15 スペード一家
フォード家のサロンは、避暑地らしい静かな空気に包まれていた。
大きな窓からは庭の緑が見える。
周囲の別荘も静かだった。
その部屋で、向かい合って座っているのはスペード家の三人とガーベラ・フォード夫人だった。
ガーベラがゆっくり紅茶を置く。
「それで?」
スペード氏が言う。
「ミネルバに会わせてくれ」
ガーベラの目が少し細くなる。
「どうして?」
「どうしてとは……娘だからだ」
ガーベラは少し笑った。
「娘?」
そして淡々と続ける。
「邪魔だと言って追い出した娘に……いまさら何の用かしら?」
スペード夫人が慌てて言う。
「そんなことは言っていません」
「では、なんて言ったの?」
沈黙が落ちた。
「伯母様……」
ガーベラはフローラを見る。
「元気そうね。フローラ。あっ婚約おめでとう」
「……」
「姉の婚約者と結婚する準備は、順調なの?」
フローラの顔が赤くなる。
スペード氏が机を叩いた。
「姉上!」
ガーベラはまったく動じない。
「なに? 事実でしょう?」
「今日は喧嘩をしに来たのではない。ミネルバを迎えに来たのだ。妹が婚約するのだ。手伝うのが当たり前だろう。まったくいつまで拗ねているんだ」
「ご自分では出来ないの?母親はなにをしているの?」
「二人は社交があるんだ。ミネルバが手伝うべきだ。姉が手伝わないのは外聞が悪い」
「外聞ね。ミネルバも社交で忙しいわよ」
ゆっくり紅茶を飲んで、カップを置く。
「ミネルバは今、忙しいの。それに――自分の道を見つけたわ」
その声は静かだった。
三人をゆっくりと見て続けた。
「だから、あなたたちに会う時間はない」
そのときだった。
廊下の方から声が聞こえた。
「おや」
ゆったりした男の声だった。
扉が開く。
主人のフォード氏と、背の高い男が立っている。
「これは、珍しい顔ぶれですね」
「ローハン侯爵閣下」
ローハンは軽く頭を下げた。
「もう、侯爵ではありませんよ」
「そうでしたね。つい尊敬の気持ちで閣下とお呼びしてしまいました」
ローハン氏が、ガーベラに
「何かあったのか?スペード家が来るなんて、まぁ君の弟だけど」
「ミネルバに会いたいそうよ」
ローハン氏の眉が少し上がる。
「そうですか」
椅子に背をゆっくりとあずけると穏やかな声で言う。
「残念ですが、それは無理ですね」
「どういう意味ですか?」
ローハン氏は少しだけ笑った。
「いまミネルバは、うちの家族と一緒に出かけています」
「ローハン家と?」
「ええ」
「弟とね」
ガーベラが静かに紅茶を飲む。
スペード氏の顔が少し曇る。
「うちの弟が、たいそう気に入っているようで」
その言葉で、部屋の空気が変わった。
ガーベラが少し楽しそうに言う。
「そうそう、一応、その話をしておくわね」
弟のスペード氏を見る。
「ミネルバの縁談の話」
その一言で、部屋の空気が凍った。
スペード氏が眉をひそめる。
「縁談だと?」
ローハン氏が穏やかにうなずく。
「ええ」
「まだ正式ではありませんが、家族としては前向きに考えています」
フローラの顔がみるみる変わった。
「そんな……」
信じられないという声だった。
「そんなこと、ありえません」
スペード夫人が小声で
「フローラ」とたしなめた。
だがフローラは止まらない。
「だって!お姉様ですよ? お姉様みたいに地味な人が、ローハン様のご家族と縁を結ぶなんて」
部屋が静まり返った。
フォード氏がゆっくり眉を上げて、姪を見た。
ローハン氏も、しばらくフローラを見ていた。
そして静かに言った。
「なるほど」
その声のつめたさにフローラはまだ気づいていない。
憤りと嫉妬と焦りが彼女の目と耳を塞いでいた。
「だって、お姉様は昔から、その……目立たない方ですし」
なおも言葉を紡いだ。
「社交でも特に、いつも、一人で隅に」
そこでようやく父親が言う。
「もうやめろ」
しかし、遅かった。
ローハン氏はゆっくりカップを置いた。
「面白いことを聞きました」
声は穏やかだった。
だが部屋の空気が冷える。
「わたしの家族が気に入った女性を、あなたは地味だから、価値がないと言うのですね。確かにミネルバは地味だと言えますね。浮ついた華やかさはないですからね」
フローラの顔が青くなる。
「そ、そういう意味では」
ローハン氏は軽く首を振る。
「いいえ、十分伝わりました。ミネルバを見下していると」
ガーベラが静かに笑う。
「この子は昔からそうなのよ、ミネルバを引き立て役にするのが当然だと思っているの。親の影響ね」
「姉上!」
ローハン氏は、ゆっくり言った。
「不思議ですね、わたしの友人にも」
少し笑う。
「ミネルバ嬢は、とても魅力的な女性だと評判ですよ」
その言葉で、フローラの顔が完全に固まった。
ローハン氏が続ける。
「娘も。弟も。そして妻も、みんな彼女を気に入っています」
少し間を置く。
「家族全員でね」
その一言は、スペード一家には重すぎる言葉だった。
ガーベラがゆっくり言う。
「だから言ったでしょう、あなたたちに会う必要はないって、ミネルバは、もうあなたたちの世界にはいないのよ」
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