14 神の針
ビゼンは処刑を行う際に、まずは自分の保身を考える。
ポリフェルでの攻防では、ビゼン軍はビゼンが殺されればそれで負けである。
そしてビゼンが処刑する時には捕虜を助けるために幾度となく防衛軍が救出隊を編成し攻め寄せて来ていた。
結果としてビゼンは守りやすい谷の崖付近に寄ることにした。そうすれば守る時は片側は守る必要がなくなるからだ。
その崖の上にいま、ズラリと軍隊が並んでいる。
少なく見積もっても7000名。それと同時に1人の男が捕虜のいる場所にこっそりと来ていた。
「テル兄さん」
「ああ、そうだ。絶対に助けるからな」
捕虜の言葉で目の前の男がテルという魚人だとビゼンは理解する。
いままでの尋問でタコス軍の一番魚人がテルという魚人であることはわかっている。
ビゼンは一番魚人なんてものは理解しないのだが、ほかの海域では効率よく回っているシステムだというのは理解している。
今まで探していたのにもかかわらず姿を見せて来なかった魚人でもある。
そのためビゼンは全軍の作戦立案をしている一二三こそが一番魚人で、テルという魚人ではないかとも思っていた。
すぐにほかの捕虜によって否定されることとなったのではあるが。
「貴方がテル? また、無謀な助け方もあったものですね?」
「そうかな?」
ビゼンが気づかないのも無理はない。
テルはイワシ魚人でも体を特別に鍛えているとか後方で優秀な指揮をしているといったわけでもない。むしろ姿形は隣にいる千とあまり変わらないのだ。
そこらにいるイワシ魚人となんら変わらない。
だからこそ不思議にも思う。
なぜ1番魚人になれているのかを。
ゲールラなどはタコスの贔屓だなどと言っていたが、嫉妬に目の狂った魚人のいうことはあてにはならない。それなりの資質があるということなのだろう。
ビゼンは扇子を口元に当てる。こちらの表情が相手に伝わるのはよろしくない。表情をうまくコントロールできないビゼンは、どうにもならない自分のそんな癖に困ってしまう。
だから隠す。
相手にはできる限り情報を与えないに限るのだから。
扇子の裏で楽しそうに笑うビゼンは、顔を落ち着かせてから扇子を下ろした。
「だってそうでしょう? そんなに大勢の軍がいるとしても、崖の上にいるのでは意味がないのですから?」
「何を言っているんだ?」
テルは仲間を呼ぶために手を振るう。そのテルの反応を受けた五十六が全軍をともなって崖を泳いでおりてくる。
その光景に戦慄するビゼン。そう、当たり前であるのだ。
陸と違い海は空気ではなく海水で満たされている。泳いで来れるのは『当たり前』であるのだ。
当たり前であるにもかかわらずビゼンは泳いで崖から降りてくる軍を驚いて見ていた。
ビゼンの心に棘のようなものが刺さって邪魔をする。
(これは………?)
ビゼンは自分の頭の中になにかが邪魔をしているのを感じていた。しかし、それを形にする時間なんてものはなかった。
「総員、防御陣形?」
ビゼンの指示に素早く対応するビゼン軍。ビゼンの周りを囲むと同時にテルの部隊の攻撃を食い止める。その隙にビゼンはモヤモヤする考えを脇に置いてひとまず前線から離れるのであった。
「兄さんが来ました」
一二三の視線の先でテルが戦場に躍り出ていた。そしてそれに続くようにサンゴの山から降りてくる雪崩のような軍隊の中に、行方不明になっていた五十六を感じた。
どうやらタコス率いるサイガンド軍は間に合わず、イソボン砦の軍隊を連れて来たようである。
途中でポリフェルに帰らずに直接ビゼン軍を叩く機会をうかがっていたのだろう。
攻めるテル部隊と戦って減らされたビゼン軍は同じぐらいのようである。ここで手をこまねいているわけにはいかない。
一二三はすぐさま後ろを振り向くと余市に聞いた。
「出撃準備は?」
「とうの昔に」
すでに全部隊が出撃準備を整えていた。おそらく千が殺されるということに多くの兄弟が我慢できなかったのであろう。
弟思いの兄姉たちである。
本来であれば勝手に動こうとした罪で裁かれるべきではあるのだが。
「どうします? さばきますか?」
「敵は処刑の後、毎回こちらに攻めて来ています。応戦の準備をしている部隊に裁かれるべき罪はありません」
余市の心を読んだ突っ込みに、一二三は微笑んで答える。頭ではわかっていたが心は一二三も同じである。千を助けたいという思いだ。
「千載一遇のチャンスです!! 全軍、今まで溜まっていたその鬱憤、今こそ」
一二三は言葉を区切りうちわを高々とかかげる。ビゼン軍は新しく現れた部隊に大わらわである。それこそポリフェル防衛軍を気にしている暇などないぐらいに。
「解き放ちなさい!!!!!」
「「「「「ををををををををおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」」」
掲げられていたうちわが振り下ろされる。
一二三の号令とともに兵士たちの間から地響きが上がる。鬨の声である。
兵士一人一人が今までのうらみつらみを全て吐き出す勢いで叫んでいた。部隊の統率なんてものはあってなきがごとしである。
怒号とともに拮抗しているテル隊とビゼン軍の戦いになだれ込んで行った。
「やはりそうくるわね?」
ビゼンは怒涛の勢いでこちらに突っ込んでくる防衛軍を見ていた。いくら防衛軍が防衛を重視しているといっても、援軍が来て相手を大幅に上回った戦力となった今、守り続けている意味はない。
そして、いままでビゼンがして来た処刑が裏目に出て、防衛軍は仲間の仇とばかりに昂ぶっている。恐らく現在のビゼン軍では持ちこたえるのは無理であろう。
ビゼンは冷静に負けを認めていた。
だが、ただ負けを受け入れるわけにはいかない。
「大将が先に諦めるものではないですしね?」
ビゼンは被害が大きくなる前に部隊を大悪魔の口へと移動させる指示をだす。ビゼンの扇子が前から後ろに大きく振られる。それを見た途端、ビゼン軍全軍が大悪魔の口へと移動を開始した。
(あそこの海温差がいまは我々に優位に運ぶわね?)
現在、完全にカララトの高温になれた防衛隊では大悪魔の口の低水温はきついであろう。体調が落ちれば戦闘力も落ちるであろう。それを見越した動きであった。
まだビゼンは諦めていなかった。
撤退する敵を一番に痛めつけたのはエルエイルであった。
「おおおおおお!!!!」
雄叫び一番、敵を撲殺するエルエイル。泳いでスピードのついた拳が敵兵士を鎧ごと粉砕する。あたりに鎧の破片と肉片が飛び散り敵兵士は浮き足立つ。その隙を薄い民の戦士たちが逃すはずがない。
暴れ散らす薄い民の戦士たちは台風のごとくであった。
防衛軍も負けてはいない。
史郎を筆頭に敵に勇猛に突っ込んでいくヤリ部隊は、今までの消極的な戦い方が嘘のように敵軍を切り裂いていく。
ティガも戦闘の興奮で丸太のように膨張した腕で相手をなぎ倒していく。
逃がさないとばかりに余市たちの水流魔法が敵を打ち砕く。
圧倒的な勝利であった。しかし、一二三は追撃の手を緩めない。ビゼンが生きている限りビゼン軍は脅威となり続ける。そしてタコスの世界征服の邪魔となるだろう。
ビゼンは確実にこの戦場で息の根を止める必要があった。
それと同時に一二三にはわかっていた。ビゼン軍が大悪魔の口に辿り着いてしまうことを。
予想外にビゼン軍の守りが今も堅牢であることに驚く。
ズタズタでボロボロであっても決して降伏しようとしない。それが不思議であるのだ。
一二三は戦場のかたわらで死にかけているビゼン軍の兵士の胸ぐらを捕まえて脅した。
「言いなさい、なぜ降伏しないのか。あれほど非道な主君に使える必要はないでしょうに」
一二三が尋ねると兵士は泣きそうな顔で言った。
「お、俺にも家族がいる。兄弟だっているんだ。俺が活躍しなければ、みんなが……」
そういって喋っている最中に兵士は死んでいった。恐らく腹に刺さった槍が致命傷であったのだろう。
だが、聞いてみれば簡単なカラクリであった。
敵を恐怖で支配していたビゼンは味方すらも恐怖で支配していたのだ。自分がどんな目にあっても誰かを守りたい。そんな兵士たちが今も戦っているのだ。
死んだ兵士を下ろすと一二三はビゼンがいるであろう方角を見据えて独り言をいった。
「貴女はやはり頭がいいようですね」
そして、敵の内情を知ってなお戦わざるをえない現状をビゼンの手中にはまっているとわかっていてなお吐き捨てる。
「そしてやはり、最低です」
一二三のうちわを持つ手が怒りでプルプルと震えるのであった。




