言った者勝ち
序盤にかなりグロテスクの要素あります。
苦手な人はバックオーライ。
アサガオはサツマイモ属らしいですよ。苺が薔薇科だった並に驚きです。
『サナ』
少女の産まれは空弩街であり、平凡で、普通で、一般的で、何処にでもいる小学二年生の少女であった。
そう、少女は。
けれど、一人の人間は違った。
その人間の本名は当時の記録を見れば分かるのだろうが、僕の手元にはその記録は無い。
だから、これから呼ばれる人間の名は通称や異名やあだ名と呼ばれるものである。
その人間の名は『マッキー』と呼ばれていた。
温和で親切、そして人当たりが良い事で誰からも好かれる人物であった。
『マッキー』は当時大学三年生であり、理由やその意味は不明ながら、公園でよく黄昏ている事の多い学生であり、友達と歩く様子も目撃されれば、恋人と共に居た様子もあり、何不自由とまではいかずとも当たり前で何処にでも居そうな人物であり、子供から、世間から、近所からの評判が良かったのが、耳に入るほどであった。
そんな中、『サナ』は一つの問題を抱えていた。
両親の離婚である。
理由は本人にも分からずじまいではあるものの、帰りが遅い父親と母親と度々口論が広がり、離婚届を机の上に置かれ、「パパとママ、どっちの家に行きたい?」と聞かれた際、悩んだ末に父親の方を取ったらしく、その時の母親の表情が目に焼き付いているらしい。
しかし、それから数ヶ月後の夏に差し掛かるという時期に、母親は原因不明の怪死を遂げた事が始まりである。
それから、『サナ』は悩んだ。
自分が父親を選んだ事が切っ掛けで、離れた母親が死んでしまったのではないかと。
そして、悩んだ。悩んだ末に、公園で黄昏ており、仲が良かった『マッキー』に話をしたらしい。
その時の『サナ』は友達付き合いが少なく、家庭事情もひっくるめても家に早く帰り、父親を待っている事が多かったのだ。
そのせいで、打ち解けられる人物は少数で、家の近くにある公園でよく話をしている『マッキー』に話をしたのが経緯であり、理由である。
『マッキー』は言った。
「それは、父親が悪いんだよ。だから、■■■ちゃんは悪くないよ」と。
この言葉に多少思う所もあったが、自身よりも大人であり、人気者と称されていた『マッキー』の言葉はすぐに受け入れて、その日から『サナ』は父親に対する態度を少し変えた。
単純な反抗である。
『家では煩くするな』という言葉に対して無視をして、『お風呂に入る』と言われると我儘を。
『寝なさい』と言う言葉には駄々を捏ねたらしい。
そして気付けば、父親は他界した。
心臓発作による病死であり、家を出てすぐ近くにある駐車場で亡くなったのだと、僕らに語ってくれた少女の顔は今でも泣きそうなのを覚えている。
親の居ない子供は児童相談所に送られて、保護所へと向かうのが通例であり、少女もそれに従った。
親類の類いが居ない、静かで物悲しい父親の通夜は呆気なく終わる。
それから数日して『マッキー』が相談所へと顔を出して会いに来てくれた事で『サナ』は大喜び。
そして、ある事を教わったらしい。
『夜の二十時半はここの裏口は壊れてるから、公園においで?退屈でしょ?』
小さな一室で言われた小さな声での提案。
事実として、『サナ』は辟易としていた事もあり、大きく頷いた後に、彼の言葉通り、トイレと称して、廊下を渡り、エレベーターを使って、下の階に降りて、裏口から抜けたのだ。
『マッキー』の言う通りに。
ここで、もう少し知識があり、歳を重ねた子供であればきっと気付いていたのだろう。
何故、裏口が壊されている事を知っているのか。
何故、公園を指定したのか。
そして、何故『マッキー』は『サナ』と面会が出来たのかを。
けれど、小学二年生の少女にはそれよりも、退屈を凌げる絶好の機会として映っており、視界いっぱいに広がる外の世界に笑顔を向けて、飛び出した。
「マッキー!」
「あ、■■■ちゃん。来たね?」
「こんばんは。言われた通りしたよ!」
「偉いねー!本当に偉いよ」
「えへへ。それで、何して遊ぶ?■■■、玩具は持って来れなかったけど、なんでもいいよ!」
「大丈夫。■■■ちゃんが喜ぶと思って、玩具は持ってきたから。でも、ここじゃあ出来そうにないから、学校行こっか?■■■ちゃんの通ってる小学校」
「うん!」
そうして、始まった遊び。
少女の満面の笑みと朗らかに笑う『マッキー』の小学校での笑い声。
「んんんんん!んんん?んんんん!」
「駄目だよ?我慢したらさぁ〜。いい表情が台無しだよ?ほら、笑ッッてッ!」
「んんんんんんんんんん〜〜!?」
「あ〜、目が潰れちゃった。可哀想に」
泣く少女に呼び掛ける声は朗らかの一途であり、容赦もなく、目を潰した。
先端の尖ったアイスピックでほじくり出された眼球は放り投げられてしまい、痛みに耐え切れずに泣き叫ぼうとする少女。
けれど、その声はガムテープと縄で縛られた口元が阻害する。
「■■■ちゃんはこの教室の何処でお勉強してたんだっけ〜。あ〜、ここだね、この席」
当時の『サナ』の席は一番窓側で前から二番目の席であった。
しかし、視界は既に喪失している少女は、『マッキー』のいる位置が分からずいる。
「じゃあ、次はこの机で遊ぼっか?いや?そうか。⋯⋯⋯⋯ほんと?」
恍惚さが浮き出る笑みは少女の首を縦に振らせた。
「ほんと?ほんと?ほんと?ほんとかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ?」
「うぅぅぅ。うぅ」
「嘘は駄目だよ?もう一回聞くね?ほんと?」
「⋯⋯」
何も言えなくなってしまった少女。
二択の問題は常にやってくる。
少女にもそれが迫った。
眼球無き少女は、焦りながら、痛みを回避する選択を迫られている。
そして、頷いてしまった。
「良かったぁ〜。嘘つきは駄目だもんね?『ほんと』にね」
無理矢理立ち上がらされて、震える脚は力を失っていく。
優しく頭を撫でられて、笑う声が小さく聞こえた。
それと同時に、何かに向かって顔を思い切り叩き付けられて行く少女。
「んんっっ〜〜!うぅ」
「駄目だよ泣いちゃあ。机にぶつけたくらいでぇ〜。次はそうだなぁ、これ使おっかな。⋯⋯あははははは!なんだか、楽しくなって来たァァァァァァなァァァァァァァァ。あ〜〜、お願いね?まだ死なないでね?■■■ちゃんの腸も、肝臓も、膵臓も、心臓も何も見てないのにまだ、まだ!まだぁ!死ぬなんて許さないよぉ〜。あ〜、きっと女の子の臓器は温かいんだろうなぁ〜」
「⋯⋯んんっ!んんんんんんんッ!!」
そして、少女は死んだ。
見つかったのは合流した公園の真ん中。
見つけた近隣住民は阿鼻叫喚であった事は想像にかたくない。
首と身体を分けて、口には冬近かった季節には似合わないピンク色のアサガオが茎ごと突き刺さっており、首よりも下は公園にある砂で埋めつくされて、腹部と胸部の間は裂かれて臓器が剥き出しの状態で座った体勢で見つかった。
腕と脚は持ち帰られてしまい、今でも見つかっていない。
ここからが、『マッキー』の真に怖い所である。
『マッキー』は捜査線上にも上がっていたのだが、警察の慎重な捜査でもボロを出す事無く、結果的に証拠は見つかっていない。
けれど、『マッキー』が行ったとされる殺人は十一件。
『空弩街』における大量の連続殺人であり、実行も全てが一人。
そして、標的は女性のみであり、時に高校生や三十代女性もその枠に入っていて、一貫性が乏しくも見えた。
けれど、その共通点には全て、あるものがあった。
それは、家庭事情である。
皆が家庭事情に何かしらに歪みがある者達ばかりであった。
それだけでは一貫性と言うにはまだ乏しい感覚も拭えなかったが、それぐらいのものしか見つからなかったのだ。
そして、最後に『マッキー』の犯行と分かる事が一つあるのだ。それは。
必ず『子宮を燃やす事にある』
これが約二十年前、『サナ』に降りかかった事件。
そして七不思議の一つとまでされた【焼けの胎】のお話の一つである。
何故、七不思議とまでなったのか。
それは、皆が噂したからだ。
「いい子にしていないと、お腹を焼かれるぞ」と。
これが由来であり、根源。
もしかしたら、まだ理由はあるのかもしれないが、僕はそれ以外を知らない。
横に居た椎奈もそれぐらいしか知らない。
第一の七不思議にしては、腹持ちが良すぎる話はこうして終わる。
これから、僕達が向かう小学校は昔は公園であった所らしく、『サナ』が当時通っていた小学校は閉鎖されて取り壊されている。
━ ━ ━
「先輩それなんです?」
「ん?あぁ、まぁ。あれだ。御守りみたいなものだ」
「へぇ〜。変わった御守りですね」
小さな小袋に入っているそれは、袋の薄さから形が僅かに浮き出ていた。
それに多少の興味もあったが、もうそれどころでも無い。
何せ、リビングで聞かされた話が事実ならば、軽井椎奈の友人二人は卑劣な結果へとなっている可能性が高いのだから。
「じゃあ、行くか」
准の言葉で二人はその背中を追い掛けるようにして歩き出す。
「サナ。小学校の近くに行けばいいのか?それとも中に入った方が良いのか?」
「⋯⋯『あの人』に見られて、『あの人』を見なきゃ駄目」
「じゃあ、最悪中に入っても問題ないんだな」
「あの、先輩。一応、ゴリッゴリの不法侵入ですよね?」
「そんな事言ったら『あの人』なんて住んでる事になる」
「いや、お化けに何言ってるんですか」
「俺ん家に居たら絶対に金取らせる」
「うわぁ〜」
現在時刻は十九時十分。
まだ、教師が職員室に居るのかもしれないが、前提として、椎奈の友人が消えたのは夕暮れ時。
時間の頓着は必要がないのだ。
必要なのは、戦える武器と逃げれるだけの脚と勇気ぐらいのもの。
「緊張しますね。⋯⋯先輩、何かあったら助けてくださいね?」
「分かったサナを助ける」
「ちょっと!それは違うでしょ?!私は?!私の命はどうだっていいって言うんですか?!」
「どうでもいい訳じゃないけど、このままじゃあ、十中八九お前は攫われる前提だぞ?」
「え?!嘘ですよね?!」
「いや、本当だ」
そう、既に補足されている存在の椎奈を目当てに現れる可能性に賭けているのが准なのだ。
男が見ても現れないのならば、彼女だけが頼みの綱であるのだから。
「だから、これ」
「え?御守り?」
「そう、それ刺してやれ。効果がある筈だから」
「良いんですか?刺しちゃって⋯⋯。大事な物とかじゃあ⋯⋯」
心配そうにしている彼女だが、一向に構わんとばかりに即座に横へと首は振られていく。
「使ってこそだろ?使わないでどうするんだよ」
「⋯⋯分かりました。では、遠慮なく」
小袋ごと受け取った椎奈はブレザーにあるポッケにしまう。
鞄は准の家に置いて来ている現状、手荷物と呼べる物は無い。
大洲蒼太も通っている小学校は准達の通う高校から、徒歩で二十分程度の場所にあり、信号や車での走行が多い所にある。
そして、校舎の横にある坂が彼女達の攫われた坂であり、准達もそこをまずは目指す事とした。
「⋯⋯意外と遠くね?」
小学校まで行くならば問題無いのだが、問題は坂なのだ。
坂道が途切れるのは小学校の正門が近くであり、行きやすくもあるのだが、そこから向かってしまうと『あの人』と呼ばれる存在に校舎から補足されてしまう。
その為、上り側から行こうとしているのだが、そもそもの坂の流さが邪魔をして、高校を経由して遠回りのような移動ルートとなっているのだ。
その移動時間はなんと一時間。
「当たり前です!歩きですよ?」
「自転車買お⋯⋯」
「私、先輩と二ケツするの嫌ですよ?」
「誰がお前を乗せると言ったんだ?仮に乗せるにしてもお前が漕いでくれ」
「ええぇ!なんの拷問ですか?ペダル四つあるのとかじゃなくてですか?」
タンデム自転車という名称を知らない椎奈が「あれですあれ!」と身振り手振りして教えるのだが、自転車を漕ぐ姿しか見せない為、溜め息を吐いてしまう准。
「前後で漕ぐ訳無いだろ⋯⋯。あれ思った以上に馬力出ないし」
「二倍では無いと?」
「それ以下は間違いない」
しかし、准は知らないのだ。
しっかりと息を合わせて漕げば、速い事を。
一緒に乗った妹が脚を離し、ふざけていたせいで馬力が出なかった事と、坂道であった故に速度が上がらなかった事も。
「先輩がサボっただけじゃないですか?」
「あの時の僕は汗だくだったよ!真剣に漕いでも大した結果にならなかったんだ」
「では、実力不足ですね」
「お前、口が止まらないな」
「ふふん!後輩ですから!」
そこそこある胸をご自慢するように腰に手を当てている後輩を見た先輩である准は悲しそうだった。
そう、悲しそうだったのだ。
「先輩の僕が忠告しとく。お前のような後輩はいつか絶対に、その態度を改める羽目になるってな」
「なんですとぉ!私の何がいけないか討論でもしますか?!かかってこいよ〜!」
「何遊んでんだ⋯⋯」
呆れた物言いで、構える後輩を無視して行く。
そして、サナの手が伸びた事を確認した准はその手を取った。
「あれ?!ハシゴ外された?待ってください先輩!私を置いてかないでください〜」
「仲良いの?」
ふと、サナから言われた言葉に少し考え様子を見せると、首を横に振って見せた。
「いや、どっちかって言うと、今日知り合ったから悪いな」
「そうなんだ⋯⋯」
「先輩って馴れ馴れしいですよね」
「お前が言うか?」
『どの口が』と言いたげな准なのだが、椎奈が指差す方向を見て何が言いたいかは分かった。
「だってサナさん!二十年は前の人ですよ?!どう考えても歳上ですよね!」
歳上に向かって勢いよく指差す椎奈。
見た目こそは小学生なのだが、年齢だけなら確かに二十後半なのだ。
ただし、変化はあっても進化をする事もなければ、成長といった類はしない。
それが『幽霊』なのだ。
「いや、生きてたらな」
「ほら!ブラックワードを言う!」
「ブラックワード?」
「禁句って事ですよ!最近流行ってます」
「廃れちまえ」
「サナは大丈夫⋯⋯だから」
「ほら!気まで使わせた!鬼ですね!」
不服そうに口を閉じる准は、鬱陶しそうな素振りをして、椎奈を僅かに怪訝そうに見つめる。
「お前、止まらないな⋯⋯。というか、その『サナさん』ってのどうにかしてくれ」
「え?」
「サナでいいだろ?」
「それ、先輩が決める事じゃないですよね?」
「じゃあ聞いてみろよ。ほれ」
背を押されるように、立ち止まったサナの前へと来た椎奈はしゃがみこんで、目線を合わせた。
「ほれって⋯⋯。うぅん。えぇ〜と、あのですね〜。ゴホン。サナちゃんって⋯⋯呼んでもいいですか?」
「うん」
すると、思いっきり立ち上がって、後方に居た准の方へと駆け寄る。
嬉しそうにニコニコ顔で後ろに位置するサナを指差した。
「先輩見ましたか!」
「何をだよ」
「ちょっと、可愛かったです。悔しいくらいに」
とてもそうは思えない程に破顔しているだ。
(どの口が言うんだ⋯⋯)
そして、何を話しているか分かっていないサナを見ると、少し嬉しそうであったのを見て、「ま、いっか」と小声で呟いてしまう程にはどうでも良くなった准。
そして、交差点を渡り、高校近くまでやって来た。
後は真っ直ぐに道なりに二十分、歩いて行けば高校であるが、その途中にある信号へと身体の向きを変えていく三人。
赤信号のライトが綺麗なぐらいに光って、車は横を素通りしていく。
「お前、あんだけ怯えてたのが嘘みたいだな」
「だって、あんな話聞かされたら、嫌でも接しようってなるでしょ!」
同情は確かに出来た。
けれど、それで全ての対応が一新されるかと言われれば恐らく違う。
だから、准は椎奈に向けて、打って付けの言葉を与えたのだ。
「流されやすいって言われた事あるだろ?」
「⋯⋯黙秘権を行使します」
ビンゴだった。
「それ、警官の前で言ってくれ。僕達の間柄じゃあ使えない」
「えぇ?!嘘でしょ?!」
「ホントだ」
「くぅぅ〜。おのれ法律!」
「法律?⋯⋯まぁ、いいや」
赤から青になった信号を渡っていく。
人通りは少なく、部活終わりの生徒もチラホラ居るが、生徒同士で仲良く話し込んでいるようであり、准達には目もくれない。
「そういえば、サナって疲れないのか?」
「うん。平気」
「幽霊って便利そう⋯⋯」
「死んでも同じ事言えたら、褒めてやるよ」
揶揄うように言う言葉に頬を膨らませる椎奈は一突き背中を軽く叩く。
「むぅ〜、先輩って意地悪過ぎません?!」
「意地悪で言ってるんじゃないって。ただ、死んでも言えたら凄いなぁっていうちょっとした見解だ」
「それ含めて、意地悪なんですよ!」
「へいへい」
こうして、小学校に続く坂道へと歩みを続けて行く。
後方にいる集団に気付かずに。
━ ━ ━
辿り着いた坂。
赤い道で集合住宅側は木々が並んでおり、チラホラと犬の散歩をしている人も見受けられるその道は暗く、奥が視界では捉えられない程に伸びている。
椎奈がその暗さとこれから起こる事を想像して、臆してしまいそうになるものの、拳を握って、前を向いた。
「行くぞ?」
既に前を歩き始めている准とサナ。
その准の額から僅かに汗が零れた。
「⋯⋯はい!」
覚悟を決めたように後ろを着いて行く椎奈はゆっくりとその坂に脚を踏み入れた。
ゾクリ。そんな感覚が身体に纏わり着いた。
「ひぃ!!」
「どうした?」
「なんか、今。背中がゾゾゾってして」
「サナ。『あの人』って、学校の外に出るのか?」
「ううん。出ない。出るとこ見たことない」
「てことは、お前元々霊感あったんじゃないか?」
「なんですか?!こんな時に!」
「多分だけど、『視られた事』と『視た事』と『体感した事』で前々からあった霊感が起きちまったんだよ」
「⋯⋯それどうすれば治るんですか?」
「何もしない事だと聞いた。普通の人生送ってたら基本的には起きた霊感も鎮まってくんだってさ」
「そうですかぁ。良かったぁ」
『霊感』
誰にでもあればないもの。
知覚し、体感し、経験すれば深まっていくものであるが、深まり過ぎると戻れなくなる感覚。
第六感と呼ばれる直感とは違い、異質で現代の人間社会では不必要なものである。
当然、『サナ』が見えている段階で准もあるのだが、彼女程ではない。
けれど、准も感じた違和感に近い感覚。
それは、少年の身体を僅かに冷えさせるものであった。
「軽井、行くぞ」
「はい」
無言のまま、暗い坂道を下っていく。下っていく。
小石を蹴り飛ばしてしまっても、靴裏から擦る音が鳴っても、風が吹いて、髪や木々が靡いても、フェンスに手を添えて軋む音が鳴っても、息遣いが耳に伝わっても、下って行く。
そして。
「停まってください」
椎奈の言葉により、准は立ち止まった。
立ち止まって、振り返る。
「⋯⋯」
眉間に皺を寄せて、神妙な面持ちを浮かべる椎奈を見た准は察した。
『此処なのだと』
木々並んでいない校舎側の方面を眺める准。
暗く、電灯一つ付いていない暗がりの校舎。
職員室ですら、灯りが点っていないのが窺えるその小学校の校舎は不気味にも見ようと思えば見れて、不自然さが無いかと言われればない。
普通の有り触れた小学校であり、軽井椎奈の学友が忽然と姿を消した場所でもあれば、大洲蒼太が通っている小学校でもある。
「⋯⋯軽井、手を繋げ」
「は、はい?!」
「消えた時に一緒に消えた時と、僕がお前が消えてしまったと確認出来るようにの両方だ。他意は無い」
「でも、私が飛ばされた方が⋯⋯」
「そもそもの話。消えたから『あの人』の所に直接行けるって確証も無いだろ?二人三脚で消えた方が有利でもあるんだよ」
「わ、分かりました」
そうして、手を繋いだ二人。
サナを左手に、右手に椎奈の手を繋いでいる准は、ゆっくりと坂を下ろうとする。
「現行犯よ!」
そう、この声がなければ。
「え?」
「アンタって奴はぁぁぁぁッ!」
「ちょちょちょ!待って、奏海!グーは駄目!」
「桐江。お前⋯⋯」
「武島?⋯⋯はっ⋯⋯。嶺二ッ!」
「あはは。悪りぃ、停めたんだけど⋯⋯。すまん!」
殴り掛かろうとする富宮奏海とそれを押さえ込もうして全く押さえ付ける事が出来ていない牧原逸花。
その後方で准を憐れんだ様子で見ている武島颯悟。
隣には睦生嶺二がおり、二人の更に後方では紫島陸と幸坂浩太郎が歩きながらやって来ていた。
「アンタ!最低ね!藍莉が居て、その子と手を繋ぐなんて!この不潔!」
「待って待って!事情だけでも聞こうよ〜!うゎぁぁ、靴がぁぁ」
ズルズルと引き摺られるように身体は地面で音を鳴らして行く。
そして、速歩きで准へと近付いて行く颯悟。
「おい、桐江。なにか言え。藍莉と付き合ってる事を置いておいても何でこんなとこ居るんだ?」
准にはその言葉がどれも聞こえなかった。
否。聞こえていても、反応が出来なかった。
「先輩?これどういう?⋯⋯先輩?」
離れていく手。
サナの手も離れていき、上り坂を歩いていく准は、奏海と逸花、颯悟を素通りして一人の人物の元へと向かう。
そう、嶺二の元へと。
「嶺二!今すぐ帰れ!」
「え、何?!え?いや、流石に⋯⋯」
「後で弁明もする。だから今は帰るんだ!お前はここに来るな!良いな?」
「ちょっと待ってくれよ!俺も何が何だか?なんで俺だけ?」
「おい、桐江!キレて、当たって誤魔化そうとするな」
「お前は黙ってろっ!」
「な、なんだと!!」
背後で准の肩を掴む颯悟を一瞥もせずに投げ捨てた言葉は颯悟を苛つかせていく。
そして、拳を握って殴り掛かろうとしていた時、その手は止まった。
「まぁまぁ。桐江くん。流石に事情聞くだけでも良いんじゃない?」
浩太郎の手によって。
残り数センチ先にある颯悟の拳は、差し出されたかのように伸ばされた浩太郎の手によって准との接触を塞ぐ。
「幸坂。お前がこんなのに乗っかるなんてな。どういう風の吹き回しだ?」
「僕も、着いて来たくて来たんじゃないよ。喧嘩しそうになったら収める為にいるだけだよ?」
「桐江、キレすぎだってぇ〜。嶺二と仲良いじゃんか。どったん?」
教室を同じくする陸から見ても二人の仲の良さは知られている。
良すぎて入れない程には。
「お前らには関係ない。⋯⋯嶺二、兎に角、今すぐ帰れ!」
「呼び方が変わるほど切羽詰まってるのはいいけど、自分だけの主張が通るって思われるのは心外だよ?」
「幸坂。お前の頭の良さがもっといい風に回ってくれたら良かったよ」
「あはは。ごめんね都合悪くて」
惚けた様子で笑う浩太郎。
そして、後方で鬼気迫る勢いで坂を上がっていく奏海は当然、キレている。
よもや、誰よりも先に嶺二の方に向かった事、蔑ろにされたと勘違いしてしまった事。
そして、自身がここに居る理由が分かっていないと奏海視点では思っている事に。
「私の話が終わってない!藍莉の為にもなんか言いなよ?ねぇ!!ねぇぇぇ?!」
「ちょっと落ち着いてよぉ〜」
未だ、転がされる逸花の膝や服やスカートはボロボロになりつつあるが、一向に構わずに歩く。
やがて、力尽きたように倒れた逸花。
すると、凶報は鳴った。
「お兄さん!お姉さんが!」
「え?⋯⋯あ、⋯⋯っ消されたのか⋯⋯」
居なくなっていた。
忽然と軽井の姿は無くなっていた。
焦燥感を募らせていく中、准は名前を何度も呼ぶ。
偶々、先輩が怖くなって逃げてしまっただけなのではないか。
その可能性に賭けて。
「軽井!軽井ぃぃぃぃ!」
「⋯⋯あれ?あの子が居ない⋯⋯。何処に?」
最初に気付いたのは奏海だった。
そして、異変の認知は伝播していくように、各々が辺りを探し出す中、准だけが坂を走って行く。
「おい!桐江!」
「待てって!准〜っ」
駆け出す准を眺めて終わる彼等ではなかった。
当然追い掛けるのだ。皆が各々の速度で准の背中を掴まえるように。
そして、六人がやって来たのは、坂のすぐ隣にある小学校。
「なんで小学校?」
最初に違和感を持ったのは逸花であり、首を傾げて嶺二に聞くも、彼も知る由もないのでお互い首を傾げるのみ。
「おい!何やってんだ!説明しろ!」
「帰れ。以上だ」
「はぁ?!」
颯悟が准に問うもそれを一蹴して終わらそうとする。
それに対して、閉じられた校門をよじ登って行こうとする准の脚を掴む。
舌を鳴らして、睨み付ける准は蹴飛ばすようにして颯悟の手を離そうとするも、力強く握られた手は脚を離さない。
「武島、この際ハッキリ言ってやる」
「な、なんだよ」
「邪魔」
唖然とする颯悟に交代したように「はぁ?!」と怒声を上げた奏海が前進して、准の近くまで行き、脚を掴む。
「アンタどの口が言うのよ!」
「お前もだよ。邪魔だから帰れ。余計な首突っ込むな」
「ちょっと待ってくれ。准、どうしたんだ?」
心配そうに寄る嶺二。
けれど、その不安そうな顔色を一目見た後、すぐに掴まれている脚を動かすのに意識を集中し始めた准。
「嶺二、お前何時までっ!居るんだ?!帰れって言ったろっ?お前が一番っ!居ちゃ行けないんだぞ?」
「何言ってんのさ」
「ねぇねぇ、落ち着かない〜?桐江くんが怒ってるは分かるけど、理由知らないしぃ〜」
「お前らが邪魔したからだ。それ以外ない」
「ひぇぇぇ!」
睨んだ眼光に負けて、逸花が怯えて陸と浩太郎の後ろへと隠れるようにして、退避する。
それを見た奏海は、遂に、本当にブチ切れた。
掴んだ脚を強引に引っ張りあげようとする力は強まり、殴る始末。
噛み付きそうな勢いで、口は動いていく。
「邪魔って⋯⋯。アンタァァァ!藍莉が居て、夜に他の子と楽しくやってるのが邪魔っ?!巫山戯んのも大概にしろよぉぉ!」
これに殴るという動作が加わらなければ『いいぞ!もっと言ってやれ!』と声援が投げられてもいただろう。
口が悪い奏海と焦りで悪くなった態度をしている准。
そして、その態度は更に悪化する。
「叫ぶな。鬱陶しい!弁明はするから、今日は帰れ!余計な事に首突っ込んで、後で痛い目見ても、僕はどうなっても知らないからな?!」
直訳してしまえば、『明日にでも話すから今日は大人しく帰ってくれ。何も無ければ僕は後で謗りは受けてやるけど、何かあれば僕はどうしていいか分からない』なのだが、態度の悪さと口の悪さが融合した結果、聞いていた奏海の琴線は触れた。
「何それ?はぁ?!颯悟、コイツ下ろして、話聞くだけじゃ駄目かも⋯⋯」
颯悟の手加減を止めても良いとお許しを頂き、遂に本領発揮となる。
服の裾を掴むようにして、准はどんどんと颯悟達の方へと寄っていく。
「っっ⋯⋯サナァ!先に行けぇぇ!」
「うん」
託すようにして、既に学校の敷地内に入っているサナに叫ぶ。
「はぁ?サナ?え?何処にそんな犬が居るの?」
けれど、誰一人としてその姿を視認出来ていない。
「分かんねぇなら口にするなっ。喧しい」
「チッ。コイツ、ホントに⋯⋯」
「桐江。降りろ!そして、一回殴らせろ!」
「後にしろ!」
「だから、なんでだ?!」
「後で言うって言ってんだろ?!」
「お前なぁ?!それが説明になってると思ってるのか?」
遂に下ろされてしまい、胸ぐらを掴まれた准。
先程と違い、浩太郎は止めない。
呆れて殴られても仕方ないと諦めているのだ。
「退け!お前らが関わったってしょうがないだろ?!」
「藍莉の事が関係ないだと?ついこの間まで他人だった奴がよく言う!」
「はぁ?!⋯⋯確かに藍莉と関連はあるが⋯⋯、あれはおと──」
「黙れ!──んだっ」
嫌な予感が准にはあった。
これまでの態度と付き合い始めてからの態度。
颯悟は准に対して明らかに違っているのだが、それは准にも説明されずとも分かってしまった事だ。
それから、准は思い返していた。
あの時に『言っておけば良かった』という後悔の数を懺悔しようのない現実の中で。
「言わなくていい」
だから黙らせた。
「え?」
「お前の気持ちはわかってる。でも、言わなかったお前も悪い⋯⋯。少なくても、僕もアイツも言ってる。これがお前との違いで、お前に出来なかったら事だ。それ以上も以下もないんだよ」
「⋯⋯なに、⋯⋯何偉そうにっ!!」
黙らせる代わりに殴られる。これが准の取った選択。
後悔しか出来ないのなら、せめて憂さ晴らし程度は。
そう考えた准は黙って殴られるように目を閉じた。
「止めろって!颯悟!」
嶺二が必死に止めようとするも、殴る速度は駆け出そうとする脚よりも早い。
「止めなさい!」
それでも、この言葉には従うように止まった。
「⋯⋯藍莉?」
肩から息をする藍莉。体操服のままであるが、鞄は家に置いて帰っており、手元には無い。
「何やってるの?颯悟⋯⋯」
「あ、いや。これは」
「そうよ!藍莉の為に!」
「私、頼んでないわよ?」
「やらせろ藍莉。構わない」
「駄目よ。貴方が怪我したら私も怪我するわよ?」
「僕とお前の身体は連動してねぇよ」
「してるわよ。心はね」
微笑んでいる彼女。
車が一台通り過ぎて、ライトの明かりでよく照らされた彼女は嬉しそうにしている。
「藍莉⋯⋯。はっず」
けれど、彼女の言葉が厨二病のようで、鼻で笑ってしまう准は、つい顔を逸らしてしまう。
「颯悟、殴っていいわよ」
「あいわかった。フンッ!」
「あだぁぁあ!」
顔面に重いのが一発。
項垂れるようにして、倒れ込む准とそれを優しく背中を擦る藍莉。
「全く、殴るなんて最低ね」
「え!?藍莉⋯⋯お前が殴れって⋯⋯」
「知らないわ。空耳よ」
「お前も、最低だな⋯⋯」
徐ろに立ち上がろうとする准。
藍莉を睨ような視線は本人にも伝わり、そしてなんて事のないような態度で傍に居続けている。
「僕は来るなって言ったよな?」
「行かないとは言ってないでしょ?」
「状況分かってなくて言ってるなら、先に言っとくけど、危険だから帰れ」
「いやよ」
「マジでコイツ⋯⋯」
呆れて、睨む事を止めてしまった准。
溜め息すら零れている中、その溜め息は怒声で掻き消える。
「マジでコイツはコッチの台詞!藍莉、コイツと縁切りな?コイツさ、後輩と近くの坂で手を握っていたんだって!ヤバいでしょ?!」
ハッとなった藍莉は部活の後輩でもある椎奈の存在を見渡して確認する。
けれど、嶺二の傍にも、奏海と颯悟の傍にも、浩太郎と陸とその後ろに居る逸花の傍にも居ない。
何処にも居ないのだ。
「軽井さんね。どうしたの?」
「消えた。掴んでたけど、離しちまった⋯⋯」
右手を悔しそうに見つめる准。それを確かに視認した藍莉は振り返り、校門前まで歩く。
「そう。なら、急ぎましょう」
そして、よじ登り始めた事で焦って止めようとする奏海。それに気付いた藍莉は顔だけ向けて、寄ってくる奏海を見た。
「ちょっと、藍莉!」
「奏海?私はね。後輩一人、二人が手を握っていようと別に私にはなんの痛手にならないのよ?」
微笑んで見せた藍莉。けれど、奏海がそれでは止まらない。
「でも、コイ──」
「私は、それでも、ちゃんと好きなんだもの。それだけで私は幸せなの。充分とか満足はさておいてね。だから、心配しないで。⋯⋯行きましょう、准。軽井さんを助けないと」
付け足すように「惚れた弱みね」とだけ言って、脚を上げて跨った藍莉の片脚を掴む准。
「聞いてなかったのか?帰れ」
「⋯⋯なら、私一人で先に入るわ。着いてきて」
「おい!」
遂に学校の敷地内に入った藍莉は歩き出す。
それを見ているだけの准ではなかった。
もはや、止めようとする者はおらず、一気に校門を跨いでいき、着地したと同時に藍莉の後を追い掛ける。
「藍莉⋯⋯」
悔しそうにその名前を呼ぶ颯悟。
そして、彼もよじ登り始めて、釣られるように皆が校門へと跨って行く。
逸花と奏海は陸に手伝って貰う形で敷地内へと入り、二人の後を追う。
不法侵入者は八人となって小学校へと向かった。
次回、ハラハラドキドキの肝試し。
皆も不法侵入は止めよう!
溜め書きしたいので二、三日空けます。
ご了承ください。




