24 ルークの独り言
王都の空気は、やはり少し硬い。
アレクの屋敷に滞在して数日になるが、朝に窓を開けるたび、故国とは違うなと思う。光は同じように差し込むのに、王都の光はどこか人を急がせる。馬車の音も、人の足音も、役目を背負っているように聞こえるのだ。
わたしは国賓として来たわけではない。
ただ友人を訪ねて来ただけだ。
それなのに、王宮のお茶会だの、文官との会合だの、妙にそれらしい場に顔を出すことになってしまった。
原因はもちろんアレクだ。
あの男は、ひとの頼みを断らない。
正確に言えば、断らないように見せかけて、きっちり自分の得になる形に整えてから引き受けている。
だから腹黒い。
だが、その腹黒さが実に上品なのだ。
嫌味がない。
むしろ、手際がよすぎて感心してしまう。
昨日の会合でもそうだった。
役人たちは最初こそ、元王子のわたしに多少かしこまっていたが、アレクが横に座って軽く話をつないでしまえば、空気はすぐに柔らかくなる。
「ルークはこういう話が好きなんですよ」
とアレクが笑えば、
「好きというより、退屈しのぎだよ」
とわたしが返す。
すると相手は安心する。
この二人は芝居をしているわけではないのだと、ちゃんと伝わるからだ。
そういうところが、あいつはうまい。
会合の帰り、馬車の中でわたしは言った。
「おまえ、相変わらず人を使うのがうまいね」
するとアレクは窓の外を見たまま、肩をすくめた。
「使うとは失礼ですね。橋を架けているだけです」
「ほら、そういう言い方だ。腹が立つほど綺麗だよ」
わたしが言うと、アレクはようやく笑った。
「褒め言葉として受け取っておきます」
ほんとうに、可愛げのない男だ。
だが、その可愛げのなさを知っているからこそ、わたしは長く付き合っている。
初めて会ったのは、ある元貴族が開いた夜会だった。
今思い返しても、妙な夜だった。
あちこちで昔の身分を懐かしむ者、新しい商機に目を光らせる者、どちらにも乗り切れず所在なさげに笑う者。
そんな連中が一つの広間に詰め込まれていた。
その中で、ひどく目立つ男がいた。
金の髪に、青い目。
立っているだけで絵になるような男だ。
元王子のわたしでさえ、思わず目が行ったくらいだから、他の連中などもっとだったろう。
だが、見た目だけなら王都にはいくらでもいる。
面白かったのは、そのあとだ。
話してみたら、実に気が合った。
表向きは穏やかで礼儀正しいのに、内側にはちゃんと牙がある。
人を見ているし、世の中も見ている。
そのうえ、自分が何を欲しいかを知っている男だった。
だから、ああ、こいつは遠くへ行くなと思った。
案の定、アレクは次の国へ行き、その次の町へ行き、そのまた先で商いを広げた。
だが、友情は切れなかった。
国境など、わたしたちには大した障害ではない。
あいつがさっさと貴族の籍を抜けたのは、そのためだったしな、
「思い切ったんだね」
と言えば、
「平民のほうが、国境を越えるのが楽ですから」
と真顔で返した。
そういうところだ。
地位に執着がないくせに、利は絶対に見逃さない。
実にアレクらしい。
だが、今回ばかりは、わたしのほうが先に気づいた。
ミネルバを婚約者として紹介されたときだ。
ああ、と合点がいった。
この男、ずっと探していたのだ。自分の片翼を。
本人は気づいていない。腹黒なくせに変に純な自分に気づいていない。
けれど、わたしは感じていた。
アレクが、長いあいだ、一人で飛んでいる理由を。
高く、遠く、好きな場所へ。探しに行っていたのだ。
そして、ミネルバを見つけた。
初めて彼女を見たとき、避暑地の風が吹いた。
目が離せなかった。
静かで、きちんとしていて、言葉に無駄がない。
なのに、ふとした瞬間にひどくやわらかい。
ああ、なるほど、だからなんだ。そう思った。
アレクのような男が、こういう女に出会ってしまったら終わりだ。
世界中を回って、商品と人脈と利益を集めてきたくせに、最後に欲しかったものはそんな遠くになかったのかと、わたしは少し笑いたくなった。
だから今、避暑地の園遊会が楽しみで仕方がない。
もちろん表向きには、ただの客人として参加する。避暑地を楽しむ。友人の婚約だって祝う。何度でも祝ってやっていい。
穏やかに笑い、適当に世間話をし、必要なら王宮で見せた顔も使う。
期待されることは全部やる。
だが、それだけで終わらせない。
わたしはぜひ見たいのだ。
腹黒アレクサンダーが、どんな顔でミネルバを見ているのか。
どれだけ余裕のあるふりをして、どれだけ内心では振り回されているのか。
あの男は、商売ではまず負けない。
交渉でも、会話でも、駆け引きでも強い。
けれど、恋となると話は別だ。
いや、恋ですら器用にやるのかもしれない。
だが、器用にやろうとして、結局どこかで本音がこぼれる。
その瞬間が、きっといちばん面白い。
今朝も朝食の席で、アレクは何食わぬ顔をしていた。
パンを取り、紅茶を飲み、今日の予定を淡々と話す。
だからわたしは言ってやったのだ。
「おまえ、避暑地へ行ったら少しは取り繕う気があるのか?」
アレクはナイフを置いて、こちらを見た。
「何の話でしょう」
「何の話でもない顔をするな。そういうところだよ」
すると、やつはほんの少しだけ口元をゆるめた。
「ルーク」
「なんだい」
「余計なことは言わないでください」
わたしは吹き出した。
「おや。もうその段階なのか」
「どの段階です?」
「揶揄われると困る段階だよ」
アレクはため息をついた。
だが、否定はしなかった。
それで十分だった。
わたしはカップを持ち上げながら思う。
避暑地はきっと、楽しいことになる。
湖は美しいだろう。
風は涼しいだろう。
園遊会は華やかに整えられるだろう。
そしてその真ん中で、腹黒くて美しい友人が、片翼を腕にすました顔をする。
それを見届けるために、わたしはここへ来たのだ。
元王子だの、旧い身分だの、そんなものはどうでもいい。
友人の人生のいちばん面白い場面に立ち会えるなら、そのほうがずっと価値がある。
さて、どうやって揶揄うかな。最初になんと言ってやろうか。
「アレク、世界中を探した結果が、おまえのすぐそばにいたとはね」
それとも、
「ようやく見つけたのか、片翼を」
どちらでもいい。
どちらにせよ、あいつは嫌そうな顔をするだろう。
そのあとで、きっと少しだけ笑う。
それを見るのが、今から楽しみでならない。
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