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春の避暑地で  作者: 朝山 みどり


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10 湖の会話


湖へ向かう道は、静かだった。


避暑地はまだ季節前だ。


遠くで別荘を掃除している人の声が少し聞こえるだけで、あとは風の音と鳥の声しかない。


わたしとアレクサンダー様は、並んで歩いていた。


少し歩くと、木々の向こうに湖が見えてくる。


朝の光を受けて、水面がきらきらしていた。


思わず足を止める。


「きれい……」



「初めて見る人は、だいたい、ここで足を止めます」


「そうでしょうね」



湖の水は、驚くほど澄んでいた。


底の石まで見える。


風が吹くたびに、水面がゆらゆら揺れる。


しばらく二人で黙って見ていた。


静かな時間だった。


やがてアレクサンダー様が言う。


「マーガレットは、この湖が大好きです」


アレクサンダー様が言う。


「子供のころ、ここでよく遊んでいた」


「そうなのですか」


「えぇ」


アレクサンダー様が言う。


「侯爵家の子供ですが、あまり貴族らしくない遊びばかりしていた」


「どんな遊びです?」



アレクサンダー様が少し考える。


「石を投げて水面を跳ねさせたり」


そう言って、湖岸の小石を一つ拾った。


そして軽く投げる。


石は水面を


ぴょん

ぴょん

ぴょん


と三回跳ねて沈んだ。


思わず笑ってしまう。


「すごい」



アレクサンダー様が肩をすくめる。


「子供のころの特技です」


「わたしはできません」


わたしが言う。


「やってみますか」


アレクサンダー様が石を差し出す。


わたしは少し迷ったが、受け取った。


湖に向かって投げる。


石は


ぽちゃん


とすぐ沈んだ。


アレクサンダー様が笑う。


「見事な沈み方でした」


「誉め言葉と受け取ります」


わたしも笑う。


不思議だった。


こんなふうに笑ったのは、久しぶりかもしれない。


アレクサンダー様が湖を見る。


「ここはいい場所です」


アレクサンダー様が言う。


「人が少ない。静かです。考え事をするにはちょうどいい」


わたしはうなずく。


「そうですね」


そして、ふと思う。


「……わたし」と言いかけてためらった。


アレクサンダー様が励ます様にこちらをみる。


「ここに来てから。ようやく、頭の中が静かになった気がします」


少し沈黙が落ちた。


アレクサンダー様は急かさない。


ただ待っている。


だから、続けてしまった。


「実家では、いつも誰かの声がしていました」


「母の声、妹の声、社交界の声」


湖を見る。


「わたしは、いつも何かを我慢していた気がします」


アレクサンダー様が言う。


「いまは?」


わたしは少し考える。


風が吹いた。


湖の水が揺れる。


「いまは」


わたしが言う。


「自分が何を好きなのか……少しずつ思い出している最中です」


アレクサンダー様は、しばらく何も言わなかった。


それから静かに言う。


「それはいいことです」


「そうでしょうか」



「えぇ」


そして少し笑った。


「商人として言いますが、自分の好きなものがわかる人は強い」


「なぜです?」


「迷わないからです」



湖の光が、彼の青い目に映っていた。


「ミネルバ嬢、あなたは、これから何でも選べる人です。インクだけじゃないですよ。なんでもです」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、弾けた。



風が吹く。


湖の水面がきらきら光る。


わたしは、ふと思ってしまう。


この人と歩くと、なぜか少し世界が広く見える。


そのことに気づいて、わたしは少しだけ驚いていた。


「ミネルバ嬢にお願いがあります」


「うん?」


「ミネルバと呼ばせてください。そして出来るならば、わたしのことをアレクと」


「あ?」


「マーガレットがあなたのことをミネルバと呼んでいるのが羨ましくて」


「あっ、はいどうぞ、ミネルバと」


「ありがとう。ミネルバ」


最後まで言うまえにお礼を言われてしまった。


「どうぞ、アレクと」


「はい。アレクゥ」


「もう一度。アレク!」


「はい。アレク」


アレクがパァっと笑った、その笑顔を見て、子どものころもきっとこうだったのだろうと思った。

いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

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