15 ビゼンの最後
逃げ出していたビゼン軍は命からがらサンゴ礁帯を抜け出した。
後ろからは未だに攻撃が続いているが、ここまでくれば大悪魔の口まであと少しである。
「ここまでくれば確実に着けるわね?」
ビゼンが計算通り大悪魔の口へとたどり着きそうなので安堵の吐息を漏らしたところ、
「地獄にか?」
答える声があった。
ビゼンが辺りを見回すとそこに赤い髪の少年が不敵に立っていた。小さいくせにこちらを見下ろしてくるようなそんな不思議な少年に、ビゼンは素直に驚く。
「タコス? 探している時にはいないのに、いなくていい時にはいるのね?」
「そんなもんだ」
肩をすくめるタコスの後ろには多くの兵士が待機していた。ほぼ無傷のサイガンド軍である。
ビゼン軍が暑さにやられないように大悪魔の口を通ったように、タコスもサイガンド軍を大悪魔の口経由で連れてきたのである。
イソボン砦の兵士が来ていながらもサイガンド軍がいないことで、タコスが間に合わないと踏んでいたビゼンにとっての大きな誤算であった。
「間に合わないと思っていましたのに?」
「テルにはタッチの差で合流できなかった。だが、戦いには間に合ったな」
タコスと会話している間にもビゼンは考えをめぐらしていた。戦って勝てる見込みはもうない。で、あるならば逃げるしかない。そのための条件を探すため、後ろから攻撃されている状況の中でビゼンは落ち着いてタコスと会話した。
「慣れない土地だったというのにずいぶん行軍が早いのですね?」
サイガンド軍がポリフェルに移動するのにカララト海域を通っていては間に合わない。
大悪魔の口にいるのを考えればビゼンの国であるタロス海域を通ったと考えるのが当たり前であろう。
タロスはそのほとんどが砂である。道案内がいなければ同じ風景に迷わされてしまうのだ。その行軍の速さから、タコスはイソボン砦経由でポリフェルにきたと考えた。
なにせビゼンはタロスの首都アミノに罠も仕掛けている。アミノによっていたのならば死んでいるはずだからだ。
だが、タコスは気にも止めずいった。
「案内がいるからな」
「立場は中立だっていっても聞きゃしないんだからな」
タコスの言葉にビゼンが目を向けると、そこにはアミノに残しておいたはずのナップがいた。もしも相手の支配者が来たならば降伏したふりをして刺し違えてでも殺せと指示していたナップがだ。
この時点でビゼンは自分の完全敗北を悟った。ビゼンは元々ポリフェルの援軍が来るまでのタイムリミットのある戦いをしていたのだ。そのタイムリミットが今、完全にきたことを悟ったのだ。
くたびれた様子のナップを見てビゼンはため息をついた。
「優秀な部下を持っていて羨ましいですね? 私の部下は役立たずばかりで恥ずかしいわ?」
「そうか?」
タコスは言葉を返す。
「ナップが案内をしてくれたおかげで早かったのは事実だが、こいつは軍隊を移動させるのに必要な情報を持っている。そのおかげでここまで早く移動できたんだ。
行軍させるだけならボニート将軍よりも優秀だったぞ」
そう言われてボニートは苦笑いした。事実ナップは海流の流れを読むのが得意であり、適切な移動の結果予定よりも何倍も早く移動できたのだ。
ナップは相変わらずくたびれた様子でため息をついた。
「私がついて来なきゃいけない理由にはならんですがね」
「ということだ」
タコスはナップの言葉をあえて無視して話をまとめた。ナップはため息をつきながら髪の毛を軽くかきむしる。
ビゼンはその最中でようやく逃げる算段がついた。早く移動しなければ後ろから迫るテルたちにやられてしまうだろう。
「そう、まあ悲しいけどそれは仕方ないわね? では、ごきげんよう?」
そういって素早く体の向きを変えるビゼン。そのひらひらの服からは想像もできないくらい早く逃げ出した。ビゼンの部下たちはタコスに向かって襲いかかってくる。
「逃すか! ………!?」
追いかけようとするタコスの体が止まる。タコスの体から力が抜け、急にふわりと浮き出したからだった。その動きに驚いたボニートが敵兵士の間に割り込んでタコスを守ろうとする。が、
「ふん、甘いら」
ろれつが回らないタコスの目の前でビゼン軍の兵士の槍が外れる。正確にはタコスの体が後ろに流れたため槍を外してしまったのだ。
タコスの陰から黒い女性が現れる。
「間に合いましたね」
「たすかっらぞ、苦内」
タコスは苦内に引っ張られていた。助けられている割に自信満々なタコスも大概ではあるが。
そのせいで決定的なチャンスをふいにしてしまったビゼン軍の兵士たち。そのまま突撃するビゼン軍の前にナップが立ちふさがった。
ため息を一回だけ軽くつくと、大きく息を吸い叫ぶ。
「お前ら!!! なんのために戦っている!!!!」
怒号とも取れる思ったより大きな声のため、ビリビリと震えが伝わり兵士たちは足を止めてしまう。その隙にナップがここぞとばかりにまくし立てた。
「お前らの戦ってる目的はなんだ!! 家族か!! 恋人か!!! そいつらはもう殺されない!! 内政官だった俺が保証してやる!!!
それでもまだビゼンのために戦うか!?
戦って死んで、愛する者たちに自分の死体を見せるか!!? それとも生きて家族と再開するか!!? 選べ!!!」
ナップの叫び声に多くの兵士が持っていた槍を取り落とした。その状況でビゼンは一目散に逃げ出していた。支配者であるビゼンは自分1人であればどうとでも逃げられる自信がある。最悪の場合、ダゴンのいるマカレトロに逃げ込めばいいのだから。
「逃がさん!!!」
逃げ出しているビゼンにエルエイルが間に合った。
暴風とも思える拳圧にひらりと避けるビゼン。突き出した拳に押された海水に、逆らわずに流れるように動くビゼンにエルエイルの攻撃が当たらない。
「お前のようなやつを逃すわけにはいかん!!」
「困りますね?」
口元を扇子で覆い隠しながらひらりとエルエイルの攻撃をかわすビゼン。どこか余裕を持って動くビゼンに焦りが募るエルエイル。掴むことすらできないのでエルエイルの得意とする電撃も当てることができない。
すっと口元を覆っていた扇子を下ろすとビゼンは扇子をエルエイルに向ける。
「どいてくれませんか?」
「なに……を?」
急に動きが鈍くなるエルエイル。体の感覚がなくなり力が抜ける。自分の体が自分の体ではないような感覚に戸惑うエルエイルの真横を余裕を持って通り抜けるビゼン。
「では?」
「そうはいかない!!」
横からの突然の突撃にビゼンの体が吹き飛ぶ。衝撃に海中でクルクルと回った後、なんとか態勢を立て直したビゼンは相手を見る。
エルエイルではない。エルエイルは未だに麻痺をしたままだ。
では誰が?
「逃すわけにはいかない!!」
そこには全身フルプレートメイルに身を包んだ大男がいた。カメの魚人、タルトルである。優しげな目元も兜の奥であり今は見えない。
大きな盾で体当たりをしてきたらしく、その衝撃をビゼンは体をふらつかせつつなんとか立て直していた。
そこに再び迫ってくる大盾。
バンッ
「ああっっ!!?」
衝撃に吹き飛ばされながら扇子をタルトルに向けるビゼン。その時
キンッ
タルトルの首筋から金属音が聞こえた。
「その扇子、危ない気がする」
「………相性が最悪ですね?」
ビゼンは自分の扇子に透明な痺れ針を仕込んでいたのだった。それを打ち込むことによって相手をしびれさせることになる。しかし、隙間なく鎧で覆われているタルトルには針を打ち込めなかったのだ。
「諦めたほうがいいかしら?」
力なく漂うビゼンにタルトルが再び盾で吹き飛ばす。くらくらとした頭がビゼンに浮遊感を与える。
力なく漂っているビゼンに、追いついたティガが殴りかかる。
「ふん!!」
エルエイルの戦い方を見ていて拳では吹き飛ぶだけだと考えたティガは、拳から手刀の突きへと変化させそのままビゼンの腹部を貫いた。
ぞぶっ
「ぶ、か、はっ?」
完全にビゼンの体を貫いたティガの腕はビゼンの背中から生えていた。あたりにビゼンの青い血が漂い、金色の瞳がプルプルと震える。
腹部を貫いたためビゼンの口からも青い血が流れ出ており、致命傷であることを物語っていた。
ずぶっ
ティガが手を引き抜くと、支えるものをなくして力なくビゼンの体が宙を漂う。
「ああ、あああ?」
震えるビゼンは自分のお腹に開いた大きな穴を見て大きく驚く。その穴からは後ろの風景がよく見えた。確実に自分が絶命する光景を見て震えるビゼンはそれでも喋った。
「素敵? …素敵ね、自分の命の消える瞬間というのは? こんなに素敵なら」
恍惚とした表情で漂っていたビゼンは、愛おしそうに自分のお腹の穴に両手を添えると目を閉じて妖しく笑った。
「もっと早く知りたかったですね?」
ビゼンは自分の血の色でふわふわな白い服を青く染めていった。それはビゼンが海へと還っていくかのようであり、血に濡れて青く光る唇は満足であったかのように微笑んでいた。
ビゼンの死を目撃してビゼン軍は完全に降伏した。ビゼンが死ぬところを見ていたナップは目を瞑り頭を振ってため息をついた。
「裏切り者の俺がいうのもなんなんですがね? 1人でも、あんたが誰かを信頼していたんなら。逃げ切れたんでしょうに」
ビゼンの死体には誰も近づかなかった。それは敵であるタコス軍のものだけではなく、味方であるビゼン軍の兵士もであった。
初めは不利な状況で戦っていたタコス軍であったが最終的には仲間との絆で勝利を収めた。最初は有利であったのに結果的には1人で死んで行ったビゼン。その縮図が今の光景であるとナップは思ったのだった。




