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マーマン防衛軍  作者: ベスタ
9/21

8 感謝が伝わる時

 エルエイルたちは村づくりに忙しかった。

 そのため、サイガンド、タロス連合と戦争をしているという話が来た時も対応できなかった。

 村には戦うための者以外に多くの非戦闘員も多くいるのだ。彼らのために家を作ったりすることは重要なことであるし、一二三から直接薄い民は戦争に参加する必要がないという通知がきていたからだった。

 エルエイルたち戦えるものはその報告を少し寂しく思うものの、町の発展を心配してくれた一二三の心遣いを嬉しくも思っていた。


 そんな平和な薄い民の村に数日前、ゲールラ将軍が配下の兵士1000名と来たとのことだった。もちろんエルエイルはタコスのポリフェル城攻めの時、ゲールラ将軍と顔合わせしていた。


「こんなところまでお疲れ様です」


 そうやって出迎えたエルエイルと薄い民にゲールラ将軍は何も言わず全軍で攻撃を仕掛けてきた。驚いたエルエイルだったが、なんとか逃げ出すことができた。しかし、逃げきれなかったものたちもおり、被害を出すこととなったのだった。

 ゲールラ将軍は家に隠れ潜んだものたちまでを容赦無く殺して回った。


「なぜ、なぜこんなことをするのです!! 理由を、理由を聞かせてください!!!」


 エルエイルはそう叫んだがゲールラ将軍は何も言わなかったそうだ。

 ただ、その目が汚いものでも見るかのような目であったこと。その目はかつて迫害されていた薄い民に向けられた目であったことを思い出させた。


「あなた方は、我らを利用しただけなのですか!?」


 その叫びもまた誰にも届かずに響いていっただけであった。






「幸い、我らはこの河の民。隠れ場所については誰よりも詳しかったので、多くのものが難を逃れることができました。しかし、逃げ遅れたものたちは……」


 エルエイルの言葉に呆然とするテル。

 たしかに今のポリフェル城の戦いではゲールラ将軍率いる部隊はどこにも見当たらなかった。ビゼン軍の中で最もカララト海域を自由に侵攻できるのにもかかわらず、である。

 ビゼンの作戦に対して後手後手に回ってきていたタコス軍であるが、その最たるものがこの薄い民たちの惨状であった。


「許せない……」


 それと同時にテルの胸に炎が宿った。それは黒い炎である。怒りの炎、誰かを殺したくて殺したくてたまらない炎である。


 テルにとって薄い民たちは最近できた友達のようなものである。困っていたテルたちを助けてくれて、ジンカをしてからは体が馴染んでしっかり動けるようにサポートもしていた。最後には数が少ないながらもポリフェル侵攻に手を貸してくれて、村の名前をつけてくれとも言われていた。


 そんな親しい人々が殺されたのである。

 テルの心を許せない思いが満たしていった。


 テルのそんな状態を見てエルエイルは何かを考えているのか黙っている。

 次に、エルエイルの案内で死体が置かれている場所へと連れていってもらった。そこには村長のカッターが死体たちの前で祈りを捧げていた。


 その姿を見てテルは水の中で気付かれないが涙を流した。自分自身も泣いているかどうかわからないが涙を流したと思う。

 そこにはエルエイルとの訓練の時、周りで騒いでいた魚人がいた。そこには食事の時に毎回お代わりをしている奴がいた。


 テルは名前を覚えるのが苦手である。

 それでも、彼らの顔はどこか見覚えがあり、そのどれもが苦痛に歪んでいた。






 しばらくして、今度はテルが説明をすることとなった。

 ノエは口の中に引っ込んで、苦内は影に潜んでいるのでテルしかいなかったのだが。


 サイガンドとの戦いで勝利したこと、その間にゲールラ将軍が裏切ってビゼンについたこと。

 そしてビゼンが残虐であることを伝えた。


「ゲールラ将軍やビゼンがなぜここを攻撃したのかはわからない。だが、俺たちは薄い民と戦争をするつもりはないことを知っていてほしい」

「……………」


 カッターは目を瞑り考え込んでいた。その流れでテルは切り出す。


「そして、こんな状況だが、俺たちに手を貸してほしい」

「こんな状況の我々にどうしろと」


 カッターの言葉は冷たかった。そう、村を立て直すのにも人員がいるのだ。どう考えても人手の足りないこの村からさらに人を借りるのは無理なように思えた。


「物事には順序がある。イソボン砦に帰ったゲールラ将軍をどうにかしなければ我々はあなたがたに協力はできません」


 カッターの言葉は正しかった。だからテルからはほとんど何も言えない。テルにだって本当はわかっているのだ。

 しかし、テルはその言葉に引っかかった。


「ゲールラ将軍はイソボン砦にいる?」


 それはポリフェルの防衛軍では探知していない事柄だった。その言葉にカッターは頷く。


「ええ、イソボン砦の防衛軍8000名。降伏したままの状態でそのまま防衛をしています。もっとも風の噂程度ですが」


 それを聞いた時、テルの中でパズルが埋まる。




 ポリフェルを落とす自信があるビゼン。

 もしも、ビゼンがサイガンド軍を動かすことを想定していた場合、カララトの熱に弱いサイガンド軍を向かわせるとしたらどこか。答えはタロス海域である。

 となれば、タロス海域からくるサイガンドの兵を防ぐ最適の場所はどこか。答えはイソボン砦である。


 しかも防衛するのはもともと防衛についていたイソボン砦防衛部隊である。突破するのは容易ではない。

 そうなれば、ゲールラはほぼ確実にイソボン砦にいると見て間違いがないように思えた。



「苦内」

「はっ」


 影の中から姿を現した苦内を、テルは真正面に捉えて指令を与える。


「イソボン砦に向かい裏切り者のゲールラがいるかどうかの確認をしてくれ。居た場合は砦の間取りなどを調査して戻ってきてくれ」

「承知しました」


 すっと影に潜む苦内。テルはこちらを見て居たカッターに提案した。


「ゲールラがイソボン砦にいると分かり次第、もう一度話をさせていただけないか」

「………いいでしょう。今は憎いという思いもありますが、元々あなたがたは我々の恩人だ。滞在くらいは許しましょう」

「ありがとう」


 テルは頭を下げると席を立つ。エルエイルが案内をするために立ち上がり側に、カッターに耳打ちした。


「私はテル殿個人を信じることにした」


 その言葉に驚くカッター。普段は紳士的な態度を崩さない彼であるが、根本では激しやすい性格なのだ。今回の襲撃では先頭に立っていたこともあり、恨み憎しみは人一倍であろう。

 その彼が、テルを許したのだ。

 驚いているカッターにエルエイルはもう一言告げる。


「あれは家族を失った目だ」


 そう言われてカッターは先ほどのテルを思い出していた。たしかに先ほどのテルは昨日までのエルエイルと同じ目をしていた。同じように怒り、同じように悲しんだのだ。

 カッターもまた、テルを信じようと思っていた。






 かつて町だった廃墟をエルエイルの案内で歩いていると、唯一まともな家が一軒だけ見えた。その建物からすらっとした白髪混じりの男がちょうど出てくるところだった。


「ドクタールファ、みんなの状態はどうですか?」

「ああ、落ち着いている。このままでいればあと数日で完治するだろう」


 エルエイルに話しかけられたルファと呼ばれた男は医者のようだ。たしかに物腰はおとなしく話しているこちらが落ち着く優しい声音であった。

 テルはそんなルファとエルエイルを見ていたが、ふと鼻に付く臭いが流れているのを感じた。

 臭いの元はルファの出てきた家から臭っているようだ。


「この臭いは?」

「…彼は?」

「彼はタコス軍の者だ。今は保留している」


 ルファはエルエイルに素性を聞いたが特に関心も持たずにテルの方を向いた。


「この臭いの元は消毒薬だ。いくつかの海藻を混ぜ合わせて加工すると緑色の濃ゆい液体ができる。これを直接飲ませると毒となるが、水に薄く混ぜると病気だけを殺してくれるのだ。今は血カビの治療に使っている」

「なんだって!?」


 テルは飛ぶようにその一軒家に入った。

 そこは野戦病院のようで床に雑魚寝している者たちもいたが、血カビに感染しているものの症状は軽かった。

 ドクタールファが後ろから入ってくる。


「昨日の段階では肉の腐敗が始まっている患者もいたが、今ではほとんどのものが快方に向かっている。血カビも白い綿がへりどんどん縮小していっている。いい傾向だ」


 ドクターの説明にテルは喜んだ。

 血カビはポリフェル城で蔓延している伝染病である。厄介なのは多くのものが感染すると感染を止めるのは容易ではないということである。飲み薬などもないため患者の回復力に頼るところが大きいというのも問題であった。


 だが、これで城の多くのものが助かる。


(フーカも、助かる)


 テルは急いでドクタールファにすがった。


「お願いします。ポリフェル城の人々も助けていただけませんか。苦しんでいる兵士や、家族がいるんです。薬をもらえるだけでもいい」

「ふむ。この薬は私しか調合できないからな」


 ドクタールファはテルの嘆願に白髪混じりの頭をくしゃくしゃとすると答えた。その答えに絶望するテルであったがそれにドクタールファは告げる。


「ここが治り次第向かうこととしよう」


 テルは驚いてルファに向き直った。


「きていただけるんですか?」

「医者が患者の元に行くのに理由がいるのかね?」


 尋ね返されてテルは頭を下げた。それは深い感謝であった。殺したり、憎んだり、恨んだりしていたこの世界での、純粋な赦しに対しての感謝であった。


「ありがとうございます!! ありがとうございます! ありがとう……」


 後半は嗚咽混じりになり言葉にはならなかった。家族が確実に助かることを知ったのだ。テルに抱きつかれたドクタールファは、少し困った顔をしていたものの、テルの背中をぽんぽんと叩き落ち着かせていた。

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