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この街は今日も語る  作者: 紫芋
笠辺沙耶は語らない

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12/15

嘘は彼女を語らせない

ご閲覧頂きありがとうございます。


笠辺沙耶編は『一旦』おしまい。


裏道話も無しです。


明日は投稿しない。ロックマンしてやるぅぅ!

 靡く紺色の髪は、流れる川よりも鮮明に不思議と見えた。


 漫画やアニメ、ドラマでの華麗で素敵かつ白熱する戦闘。


 そう僕には思えなかった。


 狂気に満ちた視線と動揺の視線との邂逅では、瞬間的に繰り広げられる戦術があったのだろうか。


 僕にはただ、一方的に先輩が老人を斬り落として、女の人を突いた。


 そんな風にしか僕には見えなかった。


『怪異』や『幽霊』といった類いの者は血が流れない。


 通っている血が無いのだろう。


 だから、僕の真横で一方的に首が跳ねていようと、胴体が泣き別れしていようと、返り血といったものは無く、黒い穴がぽっかり空いて消えるだけ。


 僅か十数秒の攻防。


 目の前に居る笠辺かさべ沙耶さやという僕の一個上で、無表情で刀を持つと話し方が多少変わる変わった人が、僕を助けてくれたという事実は決して変わらない。


 けれど、それでも。


 たった一つの我儘を言ってもいいのならば、一つ。


 どうして、この人は血反吐を吐いて、ガードレールで身体を叩き付けられて尚、平然としているのか。


 それと同時にこの人が斬り捨てた後の喜びにも似た表情が、僕にはとても、()()()()()()()()


 けれど、これは決して口には出さない。


 彼女には、彼女のやり方と生き方で培った何かを壊す気もしてしまったからだ。


 言ったら怒るかもしれないし、悲しませるのかもしれない。


 けれど、それよりも。彼女が壊れるという結果が何故か胸騒ぎのようなものを起こしていたのだ。


 いや、違う。違うのだろう。


 もう、彼女は壊れているのだ。


 あの時、川で倒れた彼女に僕は確かに触れた。


 右手に黒い筒をせめて持っていて欲しくて。


 もう長くないのだと、察してしまったからだ。


 あの時の彼女は冷たかった。


 とても、川の水に浸かっているからでは説明がつかないほどの内部から出る冷えた感触。


 間違いであって欲しかった。


 か細い息遣いの中で、死体のような冷たさなんて、冗談だと信じたくて。


 けれど、彼女は生きている。


 生きて、動いて、斬って、月を見上げている。


 僕は、彼女の手を取った際、果たして動揺せずにいられるのだろうか。


 これほどに綺麗な顔立ちと付着した血液すら化粧のように麗しいというのに、僕は彼女の事が苦手になりそうだった。


 どうして、彼女は脇腹が抉れているのに、立っていられるのだろう。


 どうして、僕は彼女に感謝の言葉を出せないのだろう。


 どうして、その刀を抜いた瞬間。


 彼女の声が聴こえたのか。


 嫌な想像は頭の中を駆け巡り、事の顛末を予期しそうであった。


「身体は器だから」


 彼女の言葉だ。


 僕は決めた。この言葉を二度と言わせないようにしようと。


 身体は器であっても、中身の入れ替えや代替わりが出来るものではないのだと、僕は知っている。


 その言葉が悲しいものと僕は知っている。


 言葉を教えた人間はきっと、余程の馬鹿か、情緒が乱れ、縺れて、どうしたってどうしようもない人なのだろう。


 身体は器だと言うならば、僕が体調不良で身体を痛めてた時、慰めの言葉はなんと言うのだろう?


 彼女ならきっと、答えてしまうのだろう。


「大丈夫。身体の痛みはなんとでもなる」と。


 そんな筈がないと知っていて言っているのか、本当に慰めのつもりなのか。


 恐らく後者なのだろうが、言われた側はたまったものではない。


 けれど、僕にはどうしても彼女がそう言うだろうと確信が持てた。


 何故、彼女は僕の事を助けるのだろう。


 何故、彼女は僕に優しいのだろうか?


 何故、彼女を見ていると、虚しくなるのだろうか。


 紺色の髪は怪しく揺れて僕に視線を向ける。


 心配そうにする彼女が、僕は嫌いだ。


  ━ ━ ━


 じゅんは刀で刺された。とは言っても、元より予定とされていた身体に入った【光の粒】の影響による体調不良を完治する為に刺したまでの事。


 痛みは全く無く、刺されたという感覚すら発生させないほどのものであり、准の視線はイヤに沙耶の持つ刀に向けられていた。


 少しして、【五月病】の感染者である女の人を二人がかりで道路に寝かせたのだが、そこで准は気付いてしまうのだった。


「⋯⋯この人。死んでる⋯⋯」


 死んでいた。


 目を開いて、脈もなく、凍え切った冷たい身体は五月という暑くなる季節にはピッタリの薄い緑のジャンパー越しにそれは伝わる。


「元々、亡くなった人に憑いてたんだよ」


「⋯⋯」


「君が、悲観、する事、ないよ」


「悲しむ事の何がいけないんですか?人が亡くなった。他人でも知人でも友人でも家族でも。目の前で亡くなった人が居たら、先輩は悲しくなりませんか?」


「ならない、ね。私は、慣れてる、から」


 言葉に嘘は無かった。


 虚勢を張ってくれている理由は何処にも無い。


 必要性が無い。


 それを分かってしまっている准は純粋に『寂しい人』なのだと、酷く哀れんだ。


「先輩。『慣れている』から『必要ない』とはならないんですよ。僕はその考え方が⋯⋯素直に、純粋に、真っ当に、嫌いだ」


 語気は強く、真っ直ぐと彼女を見た准。


 怪訝な表情と僅かに睨んだ視線が沙耶さやの視線を泳がせる。


「⋯⋯ごめん」


 謝罪の意は本物で偽っていないのを感じて、尚の事悲しくなってしまう准は、下を向いた。


「警察に電話しないと⋯⋯。救急車は、こういう時いるのかな?」


「それは、コッチで、やっておく、よ?」


「ありがとうございます」


 そうして、彼女は少し離れた所で電話を掛けようとして、その場を離れた。


 一息着こうと座り込んだ准は夜空を見上げて、眠気に襲われる。


 決して、四日前の出来事に比べれば労力は使っていない。


 けれど、『死人』が出たのだ。


 かなりの数の人が亡くなった事は想像に固くない。


 目を瞑って頭を抱えている准はふと、真横に居る何かに気付いて、そちらを向く。


「⋯⋯っ!お前!?!」


「⋯⋯汝の試練。確かに見届けた」


 老人が居た。


 杖をついて、黒のハット帽を被り、黒のスーツに身を包んだ老人。


 その男を准は知っている。


「アンタ、公園に居た⋯⋯」


「左様。汝の試練の一助として、馳せ参じた次第だ。【五月病】となどと宣っておった愚か者は少々腹に据えたモノがあり、協力させて貰った」


「⋯⋯協力?アンタが?俺達に?何をしたんだ?」


「汝の身体に彼奴の持つ毒素。即ち【病】を付与したのだ」


「な、なんだと?!」


 大声を上げて、立ち上がった准。


 しかし、依然。毅然とした様子で視線を向ける老人は語る。


「あくまでも遅効性であり、あの小娘あればこその策。⋯⋯病とは即ち、細菌や壊死や機能不全からなるもの。我々【病】は何処にでも居て、何処にでもある。生物という概念の枠組みに収まろうとも、神の枠組みであろうとも、悪魔とてそうだ。【病】はあらゆる生命体の天敵である」


「それがなんだよ?御伽噺でも聞かせてくれるのか?」


「否。そうではない。人は神とは違う。神は変わらぬ存在であり、崇高と超常の万物であり化身だ。しかし、人は違う。脆弱であり、無垢であり、愚かである。なれども、無知ではない。知識の吸収から応用、繁栄から失墜までのありとあらゆる事柄に着目し、そして知ろうとする探究心こそが人の美学なれば叡智足りうるもの。そして人には『毒を以て毒を制す』という言葉が存在する。違うか?」


 そして、語った。


 准の耳が確かならば、老人の名は【やまい】であり、全ての【病】の集合体。


 准に起こした【病】は『水中毒』であり、人体を占めた六割程度が水分で出来ている故に、一番安易にかつ楽に発症させれた病という。


 曰く、彼に発症させられない病は無く、経緯や過程をすっ飛ばして発症を起こせる。


 曰く、自身の存在は生命が世界から抹消されなければ消える事は無く、『生命あるところに我ら有り』と豪語。


 曰く、【五月病】という存在は想定外の存在(イレギュラー)で、統括外の存在であった。


 その為、先に潜伏させておき、病原菌を潜ませる事で強制的に体内から削ぐ事を選択したらしい。


「汝の試練には必要不可欠であった。礼は不要だ」


「いえ、言いませんよ?言う訳ないでしょ?」


 准からすればとばっちりにも等しく、潜ませる為に症状を挟ませるというなんとも居た堪れない扱いを受けた事となる。


「でも、そっか。つまり、ワクチンって事だ。⋯⋯それだけ聞くとアンタ、味方っぽく聞こえるが?」


「否。我は其方らの味方と呼ぶ存在ではあらず。されども仇敵でもなければ、怨敵にあらず」


「じゃあ、好敵手?」


「否ことを。我らに敵は存在しない。あるのは破壊と繁栄の循環のみ。汝の味方は汝の手の届く存在のみ」


「⋯⋯でも、病気と友達なれたら、ある意味じゃあ、人間としては頂点立てそうだな」


「⋯⋯」


「なんだよ?」


 か細い瞼の中にある瞳は漆黒。


 そんな黒の視線は准を見つめた。


「汝が何故なにゆえにあの『翡翠の神象』と打ち解けられたかの打点がいった」


「『虚象』の事か?アイツにも【病】は効くだろ?」


「否。彼奴には効かぬ。太陽神や破壊神すら効いた【病】であったが、彼奴には届かぬ。そう言う存在であった」


「俺には暴れん坊と寂しがり屋のダブルパンチなんだよなぁ⋯⋯」


 そう思い返すように上を向いていると、老人は背を向けた。


 杖はリズム良く地面につかれて歩く姿は本当に人間のようである。


「もう行くのか?」


「否ことを聞く。必定である。病は何処にでもあり、病は何処にでも潜伏するものだ」


「⋯⋯まぁ、なんだ。ありがとう。今度からは一声掛けてからしてくれ。あれ、なかなか辛いんだぞ?」


「それら我らにとっての褒め言葉。確かに頂戴した」


 光となって粒と消える。


 そして、夜空のに浮かび上がる月明かりに照らされて、その存在は准の視界からは見えなくなった。


 見上げた空は皓々とした月明かりが差し込まれて、眩しく街を照らす。


 焼けたガソリンスタンドは既に鎮火して、警察も救急車もやって来る音がサイレンとして聞こえて来る。


 そして、話さなければならない相手が来た為、准は立ち上がった。


  ━ ━ ━


 スマホを手に持ち、駆け寄るように准の元へとやって来たのは笠辺かさべ沙耶さやである。


 神妙な面持ちで彼女を見る准。


 その様子に彼女も少し、顔付きを変えて傍へと歩く。


「先輩。僕に言う事ありますよね?」


 最初に切り出したのは後輩の准であった。


 真っ直ぐと逃がさないように、前置きも何も要らないのだと、訴えかけるように。


「なんの、こと?」


「先輩、いや違うかな。先輩達って何が目的で川に刀、置いたんですか?」


「気付くん、だ⋯⋯」


「本当に最後の最後にでしたけど」


「どうして気付いたの?」


「先輩、ガードレール付近で一回倒れた後に刀があるって言いましたよね?最初、僕はそれを真に受けて信じました」


「うん。それで?」


「でも、おかしいんですよ。明かりもない中、どうして見つけられたんだろうかなって」


「ガードレールの柵の間から──」


「どうして、誤魔化すんです?疚しい気持ち、あるんですか?」


「⋯⋯そうだね。あるよ。あの人、達は」


 准の違和感は刀の入った筒を拾った時に起こった。


 確かに、准は信じたのだ。彼女の言葉を。


 そして、状況から見ても賭けに出るように准は川に降りて、探しに行った。


 そして、見つけれてしまった。


 本当にちゃんとあったのだ。


「先輩が言っていた『道路の下』って完全に影じゃないですか。月明かりも役たたずだし。それなのに、倒れそうになっただけで見つけれたって言うのは不信感はあったんですよ。でも状況的に言ってられなかったし、もうヤケクソ気味に探しました」


「うん、ごめんね」


「⋯⋯なんか言い訳してくれませんか?実は勘が鋭いんだとか。実は忘れてたんだとか!」


「ううん。置いたのは家の人達だよ。私は使わされただけ」


「⋯⋯」


 角度が合わなかった。


 准が筒を拾った際、転けて最初に見たのは道路側。


 今尚、戦っているのだと思い、何気なく見上げるようにした。


 けれど、その景色は見えなかったのだ。


 壁に阻まれて。


 川の水を掻いて、上下を弄るように見た事もない黒い筒を必死になって探していた少年が最初に向かったのは右側の壁。


 その壁が立ち塞がるようにして、ガードレールの柵の間から覗き込もうにも、彼女が倒れたと思われる位置から離れた所からでしか、刀を拾った地点はそもそも見えそうにないのである。


 つまり、少年は刀を拾ったと同時に、彼女が嘘を吐いていると認識したのだ。


 多少の風邪も厭わないと思い、靴も靴下もズボンも下着も上着も全て濡らしてその結果。


 彼女の嘘は少年に不信感を募らせるだけとなった。


「⋯⋯なんの為にですか?」


「私達、一族に、居るの。時間の、跳躍を、観測、出来る、存在、が」


 二人の存在を明確に助けるという動機の元、後輩に頼み込んで始めた跳躍。


 意識と記憶を過去の対象に送り、そして、過去を変えた。


 無理矢理、強引に。


 自身が轢かれなければ、過去は辻褄を合わせようとまた二人を襲う。


 だから、轢かれたのだ。


 惹かれた一人の人間の目の前で、大怪我をした。


 けれど、少年はそんな事は微塵も後悔していない。


 だから、怪訝そうな表情は自身に対する負い目ではなく、純粋な疑問である。


「僕が時間超えるのはダメでしたか?」


「駄目」


「なら、どうして無くしたって嘘吐いてまで接触しようとしたんですか?普通に声掛ければ良いでしょ?」


「それが、命令、だから」


 無表情による『命令』という単語。


 口をグッと噛み締めた准は、冷めた彼女の瞳から目を逸らしてしまう。


「じゃあ今。その内容を言っている理由は何ですか?」


「君の、力じゃあ、無いって、アッチも、分かった、から。だから、私の、独断で、話してる」


「⋯⋯」


「じゃあ、最後の質問です」


「なに?」


「刀を無くした事自体は本当ですか?」


「⋯⋯⋯⋯。嘘だよ」


「⋯⋯⋯⋯そう、ですか」


 困っていそうだった。


 後悔したくなかった。


 だから、少年は敢えて振り返り、わざわざ公園に戻って来て困ってそうな彼女に対して、一度振り払った手を掴んだ。


 けれど、それすらも茶番と化す。


 全て仕組まれていました。チャンチャン。


 こういう事である。


「【五月病】の⋯⋯存在は、知ってましたか?」


「私は、知らなかった。けど、様子を、察するに、家の人は、知ってた」


「⋯⋯⋯⋯」


 つまり、『少年の存在と力を確認する為だけに、死人が出た』と言われているようなもの。


 けれど准は目の前に居る仕掛け役を責める事は出来なかった。


「な、なんでこういう時に限ってっ!⋯⋯いえ、すみません。⋯⋯失礼します」


 泣きそうな彼女を見た少年には何も言えなくなった。


 無表情であれば責める言葉はいくらかは出たのだろう。


 けれど、被害者はもう一人居たと知り、何も言えずに頭を下げるだけ下げて、帰路に着くのであった。


「ごめん、ね。嘘が嘘なの。でも、私は、敵で良いから⋯⋯。ごめん、ね」


 小さくなる少年を見つめながら小さく呟く彼女には乾いた黒の筒が握られている。


「被害者面は、駄目。私は、そうするって、決めた。決めたんだ」


 思い馳せるように、忘れないようにと、黒い筒を抱き締める彼女。


「そうだよ、ね。酷い、女、だね。でも、もう。病んで、いるんだよ。⋯⋯私」


 零していく涙は誰に向けて、誰の為のものか。


 彼女は思い馳せる。遠い過去であり遠い未来。


 確かに少年が言ってくれた言葉を何度もリピートする。


 微笑む彼女は【恋の病】に掛かっている。


  ━ ━ ━


「で、私にも相談できないで、ノウノウと呑気に可愛い彼女が居る身分で、女性の先輩と夜のハイウェイに勤しんだのね?最低」


「違う!ハイウェイも何も、四秒で鬼ごっこは終わったし、敵さんからは相手にもされてなかったんですよ?その上、風邪って無いでしょ?これっゴホッゴホッ。うぅ、寒い」


「何やってるのよ。はい。ゴーヤ。おしりの穴に刺してね」


「⋯⋯藍莉あいりさん、怒ってます?」


「そこは『おいおい。突っ込むのはゴーヤじゃなくてネギだろー』ってツッコむところよ?」


「いや、そんな間違い普通しないんだよ⋯⋯」


 現在、桐江きりえ家には風邪を引いてしまい、彼女の大洲おおしま藍莉あいりは律儀に看病に来ていた。


 そして、世間話のように昨夜の事を話した准だったのだが。


 完全に裏目に出てしまったのである。


 少年は考えた。


『多少ならば同情してくれるのではないか』と。


 けれど、彼女の視線は、哀れみであった。


「私、貴方との学校生活かなり期待していたんだけど?まだなの?」


「それは悪かったな⋯⋯。というか、荷物多いな?どうしたんだ?」


 学校帰りに来てくれた藍莉。


 けれど、その持ち物は些か多く。


 手持ち鞄が三つとリュックサックという登山というには邪魔な物が多すぎて、逃避行のランデブー予定にしてはもっとデカイ鞄を使えと言わざるを得ない程度には細々とした鞄が多いのだ。


「⋯⋯言うつもりだったけど、言う気が失せちゃったから、お粥作ってくるわね」


「え?!なに?どういう事?」


 布団から起き上がろうとするも、フラついていく頭は、枕と未だに離れたがらずにいる。


 横向きとなって、彼女の料理姿を見ようにも、頭痛の酷さに集中出来ずにいるのだ。


「それとね」


「うん?なに?」


 料理しようとキッチンに立っている藍莉は准には一瞥もせず、優しい声色で語り掛ける。


「貴方が、どんなに嘘を吐かれても、どんなに裏切られても。⋯⋯最後まで味方でいてあげるわよ?」


「あ、姐しゃん!」


 感動で枕を濡らしそうになる准。


 腕はそのままだが、内心では手を握って、祈りを捧げてすらいる。


 そして、満足そうに微笑む彼女は准へと向いた。


「当然の事よ。あ、因みに⋯⋯」


「ん?」


「これから不味いお粥を作っても、吐かないでね?」


 満足そうな微笑みは時として、邪悪さを含んでいると准はこの時知った。


「⋯⋯やっぱり怒ってます?ねぇ?怒ってますよね!」


「さぁ〜、どっちかしらね?」


「お願いします。彼女の初料理、ちゃんと食べたいの!」


「なら、今日はレトルトにしましょう?まぁ、女の料理なんて、食べ飽きてるでしょうけど?」


「そこに根を持ってるの?ねぇ?!答えってゴホッゴホッ!」


 結局、レトルトのお粥となり、味気ない料理で腹ごしらえをした准は疲れで眠りについてしまった。


 少年にも話したい事は多くあり、聞いて欲しい事はいくつもあっただろう。


 けれど、それら全てを吐き出すのは少し後の話。


 眠る少年の顔を見つめる藍莉は同じ高さになるように少し横になり、少年の髪を触る。


「お疲れ様。無理はしないでね」


 そう言って、彼女は帰って行った。


 隣の部屋(新居)へと。


  ━ ━ ━


 大広間から出てきた笠辺沙耶は一人部屋に戻った。


 定時連絡と報告を兼ねてのものであり、何時もの習慣でもある。


 和室に置かれた丸い机。


 そこには二つの手紙があった。


 一つは協力者からのもの。


 内容は簡潔にまとめてしまえば、もう一枚の手紙を必ず見る事と、その内容は現在の彼女にはあまり意味をなさない事が記されている。


 それでも良いと、もう一枚の手紙の差出人を見ると

 彼女は目の色を変えて、小刻みに震えた。


 そのまま、慎重にその手紙を丁寧かつ綺麗に破り、中を拝見。


 時間にして数分。


 決して内容が重く、必要性に富んだものではなかった。


 世間話や有り体に言えばつまらない話ばかりであり、小ボケもなければ大胆な告白もない。


 そんな当たり前の近況報告にも似た手紙。


 けれど、彼女にとっては違った。


 視界が歪みだして、泣いている事に気付いた時には、数滴、手紙に水滴が落ちており、机にその手紙を置く。


 拭っても拭っても一向に止む気配のない彼女の目元は腫れていき、机に突っ伏す。


「⋯⋯私、やっぱり。⋯⋯うん、そうだね」


 独り言は決して誰かには聞こえてはならない。


 少なくても彼女の独り言に関してはそうなのだ。


 腫らした目元は赤いまま、手紙を再度、一から読み直した彼女は、その達筆で無駄なぐらいに汚い字を微笑ましそうに読む。


 多少の誤字も気にしない。


 気持ちは正しく彼女に届いている。


 忘れられない日々と早々なる結末の果てに居る彼女は決してこの手紙を生涯、あらゆる理由と意味があろうとも捨てる事は無いのだろう。


「⋯⋯ありがとう。ありがとう」


 脳裏に過ぎるは思い馳せた記憶と実らなかった現実。


 小さく藻掻き、苦しみ、溺れる程の激流に流された困難の人生。


 果ての結末と栄光無き未来の約定は未だ彼女を縛る蔦である。


 けれども、彼女は口角をゆっくりと意図せず自然に上げた。


 笑みを浮かべて、その手紙に記された意味を深く、深く心に届けるように胸元で抱き締めて、噛み締める。


「必ず、救う。私が、私だけでも」


 口遊んだ彼女は鞄と白い紐が括られた黒くて長い筒を持って、今日も玄関を出た。


 走る程、余裕の無い時間に登校はしていない彼女はゆったりとマイペースに脚を動かしていく。


 今日は試験日。


 日頃から勉強はしていなくても、授業内容の範囲内のものしかテスト内容に含まれない故に、彼女にとっては朝飯前。


 朝食も食べずに登校した彼女。


 まだ、少年が今日は休みである事を知らない。


 それでも彼女の表情は変わらず、無表情でロボットのような愛想で正門を潜る。


 数人の生徒が前を走り去って行く姿か見えて、少し微笑む。


 かつての光景と類似した。だから、微笑んだ。


 過去ばかりを振り返る事が多くなった彼女は。


 笠辺沙耶は語らない。


『まだ、その時では無い』と心の奥底から込み上げる苦しさと心境の吐露を無理矢理上から押さえ付けて、耐え抜くだけ。


 彼女は語れない。


 語ろうとはしないだろう。


 それを許してくれるのはまだ、先の物語。


次回から、皆が大好き七不思議編。


まぁ、全部回収するかはその時の気分次第です

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