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この街は今日も語る  作者: 紫芋
第1シリーズ 軽井椎奈は語り合う

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14/96

鐘の音の下、幸あれ

七不思議に詳しく無い紫芋です。


今回も長めです。


ご了承の程をお願い致します。

『空弩街《あくどがい》七不思議』


 日本では、本所七不思議や学校の怪談が有名所であり、世界基準ならば、ギザの大ピラミッドやバビロンの空中庭園、アクレサンドリアの大灯台等だろう。


 そして、この『空弩街』にも街単位で七不思議が存在しているのだが、不思議な事にそれらを調べようと現地入りした学者や物好きなオカルトマニアは皆、口を揃えてこう言う。


「空弩街の図書館に行けば普通に全容が載ってました」


 つまりこの街の『七不思議』は既に事実的根拠に裏付けまでされた扱いで、解明されている事となっているのだが、誰もそれを公表しないのが通例なのである。


 もはや、それすら七不思議に入りそうな事柄なのだが残念な事にそれは入っていない。


 それでは僕がサイトで見た『空弩街七不思議』の七つ不思議をお教えしよう。


【一、焼けの胎《はら》】


【二、七八区《しちはっく》】


【三、象願林《そうがんばやし》】


【四、夜勤教師】


【五、零山《れいざん》灯明《とうみょう》】


【六、一命樹木《いちめいじゅもく》】


【七、流れ子宮《こみや》】


 僕は後に、この七不思議の全容を正しくご教授されたが、ハッキリ言っておこう。


「僕は■■■■■■が嫌いだ」


 これは間違いなく、本音である。


  ━ ━ ━


「笠辺沙耶先輩は何処《いずこ》か〜ッ!」


 三年三組の教室の出入り口にて臆面もなく恥ずかしい物言いをする少年──桐江《きりえ》准《じゅん》。


 人目を気にする様子は多少あったが、それでもこちらの方が『逃げるに逃げられないだろう』と踏んで敢えてした事である。


「君、何年生〜?」


「二年です」


「そっか〜。あ、笠辺さんは今日早退したよ?」


「⋯⋯はぇ?」


 間抜けが声が少年の口から発せられた。


 そして、面も同様に。


 それを見て薄ら笑いに近い声を発した三年生達を一体誰が責められようか。


 恥ずかしくなった准は顔を赤らめながらも一礼だけはしっかりとして、そのまま自身の教室へと戻ろうとトボトボと歩き出す。


「めっちゃ、恥ずいじゃん」


 勢い任せにした事とは言え、まさかご本人が居ないというアクシデント。


 更にスマホや連絡先も知らないという状況。


『除者《じょしゃ》』を継いでいる彼女のお家事情に帰宅した可能性もあると判断して、そのまま何も言わずに階段を下ってベンチへと戻ろうとしていた。


 そう、していたのだ──予期せぬ人物が現れるまでは。


「桐江。ちょっと来て」


「は?」


 声を掛けたのは誰か?


 二階にまで下りた辺りで唐突に呼び掛けられた声の方向へと振り返り、その人物を視認すると共に心底嫌そうな顔を浮かべてしまう。


 その人物は青のシュシュで後ろ髪を結っている女子生徒、クラスメイトの一人にして大洲《おおしま》戦隊ヤカマシンジャーの構成メンバーの一人。


「お前は本当に友達想いだな、富宮《とみや》」


 富宮《とみや》奏海《かなみ》は不機嫌そうに准を睨んでおり、その理由にも概ね察しがついている准は歩き出す彼女の背中を追うのみ。


 決して普段から怒る様子を見せない彼女は大洲《おおしま》藍莉《あいり》と付き合っていると発覚もとい開明してから彼女が少年に向ける態度は、三年前と比べて少し変化していた。


 連れ出された先は部室棟。


 最後に少年が此処《ここ》へやって来たのは、過去へと跳躍する前の時が最後であり、現在の時間の流れとなってからは初。


 准自身から見ても変わり映えのしない普通の部室棟であり面白味も何もない。


 そんな部室棟の中に入ってすぐの廊下で立ち止まった彼女は振り向いたと同時に怪訝そうな顔で准を睨み付けた。


「アンタ、あれなに?」


「あれとは?」


 心当たりがございません。そう言いたげな表情をすると、堪忍袋の緒が切れる寸前の奏海は青筋を立てた。


「アンタ、食堂前で後輩と楽しく駄弁ってたでしょ?」


「なにが駄目なんだ?」


 思わず頭を抱えて、瞼を強く閉じる。


 開いた瞼は細く、憐れむように准を睨む。


 しかし、准にとっては見慣れた光景。


 中学校が同じだった彼女と准、その為かある程度ならば彼女の事を知っている。


 そう、全てではなくても、ある程度は。


「はぁ〜。藍莉もそれ見てたの。心配そうにね。彼女なの、理解してる?」


「彼女だろ?分かってるさ。別に夫婦じゃないんだから、違法でも違反でもないな」


 極めて面倒臭そうに視線を逸らしながら、飄々と口にする准だが、舌を鳴らして腕を組む。


「気持ちの問題って言ってんの。藍莉の気持ち汲み取ってやんなよ」


「その調子で僕の気持ちも汲み取ってくれ」


「はァ?アンタの事はいいのよ」


 呆れた様子で「馬鹿じゃないの」と一蹴。


「なんでだよ」


 納得のいかない准は億劫にしつつ、壁に凭れ掛かる。


「私は藍莉の友達なの。アンタの友達でも無いのに、わざわざ掛ける情けがある訳無いじゃん」


 彼女の──奏海の悪癖が出たと、顔を俯かせてしまう。


 超弩級の贔屓。彼女にとって関わった事のある人間とそれ以外の人間の対応の差が極端である事は准にとっては厄介この上ないのだ。


 あくまでも彼女から見て関わりが多いと判断して決める為、准との中学校時代はカウントされてすらいない。


 更に言うならば、彼女からすれば「みんな当然のようにやってるでしょ?」と口酸っぱく言う付録付きである。


 本誌も付録も魅力値ゼロで終わっている場合どうするか。


 買った事を後悔するように、舌打ちをするのみ。


「じゃあ、彼氏彼女でも無いお前は、僕達の問題に関わってくるな。鬱陶しいだけだ」


「⋯⋯本当にコイツこういうのだから⋯⋯。なんで藍莉がアンタなんかと付き合ったのか訳が分かんない」


 友達贔屓は止まらない。


 藍莉との関わりが深くなった准にとって、奏海という存在はある意味難敵以外の何物でもなかった。


「聞けばいいだろ?」


「聞いたら、内緒って言われた」


「じゃあ、内緒だな⋯⋯。この話は終わりか?戻っていいよな?」


 一刻も早く緊急脱出を果たすべく、脚を動かそうとする。


 そそくさと後腐れを多分に含んだ視線を敢えて見逃す准であったが、それを塞き止めるような声が響く。


「駄目よ。私も話があるもの」


「藍莉?!」


「来ちゃったよ。戦隊リーダーが⋯⋯」


 訝しむ様子を見せていた奏海の後を追い掛けた藍莉がやって来たのだ。


 今日だけに留まらず過去数度、呼び出されては奏海に説教をという名の拷問を受けていた准を傍から見続けていた藍莉──流石に気付かない訳がない。


 大洲《おおしま》戦隊で気付いていないのは紫島《しじま》陸《りく》ぐらいのものだろう。


「ごめんね奏海」


「え?」


 遠くから聞こえる藍莉の声は徐々に近付いて、奏海の傍に寄る。


「ちゃんと、私達は私達で話し合うから。奏海は気にしすぎないでね?」


「ごめん。⋯⋯もう行くね」


 申し訳なさそうに去ろうとする奏海と流れのままごく普通に去ろうとする准はシメシメといった表情を浮かべていた。


「貴方は残りなさい」


 しかし、逃げられない。レベルが全く足りないようで、襟元を掴まれてしまっていた准に手立てはない。


「⋯⋯駄目か」


「なによ?疚《やま》しい事でもあるの?」


 揶揄うように微笑む彼女。


 怒っているというよりも、嬉々に近しいものを感じた准は諦めた様子で逃亡を断念。


「別にそうじゃない」


「じゃあ、ちょっとだけでも良いから、此処に居て」


 そう言われて部室棟の最上階まで上り切ると、階段に座らされていた准は、首を傾げてしまう。


 そんな少年を無視して、藍莉は気にせずにスカートをきっちりと伸ばすようにした後、座り込む。


「ねぇ」


「⋯⋯何?」


 椅子と言うに冷たく固くて仕方ない。


 けれど、文句は口には出さず、ジッと准を見つめる藍莉の気持ちを察せれずにいた。


 思わず視線を逸らして建物の上に設置されている天窓に視線を移すと、曇天の空模様を見つめる。


「あの子はあぁ言っているけど、私は貴方と今一緒に居れる事、後悔してないのよ」


「知ってる。だから余裕だった」


 事実、なんの憂いも間違いも無いと信じている。


 だからこそ、軽い態度で問答をしていた。


「なにそれ。ふふ」


 はにかむように微笑む彼女。


 けれどその頬の緩みはすぐに消えてしまい、ほんの少し空いた二人の距離を埋めるように近寄って、頭を肩に乗せる。


「どうせ、何か巻き込まれたんでしょ?あの黒いワンピースの女の子、周りも陸上部の人達も見えていなかったようだし⋯⋯。軽井さんに何かあったんでしょ?」


 察しの良さと不可思議な経験や体感が生きたのだろう。


 藍莉にもサナの姿が視認出来ており、准が何かに巻き込まれたと理解してしまった。


 椎奈に対する心配もある、しかし比率としては准の身を案ずる割合が高く、不安そうに手を握る。


「大丈夫だって。こういうのに一番慣れてる僕が適任だ」


「でも、貴方は普通の人でしょ?それなのに⋯⋯慣れてしまって認識《みえ》ちゃってるのよ」


『心配無い』と思わせたくて准の左腕がそっと藍莉の右腕に触れた。


 藍莉には見えてしまう。それは影に入った残滓故か、それとも本来の彼女の視認力の問題か、それは准には分からない。


 だが、寄り添って慈しむように隣に居てくれる藍莉は准にとっては最高の理解者であり、伴走しあうパートナー。


「でも軽井だけじゃなくて、軽井の友人が二人、巻き込まれてる。もう、他人事って訳にはいかないだろ?」


「⋯⋯私も行く」


「駄目だ」


 右腕に触れていた左手は自然と力が籠る。


 気圧すように阻害して、彼女が発した言葉を棄却して欲しかったのだ。


 一つのトラウマ。目の前で救えると思い上がって、約束までした結果、何も出来ず話を聞くだけ聞いた挙句に目の前で死なせた事実。


 決して、准のせいではなくても──それは心に、記憶に抉り刻まれて、完治しない傷として彫り上がっていた。


「⋯⋯行く」


 彼女も止まれない理由《トラウマ》がある。


 家族のゴタゴタで巻き込むだけ巻き込んで、結果として弟を含めた自身を救済しようとした代わりに車両に轢かれて大怪我を負わさたという負い目。


 治癒が異常なまでに早く、入院生活は僅か四日間という電撃退院をした後も知らぬ所で大惨事に巻き込まれていた現実。


 これ以上、独りで背負わせない為に彼女は意を決して並走しようとする。


「駄目だ。サナが言ってた『お姉さんみたいな人が襲われる』ってのは、つまり女性を多く狙ってるって事も考えられる。わざわざ連れてくと思うか?」


「それを言うなら年齢の事かもしれないでしょ?」


「尚の事、藍莉を連れて行けないだろ」


 どちらも該当している可能性がある藍莉を連れて行くという懸念事項。


 十中八九巻き込まれて、死亡の可能性とリスクを跳ね上がる事となる。


 そんな事を准は当然、許さない。


「なら、准が私を守りなさい。私もちゃんと貴方を守るから」


 肩に乗った頭は体重を掛けるのを止めて、准の顔を真っ直ぐと見直した。


 不甲斐ないと捉えられても仕方ない顔付きで座る少年を藍莉は見据える。


「僕は正義のヒーローじゃない。少なくても守れるか自信なんて無いんだ」


「それでもお願い」


 弱音は重々承知の上、弱腰は至極真っ当であり、弱気な言葉を肯定した上でそれでも頼み込む。


「仮に藍莉が死んだって仮定したとして、僕が生き残ったとして。その時、僕はまた飛び降り自殺しなくちゃいけなくなる。アレ、痛みが最初──」


「ちょっと待って?」


 言葉は掻き消された。


 小さく声を漏らした准は、俯いていた顔を上げて藍莉の顔を窺ったが、その時には既に険しい表情となっており、彼女の両手は握り締められる。


「私、それ知らないんだけど?どういう事?飛び降り?!⋯⋯まさか。どうしたら時間を飛ぶ方法に飛び降りって選択肢があるの?⋯⋯死んだって事?その後、また轢かれるつもりで?」


 完全な初耳。時間跳躍の方法をわざわざ聞くのも野暮と思い、あの日からそういった話は敢えてしてこなかった。


 准は事実として飛び降りる前から轢かれる可能性を予期しており、朝倉拓也から齎された知識を上手く活用したとも言えるが、自殺行為に走ったと見られても間違ってはいない。


 生きてる可能性なんてものは准には感じ取れないが、それでもあの日の夜は身体がそうさせたと言わざるを得ないのだ。


 後悔もなければ、誤りだったとも准は全く考えていない。


「まぁ、結果的には、そうなるかな⋯⋯。まぁ、今生きてるんだから問題ないだろ」


「何言ってるのよ!」


 肩を掴んで揺するようにする。


 下の階から既に陸上部部員の声が聞こえ始めているのにも拘わらず、悲しさが含まれた叫びは部室棟へと響かせた。


「自分の命を粗末にしないで」


「それしか無かったんだよ。あの時の状況からしても、後の祭りって分かってたから、ズルしてでも助けたかったんだ」


 ズルという自覚はある。


 仮に別の誰かが似た力があって助けたい人間が居るのなら、同じ選択を取る物もきっと居る。


 偶々、環境に恵まれただけの凡夫の少年は、罪悪感が無いわけでは無かった。


 けれど、そんな罪悪感よりも『大事な者を助けたかった』という気持ちが勝ってしまっただけの事なのだ。


「⋯⋯ごめんなさい。本来、私が説教するのは違うのよね、きっと。私が准を死なせたようなものだし」


 また一つ、藍莉の罪悪感が蓄積される。


 顔を俯かせて、謗りも妬みも甘んじて受けるといった様子にも窺えてしまった准は優しく言う。


「それは違う」


「どうして?」


 頭を優しく撫でる。


 それが意味のある行為か否かは准は知りえない。


 俯いたままで居た堪れないその表情を受け止めながら頭を撫でるのを止める事をしなかった。


「自分で決めて、頼み込んで、してもらった事なんだ。そこに誰かのせいとかじゃない。⋯⋯強いて言うなら自分のせいだ」


「⋯⋯っ」


 唇は固く閉じて、自責の念に苛まれる。


 だが、それでも准は言葉を綴った。


「それに、今の生活も嫌いじゃない。だから、もう終わった事だって割り切れる。⋯⋯終わった事なんだよ」


 思わず口を開き、何かを言おうとする藍莉だったが、それを言わせないように、一人で勝手に終幕させていく。


 言わせては平行線の一途を辿ってしまい、並走する二人。


 終わった事と割り切れればどれほど楽な事か、藍莉にはそれが出来ずにいた。


「⋯⋯」


 藍莉が納得したとはとても思っていない少年はそれでも時間が解決してくれると信じて立ち上がる。


「じゃあ、行こうぜ。予鈴鳴っちまう」


 一歩、脚を下ろして段差を下りる。


 しかし、後ろに引かれる感覚がそれを阻止して、溜め息を零して振り返った。


「なんだよ?何かまだあるのか?」


「察しなさいよ」


 見上げた顔は泣きそうで、それでいて駄々を捏ねる子供のように頬を膨らませており、准はそっと諦めた。


「⋯⋯これは、五時限目フケるしかないな」


 彼女の両腕が横に広がる。


 だから、准はゆっくりとしゃがんで抱き寄せられに行く。


 背中に触れている手の力が妙に強い。


 顎を藍莉の肩に乗せて、グッと力が籠められたのを感じた。


 しかしそれは締める為ではなく、身体の震えを抑える為であり、曇天の空によって齎された薄暗くて涼けさが纏わりついた部室棟を互いの体温で温める。


 藍莉の頭を再度、優しく撫でて二人の距離をゼロにして密着──邪魔者も居らず、ただ感じる体温と鼓動、肌と髪が確かに存在(いきて)いると実感させていく。


「ごめんなさい。貴方を殺しちゃって。私、ちゃんとするから。だから、貴方も生きてね」


「⋯⋯あぁ」


 啜り泣くその声色は後悔と自責の結果によるもの。


 そして、死への恐怖と今尚温めてくれている存在の消失への危機感と畏怖感。


 髪が鼻腔を擽る。


 波のある髪は彼女の背中を覆い隠すように伸びており、触り心地が良く、夢中で梳く。


「藍莉もちゃんと生きろよ?蒼太が居るんだ。だから、生きろ」


「当然」


 震える声に覇気は決してなかった。


 けれど、肩に付着した水滴は、もう落ちてこないと確信を得た准は彼女の頭を上げさせた。


「あ、そうだ。ちゃんと、言っとかないと」


「なに?」


「僕も⋯⋯僕も藍莉と居られる事は嬉しいって思うよ」


「⋯⋯それだけ?」


 目を腫らした彼女が目を細めて言う。


「え?」


 予想外だった言葉に困惑して口が僅かに開いた少年。


「あの時はしてくれたのに⋯⋯」


「⋯⋯あぁぁ。あの時は雰囲気というか、流されたというか⋯⋯」


 目を逸らす少年。


 そう、あの時以来していないのだ。


「私が促したって言いたいの?」


「いや、そうじゃないけど」


「なら、また私からしてあげようか?」


 揶揄うように微笑んだ彼女。


「⋯⋯」


『それで良いのか?』という感情と『それで良いんじゃないか?』という感情は二律背反でせめぎ合って、最終的に──。


「ん!」


 前者を取った。


 時間跳躍する前の誕生日の日以来のキス。


 お互いに目を閉じていたが、それは恥ずかしいからなのか、閉じるのが定石と何処かで習ったからなのか。


 どちらにしても、十秒以上の長いキスはようやく終えた。


「⋯⋯これで文句無いか?」


「⋯⋯下手くそ」


 破顔して正面に居る准に言い放った言葉。


「泣きますよ?」


「ふふ。なら、泣かないように練習。⋯⋯しときましょ?」


「⋯⋯そうだな」


 予鈴の鐘が鳴った時刻。


 二人は再びキスをした。


  ━ ━ ━


「これ、何で出来てるんだ?」


 小さな鏃《やじり》。それを僕は受け取った際に発した最初の言葉はそれだった。


「聞かない方がいいぞ?」


「何処でこれを?⋯⋯如何にも危険な感じがするんだが⋯⋯」


 鋼、鉄等の有り触れた物で出来ていると思っていたが、そうでは無いのだと触れた瞬間に伝わって来る。


 何処からどう見ても遠巻きから見れば普通の鏃なのに。


「室町時代で巨大百足の退治が有名な奴が居てな、その当時から、『物に宿る』ってのが伝わってたらしくて、ちょっとした縁で貰ったけど、俺は使わないし、勿体ないでどうしようと思ってたんだが、丁度良いってなったから渡しておく」


「因みにどう使えと?」


 鏃を指先で摘むようにして持つ僕は決してそれに刺さらないように慎重にとしていた。


 けれど、それを笑うように頬が緩む朝倉《あさくら》さん。


 どうして、笑うんですかね?


「耐性付けるなら自分を、殺すんなら相手に刺す。これだけだ」


「手軽だな」


 てっきり、『儀式に使え』とか『これを装着しろ』とかそういった物かとばかり思っていた僕は、呆然とそれを眺める。


 危険な香りはする。けれど、それと同時に惹き込まれる感覚も確かにある鏃は、鈍く光っていた。


「自分を刺すっていうのは止めとけよ?」


「刺さないって」


「いや、場合や状況は二転三転が定石なのが『有り得ない事象』なんだぜ?身をもって体感しただろ?」


 既に僕は三回程、『怪異』や『不可思議』といった事柄や事象に遭遇している。


 状況が思い通りになった試しは確かにないし、これからもそうとはならない。


 目の前で雑魚寝している男の言い分は自然と正しいと思考は誘導でもされるようにサラッと通った。


「⋯⋯仮に僕に刺したらどうなるんだ?」


「世界のレールからちょっと外れるってのが分かりやすい表現方法だろうな。社会のレールから外れるのとはまた違って、そもそも認知されにくくなる。そうなると、アイツに施した処置も無になる。わかってるな?」


 意味が全くわからない。けれど、最後の言葉と意図はしっかりと伝わっているから、僕は刺さないようにしなければならないと、固く決断した。


 そう、アイツの為にも、してはならない。


「じゃあなんで渡すんだよ⋯⋯」


「何かあった時の為だ。本当にヤバいとなった時の為の一時処置。対処、対応。言い方なんてなんでもいいが、それでもお前を助けた俺の為と思ってくれ」


「ん?なんでそうなる?」


「俺が助けた人間は、等しく老衰で死んでくれなきゃ困る。助けた意味が薄れるからな」


 起き上がった男。それを見上げる僕は悔しいかな──少し、微笑むその男が羨ましく思えた。


「⋯⋯何かあるのか?」


「あるさ」


「なにが?」


「気持ちの問題しかないだろ。少年」


「⋯⋯気持ち」


「まぁ、今は御守りぐらいの感覚で持っている事だ。俺が居る間はそれは使わなくていいようにはしてやる」


 居る間。そうは言うが、この男の姿を見ない時間がある。


 必要な時に限り、何故か居なかったり、居ても何処か用事のように去って行く時がある。


 何かあるのは知っているが、それにしてもだ。


「そうは言うが、アンタ時々どっか行ってるだろ?アレなんだ?」


「俺は旅人だぜ?そりゃ、ここだけじゃなくて色んな所に行って冒険の百や二百はするさ」


 なんで百、二百なんだ。普通、一、二くらいだろ。


 旅人とこの男は名乗っているが、風貌だけ見ればそれには見えない。


 ボロボロの黒いジャケットに、鞄の類も無し。


 手持ち無沙汰にも程がある。


 けれど、この男。飛べるし、光線出すし、他にも様々とやりたい放題で、ハッキリ言って鞄が無くても何かしらの物はあって、それで荷物を収納しているようにも考えられる。


 結局、僕はその男の事が何一つとして知り得ないし、彼もそれを教える気が無いのだろう。


「その間に死んだらどうするんだって言ってんだ」


「死んだらとか考えてる時点で意志が弱いぞ?少年」


「僕はあんたみたいに強くないんだ」


 一般人かつ普通の人間に何を求めていらっしゃるのかって話だ。


 死ぬ事を想定する事の何がいけないのか。


 男は僕を見て、「ふっ」と軽く鼻で笑うと高らかに言う。


 そう、高らかに。


「安心しろ。神々も魔神も、怪獣怪人異星人幽霊悪魔も人も。誰もがそう言う。皆等しくな。だから、お前だけじゃない」


「⋯⋯」


 正直、誇大妄想でも入ったのではないか?


 そう思わざるを得なかった。


 神様って。魔神ってなんだってなるし、怪獣もそうだが、怪人って何処で出会えるのか、お目にかかって見たいな。写真撮りたいし。


 男はそんな酷い妄想を口にするけど、至って真剣な顔付きで僕に向けて言葉を紡ぐ。


「自分が特別なんて思い上がるのは、特別な相手とだけにしておけ。俺のようなマジもんの特別と比較するな」


 結局は自分語り。余程寂しい人間のようだ。


 それと同時に、僕はそんな男に慰められている。


「なんだ、その顔?」


「こうにもなるさ⋯⋯」


「自分の人生、生きやすくする為に他人と比べるぐらいなら可愛いもんだが、蔑める為に比較するな。それは、自分だけじゃなくて、他人すら殺すぞ?」


「大袈裟だな⋯⋯」


「大袈裟でいいのさ。絵本の世界ですら大袈裟なんだ。でも子供はそれを聴いて、視て、情緒を学ぶ。同じさ。俺はお前に大袈裟に物を言う。だから、お前は自分の為に。⋯⋯苦楽の為に特別を探せ。自分のだけのな」


「何言ってるんだ?アンタは?」


 いよいよ、カッコつけのような事を口にしだした。


 それが堪らなく、身体を冷えさせた。


「ふっ。餓鬼だな。俺もこんな時代があったから、そこまで言わねぇけど⋯⋯」


「ん?」


「サービスで一個教えとく」


「何さ?」


「この先の人生。天秤に掛ける物事があったとして、それを選択するのが少年だったとする。その時が来たら────────」


 あれ?どうして、聞こえないんだろう?


 そうか。これは、夢だ。あの日を最後にあの人と、直接会う事は無くなったんだ。


 今思えば、もっと、話くらい聞いとけば良かったな。


  ━ ━ ━


 軽井《かるい》椎奈《しいな》はバスケットボール部所属ではある、そんな彼女は本日部活を休んだ。


 体調不良を理由にしていたのだが、明らかに様子がおかしいと皆から言われていた事と、顔色の優れなさが功を奏した結果。


「本当に⋯⋯行くんですか?」


「いや、お前はサボらずにこの子連れて来てくれれば良かったんだけどね?」


「そういう先輩は、ゴーストバスター先輩を呼んでくれたんですか?」


「呼びたかったけど、ご事情で早退なされたんだよ。だから居ない」


「はいいいいい!」


 頬に手を当てて、軽い悲鳴が上がった。


 通学鞄をボトッと落としてしまい、中に入っている荷物の軽さが音として表れた。


「なにしてんの?拾えよ」


「だだ、だって!先輩の嘘つき!ハゲ!うわぁぁぁん私の人生終わったぁぁぁ。私の友達の人生も終わったぁぁぁぁぁぁぁ!」


「勝手に終わらせんな。⋯⋯てかおい、誰がハゲだ!!」


 そうして、校門前で待ち合わせをしていた准と椎奈と後ろをひょこひょこと着いてくるだけのサナは小学校へ!


 ではなく、准の家へと向かう事になった。


「なんでぇぇ?!はっ!⋯⋯先輩の変態!下着に興味ないとか嘘じゃん!私の初めてがぁぁあ!」


「違ぇぇよ!てか止めろ!公衆の面前で止めろ!マジで止めて下さい!」


 帰宅部所属の生徒達からそれはそれは可哀想なものを見る目で見られて、通りかかった主婦方からはコソコソと口添えが始まった。


「んんん!すんふぁん!!」


「お黙り!」


 焦燥感に釣られて、嫌な汗が吹き出て来る准は、椎奈の口元を抑えるようにして無理矢理黙らせる。


「はじめて?」


「大丈夫だぞ?お姉ちゃんは頭が悪いから発作みたいに、たまぁ〜にだけどおかしな事言うんだよ」


 あどけない様子を全面に本当にその手の知識が皆無のサナは不思議そうに二人を見つめており、何よりもその視線が准には痛かった。


「ぷはっ!⋯⋯なんで先輩の家なんですか?!私、入らなくてもいいですよね?」


「まぁ、いいけど」


「え?!本当ですか?」


「用があるのは僕だけだから」


 そう、『幽霊や怪物限定』だが、有効性のある物を探そうと家に一度帰宅しようと画策していたのだ。


 どの道、小学校に行くのは夜からであり、時間は多くある。


 焦って探す必要も無いが、先に見つけておくに越した事は無いとして、家までの道を歩く准達。


「というか、先輩。連絡先交換して下さい。私、何処で待ち合わせか分からなくて結構ピンチだったんですよ?」


「無い。ゴーストバスター先輩に命と引き換えに消された」


「はい?」


 首を傾げて、訝しむ。気でも触れたか、妄想を語っているのか、どちらにしても不可解な言葉を投げられて困惑してしまう彼女なのだが、その様子に一瞥もしないで准はふと後方へと視線を向けた。


 トボトボと二人からは距離を開けて、決して邪魔にならないようにとしているサナが歩いている。


 その様子に少し目を細めて、手を伸ばす。


 傍から見れば、何も無いところで手を伸ばしているようにも見えるだろうが、一人の後輩には確かに伝わっており、准もそれで良いと納得出来ていた。


「サナ。隣に来いよ」


「⋯⋯うん」


 夕暮れに鳴いた烏により、掻き消えそうな微かなで弱々しい声の主は、歩幅の小さい駆け足は准の隣へと位置する。


 そんな少女の手をゆっくりと手に取って、優しく包み込む。


「こっちの方か良いだろ?」


「⋯⋯うん!」


 それを見ていた椎奈は准の顔を見て、何かを察したように言う。


「先輩、もしかして、子供に甘い感じですか?」


「お前も子供だったらもう少しだけ、甘くしたんだけどな」


「いりませんよ〜だ!」


 舌を出して、彼女の手はブレザーのポケットへとしまわれた。


 それを見ていたサナはもう片方の空いた手は伸ばす事を止めて、垂れ下がってしまう。


 一時間掛けて帰路に着く准達。玄関前で辺りをチラチラと見回して、訳ありげに頷く椎奈。


「先輩の家、普通ですね」


「いや、まだ玄関に入ってもないじゃない。何が分かるのさ」


 スマホを暇つぶしのように見ている椎奈だが、ハッとなって急かすようにして准へと問い掛けた。


「⋯⋯夜まで待たなきゃなんですよね?帰ったら駄目ですか?」


「今更?ここまで来て?なんで言わないのさ」


 言う機会は恐らくあったのだが、椎奈目線で見れば、言うタイミングというのが無かったのだろう。


 トントン拍子に進む現状(ともだちの)救出。


「『あの人』はお姉さんが来ないと、多分お顔、見せない」


「僕だけじゃ駄目なのか?」


「⋯⋯うん」


 サナの一言は椎奈の強制出動命令。


 苦い顔をして、唸るような声を出してしゃがんでしまう椎奈は頭を抱えてしまう。


「うっそぉ⋯⋯。逃げていいですか?」


「友達見捨てんのか?」


「そうですよね。あ!⋯⋯警察に言うとかは!」


「⋯⋯言っても信じてくれるのかな?僕は駄目だった」


「⋯⋯分かりました。行きますよ。お母さんに連絡します。中入っていいですか?」


「あぁ、良いぞ」


 ノロノロと疲れを見せる椎奈は准の家へと入る。


 そして誰も居ない自宅へ帰ってきた准が最初にした事は自室へ入室し襖を開ける事であった。


 襖の中は押し入れであり、小さな箱に入れて放置しっぱなしとなったそれを探すべく、視線が右往左往となる。


 そして、リビングで二人きりとなった椎奈は置いてあるソファへと座り込み、流れるようにサナもソファに座った。


 真正面にあるテレビの電源を付ける事も出来たのだろう。


 けれど、それどころではなかった。


 チラチラとサナへと視線を向けて、すぐさま外す椎奈だが、本人は気付かれていないつもりでいる。


 高校生の彼女にとって、小学生の子供と戯れる事は容易であり、引き受ければ簡単にOKを出すのだが、初邂逅が宜しくなかった。


 驚愕の出会いと家への侵入と脅かし要素という三文句が未だに椎奈の脳裏に過ぎってしまい、会話をするという発想は出てこなかったのだ。


「⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯お姉さん」


「うわっ!⋯⋯はい?なんですか?」


 真横からの語り掛け一つで真っ青となる顔色と背中をなぞられた時のようなゾワゾワ感が椎奈を襲う。


 声の方向を向くと、ソファで体育座りをして律儀に待機している少女が一人、椎奈の方へと顔を向けている。


「サナ、もう悪い事しないから⋯⋯何かお話して」


「お話って言っても⋯⋯、どうしよう」


 現代女子高生の彼女にとって、話題の提供自体は何も苦ではないのだが──。


「⋯⋯喋ったら殺すとかない?先輩居ないから今なら⋯⋯とか?」


 殺されるかもしれないという恐怖が付き纏う。


 友人二人が忽然と姿を消したというのを体験している身からすれば、『あの人』がやった事であろうと『少女』がやった事であろうと、感じる恐怖に相違はない。


 怯え、警戒を解かない彼女を見つめる少女の瞳。


 そこには、憐れみもなければ、同情も優しさもない。


「うん。何もしない」


 彼女は後方から確かに見ていた。


 手を繋いで帰る際の少女の姿を。


 笑ってはいなかった。怒り、驚嘆もなければ、文句を言いたそうな表情でもなく。


 何もなく、真顔なのだ。それが彼女には分からなかった。


 理解の外にいる存在が、理解出来ない表情をしている。


 普通の子供は手を繋ごうとすれば何かしらの表情を露わにするものだが、少女にはそれがなかった。


 サナは表情を出す事を恐れているように、無理して固めたセメントのようなもの。


 口角が上がりそうになるのを、途端に止めて真顔になるのを、眉を上げるもすぐに下がるのを、走ろうとして、一旦止まりかけて、また走るという歪な動きをした少女を彼女は見ている。


 何よりも、呼び掛けられた時の声色は確かに、瞬間的ではあったが、嬉しそうだったのを見てしまった彼女は『幽霊』が純粋に不気味で謎の存在である事を容認してしまっていた。


 理解出来ないなりに、何処からか心根で理解しようとする自分含めて、彼女は怖くて堪らないのだ。


「⋯⋯怒らないで下さいね?あの⋯⋯なんで、そんなに笑おうとしないのかな?って⋯⋯あ、ごめんなさい。悪気があったんじゃなくて、好奇心がそう言わせて⋯⋯え?」


 何かしらの挙動を取ろうとして、それを止めてしまい、顔を両脚に埋める少女。


 背丈の小さいその女の子は人ではない。


 彼女はそれを理解している。してしまって居たからこそ、それを否定しようとしている自分もいる。


「どうして、そんなこと言うの?」


「⋯⋯私、学校じゃあよく空気読もうとするから、それでかな?なんか、察しちゃいまして。えへへ」


「お姉さん」


「はい」


「サナのお話、聞いてくれる?」


「はい」


 小さく頷く彼女はそれ以上に何も言えなかった。


 ただ、ひたすら少女の話を真摯に聞き、感情を揺らめかせるに留まるばかり。


  ━ ━ ━


 部活終わりの十八時四十分頃。


 部室棟の二階の一室で帰宅準備を済ませて帰ろうとしているサッカー部員の中に、そのマネージャーと話している人物達が居た。


「ねぇ、紫島《しじま》!私達で藍莉を説得しない?」


「なぁんで俺が?」


 サッカー部が使用している一室の外に伸びる廊下で話している紫島《しじま》陸《りく》は疲れた顔で自身に指差すも、奏海はそれを振り払う。


「達って言ったの!浩太郎《こうたろう》、お願い!」


「えぇ、僕もですか?⋯⋯僕的には、藍莉さんと桐江《きりえ》くんはアレで丁度いい気もしますけど⋯⋯」


 幸坂《こうさか》浩太郎《こうたろう》は文化部所属ではあるものの、仲の良いメンバーと帰る為、部活がある日は部室棟へと足繁く顔を出しており、物の見事に捕まってしまったのだ──富谷《とみや》奏海《かなみ》によって。


「ウッソよ!だって、アイツ!藍莉の事、何も考えてない。私、中学校一緒だったけど、アイツ。⋯⋯あんなんじゃなかったし」


「そっか。お前らは一緒の中学だったのか」


 陸《りく》が何気なく言う一言。


 それと同時に、扉を開けてある人物が出てきて、陸、浩太郎、奏海の近くに来る。


「⋯⋯俺は奏海の意見に賛成だ」


「颯悟《そうご》?!」


 浩太郎が意外そうに声を上げた。


 武島《むとう》颯悟《そうご》は本来、そういった事にはノータッチであったのだが、今回は違う。


 真剣な面持ちで三人に声を掛けて来たのだ。


「⋯⋯俺も言いたい事はあるんでな」


「はぁ〜。まぁた颯悟の奴⋯⋯」


「まぁまぁ」


「コッコ。俺達の甘やかしのせいだぜ?これは」


「ですかね?僕、甘やかした覚えは無いですけど」


『むしろお前だけだ』と言いたげな浩太郎は不敵に笑う。


 その背後で背中に乗りかかるようにして飛び出して来た人物が一人。


「なになに〜!何が甘いスイーツなの?」


「うわぁぁ!⋯⋯はぁ〜、なんだ牧原《まきはら》さん。驚かせないでくださいよぉ」


「ん?」


 浩太郎の背中に飛び乗るようにしてやって来た逸花《いちか》と咄嗟の事態に慌てた様子で叫んだ浩太郎は、急ぎ陸の方へと向い、荒い息を吐いていく。


「あ、丁度良かった。逸花。藍莉知らない?」


「藍莉ぃ?帰ったよ?弟くんのご飯とかあるからって」


「まぁ、そうだよね⋯⋯」


 藍莉と逸花は同じバスケットボール部。


 自然と会える機会が一番多く、現在は部活終わりは前もって持ってきていた体操服のジャージを着て、そそくさと帰るのが日課となっているのが、最近になっての藍莉の現状。


「家行くぞ」


「「はぁ〜?!」正気ですか?颯悟?!」


『気でも狂ったか?』と言いたげな浩太郎と陸。


 そして、つい口に出してしまう浩太郎に颯悟は強く頷いて、確固たる意思を持って口にした。


「正気だ」


「いやぁ〜。正気ではないだろ」


 若干引いている陸に同調するように浩太郎は強く頷く。


 そして、一向に状況と話が掴めない逸花である。


「ん?どゆこと?藍莉ん家に行くの?なら、私も行きたーい!」


 そう、彼女にとっては面白くもない話をするかもしれないと知らずにただ乗っかるのみ。


 さながら無邪気な子供のように。


「どうしたの?」


「嶺二、お前も来るか?」


 顧問に呼ばれていた嶺二も部室棟へと入り、話し込んでいるメンバーが怪訝そうな顔を浮かべているのを目撃し、声を掛けた。


 だが、突然の提案に首を傾げるのである。


「え?何処に?」


「藍莉の家に」


「何しに?」


「准との恋人解消を言いに」


「⋯⋯俺はパス。そういうのはしたくない」


 一気に不機嫌になった嶺二。


 それを見て、前へと歩き出す奏海。


「なんで!アンタとアイツ、仲良いじゃん!私と藍莉が仲いいようにさ!」


「それが?」


「藍莉がこのままじゃ、駄目になる!今日、五六時限目の授業出なかったよね?何してたと思う?」


「何してたのさ」


「ヤッてたんだよ。きっと」


「⋯⋯マジかよ」


 颯悟が苦い顔をするが、嶺二は飄々としており、見比べるように逸花は見ているのみ。


 陸が浩太郎に事情を聞こうとするも「後で説明します」と肩を叩き、納得したように頷く。


「え?別にヤる事自体、普通じゃない?付き合ってるんでしょ?」


「授業抜けてだよ?有り得ないでしょ!」


「確認とったの?」


 その言葉は嶺二の言葉。


 そして、嶺二の言葉に奏海は少し目を逸らしてしまう。


「⋯⋯予想だけど」


「じゃあ、くっちゃべっただけかもなぁー」


 陸の正解である。キスも子供キッス止まりの二人。


 場所やムードがという言い分もあったが、何より、純粋な会話が楽しくて時間が過ぎて行っただけなのだ。


 童貞と処女を未だに捨てていない二人の風評被害でしかないのだが、それが事実かどうかは聞くか見るかするしかないので分かる筈もない。


「紫島は黙れ!」


 唐突な剣幕での言葉が陸を襲った。


「えぇ?!理不尽!コッコ!奏海が〜」


「はいはい。こっちおいで」


 言われるがまま、身長差二十センチある陸の背中を撫でる浩太郎。


 釣られるかのように逸花も頭を撫でる姿は小人に慰められる子供のようである。


「私は行く。颯悟も行くんでしょ?藍莉の家教えて」


「え?知らねぇけど?」


「え⋯⋯。知らないの?」


「あぁ。むしろお前が知ってるもんだとばかり」


 藍莉が以前住んでいた住所も郵便番号すら知らないのだが、当然である。


 あんなゴミ屋敷を教えたがる思春期女子が何処に存在するものかと。


 部屋は服とゴミ袋の嵐。壁には黄ばんだ染みに酒瓶が散らかり、不定期に帰ってくる父親。


 誰であろうと見せたくはない。


 そして、現住所は純粋に教えるタイミングが無いだけであり、決して教えるつもりがないという訳ではないのだ。


「逸花は?!」


「知らなーい!」


 縋るように聞いた奏海であるが、逸花も当然知らない。


 考え込む奏海。


「皆知らないのか。⋯⋯じゃあ、桐江んとこはどうだ?」


「アイツん家?」


 そして、向けられる視線は集中して嶺二へと通う。


 そう、この中で一番准に親しいのは嶺二のみなのだ。


 他はただのクラスメイト止まりでそれ以外の事はない。


「嶺二、聞いてもいいか?」


「普通、ここで教えると思う?今の颯悟なら、殴り掛かるし、嫌だ」


「話するだけだって!頼む!」


「嫌だ!」


 食いかかる勢い。それが最もらしい今の颯悟の態度だろう。


 是が非でもと言った具合で嶺二に詰め寄る。


「じゃあ、お前も来てくれ。それで殴りそうになる俺をお前が止めてくれ」


「言っとくけど、本気で行くぞ?」


「構わない。陸《りく》とコッコもいるしな」


「え?僕達も?」


「桐江の家かぁ〜。見た事ないし、行ってみたい気もするけど⋯⋯」


「私もー!」


「本気ですか⋯⋯」


「本気だけど?」


「はぁ〜。分かりました。ストッパーで僕も行きます」


 呆れてしまった浩太郎。


 呑気な逸花と興味本位で行こうとする陸。


 この中で本当の意味でのストッパーは浩太郎のみとなってしまった瞬間である。


「⋯⋯はぁ。准に連絡⋯⋯あ。准の奴、スマホ無くしたとか言ってたな⋯⋯」


「行きましょう。アイツん所に」


 こうして、大洲戦隊ヤカマシンジャーは、リーダー不在の中、嶺二を含めて、准の自宅へと向かう事となった。


 その先の事も何も知らずに。

白米を食べていたら、おかずが欲しくなる。


これは七不思議に入りますか?


次回、人によりますがショッキングシーンを書きます。

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