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この街は今日も語る  作者: 紫芋
軽井椎奈は語り合う

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20/38

こうして軽井椎奈は語り合う

これまでのあらすじ(簡潔的)


先輩助けて!→仕方ないなぁ。行ってやろう小学校→なんか、僕の知ってる幽霊じゃない⋯⋯→うげぇッ!どつかれたッピ!あ、死にそう⋯⋯→嘘つき!→後は、頼むだぁ⋯⋯(今ココ)


以上。

 慟哭が響き、嘆きは懺悔にもならず、悲鳴は因果の如く巡った果てである。


 それ故に、顔が爛れて生前の男とは様相が大きく変わったとしても憐れむ必要は無い。


 少なくても、この教室に居る者は皆、悲鳴を上げる男に同情はしていないのだ。


「アァァァァァァァッ〜〜!消エタク無イ!嫌ダァァァア!我ガ崇高ノ理念、礎ノ果テ!永劫ニ刻マレルベキ尊厳ト楽園ンンンン!試練ハ続イテイルノカアァァァァァァァーー!!」


 脚から崩れ始めたその身体は、歪な形へとなっていき、そして上半身、腕、顔面と徐々に上がっていく。


 男の声、それと合わせるように聞こえた女性の副音声はプツリと聞こえなくなり、遂に男は消えた。


 果たすべき試練は幕は閉幕を殉じた。


 克服は遂に男を超えて、少女の恐怖の対象に男は消え去った事の証明である。


 一方、微笑みを浮かべた少女とその身体に纏わる光は、月明かりに負けぬようにと光り輝く。


 輪郭が宿ったその光は、少女を包み込む。


 それを抱き留めて、必死に抵抗する軽井かるい椎奈しいなは慌てた様子で散っていくその光を掻き集めようとする。


 けれども、少女はその光と共に、泡沫の如く消えていってしまった。


 本当の名前だけ遺して、握られた手も、抱き留めた身体も全て散っていってしまう。


「そんなぁ⋯⋯嫌だよ⋯⋯。嫌だぁ」


 鏃が落ちた。握った手はすり抜けて、暖かい温もりを持つ自身の手は滑る。


 根源は絶たれた事により、校舎外へと脱出しても男に捕まる事も、少女が拐かす事も無くなったのだ。


 残ったのは、か細い息で血を口元から垂らす音と、ゆっくりと立ち上がった幸坂こうさか浩太郎こうたろう牧原まきはら逸花いちかは、廊下で身を縮めたままで、未だに事態を飲み込めない富宮とみや奏海かなみ武島むとう颯悟そうごの元へと歩く音。


 膝から崩れ落ちている椎奈は動こうとせず、無力感で俯いている。


 泣き止む様子がないと誰もが理解して彼女をそっとしておこうと無意識に放置するべきだと結論を導いた。


藍莉あいり、無事か?」


 後輩一人を置いて、四人で血塗れで倒れ込む桐江きりえじゅんの傍にくっ付いて離れない大洲おおしま藍莉あいりの元へと徐ろに歩いて行く。


「私は、大丈夫⋯⋯でも、じゅんが⋯⋯」


「まだ、息はありますよね?救急車を──」


「無理だ⋯⋯。この状態で今から救急車を呼んでどうなる?」


 浩太郎こうたろうの提案は颯悟により棄却された。ポケットに入っているスマホを取り出す動作は力なく取り下げられる。


 本来は怒るのが筋なのだろう。けれど、藍莉は既に話を聞いておらず、血で染まる事も厭わずに抱き締めている。


「⋯⋯ちょっと颯悟そうご⋯⋯」


「事実だろ⋯⋯」


 誰も何も言えなくなった。間に合わない。


 それは傍から見ても、知識が乏しい者でも感じてしまえる程の痛ましい傷であり、微かな息遣いも薄れていくのが耳に伝わっていく。


「俺のせいだ。俺が最後に脚を引っ張ったから⋯⋯。すまない、藍莉」


「なんで私に謝るの?」


「⋯⋯⋯⋯」


 無言になってしまう颯悟と入れ替わるように腕を怪我した逸花が准の方へと寄っていく。


「桐江くん!起きてよぉ〜。折角ちょっとは話す機会増えたのに!」


 普段の逸花からは想像出来ないほどに不安と心配が大いに含まれた声色は准の瞼を僅かに開けた。


「⋯⋯はぁ⋯⋯、まきは、ら。⋯⋯」


「准、もう喋らないで⋯⋯。お願い」


「桐江くん⋯⋯」


 逸花の傍に近付いた浩太郎。


 彼女の腕の心配もしている為、自然と横にピッタリくっ付いたような流れになり、しゃがんで准を見る。


「ねぇ、幸坂くんなら治せないの?頭良いんだし!」


「無茶を言わないでください。⋯⋯医術っていうのがどれほど難しいか知らないんですか?道具もない中、手術必須のこの状態で素人が下手に触る方が⋯⋯」


 語れば語る程声のトーンは沈んでいき、深海の最深まで行きそうな程で沈んだ時には言葉はなくなっていた。


 現状の准は誰から見ても危篤状態と言わざるを得ない。瀕死も瀕死で、息がか細くなっていき、弱く、萎れる寸前まで来ている。


「藍莉、お前。暫くここに居るか?」


「えぇ、当然よ」


「分かった。俺達は玄関近くにいる」


 各々が立ち上がり、教室を出ようとしている時、反対に教室に入って来た者が居た。


「先輩⋯⋯」


「軽井ちゃん」


 椎奈はサナの事ばかりに気を取られており、今は亡き男の直線上に准も居たのだが、体躯のデカさが邪魔をしてしまい、重体となっている事に気付かなかったのだ。


 ようやく落ち着き始めて、助けてくれようとした先輩へ礼をしよう。


 そんな時に視界に映るのは、死にかけの少年であるのだから、感情は更に沈む。


「⋯⋯紗奈恵ちゃんが居なくなって⋯⋯、先輩まで、そんな筈ないですよね?大洲先輩っ!何かの冗談ですよね?こんなの⋯⋯」


 先刻のフラッシュバック。優しい笑みと共に散った少女の顔が呼び起こされる。


 藍莉は既にどうする事も出来ないと察していた。


 抉られた脇腹から僅かに漏れる臓器を目撃してしまった時、彼女は諦めてしまっており、抱き締める事で自身を慰めていたに過ぎない。


「⋯⋯私が守るって言ったのに⋯⋯。何も出来なかった。何浮かれてたんだろ⋯⋯私」


 約束は果たされなかった。准自身も守ろうとしたのは颯悟と奏海であり、藍莉ではない。


 どちらであっても結果自体に変化はなく、ただ後悔する順番と意味が変わるだけの事。


 けれど、それは見ていた側は理解する事が可能でも、その現場を直接見ていない彼女に関しては違う。


 颯悟と奏海を守ろうとして傷付いた事なんて聞かされていなければ、聞こうともしていない。


「先輩!起きてください!また、また⋯⋯誰かが亡くなるのは、嫌なんです!お願いします!」


 かつての友人とダブる。記憶にある友人の死に目は知らない。


 だが、結果は伝わっている。恨まれて終わったという現実であり、懺悔のしようもない心の傷。


 それが今まさに、サナと続いて喪いそうになる事で広がっていく。


「軽井さん」


「ごめんなさい。なんだか、悔しくて⋯⋯。何も、何も、出来てないぃ。それが、嫌でぇ」


「そうね。本当に⋯⋯」


 流れる涙に偽りはない。悲しさもあり、悲痛さを表し、無念に嘆く。


 それ以上に、無力感と居た堪れなさが頬を濡らして止まらない。


 彼女の言葉が痛い程に伝わるのに、それが心に確かに響いてならないのに、どうしようもなく目頭が熱くなるのに、泣けない藍莉。


 既に涙は枯れきった。


 握られる手に温もりは消えていく。


  ━ ━ ━


 僕の意識は僅かに芽生えた。いや、覚めたのだろう。


 誰かが、泣いている声が耳に届く。


 初めは藍莉のものと思ったが、違うのだと理解する。軽井だ。


 死にたく無い。けれど、やれる事はやれたようにも感じる自分がいる。


 二人助けて、助言を残して、事態を沈静化させた。


 何か忘れているようにも感じるが思考が上手く回らない。なんだろうか。


 いや、今は目の前の二人だ。


 少なくても軽井に関しては、サナが取り憑いていたという事を除けば、事態は解消されると信じて、僕は()()()渡すつもりだった。


 上手くいったのだろうか。サナの姿は細くなる視界からは窺えない。


 きっと大丈夫だったのだろう。


 暗がりがまだ続いている。


 僕の体感時間だけで言えば、八時間は過ぎている感覚がしていたが、現実ではどうなのだろうか。


 もしかしたら、翌日にすらいっていない可能性すらある。


 まだ、軽井は泣いている。何かを言っているけれど、僕に向けてではないのは伝わる。


 目の前に居る人物に語っているようだ。つまり、藍莉だ。


 中々に力が入らない。藍莉の顔を見ようにも、視界が朧気で、歪んですら見える状況では、彼女の顔がしっかりと映し出されない。


「⋯⋯あ、あい⋯⋯」


「どうしたの?」


「⋯⋯僕は、⋯⋯し、ぬ⋯⋯のか?」


「大丈夫よ。すぐに助かるから⋯⋯。きゅ、救急車だってすぐに⋯⋯」


 存外早い到着になりそうだ。それがあの世行きのバスではない事を願いたい。


 嘘だと分かるその言葉に僅かに微笑む僕に顔を近づける彼女が微笑む。


 感覚が殆ど無い。けど、温もりは手から伝わる。


 不思議な感覚で、中に溶け込んでいるかのようだ。


 その藍莉の表情は見覚えがある。


 一年前の春、僕が妹に対して諦めかけた時と同じものだ。


 心底、思い描いた理想と起こってしまった現実との違いと路頭に迷ったような感覚。


 地に足が着かないような脳の思考放棄具合は今でも思い出せる。


 手を動かしたかった。そんな顔をして欲しくないと。


 けれど、上げる事はおろか、ピクリとも動かないその腕は木偶と化しており、眉間に皺を寄せてしまう。


「あい、り⋯⋯手を⋯⋯あた、ま⋯⋯に」


 どうしてそう言ったのかは分からない。


 直訳してしまえば、藍莉の手を自身の頭に乗せるか、僕の頭に彼女が触れられるだけだろうに。


 けれど、彼女は僕の手を自身の頭に乗せて、しがみつくようにして身体に頭を乗せた。


 柔らかい髪の感触。そう言いたかったが、感覚がない。


 せめてもの抵抗のように全力で振り絞った力は全て左手に注がれるようにして、僅かに左右に振れる事が出来た。


「⋯⋯っ!」


 驚いた様子で顔を上げた彼女は、破顔して、顔を近付ける。


 抱き締められた。けれど、体温はもう感じない。


 痛みが増した。腹部の奥がズキリと身体を雷鳴の如き勢いで走り回る。


「⋯⋯うぅっ!」


「あ、あぁ!ご、ごめんなさい」


 そうじゃない。謝って欲しいんじゃないんだ。


 僕は笑って欲しいんだ。


 せめて最後ぐらいは笑ってくれないと、あの日、助けた意味が無くなる。


 必要だと信じた行動の結果。


 僕視点の彼女の最後が、悲しみで終わる事を否定したかった。


 どうしてだろうか。


「⋯⋯た⋯⋯はぁ、はぁ。す⋯⋯」


「⋯⋯」


 生きたいと願わざるを得ない。


「せめて老衰まで生きて欲しい」という、その気持ちが分かってしまった。


 あの日、彼の言っていた言葉の意図が分かってしまった。


「え?」


 これほどにまで、笑顔を失わせてしまうのが怖いと感じた事がなく、知らなかった。


 助けた者としての重圧を。


 彼の言っていた『気持ち』の話。


「すぅ⋯⋯けて、くれ──」


 だから、呟いた。決して、教室にいる彼女等に向けて言った訳じゃない。


 僕は見届けたいんだ。彼女の後の様相を、生き方を、在り方を。


 語りたいんだ。この街で。


 そうでなくても、この世界で。僕は生きて、彼女達と生涯を生きて、これからの事もそれからの事を語りたいから、お願いをした。


 影が現れる。月は雲で隠れているのに、それすら意味を成さない存在感が僕の頭部のすぐ側にやって来て、見上げる。


 彼はやって来た。


「はいはい、助けるよぉ〜。今回でもう終わりだけど、な?」


 涼やかな表情で、歯を少し見せて不敵に笑う彼を目視して、僕は安堵してしまった。


 それだけ、彼の存在が大きく、信頼に足るものだと僕自身が何よりも驚いている。


「あ⋯⋯え?何処から⋯⋯」


 軽井が突然やって来たその男に驚く。それはそうだろう。


 窓ガラスも割れているが、入っていこうとすればそれだけでガラス片を踏み抜く音がしなければ普通はおかしい。


 更に言うなら、彼は忽然に、唐突の限りで出現したのだ。


 見慣れてなければ驚くのは当然だろう。


「誰?!」


朝倉あさくら拓也たくやくんでぇ〜す!ブイ!」


 藍莉が僕を庇うようにして警戒する。


 軽い口調が鼻につくのは事実だが、「大丈夫だ」と言ってやれない自分が不甲斐ない。


 いや、むしろムカつくかもしれない。


 何せ、瀕死の僕の上で、手を伸ばしてブイサインしているのだ。


 状況を見て欲しいものだが、分かった上でやっているのも察せれてしまえるのが、僕も慣れたのだと感じれてしまう。


「貴方が?」


「そうですよ?なにかご不満がおありで?」


「何しに来たの?⋯⋯」


 瞬間、僕の身体は一気に軽くなった。


 いや、そうではない。『普通』に戻っていくのだ。


 傷は巻き戻るように潰れた皮膚や肉が僕の中に入っていき、血液は床に付着して固まり始めていたのに、液体に戻って血管に収納されていく。


 破れた衣服も、付着した血も全て、元通りとなって、意識は徐々に開花する。


「逃げろ!藍莉!」


 武島が叫ぶ。藍莉の事になれば誰よりも感情的になるアイツは今日も今日とて元気である。


 僕はアイツにまだ、感謝されてない気もするがこの際、もういい気がしてきた。


「はい、治った」


「「「はっ?」」」


 軽井、富宮、武島が教室の出入り口で唖然とした様子でハモる。


 起き上がった僕は身体を見回す。


「嘘⋯⋯」


「せ、先輩!⋯⋯え?あれ?!」


 両隣に居る彼女達が、驚きで僕を凝視する。


 瀕死の重傷を負った人物が突然、飄々と立ち上がったらそうもなるのだろう。


 けれど、しなければならないのは、僕の背後に居る治療してくれた人物に対してだ。


「ありがとう、朝倉さん。今回ばかりは助かったよ」


「気にするな。⋯⋯リップサービスだ。だが、これ以上は無い。ミリオネアみたいな三回チャンスを今回全て使い切ったんだ。俺は今後、お前が死体になっても容赦なく切り捨てる。良いな?」


「うん」


(ミリオネアってなんだろう⋯⋯)


 なにかの番組なのだろうか。朝倉さんって古い人なのかな?


 首を傾げる僕の身体をペタペタと触り、擽ったさでその方向を見ると、藍莉が未だに不思議そうにしていた。


「藍莉、僕はもう大丈夫だ。心配かけた⋯⋯」


「⋯⋯っ。本当によ!」


 両肩を掴まれて、不安の音を上げる彼女に僕は何も言えない。


 心配を掛けた事実と、巻き込んだ罪悪感は心の中でせめぎあってる。


 僕の落ち度で、僕の不手際の結果なのだろう。


「⋯⋯ごめん」


「⋯⋯⋯⋯無事で良かったわ⋯⋯。本当に」


 胸元に頭をポンと乗せる彼女の頭を優しく撫でる。


 きっと、僕は運が良くて、偶然に恵まれている。


 でなければ、僕は。ここに居ないのだから。


「うん」


 嬉しそうに微笑む軽井。牧原と幸坂が武島、富宮を押し退けるようにして駆け足気味で此方こちらに迫り、後を追うようにゆっくりとその後を追う二人。


「本当に⋯⋯治ったのか?!アレだけの怪我をして?」


「俺が嘘吐くかよ。『火炎鳥くん』」


「え?かえん⋯⋯どり?」


 理解出来ないといった様子の武島は、怪訝そうな表情をして朝倉さんを見た。


 僕と彼、そしてトッキー程度しか知らない出来事とその根幹の名前を出されて思わずアタフタとする僕。


「まぁ、いいか」


 呆れた口調で武島を見つめる事をしなくなった朝倉さんは、少し鼻で笑っていた。


 僕は朝倉さんを見た。彼がそれに気付いて、僕を見る。


「⋯⋯少年。前に言ってた事、叶ってるんじゃないか?」


「⋯⋯そうかも」


 一年前、何気無しに言った言葉を彼は今でも覚えている。言った本人である僕もまだ記憶にある。


 きっと、僕達はこの光景とその会話も、覚えているのだろうと、信じたい。


  ━ ━ ━


 校舎の修復、遺体のその後の事は拓也が一任する事となり、准達は各々の家に帰った。


 結局、それ以外にする事が無かったのだ。


 最初に別れたのは、浩太郎と奏海である。


 准達の家、颯悟達の家から反対方向にある事もあり、彼等は手を振って別れた。


 決して、笑みなどは浮かべない。あれだけの事があり、笑顔で帰れるのは驚嘆の限りであるが、豪胆とも言えるのだろうか。


 いずれにしても、二人は疲れた様子で別れて行った。


 次に離れたのは颯悟である。多少言いたい事、言っておきたい事があったのだろう。


 モゾモゾとした様子で三人から離れる気もないように受け取れるその行動を准は軽く一蹴して、帰らせた。


 不服そうながらも起きた事が起きた事である為に、大人しく従うに留まった彼は何かしらのアクションもせずに背を向けて、小さくなっていく。


 それを見届けた三人。椎奈の自宅も付近という事で、別れる事となる。


「先輩、サナちゃ⋯⋯紗奈恵ちゃん。成仏しました⋯⋯」


「あぁ。⋯⋯そうだな」


 直接見た訳では無いが、鏃を渡したのは准である。


 当然、事の顛末や何が起こるかの予想や推測の類いは立てていた。


 そして、その通りになったのだ。


 もう、あの小さな手を握る事は無い。


 本来あってはいけない、その手は、准達は握る事は無いのだ。


「私、何かもっと⋯⋯出来る事ってあったんでしょうか⋯⋯。もっと⋯⋯」


「⋯⋯最後に笑顔なら、それでいいんじゃないのか?」


「え?」


「結局の話。笑った者勝ちって奴だろ?人生って。『幽霊』の人生観は知らないけど⋯⋯。でも、人だった事実は残ってる訳で。⋯⋯だから、笑った者勝ちなんだと、僕は思う」


「最後、ですか」


 雨が降ってきた。頭を濡らして、肩を濡らす。


 玄関口に置きっぱなしとなっていた鞄に入っていた折り畳み傘を広げる藍莉は、軽井に渡して、頭を撫でる。


「私は詳しくは分からないけれど、あの子、最後は笑っていたわ。貴女に名前を呼ばれてね」


「⋯⋯先輩」


 一瞥したその光景。准を抱き留めている際に消えて消滅しようとしている男の直線上に居た少女。


 黒のワンピースは金色に輝き、白に髪は揺れて、横顔だけでも分かる、朗らかな笑顔が藍莉は焼き付いている。


 それを目の前で見た椎奈が分からない筈が無い。


 ちゃんと、彼女も分かっている。ただ、大切にしようと思い始めてから失うまでの速度あまりにも早く唐突ですらあったのだ。


 少女の覚悟と彼女の葛藤。決めるまでの早さと遅さ。


 見合った報酬等がある筈も無く、雨が参加賞のように当たってくる。


「あの子を笑わせたっていうのは、貴女は誇りに思わなきゃ、あの子も報われないわよ?」


「⋯⋯はい」


 納得はしきれなかった。けれど、受け止めなければならない事なのだと、言い聞かせるように、唇を噛み締めて、一礼だけして去った。


「⋯⋯軽井、大丈夫かな?」


「大丈夫よ。彼女、思った以上に胆力あるんだから」


「そうか」


 准は彼女の先輩ではあるが、部の先輩ではない。


 彼女の方が准と比べても付き合いはある方だ。


 だから、彼女の言葉を鵜呑みにした。鵜呑みにするしか無かったのだ。


 傘は渡して、濡れながら帰る二人。痛みに比べれば大雨なんてものはこそばゆい程度の事。


 悲痛な懺悔に比べれば、雨なんてものは弱者の弱音程度のもの。


 二人は手を繋ぎ、自宅へと帰って行った。


 学校の屋上でその様子を眺めていた拓也。


 雨には打たれていない。彼の力が雨を阻害して、彼の周囲一メートルは全く揺れてもいない。


「⋯⋯鏃持って帰れよな⋯⋯。ったく」


 手に持っているのは鏃。そして、()()()である。


「⋯⋯やっぱり、この街はイカれてるな」


 あくまでも人間観点としての総評。


 朝倉拓也という一種の怪物からすれば、この街はチンケでチャチで見渡すにも価しない程度の街。


 けれど、それでも彼はここに居る。しなければならない事の為に。


「⋯⋯ん?なんだ、来たのか?早かったな。彼処は当たって無いから行ってこい」


 後方で誰かが現れた。それを一瞥をする事なく言うと、その人物は去って行く。


「⋯⋯ふっ」


 鼻で軽く笑った拓也は亜空間から花束を取り出して小学校の廊下に置いた。


 少女の亡くなった場所に。


 小さな命が確かに散った場所であり、悔やまれた場所。


「次の生に幸あれってね」


 暗がりの教室を眺めて、一つの影が蠢いたのも見た拓也は、そこを振り返る。


「アァァァァァ⋯⋯」


 准達が玄関口で出会った『幽霊』であった。


「ふっ。アイツらが消えたから、自由になったのか⋯⋯。玄関でわざわざアイツらに姿を見せて何がしたかったのかは知らんが、よく生きてたな?」


 蒼白の顔色。瞳を目開いて、凝視する。逆さ吊りのその『幽霊』は腕を脱力しきっているのか、垂れ下がった状態で拓也の話を聞く。


「アァァァァ⋯⋯」


「⋯⋯殺さねぇよ。お前は()()が過ぎる。居ても居なくてもどっちでもいいぐらいにはな」


「⋯⋯プォワァァ」


「⋯⋯かもな。⋯⋯あ!そんな心配なら、この裁ち鋏の出処、調べてみてくれない?」


「⋯⋯ゾゴォォオ?」


 怪訝そうな雰囲気を漂わせる『幽霊』は天井へと消えそうになるのを、手を無理やり引っ張る拓也に止められる。


 飄々な態度で掴むその手は悪意を感じるも、『幽霊』は何もしない。


 否、出来ない。したが最後、殺される事を分かっているからだ。


「だっておかしいだろ?裁ち鋏は殺人鬼を殺した凶器で、それ持ってこの世に来たんだろ?俺の攻撃はアイツの魂を突いて、成仏云々関係なく殺した訳だが、アイツの象徴の一つとなっているこれも連鎖的に消えないと本来いけない訳だろ?」


「⋯⋯⋯⋯」


「怯えるなって。帰ってこないから。⋯⋯ただ、面倒な事をしてる馬鹿は居るっぽいな。⋯⋯多少の間はここに居るが、何時までも暇って訳では無いからな⋯⋯だから、頼むよ?なぁ?」


 怯えているのは殺人鬼にではなく、拓也にという事を本人は気付いていない。


 朗らかな笑顔で掴んだ手を離して、頼み込むように手を合わせる拓也にキョロキョロと視線が泳ぐ『幽霊』は諦めたようにガックシと首を上げた。


「⋯⋯ぅぅぅ」


「嫌そうにするなよぉ〜」


『幽霊』はこうして自由を手にして、『悪魔のような奴』の使いっ走りとして活動を行う。


 拓也は『幽霊』改めて『振子ふりこ』と名前を勝手に付けて、既に修復し終えた小学校の校舎を後にした。


「じゃあ〜な〜!振り子の振子〜!」


「ギィィィィィィッ!!」


 その三日後、校舎に溜まった遺体は森林地帯で傷がない状態で発見されて一時期騒動になるが、それはまた別のお話。



  ━ ━ ━


 少年の今日は早かった。


 蒼太の送迎をする藍莉と意図せず別行動をする事となっており、何時もよりも一時間早く学校に到着して、教室へと入る。


 何故そうしようとしたのか、少年は分からないが、そうした方が良いという、なんとも言えない理由で早めの登校をした。


 嶺二れいじに言い訳をする時間が欲しかったのかもしれない。


 一律にやってくる時間の流れを制御出来る後輩はまだ来ていないし、准には時間の掌握は出来ない。


 けれど、都合の良い言い訳を並べ立てるにはまだ時間が掛かりそうであり、机の上を呆然と眺めているだけでは決して解決出来ない事なのだと知っている。


「⋯⋯⋯⋯」


 何気なく、黒板を見る。日直の欄に書かれた名前に『睦生むつき嶺二れいじ』と書かれており、慌てた様子で立ち上がった。


「帰って来ても⋯⋯、う〜ん⋯⋯。逃げるか⋯⋯」


 教室を出た。早い話、准は気まずいのだ。


 嶺二が来るのは当然として、准は彼が来ないであろう場所を探す事となり、階を降りる。


 一階の教室には誰も居ない。日直を任されている生徒は来ても良い時刻ではあるが、職員室に居るのだろうか、姿が見えない。


 逃走犯になった気分で、身体がゾワゾワとする中、目的は依然変更なし。


 辺りを散策しようと階段を下りてすぐの曲がり角で生徒と衝突しそうになり、それを避ける。


 准は防火扉に背中を打ち、その生徒は迂回するかのように脚をバタバタと言わせながら床を蹴っていく。


「うわぁっ!ご、ごめんなさい⋯⋯。先輩!何してるんですか?日直ですか?」


「⋯⋯軽井。⋯⋯僕は違うがお前はそうなのか?」


 ブロンズ色に染めた髪に、伸びた髪を耳よりも僅かに下辺りで赤いヘアゴムで二つ結びにしている軽井椎奈が驚いた様子で准の顔を見上げる。


 手に持っている日直に必要な連絡板を持っており、それを両手で回して遊びながら准の会話を聞いていた椎奈は先程とは売って代わって落ち込んだ様子を見せ始める。


「はい。日直である現実に打ちひしがれて、ここまで来ました⋯⋯」


「別にこの世の終わりのような顔しなくっても⋯⋯」


「朝から支度が面倒なんですよぉ!」


 嘆くように声を出した椎奈を准は決して慰めない。


 理由は簡単である。知ったこっちゃないからだ。


「はいはい。女性は大変だねぇ〜」


「軽く言ってますけど、先輩はそれに付き合わなきゃいけないんですよ?」


 指を突き出して、差すようにする椎奈。


 言葉の意味が分からない准は怪訝そうにしている椎奈を見るも、やはり表情だけでは意図は掴み取れず。


「ん?なんで?」


「だって、先輩って大洲先輩と付き合ってるんですよね?デートとかだと支度に時間掛けるじゃないですかー」


「僕は別に藍莉がすっぴんで外出しようと構わないけどな」


 自信満々に言う准に呆れた顔を見せて、首を横に振って「やれやれ」と口にする椎奈。


 それが鼻についた准は不機嫌そうな顔をするも、彼女の表情を見ると、憐れみにも近い視線を送っており、それに少し不可解さを滲ませた。


「それ、言わない方が良いですよ?」


「え?」


「だって、化粧をする苦労も知らない人に化粧の何たるかを問われたく無いですし、しなくてもいいって言い方変えたら『お前のこれまでの苦労無駄だー』って言われてるようじゃないですか!」


「⋯⋯そんなものか?」


 女性の機微に疎いというのでもなく、純粋に知らないのだと分かっている椎奈からのアドバイス。


 その助言は女性だから分かるというのではなく、化粧を嗜んでいる者だからこその意見なのだろう。


「じゃあ、気を付けるよ⋯⋯」


「はい、そうしてくださいね!」


 こうして椎奈と別れた准は再度目的でもある快適かつ、一人で考えられるスポットを探すのだが、通っている学校が平凡故に特別何かがある訳でもない為、校舎の周りをグルグルしているだけに留まっている准は最後に余らせていた候補のベンチに向かった。


 少女と話した場所でもあるその場所。


 身体を掴んで椎奈に押し付けた場所でもあるその場所は少し順を億劫にさせる場所となっていたが、致し方ないといった様子でその場所へと脚を運ばせた。


 陽射しが差し込むそのベンチは昨日の雨で濡れている。


 そう思っていたが、全くもって濡れていなかった。


 辺りの地面や乾ききらずにアスファルトと影に隠れて水溜まりを付近では形成されている為、この地点だけが雨に打たれなかったという事はない。


「どうなってるんだ?」


 気味悪くも感じたが、座れるなら座ろう。そんな感覚で座った准は、空を見上げて、暖かい風が身体に当たるのを心地良く、甘んじて受ける。


「サナ⋯⋯死んだんだよなぁ」


 厳密に言えば准が出会った頃には既に死んでいるのだが、少年からすれば関係ない。


 視えているのなら、その時点で『在る』という事なのだから、存在しているのと同じで、生きているのだと仮定も可能で、准はその意図で口にしていた。


 朝倉拓也に言わせれば「違う」と言われるのだろうが、本人は居ない。


「⋯⋯」


 鏃を渡した事で亡くなったのなら、自身のせいでもあるその死を悼むには何をすれば良いか。


 准は考えて、考えて、黙祷した。


 遅すぎる黙祷なのかもしれないが、それぐらいしか無かった。


 都合の良い行為であり、死なせる要因を使わせた准自身であると本人も分かっている。


 けれど、『幽霊』に『現象』と二つの危険が迫る中、凡夫である自身に出来る生きる術、皆を生かす術がアレ以外に無かったのもまた事実。


 悪い事をしたと分かっていても、手の打ちようが無かった中、やれる事をしたのだ。


 だから、少年は目を瞑り、暗くなった視界は意識を集中させる。


 出会った時間から、触れ合った時間、最後の少女の言葉もロクに聞いていないが、接した僅かの間に生まれた繋がりを慈しんでいるのもまた事実なのだ。


 悼む気持ちもそれ故にある。


「せん、ぱっ⋯⋯い!」


 椎奈の声がして、目を開ける。声の方向は右側。


 黙って、その方向を見る准。


 椎奈は驚いた様子で近付いてくる。ゆっくりと、ゆっくりと。


「どうしたんだ?忘れ物でもしたのか?なにかしらの貸し借りの覚えも無いが⋯⋯」


 椎奈自身。日直の仕事が一段落して、話し相手程度に准を探していただけに過ぎなかった。


 その筈が、予想外の出来事に出会してしまい、思わず声が上擦りながら、准の事を呼んでしまう。


 彼女は何も言わない。言わないが、指を差した。


 その方向へと向き直る。向きは左側。


 何も言わずにその方向へと顔を動かした准は数秒、口を軽く開けて停止した。


「⋯⋯サナ?」


「はい」


 黒いワンピースに白い髪、素足で華奢な体格の小学校低学年くらいの女の子。


 知らぬ間に忽然と、突然と現れたその少女は准の傍で座っていた。


「紗奈恵ちゃん!」


 一気に駆け出した椎奈はサナの目の前まで行くと、徐ろにその少女の頬に触れる。


 冷たい感触と、もっちりとした人肌。


「⋯⋯本物なの?⋯⋯だって⋯⋯」


「『幽霊』はお願いを叶えないとジョーブツしないんだよ?」


「⋯⋯⋯⋯。先輩⋯⋯?」


 怪しむように准を睨み付けるものの、准自身も完全に知識として成仏の観点は抜け落ちていて、知らなかったのだ。


 鏃によって少女は消滅したと思い、二度と出会わないものだと確信的なまでに思っていたのだが、完全に意表を突かれる結果となってしまい、准も驚きが隠せずにいる。


「いや、僕も予想外だっ!え?なんで?!」


 数秒、事実確認をするように睨み続けていた椎奈ではあったが、「そうですか。すみません」と呟くと少女の方へと改めて向き直る。


 期待を大いに含んだ眼差しをしながら。


「⋯⋯紗奈恵ちゃん、なんだよね?」


「はい!」


「なんだか分からないけど、分かんないけど、良かったよ⋯⋯良かったぁ⋯⋯」


 その言葉の後、そっと少女を抱き締める椎奈。


 されるがままに抱き締められて、彼女の背中に手を添えてその温もりを感じる少女はありのままの子供のようであった。


「でも、成仏できなかったのか⋯⋯」


「良いじゃないですか?!それとも紗奈恵ちゃんが居ると不利益があるんですか?」


「いや、無いけど」


 復活した構造と理由の究明をしようと一度思考を巡らせる准であったが、一向に意味が解らず、結局、その思考を放棄して、抱き締められているサナの頭を撫でた。


 それに気付いたサナは椎奈との距離を離して、頭を黙って撫でており、嬉しそうに目を閉じている。


「犬かな?」


 ふと、そんな感想が出てきてしまい、ムッとした様子で准の脚を手で叩き出す椎奈。


 されるがままに叩かれる准は、身体を僅かに揺らされていく。


「なんて事言うんですか?!」


「サナ、犬じゃないよ?」


「比喩表現だ」


「ひゅーひょーげん?」


「偉いね!そうだよ!」


「⋯⋯軽井、子供に甘いだろ?」


「紗奈恵ちゃんに甘いだけですよ!」


 准がベンチの右端まで移動して、サナが詰めて、椎奈がベンチの左端に座り込み、サナを自身に引き寄せる。


 温かい体温を感じて口角が少し上がる少女は窺うように彼女を見た。


 それに気付いた彼女は返すように微笑み、その存在が確かにあるものだと強く認識する。


「あのね?紗奈恵ちゃん。私、お話したい事、一杯あるの」


「どんなお話?」


「紗奈恵ちゃんが生きてた頃と違って今の世の中娯楽で溢れてるんだよ?紗奈恵ちゃん折角、今いるんだから楽しまなきゃ!ね?」


「⋯⋯うん!」


『幽霊』を恐れて、怖がり、近づか寄ろうとしなかった彼女。


 誰よりも少女を見て、案じたその彼女は今、少女の傍で嬉しそうに笑っている。


「お兄さんも一緒に聞こ?」


「⋯⋯そうだな」


 予鈴まで、後三十分。


 温かい風が舞い込むベンチで並んで三人。


 朝の静けさは徐々に賑やかな雰囲気を滲み出す中、こうして、軽井椎奈は少女と語り合う。


 これからの話、これまでの話。


 語り合う最中の少女は嬉しそうで、語っている話に受け答えをされた彼女は微笑む。


 それを見ている准は満足そうな顔を浮かべているのであった。

『こうして、軽井椎奈は語り合う編』はおしまい。


そして、謝らなければならない事があります。


七不思議を全部回収しないかも〜、するかも〜、と言いましたが、細分化させてもらいました。


言い訳はしません。尺稼ぎです。


後、純粋に、即興で作った七不思議⋯⋯。内容考えれば考えるほど付け足そうとしてそれだけで一話分終わりそうだったので、かなり分けました。


次回は裏道話です。


そして、次章は超能力者のご登場だぜ!レベル5のような奴らは出ません。

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