12 執念
五十六はイソボン砦に到着後、ビゼン軍と対峙していた軍の消耗に驚いたそうだ。
ビゼンは海底に設置されている砦を有効に使い、捕虜をバラバラにしてその体を上から撒き散らしたりしていたそうだ。しかし、イソボン砦はめげずに頑張って対抗していたそうで、援軍4000名が到着したのでかなりの長時間保つことができると計算していた。
その計算はたったの3日程で裏切られることとなった。バラバラにした捕虜の遺体の中にゲールラ宛の粘土板が紛れ込んでいたらしい。
それを五十六が確認する前に読んでしまい。気がついた時にはイソボン砦の正門が開けられようとしていた。
五十六は抵抗していたのだが、開け放たれてしまった正門からなだれ込んだビゼン軍になすすべもなく降伏。捕虜として捕らえられてしまった。
(このままでは何も知らないタコス軍の主力がポリフェルに帰る前に、ポリフェルが攻め落とされてしまう)
五十六は情報の大切さ、伝達の難しさを知っている。
同じ捕虜となっていた10名にフラボン砦に行って現状を伝えるようにいいふくめると、食事時の一瞬の隙をつき、10名の部下を逃した。
誰か1人でも情報を伝えてくれることを信じて。
捕虜を逃した五十六のことはすぐにビゼンの耳に入った。
「貴方が逃した人? 面倒なことを増やしたのね? でも、ここの将軍よりはよっぽど優秀かしら? まあ、優秀でないおかげで私が楽をできるのだけどね?」
ビゼンは縛られて座らされている五十六の耳元で甘く囁いた。
「私の元で働かないかしら? 処遇はよくしてあげるのだけれど?」
「断ります」
断固とした言葉にしばらく沈黙が帰ってくる。
そして五十六の前に座り込むと、にっこりとその美貌で妖しく笑った。
「それでいいのよ?」
ボキッ
「ーーーーーーッッ!!!」
五十六の人差し指は根元からおられていた。しかし、五十六は声に出さないように必死に耐える。何とか痛みの大きな波に耐え切って目を開けると、頬を紅潮させたビゼンがうっとりと笑っていた。
「さあ、楽しい時間を続けましょう?」
結論から言って、その時の拷問という名前の処置で五十六は右目と右腕を肩先から失っていた。体の数カ所にパルを調理する時に使うヒート板が当てられた跡があり、傷の処置もされず放って置かれたため身体中の傷が熱を持っていた。
ビゼンはポリフェル侵攻のためにイソボン砦を出ることとなり、行軍に耐えられない五十六はイソボン砦に残った。また、イソボン砦で降伏した軍は念のため、そのままサイガンド軍が攻めてきた時の為に、イソボン砦を守ることとなったのだった。
「降伏した軍はゲールラ将軍について従ったにすぎません。ゲールラ将軍が死んだ今、兄さんがついてこいと言えばみんな兄さんについてきてくれるはずです」
五十六はテルに肩を借りて歩いていた。
驚いたことに五十六は体がボロボロであるにもかかわらず何とか歩くことができた。どうも身を焦がすほどの怒りが精神を保っていたらしい。しかし、ひさびさに立ち上がることと、視界の欠損、腕の欠損によるバランスの欠如で歩くことに慣れるのに時間がかかりそうであった。
エルエイルは薄い民の戦士と一緒に会議室の狭い入り口を破壊していた。やはりわざと入り口を狭くしていたらしく、五十六救出部隊がいつか編成されて救助に来た場合、確実にイワシ魚人のみを通すためであったらしい。
こっそり潜入する必要がなくなったエルエイル達は派手に破壊活動を続けた。
その音で引きつけられたのか、イソボン砦の兵士たちが集まって来たので説明する。
ゲールラ将軍の死とテルがイソボン砦にいることがわかると全員がテルと五十六の指揮下に入った。薄い民の戦士達も仲間に加えたので7500名程度でポリフェルに戻ることとなった。
部隊編成に1日ほどかけて移動することになった時、五十六に相談を持ちかけられた。
「兄さん。これからの方針についてですが」
五十六はここのところで傷口に海藻製の包帯を巻いていた。目も眼帯のようになっている。動くのも辛いだろうにテルの所に話に来たのだった。
まあ、テルも右肩を包帯で止血しているのでお互い様なのだが。
流石の五十六も囚われていた間の情報が足りない。それを補いたいのであろう。
「今はこうなっている」
テルは粘土板に今までの戦い方などの情報をざっと記す。
地理的にはポリフェルの防備を強化しており、ポリフェル城手前で戦っている状況だと説明する。
「大悪魔の口から少しは砂地ですが、ポリフェル周辺になるとサンゴ地帯ですよね?」
「ああ、大悪魔の口からポリフェルのところまで大きなサンゴの谷のようになっている。それ以外はサンゴの山を超えない限りは真正面からしか戦えないようになっているな」
ふむ、と唸ると五十六は粘土板から顔を上げてテルに尋ねる。
「兄さんの方針はどうするおつもりですか?」
「俺は一二三から薄い民を連れてポリフェル城に戻って来てくれとしか言われていない。ここに来たのはたまたまだが、予定通り一旦ポリフェル城に戻ろうと思う」
それを聞いた五十六は再び粘土板とにらめっこすると言った。
「一二三様の考えを否定するわけではないですが、その情報はもう古いものだと判断します。ポリフェルに入ればビゼン軍にもばれて対策を打たれます。
ビゼンは慎重な戦い方をしているんですよね? ならば一気に奇襲して大打撃を与えたほうが効果が高いと思います」
テルはなるほどと思った。
これが一二三が認めた五十六の戦術の才能ということなのだろう。ゲーム知識を前提としているテルとでは少し考えが違っていた。
「奇襲であれば両軍が激突するここ。谷のようになっている心理的効果を利用します。城にこもってばかりいる相手に、山の上からは襲われないだろうという考えの裏をついて一気に横からビゼン軍に攻撃を仕掛けるのです。
まさか7500名もの軍隊が攻めてくるとは思っていないはず。そこに勝機があります」
「それで行こう」
「ありがとうございます」
テルが決めると五十六は喜んだ。軽く興奮していたせいか、立ちくらみのようにふらっとしたので慌てて脇を固めてやる。
「…ああ。すみません」
「気にするな。だが、体には気をつけろ」
「ビゼンを倒すまで倒れている暇はないですよ」
気丈に振舞う五十六は退室していった。テルは通りがかった兵士に五十六のサポートをする係をつけることを伝えておいた。




