14 婚約は意外と忙しい
避暑地の昼下がりは、王都よりずっと静かだ。
湖の上にうすい霧が残っていて、庭の木々が光にきらきらしている。
わたしは机に向かって手紙を書いていた。
宛先は、伯母のガーベラ・フォード。
ペン先が紙の上をすべる。
王都で起きたこと。
ここでの暮らし。
アレクサンダーのこと。
すべてを書いた。
そして、最後に少しだけ迷った。
スペード家のことだ。
父と母は、わたしを伯母の所へ送った。
まるで厄介払いをした。
けれど、だからといってどうすればいいのか。
思ったままを書くしかない。
伯母様。
スペード家には、どう対応すればよいのでしょうか。
封を閉じた瞬間、胸の奥の重さが少しだけほどけた。
それから数日後。
伯母様から返事が届いた。
封を切って読む。
わたしは思わず笑ってしまった。
そろそろ避暑の季節だから、そのときに言えばいい。
あちらは邪魔だと追い出したのだから、放っておけばいいよ。
とても伯母様らしい手紙だった。
その日の午後、庭でアレクと話した。
「伯母様に相談したんです。スペード家のことを」
アレクがうなずく。
「それで?」
わたしは少し笑った。
「『放っておけばいい』と伯母様は言いました」
アレクは一瞬きょとんとした顔をして、それから声を出して笑った。
「なるほど」
アレクが言う。
「それが一番いい」
わたしも笑った。
「そうですね」
それだけの話なのに、なぜか気持ちが軽くなる。
そのあと、避暑地の生活は、ちょっと忙しくなった。
一家で王都へ行くことになったのだ。
理由は、避暑地の社交の準備。要はドレスを買うためだった。
王都の仕立屋は、どこも忙しそうだった。
店の中には色とりどりの布。
絹の光。レースの白。流行のデザインのドレス。
マーガレットが言う。
「ミネルバ、この色が似合いそう!」
マーガレットが楽しそうに布を持ち上げる。
アレクが横から言う。
「確かに、その色はいい」
わたしは少し困ってしまう。
「そんなにたくさん必要ありません」
すると夫人が笑う。
「避暑地の社交は思ったより忙しいのよ」
夫人が言う。
「用意しておきなさい」
結局、何着も仕立てることになった。
鏡の前で新しいドレスを試すと、少しだけ不思議な気持ちになる。
これは、わたしが自分で選んだ色だ。
母ではなく、フローラでもなく、わたしが選んだ。
そのことが、まだ少しだけ信じられない。
そして王都にいるあいだに、もうひとつ大きな出来事があった。
フォード伯母様の家で、家族が集まったのだ。
フォード伯父様とガーベラ伯母様。
ローハン様ご家族。
そしてアレクサンダーとわたし。
テーブルの上には料理が並び、部屋はとても賑やかだった。
「今日はお祝いよ」
伯母様が楽しそうに言う。
「ミネルバとアレクサンダーの婚約」
マーガレットがぱっと顔を明るくした。
「やっと! わたし、まだかなと思ってたんです」
アレクが苦笑する。
「君は本当に遠慮がないな」
みんなが笑った。
その笑いの中で、わたしはふと気がついた。
気づけば、心から笑っていた。
以前なら、こんな席では気を張っていた。
誰がどう思うか。フローラの失言をどう取り繕うか。
どう振る舞うべきか。
そんなことばかり考えていた。
けれど今は違う。
ただ楽しい。楽しめる。
マーガレットが隣で言う。
「ミネルバ、嬉しそう」
わたしはうなずく。
「ええ」
そして思う。
わたしは――ようやく自由になったのだ。
遠い昔のように思える。
あの灰色のドレス。
妹を引き立てるための席。
静かに立っていた夜会。
あの頃のわたしは、もういない。
わたしはグラスを持ち上げた。
そして、みんなと一緒に笑った。
こんなふうに笑える日が来るなんて。
あの頃のわたしは、想像もしていなかった。
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