サナ・サカナ・■■■■■
どうも紫芋です。
好きな食べ物は300円する芋けんぴ。
嫌いな食べ物は100円の芋けんぴ。
先に言及しておきます。
程度にもよりますが、本編全体の中でも今回の章は比較的に一話分ごとが長めです。
理由は読めば分かります。
文字稼ぎと思われるのは嫌なので、言及しておきました。
テスト期間も終わり、体育祭も終わった五月下旬頃のある日の夕暮れ。
三人生徒は笑い話をしていた。
変哲のへの字もない普通の談笑。
テレビ番組に出ていた俳優の話題や、隣の席に居た同級生の話、女性向けの話だったりと色々。
そんな中、三人の内の一人がある事を呟いた。
「ねぇ、そういえば、この学校って七不思議に入ってるんでしょ?」
現在三人が下りている長い坂道とフェンスを挟んで隣接している小学校は夕焼けの光に照らされて、色濃い影を齎しされていた。
「らしいね。私も聞いた事あるけど、嫌じゃない?小学校で噂話されるって」
「えぇ、そう?私は人気者感あって好きだよ?」
「それ、軽井だけだよ?」
「えぇ、そうかなー?」
「そうだってー。あ、見て。彼処の教室誰か居るよ?」
一人の女性生徒が校舎に指を差す。
夕暮れ時の太陽は校舎の裏に隠れるようにして、今尚オレンジ色に輝き続けており、三人を淡く包んでいる。
「いや、居るでしょ。先生とかさ」
「⋯⋯ねぇ?何処に居るの?」
「軽井見えない?」
一人の生徒が指を差したその方向に向けて、残り二人も一様に注目する。
まるで、示し合わせたように。
「あ、私も見えた。なんか、黒い服?なのかな?暗いせいで全然見えないや」
「えぇ?何処?」
二人は既に視認している。
もう一人の女子生徒も話題に置いていかれないようにと必死に顔をキョロキョロと左右に振りながらその存在を確認しようとした。
しかし、どの教室もカーテンで締め切られており、分かりやすい筈の答えが分からずにいるのだ。
「三階の右から三番目の教室。ほら今、黒板の方かな?に向いてるじゃん」
かなり詳細を語って貰い、目を凝らすようにして、三階右から三番目の教室を見つめる。
「あれ?カーテン開いてたっけ?」
先程まで散々凝らして見ていた校舎。
けれど、自身の知らぬ間に些細な変化でもあったように不審がる。
「何言ってるの?」
「本当にねー」
「ほんとほんと」
多少のイラつきを感じて、ムスッとした様子で、これでもかと坂の端に設置されているフェンスの穴に指を引っ掛けて、これでもかと凝視する。
夕焼けはゆっくりと、確かに沈んでいく。
「ていうか、軽井が一番見たがってそうだったのにさぁ」
「ほんとほんと」
「本当にねー」
「ていうか、軽井が一番見たがってそうだったのにさぁ」
「本当にねー」
「ていうか、軽井が一番見たがってそうだったのにさぁ」
「本当にねー」
「いや、さっきも聞いたって!二人共なんのイタズラ〜?」
「ていうか、軽井が一番見たがってそうだったのにさぁ」
「本当にねー」
「執拗いよ?あれ⋯⋯」
怪訝そうに振り返ると、そこには誰も居らず、先程まで居た筈の学友は忽然と姿を消していた。
「なになに?どういう事?え?止めてよ冗談キツイって!⋯⋯っうわ!⋯⋯誰?」
小さな女の子が居た。
彼女を見ているようで遠くを眺めているようであり、背丈からして小学生程度の幼い子供であり、白のフリルの付いた黒いワンピースに白い長髪は異質な雰囲気を少女に漂わせる。
そして、視線がようやく彼女の目と合った。
「ほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほん──」
「いやぁァァァァァァァァァァァァァァァ」
口が開いていないのにも拘わらず声がして、目から血が垂れ始めた。
脳に直接響くような、煩くも透き通って浸透していくような声は盛大なオーケストラですら真似出来ない騒音となって彼女を襲う。
慌てて坂を下り、持っている鞄が邪魔になっていると感じつつも手離さず、振り返る素振りも見せずに自宅まで辿り着くも焦る気持ちが手脚に表れたようで、挿し込もうとする鍵は鍵穴を逸れていく。
数度の試みの果て、ようやく鍵穴に鍵を挿し込み捻ると同時に勢い任せに玄関の扉を開けた。
汗を流して、荒くなった息が必死さを物語らせる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ〜。はぁ」
「お帰り?どうしたの?そんなに慌てて」
キッチンから母親が出てきた。
当然である。
音だけ聞いていても、大慌てで帰宅して来たと思えば、一向に中に入らずに玄関で息を切らして膝を着いているのだから、不安になって顔の一つも見せるというものだ。
そして、そんな母親を見た彼女は感極まり、靴を乱雑に脱ぎ捨てて駆け寄っていく。
「お、お母さぁぁぁん」
「なになに?どうしたの?何かあったの?」
「ヤバいの!ヤバいの!居たのぉぉぉぉ〜!」
自身の娘の背中を優しく擦る母親。
ふくよかな体格は娘を包み込んでいる。
「はいはい。大丈夫。落ち着きなさい。⋯⋯何があったか話せる?」
「うん。あのね──」
「ほんとほんと」
「⋯⋯え?」
彼女の表情は強ばっていき、母親の真後ろから聞こえたであろうその声の主をゆっくりと、見ていく。
「ほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんと」
「いやァァァァァァァァァァァ」
「どうしたの!」
一気に後退りして壁にぶつかってしまう。
そして、ぶつかった拍子に更に驚いてしまい、大粒の涙を流していく。
取り乱した娘に母親は慌てて駆け寄るも、伸ばした手を払われてしまい、耳を塞いで蹲る。
「ほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんとほんと」
娘の耳にはその言葉が絡み付いて離れない。
━ ━ ━
『空弩街』のとある高校の登校時間は八時四十分までであり、在学生はその間に自転車、徒歩、バスを使って通学している。
そのとある高校の在学生でもある桐江准は、一人で徒歩通学。
本来ならば、彼女の大洲藍莉という長い茶髪に巻いているのか、癖毛か、或いは寝癖か不明瞭なウェーブが少し掛かった美人寄り(当校比)の彼女と一緒に通学する場面なのだが、彼女は隣には居ない。
過去を跳躍して時間の流れを変えてから一週間以上過ぎた現在。
彼女は弟の蒼太を学校近くの交差点まで着いて行っている。
最初の頃は准も着いて行っていたのだが彼女曰く──。
「駄目よ?だって貴方、私より蒼太と喋るじゃない。せめてよく分からないロボットの内容を履修出来てから一緒に行きましょう」
との事。嫉妬の気持ちに准は敗北を喫したのだ。
それと同時に准と一緒に登校する人物は限られてくる。
高校一年からの友人である故に何かと付き合いが良く、登校も比較的に一緒な睦生嶺二だ。
そんな彼のバリエーションに富んだ会話内容は時に准を不快にさせる事もあれば、一緒に盛り上がる事もある。
今日もその日なのだ。
「つまりな、パット入りも無しも、外見の違いはあってもな、結局詰まってるって事よ?分かるか?准」
「ムッくんの言いたい事は分かった。お前はカレーに蜂蜜が入っていようと、なかろうとも。カレーはカレーって言いたいんだろ?」
「そうだよ」
「けどさ、結局そんな大きさを気にするのって、揉んだ時の感触が理想と現実との間でのギャップが起きて、文句言ってるだけだろ?」
「バッカ!胸ってなぁな!女性ですら大きさは気にするんだぞ?」
「それは惚れた男がいた場合だろ?誰が他人に揉まれる為に気にするんだよ」
その言葉は嶺二に電撃走る。
驚い様子で、僅かに立ち止まってしまい、後方に居た生徒が慌てた様子で避けていく。
「なん⋯⋯だと?!嘘だ!女性は皆!等しく、慎ましい胸に苦渋を噛み締めて、筋トレとかするんじゃないのか?!」
「だとしたら今頃は、サッカーも野球も、果ては相撲すらも女性版が主軸となって、世間様の茶の間を盛り上げる事になるな」
「おいおい、野球と相撲は兎も角。サッカーは盛り上がってんだろ?」
「ん?そうだったか?」
「なでしこジャパンがな!」
「古いっ!十年以上⋯⋯前」
「准は見てねぇかもしれないが、ちゃんとサッカー界隈は女性側も盛り上がってんだぜ?」
「世間一般的に優勝とかそういう凄い功績立てないと盛り上がらないだろって話をしてるんだ。現に僕も今さっきサッカー界隈が盛り上がってる事を知ったし、なでしこジャパンが優勝するまで、女性サッカーが公にあるのを知らなかった」
「そんなもんかねぇ」
嶺二の視線が自然と上を向く。
二人は校門を潜り、下駄箱から上履きを置いて中に入って行く。
今日も律儀にお勉強の時間。そして、噂を聞く時間でもあるのだ。
そう、彼女──牧原逸花によって。
校舎に入ってする事は教室に入る事。
そして、現在の准は藍莉の彼氏というのが公となっているのだ。
付き合って七日目にそれは発覚し、それから藍莉と親しい友人とも僅かに縁が出来たのだが、准にとっては少し陰鬱な時間。
少年は中学の時は普通の少年であったが、高校進学を機に様々な要因と原因により、『不可解なモノ』と立ち会う事が多くなった。
もはや、普通であっても一般ではない少年へと称号を変えているのだ。
巻き込ませないという名目で友達付き合いを敢えて悪くして、印象や影を薄くしている。
しているのだが、彼女達には全くもって関係の無い事であり、今日も教室に入れば当たり前のように声を掛けて来るのだ。
「おっはよー!桐江くんに睦生くん!ねぇねぇ、聞いた?聞いた!ヤッバイんだよ!おっそろしいんだよ!聞いて!」
その元気溢れるフレッシュな彼女は愉快素敵な笑顔でボブヘアを弾ませているように走って来た。
「おい、牧原。朝からウザ絡みするな。悪ぃな嶺二に⋯⋯桐江」
武島颯悟が何時もの如く、逸花の背後に立ち、首根っこを掴む。
見慣れた光景と見知った関係。
お世話係兼保護者のようなポジションになりつつある彼は今日も高い身長で逸花を見下ろす。
ショボくれそうになっている逸花を見た嶺二は急かしたように前に出て行く。
「いやいや、良いって!んで、何を聞いて欲しいんだよ?」
彼のお人好しは始まった。
准にとっても有り難く、そして欠点でもあるお人好しが今日も炸裂する。
「実はね!一週間くらい前に、車に轢かれた人が居たらしくて、全身ズタボロになったの!」
「普通だな⋯⋯」
颯悟が彼女の背後でそう言うと、人差し指を立てて横に振る。
しかし、カウボーイか何かと思い込んでいるのだろう。
息を吐いて「ふぅ〜」と人差し指に当てているのだ。
弾丸は何処に飛んだか、引き金はいつ指に触れたか。
それを知るのは彼女のみ。
「ノンノン。それからよ?それからね、その車で轢かれた人はなんと!二日で回復したんだよ!」
「スゲー。で?何処の誰が?」
一見、関心がありそうな顔をした上で、真顔になって質問を投げ掛けた嶺二。
それを聞いていた准は苦い顔をしていた。
「知らなぁい。でも会って見たいよねー!凄い事だしさ!」
(牧原。それ、僕だ。良かったな、会えたじゃないか。まぁ、質問厳守にさせてもらうが⋯⋯)
一週間以上も前である事と、入院期間を偽られている事以外は本当である為、何も言えない。
あれから、その異常とも呼べる治癒能力に心当たりがあるか『虚象』に聞いたが結局『知らぬ、分からぬ、関係ない』の一点張りであり、捜査は中止となってしまいそのままである。
「もう、逸花ったら、そんな訳無いでしょ?どうせ、尾ヒレが付いて変な噂になったんだって」
気が強そうな声が聞こえた。
准がその方向を見ると、颯悟の横を歩いて行き、逸花に抱き着く女性が一人。
「えぇ〜。奏海ちゃんはそう思うの?」
富宮奏海。
藍莉の友人の一人であり、颯悟の幼なじみ。
長袖を捲って、青色のシュシュで髪を結んで後ろ髪を垂らしている女子生徒でクラスメイトであり、逸花の保護者役にも近い立場に居る。
「ったり前だって。大体、交通事故って言っても、ちょっとの接触でも交通事故なんだから、大した怪我してない人が大袈裟に言ったんだよ」
(僕の轢かれた瞬間を見せてあげたいな⋯⋯。絶句もんだったって言ってたぞ⋯⋯)
藍莉と蒼太の双方が揃って、そう発言していたのだから、信憑性は大いにある。
けれど、准からしてみれば藍莉はガードレールと車のサンドイッチで蒼太は頭部を打ち付けて亡くなっているのだと、聞いていた。
敢えて比較した上で、どちらが悲惨だったかは言うまでもない。
「わっかんねぇぞ?世の中にゃあ、とんでもねぇ事があるって聞くしよぉ〜」
「また、オカルト?紫島?」
「オカルトじゃあねぇー!ミステリーだ。なんべん言やぁ分かるんだよ」
「紫島くんの場合は、実際あったらあったで、どっちでも良さそうだね」
「言うじゃあねぇか、コッコ。夏休みに待っとけよ?家に押しかけてツアー行かせっから」
「はい!?止めてよ!?」
「紫島くんは元気ハツラツだね〜」
「牧原が言うかよ?」
「本当ですよね」
紫島陸。
俗に言う活発で明るい奴であり、准が煩い奴認定しているクラスメイトで、藍莉の友人であり、オールバックが最近のトレンドなのか、前髪も後ろに流して、ワックスで固めている。
サッカー部でもある為か、嶺二や颯悟とは、よくウマが合うらしく、帰り際に一緒に放課後に出かけていると嶺二経由でよく話題に出る人物。
今現在もクラス二大騒音。逸花と陸は会話を愉快に弾ませている。
そんな騒がしい、喧しいでお馴染みの陸がコッコと呼んだ人物の本名は幸坂浩太郎。
眼鏡を掛けたインテリで大人しめの印象を受けるが、コミュ力有り、討論百点、テストの成績上位層組という准からすれば微笑ましい限りの存在である。
前髪を邪魔にならないようにと横に流している彼だが、前髪を下ろした際は普通にイケメンであった為、准は密かに対抗心を燃やしているのだ。
そして、嶺二と准を除いた彼等彼女等に対して、准は密かにある名称で呼んでいる。
「おはよう」
「あ〜藍莉ー!おっはよー」
「ええ、おはよう逸花。奏海」
「おはよう、藍莉。また彼氏くんほっぽりだしたの?」
「そうなのか?藍莉?」
逸花、奏海、陸、颯悟、浩太郎の五人が一斉に藍莉の方へと向いた。
嶺二は前の席である為、鞄をロッカーに詰めて、教材を机に置きに行ってしまい、後方の席である准は嫌でも耳に入ってくる座席の為、聞き耳を立てていた。
「違うわよ。私の事情で遅れさせる訳には行かないでしょ?だからよ」
藍莉が准の真後ろで会話を弾ませて、仲間内でワチャワチャとしている。
それに対して、准は呟いてしまったのだ。
そう、彼等彼女等の名称を。
「大洲戦隊ヤカマシンジャーが⋯⋯揃っちまった」
構成員は牧原逸花、武島颯悟、富谷奏海、紫島陸、幸坂浩太郎、そして大洲藍莉を中心に組まれたそれはそれは教室一室を、瞬間最大風速五十キロという家屋倒壊級の驚異的な風を呼び込み、皆を快活と笑顔に誑し込むエキスパートである。
ある者は言う。
「牧原さんは〜元気なの!だから、こっちも元気になるって言うか〜。あ、富谷さんはね、優しいの〜。大洲さんは綺麗で、基本いい事言うよねって感じ〜って言うか〜」と。
ある者は言う。
「颯悟ッチ!紫島ッチ!野球やろうぜー。え?幸坂くんもやるの?」と。
今日もクラスは大盛り上がり。
こうして、今日も何気ない日常は開始される。
「聞こえてるわよ?」
ほんの少し語気が強い声色は、准の背中からブスリとナイフで刺すようなもので、先端の尖りっぷりが目立つ。
ある筈もないスマホがさもあるようにポッケに手を突っ込んだ時、頭に手を置かれてしまい硬直する准。
「聞かなかった事にして」
「い・や」
「ハートマークが語尾に付いてない⋯⋯」
准もその大洲戦隊ヤカマシンジャーの仲間入りを果たす日が来るのかもしれない。
━ ━ ━
昼休みに生徒達のやる事と言えば決まっている。
お弁当や学食で昼ごはんを舌鼓して、余った時間で遊び騒ぎ、五時限目の授業に精進する事。
そうだと准も思っていたのだ。
藍莉達、大洲戦隊ヤカマシンジャーは皆、学食で腹を満たすという使命に走っており、教室には居らず、三十二人居る筈のクラスメイトは僅か十人しか居ない状況となっている。
そんな中、聞き慣れない声がした。
「あの、すみません。大洲先輩います⋯⋯か?」
その言葉に覇気は感じられず、目に隈を作ってる様子から気疲れが激しい子なのだと誰から見ても明らかな女子生徒が准達のクラスを訪ねてきた。
これが切っ掛け、始まりとなるとは、この時の准はまだ知らない。
「大洲さんなら学食だよ?」
一瞥もしない准と、目を見て優しく答える嶺二。
嶺二の席が前から二番目の廊下側である為、比較的に手間も取らない簡単な動作。
一方の准は弁当に目を向けており、全く相手にしない。
「そ、そうですか」
「伝言なら伝えとくよ?」
「あ、あの。その。変な事を言うかもしれないんですけど⋯⋯。あの⋯⋯」
言葉を詰まらせていき、何かを察したように嶺二は立ち上がって女子生徒の傍に寄る。
「何が言いにくい事なら、女子生徒に代わって貰うけど?」
「いえ、そういうのじゃなくて⋯⋯です。あの!弟さんの学校、危ないかもって⋯⋯」
「どういう事だ?」
ここでようやく准が顔を上げて、眉間に皺を寄せて声を掛けると同時に後輩の様相を見た。
ブロンズ色に染めた髪に、伸びた髪は耳よりも僅かに下辺りで二つ結びにしており、赤いヘアゴムで結んでいる。
唐突に反応した准に嶺二と女子生徒は驚き、女子生徒は嶺二にではなく准の方へ視線を向けたまま語り出そうとするのだが、どうも様子がおかしい。
「え?あ、あの。その、昨日、私。変な、変な⋯⋯うぅ」
伝えようとしようとすると、嗚咽混じりの濁声が教室の端で鳴らされる。
これには流石の准も呆然となってしまう。
「あ〜あ。准が泣かせた」
「え?!これ、僕のせいか?」
呆れた態度と口調で揶揄を投げる嶺二。勿論、真にそう思っている訳ではないが、当の本人は真に受けるという滑稽なコントをやっていると、制止を促すように女子生徒は首を横に振る。
「ごめんなさい。違うんです。うぅ、はぁ、ごめんなさい」
「取り敢えず、座れよ。泣かれても分かんないし」
「は、はい」
嶺二の席のお隣の席へと案内されて、促されるまま座る。
既に涙は止まっており、拭う事を止めた女子生徒は隣と前に居る二人を交互に見ていく。
「あ、あの、私、軽井椎奈、一年です。バスケ部で大洲先輩と知り合ったんですけど⋯⋯」
言葉を詰まらせた。それほど深い内容に切り込んではいないというのに、それでも口篭る。
伝えたい内容をどう伝えるかを椎奈は勢いでやって来てしまった事と本来伝えるべき相手ではなく、予想外の人物と話しをする事となった事でこのような中途半端なタイミングで言葉を詰まらせてしまったというのを二人の男子生徒は気付かない。
(なぜ止まる⋯⋯)
そう突っ込もうとする准は、食べ終わった弁当箱の蓋を閉じて、埒が明かないと切り出した。
「それで?なんで弟くんの話になるんだよ?」
「その弟さんが居らっしゃると聞いて、小学校も聞いて⋯⋯。その小学校の横にある坂道が友人と私の通学路なんですけど⋯⋯」
「あーあるね。偶にデパートに寄る時に使ってるよ」
フェンスで小学校側を遮り。反対は集合住宅が広がっている一種の境界線。
運動会等がある際はグラウンドで見れない代わりに坂で棒立ちして観覧している場合もあるその坂は、以前蒼太の送迎に着いて行った際に、准も通った事のある変哲も無い道である。
「それがどうしたんだ?普通の坂だろ?」
「違うんです!学校の方なんです。私達、昨日もその坂通ったんですけど、校舎を二人が眺めてたら、消えちゃって、それで⋯⋯」
「え?消えた?何言ってるの?」
嶺二が訝しむのを見つめた准の心境は警報が鳴らされていた。
関わらせるべきではないと──。
睦生嶺二は優しい人種の人間である。
怒る時は正当な理由で怒り、優しさはしっかりと他者の為に向ける。
そんな学生なのだが、だからこそ最後まで責任を持って関わろうとするし、怪我を負おうとも死に目に近い状況に立ち会わされても自己責任だと割り切れてしまう危険な価値観があり、准はそれを予め塞ぐストッパー役として動いた。
「⋯⋯ちょっと悪い、嶺二。コイツ借りる」
「え?いや、気になるって!」
「お前、また、親御さんに怒られるぞ?」
意味深な物言いでは決してない。椎奈も特に言及もせずに見守るだけ。
しかし、嶺二にとってはそうではなかった。
「⋯⋯そうだったな。そっか悪いな、頼んだ」
あれほど関わろうとしていた嶺二の表情は何処か生気の抜けたようなものへと変わっており、瞳も何処か遠くを向いている。
ただ見守るだけだった椎奈も流石にこれには驚きの表情で口が開いてしまう。
「え?あの⋯⋯」
「その話。詳しく聞かせろ。後輩」
「え?あの、はい」
嶺二は座り込んだまま動こうとはせず、それを一瞥した准は椎奈を連れて教室を出た。
階段を下り、一階まで行くと昇降口とは真反対の場所にある裏口の扉を開けて、目の前に広がるグラウンドと体育館と隣接されている食堂からよく見えるベンチに腰掛けて、軽井は話を聞く事となる。
あまりベンチを使う生徒も多く方ではなく、徐々に暑くなっていく時期には特に使われないそのベンチは昼休みというのもあってグラウンドで今も騒がしく楽しくサッカーをしていたり、陸上部の走り込み練習を一望出来る特別スポット。
後方には体育館と食堂、多目的ホールも引っ付いている施設は窓越しから二人の様子を伺えてしまう。
しかし、准はここ以外で比較的に誰にも聞かれず、一番聞かれたくない嶺二に悟られず、話を進めれる場所を此処と部室棟以外に知らない。
椎奈の話は決して懇切丁寧という訳でも、要領を得る内容でも無かった。
けれど、その真剣であるも怯えた様子に見える彼女の言葉を聴き逃さない為、相槌のみで済ませて話を聞く。
そして、聞き終えてから准が最初に放った一言は──。
「メッセージで済ませれるくね?」
これが極論であり、一種の否定であると知っていて放った言葉。
別段、心配していない訳ではないのだ。
けれど、何故『先輩の弟さんの通う小学校は、危険がある』とわざわざ直接言い来たのかが、准には分からなかったのだ。
そう、何故来たのかが分からない。
「家にも出るんです!」
「はえー」
「真剣に聞いてください!」
怒る素振りで見上げる彼女には一瞥もしないで、明らかに呆然とした様子で准は指を差した。
「それってあの子か?」
「え?」
彼女から見て右方向、准達が今居る位置に向かう際に入って行った場所でもあり、食堂の窓からバッチリ見える箇所に黒いワンピースの少女は確かに佇んでいた。
「⋯⋯嘘」
勢い任せに立ち上がった彼女は後退りして、うっかり准とぶつかる。
それを意に返さず、その少女を見ていた准はふとグラウンドで練習している陸上部へと視線を向けた。
サッカーはグラウンドの中央近くでやるものだが、陸上は最悪端っこでも出来てしまう。
必要な器具と走るスペースさえあれば競技として成り立つ最高の有酸素運動。
グラウンドと隔たりのようにある数段分のアスファルトと石を混ぜ合わせて出来上がった段差近くで練習しており、准達との距離にして十メートル程といったところ。
准達ですら簡単に異様と場違い感のあると分かるワンピース姿の少女を発見出来ていて陸上部員がそれを見逃す訳もないのだ。
「普通の人には見えないのか」
振り返り、食堂内を見るも食堂の中で誰かしらが少女に着目している様子は無く、グラウンドでも同様に気が付いているといった様子は無かった。
「先輩、見えるんですよね?どうにか出来ないんですか?」
「僕が霊媒師か悪魔祓いに見えるのか?」
「この際、なってください!」
「どの際だよ。⋯⋯それにこの子の場合、騒音がするだけで無害なんだろ?」
「立派に害ですよ!」
地団駄を踏んで、准を睨む椎奈。
それを馬鹿を見る目で見つめた准は溜め息を零す。
彼女が言うには、家に居る間ずっと煩いという訳では無く、遭遇時の一回、帰宅後の一回と次の日となった今日、登校した時に小学校近くを通ろうとした三回のみ。
(明らかに小学校かコイツ自身に何かあるんだよなぁ⋯⋯)
過去の経験則。それを踏まえた上での判断である。
勿論、確信的情報は何一つとしてない訳だが、それでも一つの事実があった。
「命取られなくて良かったな。まぁ、残り二人は知らないが⋯⋯」
そう、生きている事だ。
准の知っている『幽霊』は基本的に姑息であり、冷徹であり、非情である。
心はあるのに心を通わせず、活動しているのに活動を悟られないようにして、人を襲う時は先手必勝を必需としており、無差別による攻撃から特定の場所に入った場合による攻撃と多岐に渡って活動中。
それが『幽霊』という名の『世界のバグ』である。
そんな姑息であり、冷徹であり、非情が必然的な『幽霊』相手にまだ生きているという事実が准にとっては気の抜ける程に優しい案件にしか思えずにいる一因となっている。
「なんで落ち着いて居るんですか?!というか、如何にも危ないですよね?こ──ッうわぁぁぁ!」
「うわっ!ビックリしたっ!⋯⋯止めろよ、突然の大声なんて、犯罪にも等しいぞ?」
突然の悲鳴にも似た絶叫はグラウンドに響き渡り、それを聞いたおよそ数十人の生徒は一斉に准と椎奈へと視線を移した。
けれど、彼女はそんな事は気にも止めず、怯えた様子で准の方を震えるように指差している。
「先輩、先輩のよよよ、横!!」
「え?」
「ほんとほんとほんとほんとほんとほん──」
「⋯⋯⋯⋯」
少女が椎奈とは反対の位置、准お隣に佇むようにして居た。
白のフリルが付いた黒のワンピースに、白い襟とボタンは僅かに血で汚れており、赤いリボンがよれているのが准の目からよく視認出来る。
何よりも白い長髪の髪と黒い瞳からは印象深く刻み込むように、血が垂れ始めていた。
「ぎゃーーー!!なんで?!さっきまでアッチに居たのに?!」
可愛さもへったくれもない叫び声が鳴り、准は耳を敢えて塞ぐ。
ドロっとした赤い液体は瞼の下を通り過ぎて、頬を辿り顎まで向かうと、落下した。
ズボンのポッケを弄る准なのだが、「やべ、無い」と一言零して、至って平時と変わらない様子を見せている。
一方の椎奈はそれどころではなかった。
「何言ってるんですか?逃げましょうよ?先輩!!」
あくまでも先輩と共に逃げるという前提で行動しようとしており、ベンチの端で縮こまりはするものの、動こうとは決してしなかった。
「ほんとほんとほんとほんとほんとほんっ」
「ちょっと静かにしてくれ。お前の話してるんだから」
少女の髪が崩れる程に撫で回す准は、面倒臭そうな雰囲気だけは崩さずに、一瞥だけして言う。
少女の声が止んだ。
目から血が垂れなくなっていき、残ったのは目元の血の轍のみ。
「⋯⋯⋯⋯うん」
「嘘?!」
顔だけひょこっと出して、目の前で起こった事実に驚愕の表情を浮かべる。
ベンチの端でしゃがみ込んで震えながらという注釈は付くが──。
ベンチに座り込んだ准は促すかのように隣を手で叩く。
それに乗っかるようにベンチへと小さなジャンプをして乗ると、お尻を這うように背もたれまで身体を持っていき、准を見つめた。
「おまえ、名前は?」
「サ⋯⋯⋯⋯ナ」
「じゃあサカナで」
「先輩、ふざけてるんですか?!」
信じられないといった様子で思わず突っ込む椎奈はとても同級生には普段見せない顔を浮かべていた。
「ふざけてねぇよ!サとナの間があったから、名前に悩んでたかもしれないだろ?だからどっちとも取れるように『カ』を入れたんだろうが!」
「何言ってるんですか?馬鹿なんですか!幽霊で遊ばないでくださいよ!死んでも責任持てないんですよ?」
「おいおい、僕が死んだら、四十五日の間は夢に出て恨み節吐きまくるぞ?」
「嫌ですよ!勘弁してください。私の安息と安眠をどうしたいんですか?!」
「ふっ。お前の安息は僕が貰ったぜ」
「最低ですね、鬼畜、悪魔、外道の鏡!」
「おい、後輩。世の中には僕以上の畜生と悪魔と外道が居るかもしれないんだぞ?勝手な憶測だけで、僕を決定付けてくれるな。出会って数分で何がわかるんだよ、ちんちくりん」
その言葉に准奈はキレた。
チョロ見せ程度の顔出しだったのが、勢い立ち上がり、一気に准に近付く。
「ちんちくりんんん!?何ですか?!何なんですか?!私の体型が小さいっていうんですか?!平均よりは高いですよ!」
「童顔じゃん、お前」
「私のコンプレックスゥゥ〜」
顔は手で隠されてしまい、恥ずかしそうにしている椎奈。
それを見て、悲しそうなフリをする准。
「悪い、軽井⋯⋯童顔」
しかし、悲しむフリが崩れ去り「フフフ」と小刻みに身体を震わせながら笑ってしまう。
「蘆屋道満みたいなイントネーションで言わないでください。アイデンティティまで奪ってどうしたいんですか?!気怠げ人間。陰獣!先輩と付き合ってるって聞きましたけど、大洲先輩がなんで先輩と付き合えてるのか謎になってきましたよ」
「君、人のドラマを聞く態度じゃないぞ?聞きたいなら払ってもらおうじゃないか、え?」
人差し指を椎奈の方へと差す。
言葉と動作に多少、たじろぐ彼女。
「何をですか、お金ですか?私、財布の中身無いですよ?」
「違う。元より期待すらしてない」
「じゃあ、親の預金通帳⋯⋯とか?」
「お前、怒られろ」
どうして親の預金通帳という発想が一高校生に浮かび上がってしまったのか、そこを深く考える事を止めた准はジト目で椎奈に物言う。
しかし、埒の明かない会話に心乱された椎奈はムスッとした顔で准に向けた。
「じゃあ何を払えって言うんですか?」
「⋯⋯覚悟だろ」
先に言っておくが、少年は至って真剣かつ真面目に言ったつもりである。
『幽霊』と向き合う、祓うというのは一種の覚悟無くして向き合えない事柄であり、専門家であろうと素人であろうとそれは変わらない。
少なくても、准からすれば覚悟無しで『幽霊』と向き合った事こそ無いが、覚悟あってもどうにもならない事があるのもまた事実であると知っている。
だからこそ放った言葉なのだが──。
「え?キモ。何この人、普通にカッコつけて言う事がコレって引きますよ?」
椎奈がそんな准の事情を一から十まで知っている訳が当然なく、純粋に苦笑いで誤魔化そうとすらしている彼女は、むしろ少年に対して同情的になってあげようと上から目線に思ってすらいた。
「ちょっとぉ?真面目な話よ?何引いてるの?」
「いやいや、引くなって言う方が無茶でしょ。先輩、マジで引くわ〜」
同級生と同じノリで軽口を叩く椎奈──これが本来の彼女であろう事は分かる。
だが、少年が真面目に言っていたと知ってしまった事で同情心もポッキリと折れてしまい、本当に憐れんでいるのも軽井椎奈の心境なのだ。
「おいぃ!?その憐れむような態度を取るな!この子を押し付けるぞ?!良いのか!」
そう言って、白髪の少女の身体を脇から持ち上げると椎奈の方へと少女を向けて盾にでもするかのように向かっていく。
唐突に持ち上げられた少女はされるがままであり、完全脱力状態──抵抗もなく、一切の文句も言わない。
そして椎奈はというと、脱力状態に入っている少女を見るや否や腹から出した悲鳴でグラウンドと近くにある食堂の内側にも聞こえるかというぐらいの悲鳴を上げていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁあ!持ち上げてるぅぅ。なんて事してるんですか?!呪われますよぉぉぉ!」
「おい、失礼だぞ?たとえこの子が百年か三百年前の子供だったとしても、中身は子供ぞ?」
徐々に徐々に、一歩ずつ近付いて触れさせようとする准と抵抗するように両手をブンブンと振りながら躙り寄る少年と持ち上げられている少女から後退り。
「なんで二百年飛ばしたんですか?!⋯⋯止めてください!押し付けないで、近寄らせないでください!ごめんなさい!かっこいい良かったですッ!引いてごめんなさい!」
すると、ジワジワと近寄っていた准の動きは停止して、足音が無くなった事で椎奈は閉じていた瞼を開けた。
「⋯⋯何処が、かっこよかった?」
少女の背後からひょこっと顔を出して聞いてくる准。
「⋯⋯⋯⋯やっぱりこの先輩、ウザ」
その言葉は心の底からのものであると少年は理解してしまった。
その後輩からの悪態に、准はベンチに座り込んでしまい、脚に乗せられっぱなしとなっている少女は、そっと頭を撫でてくれていたのであった。
━ ━ ━
話をするべく准と『幽霊少女・サナ』は改めてベンチに腰掛ける。
立ったままで警戒している椎奈はその二人から僅かに離れた位置でひたすら待機。
また押し付けられるのが僅かなトラウマとして残ってしまったケアは誰もしないだろう。
(私から話し掛けたら殺される。こんな子供でも、二人を消せるって事でしょ?嫌だ、私まだ死にたくない)
脳内は大パニックの大騒乱。
俯いて視線を外せば、背後に移動してしまう可能性、なにか失言をすれば、心臓をかすめ取られる可能性、逃げようとすれば、追いかけ回される可能性──あらゆる可能性が執拗に付き纏う。
「で?サナっちは何用で来たの?」
「軽ッ!止めてください先輩!殺されますよ?」
「だとしたら、とっくに殺されてる。持ち上げた時点でも軽口言った時点でな」
「だとしても、沸点の差でしょ?!」
人と同じように個別差は当然ある。しかし、それだけではないと、さも「分かってないねぇ」と口にしたそうに首を横に振って見せる。
「幽霊は心を持ってるけど、心を通わせないから沸点もクソもない。条件反射で殺すようなもんだ。システマチックにな」
「しすてまちっく?すいません先輩。歯磨き粉の話ですか?」
「ひょっとして、お前の方が巫山戯てるな?」
「私、真剣ですよ?」
「嘘吐け⋯⋯。まぁいいや。で、サナっちはなんでこのお姉さんを追い掛け回しているんだよ?好きなの?」
「⋯⋯危ないから」
か細く、無風である屋外にも拘らず、上空に漂って散ってしまいそうな声量。
幸いな事に二人の耳にはギリギリ届いていた。
「え?」
「おい後輩。お前、危ない奴扱いだってよ?」
「私、何か、したの⋯⋯ううん。したんですか?」
「あの学校には、近付いちゃダメ。お姉ちゃんは『あの人』のエサにされた」
「え?私、まだ食べられてないですよ?」
「ううん。選ばれた。だから、お姉さんのお友達もあの校舎にいる」
「⋯⋯嘘でしょ?!」
「⋯⋯サナっち。お前の言う『あの人』って誰だ?」
「サナを『死なせた人』」
空気が静まり返った。無風に日光による日当たり具合、グラウンドで掛け声を上げる男子生徒に楽しんでボールを蹴りあっている音と身体全体に齎されて送信される情報は数多くあるというのに、全てが消滅したかのように感じなくなる。
息を呑んだ准は恐る恐ると聞く。
「⋯⋯生きてるのか?」
「ううん」
「『幽霊』か?」
「うん」
僅かに強ばった表情を見せる准に椎奈は気付く。
腰を曲げて、考える素振りを見せると一つの可能性を口にする。
「もしかしたら『悪霊』になってるかもな⋯⋯」
「『悪霊』と『幽霊』の違いが私には分からないんですけど?」
「端的に言えば、『幽霊』はシステマチックで、つまり条件次第で襲うけど、『悪霊』はその条件が自分本位過ぎるんだよ」
「何が違うんです?」
条件自体が自分本位であると認識している椎奈には『幽霊』と『悪霊』の違いが区別出来ないでいた。
少し考える間が准に訪れた。そして一例を椎奈へとぶつける。
「うう〜ん。店にコンビニに、おにぎりがあるだろ?」
「はい」
「そのおにぎりはあと一つで、それを軽井が取ろうとすると『幽霊くん』も手を伸ばしていたとする」
頷く椎奈。普通に誰かに聞かせた場合の反応は大半は聞き流す程度だが、彼女は違う。
当事者として至って真剣に耳から頭に叩き付けようと必死になっていた。
「んで、『幽霊くん』の攻撃条件がおにぎりを『取る』事なら、お前はおにぎりを触らなければ攻撃は回避出来る」
「へぇ〜。それで、『悪霊』はどうなんですか?」
「おにぎりを取るかもって『悪霊』が判断した段階で攻撃する」
「はぁ?!理不尽じゃないですか!」
憤りにも近い感情が彼女を襲う。
それは声となって表現されて、後から表情は怪訝になる。
厳密には少し違う。
『幽霊』は客として襲い掛かろうとして『悪霊』は定員でもないのに店のルールをさも決めたように言い掛かりを付ける客として襲う。
自分本位とは乱暴な言い方では我儘の事だ。
『幽霊』は条件反射で動くものの、『悪霊』はそのルールを独自に歪曲し場全体を支配しているようなもの。
その為、生殺与奪は常に『悪霊』が手中に収めていると考えた方が良い。
「理不尽なのが『悪霊』なんだ。『幽霊』と『悪霊』の違いは、その条件の緩さにある。まぁ、アレだ。調子に乗って干される芸能人が『悪霊』と思えばいい」
「すいません、先輩。最後のいります?」
「ノーコメントで」
目を逸らす馬鹿な先輩。
そんな少年からは視線を完全に外して、その隣に座る少女へと向かった。
小学生低学年の見た目であるものの、何処か落ち着いている様子の少女を多少なりとも不気味に感じられてしまう椎奈の表情は落ち着かない様子。
「それでどうして私が襲われるんですか?」
「お姉さんが『お気に入り』になったから」
「⋯⋯え?『お気に入り』?」
「『あの人』は『お気に入り』と遊ぶ為に、あそこに居る。そこ以外、居れないから」
「⋯⋯どうして助けてくれたんですか?」
「サナが気付いたら、お姉さんが襲われそうになってたから」
礼儀正しく手を太腿に置いて喋る少女は顔だけを椎奈に向けて淡々と当然のように言い切る。
「え?それだけ?」
「うん。そう」
拍子抜けのように口をポカンと開けて、情報の波に押し潰されないようにする椎奈の脳はフリーズ寸前。
何かしらの思惑や思想、実は裏切る予定がある可能性。
そういったものを探ろうとするものの知識不足と現実として現れた『幽霊』という存在が思考を一々遮ってしまい思わず少年へと視線を送ると、縦に首を振るのみ。
つまり、そういう事だ。
「あ、ありがとう、ございます」
「サナもごめんなさい。『あの人』、怖くて⋯⋯。お友達の人、助けられなかった⋯⋯」
「⋯⋯」
俯いて悲しそうにする少女。
けれど、准奈には掛ける言葉が見つからない。
その悲痛にも似た表情と空気をぶった斬るように准は少女を見て言葉を投げる。
「その友達はどうした?今の流れだと、『あの人』って奴に攫われたって感じに聞こえるけど、攫う条件はあるのか?」
「分からない。多分だけど、『遊んでる』から酷い事になってる」
愉快犯のようなものと判断した准は更に唸り声を上げて、口元に手を伸ばして考える。
(世間に気付かれてないとしたら、相当殺ってるかもな⋯⋯。多分、生まれたてじゃないな)
『幽霊』へと成り立った初めはアタフタするのが定石だと語る男が一人いる。
その男からの情報では人間としての倫理観や常識というものは月日を重ねて、『人ではない』と認知すればするほど薄れていき、タガが外れてしまう。
と語っていた。しかし、そこに知識や周到性といった計画まがいな物言いは含まれていなかった。
言い換えれば『幽霊』も月日を重ねて知識を得る事が出来れば、やり方を無数に変えられるという事になる。
『見えない』『聞こえない』『触れられない』を三原則としている『幽霊』相手に警察は基本的にアテにならない。
居る、居ないという話ではない。警察とて意外とその手のオカルトまがいな話を聞く事もあれば人によっては体験する。
しかし、問題は世間が『幽霊が居る』と言っても国が『居ない』と公言していれば『公務員』である警察は居ないと言うしかないのだ。
警察も暇ではない。事務作業に書類整理に現場に向かって死体とご対面したり、剣道やら柔道で可もなく不可もない成績を残したりと忙しい身分。
「幽霊が居るんだ!殺される!」と口にしても動いてはくれないと准でも分かってしまう結論なのだ。
「⋯⋯どうしよう、先輩!どうしたらいいんだろ?」
嫌な想像は幾らでも出来る。
だからこそ、彼女・軽井椎奈には焦燥感が募っていき、ソワソワした様子で准を見た。
「攫う方法は?『あの人』が直接見る事か?」
けれど、准は軽井の表情を一瞥だけして、少女へと向き直る。
准も焦燥感を滲ませていく。
「ううん。見る事と見られる事のどっちも。『あの人』からは見られないけど、見たら見られるようになっちゃう。お姉さんはお友達が見たから巻き⋯⋯そえ?ってのになった」
「何それ?!とばっちりじゃん」
何時もの通学路にして帰路の道。
何気なくしていた会話に当たり前の日々。
けれど、その中に偶発的に見てしまった事と見られた事が重なって、巻き込まれた彼女は怒りを露わにする。
「だから、お姉さんが学校に近付かないように驚かせてた」
「うぅん。その『あの人』って奴が攫う人ってどんな人が多い?」
「お姉さんぐらいの人が多い。偶に大人の人とか」
それを聞くと共に溜め息を吐いて、立ち上がり、何事かと准奈は少年を不思議そうに見上げる。
「仕方ない。頼りたくは無かったけど、頼るしか無いな」
「誰にですか?」
「当校ご自慢のゴーストバスター先輩にだ」
「え?!そんな人居るんですか?」
椎奈の「そんな馬鹿な」と付け加えられた言葉に首を横に振り、自信満々に豪語する。
「ロボットみたいな人だけど。ちゃんと武力って意味じゃあ俺達よりも余っ程頼りになる」
「へぇ〜。知らなかった」
「ところで、その『あの人』ってどんな奴だ?」
「⋯⋯四十年くらい前に亡くなった『先生』」
それを聞いた准奈が暗い表情をして、少女を見る。
そして、それを肯定するような首の振り方をして、血の気の引いた顔を浮かべてしまう。
「⋯⋯それ、七不思議のやつじゃないですよね?」
「サナも聞いた事あるけど、多分そう」
「⋯⋯先輩。やめときましょ?」
「はぁ?!なんで?」
突然投げ掛けられた言葉はベンチを離れて、歩き出そうとしていた准の動きを急停止へと導く。
振り返って、不審そうに「何言ってんの?」と困惑した様子で中止を促した彼女へと投げ掛ける言葉。
「『空弩街七不思議』を知らないんですか?!」
未知の生物とご対面したような不可解そうな表情で准を哀れんだ目で見つめた。
それがあまりにも大袈裟にも思えて、スンと冷めた表情をするや否や准は鼻で笑う。
「知らん。いや、一個知ってる」
『翡翠色に光る象』こと『虚象』である。
あの象も七不思議の『象願林』で有名なものであり、嶺二から准は聞いていたが、実際に目撃もしている。
「兎に角、まずはゴーストバスター先輩だ。行ってくるから、お前はその子と居ろ。放課後に合流だ」
「え?!待ってください!」
「じゃあなー仲良くしろよ〜」
「酷い!鬼畜!鬼!山姥ぁぁぁぁぁっ!」
「誰が山姥だぁぁっ!性別も違うじゃねぇか!」
振り返って、声を張るだけだって、最後には校舎の方へと消えてしまった。
そして、泣きそうになっている彼女とそれを見つめて、呆然としているだけの少女はベンチに未だ、座ったっきり。




