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春の避暑地で  作者: 朝山 みどり


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23/50

23 王子様がやって来る

 

 屋敷は、客をもてなす準備で忙しかった。

 一応、視察であるから、寄り道しながらの道中は予定通りには進まないようだ。


 客は隣国から来る友人。元王子である。


 その国は、この国よりずっと早く貴族制度を廃していた。

 しかも、それは見事に機能している。


 元王族として、彼は国に尽くし、同時に国民にも尽くしている。

 誰からも好かれる、不思議な男だった。


 外交部の友人が「ぜひ会わせてくれ」と言っていた人物でもある。


「問題は……どうもてなすか、だな」


 アレクがそう呟いたとき、執事が一通の手紙を持ってきた。

 王子からだった。


 封を切ったアレクは、呆れた表情でしばらく沈黙した。

 やがて、喉の奥で笑いを漏らした。


「……なるほど」


 その笑みは、執事が見たことのない種類のものだった。

 柔らかいが、どこか冷たい。

 長い間しまっていた「何か」を取り出したような笑み。


 手紙は、何かしたいことがあれば?に対する返事だった。


 避暑地で園遊会を開いてほしい。

 ただし条件がある。


 【古き良き時代の衣装で】


 つまり——コスプレである。


「わがままな王子だな」


 そう言いながらも、アレクの目は愉悦に細められていた。


「だが……面白い」


 その声音には、別の意味が潜んでいた。


 王子の提案は突飛だ。

 だが、アレクにとっては、利用できる提案でもあった。


 古い衣装、古い文化、古い価値観。


 優雅で美しい世界。


 彼はその世界の住人を知っている。


 アレクは手紙を机に置き、指先で軽く叩いた。

 その仕草は、盤上の駒を動かす前の思案のようだった。


「同じ日にぶつけるのも……悪くない」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。


 避暑地の園遊会、ドレスコード。

 主催は王族と外交部


 主客は隣国の元王子。


 これだけ揃えば、王都の上流階級は動かざるを得ない。


 そして、フローラの婚約式は、霞む。失敗する。


 アレクはそれを理解していた。

 理解したうえで、あえて同じ日を選んだ。


「さて……どう反応するか」


 その目は、獲物の動きを観察する狩人のようだった。



 避暑地の園遊会は、思いがけない形で人々の心に火をつけていた。


 そう、夏の初め、王室を招いたあの園遊会だ。


 実は古い衣装への憧れは、人々の意識の底に眠っていたのだ。


 きっかけは園遊会だった。一人の令嬢の姿だった。


 古風なドレス。古い肖像画から抜け出したような姿。


 優雅な所作と微笑み。

 まるで過去の時代が蘇ったかのようだった。


 その後、別の噂が追いかけて広がった。

 ある婚約式の姿があまりにも美しく、誰かがこう呼んだ。


 【ロマンチック・イエスタディ】


 その言葉は瞬く間に流行した。


 昔の時代の優雅さ。

 貴族文化の美しさ。


 それをもう一度楽しみたい——

 そんな空気が、人々の中に確かにあった。


 そこへ発表された。


 【古い時代の衣装での園遊会】


 主催者は、王族と外交部。


 招待状は避暑地で密かに話題になっていた、美しい文字で綴られていた。


 噂の書き手によるものだった。


 流れるような筆致は、芸術品。


 その招待状を見た人々は皆、同じことを思った。


「これは……出なくては」


 王都では奇妙な現象が起きた。

 人々が古い家族写真を引っ張り出し始めたのだ。


 祖母のドレス、曾祖父の礼装。

 古い肖像画。


 それらを参考に、仕立て屋へ注文が殺到した。

 古い衣装を持ち込み、仕立て直しを頼む者もいた。



 しかし、この騒ぎに頭を抱えている家があった。


 スペード家である。


「どうするの……」


 フローラが顔を覆った。

 その日が、婚約式なのだ。


 しかも準備はすでに進んでいる。

 会場も押さえ、衣装は最新の仕立て。

 招待状も発送済み。


「よりによって同じ日とは……」


 さらに困ったことがある。

 園遊会の招待状が、スペード家に届いていないのだ。


 事務方が婚約式を知っていて気を利かせたのか?

 それとも、外されたのか?


 前者であってほしいと願うしかない。



 更に悪いことにミネルバにフローラの婚約式のことを知らせていない。


 縁を切られてはいるが、形は整えるべきだった。


 招待状を出すべきだったのだ。



「ミネルバは呼ばなくていい」


 フローラが言い、家族も同意した。


 だからミネルバおよびローハン家には招待状を出していない。

 つまり、彼らは何も知らずに日取りを決めたはずだ。


 今さら考えても仕方がない。抗議をしたとしても。


「知らなかった」


 そう言われて終わりだ。


 だが、元貴族として、上流階級として、この園遊会を欠席するなどありえない。


 父とテリウスは顔を見合わせた。


「……どうする?」


 沈黙。

 そして、同時に頭を抱えた。


 王都では、

 【ロマンチック・イエスタディ】へ向けて熱気が高まっている。


 そしてその中心にいるのは——

 ローハン家とミネルバだった。




 アレクは、遠く離れた屋敷でその報告を聞きながら、

 静かに紅茶を口に運んだ。


「……予定通りだ」


 その呟きは、湯気に紛れて消えた。



いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

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