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この街は今日も語る  作者: 紫芋
軽井椎奈は語り合う

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17/24

裏道話 大洲藍莉は明示する

裏道話、つまり本編外の話です。


中間テストが終わったタイミングのお話です。


つまり、『軽井椎奈は語り合う』よりも前の話です

 幼稚園に通っていた弟が小学校に入り、比較的に空いた時間を過ごせるようになった私は、起きて最初にする事は弟を起こす事にある。


 朝七時前に寝惚けた顔をしている私は、身体が勝手に動くように傍で寝ている弟を揺すった。


 しかし、何度揺すっても起きやがらない。


 仕方ない。そう、仕方ないのよ。だから、乗っかった。


「うぅぅぅぅ!重いぃぃ」


「何言ってるのよ。お姉ちゃん、これでも『大洲さんスタイル良い』って評判のべっぴんさんよ?そんなお姉ちゃんに乗っかられている事を羨ましがりなさいよ」


「⋯⋯知らない」


 そう言って布団に篭ってしまう弟の蒼太そうた


 布団をひっぺがして朝日の登る空と太陽の陽射しを浴びせる為にカーテンを開ける。


 最初に瞼を閉じたのは私であり、続けて背後で寝坊を目論む弟の布団を蹴飛ばして、日光を大いに浴びせた。


「眩しぃぃぃ。鬼⋯⋯」


「こら。お姉ちゃんが鬼なら蒼太は妖怪布団お化けなのよ?しっかり起きなさい」


「⋯⋯は〜い」


 嫌そうにしながらも立ち上がった蒼太はノロノロとリビングへと脚を運んで、私は布団を畳む。


 私の朝は早い。朝ごはんは夜の残り物。


 弁当を作る余裕はあるにはあるけど、朝から起きるのがしんどいからパス。


 まぁ、彼が『一緒に弁当を食べたい』と言うのであればしたかもだけど、あの男、あろう事か「良いよ。いつも通りで。面倒いし⋯⋯」と一蹴しやがった。


 けれど、それが気遣いのつもりであると知っている私は、それ以上に食いかかる事をせずに、友人と学食三昧。


 もう、学食は飽き始めているけれど、仕方ない事ね。食費は親戚が賄ってくれているけどあちらばかりに迷惑は掛けていられない。


 節約できるところは切っていかなければ弟の夜ご飯がひもじい物へとなる。


 育ち盛りであるのもそうだし、男の子っていうのは育ってなんぼな所があるし。


「お姉ちゃん、テレビ付けていい?」


「良いわよ。ちゃんと時間になったら歯は磨きなさい?」


「うん」


 つい最近、このアパートに引っ越しを完了したばかりで、忙しい日々が続いている。


 テスト期間もあったけど、彼は風邪でサボって、一緒に下校出来ずじまい。


 私はバスケ部だから、普段は別々に下校しているのだけどお隣さんに彼が居るという事もあって、割と直ぐに会おうと思えば会える。


 でも、どうしてかしら⋯⋯。


 恋人らしい事してる感じが一切無い。


 手を繋いだ事も片手で数えれる分。キスも一度きり。というか、あの記憶の中でしかしていない。


 出掛ける事もしなければ、お家デートもろくにしていない。


 あれ?


 これ、マズイのではないのかしら?


「どうしたの?お姉ちゃん?のーめんみたいな顔して」


「それを言うなら般若よ⋯⋯。誰が般若よ?」


「お姉ちゃん、情緒おかしいね」


「どうして、そんな言葉を知っているの?」


 弟は天才かもしれない。そう私は思った。


 いえ、まぁ、天才なのかもしれないけど、口にしたら止まらないから止めておくとして。


 寝癖で酷くなった髪をある程度整えてから、服を着替えて、歯を磨き、鞄を持って、早めに家を出る。


 毎日の日課。ルーティン。いずれの言葉でも良い。


 私は学校を出る時に限らず、外に出る時、必ず深呼吸を挟む癖のようなものが出来てしまった。


 彼が轢かれた現場を目撃したというのもあるけれど、最大の要因は弟が轢かれた事にある。


 勿論、私自身も車に突っ込まれたから被害者ではあるのだけど、あの時の私は背中を向けて庇うようにして轢かれたから痛みは微妙に残っているけど、直接車を見た訳では無い。


 ただ、たった一つ。弟が吹き飛んだ瞬間は目撃している。これだけがどうしても記憶から拭えずにいる。


 交通事故で亡くなった手前、危険が付きまとうから、こうしているけど、弟はなんて事の無いように毎日を当たり前のように道路を渡っている。


 あの子には、私のように記憶の伝播と呼ばれるものが無かったらしい。幸運だと思う。


 まだ、小学校に入りたての子供が事故でなくなった直接的な瞬間を記憶していると言うのは中々、私も気が抜けなくなる。


 そんなあの子の最近の悩みは彼が一緒に通学してくれない事にあるらしく、私から言うのもなんだけど、彼を弾いたのは私なのよね。


 毎度、「お兄ちゃんは?」と聞かれて、何時から弟を誑かせる程の魅力値を獲得してきたのかと不安にすらなる。


 とはいえ、この子が懐くのも分からないでもない。


 家事もできるし、妹さんが居る事もあってか、面倒見も比較的にいい彼はある意味、私のポジションを食いかねない。


 まさか、狙ってる!?⋯⋯いえ、ないわね。


 妹さんが居るのに、弟を取る真似をする筈がない。


「じゃあねー!」


「行ってらっしゃい」


 弟が小学校の近くの信号を渡り終えるのを見送った私は、高校へと向かった。


 長い赤い坂を上がる。右側には木々が並び木漏れ日があるかと思えば、集合住宅が聳えている影響で木陰と合わさって、完全に暗がりとなっており、左側を眺めれば、渋い緑色のフェンスが小学校の敷地に入らないようにと設置されている。


 グラウンドを一望できるその坂では、弟が友達と校舎に入っていく様子もながめられる。


 走って校舎に向かう子や転けそうになる子や友達とはしゃぐ子も、独りで佇む子も居た。


 それを一瞥した私は、坂を上がり、高校の校舎へ向けて歩いていく。


「急がないとマズイかな?⋯⋯あれは?」


 見覚えのある生徒が一人、坂を上がり終えた交差点で出会した。


 常盤ときわ美羽みうさんだ。黒髪で後輩でおかしな喋り方をする彼と同じ巻き込まれ体質の女の子。


 ボサついた黒髪にストッキング、スカートの丈を少し長くして、スマホを眺めている。


 よく見ると、リボンも少しよれているけれど走ったのかしら?


「ん?大洲先輩。今日も木漏れ日が差し掛かる良い朝でぇすね」


「ええ、おはよう。貴女は朝から元気ね」


 この一帯に木があるのは私が通った坂と交差点を抜けた歩道辺りだけど、ここには木々は無い。


 つまり、適当を言っているだけだと、瞬時に理解してしまった。


「私は魔法使い(マギア)故に、あらゆる状況、困難に対応出来よう、常に体内時計タイムバランスが出来ているぅので」


(タイムバランスってなに?⋯⋯彼、こんな子を慕ってるの?私の知ってる彼女ってもうちょっとしっかり者の印象があったのだけど⋯⋯)


 通学用鞄を肩に、変な決めポーズを取っている。


 どうやら私からのアクションを待っているようであった。


「リボン、よれてるわよ?」


「えぇ?!あれ、ホント!ありがとうございます」


(そこは変な台詞で返さないのね)


 情緒がハッキリしないせいか、徐々に疲れ始めてきた私だけど、彼女はそうではないらしく、至って平常に鞄を肩に掛け直して、私を一瞥した。


「そう言えば、世界を共に壊した仲(ブレイク・フレンド)とはどうです?順調でぇすか?」


 ブレイク・フレンド?そう言えば、以前聞いた話では、何やら彼女がやらかしそうになって彼が共犯扱いされかけたと聞いた事があるけど、その名残りかしら?


「⋯⋯まぁ、喧嘩はしていないわね。⋯⋯それが、なに?」


 不思議そうに私を見つめる彼女。


 目元は隈があり、寝ていないのか、体質なのか。


 いずれにしても健康体にはあまり見えない彼女の瞳が私を差す。


 信号は青になり、連れ添うように私と常盤さんは信号を歩く。けれど、彼女、意外と歩幅が大きいわね。


「いえ、先輩。ひょっとして、デェトもロクしていないのかと思いました」


「疑問形にしなさいよ。確定事項みたいな感じがして癪に障るわ」


 実際にはしてないけど。


「では、おもぉいます」


「⋯⋯デートはしてないわ。家が近すぎるから、なんというかする機会が無いのよ。最初は内心喜んだけど、今になって思えば後悔ね。⋯⋯引き摺り出してでも外に連れていくべきかしら?」


「そもそも、後悔どころか公開してませんよぉね?」


「言いふらす事でも無いでしょ?」


 クラス内で言い触らす理由も見当たらないし、経緯をわざわざ聞かれても説明のしょうがない。


 皆からすれば、彼が轢かれた時は私が病院へと見舞いに行く口実はあったけど、その切っ掛けまで話すという事はしないし、する必要性も感じない。


 むしろ、彼の場合、それを嫌いそう。直感だけど。


「だぁれかに言い触らされるより、自身で言った方がエンジョイでしょ?」


「楽な事と楽しい事は同一じゃないわよ?」


「なん⋯⋯だと。⋯⋯よく分かりましたね。盟友賞を与えたいわぁ」


「今度ね。手作りでも良いから、頂戴」


「是非是非〜」


 暗い顔して陽気に話すこの感じ、慣れないわね。


 友達が居ないと聞いたけど、それにしては随分となんと言うか。


 話すペースと間隔や口調にズレがあるように感じる。正直に言えば、噛み合いが取れていない。


 会話の内容自体は一本の線で通っているのに、色が変わるみたいな、不思議な感じ。


「それでは、アデュオスです!」


「それを言うならアディオスよ」


 高校の正門まで辿り着いた。意外と坂を上りきって徒歩十分圏内の軽い散歩感覚。


 既に待っているであろう友人達は私を心待ちにしている。


 あの子達は、なんと言うか。私を中心に出来上がってしまったグループであり、唯一違うのは浩太郎こうたろうぐらいのもの。


 奏海かなみ逸花いちか颯悟そうごりくも言ってしまえば、私が数日いないと瓦解するグループでもある。


 颯悟は奏海と話すのみ。逸花は誰とでも話すけど、言い方を変えれば誰でも良いって事で、陸は颯悟とも話すけど一番は浩太郎だろう。


 そう考えると、私はなんだろう?


 誰とでも話せるという訳では無い。偶然班が一緒で仲良くなった程度の関係から今に至るけど、結局の所、逸花のようにもなれない私は誰の何になれるのだろうか。


 二階の奥から二番目の教室へと歩く私は考えた。


 何者にもならない私は、教室へと向かい、いつものような出迎えがあるのだろう事を既に予期していく。


 すれ違う部活仲間と挨拶を交わして、一年の頃のクラスメイトととも挨拶をしていく私は開いている教室へと入ろうとする。


 すると、前から、駆け出す足音と、その姿を見て、一気に立ち止まった。


「うわっ!わ、悪い藍莉!急いでるんだ!すまん!」


 彼だった。彼氏にしては随分な挨拶だけど、まぁこんなもんだろう。問題は何か用事がありそうな雰囲気も滲み出して何処かへ走って行った事にある。


「おはよー藍莉!」


 満面の笑みで私に抱き着いてくる逸花。私よりも身長が小さくて小学校高学年の子を相手していると勘違いしがちになるけど、同い歳のクラスメイト。


 肩程度にまで伸びた髪に黄色の髪留めで前髪の左側を抑えているのが特徴の子。


『天真爛漫と可愛らしさを混ぜ合わせた、未知の生命体』というのが彼の総評だけど私に言わせれば、この子なんて可愛いだけの良い子なのだけど。


「アイツ、危ねぇな。ぶつかったらどうするつもりだったんだ?」


 颯悟が隣にやって来て、去って行った彼の影でも追い掛けるように廊下を眺めていた。


 颯悟はサッカー部で、サッカーの為に髪を切って短くし、私よりも一回り身長の高い男の子。


 リーダーシップがあって頼りになるけど、偶に我先にと言った具合で食いかかる癖がなければ良い奴ではある。


 後、多分だけど私の事、好意を抱いてる。


 まぁ、付き合う気は最初から無かったけど。


「ホントよね。節操がないっていうか。アイツ。⋯⋯、藍莉大丈夫?ぶつかってない?」


「ええ、大丈夫よ。ありがとう奏海」


 暑くなってきた事もあり、長袖を捲って青のシュシュで後ろ髪を結んでいるクラスメイト。奏海だ。


 人によって態度を大きく変えてしまうのは傷だけど、それでも打ち解けられればかなり友好的で優しい子。


 態度が一度変わると中々戻らない偏屈でもあって手は焼くけど良い子ではある。


 中学受験を受けた颯悟とは中学は別々だったらしいけど、二人は幼なじみらしく、特に仲が良い。


(そう言えば、奏海が言ってた動画⋯⋯まだ見てないわね⋯⋯)


 よく流行りやトレンドを教えてくれる彼女は私にとっても重宝するし、欠かせない存在ではあるけど、彼とは折り合いが悪いのは何かしら?


大洲おおしまさん、おはよう」


「浩太郎、おはよう。相変わらず難しい本読んでるのね⋯⋯」


「まぁね〜」


「コッコは偉れぇからな」


「陸はもうちょっと勉強やんなよ。進級出来なくなっても僕は知らないよ?」


「安心しろ。そん時は土下座する」


「しても、結果は変わらないじゃない」


 メガネを掛けて大人しい印象のある浩太郎は唯一非のなく真面目でしっかり者。


 逸花よりも身長が少し高いくらいだけど、彼は柔道で有段者って聞いた事があるけど、真相は知らない。


 今も、法律学の本を手に持って此方に来たけど、余計な事しちゃったかも。


「コッコ」と呼んでいた陸はそんな浩太郎と一番よく話す人物で、颯悟よりも身長が高くて、耳がお覆い隠されているぐらいに髪を伸ばしていて、一見暗くも見えるけど、この中だと誰よりも陽気でフレンドリー。


「陸、先生来るから第二ボタン止めときなよ。アンタ怒られても抵抗するから話長いんだから」


「へぇーい」


 そんな私達を、あろう事か彼は、『大洲戦隊ヤカマシンジャー』なんて珍妙な通り名にもならない名称で呼んでいたらしい。


『ヤカマシンジャー』ってなによ。『ウルサイ』でもなければ『サワガシイ』でもなくなんでそれなのかしら。


 まぁ、今度聞くとして、彼。全然、戻ってこないんだけど。


 予鈴がもうすぐ鳴る。恐らく、一時限目は間に合わないわね。


 溜め息がつい零れた私は、彼の唯一の友人を見た。


 睦生むつき嶺二れいじ。チャラそうに見えて紳士的。


 人当たりの良さが滲み出ている彼は常に後ろ髪が後方に突き立っており、ファッションなのか、寝癖なのか分からないけど、そんな事が気にならない程度には良い人ではある。


 そんな睦生むつきくんの元へわたしは近付いた。


「ねぇ、睦生くん。桐江くんがどこ行ったか知らない?」


「え?准?確かアイツ、自販機に行ってくるって行ってたけど?」


「そう⋯⋯」


 自動販売機に行くだけであの焦りようはおかしい。


「急いでる」と彼が言っていた辺り、『不可思議な現象』に巻き込まれたか、巻き込まれに行ったかのどちらかだけど、どちらにしてもここで私が駆け付けても何かが出来るとは思えない。


 むしろ、待ってあげている方が、信頼している証明にもなると判断して、私は教室で普段通りにしている事にした。


「何かあった?」


「いえ、大丈夫よ」


「そっか。まぁ、戻ってこない事がちょこちょこあるからさ。もしかしたら今回はそれかも」


(何度かあるの?)


 思い返せば、【走馬悼】が発動した日以前にも、何度か彼は教室にいなかった時はあった。


 鞄はロッカーに置きっぱなしで、昼休み前にようやく帰ってきて、『保健室』を口実にしていた記憶がある。


 今になって思えば、『現象』に巻き込まれていたのだと理解した。


「気にならないの?」


「なるよ?けど、悪さしてる訳じゃないなら、良いかなって」


 当たり前のように言うその言葉は素直に感銘を受けてしまった。


 なんと言うか、自然と出た感じであり、ごく普通にありのままの言葉という印象を受けて、棘もなく、毒もなく、痛みもなく、純粋な感性で発した言葉なのだと、私は思ってしまう。


「貴方、本当にいい人ね⋯⋯」


 そう、彼はいい人なのだろう。


 机の上を見れば一目瞭然であり、既にやる気満々とばかりに広げられ始めているそれを見て私はつい口にしてしまった。


「え?」


「ノートも取ってあげるなんて」


「まぁ、一応ね?」


「ノート、私が取っておくから、貴方は自分の方に集中しなさいよ」


「えぇ!良いの?」


 驚いた様子を見せている睦生くん。


 恐らく、彼のノートを取ってくれるのは睦生くんぐらいしか居ないのだろうと、すぐに分かる。


「良いわよ。そのぐらいなら」


「じゃあ、頼もうかな。これ、アイツのノート」


「ありがとう。借りるわ」


 何よりも、純粋に彼のノートが気になった私はシメシメといった気持ちでそのノートを手に取った。


 最初のページからペラペラとめくるも、至って普通。


 字が達筆という訳でもなく、汚いという訳でも、綺麗な訳でもない。普通・ザ・普通。


「つまらないわね」


 席に着いた私が最初に放った言葉はそれであった。


 ふと、落書きのようなものがあり、それを注視する。ローブのようなものを被った髑髏と槍を持って馬に乗馬している。


 そして、横には首が長い龍のようなモノとその下部には女の子と男の子が居る。


「何かしら?これ?」


「なにが〜?」


 ふと前方から声がした。


 思わず顔を上げると、逸花が不思議そうにして私の席の前に立っていた。


「え?⋯⋯逸花。いえ、桐江くんのノートなんだけど、これ何かなって思って」


「どれど〜れ⋯⋯カッチョイイね?」


「気味悪くない?⋯⋯なんと言うか、怖いというか」


「ふっふっふ。甘いね藍莉。私に言わせれば、骸骨も髑髏もドラゴンも愛せてこその高校生だよ!」


「髑髏も骸骨もドラゴンも愛せるなら、高校生でなくても良いでしょうに⋯⋯」


 予鈴が鳴った。大袈裟に慌てた逸花はそのまま、斜め後ろの席へと向かって行き、それを見届けた私はノートを見つめた。


(彼、凝った落書きするのね⋯⋯)


 私はそのままノートを捲っていき、最新のページへと向かわせて授業の内容を書き写していく。


 眼と指が疲れるという代償を払い、一時限目の内容は二人分書き留めるのであった。


  ━ ━ ━


 三時限目終わりまでになると、流石にこの状況に異議を申し立てる者が出てきた。


 そう、奏海なのよね。


 私の机にやって来た奏海といつも一緒にいる颯悟がやって来た。


 奏海と颯悟は私に事情を聞くと、それに憤慨したのが奏海であり、窘めるように困った表情をするのが颯悟。


 けれど、チラチラ私を見るのは何?


「なんで、藍莉がアイツのノート写してんの?自分でやらせるべきでしょ?!」


 大変な事になった。反論のしょうがない。


 完全にその通り過ぎて、何も言えない私は頷くのみ。


「藍莉も嫌なら断ればいいじゃん?」


「私は、嫌なんて言ってないわよ?」


「でも、しんどそうだよ?何度も瞼閉じたり、開けたりしてたし」


(私はおばあちゃんじゃないんだけれど⋯⋯。けど、よく見てるわね)


「俺から言おうか?桐江に」


 奏海の隣に居る颯悟が言う。まぁ、言っても直らないのは察している。


「大丈夫よ?したくてしてる事なんだから」


「そう言えば、最近、桐江と仲良いな。見舞いにも積極的に行ってたし」


「クラスメイトなんだから、怪我をしたら気にはなるでしょ?」


 嘘は言っていない。事実、私の目の前で怪我を負ってしまって、病院送りになっているのだ。


 何も間違っていない。


「⋯⋯藍莉、まさかと思うけど?⋯⋯」


「なに?」


「アイツの事⋯⋯好き⋯⋯とか?」


 その言葉に大した感情の高鳴りは無かった。


 普通に好きだし、恩もある。それが友人に言われたからと言って、別に顔を赤らめる事はしなかったし、挙動不審になる事もしない。


「別に?普通よ?」


「そうだよねぇ〜。藍莉とアイツじゃあ、なんだか噛み合わないもん」


 どうやら、私と彼とは馬が合わないという評価らしい。


 とはいえ、私は彼の頑張ってる姿を知ってる。


 優しさも言葉に含まれた意図も知っていて、彼等はそれを見る機会が無いだけなんだと思う。


 恐らく知ってるのは、睦生くんと私と常盤さん辺り。


 他は知らないだけ。


「まぁ、確かにアイツは何考えてるか偶に分からんが、悪い奴では無いと思うし、そこまで言う事無いだろ?」


「いやいや、中学のアイツってもっと気さくって言うか、接しやすかったよ?高校入った辺りで、家庭事情か何かあったって聞いた事あるけど、それ以来なんか変わっちゃってさ」


 妹の舞喜まきちゃんの事なのは間違いない。


 私のお父さんにも関わる話で、彼の人生が一変した事件。


 写真も見た事があるけど、あれは夢に出るぐらいには悍ましい。何が酷いって、あの事件が人為的であったと聞いた時はゾッとした。


 今ではそんな事が無いと良いと願うばかり。


 この二人との会話もある日突然になって消え失せる可能性もゼロじゃない。


「へぇ〜、意外だな。気怠げな感じが拭えなかったが、高校デビューに失敗したとかか?」


「さぁ〜、わっかんない」


「彼には彼の事情があるんでしょ?良いじゃない別に」


 宥めるように言う私。それに仕方なさそうにする奏海。


 すると、ガララッと扉を開ける音と共に、睦生くんが声を発して、全てを察した。


 帰ってきたのだと。


 その方向に顔を向けて、その動向を私は眺める事にした。


「准、お帰り〜」


「あぁ、ただいま。⋯⋯もう四時限目だよな?なんだっけ?」


「現国」


 机に座り、ノートを見ていく彼。なんでノートを写してる前提で見てるのよ。


「田村の授業か⋯⋯っん?」


 見つめる私と彼と視線が合う。字で分かるのもなんだか癪だけど、嬉しくもある。


 けれど、首を傾げて、睦生くんを見た。


 どうやら、何故私がノートを書き写す役をしているのかが理解できないらしい。


「これ、例にも漏れずムッくんが書いてくれたのか?」


「いぃんや。俺じゃなーい」


「え?」


「ん、ん。」


 そういい、睦生くんは私達の方向を指差して、ノートを書いた主を暴く。


「あ〜、なるほど」


 そう言って彼は立ち上がって、私の机に行こうとするも、それを塞き止める者が現れた。


(奏海⋯⋯。本当に相性悪いのね)


 奏海が仁王立ちで准の前で腕を組んで待っているのだが、それをスルーして右側を歩こうとすると、苛ついた奏海が腕を掴んで睨み付けた。


「なんだよ。構ってちゃん。お前の相手は後でしてやるから、今は離せよ」


「アンタ、藍莉にノートの書き写しさせてたけど、アレなに?」


 絡みに行くような態度に見えるそれは教室のど真ん中で始まってしまった。


 折り合いが悪いという事は何となく察しはついていたけれど、ここまでキツくいくとは、私も想定外で驚いている。


「ノートの書き写しにあれもこれもあるんだなぁ〜」


「はァ?」


 対して彼は、飄々と慣れた──いや、どちらかと言うと相手にもしていない。


 小馬鹿にしたように笑って返しているのみで、流石に態度は悪く見える。


 颯悟も近くに居るけど止める気配はない。


「今から礼言いに行くのにお前が邪魔なんだよ⋯⋯」


「前から思ってたけど、アンタ何様のつもり?」


 その高飛車のお嬢様のような口調で発せられた言葉でようやく教室に居る皆が注目し始めた。


 不審がるように見る子も居れば、興味深く見てる子もいる。


「そういう、お前は何様なんだよ?言える立場でもないくせ」


「私は藍莉の友達よ」


「様が付いてないぞ?敬称と名称は大事にしろよ?富宮構ってちゃん」


 それに数人が吹いた。それが聞こえて、その鳴らした音に敏感になるように睨み付けると、萎縮したように周りの子達は、視線を逸らしていく。


 そして、噛み付く対象は依然、前に居る彼へと。


「アンタねぇ〜〜ッ!煽ってんの?喧嘩売ってんの?馬鹿にしてんの?」


「どれなら満足するんだよ⋯⋯。煩いなぁ」


「本当にコイツっ!〜〜っ死ね!」


「駄目よ」


 口火を切った奏海に対して放ったその言葉は、後から自然と私が驚いた。


 どうして、不意に出てしまったのか。


 きっと『死ね』という単語に敏感に反応しただけじゃない。


 彼がその対象になった事が私なりに許せなかったのだと解釈している。


 勿論、冗談やジョークのようなものだと分かっていて、本気で言っている訳ではないと知っている。


 けれど、言葉は紡いでいた。


「冗談だって言うのは分かってけど、それでも奏海?あんまり言葉が過ぎると、しっぺ返しに遭うわよ?」


「だって、コイツがっ!〜〜っアンタのせいで怒られたんだけど?」


「僕のせいにするなよ?」


「はァ?!」


 止まらなかった。ここまで行くと仲が良いまであると私は疑ったけど、彼は変わらず相手にしている様子がない。


「大体、藍莉がコイツのノートを取ってる事からしておかしいじゃん!」


「まぁ、それは⋯⋯」


 その訳は彼では分からない。知らぬ間に行われていた事で気付けば進んでいた状況に今さっき追い付いたばかりだから、仕方ない。


 困った様子なのを察したのか、睦生くんが弱い挙手をして前に出てきた。


「あ、それ。俺が頼んだからなんだよ⋯⋯」


「嶺二?なんで、アンタが藍莉に頼むの?」


「え?あ〜⋯⋯」


 私を見る睦生くん。私は別に構わないと訴えるようにして、頷いた。


 本当によく察せられる子なのか、意図を汲んだ睦生くんは言葉を濁す事を止めて口を開く。


「大洲さんに頼まれて准のノートを貸したんだ。写しやってくれるって言ってて」


「⋯⋯藍莉の優しさに付け入ったって事?」


「どう解釈したんだ?お前⋯⋯」


 思わず突っ込んでしまう彼。けど、今じゃない。


「はァ?黙っててくれない?お前は」


「へぇーい」


 案の定、機敏に反応して、高圧的な態度が彼を攻めていく。


 流石に恐怖したのか、視線を逸らして、見なかった事にしようとしている彼は苦笑いを浮かべている。


 もう、ハッキリ言った方がいいのかもしれない。


 どの道、これから先一緒に何処かに行く機会があれば、誰かに見られてしまう事もあるだろうし。


 ましてや、芸能人でもなければ悪い事をしている訳でもない。


 隠す事に必要性を感じないし、バレたからと言って、その後の事はその後と割り切って何とかする。


「奏海。言っておくけど、脅されている訳でも無いのよ?私は自分の意思でやりたかった事をしているだけよ?」


「こんな奴を甘えさせたら駄目だって!」


「良いじゃない──私、准の彼女なんだし?」


「へぇ〜、彼女⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」


 あれほど波のように騒がしかった空気が瞬間、真っ平らな平行線を築いて、シーンとなった。


「なにぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜っ!?!」


「うっ!びっくりしたぁ⋯⋯武島むとう、うっせぇよ」


 准の傍に居た颯悟が大声で叫んで、目が点になったまま、口を開けて硬直していた。


「あ、あ、え?え?あっ!?ええぇ?藍莉?な、なんの冗談だ?」


「冗談じゃないわよ」


「そうだよなぁ、冗談じゃない⋯⋯あれ?」


「だから、付き合ってるわよ?私達。ね?」


 颯悟が今度こそ本当に固まってしまった。


 頭で行われている処理が完全にショートしきって、動かなくなってしまい、私達を見たまま、口を開けている。


 他の子達も似たようなものだけど、何がそんなに不思議がっているのは凡その想像が付くけれど、私達には関係ない。


「⋯⋯まぁ、そうだな。⋯⋯おい、動かないぞ?廊下に投げとくか?」


「駄目。捨てるならゴミ箱よ?」


「お前も大概酷いぞ?」


 舌を出して、あざとく決めるも、普通に准にスルーされた私は膨れっ面を見せるも構って貰えなかった。


 最も最初に駆け寄った睦生くんと逸花を中心にクラス内が盛り上がっていき、四時限目の途中でハッとなった颯悟は、授業の内容を殆ど聞いていなかったらしく、後でノートを奏海に貸してもらう事になった。


 奏海は複雑そうにしていて、「まぁ、良かったね?頑張れ?っう〜ん⋯⋯」と腕を組んで考える素振りをしては、苦い顔をしていたのだけど、やはりと言うか、素直に祝福してくれないのは酷い気もする。


 むしろ、睦生くんと逸花がかなり盛り上がっていたようにも感じて、一際目立っていた。


 それから、瞬く間に噂は流れて、現在の准は普段と何も変わらない様子で睦生くんと話をして、私は何時ものメンバーで盛り上がっている。


 けれど時々、気を使おうとするように、二人きりにしてくるのはなんなのかしら。


 まぁ、有効的に使わせてもらうけど。


「そういえば、ノートに書いてた落書き、あれなんだったの?」


 体育の授業の終わりに水飲み場に居た准を捕まえた私が聞いたその一言。


 恐らく、世界でも准ぐらいだと思う。


「あれは⋯⋯僕の事が好きで好きで堪らない変人共だ」


 それだけで言って、准は校舎の中に入って行った。


 その背中がどうしてだろう。寂しく思えると同時に怖くも思えた。

トッキーお前の出番はまだ先だ。控えろ

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