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この街は今日も語る  作者: 紫芋
軽井椎奈は語り合う

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16/24

入口

 軽井かるい椎奈しいなが目覚めたのは、教室の中である。


 一気に開けられた瞼と立ち上がる姿勢。


 口元にガムテープと縄。手首は後ろに、脚は体育座りのような体勢で巻き付かれており、ご丁寧に足首にも巻かれており、身動きは取れそうに無かった。


(なに?!どうなって⋯⋯。え?これ、サナちゃんが言ってた。てことは私、殺されるって事?!)


 本人の体感時間は本当についさっきの事であり、ここに連れ出された記憶も無ければ、何処かも分かっていない。


 けれど、状況が聞き及んだものと酷似しているのは理解した椎奈は、辺りを見渡していく。


『マッキー』なる存在は見つからない。


 見渡した結果、そう判断して、後ろで縛られている腕を強引に縄を引き剥がそうとするも全く微動だにせず。


 近くにある物を使おうにも、脚は固定されており、歩けない。


 ならばと、這いだした椎奈は、芋虫のように床を這う。


(絶対に死んでたまるか⋯⋯!死ねない!死にたくない)


 真っ暗な教室の中、多少目が慣れ始めた程度では、建物の全容は掴めずにいる。


 けれど、反射する窓の明るさがその出口を指し示すように教えてくれた。


 脚で力の限り開けようとするも、ガンガンと音を鳴らすだけで動く気配は無く、苦い顔をして、その扉の上を見る。


(鍵⋯⋯やっぱり掛かってるか⋯⋯。もおぅぅ!)


 こうなればヤケだとばかりに扉を身体を使って叩き始める椎奈。


 微動だにしない扉とそれでもと対抗するものの焦り出す准奈は床を這う時に聞こえた袋の音で動きを止めた。


「んん?んんん?!」


 じゅんから渡されていた物が確かにあるのを思い出した椎奈は、急いでそれを取ろうとするものの、腕を後ろにされている時点、容易には取れるはずも無く、どうするか悩んだ末、取った行動は。


 ジタバタする事であった。


 厳密に言ってしまえば、体育座りに近い姿勢にさせられている彼女だが、ブレザーのポッケには脚が当たっておらず、これでもか後転していく。


(痛い!!痛いよぉぉ!手を使わないってこんなに首も身体も痛いの?!早く、落ちてよぉ!)


 時に壁に脚を掛けて、身体を振るようにして、時に後転や、前転。


 手が使えれば済む作業をジタバタしながら行い、汗が滲み出ている頃、カランと音がした。


「んんんん!」


 遂に袋は落とされた。


 その鏃を後ろ手となっている状態で掴み、袋から僅かに出た鏃を縄へと当てていく。


 指に入る力がこれでもかと鏃に加わっていくものの、彼女にとってはそれどころではなかった。


 確実に縄を削るような音が耳を響かせて、安心感が精神に飽和する。


(助かる!後は、二人を助ければ⋯⋯。ううん。まずは先輩と合流しないと⋯⋯)


 ブチッという切れた音と、苦しかった手首は一気に軽くなる。


 急いで手首に絡まった縄を全て解き、脚に縛られた縄を解く。


(固い!というか、何この結び方?!)


 括られた縄の玉が脚の内側にあり、形はよく分かっていないが、明らかに適当に縛ったとは思えないほどに固く固定されているその結び方に辟易した椎奈は鏃を使って、脚の間にある僅かな隙間を活用して縦に切っていき、三分して、バサッと落ちていく縄を見て、安心したように口元にある縄を切っていく。


(早く行かないと⋯⋯。早く行かないと)


 ガムテープを剥がし、そして、徐ろに立ち上がっていき、扉の鍵を開けた。


 ゆっくりと開けたその扉からひょこっと顔を出して行く椎奈は左右を確認していき、脚を廊下へ踏み出した。


 その瞬間。体躯のデカイ黒い影と二つの瞳が目の前を身体を貫通して通り過ぎて行く。


「うわぁっ!」


 慌てて身体を縮こまらせて、瞼を閉じる。


 そして、背後から何かの話し声と物音がし始めて、ゆっくりと瞼は開かれて、その方向を見た。


 そして、その影は小さな女の子のような影と何やら話している様子が映り込む。


「なにこれ⋯⋯」


 その光景は至極単純なものであった。


 影が女の子のような影を殴り付け、そして気絶したのか動かなくなったその影に持っていた鞄から取り出した縄を持って小さな女の子を縛っていく様子である。


「お姉さん」


 不意に掴まれた左手首。その掴まれた箇所を見つめて、掴んだ人物を、恐る恐ると見た。


「はっ!っサナちゃん⋯⋯」


「⋯⋯行こ」


 教室で繰り広げられている影の光景。


 不思議な事で、暗闇だと言うのに、輪郭がしっかりと象られており、その光景には神秘性すら感じていた。


 けれど、その光景には目新しさはあっても、感涙する事もなければ、驚愕といったものは椎奈には無い。


「⋯⋯あれ、サナちゃんなの?」


「うん。⋯⋯もう来るよ」


「え?」


 泣き叫ぶ声が木霊する。


 口元を縛られて、閉じられて、篭ったその悲鳴は悲痛さと死への警鐘カウントダウンにも聴こえた。


「この影って私がここに来たから出た現象だから。『あの人』は別にいる」


「⋯⋯先輩は?」


「先に行けって」


 床をジタバタとする音が響く。


 必死に瞼を閉じて、脚が床を踏み抜いてしまうのではないかと思える程に強く叩かれる。


「じゃあ、来るんだね⋯⋯。揉めてそうだったけど⋯⋯」


「うん。早く逃げよ」


「うん」


 机に何かが叩き付けられる衝撃音と倒れる音が響き渡り、椎奈の身体は震え出す。


 目の前に居る少女の過去の出来事。


 それが嫌なくらいに脳へとイメージが流れ込んでいき、唇を噛んだ。


 けれど、脚は止めてはいられなかった。


 走らなければならない。だから、二人で駆け出そうとした。そう、したのだ。


「アレェ?十一番チャン、ナンデ逃ゲルノ?」


「『あの人』だ」


「ホントニサァ。ダメダヨ。逃ガシタラ。今日ノ百八十四番目ナンダカラ」


 ノイズのようなものが多少混じりながらも耳にはその声がしっかりと伝わっていく。


 足音は鳴らない。


 けれど、確かに居ると感じさせられる圧迫感と寒気が椎奈を襲う。


 そして、階段から上がって廊下へと全容を見せた。


「⋯⋯嘘、っ女性?!」


「『マッキー』は女の人⋯⋯だから」


 口元が血で濡れて、水色の半袖の服に着いた返り血は下手くそなデザイナーが仕上げましたと言わんばかりにベッタリと付着して、ポニーテールの髪は肩に掛かって、それを首を回して後ろにやる。


 手に持っている裁ち鋏は『切る』では無く『刺す』かのような持ち方であり、虚ろな瞳が怪しく光る。


「君ィ。ソッカ。アノ子達と一緒ニ居タ、生徒サンダヨネ?嬉シイナァ。僕ニ切ラレニ来テクレタンデショ?ズット待ッテタンダヨ?」


「⋯⋯なんで、私を⋯⋯」


「エェ〜。理由ハ無イヨ?二人のツイデダカラネ。僕ヲ見タ奴ラハ殺ス。完全犯罪の為ニ。ソレッテ、素晴ラシイ事ダッテ思ワナイ?」


 ジワジワと短い歩幅で寄ってくるのに対して、後退りでサナの腕を掴もうとする椎奈。


 決して視線は外さずに、目の前にいる殺人鬼を睨む。


「思いません!逃げるよ、サナちゃん!」


 掴んだ小さな腕を決して離さないようにと、強く掴んだ。


 椎奈とサナは殺人鬼から背を向けて廊下を掛けて行く。


「ヘェ〜。十一番目ヲ連レテ行クンダ⋯⋯。フィィヒッヒッヒッヒッ」


 愉快な笑いは校舎全体に伝わっていき、そこら中にある影から人の手が躙り出てきた。


「ハァァァァ〜〜〜〜〜〜〜ッ!」


 甲高い叫びは、影から虚ろなソレはその輪郭を確かに持って、現われさせた。


 影は減っていき、歪な影の作りはほんの少しだけ、元に戻る。


  ━ ━ ━


 小学校の正面玄関前。舌を鳴らして、露骨な苛つきを見せて、扉を叩いた准。


 夜の校舎が開放されている訳も無く、鍵が掛かった扉の前で立ち往生する羽目になっている准達。


「おい、いい加減に教えてくれないか?何がしたいんだ?さっき居た後輩。あの子と関係あるのか?」


「⋯⋯」


「ちょっと!颯悟そうごが話し掛けてるでしょ?何が言いなさいよ!」


 奏海かなみの金切り声にも等しい怒声は皆を一様に准へと注視させた。


 決して、彼女の言葉で動かされたので無い。


 動いたのは、皆の視線が痛かったからだ。


「⋯⋯武島むとう


「なんだ」


「僕はお前を脅せる要素がある。それを皆にバラされたくなかったら、嶺二れいじを連れてここから離れろ」


「はぁ?!何を言ってるんだ?」


 准そして、常盤ときわ美羽みう朝倉あさくら拓也たくやしか知り得ない一つの事実カードが、まだある。


 去年の夏休み前に起きた一つの事件。


 不思議にして、不可思議にして、不可解な事件の顛末は呆気なく終わったあの事件の爪痕は未だに遺っている。


 そして、その関係者に値する人物はまだ、准の言葉の意図に気付いていない。


 たとえ、気付いたとしても、バレないと思われているのだ。


 本人は完全に成しきったと、そう思っているのだから。


「七月十──」


「っ!!?分かった!⋯⋯。分かったから、頼む。言わないでくれ」


 明らかに挙動不審な態度を取る颯悟に、後ろに居る皆は当然、訝しむ。


 訝しみ、それを起こした実行犯に視線を向かわせていく。


 必要な事は簡単だ。そう、正論である。正論は何よりも正義に等しいのだから、使わない手はない。


「ちょっと、颯悟?⋯⋯アンタ、脅しとか最低じゃない。事情話せば済む事でしょ?」


「武島、頼んだぞ」


 けれど、正義にも弱点があった。


 圧制と圧殺である。圧倒的なアドバンテージを得た気になっている准は話を強引に切り上げて、颯悟に嶺二を託そうとする。


「待ってくれないか?」


幸坂こうさか?」


 そう、彼が来なければ、それは叶っていただろう。


 けれど、彼は。幸坂こうさか浩太郎こうたろうはこの中で最も、思慮深く、計算高くて、ずる賢いのだ。


 当然、タダでは転ばせない。たとえ、アドバンテージで思い上がっている准相手でも。


「大体の予想は出来た。つまり、君の傍に居たあの後輩が、何らかの理由でこの校舎に居ると君は知っているんだろ?だから、ここに来ている。そして、その理由も話せない。けど、執拗に睦生むつきくんを除け者にする意図が僕にも分からない。だがここで、その理由を問うてもきっと平行線だ。君の焦り具合から、時間が無さそうなのも察した。だから、こうしよう。睦生くんには帰って貰って、僕達だけで話を聞く。これで良いかい?」


「ちょっと!?そんな、俺だけ⋯⋯」


 先に異議を申し立てたのは嶺二本人である。


 困惑もあるだろう。何せ、友人の為をと思って駆け付ければ、除け者扱いなのだ。


 言い分もあるだろう。けれど、友人の焦燥感が滲み出ている行動と言動がその言い分を破却させてしまっていた。


 けれど、彼には帰るという選択肢は無い。


 あれば除け者扱いにされた段階で帰ってしまっている。それが睦生嶺二だ。


「⋯⋯」


「准。急がないと」


「⋯⋯分かった」


 急かしのような後押し。そう、受け取った准。


 悲壮感が漂う表情を浮かべた嶺二は真っ直ぐと准を見つめる。


「マジでかよ⋯⋯」


 それが、准には辛くもあった。


 時間の無さと、事態の切迫。無関係な人間を巻き込む覚悟。どれかを譲歩して捨ててしまえば、それだけで楽になれるというのにそれを一切しない。


 してしまっては、隣に居る彼女に幻滅すらされてしまうと確信があった准は、ただ受け入れた。


「人手が欲しいのは事実だ。けど、話す内容は嶺二に言わない事も加えろ。後でメッセージなんかでやり取りされても面倒だからな」


「俺の居る目の前でする会話じゃない⋯⋯」


「まぁまぁ。睦生くん。私達が君の分まで聞いていてあげよう!」


「それ、お裾分け出来ないって、もう面前で言われたんですが?」


「じゃあ、俺が連れてくわー」


りく?いいのか?」


 意外な挙手なのだろう。


 准は別段、何も感じなかったが、浩太郎と颯悟と嶺二はそうではなかった。


「まぁな。別に俺はどっちでもいいしなぁ」


 それだけ言うと、嶺二よりも背丈の高さを活かして、嶺二の背中から一気に持ち上げるようにして、准達から離れて行く陸。


「ちょっと!陸、離せぇぇぇ!准!マジで今度覚えてろよぉぉぉぉ!」


「じゃあなぁ〜、また明日ぁ〜」


 話せる舞台は整った。整ってしまったという表現が本来は正しいのだろうが、それでも、整ったと表現せざるを得ないのだ。


 何せ、言わなければ進展はしないのだから。


 向き直るようにして、奏海、颯悟、浩太郎、逸花を准は覚悟を決めたように見つめた。


「話す時間も惜しいから手短に言う」


「⋯⋯」


  本当に手短に必要な事のみを語った。


 軽井椎奈が昨日の夕方に『幽霊』に憑かれたが、その『幽霊・サナ』に助けられて、本当は今居る学校に居る『別の幽霊』によって命の危機にある事。


 既に被害が出ており、一刻も早く助けなければならない事の二つを准は語る。


 語り終えて、最初に困惑したような声を上げたのは奏海であった。


「はぁ?」


「⋯⋯お前、もっとマトモな嘘吐けよ」


 続くように颯悟が眉間に皺を寄せて言う。


 しかし、これが普通の反応なのだ。


 正常で、通常で、一般的で、普遍的な有り触れた言葉。


 一年前の准もそうだった。けれど違いもある。


『現象』を人伝に言われるか、実際の体験をしているかの違いだ。


 彼等彼女等は体感も経験もしていないが、准は初体験が痛ましい事件だった事もあり、深く刻み込まれている。


 後悔も、失念していた結果も、その残骸も、傷痕も信念も、救済も、何もかもを。


 だからこそ、助け舟はやって来る。


「いえ、事実よ。食堂で私は見てるもの。准と軽井さんしか見えていない女の子を⋯⋯」


「⋯⋯藍莉、正気?」


「幽霊さんってホントに居るの?!だったら、会ってみたい!」


「死んでもいいなら会えるかもな」


 逸花いちかの思考をしていそうで、していない言葉は准によってあっという間に蹴り飛ばされた。


「待て待て待て!はぁ?理解し難いんだが⋯⋯。何言っているんだ?桐江、お前どうかしてるんじゃないのか?」


 不理解ではない事は准も分かっている。


 困惑している彼、颯悟は何よりも、誰よりもそう強く不可解を不可解のまま留め置こうとしている。


 けれど、准に言わせればそれはそれは。


 説明を求められたから、した。これだけの事だ。


「理解してくれなんて頼んでない。話をしろとしか言われてないんだからな」


 話にならないと切って捨てるように一瞥した後、藍莉を見る。


 少年を不憫そうに見るのとは違い、心配が滲み出る声色と顔色を伺わせていた。


「藍莉。お前、コイツの茶番に付き合ってるのか?」


「そんな訳ないじゃない。するならもっと面白いの考えるもの」


 得意げな表情で微笑む彼女に呆然としているだけの颯悟。


 毒された。そう感じたのだろう。


 颯悟にとっての彼女は完璧で、普遍であり、絶対的な立ち位置に居る。


 それは高校生活に限らず、中学時代の頃からそうであった。故に彼は間違えているのだ。


 彼女とて、人間であり、変化して、成長し、悩み苦しむ、一人の有り触れた生命体であるのに。


「⋯⋯颯悟。貴方、前に言ったわよね?『何時、准と親しくなる機会があったのか?』って」


「あぁ。言った」


 それは付き合っている事を公言して次の日の朝だった。


 決して、悪気があった訳でも無く、素朴な疑問であり、純然な不思議。


 彼は彼女をよく見ている。


 だからこそ、少年と彼女が話せる機会があったのか、そこが謎だった。


 その時の答えは『内緒』であり、ロクな成果は出なかったのだが、此度は違う。


「私の誕生日の二日前よ。私もこれと似たのに巻き込まれて、助けて貰ったのよ。まぁその結果、彼。入院したけど」


「誕生日の二日前って⋯⋯」


 颯悟は知らない。奏海も知らない。逸花も、浩太郎も、陸も、嶺二も、知らない。


 誰にも聞かれず、教えずにいた。


 祝われないのが当たり前で普遍で慣れていた事だったのだ。


「祝っても貰えたわ」


 焦る少年を傍目から見ながらそう言う。


 その姿は何処か、甘美にも映っていて、儚くも映る。


 颯悟の知らない彼女。それを彼は少し、羨ましく思えてしまい──呟いた。


「知っていたら、俺だって⋯⋯」


「『助けてやる』って言ってくれたの⋯⋯。それで私は助けられたわ。文字通り、命を賭けてね」


「命なら俺だって──」


「無理よ」


「え?」


「だって、彼。私でなくても、賭けるもの⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 俯いた颯悟。もう何も言えなかった。


 事情は詳しく聞くつもりでもあったが、もう気が失せたように苦い顔をしたまま、黙りこくってしまう。


 心は傾き切っていて揺るがない。


「幸坂、裏口とか無いのか?」


「あっても閉まってるでしょ?」


「だよな」


「待ってくれないか?僕がここの小学校出身ってなんで知ってるんだ?」


「以前聞いたから」


「え?」


 浩太郎と准は基本的に話さない。


 業務連絡にも等しい連絡事項の言伝を受け取る取り、送る事はあっても、それ以外でのプライベートな会話はしないし、何よりも浩太郎が今居る小学校の卒業生とは在学中の高校で語った記憶がないのだ。


 浩太郎の違和感は准にとってはどうでも良い事。


 気に止める事はせず、付近をキョロキョロと見回し始めた。


「ないなら、壊すしかないか⋯⋯。藍莉、僕は責任持ちたくないから代わりに被ってくれないか?」


「何言ってるの?主犯も実行も教唆も幇助も全部貴方のものよ?」


「僕の罪、何倍に膨れ上がっちゃうんだよ」


「嫌なら分配しなさい。私なら半分位は背負ってあげるから」


「いっその事、共同正犯にしてしまうか」


「いや、それいっそじゃない気がするんだけど」


 浩太郎のツッコミは憐れみがきっと大きかっただろう。


 奏海も呆れて何も言えずにいて、頭を抱えていた。


「仕方ない。扉壊せるもの探すか⋯⋯」


「なら、これなんてどう?」


「お。良いとこに⋯⋯どこで拾ったこんな物?」


「近くにあったわよ?」


「デカくね?」


 それは両手で抱えるぐらいの大きな石、岩かもしれない物を力んで持って来た藍莉。


 彼女のやって来た方向を見ると、小学校で飼っているウサギ小屋が目に入る。


「なんでこんなにデカイんだよ⋯⋯」


「知らないわよ。さぁ壊して」


「はいはい」


 器物損壊罪で訴えられる事覚悟でその岩を頭上より上へと持ち上げて、投げ込もうとする准。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 文字通りの悲鳴を上げた。


 誰か。奏海だ。


「奏海なんだよ?」


「うぅ、アレ!アレ!」


「え?」


 指差す方向は扉側。今から准が壊そうとするその扉を震えて、颯悟にしがみつくようにして指を差している。


 颯悟もその方向を見る。逸花も浩太郎も藍莉も同様に。


「⋯⋯っ!桐江くん!何かあるかも、気を付けて下さい!」


「え?⋯⋯あ!」


 浩太郎の警告のような大きな声で、その扉をしっかりと視界に収めた准は確かに見た。


「⋯⋯『幽霊』」


 扉の上部分に吊るされているかのようにして、逆さで顔だけが覗き込むようにして准達を見ていた。


 蒼白の顔色に垂れ下がっている髪の毛。


 目玉は何処か虚ろで、焦点も覚束無いといった様子。


 そんな光景を()()()()()()()()()()()()


「颯悟、私⋯⋯颯悟!なんか居た!なんか居るの!」


「大丈夫だ!暗いからそう見えるだけだ!」


「いや居るな」


「何?!」


「居るわね⋯⋯」


「ど、何処に?!」


「ここに、い〜るなぁっ!!」


『幽霊』目掛けて、持っていた岩を投げ付けて見せた准。


 ガラス張りとなっている扉は穴が空き、投げ込まれた岩は下駄箱の側面へ直撃して、僅かに破片を散らばらせて動きは停止した。


『幽霊』本体はその岩に接触する事も無く、透けて消えていってしまう。


「桐江くん、だいた〜ん!」


「⋯⋯何やってるんですか?!扉を壊すんでしょ?なんで鍵や取っ手の近くを当てないんですか?!」


「いやぁ、悪い。ついな!」


「ついって!⋯⋯まぁ、ヒビは入ってます。最悪鞄等で壊していけば──」


「開いてるわよ」


 子供のように、扉を前後へと動かしている藍莉。


「「え?!」」


「うわー!凄〜い!藍莉、何時からマジシャンにっ!?」


「そんな訳ないでしょ!?」


 浩太郎が思わずツッコんでしまい、そのまま前へと歩いて、扉の取っ手に手を掛けた。


 ゆっくりと押されていくその扉は確かに開いている。つい先程までビクともしなかったのに。


 口がパクパクと小刻みに震わせながら開ける浩太郎。


「わかるぞ。その気持ち。大事にしてけ」


「僕、夢でしたって言われた方が⋯⋯納得しそうですよ⋯⋯。本当に」


「夢なら扉で苦戦してんなよって苦情来るぞ?」


「⋯⋯それもそうですね」


 諦めたような口調で扉の中へと入って行く浩太郎、それに着いていくように背中を追う准と藍莉と逸花。


 その後方で、颯悟にしがみ付いて離れない奏海。


 彼女からすれば、理解不能の人物が理解不能な吊るされ方で自分を見つめていたというのだから、たまったものではない。


 腰を痛めたように小刻みに歩き出す彼女はチラチラと周りを見渡して、物音一つで颯悟の腕に顔を埋める。


「どうするの?一緒に皆で行く?」


 全員揃った所で藍莉が言う。


「行くしかないだろ?武島と幸坂は見えてないし。見えてる僕と藍莉は兎も角、アイツは使えない」


 愛想を尽かしたような目線を送る准。


 当然、見えてしまった奏海をだ。


「⋯⋯うぅ、帰りたい、帰りたいよぉ〜」


「だから言ったろ?帰れって」


「煩いわね!アンタに命令されたくないんですけど!」


「どうしょうもないな⋯⋯」


 先程のビビりは何処へやらといったご様子で准にだけ当たりがキツイのだ。


 その調子であって欲しいと願う反面、煩いのは勘弁だと呆れるのもあり、准の葛藤が顔に出た。


「でも時間は惜しいでしょ?私は奏海と颯悟と行くわ。貴方は幸坂くんと逸花をお願い」


「⋯⋯⋯⋯」


「心配しないで?私、ちゃんと覚悟はしてきてるつもりよ?」


「世の中には要らない覚悟だな⋯⋯」


「そうかもね。でも、貴方が頑張っているのに、自分だけそうしないっていうのは、違うから。だから、私は頑張るの。気休めだけどね?」


 十七歳に求められる覚悟とは何か。


『幽霊』や『怪異』といった類いの存在に出会う覚悟。


 死ぬ事を前提に行動する覚悟。


 守ると言っておきながら、結局離れて行動させる覚悟。


 違うのだろう。


 本来の覚悟とは、もっと有り触れていて小さなものだ。


 苦手な科目に挑戦する事もそうだろう。


 クラスメイトや周りに合わせる為、好きでもない事柄に対して、得意そうに言い張るのも覚悟だ。


 苦手な友人の言動、行動に一声掛けるのも覚悟であり、小さく何処にでもある当たり前。


 人それぞれの面持ちで向き合う困難に立ち向かう心。


 それが覚悟だった筈。


 けれど、この覚悟は十七歳という若年には大き過ぎる。


 大き過ぎるが、託す事も覚悟なのだと。


 そう結論付けて、准は藍莉の頭を撫でた。


 無抵抗のまま、撫でられるがままにしている彼女。


「そうか⋯⋯。なら、一時間しても見つからなかったらもう一度ここに集まって警察に届けよう。正直、信じてはくれないだろうが、器物損壊があるから調べてはくれる」


「⋯⋯ありがとう。⋯⋯二人共、別校舎から行きましょう。⋯⋯じゃあ、またね」


 手を離した。その手を少し名残惜しそうにしているが、言葉は紡がない。


 振り返り、二人の腕を掴んで階段を歩く。


 別校舎に行く為の渡り廊下へと向かう為、三階に上がって行こうとする。


「あ、ああ」


「待って!歩いてよ〜。腰が引けちゃって⋯⋯」


「俺が支えるから、頑張ってくれ!」


「頑張ってねぇ〜」


 逸花の声援を最後に静けさが訪れた。


 残った三人。チグハグで噛み合いも恐らく取れないであろう三人。


 仲間外れなのは准の方であろうが、少年が視えてしまっている以上、仕方ない。


「⋯⋯じゃあ行くか幸坂、牧原」


「はーい」


「うん。そうだね。僕が前に立って、彼女ら達とは別のルートを歩くから着いてきて」


「あぁ。頼りにしてるぞ」


「うん。されるよ」


「私はー!?」


「元気な空気を作ってくれ」


「りょうかーい!」


 この時、准は忘れていた。


 軽井椎奈から言われていた夕暮れ時の出来事を。


 二人の友人が消えた際、何処を見て、何を話していたのかを。


 聞いていた筈なのに、少年は忘れていたのだ。


 そして更に、忘れている。


 朝倉あさくら拓也たくやから伝えられていた《幽霊》の特殊性質を。

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