていうのも手なのよ?」
「解ってる⋯⋯。でも、出来るだけは尊重してやりたいって言うか⋯⋯」
「尊重を通り越して、我儘を聞いてだけよ?」
「⋯⋯解ってる」
不機嫌な顔色を浮かべる藍莉に視線を送る。
現実的かつ一般的に鑑みればそうなのだ。
けれど、少女の両親の話を多少なりとも聞いている准からすれば警察を呼べば否応なくやって来る両親が信じられずにいる。
嫌な悪循環が巡っていく。
「それに、詳しい話は後でって言ってたけど。何処まで本当か分からないし⋯⋯」
「ヤケに食いかかるな?どうしたんだ?」
「⋯⋯別に」
視線を逸らして逃れようとする。
現状、藍莉、逸花も少女の弟が攫われたというのは聞いている。そして、彼女にも弟が居て、准には妹が居る。
察しは早くに着いた。
「⋯⋯被ったんだろ?」
下の家族を守ろうと奮闘していた藍莉にも思う所はあるのだろう。
身を呈して弟を庇った彼女だからこそ、「しっかりしろ」と口にしたくもなるも、自身はそれが果たせた試しがないという結果が、少女と同一なのだ。
少女の境遇をまだ聞いていない藍莉だが、嫌な予感や察しの良さが妙に働く事もあり、自身とは違った道を行って欲しいのだろうと、准は考え付いてしまった。
「⋯⋯⋯⋯そうよ」
「全部そうさせない為に動くんだ。不安なら一緒にあの子の所に居てやってくれないか?」
「⋯⋯私も行くわよ?」
この問答は既に前にやっている。折れない事も知ってしまっている准にとっては悪いケースに嵌るのだ。
前回は自身が危篤状態に陥って、今回もそうだとは限らない。彼女がその対象になる事だって大いに考えうるのだ。
藍莉の座っている隣に腰掛けた准。僅かに腰が落ちる感覚で隣へとやって来たと分かる藍莉は心配そうに見つめる。
「駄目?」
「危ないかもしれないのに行かせられないだろ?」
「それ。こっちの台詞なんだけど?」
怪我では済まない事が准の身に降り掛かり、それを抱き留めていたのは誰でもない、藍莉だ。
それを二度と引き起こさない為の手段と方法は准なりには考えている。
早い話、巻き込んでしまえば良いのだ。強力な助っ人を。
「⋯⋯まぁ、ゴーストバスター先輩呼ぶ予定だから、危険性は下がるだろうけど⋯⋯」
「顔は知ってるけど、大人しそうな人よね?凄いの?」
「まぁ、かなり。⋯⋯いや、どうなんだろ?ロクに分かんないかも?」
考え込む准は顎に手を乗せた。
凄いと言われれば凄いのだ。抑揚の無いロボットのような喋り方で無表情な麗しい美人さん。
けれど、常に持っている刀を鞘から抜けば、口調はそのままにロボット味は消え失せて、普通に話す。
なのに、無表情は大して変わらず、刀捌きのみならず、動きも俊敏さがあって、危険生物へと早変わりするのだ。
これが凄いと言わずなんと呼ぶか。ヤバいぐらいのものだろう。
「まぁ、良いわ。取り敢えず、スマホ貸してあげるから呼んだら?彼女も話を聞いた方が合理的だし」
「じゃあ、早速借りるかな」
赤いカバーを付けているスマホを受け取った准。
准も馬鹿では無い。アレから何かあった時の為にとしっかり三年の教室へと向い、ゴーストバスター先輩のスマホの番号を紙に写して貰い、連絡先だけは入手していたのだ。
けれど、スマホがない准からすれば掛ける機会はかなり限られており、秘策のような部類に近い。
そして、今まさに貰った紙を部屋から持って来て、手に取ったそれに綺麗に書かれた番号をスマホで入力し、着信した。
「もしも、し⋯⋯き、桐江ですけど、笠辺先輩のば、ば、番号ですか?」
緊張で噛みそうになる様子をクスクスと笑う藍莉。五月のあの日。電話を掛けたのが風呂の最中で良かったと、心底思う准は電話に意識を向ける。
そして、僅か二回のコールで声は耳に入った。
『はい。笠辺、です。どうしたの?』
警戒心も何もない声が鳴った。
間違いなく彼女の声だと、確信して話を進める。
「先輩、すいませんけど、今空いてます?」
『デート?』
「いえ、違います」
『じゃあ、お泊まり?』
「違います」
『じゃあ、引っ越し?』
「違いま⋯⋯待ってください。どうして引っ越しって言葉が出てくるんですか?」
思わず流れの通りに言おうとしていた言葉は乗り掛かってくる疑問によって潰されてしまう。
流石と言わざるを得ない思考回路の違いは准の頭を悩ませる。
『私なら、ウェルカム、だから』
「僕はノータッチでありたいです」
『酷い⋯⋯』
「そんなのは良いんですよ。今すぐ来れますか?厄介事に巻き込まれちゃって、先輩の力が必要なんです」
『大丈夫、もう、向かってる』
「何処にです?」
『君の、家』
思わず口が閉じられた。准の耳から伝わるのは、彼女が走っている足音。そして、階段を駆けて行く音。
そして、立ち止まって息を整える呼吸音である。
『着いた。開けて』
「え?」
ソファから立ち上がり、玄関へと脚は運ばれる。
その様子を藍莉は不思議そうな表情で見つめており、怪訝そうな表情へと変わっていく。
「⋯⋯まさかと思いますけど、家近かったりします?」
『ううん。ここから、距離は、あるよ?』
「じゃあ、なんでこんな早いんですかッ!!!」
玄関の扉を開けた。ちゃんと居た。
紺色の髪が玄関を開けた際に発生した風のようなものでヒラリと僅かに靡く。
「駆けて、来た。近かった、から」
淡い青色のジップアップシャツと黒のスカートと白のスニーカーという完全な私服にも拘わらず、鞄の類いと一緒に黒くて長い筒とそれを縛っている白い紐が目に映る。
平然とした息遣いは走った様子を窺えさせず、彼女を呆然と見つめる視線に対して無表情で首を傾げていた。
「先輩、忍者の末裔か何かですか?」
「ううん。それは、私の、知り合いの、方」
「⋯⋯居るのかよ」
思わずツッコミをいてしまった准。そんな少年があまりにも長い事話し込んでいた為に玄関側へとゆっくりとやって来た藍莉。
少年を見ている沙耶の視界に藍莉が映り込み、思わず彼女の方へと視線を移した。
「⋯⋯君は⋯⋯。大洲さん、お久しぶり、です」
ぎこちなく礼をする沙耶と不審がる様子を見せる藍莉。
「え?⋯⋯。あの、何処かで話した事ありましたか?」
「え⋯⋯。ごめん、忘れて。私、影、薄い、から」
「あ、いえ。そういう訳ではなくて⋯⋯」
「およおよ⋯⋯」
わざとらしく口にした沙耶は准の腕にくっ付くようにして、嘘泣きまでしている。
そんな彼女の顔を押し込むようにして離そうとするものの、あまりにも力強く腕を掴まれている影響で腕は軋みそうな程の痛みを発生させていき、軽い悲鳴が准の口から漏れ出てしまう。
「慰め、注意報、発令中、だから!離さない!」
「いいから離してぇぇぇぇッ〜〜!!」
唖然としている藍莉も遂には駆け寄り、准と沙耶を離そうとするのだが、当然、離れる訳がない。
必死な抵抗虚しく准はいよいよ腕の感覚が無くなり始めた頃にそれは起こった。
「⋯⋯っは!大洲さん。そ、そ、そ、それは?!」
藍莉が准の持っている携帯だけでも回収しようと、それを手に持った時、何かに気付いた沙耶は准の腕を勢いよく離して、そのスマホを注視した。
「え?えぇと、『ノボイヌくん』ですか?弟が何かの景品で当ててきて⋯⋯」
「何処のッ!!」
標的が准から藍莉に代わったようであり、靴を脱がずに一歩踏み出してフローリングに片脚を突っ込ませて、藍莉の手を握る沙耶の表情は無表情などでは無く、喜びに満ち溢れたものであり、准すら表情が固まってしまうほどのものであった。
「え?!⋯⋯えぇと、学校近くにあるショッピングモールです、けど?」
「⋯⋯し、知らなかった。私、マーク、してたのに!うぅ⋯⋯。不覚っ⋯⋯一生の⋯⋯。ぐすん」
涙を流し、目元から頬へと垂れる雫を拭う事もせず、ひたすらに藍莉のスマホカバーに貼られたシールに夢中で見入る沙耶。
間の前で人物よりも物に対してがっつく勢いで来られた藍莉は辟易とした様子で准を見つめており、助け舟のように准は彼女を藍莉から引き剥がすのであった。
「好きなんですか?先輩?その⋯⋯動物」
「君、解ってない。この、『ノボリ動物シリーズ』の、何一つ、として、解ってない⋯⋯。恥だよ?」
「恥?!嘘ですよね?先輩?」
『ノボリ動物シリーズ』とは、一本の木に様々なゆるふわ系の動物をモデルにしたキャラクターがよじ登っているものなのだが、藍莉のスマホに貼ってあるのはヤシの木に柴犬がよじ登っているという、食い意地の張ったイヌのシールである。
准から見ても子供向けだと単に分かるもので、藍莉が貼っている理由も弟が勝手に貼っ付けたからであって自身の意思でシールを貼ってはいない。
つまり、藍莉からしても、准からしても『ノボリ動物シリーズ』というものに興味も関心も一切なく、何がそんなにいいのやらといった具合なのだ。
「あの、欲しいんでしたら、あげますよ?」
「何、言ってるの?!駄目ッッ!」
「⋯⋯」
気圧されてしまい何も言えなくなる二人。
そんな様子を気にも止めない沙耶は言葉をロボットのような喋り方で連ねていく。
「良い?私は、あくまでも、自分の、力で、手に入れる事を、信条に、置いてる。要らないから、あげるような、そんな慰めで、貰っても、私は私が、許せない、ッの!」
「あ、はい⋯⋯」
「まったく⋯⋯。これだから、困る。転売ヤーも、これを、狙って、いたし⋯⋯」
「こんなの狙うって、どんだけ飢えてんだ⋯⋯」
准から見ても、藍莉から見ても、フリマアプリで百円単位で売られてそうなものなのだが、価値あると見定めると見境なく向かう転売ヤーはどの界隈でもいるらしい。
(つか、こんなの売り込んでどうすんだよ⋯⋯)
もはや、日本の明日を憂うかのように、不安な顔をするのだが、それに気付いた沙耶が無表情のまま、准を見て言う。
「大丈夫。安心して。私が、住所特定して、半殺しに、したから」
「何やってんの!?アンタ!」
堂々とした暴力行為の開示である。
流石の准もこれには声を上げてしまうも、何故か首を横に振る沙耶。
そして、サムズアップを二人に向けた後、衝撃の事実を言い放つ。
「警察に、コネが、ある。だから、捕まら、ない。悪を、滅ぼすまで、私は、止まらない」
「その思考回路を今すぐ停めなさい!」
思わずお説教に入ってしまおうかと身構える准なのだが、もう、沙耶は止まらない。
准達は知らない。沙耶のマニア魂に火を付けてしまった事を。これから起こす沙耶のオタクが面倒臭いと言われる所以を余す事なく披露する事を。
「きゃあっ!!!」
「げぇっ!!」
沙耶は早かった。あまりにも迅速かつあっという間と言わざるを得ない速度で刀の入った黒い筒に手を掛けて、そして。
「ちょっと!なんで鞘から刀を抜いてんですか!」
「私がこの子達を語る時、必ず刀を抜かなきゃいけないの。戒めであり、必然と気持ちとそうしたいっていう熱意の問題。欲求から行動までは早い方が得なんだよ?今から私が『ノボリ動物シリーズ』を貴方達に真髄まで叩き込むから。リビングに向かって。先輩命令だよ?さぁ、早く急いで?今から核爆弾がここに投下されるぐらいの速度で!さぁ、早く!」
「いや、もうそんなの落とされるって分かってて投下されてるんなら諦めた方が⋯⋯」
「桐江くん。私は今からここにある家具にちょっぴりだけ傷を付けて帰る事だって出来るんだよ?サインみたいにね。どうするの?」
「それ単なる嫌がらせじゃーねぇか!」
「准、従いましょ⋯⋯」
疲弊した様子を見せる藍莉が准を見てそう言う。
「え?藍莉も?」
「貴方達って言ってたから、私も込みっぽい」
「まーじか⋯⋯」
こうして、二人はリビングまで駆け足でダッシュするように向かい、後から音をさせながら沙耶がリビングに入室して来たのだが、お気持ちはルンルンで、無意識に口角が少し上がっていた。
「いい?まず、『ノボリ動物シリーズ』は今から四年前にタルンタインっていう企業が───」
それからは長かった。
『ノボリ動物シリーズ』の発祥となった国の話とそれに影響を受けて企業が作り始めた歴史。
更には社員の誰が、どんなアイデアを言い、どういった理由で採用されたのか、から不採用になってしまったのかまでを語り、種類の多さの秘訣と限定バリエーションの奥深さ(沙耶視点)で語られていき、風呂上がりでポッカポカになり、藍莉の服を借りる形でリビングに意気揚々とやってきた逸花と怪我をしていた詩葉も絆創膏と湿布を貼って、その話題に参加する羽目になってしまったのだ。
更にそこから数十分。
ようやく、口は流暢に軽やかに、嬉々として語られた強制情報伝達が幕を閉じようとしていた。
「つまり、今生きている私達、人間。ううん。あらゆる全ての原生生物から原核生物と真核生物はこの『ノボイヌくん』と『ノボブタちゃん』に感謝と比類なき愛を無償かつ無休で捧げなきゃいけないの。解った?」
「分かりました!先輩!私これからこの『ノボル動物シリーズ』を愛を捧げます!」
挙手をして高らかな宣言をした逸花。
けれど、それは冷たい眼差しによって腕は下ろされる結果となる。
「貴女⋯⋯、それで本当に捧げられると思ってるの?」
「はぇ?」
「『ノボル動物シリーズ』じゃない。『ノボリ動物シリーズ』よ?次間違えたら、斬首するから、覚えておきなさい」
「イ、イエッサーッ!!」
「私の前で妥協は、許さな⋯⋯君達、何を黄昏てるの?まだ、第一回が終わっただけ。次に──」
「長いわッッ!!何時まで掛かってんですか?!」
およそ、一時間と二十分弱。
皆、正座の姿勢でソファに座る沙耶の話を聞いていたのだが、准の隣に居た藍莉は疲れて准の肩に頭をぶつけそうになる事、数回。
後からやって来た詩葉は正座を止めて体育座りしていたが、疲れきった様子で逸花の膝に頭を乗せて眠たそうにしていた。
唯一元気なのは逸花のみであるが、それでも目は疲れていそうではあるのが見て取れる。
「桐江くん。私の話に長いも短いも無い。それが全てなんだから」
「帰ってください⋯⋯」
「イヤ。もう、お泊まりセットもあるもん」
「はっ?!⋯⋯え?そんなの何処にあるって⋯⋯⋯。何時からあった?」
刺客が送ったのではないかと疑い始めた准。
よく見ると、リビングと玄関を繋ぐ扉の前に白色の目新しいボストンバッグが置かれていた。
「初めからよ⋯⋯気付いてなかったの?」
唖然としてしまい、少し前の記憶を遡っていく。
けれど、少なくても准の視界には白色のボストンバッグは映っていなかった。
「玄関開けた時には無かったろぉぉ〜」
「貴方と私がリビングに行く時に、持ってきてたわよ⋯⋯。泊まるつもりだったなんて⋯⋯」
「アンタ、何しに来たんだァァァ!」
「お泊まりだよ?今なら、一緒にお風呂も可だよ?」
魅力的な話かもしれない。そう囁く声が何処かから聞こえてきてしまう准は考えた。
少なくても、料理は上手くて、今回の一件で何かあった時、ボディガード兼戦闘役として彼女は奮闘してくれる事はある意味では確信的なまでに自信がある為、労いのようなものもしなければならない。
そうなった時、何が出来るのか。
彼女の勧めでもある風呂に一緒に入る事なのではないだろうかと、准の思考はフル回転の末、導き出したのだ。
「ちょっと准?」
けれど、それを遮り、蓋をしようとするものが現れた。
現・彼女の大洲藍莉である。
彼女からすれば、予期せぬ敵襲であり、かなり親しそうな二人に多少なりとも思う所はあるようで、冷たい視線を向けて准へと牽制を掛けた。
「僕まだ何も言ってないだろ?一緒に入るのは蒼太とだけだ!」
「は?⋯⋯貴方何言ってるの?」
准の放ったデマカセは火蓋を切らせた。
焦るようにして逸花は仲良くなった詩葉の目元を手で抑え始める。
「あわわわ!詩葉ちゃん見ちゃ駄目!これは修羅場ってやつで、君が見るにはまだ早すぎるぅ!」
「え?私には何がなにやら?!」
手をブンブンと振って抵抗する詩葉に対してお構いなしに目を塞ぐ逸花の攻防が幕を開けてしまい、それとは他所で既にドンパチしている准と藍莉の口論は止まらない。
「何度言わせるの?私が蒼太と入るのよ。貴方は一人でポカンとしときなさいよ」
「へっ!分かってないな⋯⋯。蒼太も最近、僕にベッタリだ。何故かわかるか?」
「そりゃ、私の彼氏だもの。当然、懐くわよ⋯⋯。犬猫みたいにね」
「⋯⋯待て、それ蒼太が犬猫みたいな扱いと同じになってないか?」
「え?⋯⋯違うの?!」
「お前、ひでぇな!もういい、蒼太は俺が育てる!お前には任せておけない」
腑に落ちない様子を見せる藍莉は眉を顰める。
腕を組んで自信満々に言い切っていた准もその表情を見て、僅かにたじろぐ。
「何言ってるのよ?私もお弁当のバランみたいに着いてくるわよ?」
けれど返ってきたのは、予想外かつ斜め上の例えであり、呆気に取られた准は語気が弱くなってしまう。
「なんで、棄てられる前提なんだよ、具材でもないし⋯⋯。つか、なんでバラン?」
「だって、両手に花でしょ?」
「遮ってるだけなんだよなぁ〜」
本来の用途を考えれば汁漏れと具材混入阻止に最近は彩りなのだが、藍莉からすれば関係ない。
求めているのは位置なのだ。
両手に花。間に挟まって良いとこ取りしようとする藍莉の欲深さが垣間見える。
「何よ?文句?」
「いや、違うけど⋯⋯」
「あ〜はいはい。そんなに文句があるなら私を含めて面倒見るって一言ぐらい言ってみなさいよ。この根性なしの梅干し」
「なんだと!?誰が日和った日の丸弁当だ!」
「訂正するわ。貴方の場合は、具なし、味変なし、調味料なしの白米だけの弁当でしょうね。ハッキリ分かるわ」
「な、なんだって?!⋯⋯つまり、逆説的に言えば、同情されて具材を分けて貰えるって訳か」
「この人、折れないわね」
相当の罵詈雑言は無駄に働いたポジティブ思考で一刀両断されてしまい、根負けするように藍莉は折れた。
そんな光景を見ていた沙耶は刀を鞘へと戻して、じっくり鑑賞していたのだ。
(やっぱり、君は笑ってなくっちゃね⋯⋯)
寂しそうにも、嬉しそうにも見えたであろうその表情は誰の目にも留まる事なく、また無表情に戻っていく沙耶なのである。
━ ━ ━
詩葉の弟が攫われたであろう場所は『空弩街の北地区』にある『鳩羽研究施設』と呼ばれる場所である。
それを詩葉本人から伝えられたのだから、当然理由を求めてしまう准達。
忙しない様子で視線を彼方此方に向けて、指を動かしている少女の瞳には怯えと僅かな恐れがあった事をそこに居た人間は見逃さない。
「それでー?どうして弟くんはそこだって判ったの?」
逸花の言葉から数秒が流れた。依然、口にする様子がないのだが、口篭ると言うよりも言いたくても言えないといった印象を受けた准が口を開く。
「言える事だけ言えばいいだろ?無理して全部話さなくて良いから」
「⋯⋯その、えと。パパ達から聞いた話ですけど私達は『超能力者』らしいんですけど⋯⋯。弟の能力が⋯⋯『念話能力』って言うものでして。パパ達は、どうしても欠かせない計画があるって言ってて、その為の⋯⋯道具だって」
「道具って、ねぇ!桐江くん!今からでも乗り込もうよ!」
勢いよく、憤慨した様子を見せる逸花が立ち上がり、拳を握った。
さながら、正義の使者の如くである。
「待てって。必要って事は生かされる可能性が大って事だろ?まだ時間があるかもしれない。それに、闇雲に突っ込んでどうにかなるかよ。施設って言ってたし、行くにしても夜に行った方が良いに決まってる」
まだ夕方の十七時半。流石に人目が多すぎると、そう踏んでいる准なのだが。
「あ、人は居ません⋯⋯」
「え?」
予想外の解答が飛んできた。詩葉がケロッとそう言う為、呆気に取られた准はその意味を問い返す事は出来なかった。
「施設に『女の人』が来て、皆を殺して行って⋯⋯」
「⋯⋯なんだそれ?!」
「だったら、警察が動いてるんじゃないの?」
「警察の人は頼りになりません。私達みたいな子供が何度か通報したんです。けど、やって来ては、何も無かったみたいに帰って行っちゃって⋯⋯。今回もそうだと思います⋯⋯」
「『超能力者』なんだから、精神操作〜っ的なのかな?」
「だろうな⋯⋯。いや、ごめん。知らないわ⋯⋯」
流石の准も『超能力者』は知らない。
少女が初対面であり、夢や浪漫に心躍るワードであるのにも拘わらず、今は踊るどころか硬直で直立しているようなものだ。
「それで?女の人っていうのはどんな人なの?」
「分かりません。突然現れて⋯⋯逃げてる途中で男の人と戦ってて、その時に弟と離されて、私だけ逃げれちゃいました」
「その男の人勝ったのか?」
「はい。凄かったですよ?空に向かってこう、ダァァァって感じで、吹っ飛ばしてましたから」
身振り手振りでその様子を再現している詩葉だが、全くもって常識外れである事だけは理解出来た四人。
「朝倉さんみたいな事する人だな。⋯⋯、もしかしてジャケット着てたか?黒色の」
心当たりがある埒外の存在。朝倉拓也。
初めて会った時ですら、戦闘しており、バッタバッタと敵を薙ぎ倒していた様子が印象深いその男は准の知る中で最も『イカれた人物』なのだが、もし一噛みしているのなら助力して貰えるかもしれないと、その名前を出した。
「ジャケット?」
「私みたいな、服の、事」
「⋯⋯違います。もっとカッコ良さそうなお金持ちみたいな感じの服でした!」
「何かしら?パッと思いつくのはスーツ⋯⋯かしら」
「じゃあ、スーツでいいんじゃないか?」
「え〜、適当〜」
朝倉拓也がスーツ姿というのが想像出来ない准。
それはつまり、本人の中では彼は関わっていないという結論に達した事を意味しており、投げやりになってしまう。
「その、スーツ?の人⋯⋯。私と弟を連れ去ろうとしてて⋯⋯。『戻れ』って言ってて。私、名前知らないのに⋯⋯」
「施設の管理人?とか?」
「施設の管理って何する人なのさ〜?」
「ええ!⋯⋯お掃除?」
「それだったら社員じゃない?」
「そーだ!そーだ!」
「いや、解るかよ〜」
二人して、知識皆無の少年を異議と野次の双方が襲う。そんな攻撃にフニャフニャとしてしまった准は既にノックダウン寸前であった。
「兎に角、私達は、その、施設に、殴り込みを、掛ける。それで、いいんだよ、ね?」
綺麗な淀みない正座をして話を聞いていた沙耶が、仕切り直しとばかりに手を叩き、皆がその音に注視させられた。
「えぇ〜。あ、はい。⋯⋯けど、危険もあるから詩葉は藍莉の家に居ろよ?」
「え、でも施設の中、知らないんじゃあ⋯⋯迷路、ですよ?」
「⋯⋯もしかして、広いのか?」
その時、藍莉が既に取り出していたスマホをフローリングに置いた。
「鳩羽研究施設っていう、あったわ。これよ」
ホームページがあり、そこを開いていた藍莉のスマホ。主な施設のスローガンと施設の設立者の顔と名前。
これといって何か目新しいものがある訳でもない普通のホームページと内容である。
「⋯⋯普通の遺伝子研究施設って感じだな」
「確かに探検出来そうだねえ〜」
「どうして遺伝子研究施設なの?」
「『超能力者』は遺伝子操作?っていうので赤ちゃんの頃から調整されるってパパは言ってたので、それのせいかと⋯⋯」
すると、勢いよく准の左に居る人物が立ち上がった。逸花ではない。
沙耶だ。彼女が無表情ながら、正座の姿勢を崩して、立ち上がったのだ。
「待って。『怪異』の、部類じゃ、無いの?」
「『怪異』?」
沙耶が詩葉に聞くものの、何を言っているのか?という様子で首を傾げてしまう始末。
察したように、座り込んだ沙耶は途端に俯いてしまい、小さな声で発した。
「桐江くん、マズイ、かも」
「え?」
「私の刀、本当にただ、私が、話しやすくなるだけの、物になった」
「はい?」
驚いたように声を出したのは藍莉である。
准は知っている。彼女が刀を鞘から抜けば抑揚のある普通の女性のように話すという事を。
けれどその他は知らないのだ。むしろ、好きな話題だけ円滑に口が滑り倒していく人物だと、皆にはそう認識されてすらいる。
「この刀は、『この世に存在しては、いけないモノ』特化だから、変哲もない、刀に、ランクが、下がった⋯⋯」
「いや、刀扱えるってだけで上玉でしょ⋯⋯」
「出番、無くなる、かも」
「いや、それはねぇよ⋯⋯」
思わず歳上の人にツッコんでしまった准。チラッと一瞥した際に、沙耶が露骨に落ち込んでいる訳だが、准からすれば刀が使えるというのは相当なアドバンテージ以外の何物でもないのだ。
当然、先輩を使い倒すと決めている准は落ち込んでいる彼女を慰める事なく、話を進める。
「兎に角、僕と笠辺先輩、施設内の基本的な案内に詩葉。この三人で行くぞ」
「何言ってるのさー!私も行くよ!」
身を乗り出すようにして、膨れっ面を浮かべた逸花が准に近付いた。
准からしても来るだろうと予期していた事である。
ロクに話した事がない時期でも教室内で煩いほどに話題に食いつき、絡みに行く対応を見ていた。
その為、冷静に牧原の顔を手で押えて、元の姿勢に戻そうとしながら、彼女の言葉に反論する。
「牧原。お前、前に怪我したのに、なんで突っ込みたがるんだ。大人しくしとけよ?」
「嫌!何がなんでも行く!行くったら行くの〜!」
「聞き分けのない子供か、お前は!」
「じゃあ、勝手に行くもん!藍莉連れて」
助っ人を一人選ぶとして誰にする?となったら十中八九、藍莉を選ぶ事はクラスメイトならば誰もが判るように、この准の家でも藍莉の名を宣言した逸花。
けれど、何時ものお巫山戯のような態度ではない事と、真剣な眼差しで見てきている事は准でも理解していた。
しかし、忘れてはいけないのだ。
准が欲しているのは、『平穏』であり『当たり前の日常』なのだということを。
ここでイエス!と口にして、二人共に何かしらの結果で亡くなってしまえば准はまた時間跳躍をしなければならなくなり、負担は常盤美羽にもいくのだ。
最近の彼女の様子を見て、これ以上は無理をさせる訳にはいかないとしても、やはり一度は亡くなったという結果を見るにしろ、伝えられるにしろ心にくるものがある。
だからこそ、准は立ち上がり声を荒らげた。
「はぁ?!駄目に決まってんだろ?」
「私は行くわよ?」
「え?」
誰が発した。否、聞かなくても判る答えだろう。
藍莉だ。彼女は意を決した様子で准を見る。
彼女にも准に近いものを感じてはいるのだ。
『幽霊騒動』の際、結局の話、お荷物であり、知らぬ間に准は友人を庇う形で致命傷を負ってしまっていた。
その悲痛な姿とどうしようもない無力感。何よりも大事な存在が喪いかけてしまったという喪失感が凝りのように残ってしまっている藍莉。
本来ならば、行く事自体を止めたいのだが、本人のお節介で助けられてしまった過去がある反面、強く言えずにいる藍莉の准に対する弱点であり、欠点。
それを補うようにする為の同行である。
「行く」
「⋯⋯私は、反対」
准の隣に居る沙耶が俯いていた顔を上げて、呟いた。
それを不機嫌そうな雰囲気を醸し出しながら、藍莉は准の傍に居る沙耶を見た。
そう准を間に挟みながら。
「弟くんを、助けるのに、多くは、要らない。必要最低限の、少数精鋭、それで済む」
「先輩!言ってやってください!」
強力な助け舟であったであろう。
准は期待の眼差しを向けて、藍莉と対する沙耶へと声援を送り、藍莉の同行を否定しようとする。
そして、藍莉に更なる一撃が入った。
「何より、私が、桐江くんと、一緒に居れる、時間が、増える。感・激!」
「⋯⋯⋯⋯」
どうやら、准の左隣に居る人は泥舟だったらしい。
一瞬、何を言ってるのだろうか?と思考放棄を齎してしまったその言葉は、再度見つめる沙耶の瞳はやる気に満ち溢れていた。
「准。私もやっぱり行くわ。任せておけない」
「⋯⋯アンタ、わざとなのか〜!」
完全に着いてくる動機が出来上がってしまった。
恐らく、反対の立場でも准は着いて行こうとするのだ。それが理解出来てしまうから、准は沙耶の頬を引っ張ってしまう。
「ひぃ、ひぃはぁうぅぅ⋯⋯。わ、わひぁひぉしゃ〜〜、あうぅっ!⋯⋯頬が、蕩けちゃった。新しい、顔が、要る⋯⋯」
「アンタは顔じゃなくて頭を替えて貰え!つか、どの道、元気が百倍になられても困るっての」
「私は、一千倍、映画版と、一緒!」
「知らねぇよ!」
結局、藍莉と逸花も同行する事となり、准はキッチンへと向かい、軽めの晩御飯を作りに行くのであった。
次回から前戯はおしまい。展開が素早くなる。
まぁ、執筆速度は変わらないんですけど⋯⋯。




