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マダム・クロエのサロンは、柔らかな光に満ちていた。
ちらりと見えたデザイン画が、目に焼きついて離れない。流れるような線、無駄のない装飾。あれは、本当に、素敵だった。
あの場にいたミネルバは、静かに、けれど確かに中心にいた。
対して、わたしは外に立っていた。そこに存在しない者も同然だった。
あの日のことが頭をよぎる、金の針でも、クリスタルでも断られた。
「失礼ね。身の程知らずだわ」
お母様は笑っていたけれど、その声の奥には、隠しきれない苛立ちと焦りが滲んでいた。
わかる。あれは、ただの強がりだ。
似合わない。
地味。
あの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
そうなのね。お母様はお姉様に、わざと似合わないドレスを着せていたんだ。
お姉様を馬鹿にする、取り巻きたちの言葉。
「立ちそうなドレス」
あれを聞いて、お母様も家で笑っていた。自分が着せたものなのに。
すべて、自分たちに返ってくる言葉だった。
本当に似合うと思っていたのなら、趣味が悪いと言うしかない。
けれどもし、似合わないと分かっていて着せていたのだとしたら――。
「最低……」
思わず、独り言が漏れた。
実の娘を貶めて、それを笑いものにしていたということになる。
そして――
「わたしも、同じね」
気づかなかった。いや、気づかない振りをしていたのだ。
お姉様が引き立て役であることを、どこかで当然のように受け入れていた。そのほうが、わたしにとって都合が良かったから。
「最低だわ」
胸の奥が、じくじくと痛かった。
テリウスは、どう思っていたのだろう。あんな滑稽な姿のお姉様を見て、何を感じていたのだろう。
今シーズン、結局ドレスを新調しなかった。
「似たり寄ったりのドレスを、無分別に作るのをやめたのだな。賢くなった」
食卓で、お父様は満足げに頷きながら言った。
「はい……」
「ええ、お父様」
お母様とわたしは、顔を見合わせて笑って返した。
けれど、その言葉はどこか遠くで響いているようだった。ドレスを作ろうと店を回ったあの醜態は、ただ笑いを買っただけだったのではないか。そんな不安が胸をよぎる。
そして、夜会。
光に満ちた広間に足を踏み入れた瞬間、ささやき声が波のように押し寄せた。
「見て……」
「あれが……」
皆の視線が、一点に集中していた。
その中心にいたのは――。
「ローハン夫人でいらっしゃいます」
そう紹介された、お姉様だった。
見事なドレスだった。
おそらく、あのマダム・クロエの作品だろう。流れるような布地が、歩くたびに柔らかく揺れる。無駄を削ぎ落としているのに、どうしようもなく目を奪われる。
「綺麗……」
思わず、溜息がこぼれた。
その瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「結婚式には呼んでいただけなかったのですね」
誰かが、ふざけているとわかる口調で恨み言を述べる。それを周りが、好意的な笑みを浮かべて見守っている。
お姉様は少しだけ目を伏せ、それから穏やかに答えた。
「家族だけに囲まれた、静かな式に憧れておりましたの」
その言葉に、周囲が柔らかくざわめく。
「まあ……素敵」
「本当に。今時、贅を尽くすばかりが美徳ではありませんわね」
「本来のお式はそうだったのよね」
一通り称賛が続いた後、「どんな豪華な式だって挙げてあげられたのに」とガーベラ伯母様が悔しそうに零した。
けれど、その言葉も感嘆の波に乗って広がった。
「新時代ですね」
「いえ、古来のやり方に戻ったと言うべきでは?」
相反する評価さえ、すべてが熱烈な支持に変わっていく。
気がつけば、会場の空気はお姉様一人のものになっていた。
わたしの友人たちは、わたしの側に儀礼的に近寄っては来る。
「相変わらず素敵なドレスね」
「さすがだわ、安定感があるもの」
「やっぱり、あなたらしいわ」
口々に、無難な言葉を置いていく。
そして、すぐに、お姉様の方へと視線を移して去っていく。
わたしは、立ち尽くしていた。
着ているのは、去年のドレス。
彼女たちはこれに気づいているのに、気づかない振りをしているのか。それとも、印象にすら残っていないのか。
どちらでもいい。
「馬鹿みたい」
小さく、自嘲のつぶやきが漏れた。
新しいドレスを求めて必死に走り回ったことも。去年のドレスを少しでも新しく見せようと工夫をしたことも。
全部、全部――。
「馬鹿みたいだわ」
隣に立つテリウスを見る。
彼は、完全に上の空だった。
視線はお姉様の方を向いているのに、その瞳は何も捉えていないような、あるいは、遠い何かを追っているような。
「ねえ」
腕をぽんぽんと叩き、彼の名前を呼ぶ。
「テリウス」
彼が、わずかに視線をこちらに落とした。その瞳には、かつての熱量はなかった。
「疲れたわ」
彼の耳元で、そう囁いた。
テリウスの表情が、ほんの少しだけ動いた。
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