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春の避暑地で  作者: 朝山 みどり


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30/50

30 お茶会で

 



 柔らかな陽光が差し込むサロンには、甘い紅茶の香りと、控えめな笑い声が満ちていた。


 けれど、その空気の奥には、どこか鋭いものが混じっている。


「ねえ、皆様。先日の夜会のこと、どう思いまして?」


 ひとりの令嬢がティーカップを静かに置き、声を落として言った。

 その仕草だけで、場の全員が一斉に反応する。


 待っていた、というように。


「ええ、もちろんですわ。ミネルバ様のことでしょう?」


 別の令嬢がすぐに口を開く。

 その瞳は、興味と愉悦にわずかに揺れていた。


「避暑地での園遊会で拝見して存じ上げてましたけれど……やはり、アレクサンダー様がお選びになったドレスは格別でしたわね」


「本当に。あの方、本来あれほどお美しいのですもの。ようやく、それが表に出たという感じですわ」


 くすり、と小さな笑いがこぼれる。


 だが、その次の瞬間。


 空気が、ほんの少しだけ冷えた。


「……でも、そうなると気になるのは」


 一人が、カップの縁を指でなぞりながら言う。


「それまで、ですわよね」


 その言葉に、誰もすぐには答えなかった。


 一瞬の沈黙。


 全員の頭の中に浮かんでいるのは、同じ光景だった。


 壁際に立ち、視線を落とし、重く沈んだ色のドレスに包まれていたミネルバの姿。


「……あの方のドレス、どこの仕立て屋のものかご存知?」


 静かに、しかし確実に話題が核心へと向かう。


「それが、スペード伯爵夫人の行きつけの店らしいのです」


 別の令嬢が答える。


「フローラ様は、いつもおっしゃっていましたでしょう? 『お姉様は地味なものがお好きだから』と」


 その言葉に、何人かがうなずく。


 けれど、そのうなずきは同意ではなく――確認だった。


「でも、おかしいと思いませんこと?」


 別の令嬢が、わずかに身を乗り出す。


「クリフォード様たちが夜会でおっしゃっていたそうですの。『仕立て屋の趣味が悪かったんじゃないか』と」


「まぁ」


 小さな笑いが広がる。


「殿方らしい感想ですわね」


「ええ、本当に。可愛らしいほどに浅いですわ」


 くすくすと笑いが続く。


 そして。


 ひとりの令嬢が、ふっと笑みを消した。


「……仕立て屋の趣味、ですって?」


 その声は、先ほどまでの柔らかさとはまったく違っていた。


 冷たい。


「いいえ。それは違いますわ」


 全員の視線が、その令嬢に集まる。


 彼女はカップを持ち上げることもなく、ただ静かに言葉を落とした。


「問題は、仕立て屋ではなく――注文主の意思です」


 ぴたり、と空気が止まる。


 誰も口を挟まない。


「スペード家は」


 彼女はゆっくりと言葉を区切る。


「長女には、あのような装いをさせ続けていた」


「けれど、次女には最高級のものを与えていた」


 言い切った瞬間、誰かが小さく息をのんだ。


「それが事実であるなら」


 彼女は視線をゆっくりと巡らせる。


「……あの家は、社交界の常識を履き違えているどころではありませんわね」


 重い沈黙。


 しかし、それは一瞬で崩れる。


「本当ですわ」


 別の令嬢が、はっきりと頷いた。


「今思えば、不自然でしたもの。あれほど美しい方が、あのような姿で放置されていたなんて」


「しかも今は、アレクサンダー様が後ろ盾にいらっしゃるのでしょう?」


「ええ、それにガーベラ伯母様まで」


「もう、隠し通せるはずがありませんわね」


 次々と、言葉が重なっていく。


 それは噂ではない。


 確信に変わった声だった。


「……では、フローラ様は」


 誰かが、ためらいがちに名を口にする。


 その瞬間。


 空気が、明確に変わった。


 先ほどまでの華やかさが、完全に消える。


「フローラ・スペード様、ですか」


 冷ややかな声が返る。


「ええ、そうですわね」


「……もう、その名を聞いても、何も感じませんわ」


「むしろ」


 別の令嬢が、わずかに眉をひそめた。


「見苦しい、とすら思いますわね」


 その言葉に、誰も否定しない。


 かつては。


 誰よりも羨望の的であり、中心にいた存在。


 その名前が、今は――


 まるで汚れたもののように扱われている。


 ティーカップが静かに置かれる音が、やけに大きく響いた。


「もう、誰も騙されませんわ」


 誰かが、はっきりと言った。


 その言葉に、全員がうなずく。


 その動きは揃っていて、迷いがない。


 サロンの華やかな光の中で。


 スペード家の名声は、まるで薄く貼られた金箔のように。


 音もなく、しかし確実に剥がれ落ちていった。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。


新しく「神子の余分」を投稿しました。読んでみてください。


神子の余分 https://ncode.syosetu.com/n4945ma/ 



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