怒りと軽さ
今日の天気は晴れ模様。牧原逸花の表情は雲一つない快晴そのもので、眩し過ぎて准は布団に篭もろうとしていた程である。
『探検』と銘打っておきながらも服装はジャングルの奥地に向かう探検家のような様相でもなければ、登山家のような格好と道具も持っていない。
灰色と黒のチェックシャツに黒のズボンに小さなポーチという逸花の服装を見て、どう考えても『ショッピングモールにお出かけだろう』というのが桐江准の思考を過ぎらせており、昨夜の話はドッキリかデマカセの類いと言われた方がしっくりくる。
あくまでも名ばかりのものなのだと、そう准は結論付けた。
(はいはい、なるほどね。⋯⋯⋯⋯これ、僕居ない方が二人楽しめるだろ)
彼女兼逸花の暴走防止役の藍莉ですら、白色の長袖のTシャツと踝よりも上に裾があるデニムパンツとサンダルというラフ過ぎる服装で、髪型すらデフォルトである。
やはり探検や冒険とは似つかわず、自然と昨夜の話が露と消えているのではないか、と勘違いしている准。
けれど、勿論。そんな訳は無かった。
「探検に出発だよーー!」
「はい、終わった〜。着替えてきまーす」
結論を出すのが早すぎた少年は諦めの一途を辿る。
こうして少年はパーカーとジャージを履いて、適当な服装に着替えて、二人に冷たい目で見られるのであった。けれど、准は気にしない。気にしようにもお気に入りの服なんてものは存在しないからだ。
かつてあったのだが、運悪く『現象』と鉢合わせしてしまい、結局使い物にならなくなり、焼却処分。という事があってから、准の外行きの服は基本的にはラフで安物という仕上がりになってしまい、それに慣れてしまっているのだ。
文句は口にはしない。見通しが甘かったのは准の方であり、彼女は予定通りに『探検』をするべく顔を見せたのだから。
そんなこんなで辿り着いたのは、准宅から徒歩二十分先にある駅前広場。
逸花と残り二人の住んでいる場所の違いから、その駅前広場で待ち合わせにしようとしていたのだが、あろう事か逸花は藍莉の家までわざわざやって来てしまったのだった。
だが、彼女はそんな事はへっちゃらといったご様子で今日も雨雲が去っていった青空へと指差して、宣言する。
人集りが多く、藍莉というそこそこ美人な人間がいるせいでさらに目立つ事この上ない中、高らかに指を差して、宣言したのだ。
当然、准は他人のフリをしようとするも藍莉に腕を掴まれて無視ができない状況下に追いやられてしまう。そう、『お前も道連れだ』とばかりに掴まれた腕には逆らえない。
「さぁ、目指すは『小屋』だよ!⋯⋯桐江くん、なんか体調悪そうだけど大丈夫?」
「いや、その⋯⋯『小屋』が何処にあるかは⋯⋯」
「私が知ってる訳ないじゃん〜。何言ってるの?桐江くんー」
「へへへ⋯⋯⋯⋯。帰ろっかな」
呆れるだけでは飽き足らず、薄ら笑いで背を向ける准なのだが、逸花の傍に寄って来た藍莉はそんな准へと歩み寄る。
「駄目よ?私と二人になったらそのままウィンドウショッピングに勤しんじゃうじゃない?」
何が駄目なのか、お一つご教授願いたい少年なのだが、すぐにその意味を察してしまう。
彼女の私服はある意味、最近になって買い始めたものが多いらしい。本人曰く、ハマっているのだ。
ショッピングに。
けれど、お金は湯水のようには溢れてくれず、食費や雑貨品で消える資金と残りは弟の為にと貯金に回す日々。
藍莉にとっての優先基準が基本的に弟であるならば、その弟がいない現状と友人との買い物は自分の位は一つ上げてしまう。
つまり、贅沢がしたいお年頃なのだと、准は察したのだった。
けれど、危機感には藍莉もある。だが、提案者が何よりもウキウキで心躍ると言わざるを得ない程の活発っぷりなのである。
勧めて、押して、進めて、推してをする太鼓持ち。
止められるなら止めている。止まらないから、止められないのだ。
「僕が居る時にして欲しいな⋯⋯それ」
「安心して!私だってちゃんと調べてるよ?大体の目安は着いてるんだから!」
衝撃の言葉。准には耳を疑ってしまう程のものが耳から確かに伝わり、思わず藍莉を見た。
「な、なんだって?!⋯⋯⋯⋯おい、藍莉。これは、僕の知ってる牧原なの、か?」
藍莉は表情が固まっていた。
「ええ、驚きよ⋯⋯。逸花?熱でもあるの?」
「あれ?!二人揃って何さ、何さ!私だってちゃんとやらなきゃいけない事くらいちゃんとやるよー!」
その口から盛ったデマにも等しい言葉は藍莉が逸花と出会ってからこれまでの日々を思い返していた。
否。思い返させた。
活発で明るく、分け隔てないというポジティブな言い回しを敢えて除去してしまえば、煩い八方美人であり、空気を読むより空気を作る事に全振りしている彼女にこれまでも幾度も、迷惑という名の溜め息を吐かせられてきた藍莉。
そんな彼女が最もしない事は、事前調査や予習といった前置きなのだ。
曰く、「だってー楽しいと思える事は皆で一緒にやった方が得でしょー」とそれはそれは爽快な物言いをしていたが、その言葉の前には「ちゃんと前もって忘れないようにしなくちゃ、後で困るよ?」という気遣いから始まっているのだ。
つまり、彼女は馬鹿なのである。
「じゃあ、これからはテスト期間の間の勉強も出掛ける時に忘れ物の確認も無しでいいのね?」
「そそそそ、そんなー!嫌だよ〜!お願い〜〜!見捨てないでー!親友ぅぅぅぅーー!」
「は、離れて!分かったから⋯⋯、逸花、離れなさいっ!准!助け──」
腰に腕を巻き付かれてしまい、暑くなり始める季節にはくっつきすぎる二人。
抵抗するも離れない。ならばとそこに居た准へと声を掛けようと、思わず振り返る藍莉なのだが、表情は夜闇で活動している蟷螂の瞳バリに暗くなった。
「ここ左です」
「ありがとう〜。あ、もし良かったお茶でもどう?」
そう、道案内。あくまでも口頭で教えるだけのものだが、その教えて貰っている女性が普通にスタイルがよく、愛想笑いも完璧で綺麗であった。
しかも、道案内している人物にお茶に誘うという訳の分からない行動。
「アハハハ」
藍莉の瞳孔が開かれていく。
「あ、藍莉ぃ?⋯⋯」
「大丈夫よ?私は冷静だもの。⋯⋯ねぇ?逸花」
「な、なに?」
「感情で人を刺すのと、無感情で人を刺す。どっちの方が罪は軽いかしら?」
「だ、だだ、駄目だよぉー?!何言ってるのさー?!」
慌てた様子で腕を腰から離して、藍莉の前へと駆けて行く。腕を横にして死守すると頑なな意志を示す逸花。
「⋯⋯。冗談よ?」
「⋯⋯本当に?」
「ええ、折角のデートなのに。こんな事で怒ってられないもの」
「そっかぁ⋯⋯⋯⋯。あれ?私の存在ハブられた?」
「後で少しだけ、外してくれればいいわ」
「少しって何分?!何時間?」
慌てふためく逸花を置いていくように笑みを浮かべる藍莉に、逸花の腕は下ろされそうになっていく。
「大丈夫ですので。じゃあ、気を付けて⋯⋯⋯。なに?どうかした?」
ようやく、お姉さんとの会話も終わり藍莉達の所に戻った准。そして見た光景は藍莉が准に対して渋い顔をしながら見つめる様子と背を見せて、腕を広げながら震えてる逸花であった。
徐ろに近付いてきた藍莉。逸花のすぐ後ろまで来た准なのだが、何がなにやらといった様子で二人を見やる。
「⋯⋯浮気者」
「ええ!僕、何かしたか?!」
膨れっ面で、逸花の傍を離れなくなった藍莉とその後を准が追い掛ける構図の出来上がりである。
━ ━ ━
牧原が言うには、調べたい場所は三つあるのだとか。
一つ目は空弩街の北部にある舗装途中となっている地点。
そこには平成のある時期に一軒家の横にプレハブ小屋が一つ建てられたらしいのだが、僅か三週間で火災で倒壊してしまった建築物があり、今でもその跡地が残っていると言われているらしい。
一軒家諸共焼けてしまったそのプレハブ小屋はどんな用途で建てたのかは知られていないのだ。
二つ目は粗目橋と呼ばれる川辺付近にある石造りの橋であり、厳密に言えばその近辺という事なのだが、目的地としてそこをピックアップしたらしい。
【七八区】の七不思議に出てくる主なキーワードは『子供』『男二人』『小屋』『遺体』であり、一つ目が『子供』と『小屋』に着目した場所なのだとしたら、二つ目の橋は『遺体』であり、一説には遺体は全て同じ場所で見つかったという話もあるのだという。
僕は初耳ではあるけど、調べた本人が言うのならそうなのだろう。と、信じている。
三つ目は空弩山。空弩街唯一の登山スポットとなっており、標高は約二千メートルの山で、恐らく唯一ちゃんと他所様にお見せできる観光スポット。
因みにここを選んだ理由は、至極単純だ。
『絶対に曰く付きの山だからじゃん』との事。
【零山灯明】と呼ばれる『空弩街七不思議、その五』の舞台にもなっている山なのだが、正直、他の七不思議の話の舞台が被っているのには違和感があるが、正直今日、登る事は無いだろうから無視しても良い。
そんな行き当たりばったりの中、バスで移動してやってきたのは、一つ目のスポットでもあるプレハブ小屋跡。
一軒家は既に壊されてしまっており、工事跡のみが残されており、住宅街の外れにあるそこには人が多く集まっており、機械すら稼働中であった。
「⋯⋯撤去の工事してる⋯⋯」
「してるわね」
「まぁ、普通はな⋯⋯」
普通に考えればそうなのだろう。何時までも壊れっぱなしの建物を放置する筈がない。
恐らくだが、この敷地の管理人辺りが最近見つかったのだろう。
ネットの情報から牧原が引っ張ってきている辺り、信憑性も無いから、三週間で燃えたというのも怪しいものだ。
「ど、どうしよう。あ、そうだ!工事のオジサンに聞いてくるよ!」
「ちょっと!」
「すみませーん!」
工事のおじさん目掛けて、猛ダッシュ。もはや当たり屋並の勢いで駆けていく女の子を藍莉は静止を掛けようとするもむだにおわり、僕は後方で呆然と眺めるに留まっている。
「行動力パネェ⋯⋯」
「はぁ、どうするの?二つ目に至っては森林区域よね?私、てっきり人に聞き込みしに行くとばかり思っていたのだけど⋯⋯」
ご丁寧にスニーカーを履いている藍莉。山はおろか、森林に入りますという格好でもない。
流石の僕でも「一緒に行こう」とは言い出せるような服装ではないと理解できる。
「まぁ、仕方ない。山に登るまではしないし、危ないなら、僕と牧原だけでも森林に入るよ」
「⋯⋯貴方、逸花にはヤケに甘いわね?」
「身長のせいだろ?妹とダブるんだよ」
「⋯⋯ずるい⋯⋯」
悔しそうに口にする藍莉に僕は疑問を覚えた。
甘えたいのか。そう考えていた僕は少し嬉しそうな顔を浮かべていたに違いない。
「ん?そうか?」
「違う。妹さんの話されたら、私食い下がるしかないじゃない。だから、ずるいの」
「あぁ、そういう事⋯⋯」
完全に読みが外れた。そんな間抜けな僕に対して、藍莉は表情を窺うようにして、目線を向けてくる。
そして少しニヤケだすと「おバカ」とだけ言って、逸花の方へと視線を移した。
鞄からハンカチを取り出して汗を拭う。
日傘のような物を持ってきていないというのもあるが、今日は雨が降り終わってからの快晴。
ジメッとしだした空気が僕達の周りを包んでいたのだ。
「そういえば、藍莉。どうして今日は髪型変えてないんだ?何時もはもう少し結んだりするだろ?」
何時もなら。つまり、買い物の時のみなのだが、髪を後ろに括ったり、帽子を被っていたりとかなりお洒落好きな部類と思っていたのだが、どうした事か今日に限って言えばそれがない。
デフォルトのストレート。まぁ、跳ねてるのか手入れしているのか、はたまた癖っ毛なのか、よく分からない髪ではあるが。
「決まってるでしょ?」
藍莉が真顔で僕を見てくる。何かしらの琴線に触れた覚えがないが、何かあれば謝れるように、土下座シリーズを繰り出す準備をしておこう。
「二人きりの時って決めてるの。⋯⋯なによ?」
「⋯⋯⋯」
僕は素直に思う。コイツが彼女で良かったと。
「⋯⋯何が言いなさいよ?」
「お前、めっちゃ可愛いな」
「⋯⋯当然よ」
夏が近付きつつある季節。暑さのせいで頬が赤くなるのは自然な事である。
だから、彼女の頬が赤くなるのも、間違っていないし、咎める事なんて僕はしない。
「おーい!ふったりとも!」
「逸花。何か分かったの?」
手を振りわざわざ駆けて来る牧原。らしいっちゃらしいのだが、自制というものを覚えて欲しいものだ。
そして、そんな自制心が底を尽きた牧原が来た事により、前を歩く藍莉。
「なーんにもわかんなかった!あっはっは。仕事として依頼されただけだから、詳しい事情なんて知らないってさ」
「そう」
藍莉も内心では気付いていたのだろう。落ち込んだ様子もなければ、気を使うといった行動を取る訳でもない。
「でもね、このプレハブ小屋って本当に出来上がって三週間で焼けたらしいの!凄くない!」
「マジかよ⋯⋯」
それは事実なのか。三週間って、一ヶ月も過ぎずに家ごと焼けるってかなり可哀想な話だ。
「それでね、それでね!なんと、プレハブ小屋の中には、無かったらしいの」
「何が?」
「家具とかだよ!おかしくない!」
「⋯⋯どういう事だ?藍莉、説明」
「三週間も経ってるのに、荷物とか家具を一切置いてないのは不自然だろって話をしてるんでしょ?」
「そう、それ!」
「分かんねぇだろ?建てられてすぐに出張に行って、何も荷物とかを持ち出せなかった可能性もあるし」
その他にも、色々と推測は出来る。世の中、自分だけの見聞きして知っているものばかりが全てではないのだから、様々な憶測が頭を過ぎらせた。
何でもかんでも自分にとって変わった事があれば『不思議な出来事』なんだと、判断するには早計が過ぎると僕は思うし、その旨を伝えたのだが。
「いんや!何かあるね!私の勘がビビビッ!って来たんだから!」
「藍莉、止めてくれないか?」
「何言ってるのよ、准。⋯⋯私で止めれるなら、初めから止めてるわ⋯⋯」
「お前で駄目ならもう本当に駄目だな」
「さぁ〜!次に行こ!」
「えぇ⋯⋯⋯⋯」
天真爛漫や陽気、明るくて取り分け元気が良いのが取り柄の女の子。牧原逸花の事が僕は少し、苦手なりつつある中、更にバスに揺られて徒歩で歩いていた。
けれど、流石に体力的な問題もあり、藍莉と牧原は疲れ始めてしまい、現在の僕達は造林近くにある見晴らしが悪いカフェで一休みしている。
キャンプ場がある訳でもなく、釣りが名所となっている訳でもない造林付近のカフェは穏やかな空気感が売りなのだろう。
車の出入りが多く、客の数も僕達を除けば、六人程という数ながら、騒がしい人等は居らず、店主もカウンターの裏でコーヒーを飲みながら雑誌を読んで待機していた。
藍莉が頼んだのはブラックコーヒーとショートケーキ。牧原はモンブランとカフェオレで、僕はコーヒーのみ。
オレンジ色に照らされる店内は穏やかで、窓際の席に座っている僕達から店内を眺める事が出来るのだが、本当に静かなのだ。
黙々と本を読んでいる者や、スマホの画面を見ながら、淡々と指を動かしている者や、出された料理を口に運ばせているだけでそれ以外がない。
「そうだ。藍莉、ケーキちょっと分けて、私のもあげるから」
「えぇ、良いわよ」
「有り難う!⋯⋯⋯⋯う〜ん!美味い!」
美味しそうに食うものだと、真ん前にいる彼女を見て思う。藍莉も美味しそうにしながらケーキを口に運んでいるが、言葉にはしない。
しなくても、表情に出るぐらいに美味しいなら、いっそ僕も頼めば良かったかもしれない。
今からでも頼めるのかな?と考えている時であった。
窓越しから見える林の中から、誰かが出てきたのが不意に見えてしまう。
ボロボロの白いパーカー、黒のインナーにデニムパンツという有り触れた格好。
けれど、僕はその格好を昨日見たばかりである。
(昨日、病院に居た⋯⋯)
外で僕に『予知能力』をご披露してくれた少女だった。
何故あれだけ、怪我をしているのだろうか。家族はどうしたのか。
近くに住んでいるという可能性も捨て難いが、全く同じ格好というのと、黒い帽子が無くなっているのが、妙に気になった。
少女はそのまま、店に入る様子は微塵もなく、腕を痛めたのだろうか、左腕を抑えながら、左脚を引き摺るような歩き方で、僕達がこの店に来る際に通った道を下って行こうとする。
気にはなる。けれど、僕は少女を捨ておこうとしている。
関係ないと。何故だろうか。自分でも不思議と此処に居座りたい気持ちが溢れていた。
「ふぅ〜食べた〜。じゃあ!行こ!」
視線を移せば、牧原はケーキが盛られた皿もカフェオレの入ったカップも空となっており、本人も満足そうな顔付きで藍莉を見つめた。
「⋯⋯まだ良いんじゃない?もう少し居ても?」
「え?!藍莉、もう食べ終わってるし、飲み終わってるじゃん。桐江くんも何か言ってあげな⋯⋯」
なにか不審がる牧原。その視線は何時もと何かが違うと僕は感じていたが、それに関しても何故かどうでも良いと感じてしまえる。
牧原が僕の方へと腕を伸ばしてきた。
「ねぇ!聞いてるのー!」
不意に頬を引っ張られてしまう。
「痛い!痛い!」
かなりの強さで、頬の肉と顔面がお別れをしそうになるかと思う程には強く、爪が食いこんでいる。
送別会を開いてくれる訳でもないのに、抓ってくる牧原は本当に遠慮がなかった。
「痛いッ!牧原痛い!」
「⋯⋯⋯⋯」
彼女を見ると、様子を窺うように僕を見ており、もう一度手を伸ばそうとする。
それがヤケに恐怖感を湧き立てていき、逃げるように立ち上がった。
「あ、そうだ。悪いけど、僕はちょっと外に出てくる。金は置いとくから、外で待っててくれ」
「准?」
「悪いな⋯⋯」
千円札を机に置いて、席から離れた僕は、店の外へと出て、少女の後を追い掛けた。店のベルの音を小さく鳴らして。
━ ━ ━
少女はすぐに見つかった。といっても、倒れてしまい、動けずにいたのだから容易ではあった訳だが、准は急いで少女の元へと駆け寄り、声を掛ける。
「おい!大丈夫か?」
「⋯⋯っ!!⋯⋯あ、あのっ!あのっっ!!」
うつ伏せになって倒れていた少女は准の顔を見た途端に、泣きそうになりながら腕を伸ばした。
掴まれた脚。けれど簡単に解けてしまいそうな程に弱い力であるが、准はそれをしない。
むしろ、その掴んだ手を放置したまま、慌てた様子を見せないようにと心掛けながら准は少女の目を見た。
「何があったんだ?」
「弟が⋯⋯、弟を助けてください⋯⋯」
「弟?森にいるのか?」
地面に顎を着けたままの少女は首を横に振って、垂れた前髪が地面に着く。
帽子を被っている人間には、様々な理由があるだろう。
ファッションや頭皮の心配や時には病気によって被らざるを得ない者までいる。
少なくても少女が帽子を被っている理由は、長すぎる髪を中にしまい込んで、抑える為だ。
少女の髪は伸びに伸びており、前髪は顎よりも下に垂れていて、後ろ髪も腰辺りまではある。
何よりも、彼女の髪は所々に赤髪が混じっており、異様な姿にも窺えた。
「攫われて⋯⋯。あの人達に⋯⋯。『鳩羽さん達』に⋯⋯。お願いします。朔を、助けてください」
「鳩羽さん?⋯⋯それに攫われたって⋯⋯」
少女の口から出てきた人名。聞いた事は勿論ない。
小石が敷き詰められた地面にへばりつくシミのように倒れている少女の口から嘘はないと准は分かる。
口を走らせようと動かしていくも、声にはならず、焦燥と痛みが少女をおそう。
「落ち着け。まずは、怪我だな。立てるか?」
「た、立ちます」
急ぐように立ち上がろうとする少女は左脚に力が入らず、上半身を強く打つように倒れてしまい、唸り声を鳴らす。
その時、窓越しで脚を引き摺って歩く少女を思い返して、舌を鳴らしてしまう。それを聞いた少女は怯えるように身体を震わせてしまい、謝罪させてしまう。
そして、その少女の謝罪を否定する准は問いかける。
「お前、脚痛めてるだろ?」
「は、はい」
「言ってくれ。無理させてる僕が馬鹿みたいだ」
「ご、ごめんなさい⋯⋯」
「お前は謝ってばっかりだな」
「ごめ、あ⋯⋯」
言葉が詰まってしまう少女は口篭る。少年はそれを意に介さずに質問を続けてた。聞かなければならない事を。
「取り敢えず、立てないのは分かった。体調に変化は?吐き気とか、震えとか?」
「な、ないです。大丈夫です。脚と腕を痛めただけですから」
「腕?ちょっと見ていいか?」
「え?あ、はい」
少女は右手を地面に着けて起き上がった後、パーカーを脱いで左腕を見せた。
上腕部は青く腫れ上がっており、明らかに内出血を起こしていて、可動が何処まで出来るか、腕を掴んで把握していく。
結果的に肩より上に上げる事が出来ないと判断した准は続けるように脚の方も見せるように呼び掛ける。
すると。少女は少し恥ずかしがっていたものの、頷き、座ったまま、ウエストバンドの辺りに手を掛けて、ズボンを脱ごうとしだした。
「おい、何やってんだ!」
「え?!⋯⋯だって、脱げって」
「僕は怪我の所を見せろって言ったんだ」
「だから、脱がないと見せられなくて⋯⋯」
「⋯⋯」
「ご、ごめんなさい。もしかして、何か駄目でしたか?」
「⋯⋯お前、どういう生き方してたんだ?」
純粋な疑問だ。普通は羞恥心や社会性が邪魔をして外で脱ぐという思考には巡らない。
けれど、少女はズボンを脱ごうとした。恥ずかしさよりも目の前に居る人間の言葉をそのまま鵜呑みにして。
それが准には怖くも思えてしまい、少女を訝しむように見る。
「普通ですよ?」
「普通じゃない。脱がないんだよ普通の人は」
「え?だって、パパとママはいつも私を人の前で脱がせてますよ?」
唖然とした様子で少女を見つめる少年。
そして、徐々に怒りが込み上げてくるのを耐えようと歯を食いしばるようにして俯いた。
自身よりも幼い少女が社会性を学べていないという事実とそれによる弊害と危険性をまるで理解出来ていない事もそうだが、親という存在が少女に害になっているというその居た堪れない状況が准の心を騒つかせる。
「そ、その⋯⋯。私、何かまずい事しましたか?」
「⋯⋯いや。取り敢えず、脚が動かせない事は分かったから、早く履け」
「は、はい!」
少女が准の様子を窺うように目線を向けていく中、少年は忌避感にも近いものに襲われていた。
(僕はきっと、コイツの親に出会ったら⋯⋯殺しそうになるな⋯⋯)
ダブってしまう。
決してタイプや扱いの違いはあっても、悪循環に囚われると解っていても、比べてしまい最後には無駄な時間だけが過ぎるのだ。
自身の両親と少女の両親を比べてしまい、また嫌気に襲われて、忌避感に変換されてしまう。
准の父親、母親は目の前にいる少女の両親とは違い、学校にも通わせて、家事も適度にこなし、親として当たり前の愛情も注いでいたのだ。
けれど、一年前の春に全て砕け散ってしまい、結果として、准と舞喜を置いて、遠くの町へと越してしまっており、会うのも年に一回のみで、互いが互いを避けてしまっている。
准にとって両親とは都合のいい時だけ親の面をするだけの卑怯者として捉えてしまっており、関係修復には至っていない。
渋い顔を隠すように俯いた顔は上がった。
自身は見捨てない為に、僅かにでも微笑んで見せる。
目の前に居る少女を安心させるべく、少年は笑う。
「取り敢えず、僕がお前をおぶるから、乗ってくれ」
「⋯⋯あ⋯⋯はい」
背を見せた准は少女が寄り掛かるのを待つ。
恥ずかしそうにしている少女はそっと身体を預けれるようにして乗りかかる。
決して、迷惑にならないようにと遠慮が多分に含まれたその動きはぎこちなく、腕を伸ばして首へと進む時ですら言葉を発していた。
「失礼します」と。
それが礼儀正しいと感じると同時に悲しくもなる。けれどそんな感情は一瞬で吹き飛ぶ。
目を見開いて、疑うように背後を確認する准。
彼女は既に体重を預けており、前髪が首筋に当たってこそばゆい。しかし、最も疑ったのは、重さだ。
「か、軽すぎないか?」
過去に女性をおぶった経験がある准からすれば、その人物と比較しても軽いのだ。
小学生をおぶっているような軽さ。中学生くらいと思っていたその少女はあまりにも弱々しい程に声を出す。
「え⋯⋯、駄目でしたか?私、十四ですから、重い筈ですけど?」
「どういった基準だ?それは?」
「パパが言ってたんです。歳を重ねると体重が重くなるって⋯⋯。違うんですか?」
「⋯⋯今度教える。よく聞いとけよ」
「は、い」
決して顔は見せないように前を向いていた准。
信じられない。それが准の心に溢れていた感情の全てだった。
(どうなってるんだ。コイツ⋯⋯。親もそうだが、どういう暮らししたら、そうなれるんだ?)
動揺を悟られる事のないように口を抑え込むようにして閉じているが、愕然とした様子を浮かび上がらせていた准は目を見開いていた。
瞼を閉じ、深呼吸をして心を落ち着かせて、そして、振り返る。
丁度、逸花と藍莉は店を出て来ており、二人に近付いて来ていた。
准は軽すぎる少女を背負い、二人の元へと歩くのであった。




