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この街は今日も語る  作者: 紫芋
牧原逸花は語らせない

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22/38

雨模様

一つ、気が付いた事がある紫芋です。


多分、自分はミステリーやサスペンス、得意じゃないって事です。


どうして、前章の幽霊があぁなったのか。


それはね、幽霊なんかよりも人間の方が怖いと潜在意識に刷り込まれてるからですね。(多分違う)


追記:一話から加除修正を時間があればですが、今後行っていこうかと思っています。


要因としては、適当に書いているという事とこの作品を一度ざっくりながらも読んでいると、客観的に見て伝わりにくい部分があると判断したからです。


ただし、話の流れは変えません。オチもそうですが経過もです。


あくまでも伝わりやすくする為のものですので。


それではご覧下さい。

 降り止まない雨が身体を潤していく。


 濡れた筈の肌を更に濡らして、溶け込むように、惑わすように、戒めなど無かったように身体は清浄を授かった。


 ポツポツと滴るソレは、何時からか夢に見なくなり、拐かす事を覚えた。


 笑顔は誰よりも武器。愚かたれ、無知足りえろ。


 弱者必衰のこの世の中で、今日も私は無垢な自分を演じて見せよう。


 矛盾?必然性がない?違う、そうじゃない。


 私の間違いは生涯で二度のみ。そして、今回はそれには該当しない。させない。


 ほら、花は開かれていく。


 果実は実った。薪は焚べられて、怪しく今日も芳醇の匂いを掻き立てながら、街を歩く。


 私は愚かな征伐の対象者。人を蔑み、社会を嫌い、街を誑かし、世界を欺く執行者。


 それを臨んだ事はあっても望んだ事は無い。


 私は今日も愉快に踊って見せよう。私は今日も健気な弱者を演じて見せよう。私は今日も盛大なる弱者へと落ちて見せよう。


 閃光に散った刃を冠した龍よ、見ておけ。


 お前の言った何時かはやって来ない。


 お前が望んだ永劫は訪れさせない。


 お前という存在が過去、未来、現在にいる限り、私は今日もこの街とそこで狂った者共を驚嘆させよう。


 遊宴への切符パスもう手元に届いている?


 差し伸べられたと知覚した私は今日も健気に狂って見せよう。


 だから、私を見る全ての存在よ。微笑んでくれ。


  ━ ━ ━


 今日は絶景、雨模様。


 梅雨のジメッとした空気は、少年のみならず多くの人間を不愉快へとさせる。


 時に洗濯物を干せずに悪態をつきそうになる奥様方。


 時にアミューズメント施設に出向こうとして舌を鳴らしてカップル。


 時に傘に付いた水滴が服に付着してしまう清楚系女子やイケメン男子。


 そして、桐江きりえじゅんは病院に着いたと同時に雨が降り出してしまった事でショルダーバッグを頭に乗せて走っていた。


「何故ぇぇぇ〜〜」


 お天気お姉さんの言葉を鐚一文も信じていない少年の直感は空振りに終わり、身体は雨に打たれる事を許容せずとも否応なく降りかかる。


 土曜日の昼時と言う事もあるが、十人程度の列を作っている受付に並び、疲れた表情を浮かばせながら、順を待っていた准だった。


 既に一年以上は通っている病院という事もあり、受付の女性のみならず妹の舞喜まきを担当している看護師とも医者とも親しくなっていた准は気軽に声を掛けて、待っていましたとばかりに紙を手渡される。


 平日と比べて人気が少なめなこの病院は、『空弩街あくどがい』に設立されている大病院の一つ。


 建物の改修作業やもう一つの病院との連携により、かなり特殊な手術でもない限りは、この街の病院で事足りる。


 紙に個人情報を書き終えた准は受付に持って行き、少しした後に、病室へと案内された。


 エレベーターで五階まで上がり、すぐ近くにある曲がり角を右へと渡り、真っ直ぐ進んだ個室。


 五〇三号室と記されたプレートとその下にある名前を見て、准は少しだけ懐かしい感覚にもなる。


 家ではその名前を見る事が滅法なくなり、親からも話題に出されないその名前はある意味では疎外されている感じがしていて、憂う暇もない日々に押し進められていた。


 けれど、病室へ行けば確かに存在する。それが何よりも嬉しくて、勢い任せでは決してなく、ゆっくりと優しくその扉を右方向へとスライドさせて、病室へと入る。


「舞喜。遊びに来たぞ、兄ちゃんの暇に付き合え」


「お兄ちゃん、開口一番それ?」


「それだ」


「もっとあるでしょ?労いの言葉とか慰めの言葉とか」


「あってたまるか。病院出たらそんなの腐るほど出るのに、今使い切ったら勿体ないだろ?」


 怪訝な表情を浮かべながら、寝返りをうって仰向けになる舞喜。


 一瞥した後、仕方ないといった様子で起き上がって、胡座でやって来た兄の方へと向き直る。


「で?何するの?」


「ウノ」


 鞄から取り出した未開封を意味するシールがケースに貼られている物であり、中にはカードの束が入っているのが不満そうな顔をする舞喜から見ても分かった。


 けれど、このカードゲームには欠点がある。


「二人だとつまんないじゃん⋯⋯」


 そう、パーティーゲームは結局、二人以下という少人数では盛り下がるという事だ。持ってこない方が良かったまである。


 しかし、准にはそれが分かりきっていた。


 妹の不満そうに、片眉を下げた表情に悪態にも似た子供のような言い草と、それでも結局は手には収めておこうとする動作さえも。


 ドアインザフェイス。


 本命は准の鞄の中に確かにあるのだ。カッコつけのようには振る舞わない。妹という存在相手にキザったらしい言葉も態度も兄には無用なのだ。


「じゃあ、これは?」


「あ!懐かしい!よく家に残ってたね?」


 そう、十年ほど前に発売された携帯用ゲーム機である。


 一機しかない為、交代ばんこで同じゲームを小さい頃にやっていた二人にとってはかなり懐かしい代物であり、思い出の品のようなもの。


 残念な事に皆がやっている家庭用兼携帯用のゲーム機は妹が一年前にぶっ壊してしまい、それ以来購入する目処が立っていない。


 しかし、押し入れにしまっていたこのゲーム機は被害から逃れて存命していたのだ。


「掘り出し物だ。感謝して、崇めろ」


「はっはー」


 ベッドの上で土下座をする妹とそれを見て高らげに腰に手を当てる兄の構図は生まれた。


 そして、閉じていた口から息が漏れて、二人は懐かしさで笑う。


 一年の丁度この日は、こんな光景を想像できなくなっていた准は少し、涙ぐむのであった。


 少しして、持ってきて貰ったゲーム機の電源を付ける舞喜。


 既に充電は済ませており、何時でも起動できる状態に留めているそれを付けると懐かしい起動音と画面が表示されて、舞喜は口を開けてしまう。


 懐かしさに心踊らせて、トップ画面が表示されて、入っているカセットの中身が表示されていた。


「⋯⋯お兄ちゃん」


「なんだ?」


「⋯⋯こんなゲームやってたの?」


「え?」


 言われて確認すると、入っていたカセットは何故か恋愛ゲーム。


 しかも聞いた事がなく、パッケージも想像できないもので、十年前の准達が買わなさそうな名前だった。


「アマラブ?なにこれ⋯⋯」


 正式名称『アマチュアラブ♡』と呼ばれるゲームであり、いくらなんでも七歳、八歳の時期の子供がするものとは思えない。


 十二歳か十五歳以上のレーティングが付けられていそうなそのゲームに全くもって見覚えのない准は首を傾げてしまう。


「お兄ちゃんじゃないの?してたの」


「いや、こんな恋愛ゲーム小さい頃の僕がする訳ないだろ?」


「じゃあ、誰?」


(⋯⋯⋯⋯。まさか、親父か?)


 可能性が無いとは決して言えない。


 あくまでも可能性ではあるが、母親はゲーム機を触る事は無い。あったとしても掃除の時くらいのもので、ノータッチと言っても良いだろう。


 では、父親はどうか。生粋の遊び好きだと小さい頃から知っているからこそ浮かんだ選択肢。


 元を正せば、父親の金で買って貰ったゲーム機であり、父親が好き好んでカセットを何個も買っては子供でる准達に渡して遊ばせていた事もあって、このゲームを買う姿も想像が付きやすい。


「⋯⋯親父ぃ〜かな?」


 言葉と同時に、僅かに()()()()()()()()


 それを准は誤魔化すように視線を逸らして、悟られないように敢えて口を閉じる。


「⋯⋯お兄ちゃん」


「なんだよ」


 怪しむような口元と目線は、一気に暗くなる。


 目を細めて、眉が下がって考えるような素振りをした後、憐憫の情を抱いて見つめていた。


 雨模様の灰色の空はカーテンに隠れて、付けられた照明は嫌に眩しい。


 そんな中、妹の同情的なその表情が妙に鼻についた准。


「隠さなくてもいいよ」


「隠してないよ!」


「お兄ちゃん、嘆かないで!妹のアタシはちゃんと分かってるからね!」


「何が分かったってんだよ。分かってねぇよ」


「安心して、お兄ちゃんが拗らせて、拗らせて、拗らせてまくった挙句に彼女が出来ないとしても、ちゃんと面倒は見るから」


「そんな理由で僕の面倒を見られても困るんだよ⋯⋯。それにな、僕にだって彼女はいるぞ?」


 すると持っていたゲーム機を布団の上に落とした舞喜。呆気に取られてしまい、隠すように目元を手で覆い、唸るような声を出し始める。


 暫しの時間が経つと、首を横に振って反応待ちをしている准を指の間から見た後、准の肩に手を持って行き、三度軽く叩く。


「お兄ちゃん。うんそうだね⋯⋯。い、居るよね。うん。そうだったね」


「いや、今さっき初めて伝えたばかりなんだが?嘘を嘘のままにしようとするその心遣いは有難迷惑だ。⋯⋯てか、本当に彼女は居るよ!」


「マジ?」


「マジで」


「世界が滅ぶ⋯⋯。終わった⋯⋯」


「なんでだよ?!」


  舞喜からすれば兄が誰かと付き合うという事は世界の滅亡と同意義の価値があるのだと知った准。


 当然否定し、妄言でもなければ、妄想の産物でもないのだと証明するべく彼女が出来た経緯を話そうとするも、内容が内容だけにどう語ったものか悩み、最終的に取った行動はシンプルであった。


「今度、連れてくるから、それで勘弁してくれ」


 直接合わせる事である。わざわざ経緯を聞かれる事も込みでお互いに相談すれば良いとして、言い訳の時間と猶予を獲得した准は、面会時間ギリギリまで病院で談笑していたのであった。


 そして、帰る時間となった准は立ち上がり、舞喜を心配そうに見る。


 そんな心配性な兄に気付いた舞喜は、少し微笑んで見せた後、手を振る。


「大丈夫だよ。アタシも頑張らないといけないもんね。ありがとう、お兄ちゃん」


 雨が窓を叩く。舞喜の自身を鼓舞するようなその言葉は、准の鼓動を高鳴らせる。


「⋯⋯あぁ。今度来る時は三日後の退院の日だから。元気にしとけよ」


「うん!」


 憂いのない真っ直ぐな表情。一年前からは信じられないその面持ちで視線を向けられた准は嬉しそうに病室を後にするのである。


  ━ ━ ━


 エレベーターを降りた准は、昼間と違って、より静かになっている病院の受付を通り過ぎる。


 入口から見える雨の激しさと生暖かい風が嫌に嫌悪感を発生させていき、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるも、意を決したように前へと踏み出そうとした時だった。


「あの、良ければ、使いますか?」


「え?」


 声を掛けられた。聞き馴染みが一切ないものの、その人物が何処に居て、どんな人間かは目視で伝わっており、ビニール傘を渡すような素振りで動きを止めている少女が准の左側に居る。


 病院の出入り口のすぐ横に居たその少女はどんな心境で土砂降りの中、自身よりも他人を優先するように傘を渡そうとしているのか准には皆目見当もつかないが、首を横に振る事でその少女の提案を蹴った。


「悪いけど大丈夫だよ?そっちも傘ないと不便だろ?」


「⋯⋯本当に良いんですか?貴方、傘を持ってないと後で怒られますよ?」


「え?何で?」


 言い掛かりにも等しい確定事項を言い渡された。


 黒い帽子に白いパーカーと中に黒のインナーにデニムパンツというラフな格好をした准よりは歳下であろうその人物によって。


 新品を着ていたり履いているのではなく、お古と分かるぐらいにはボロボロのその少女は深く被った帽子からチラッと様子を窺うように視線を向ける。


「⋯⋯笑わないでくださいね」


「いや、場合によっては笑わせてもらうけど⋯⋯」


「ここは、『はい、笑いません』って言うところじゃないんですか?」


 困惑した様子と声色が雨音にも負けぬように准の目と耳に行き届き、歳下である事を確信する。


 声が若いのだ。小学生とまでは言わずとも、中学生ぐらいの女の子だと、准の見立てではそう判断された。


「⋯⋯分かった。笑わない。笑わないように耐えるよ」


「は、はい!ありがとうございます。え、えと⋯⋯私、『未来予知』が出来るんですよ。だから、それで、傘を持って行かなかった事と濡れて帰ってきた事を貴方の家の方が怒ってて⋯⋯」


 言いたい事は多くあった。准にだって首を傾げて、少女の言葉を停止させる権利がある。


 けれど、少年は歳上であり、少女に比べて大人であるというマウントを取りたいが為に一旦自身の頭の中で積み重なっていく言葉は置いておいて、話を進めようとする。


「⋯⋯家の方?」


「は、はい。一つ上のお姉さん?でしょうか。その人が玄関口で待ってて小さい男の子と一緒に。それで⋯⋯」


 素直に准は小さく声を出して驚く。


 今日は彼女の大洲おおしま藍莉あいりが弟の蒼太そうたと共に隣の准の部屋で晩御飯を囲む約束がある。


 その事をわざわざクラスメイトや友人に言っている訳もなく、むしろ伝えないようにすらしていた為、この予定を把握しているのは三人のみ。


 当てずっぽうのように『姉が待っている』だけならまだしも、弟の存在まで言い当ててるのは本物と言えるのではないだろうか。


 しかし、悲しい事に間違っている事もある。


「言っとけど、それ姉じゃないぞ?」


『姉』ではなく『彼女』であるという事だ。藍莉本人が聞けば自信に満ち溢れた顔で肯定しそうなものなのだが、『弟(彼氏)』という枠組みとして収まる気のない准にとっては複雑な心境でしかない。


「え?」


「それ、彼女さんだ。僕のな」


 それを聞いた少女は帽子のつば部分を摘んで俯いて、自信満々に開いていた両脚は閉じられていった。


 豪雨による雨音が気にならないぐらいに屋根から落ちる大きな一滴が准と少女の耳を刺激する。


「ご、ごめんなさい⋯⋯」


「いや、それは良いけど⋯⋯。驚いたな。君、本当に『未来が見える』のか?」


 恐らくこのままでは濡れて帰る事は確定であり、水も滴る馬鹿な男こと准を帰宅後に藍莉が呆れた表情をさせてしまうのも想像が出来てしまう。


 そう、容易なほどに。


「は、はい。と言っても、十秒間だけの無音で動画を観てる感覚ですけど⋯⋯」


 先程はあれほど自信がありそうだった声色やトーンは弱く、萎んだようにか細いものとなっており、雨音がノイズのように邪魔をする。


 視力検査ですらマトモに高音を聞かせてくれるというのに、現実は無情であり、ここで准が聞き返してしまってもそれはそれで少女が萎縮してしまう可能性を危惧して、敢えて確認は取らなかった。


「あの?」


「ん?」


「笑わないんですか?⋯⋯その、こんな与太話みたいな話」


(チャンスか?)


 准は少女へと顔を向けて、聞こえるように一歩近寄る。


「『十秒間で無音の動画しか視れないのかよ』って笑っていいなら笑ってやるけど?」


「いえ、前提というか、あの⋯⋯」


 少女は一歩、准から離れるように脚を動かして行く。


 それを見た准は避けられていると感じると同時に、危機感や警戒心といった視線や肌に伝わるピリついた感じが無いのには不思議と感じてしまい、恐る恐る、一歩だけ少女から遠ざかる。


「別に『未来予知』くらい慣れたもんだな⋯⋯。害がないなら居たって良いと思うし」


 世の中には『未来予知』なぞ可愛いと思えるような事が溢れ返っているのだと、熱弁してあげたい気持ちに苛まれていく准。


 けれど、ここで自身の武勇伝を語る事が大人としての振る舞いかどうかを考えてしまい、語る事を辞めてしまう。


 一方の少女は多くを語ろうともしない准に対して、感激でもしましたとばかりに頬を緩ませているのだ。


 けれど、少女と少年の身長差の問題と少女の被っている帽子の影響によって、少女の表情を窺う事が出来ない准は少女がどういった心境かを読み解けずにいる。


「⋯⋯初めてです。そんな事を言ってくれる人に会ったの」


 少女が一歩、准の傍に寄る。一定間隔を保たれていると判断した准は少女を視界に収めるのを止めて、辺りを見回した。


 まるで何かを探すように。


「意外と探してみたら居るもんだぞ?」


「何がですか?」


「俺と同じような事を言う人だよ。⋯⋯それにしても、『未来予知』ねぇ。それ使って何かしようとしたのか?」


「いえ、普段は使うなって⋯⋯」


「へぇ〜、親御さんか。そう言ってくれるって事は相当、良い人そうだな」


 世の中には色んな親が居る。そんな能力があるのならば、『その力で宝くじ当ててこい』と言い張る親だっているし、『事業に活かせ』と言うものもいるだろう。


 十秒、無音、短い動画の三拍子のその『未来予知』に果たして何処まで活かせる要素があるかは准には想像がつかないものの、小賢しく、小狡く、狡猾であればあるほど、頭は回るものだ。


 准が想像しているよりも、ずっと。


「⋯⋯そうですね」


「ん?違うのか?」


 どうやら、小狡く、小賢しく、狡猾の可能性が浮き出てきた。


 わざと合わせたような返事をした少女は、手に持っていたビニール傘を准の手元に放り投げるようにして置いた。


「そろそろ行かないと。これどうぞ。では」


「おい、別にいらなっ⋯⋯速!」


 バスに乗り込もうとする恋人がこれから遠距離に行ってしまう為に追い掛けようと駆け出すくらいの勢いで腕と脚を一心不乱に振って、病院を後して交差点を渡って行ってしまう。


 誰かが居た訳でも、スマホを眺めていた様子もなく、唐突に走り出して慌てるように去ってしまった少女はロクに顔を窺う事も名前を聞く事出来ずに准の視界から完全に消える。


「⋯⋯返す時どうするんだよ⋯⋯」


 そう口にするものの、言動とは裏腹に傘を開いて、雨を凌ぐ道具として使う准はトボトボと自宅へと戻って行くのであった。


  ━ ━ ━


 隣の部屋である事と信頼を置いている事と緊急時の避難用にと、准の部屋の鍵のスペアキーを作って持っている藍莉。


 その為、午後七時頃に准が家へと辿り着いた頃には、玄関からもいい匂いが届いていたのだ。


 既に食事の準備が着々と進んでいると知って、靴を脱ごうとする准は小走りでやって来た人物を呆然と見つめた。


「おっかえり〜。ご飯にする?お風呂にする?そ・れ・と・も。わ・た・しぃ〜?なんちゃってぇ〜」


 ボブヘアに左前髪に髪留め。薄い茶色のブラウスと白のカーゴパンツを履いていらっしゃる女性があざとく首を少し傾けて言う。


「なんでいらっしゃるの?」


「いやぁ〜、藍莉が買い物して時に偶然会っちゃったぁ〜。お邪魔しちゃってゴメンね?テヘッ」


「よし、ずぶ濡れの捨て犬にしてやろう。段ボール持ってきてくれ!あとマジックペンも。『可哀想な子ですが噛み付きません。拾ってやって下さい』って書いてやる!」


「こら。そんな事させる訳が無いでしょ?」


 キッチンからやって来た藍莉が准の頭を小突くようにして静止を掛ける。現れた助っ人を見てわざとらしい声を出して藍莉の背後に隠れた。


 牧原まきはら逸花いちかという名のクラスメイトが。


「逸花も手伝って?食べていくんでしょ?」


 紺色のデニムジャケットに白のタンクトップに、デニムパンツという細い体型出ないと似合わない服装を着こなしている藍莉が准の頭を軽く撫でた後、キッチンへと戻って行く。


「はーい」


 どうやら、今日も晩御飯の買い出しの為に蒼太と一緒にスーパーへと向かっている最中にバッタリ出会(でくわ)してしまい、流れるように着いて来てしまったらしいのだ。


 何やってんだ。そう声を掛ける事も出来たが、逸花は以前の『幽霊騒動』で腕に怪我をさせてしまっている負い目もある為、准は諦めたように溜め息を零して、靴を脱ぐのであった。


「それでどうだった?今の何点くらい?私の予想では百点中、百八十点は固いと思うんだよね!」


 ブラウスのボタンをわざとらしく外していた彼女がそそくさとボタンを留め直していく。


 玄関にやって来た時から開いていたブラウスのボタンは挑発か挑戦か、或いは誘惑なのか。


 いずれにしても全くもって准には響かずに、スルーすら決め込んでいたのだが、あまりにも鼻についてしまった為に癪に障った様子でその点数を明かした。


「退学もんだ、お馬鹿」


「ひぃえーー!」


 指標と基準が大きくズレてしまっている逸花の悲鳴を淡々と流して、服を着替えようと部屋に入ろうと准。


 蒼太がソファでうたた寝寸前であり、首がコクコクと上下に振るわれており、それに気付いた逸花がこれでもかと構い倒そうとしているのを一瞥した准は、蒼太を不憫に思うも部屋へと入った。


 着替えている最中は藍莉と逸花の仲睦まじい会話が聞こえており、女子トークというものが繰り広げられているが、一切の関与をしないようにと部屋を出た後、蒼太の隣に座る。


「あ、お兄ちゃん。おかえり」


「ただいま。眠そうだけどどうしたんだ?」


「お姉ちゃんの買い物、長いんだもん⋯⋯」


 准程の年齢になれば退屈はしなくても、蒼太の年齢では買い物で喜ぶのはお菓子などだ。


 蒼太が店に入って、藍莉が少し目を離すとお菓子売り場に駆け込んで、スナック菓子やチョコ菓子を手に持ってカートに置かれたカゴに入れていくのだが、毎度藍莉に取り上げられて、個数制限を言い渡されてしまう。


 それを不服そうにしながらも選別の時間に入るのが蒼太のルーティンであり、それが終われば藍莉の買い物をしている横で不貞腐れながら終わるのを待つ。


 そんな光景を准も一緒に着いて行った時に目撃しており、取り上げられたお菓子をコッソリ買ったら買ったで最終的に怒られるのは准なのだ。


 要は姉をしているという事である。


 流石に店内で駄々を捏ねるという事はしないが、明らかに不機嫌な様子を見せる蒼太をかなりの回数見ている為、姉の買い物は面白いものではないと准なりには理解している。


「あ〜、まぁ。そうだな。けど、蒼太に美味しいもの食べさせようとしてるから、我慢してやれ」


「お姉ちゃんのご飯って美味しいの?」


(なんて事言うんだ⋯⋯。聞かれたら雷飛ぶぞ?)


 少なくても准が言えば確実に飛ぶ。首も。


 小さい子だからこそ許される言葉を放つ蒼太は、その言葉によって与える影響がまるで分かっていない様子を見せており、あどけないというよりも無知と無自覚を兼ね備えたハイブリッドである。


「蒼太⋯⋯悪い事は言わない。不味くても美味しいって言っとけ」


「え?何で?」


「⋯⋯お前の姉ちゃんが悲しむからだ」


「分かった⋯⋯」


 歳上として。そして、横に座っている少年の姉の彼氏としてこの上なく正しい判断をしたと准は思った。誇らしさで嶺二れいじに今度自慢したいと思う程には。


「お姉ちゃぁぁん!お兄ちゃんがお姉ちゃんのご飯が不味くても食べろってー」


 けれど、そんな自慢話は一瞬で禁句話タブーへとコロリと反転した。


 そう、蒼太の姉へと送る連絡事項メッセージによって、誇らしさは露と消え失せる。


「何やってんだ!」


 とんでもない事を引き起こしてくれた蒼太の身体を焦燥感を抱きながら、小さな子供を締め付けるように抱き抱えた准。


「だってぇぇ!お姉ちゃんがお兄ちゃんに言われた事は全部言えってぇぇ」


 ジタバタする蒼太と押さえ付ける准。ソファで繰り広げられる攻防は依然、揺るがなく、准が優勢である。


「言葉の意味が違うだろぉぉ?!何聞いてたんだ?このガキャァァ」


 そんな攻防は視野と聴覚を妨げてしまい、気付かせる事は無かった。


「准⋯⋯。貴方、私の作るご飯が不味いって思ってたのね?心外ね」


 ソファの背もたれの後ろでに佇む藍莉という存在を。


 さえ箸を右手に持ったまま、凍てつく視線は確かに准を貫き、自然と力が抜けさせる。


 蒼太を抑えていた腕は解かれて、ギブアップのように両手を挙げて抗議の姿勢を示すものの、それがどれ程の意味があるかは未知数であり、見上げるようにして不機嫌な表情を浮かべる姉を見た蒼太も驚きと恐怖で固まっていた。


「⋯⋯ち、違うって!仮に不味くても、美味しいって言っとけって、そう言ったんだ!」


「へぇ〜。蒼太、逸花の所に行きなさい」


「⋯⋯はい。ひぃぃぃ!」


 ソファから飛び出して、軽い悲鳴を上げてトコトコと去って行く蒼太。


 今ならば徒競走は一等賞確実であろうその速度は准が逃がすまいとして伸ばしていた手を簡単に後方へと置いていく。


「ひぃぃぃっじゃねー!逃げるな!馬鹿蒼太!一緒に背負え!卑怯者ぉぉぉ!」


「准。話してる最中はこっちを見なさい」


「⋯⋯駄目だ、終わった⋯⋯。僕の人生が⋯⋯」


 頬を引っ張られながら、説教をされる准。


 理不尽だと口にするよりも黙ってお叱りを受けた方が楽と判断した准は甘んじてそれを受けた。


 それを眺めるようにキッチンの隅で縮こまる蒼太とそれを庇うように背中にピタリと覆い被さる逸花はその藍莉の表情と物言わせないその言葉と節々から滲み出て隠せていない憤慨が籠った物言いにおそ(おのの)いてる。


「蒼太くん。あれを見て学ぶんだよ?お姉ちゃんは鬼のように怖く、般若よりも鋭い目付きをしてて、鬼火よりも炎上してるって」


「よく分からないけど、分かった⋯⋯」


「逸花?」


「ひゃい!」


 小声で抱き抱えていた蒼太に伝えた筈の言葉は藍莉の耳に入り、気付かれてしまった。


 ゆっくりと顔は逸花の方へと向いて、よく見慣れた何時もの表情であるにも拘わらず、ご立腹である事はすぐに分かってしまった逸花は察した。


 終わったと。


「来なさい」


 死刑宣告からの執行までの時間は迅速かつスピーディーであり、すぐ近くまで駆け足で迫り、狙いを定めていたかのように左脚を掴まれた逸花は、速攻で蒼太の背中から剥がされてしまい、モップと化したかのように引き摺られて行く。


「あぁぁぁー!蒼太くん!君だけでも逃げるんだよ!私達の意志は君に受け継がれたんだからっ!生きて、何時か!この妖怪をーっ!打ちた──」


 准の部屋へと連れ攫われた。


 無情にも言葉は扉によって遮られてしまい、逸花の声は限りなく小さくなってボリュームは絞られてしまう。


 准本人はソファで項垂れており、自室に女子二人が入っていった事に気付いてもいない。


 けれど、蒼太は違う。逸花という歳上で姉の友人が抵抗虚しく連れられてしまった現場を直視してしまったのだ。


 数秒間。何かしらの会話があるものの一向に、部屋から出てくる様子を見せず──そして。


「ぎゃあああああ〜〜〜〜っっ!」


 逸花という強力な味方は散ったと蒼太はその叫び声と共に察してしまった。


 残ったのは、意志を継いだ蒼太のみである。


 震える身体は立ち上がり、部屋へと向かいその様子を確認しようと脚は動く。


 が、その時、扉は開かれた。ゆっくりと手前に押されていくその扉の隙間から姉の顔が映りこんだ事で軽い悲鳴を上げてしまう蒼太。


 手を胸元に持って行き、腰が引けてしまった蒼太は数歩後退りをして、鬼から距離を開けた。


「蒼太?ご飯。今日は山盛りよ?完食しなくちゃ大きくならないし、わたしは討伐できないわよ?」


「は、はい」


 意志を継いだ蒼太は鬼に恭順する事を選んだ。


 討伐出来る日がやって来るのかは、その時次第である。


  ━ ━ ━


 暗がりにのみ明かりが灯る小さな小屋。


 辺りには家屋もなければ公園も施設も何も無く、街灯が怪しく光る中、ポツンと建っており、その小屋ではよく子供の笑い声が絶えないと噂があった。


 ある日、二人の男がその小屋の窓を覗いた。


 黄色に灯るその景色には、子供は誰一人としておらず、声はおろか住んだ形跡すらない。


 それに驚いた男の一人はその小屋へと入り、もう一人の男は小屋の外で朝焼けが昇り始めるまで待っていた。


 男は帰ってこず、不安になった男は警察官を呼んで戻ると、小屋は忽然と姿を消しており、悪戯として処理されてしまう。


 それから、消えた男は見つかっていく。


 別の事件で亡くなった人間の解剖の際に腸の中から腸が押し込まれるようにして発見され、それから事件が起こり、人が死ぬ度に人の遺体から人の肉、臓器、骨が見つかる。


 その数合計、七十八個。


 時期にして二年。それにも拘わらず、入り込んだ肉や臓器、骨は時間が止まったように腐っておらず、埋め込まれていたと言う。


 小屋の行方は未だに不明のままであり、小屋に入った男の殺害方法も解っていない。


 そして、何時からか『七十八区分け事件』として呼ばれるようになり、それは形や呼び名を変化させて【七八区】と呼ばれるようになった。


 これは、『空弩街七不思議、その二』に該当するお話である。

最後までご覧頂きありがとうございます。


今回の章はトッキー、サナ、椎奈他多数はお休みです。


ここから先はハードな展開続きます。


僕の指も火を吹きます。


それから、更新に波がある事をご了承ください。


予約投稿というものをしない病気にかかっている私は手動で最後まで投稿ボタンを押してしまうのです。


最低一日、最大一週間程の頻度で更新していきます。


誤字脱字はコメントして頂ければ幸いです。


間違ってるのは此方ですので、お気軽にどうぞ。


それでは、これにて失礼!

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