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マーマン防衛軍  作者: ベスタ
17/21

16 ビゼン

 いつからであっただろう。

 魚人を殺すことに喜びを見出すようになったのは…。


 昔からビゼンは自分が狂っていることを自覚していた。

 人が言うこととは別の解決策を提示していたのだ。たとえ他人と同じ結論に達していたとしても考えの辿った道筋が全然違っていた。


 ビゼン自身は自分が狂っていると思っていたのだが、他人の評価は違っていた。

 周りのものは彼女を天才と評価していたのだ。




 最初はそのことについて両親が喜んでくれていることが全てであった。ビゼンは大いに頑張り天才という評価を不動のものとしていた。

 後々には偉大なるダゴン様を補佐するものとして期待視されてもいた。


 彼女が天才の道を踏み外したのは両親が死んだ事故が原因であった。

 移動用の車に岩が落ちてきたのだ。それは完全な事故であった。

 移動中であったビゼンと両親はその岩に巻き込まれた。即死であった母親は、生きているときは決して見せたことがない苦悶の表情を見せて死んでいた。

 下半身を岩に潰されてじきに死んで行こうとしていた父親は奇跡的に助かっていた愛娘が傷1つ受けず生存していたことに安堵の表情を浮かべていた。


「お前が無事でよかった」


 ビゼンの目の前で死んでいった父親は穏やかな顔で死んでいった。

 その死に様を淡々と見ていたビゼンの心中では様々な思いがうごめいていた。


 突然の死に恐怖すら浮かべて死んでいった母親。ギリギリまで生きていたことにより安心して死んでいった父親。そして彼らが生んだ沢山の命の本音。


 それはとても尊いもののように思えて、ビゼンは心が跳ねるのを感じていた。




 天才が変わったのはその日からであった。

 魚を捕まえて意味もなく殺していく。

 生き絶えるその間際に見せる抵抗にその魚が今まで生きてきた全てが現れる。


 あるものは生き続けようともがき、あるものはあっさりと死んでいく。その違いを調べ分析し感動する。書物や話では決して味わえないリアリティがそこには確かにあった。


 外見は天才の皮を被ったまま、狂気は静かに成長をしていった。




 やがてその手腕を買われ、ビゼンはタロス海域の支配者として選ばれた。


 あまりにも資源のない海域。周りは我を通したがる支配者ばかり。海域の魚や魚人達は自分たちのことばかり。明日の自分の食べ物さえあればいいと思っているものたちには計画性というものは存在していなかった。


 ビゼンは頭を抱えた。

 どうしても海域は良くならなかったのだ。

 食料は困窮しており、敵は数少ない資源を狙っている。そんな時偉大なるダゴン様をおもいだしていた。


 誰もほとんどダゴン様にはほとんどのものがあったこともない。

 だが、誰も彼もダゴン様に従っている。その力の源は何か。


 自分の中を探したビゼンが見つけたものは恐怖であった。

 ビゼンは恐怖が最も最短で最速で全てをまとめることができると知ったその日に、躊躇せずに反乱分子の粛清を開始した。

 そのついでに自分の快楽を求めた。


 人々の目には残虐に映り、ビゼンによる恐怖統治はあっという間にタロス海域を安定に持っていった。生産された数少ない食料はビゼンを含めて平等に分配され、こちらの利権をかすめ取ろうとする他海域においてはビゼンの残虐の名前が防波堤となった。


 戦力を増強するために魚を無理矢理に魚人に仕立て上げた。生産活動の乏しい海域ではどうしようもないので兵士にして給料を与えた。





 タコスという支配者が偉大なるダゴン様に反旗を翻したと聞いた時、ビゼンの心に火が灯った。

 ダゴンの敷く恐怖からの統治を目指すもの。


 ビゼンの興味が湧き、気がつけばライトの提案に乗っかっていた。



 結果だけを言えばビゼンはタコス軍に負けた。

 ビゼンは殺されて部下は全て降伏したことだろう。

 しかし、タコスは驚くことになるだろう。タロス海域には何もないことを。

 産出するものもなければ自給すら危うい食料事情。そのあまりにも大変な政治状態に大いに嘆くこととなるであろう。


 でも、案外うまく治めるかもしれない。

 ビゼンには部下のナップが行軍に大きく貢献できる能力があることを見抜けなかった。

 そういった、他者の能力を引き出すことができるタコスであれば。


(タロス海域を導いてくれるかもしれませんね?)


 宙に浮かんで思考するだけのビゼンの魂がタロス海域の明日を夢見ていた。呟いた思いは誰にも聞こえずに、宙を震わせもせず消えていっただけだったが。


 タロスが今よりもより良い海になるのであればビゼンには特に思うところは何もない。輝かしい魂の安らぎを感じながら、かつて感じたことがないほどの心地よさに溶けて消えてしまいそうな思念を、しかし何かがとどめていた。


(何かしら?)


 それは何かビゼンには分からなかった。それは決してこのまま消え去ることを良しとしなかった。


(死んでしまったのだから、もう休ませて欲しいのだけれど?)


 何かはそれでも強固に留まることを、考えることをビゼンに強いた。そこでようやくビゼンは死ぬ前に浮かんでいた疑問があったことを思い出していた。

 魂はしかし、考える時間もあとわずかと言わんばかりに消えかかっている。





(あの時、なぜ私は敵が上からこないと思っていたのかしら?)


 そう、テルたちが崖の上から姿を現した時、ビゼンは崖の上の軍隊では攻めてこれないと思っていた。そして、泳いできた敵兵に驚いて対応が遅れていた。


 なぜ崖の上にいた者たちがせめて来れないと思い込んでいたのであろうか。

 自分たちは大悪魔の口という断崖絶壁の中を泳いで侵攻してきたというのに。


 消えかかるビゼンのともし火のような魂が、このまま消えてはいけないと熱量を強くする。なにか。そう、何かが隠されているのだ。

 ビゼンの思いもよらないところで重大な何かが見えようとしているのだ。それを解明しなくてはならないという思いで、魂がフル回転して輝きを増す。


 海の中では決して不自然ではないことを不自然だと思った。それは海の中ではないかのような。

 それこそおとぎ話で出てくる陸の世界のようではないか。


 陸の世界では海の中のように海水で満たされていないという。

 そしてその中では空気というものが満たされており、そこでは泳ぐこともできず下に引っ張られ、崖など高いところでは叩き潰されてしまうという。


 そんな陸では魚人に似た人間族が住んでおり営みをしているという。

 そして、おとぎ話は神は人間を愛し、人間を生み出したという。その神とは紆余曲折は挟むもののダゴンを支配者とした神と同じものである。





 ビゼンの魂が少しだけ色を変える。


 神が人間を生み出した?

 それではまるで。


(『ジンカの業』のようですね?)


 そう考えた途端にビゼンの頭の中で色々とパーツがはまっていく。それは、あまりにも悲しく、あまりにも非情な神の思惑であった。

 そうであれば、ビゼンがとっさに崖の上から敵が来ないと思ったことの理由が理解できる。


(ジンカ? ………人化の業?)


 そうすれば魚人と人間の姿が似ているというのも理解ができる。当たり前である。全ては逆だったのだ。人間に魚人が似ているのだ。


 そうとなれば普通の生命体であったダゴンが神の力によって支配者となったのも。


(ジンカの業?)


 しかし、ビゼン自体は支配者と支配者の間に生まれた子供である。

 ダゴンからジンカの業を受けたわけではない。子供に受け継がれる力であるようだ。つまり、すでに種族が魚から変わってしまったことを意味している。


 魚人たちも支配者からジンカを受けたもの同士の子供は魚人である。

 支配者と魚人の違いなどジンカの業ができるかできないかだけなのである。つまり、


(魚人と支配者の違いは、ほとんどない?)


 魂が揺らめく。

 ビゼンはついつい笑ってしまったのだ。あれほど下に見下していた魚人が実は同じものであったということに。そして神話に埋もれてしまった人化の秘密を誰かに伝えたいと思った。


(それも、もう無理なのだけれど?)


 ビゼンにはすでに体がない。魂だけの存在なのである。

 もはや考えられる猶予はほとんど残っていない。もうすぐビゼンの魂と呼ばれているのもは消えて霧散してしまうだろう。その前になんとかしなければ。


(神がどう思っているのかは知らないけれど、言いなりになっているのは)


 ビゼンの魂が少し輝きを増す。

 揺らめきが強くなり、その奥のビゼンがそっと思う。


(つまらないですものね?)


 次の瞬間、ビゼンの魂は消え去った。その世界には何も存在していなかったのように再び静けさが戻った。

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