11 無邪気な後押し
湖の水面に、アレクの笑顔が重なった。わたしはまだ少しドキドキしていた。
アレクが言った言葉。
自分の好きなものがわかる人は強い。
その言葉が、胸の奥で静かに残っている。
そのときだった。
背後の茂みが、がさっと動いた。
わたしは振り向く。
アレクも同時に振り向いた。
静かな湖のほとり。
鳥の声。
風の音。
そして――
また
がさがさっ
「……」
アレクがおおきな声で言う。
「鹿でしょうか」
「そうでしょうか」
「石をぶつけてみましょう」
すると、茂みの奥から「ひっ」という小さな声が、聞こえた。
わたしは目をぱちぱちさせる。
アレクは笑いをこらえて、静かに言う。
「鹿が「ひっ」と言うのは珍しいですね」
その瞬間、茂みがばさっと開いた。
「ごめんなさい!」
飛び出してきたのは、マーガレットだった。
「マーガレット」
マーガレットは帽子に草をつけて、ゆっくりと近寄ってきた。
アレクが言う。
「なるほど、鹿ではありませんでした」
マーガレットが慌てて言う。
「違うんです!」
「違うとは?」
アレクが腕を組む。
「その……湖がきれいだと思って」
「散歩を?」
「えぇ!」
マーガレットは力強くうなずいた。
「わたしたちの後ろを?」
マーガレットは固まった。
しばらく沈黙。
そして小さな声で言う。
「……はい」
わたしは思わず笑ってしまった。
マーガレットが慌てる。
「違うんです!」
「ミネルバが、ちゃんと湖を見ているか心配で」
「だから……」
アレクが言う。
「茂みに隠れて?」
マーガレットが小さく言う。
「はい……」
アレクはしばらく黙っていた。
それから湖を見て言う。
「なるほど」
そしてマーガレットを見る。
「どこから聞いていました?」
マーガレットの目が泳ぐ。
「えっと」
「その」
「鹿の前くらいから」
アレクが言う。
「かなり最初ですね」
マーガレットがあわてて言う。
「でも全部じゃありません!」
「途中で風が強くて」
「少ししか聞こえませんでした!」
アレクが言う。
「何が聞こえました?」
マーガレットは考える。
そして言う。
「叔父様が」
少し真似をするように言う。
「叔父様が……『あなたはもっと大事に扱われるべき人だと思います』って」
言った瞬間。
自分で言って顔を赤くした。
「きゃー!」
両手で顔を隠す。
「わたし何を言ってるんでしょう!」
わたしは完全に笑ってしまった。
アレクは額を押さえている。
マーガレットが言う。
「でも!」
急に真面目な顔になる。
「叔父様」
「なんだ」
「それ、求婚みたいでした」
湖の風が吹いた。
沈黙。
とても長い沈黙。
アレクがゆっくり言う。
「……マーガレット。屋敷まで走りなさい」
「はい?」
「いますぐだ」
マーガレットはぱっと振り返った。
そして全力で走り出す。
「きゃー!でもお似合いだと思いますー!」
遠くから声が飛んできた。
やがて足音は消えた。
湖はまた静かになる。
わたしはまだ少し笑っていた。
アレクは深くため息をつく。
「……あの子は」
少し困った顔をする。
それから言う。
「言うことが鋭すぎる」
わたしは笑いながら言う。
「でも」
アレクがこちらを見る。
「楽しい子ですね」
彼は少しだけ笑った。
「えぇ」
そして湖を見る。
「……まったく、困ったキューピッドですよ」
風が湖を揺らした。
わたしはその言葉の意味を考えてしまい、
また少しだけ笑ってしまった。
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