13 藤棚の下で
「店の裏庭の藤が綺麗に咲きました。お茶に行きましょう」
アレクに誘われて、やってきた。
庭の藤が、見事に咲いていた。
朝の光の中で、長く垂れた紫の花がゆっくり揺れている。
甘い香りが、庭いっぱいに広がっていた。
その藤棚の下に、小さなテーブルが用意されていた。
白いクロス。銀のポット。
そして二つのカップ。
椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
言いながら、胸の奥が少し落ち着かなかった。
なぜだろう。
今日は何かが起きる――そんな予感が胸の奥にあった。
わたしが椅子に座ると、アレクはポットを手に取った。
「今日はわたしが淹れます」
「アレクが?」
「えぇ」
少し笑う。
「商人ですが、茶くらいは淹れられますよ」
ポットから湯気が立つ。
ゆっくりとカップに紅茶が注がれた。
藤の香りと、紅茶の香りが混ざる。
とても静かな時間だった。
カップを差し出される。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
わたしは一口飲んだ。
温かい。少しだけ甘い香りがする。
「とてもおいしいです」
アレクは、やさしくこちらを見た。その視線は、驚くほど穏やかだった。
風が吹く。紫の花が、静かに揺れている。
わたしはその花を見ていた。
胸が、少しだけ高鳴っている。
そのときだった。
椅子がわずかに動く音がした。
アレクが立ち上がっていた。
そして、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
なぜか、息が少し止まった。
わたしの前で、足が止まる。
そして――
アレクは、静かにひざまずいた。
わたしは思わず立ち上がりそうになる。
「アレク?」
彼はまっすぐこちらを見ていた。
青い目が、静かに光っている。
「ミネルバ」
名前を呼ばれただけで、胸が少し震えた。
「愛してます」
藤の花が風に揺れる。静かな庭。
その中で、彼の声がはっきり聞こえた。
「毎日、この言葉をあなたに伝えたい」
わたしの心が、ゆっくり温かくなる。
こんな言葉を言われる人生があるなんて。
少し前のわたしは、知らなかった。
「ミネルバ。わたしと結婚してください」
わたしは少しだけ息を吸う。
胸の奥が、いっぱいだった。
藤の花を見る。
風に揺れている。
それから、彼を見る。
ひざまずいたまま、静かに待っている。
昔のわたしなら、きっと戸惑った。
遠慮したかもしれない。
でも、今は違う。
わたしはもう、誰かの影ではない。
自分の人生を、自分で選ぶ。
わたしは小さく笑った。
「はい。わたしも、愛しています」
その言葉は、自然に出た。
驚くほど、自然に。
そして続ける。
「喜んで」
風が吹いた。
藤の花が、いっせいに揺れた。
紫の花の下で、わたしの新しい人生が、静かに始まった。
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