番外編 天音---空の名を持つ音2
蒼真の誕生から5年。
元気に神代家の別荘の庭を走り回る蒼真。
それを見守る澪。
—平和だ。
2人を見ながら天音はゆっくりと本を読んでいた。
「……お前が居ると、俺はちゃんと人間でいれるよ」
誰にも聞こえないくらいの小さい声で呟いた。
今日は完全にオフだ。
でも…。
「なんで、大和もいる?」
「お前に運転は任せらんねぇからだよ」
まただ、なんで俺は運転しちゃダメなんだろう…。
今日も運転すると言ったら大和が言う事聞け。って脅してきた。
家族水入らず…いや、大和は家族みたいなもんか。
神代の別荘は昔からよく来ていた。
大和と本宅を2人で家出して来たり、澪に結婚を申し込んだ場所だ。
この別荘は落ち着く。
穏やかな日々だ。
重圧の日々が嘘のように、穏やかだ。
これが、普通なんだろうか。
—パァァンッ。と乾いた銃声が響いた。
天音は自分の頬を弾丸がすり抜けた事に気がつく。
瞬間、天音は澪に蒼真と中に入るように指示する。
大和は既に銃を構えていた。
—しかし…。
パァァンッ!
乾いた銃声がもう一発。
澪が倒れ込んで行く。
—パンッ!すぐ隣で音がした。
ドサッと100m程先の距離の上から人が落ちた。
大和が撃ち抜いていた。
一瞬、何が起きたのか、分からなかった。
澪に駆け寄り、抱き起こした。
意識はある。が、出血が酷い。
蒼真は突然の事で、その場に座り込んでいる。
「澪ッ!しっかりしろ!!」
「…大丈夫」
そう呟くと澪は目を閉じた。
すぐに病院へ搬送の手筈を大和が整え、すぐに搬送されて行く澪。
未だ動けずにいた蒼真を抱き上げ、大和と3人、車に乗りこみ澪の元へと向かう。
「…お父さん…何があったの…」
目の前で起きた事の理解が蒼真には出来ない。
目は虚ろで肩が震えている。
「お母さんは…?」
「…っ…大丈夫、大丈夫だよ」
ああ…俺は…なんて無力なんだろう。
「実行したのは敵組織が雇った暗殺者だろう」
運転しながら、調査の連絡を部下と取っていた大和が言う。
ここ最近、俺は暗殺されそうだとは聞いていた。
なら、なんで澪を狙った?
…違う。
蒼真を狙ったのか。
澪の死は避けられなかった。
搬送中に息を引き取ってしまった。
—俺の守りたいものが奪われてしまった。
澪の死から、大和が心配する程、仕事ばかりした。
蒼真と向き合うことも、澪の死からも逃げた。
蒼真は澪の死を受け入れられるはずもなく「お母さんは?」と毎日使用人に聞いている。
そんな蒼真を見るのが俺は辛くて、家に帰る事すらしなくなった。
仕事をして、そのまま執務室で酒を呑む。
でも、酔えない。
何とか出来たんじゃないだろうか。
暗殺者の殺気に気がつく事が出来たんではないだろうか。
そしたら、澪は…。
「全部…っ…守れたんじゃないのか…」
澪を失う事もなく。
蒼真から母を奪う事もなく。
普通の日々も奪う事なく。
…俺が生きている意味はなんだ?
気が付けば、護身用の短刀を手にとり抜いていた。
—このまま、死んでしまおう。
その時だ。
ガチャッと部屋の扉が開いた。
「天音!お前、何してんだ!」
大和は俺の手から短剣をすぐに取り上げた。
「…澪が居ない、こんな世界を生きる意味ない。蒼真からも逃げてる俺は父親でもない…」
「…もう、終わりにしてもいいか」
「…っ...!馬鹿野郎!!」
左頬に鈍い痛みが走る。
大和に殴られたんだ。
「だからって死ぬのかよ!そんな親父の背中、蒼真に見せんのか!」
大和が真剣に見つめ、声を荒らげている。
「澪さんだってなぁ!!後追いされたって、喜ぶ訳ねぇよ!」
「お前が今、やる事は死ぬ事じゃねぇ!」
「生きる事だよ。そして、力の継承者の蒼真を、どう守るかだよ」
大和はそう言うとふぅーと息を吐いた。
「やっと、泣いたな」
「え…」
大和に言われて気がついた。
俺の瞳から涙が溢れている。
「お前はさ、みんなには完璧でいなきゃって…でも、悲しい時は泣けよ。俺の前だけでいいから」
大和は俺の肩へ手を置く。
ああ…ありがとう、大和。
そうだ、俺にはまだ蒼真を守る使命があるよな…。
逃げてる場合じゃないよな。
「…ありがとう、大和」
お前が居てくれて、良かった。
それからは蒼真との時間を作った。
仕事は完全にオフにした。
大和が変わりに処理しているので、大和の負担は大きい。
だが、大和はどうって事ない。と笑ってくれた。
恋人と別れてまで、俺を優先してくれたのだ。
「見てらんねぇよ」だ、そうだ。
蒼真と静かに過ごした。
少し、笑うようになった。
「ねぇ、お父さん」
蒼真が呟く。
「お母さんは…お星様になったの?」
夜空の星々を見つめながら、蒼真は言う。
「お母さんね、前に言ってたの。僕の傍からもしも、お母さんが居なくなったら、空から見てるねって」
音のしない、夜の時間が流れた。
そうか…澪は俺と一緒に居ると言うことは
常に危険が隣り合わせだと分かっていたのか…。
「ああ…母さんは空から見てくれてるよ」
俺は蒼真を抱きしめた。
蒼真は俺の手をぎゅっと握りしめた。
「うんっ!」
そして蒼真は夜空に手を振った。
それからの蒼真はよく笑うようになった。
そして「お坊ちゃま辞める!」と言い出した。
俺は驚いたが若いころの俺と同じだなっと笑った。
澪を失った痛みはずっとなくならない。
だが、俺には蒼真という守るものがある。
「君は君で生きろ、蒼真」
ぽつりと呟いたが、蒼真には聞こえたのかどうか分からない。
だが、蒼真はニカッと笑顔を見せてくれた。
澪が亡くなってから、初めての笑顔だった。




