25 フローラの婚約式
鏡の前で、わたしはくるりと一度まわった。
ドレスの裾がふわりと広がる。
「……やっぱり素敵」
思わず声が出る。
胸元と袖には新しく流行りはじめたケミカルレース。軽くて繊細で、光を受けると細かく輝く。母や祖母が好むような重たい手編みのレースとはまるで違う。
今の時代のドレスだ。
今日は婚約式なのだから、華やかで楽しい方がいいに決まっている。
「とてもお似合いでございます」
侍女が後ろから言った。
「でしょう?」
わたしは鏡越しに笑う。
今日はわたしの婚約式。
王都の屋敷で開かれる、婚約披露の宴だ。お友だちが集まる楽しい式だ。
庭では牛の丸焼きが準備されているし、甘い菓子もたくさん用意した。ワインも、若い人たちが好きそうな軽いものを選んだ。形式ばっただけの宴なんてつまらない。友人たちと楽しく過ごせる式にしたかった。
完璧だと思った。
けれど――
客が来るのが早い。予定時刻より早めに来るのだ。
客同士がお互いの格好を見ている。なにも言わないが、妙な空気が流れはじめた。
皆、笑顔で祝福してくれる。
「おめでとうございます」
「素敵な式ですね」
けれど、どこか落ち着かない。
グラスを持ったまま、ちらちらと時計を見る人がいる。
庭を歩きながらも、落ち着かない様子の人がいる。
何人かは、小声でこんな話をしていた。
「……何時頃に発たれるのかしら」「間に合うかどうか……」「急げばなんとかには」「園遊会ですしね」
発つ?どこへ?
最初は意味がわからなかった。
でも、ふと気がついた。
今日は、避暑地で園遊会が開かれている。
隣国の元王子がいらっしゃる大きな園遊会だ。
王都から避暑地までは急げば日帰りができる。だから、急げば園遊会に出席できる。
だから皆、そわそわしているのだ。
婚約式を早めに抜けて、そのあと急いで避暑地へ向かう。
そういう予定なのだろう。
わたしは唇を少し噛んだ。
それでも、まずはわたしの婚約式なのだから。
テリウスと並んで挨拶をして、乾杯をして、食事をしてもらって、楽しく過ごす。
でも、落ち着かなかった。
乾杯のあと、客たちはグラスを口にしたが、一口だけ。
料理も、ほんの少しだけ。
会話はあるのに、どこか急いでいる。
まるで皆、時計の針を気にしているみたいだった。
そして――
使いが来始めた。
最初の人が帰った。
「申し訳ありません、少し急ぎの用が入ったみたいで」
笑顔で言う。園遊会用の服装で。
次の人も、笑顔で帰っていった。
その次の人は挨拶もそこそこだった・。
言い訳は丁寧だったが、意味は同じ。園遊会へ向かうのだ。
避暑地へ走るのだ。
わたしの婚約式を途中で切り上げて。
気づけば、人がどんどん減っていた。
挨拶をした一人に便乗して、何人かが一緒に出て行った。
客は誰も残っていない。
牛の丸焼きも、菓子も、ワインも、ほとんど減っていない。
わたしは立ち尽くしていた。
「どういうこと?」
思わず声が出る。
テリウスが横で苦笑した。
「仕方がないよ」
仕方がない?
「園遊会だから?」
わたしは少し強い声で言う。
テリウスは頷いた。
「王太子殿下がいらっしゃる。呼ばれた人は行かないわけにはいかない。本人が行かないと言っても家が許さないよ」
それは、わかっている。
でも、今日はわたしの婚約式なのに。
胸の奥が、じわっと熱くなった。
「……最初から避暑地へ行くつもりだったのね」
わたしは呟いた。
皆、考えていたのだ。
婚約式に顔を出して。
それから急いで馬車で避暑地へ向かう。
だから落ち着かなかった。
だから時計を見ていた。
だから料理も食べなかった。
全部、わかってしまった。
わたしは静かに立っていた。
華やかなドレスに、整えられた庭と豪華な料理。
全部、無駄だった。
わたしは遠くの空を見た。
その先に避暑地がある。
そこでは、きっと今、園遊会が開かれている。
音楽が流れて、笑い声が響いて、王族方が人々と話している。
そして――
そこには、お姉様がいるのだろう。
ミネルバお姉様。
わたしは小さく息を吐いた。
王都で婚約式をしているのは、わたしなのに。
皆が急いで向かうのは、あちらなのだ。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
わたしは自分でも気づかないうちに、小さく呟いていた。
「……どうしてよ」
その声は、誰にも聞こえなかった。
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