31 仕立て屋「金の針」
王都の片隅にある仕立て屋「金の針」の店主は、自らの不運を呪っていた。
坊ちゃんたちのおしゃべりのせいで! いや、自分も悪いけど……悪目立ちしてしまったのだ。
店の売り上げがなんとなく下がっている。
そこへ、店の鈴が静かに鳴った。
「いらっしゃいませ……」
店主が力なく顔を上げると、そこには信じられない客が立っていた。
かつてこの店主が作った灰色の重苦しいドレスを着せられ、壁際に追いやられていたミネルバ・スペード。
そしてその隣には、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの若き実業家、元侯爵のローハン氏の末の弟でもある、アレクサンダー・ローハンの姿があった。
「ミネルバ様……それにアレクサンダー様……」
店主は言葉を失った。自分を没落させた原因の一端とも言える二人が、なぜこの店に来たのか。
ミネルバは穏やかな微笑みを浮かべ、店内をゆっくりと見渡した。
「店主さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「あ、ありがとうございます。……本日は、どのようなご用向きで? うちのような店には、もう……」
店主の卑屈な言葉を遮るように、アレクサンダーが一歩前に出た。
「今度、北方のルークの所へ出かけることになりましてね。あちらはもう雪が降る頃だ。一足先に暖かい服を作って貰いたい」
「わたしが?」
店主は目を見開いた。
「ええ。以前、あなたが仕立てたあの灰色のドレス。生地の扱いや縫製自体は、見事なものでした。ただ、彼女に合っていなかっただけだ」
アレクサンダーは鋭い目で店主を見据えた。
「注文主の意向ではなく、あなたの職人としての目と、彼女の本来の美しさを引き出す腕を見込んでここに来た。……引き受けてくれますか」
店主の目から、不意に涙がこぼれた。
職人としての誇りを、ミネルバ本人が、そしてアレクサンダーが認めてくれたのだ。
「……喜んで。全身全霊をかけて、最高の一着を仕立てさせていただきます」
店主は震える手でメジャーを手に取った。
「ミネルバ様、どのような色がお好みですか?」
「そうですね……」
ミネルバは少し考えてから、アレクサンダーをちらりと見た。
「どの色も好きです。二人で行動するときの服ですので、二人並んだ時にすてきなのを」
「承知いたしました。生地は最高級のウールを。裏地にはアレクサンダー様の商会で扱っている、あの滑らかな絹を使いましょう。表には控えめですが美しい刺繍を施します」
店主の目が、かつての輝きを取り戻していく。
ミネルバは、鏡の前に立った。かつては自分を隠すための場所だった鏡が、今はこれからの新しい旅を映し出している。
「店主さん。わたしは、あなたの技術を信じています。素敵な服を作ってくださいね」
「はい。必ずや、ミネルバ様に最も似合う服を」
アレクサンダーは満足そうにうなずき、ミネルバの肩にそっと手を置いた。
「楽しみだ。ルークも、君の新しい装いを見れば驚くことだろう」
仕立て屋「金の針」に、再び職人の活気が戻った。
それは災難とも言えない災難の終わりだった。
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